球磨川禊になった【彼】のお話   作:のり弁765kcal

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第八話

 あくる日、守矢神社では、日常が広がっていた。

 朝食を前にして、朝の団欒を囲む三人。否、一人と二柱。

 

 最近、ギクシャクしていた関係が精算されたように、仲良く食卓につく、守矢の面々。

 

「もー、神奈子様、食事中くらい、新聞読むのは止めてくださいよー」

 

「ん、ああ、すまないね」

 

 東風谷早苗の、たしなめるような一言に、一つ謝罪をして、八坂神奈子は新聞を――この地域だけに配られる、地方新聞を――閉じようとする。

 しかし、閉じる寸前、気になる記事が目に入ったようで、ちらりと一瞥した後、それを東風谷早苗の方へと向け広げた。

 

「なあ、早苗、この記事さ」

 

 そこには、少年5人が意識不明重体、と書いてあった。

 同時刻、まったく別の場所にいたはずの少年たちが、まるで、なにかに押しつぶされたような、大怪我を負った、という内容であった。

 

「この少年って、早苗と同じ小学校の生徒みたいだし、もしかして、知り合いかい?」

 

 そう言われて、初めて、東風谷早苗は少年たちの名前に目を向ける。

 正直言って、まったく興味はなかったし、名前を見てもピンとしないが、よくよく考えてみると、一つの答えに行き当たった。

 彼らは、最近、学校に来てない五人組で、そう、東風谷早苗をいじめていた、主犯格ではないか。

 

「――あ」

 

 そこまで思考がたどり着いたところで、唐突に、洩矢諏訪子が声を上げた。

 

「私が撃ちだした神力を、早苗が昨日、どっかに散らしたみたいじゃんか。もしかして、あれの被害者になっちゃった子たちじゃないの、これ」

 

 その洩矢諏訪子の言葉に、東風谷早苗は納得する。

 

「ああー、なるほど!」

 

 そして、直ぐに興味がなくなったように、表情を消した。

 

「でも、まあ、どうでもいいですね」

 

 東風谷早苗にとって、彼らはどうでもいい存在になっているし、彼らではなくとも、他の人間が自分の能力を被害を受けようとも、どうでもいいと思っている。誰が被害を受けようと、そんなものは東風谷早苗に関係無かった。だって、別に東風谷早苗が特定の相手と交換したわけではないのだから、責められるのはお門違いだ。――そう、本気で考えている。

 

 彼女のそんな思考が読み取れたのか、洩矢諏訪子が顔をしかめる。

 

「どうでもいいってことはないだろう、早苗」

 

 やれやれ、と言いたげな口振りで、東風谷早苗に目を向ける。

 自分が、この未熟な風祝を導いてやらねば、と、昨日までと変わらない思考で。

 

「5人に分散したから、誰も死んでないみたいだよ。それは、ほら、残念じゃないか」

 

 ――そう、言葉を口にした。

 

 これは、守矢神社の団欒。

 彼女らの、歪められた日常。

 

 東風谷早苗と、仲良く食卓を囲む、二柱の頭には、未だに螺子が刺さり続けている。

 歪んだ性質で、作られた人格で。

 

 彼女らの異常は、仲良く続いていく。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 東風谷早苗と一緒に登校しようと、守矢神社に訪れていた球磨川禊は、その光景を満足気に見つめていた。

 なんて、美しい、家族愛に溢れた日常だろうか。

 

 歪んでしまった東風谷早苗の居場所として、歪んだ家庭を作る。

 まさに過負荷的発想であり、常人なら吐き気をもよおす情景だ。

 

 これからも、東風谷早苗の過負荷はどんどん堕落していくだろうし、このまま、ここで、仲良く堕ちていけるだろう。

 惰性的に、どんな目的も持たず、あるがままに、自堕落に――ダメになっていく東風谷早苗に、もっとダメな自分を見せてあげることができるだろう。

 

 しかし――。

 この異常な日常――否、過負荷な日常がこれからも続くことはない。

 

 それを壊すのは、他の誰でもない、球磨川禊なのだから。

 

 

 ただ、一言、こう呟けばいい。

 

 

『“劣化大嘘憑き”――』

 

 この目的は、果たさなければならない。

 それは【彼】の悲願であり、また、球磨川禊の目的とも一致する。

 

『――この世界における、球磨川禊が存在した、あらゆる痕跡を、なかったことにした』

 

 

 

 

 幻想入り、という言葉がある。

 すべてを受け入れる、残酷な幻想の地――幻想郷。

 

 その幻想郷に入り込むこと、すなわち、幻想入り。

 

 幻想入りする方法は、いくつかある。

 偶然迷い込んでしまうこともあれば、自らの霊力や妖力を使い、強引に入り込む者、幻想郷の者に手引きをしてもらったり、死んだ後に流れ着くもの――。

 

 だが、幻想入りするための、正規の方法、と言われれば、一つ挙がる。

 

 それは、現世の、あらゆるものから忘れられることだ。

 幻想郷は、忘却された存在の行き着く、最後の安住の地。忘れられたあやかしたちが潜む、まさに、幻想なのだから。

 

