μ'sが六人になって初めての朝練。僕も気づかぬうちに気分が高ぶってしまったのかいつもより早く目が覚めてしまった。朝練の時間までは大分余裕があるけれどすることもないし早く行くかな。
ちょっと新しいトレーニングも試してみたいし。自分で試して良い感じだったらμ'sの新しい練習として提案してみよう。いつまでも同じメニューで回数と時間だけ増えていくのも飽きるだろうから。
朝練と学校の準備を済ませた後のんびりと神田明神に向かう。聞こえる音は自分の足音と鳥がさえずる小さな声だけだ。町から自分以外に人がいなくなったような錯覚が覚える。
その静けさは神田明神の階段を上っている最中も変わらず、さすがに早く来すぎたかなと心の中で苦笑する。
とはいえ来てしまった以上帰る気にもならなかったので境内に足を踏み入れようとすると、後ろから僕を呼び止める声が聞こえた。
「わ、渡辺さん! おはようございます!」
「ん? 小泉さんか。おはよう。随分早く来たんだね。同じ時間に来た僕が言う事でも無いんだろうけど……ってあれ? 眼鏡外したの?」
自分と同じ時間に来る人もいたかと安堵の微笑みを浮かべながら挨拶を返したところで小泉さんの変化に気が付く。元々顔立ちは整っていたけれど眼鏡を外すとより整って見えるなあ。
「はい! コンタクトにしてみました」
「良いね。僕自身は眼鏡をしている君も好きだったけれど……コンタクトを付けてると一層アイドルっていう感じがするよ」
「あ、ありがとうございます……正直少し不安だったんですけど……コンタクトにして良かったです」
「分かるなあその気持ち。実は僕もコンタクトなんだよね。中学生の時は眼鏡をかけてたんだけど高校からコンタクトにしたんだ」
「そうなんですか? 眼鏡をかけてる渡辺さんかぁ……ふふっ」
「あっ、今想像して笑ったでしょ?」
僕も自分で眼鏡は似合っていなかったと思うから小泉さんの反応には悲しくも納得せざるを得ない。そもそもコンタクトに変えた理由が眼鏡だとただでさえ地味なのにもっと地味に見えると思ったからだしなあ。高校入学を機にコンタクトにしたから一種の高校デビューってやつなのかな。小さすぎる気もするけど。
「いえ、そういう笑いでは……」
「いいよ気を遣わなくても。自分でも似合ってなかったと思ってるからさ」
「そ、そんなことないと思います! 眼鏡をかけた渡辺さんも良いと思いますよ?」
「ありがとう。小泉さんは優しいね」
「えへへ……そんなことないですよ」
否定しながらも小泉さんの顔は緩み切っている。反応が素直で癒されるなあ。これこそ正統派アイドルという印象を受ける。それに真面目で謙虚だし……考えれば考えるほど小泉さんが逸材だったという事が分かる。
「じゃあ、早く来てくれた小泉さんのためにも……ダンスの基本的な部分だけでも練習しようか。一応僕も少しなら助言できるからさ。専門的な部分はちょっと厳しいけど」
「いいんですか!? それじゃあお願いします!」
「じゃあ最初はステップからやってみようか。とりあえず小泉さんが出来るステップを見せてもらっても良いかな?」
「はい!」
意欲に溢れた返答と共にステップを始める小泉さん。まだまだステップの一つ一つはたどたどしいけれど事前に勉強してきたのだろうか、基本的な動きは大体できている。
「ど、どうでしょうか?」
一通りのステップを終えた小泉さんは若干肩の上下が激しくなり頬が赤くなっている。表情は疲れた感じというよりも満足げだからまだまだいけそうな雰囲気はあるけど。
「思っていたより大分出来ているね。事前に勉強してきていたの?」
「はい! 勉強というか……好きだから動画を何回も見ただけですけど」
照れ隠しの苦笑いを浮かべ、落ち着かない様子で頬を触りながら答えてくれる。
「覚えるほど見たんだ。本当に好きなんだね、アイドルの事」
「はい! それに、μ'sの一員として足手纏いになりたくはないですから……初心者向けのダンスの本を買ったりして読んでみたりしてます」
「足手纏いになんかならないさ。それに少しくらいダンスが苦手で上手くできなくたって小泉さんはアイドルとしてとても魅力的だよ」
