球磨川禊になった【彼】のお話   作:のり弁765kcal

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第七話

 

 何が起こっている。

 洩矢諏訪子は、混乱する頭を抑えつけて、球磨川禊を睨みつける。本来の力関係を考えれば、ヘビに睨まれたカエルのごとく、球磨川禊は身を震わせるべきだが、その当人は飄々と、風に吹かれるように、洩矢諏訪子と対峙した。

 

 そして、その隣には――。

 

「早苗……、今のは……」

 

 へらりと、褒めてと言わんばかりに、球磨川禊に擦り寄る東風谷早苗。

 球磨川禊が何かをしていた様子はなかった。あれだけ警戒していたのだ。気づかないはずがない。ならば……。

 

『そう深く考え込まなくたっていいよ、諏訪子ちゃん。教えてあげるさ』

 

「……なにをさ」

 

『おいおい、呆けないでくれよ。今の現象であり、東風谷さんの現状を、だよ』

 

 球磨川禊が、思わせぶりに手を広げる。なにかを乞うように、なにかを与えるように、ゆっくりと手を広げた球磨川禊は、洩矢諏訪子に、自慢するような声を投げる。

 

『――ねぇ、諏訪子ちゃん。例えばね、現状を不当に思ったことはないかな?』

 

「……なに?」

 

『世界は間違っていて、自分にばかり不都合で、他人だけが得をしている。そう思ったことはないかな?』 

 

 話がズレている、と口にしようとした洩矢諏訪子の言葉を遮るように、さながら、今は自分の手番だと主張するように、球磨川禊は言葉を続ける。

 

『――少なくとも、東風谷さんは、常々そう、思ってたみたいだけどね』

 

 まるで、差し込まれたようなその言葉は、洩矢諏訪子の頭を打ち据えた。

 洩矢諏訪子にとっての、我が子のような存在である、東風谷早苗。その彼女の悩みを、屈託を、突然、パッと出の少年に告げられたのだ。目を見開き、思わず、東風谷早苗へと目を向ける。

 

 目が合った。

 

「さな、え……」

 

「諏訪子様、安心してください」

 

 縋るような視線の先にいた東風谷早苗は、笑顔だった。

 球磨川禊の言葉が虚言だと主張するような、花開く笑み。

 世界の美しいものだけしか、視界に入らないような、そんな、純粋無垢な表情。

 

 敵と相対している現在にして、場違いながら、しかし、洩矢諏訪子はホッと息をついて、安心してしまった。

 

 

「――ええ、大丈夫です。世界が間違っていることも、自分に振りかかる不利益も、他人だけの幸せも、全部が全部、私は受け入れてしまいましたから」

 

 洩矢諏訪子の表情が凍るには、次に続いた言葉一つで、十分だった。

 

「…………え?」 

 

「でも、受け入れたつもりでも、愛してるつもりでも、私、心の何処かで、認めることができなかったみたいです。球磨川くん曰く、不正を正そうとする心が、不当に歪んだ結果、これが生まれた、だそうです」

 

「なにを……早苗、アンタは何を言って……」

 

「だから、さっきの現象の解説で、私の能力の説明ですよね?」

 

 言葉に詰まる洩矢諏訪子に対して、またしても自慢するように、さながら、同胞が増えたことを喜ぶように、球磨川禊が声を上げた。

 

『等価交換のスキル“不当選(キャリーオーバー)”』

 

 

 ■ ■ ■ 

 

 

 等価交換のスキル“不当選(キャリーオーバー)”。

 それこそが、東風谷早苗に目覚めた、否、根付いた能力であり、過負荷である。

 

 このスキルは、等価交換をうたっているが、当然、過負荷であるため、それは不当な交換だ。

 

 自らに降り掛かってくる、害意や悪意や被害――それらのダメージを無効にする。さながらそれは、蝶ヶ崎蛾々丸の持つ『不慮の事故(エンカウンター)』のようでありながら、しかし、ここから先は、志布志飛沫の『致死武器(スカーデッド)』のような、理不尽で、問題無用さを兼ね備えていた。

 

 なんてことはない、等価交換なのだから。

 東風谷早苗が無効にした害悪は、決して、消えたわけではない。

 

 当然、誰かに振りかかる。

 見知らぬ誰か、十年来の友人に、昨日の友に、今日の敵に、遠くの人間に、辺りの人間に、さながら、くじ引きが当たった、と言わんばかりの押し付けがましさを持って、降りそそぐ。

 

 ――自分が不幸でも、世界は回る。

 だったら、誰かが不幸になっても、同じですよね。

 

 奇跡を振りまく少女は、こうして、害悪を振りまく過負荷へと、堕ちることができた。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

『――というわけで、さっき、僕が喰らうはずのダメージは、ぜーんぶ、どこかの誰かが請け負ってくれましたー』

 

 球磨川禊が、そう、洩矢諏訪子に告げる。

 言外で、洩矢諏訪子を断罪するように、自らを棚に上げて、罪をなすりつけるように、球磨川禊は、洩矢諏訪子にそう、告げた。

 

 それは、いい。

 もはや、この少年が普通だとは思っていない。

 

 普通の価値観で、常識的な物言いで、この少年と相対しても、待っているのは虚しさだけだと理解した。

 

 しかし、この現象を起こしたのは、球磨川禊ではないのだ。

 

「早苗、お前は、今、自分でやったことを理解しているのか……?」

 

 東風谷早苗は善良な娘だった。善性で、清く、正しく、危なげないほど不正を嫌う……青臭いと言えるほどの、正義の心を持っていた少女だった。

 持っていた、はずだった――。

 

「え、理解って言われましても……えっと?」

 

 ――ああ、そうか、理解できてないだけか。そうだ。当然だろう。東風谷早苗が、理解しながら、そんな凶行に及ぶはずがない。幼いだけだ。正しく導いてやらねば……。

 

「球磨川くんの代わりに、誰かが、えっと、もしかしたら死んじゃったのかもしれないんですよね……あ!」

 

 言い訳がましい、洩矢諏訪子の思考を止めるように、喜色に染まった、その声が響く。

 

「もしかして、私が罪に問われるかもしれないと、心配してくださってるのですか!? もー! 大丈夫ですよ、証拠もないし、そもそも、私自身が、誰と交換したのかわからないんですから……そう、――私は悪く、ないですよ!」

 

 世界が、動きが鈍くなっていく。

 理解が追いつかず、認識が滞り、世界がどんどん、色褪せていく。

 

 もはや、東風谷早苗の声も届かない……否、東風谷早苗の言葉を聞くのを、頭が拒否していた。

 

 そこに、スッと、恰好つけた声が差し込まれる。

 

『というわけで、諏訪子ちゃん』

 

 ――ああ。

 

『こういうことなんだよ』

 

 ――わからない。

 

『大丈夫、安心してよ』

 

 ――理解、できない。

 

『理解せずとも、わからなくとも――次に目を覚ましたときには、全てを受け入れているだろうから』

 

 その言葉を認識すると共に、洩矢諏訪子の意識は、ぶっつりと途切れる。

 最後に見たのは、顔面に迫り来る、手のひらサイズの螺子だった。

 

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