 ゆえに、球磨川禊は幻想入りを果たすに当たって、この方法を取った。

 人為的に、無理やり自分を忘れさせるのだ。

 

 そうすれば、自ずと、この身は幻想の地へ――。

 

 

 

『……あれ?』

 

 

 “劣化大嘘憑き”は発動した――が。

 球磨川禊の身に、何の変動、変異もなく。

 最後まで締まらない、そんな、球磨川禊であった。

 

 

『……あれぇー?』

 

  

 ■ ■ ■

 

 

 東風谷早苗は、球磨川禊に諭されてから――あらゆる理不尽を受け入れるようになってから、初めて、混乱していた。

 今の東風谷早苗の精神は、そうそう揺さぶられることはない。突然、目の前の席に座るクラスメートに殴られたりしても、そんな理不尽を、あるがままに受け入れ、へらりと笑みを返すことができるだろう。

 しかし、目の前の席、そこに座るクラスメートを見ながら、心穏やかではいられなかった。

 別に、そのクラスメートに何か思うところがあるわけではない。興味もなければ、どうでもいい。しかし、そのどうでもいい彼が、当然のように、そこに座っているという事実が、東風谷早苗の精神を揺さぶった。

 

 そこは、本来、球磨川禊の席である。

 

 しかし、誰も疑問を挟むことをしない。

 そこに彼が座ることにも、そこに球磨川禊がいないことにも、出席確認で、球磨川禊が呼ばれないことにも、誰も、なにも、疑問を挟まない。異論を挙げない。

 

 まるで、そう――球磨川禊の存在が、なかったことになってしまった、ような……。

 

「……ッ!」

 

 そこまで、思考がたどり着いたところで、東風谷早苗は席を立った。

 ランドセルも、筆記用具も、先生への一言も忘れ、東風谷早苗は教室を後にする。

 

「球磨川くん……! なんで……!」

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 “劣化大嘘憑き”が発動しても、幻想入りすることはなかった。

 

 自分の痕跡――他人の記憶や、住居、戸籍までなかったことにしてしまえば、幻想入りするだろう、と球磨川禊は考えていた。しかし、現在の状況を鑑みると、その予想は間違っていたのだろうか?

 

『……いいや』

 

 自分の痕跡をなかったことすれば幻想入りする。

 これを大前提におけば、今現在、幻想入りできていない理由には、心当たりが二つほどあった。

 そして、片方の心当たりは、ここにいれば、そちらから来るだろう、という予想も付く。

 

 守矢神社の境内で、一人、球磨川禊は待ち人を待つ。

 

 

「――球磨川くん!」

 

『やぁ、東風谷さん』

 

 

 東風谷早苗は、息を切らせて、球磨川禊の前に現れた。

 息を整えるのも待っていられない、と言わんばかりの形相で、球磨川禊へと迫った。

 

「クラスの人たちが、球磨川くんを忘れてて……いえ、先生も、それどころか、出席簿にも球磨川くんの名前はなくて……」

 

 言葉にして、混乱する頭を落ち着かせるように、東風谷早苗は口早に言葉を吐き出す。

 そんな彼女の様子を、混乱しているだろうことを理解しながらも、球磨川禊はマイペースに言葉を返していく。 

 

『ああ、東風谷さんも理解しているだろうけど、当然、“劣化大嘘憑き”によるものだよ』 

 

 幻想入りするために、自分の痕跡をなかったことにした。

 

 それを説明するのは、いい。

 しかし、それを説明して、東風谷早苗をどう説得すればいいのだろうか。

 

 適当に言葉を並べて、煙に巻くことはできるだろう。

 だが、球磨川禊は、そうすべきではない、と思った。

 

 球磨川禊自信が、東風谷早苗に対して――仲間であり、同胞であり、友人であり、彼女に対して、そう言った対応を取るのは、嫌だった。

 

 だから、球磨川禊は、真摯に。

 東風谷早苗を信頼して、言葉を口にする。

 

『幻想郷、という場所がある』

 

「幻想郷……?」

 

『そう、僕はそこに出向かなきゃならない。僕の中にある【彼】がそうさせる。ま、僕としても行きたくないわけではないんだけど』

 

 そもそも、本来ならば、【彼】は幻想郷の中に転生するはずだったのだろう。

 しかし、球磨川禊の過負荷を請け負ってしまったせいで、幻想郷に行きたいという【(プラスとして)】の願望は絶たれた。

 ゆえに、【彼】、ひいては球磨川禊は、幻想郷の外の世界に転生してしまった。

 

「よくわかりませんが、球磨川くんは、どこかに行ってしまう、ということですか……?」

 

 幻想入りするための行動を、今になって起こした契機は、東風谷早苗との出会いだ。

 

 転校するたび、学校を廃校にしていた球磨川禊は、出会ってしてまった。

 

 

 東風谷早苗。

 東方project、原作キャラに。

 

 そうなってくると、球磨川禊の中の【彼】が疼きだす。

 東方projectが大好きだった【彼】。

 幸福者だった、球磨川禊とは相容れない【彼】。

 

『――ああ、そうだよ。だから、お別れだ、東風谷さん』

 

「そんな……ッ!」

 

 球磨川禊としては、東風谷早苗と一緒に――これからも、どこまでもダメになっていきたい、という願望はある。

 しかし、【彼】の願望は、そんな球磨川禊の手を止めて、足を動かさせる程度には強かったし、執念深かった。

 

 どこまでも、相容れることができない、球磨川禊と【彼】。

 

 だからこそ、球磨川禊は不完全で、どこまで行っても球磨川禊に成りきれない【彼】なのだ。

 

 

 さて、では、こうしてしまおう。

 憂いを断ち切るために、想いを残さないために。

 そのために、このスキルがある。

 

 人格を否定するスキル“下層人格(キャパシティオーバー)”。

 

 球磨川禊は、東風谷早苗の頭に手を乗せる。

 人格を否定すれば、それはすなわち過負荷をも否定するということ。

 

 これで、東風谷早苗は、球磨川禊に出会う前の彼女に戻るだろうし、球磨川禊の痕跡は、これで完全に消える。

 

 さあ――。

 

 

 

「球磨川、くん」

 

 手が止まる。

 

『……なにかな、東風谷さん』

 

 東風谷早苗は目に涙を浮かべ、しかし、それを我慢しながら、ぎゅっと、球磨川禊に目を向けた。

 

「私、絶対追いつきます」

 

『……追いつく?』

 

「球磨川くんのこと、忘れても、球磨川くんが、どこに行こうと、それでも絶対、追いつきます。会いに、行きます」

 

 そう、東風谷早苗は口にした。

 球磨川禊への信頼を、同じ過負荷としての信用を。

 

 どこまでも濁りきった、二人の瞳が交差する。

 

 球磨川禊は、そのとき、ふと、気づいた。

 東風谷早苗の瞳に映る、自分を見て――自分の瞳を通して【彼】を覗いて。

 球磨川禊は、一つ、気づけることがあった。

 

 東風谷早苗に対する、親愛の気持ち、これは球磨川禊だけのものではない。

 

 

『――そうか』

 

 

 球磨川禊は、ポツリと呟く。

 球磨川禊は仲間が好きだ。一緒に堕落してくれる過負荷仲間が好きだ。

【彼】は東方projectが好きだ。東方に登場する原作キャラたちが好きだ。

 

 彼らは、東風谷早苗が好きだ。

 

 一致した。

 まだまだ不完全だろう。まだまだ負完全には遠いだろう。

 けれでも――【彼】と球磨川禊は一致した。

 

『まあ、いいかな。プラス側の人間とはいえ――』

 

 不思議そうな顔をする東風谷早苗の頭に手を置いて、

 

『僕は僕だしね』

 

 カチリと、何かがハマるような感覚を受けながら、球磨川禊はそう呟く。

 

「球磨川くん、どうし、ました……?」

 

『ん、いや、何でもないよ……っと、そうだ、――早苗』

 

 球磨川禊は、東風谷早苗を失うのが怖かった。

 仲間に忘れてほしくなかった。

 

 しかし、その気持ちは幻想郷へと行きたいと願う【彼】だって、同じように持っていた。

 

『ちょっとの間、お別れだ』

 

「……はい」

 

『でも大丈夫』

 

 深淵を覗かせるように、球磨川禊は濁った瞳で、真摯に東風谷早苗を見据える。

 

『絶対にまた、会えるから』

 

 沈黙。

 

「そう……ですね」

 

 それを破るのは東風谷早苗だ。

 東風谷早苗だって、球磨川禊を失うのは怖かった。

 けれども、それ以上に球磨川禊を信頼していた。

 

「わかりました、球磨川くん……また、会いましょう」

 

『そうだね、じゃあまたいつか――』

 

 球磨川禊は東風谷早苗の頭に手を置いたまま、能力を発動する。

 ノーマルであった【彼】が受け入れきれなかった、球磨川禊の人格。

 そこから這いより出ずった、マイナスさえも否定するマイナス。

 

『――“下層人格”』

 

 これにより、東風谷早苗は仮想の人格――【彼】の知る、天真爛漫な風祝の少女の人格を与えられた。

 

 一瞬、ビクリと意識を失ったかと思うと、直ぐに意識が回帰する。

 東風谷早苗の目の前には、能力発動後に一歩距離を取った、球磨川禊がいた。

 

「あれ、アナタは……?」

 

 球磨川禊は“下層人格”により、自らの記憶を思い出すことも封じていた。

 けれども、これは“劣化大嘘憑き”で記憶を消すのとは違う。

 取り返しのつかない“劣化大嘘憑き”とは違って、この能力は球磨川禊の一存で取り下げることができるのだから。

 

 プラス側の人間に戻った、東風谷早苗を見て、球磨川禊は声を掛ける。

 

『ねえ――』

 

 ただ、こう一言。

 

『僕を、どう思う?』

 

「ど、どうって……」

 

 東風谷早苗の瞳に――東風谷早苗の透き通った瞳に、球磨川禊が映り込む。

 

「なんだか、き、気持ち悪いです……」

 

 球磨川禊は笑った。

 

『正解』 

 

 

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