「うえぇっ!? ……そ、そうでしょうか……?」
「うん。これは僕の本心からの気持ちだよ。自信が上手く持てないっていう君の気持ちも僕にはよく分かるけど……それでも頑張る君の姿は輝いてるよ」
「あぅ……」
小泉さんはさらに頬を染めて目線を泳がせる。褒められることに慣れてないのかな。これからアイドルをやっていくんだから数えきれないほど褒められる機会はあるのに……褒められるたびにこんなになってたら身が持たないだろう。見てるほうとしては癒されるけど。
その後もなかなか小泉さんの調子は普段通りに戻らず、どうにか戻った頃には普段通りの朝練の時間間近になっていた。
「んー……もうそろそろみんなも来るだろうし、それまで休もうか。もう調子は大丈夫?」
「は、はい……折角早く来ていただいたのに私のせいで時間を無駄にさせてしまってごめんなさい」
「全然そんなこと気にしないよ。主役は君たちなんだからさ。僕はμ'sのみんなを少しでも助けられたら満足さ」
「優しいんですね。渡辺さんがμ'sの皆さんから慕われている理由が分かった気がします」
「そんなことないと思うけどね。正直迷惑がられてやしないかとずっと不安だよ」
「そ、そんなこと……!」
「朝練って毎朝こんなに早起きしなくちゃいけないのぉ……?」
「当然よ」
「当然なのぉ……?」
小泉さんが若干強い口調で言葉を発そうとした瞬間、静かな空間に僕達以外の声が聞こえてくる。
「この声は……星空さんと西木野さんだね」
「そう……みたいですね」
友達が来たのに小泉さんは喜ぶどころかどこか残念そうだ。星空さんと西木野さんのことが嫌いだなんてことは無いと思うが。
「凛ちゃんに西木野さん、おはよう!」
「おはようかよちん……ってあれ!? かよちん眼鏡は!?」
「コンタクトにしてみたんだ! どうかな……?」
「すっごく似合ってるし、かわいいよかよちん! ねっ、西木野さん!」
「ええ。か、かわいいと思うわ。 あと、コンタクトに変えたついでに……な、名前で呼んでよ。私も名前で呼ぶから……凛、花陽」
照れて声を小さくしながらも勇気を振り絞っただろう西木野さんが提案する。小泉さんと星空さんは一瞬目を合わせてから西木野さんの方に目を輝かせながら向き直る。
「真姫ちゃーん! 真姫ちゃん真姫ちゃーん!」
星空さんが西木野さんの後ろから肩に手を置いて抱き付いて名前を連呼する。呼ばれるたびに西木野さんは照れてしまっている。
「ふふっ、真姫ちゃん!」
「も、もう! 花陽まで!」
僕は一歩身を引いて微笑ましいこの光景を眺めていたのだが、突如小泉さんがこちらを向く。
「あ、あの……渡辺さんも名前で呼んでくれませんか、私たちのこと」
「えっ? 僕も? 勿論、小泉さんが良いなら全然いいけれど……」
「渡辺さんには名前で呼んでほしいです。私の方が年下ですから。それに……あの、その……なんでもないです!」
「そっか。じゃあ早速……よろしく花陽! 僕の事も名前で呼んでくれていいよ!」
「わ、私もですか!? ……じゃ、じゃあ恭介さん、よろしくお願いします!」
「かよちんが名前で呼んでもらうなら……凛の事も名前で呼んでほしいです!」
「いいよ。よろしく、凛」
「も、もう! あなた達二人が名前で呼んでもらうなら私もそうしてもらわなきゃならないじゃない!」
「別に無理する必要は無いけど……その反応からして真姫って呼んでも大丈夫なのかな?」
「い、いいわよ! その代り私も恭介って呼ぶから!」
「じゃあ凛も恭介さんって呼ぶにゃー!」
西木野さん……いや、真姫は反応が素直じゃないというかなんというか……遠回りして自分の気持ちを伝えてくる印象を受ける。対照的に凛は最短距離で自分の気持ちを伝えてくるから若干子供っぽさが出てしまっているけど、そんなことさえ長所にしてしまうくらいの純粋さが会話ににじみ出ている。
「じゃあ、全員名前呼びするってことになったところで……もうすぐ穂乃果達も来るだろうから準備体操しながら待とうか。朝練初日で怪我なんてしたくないでしょ?」
「はい!」
「よーし、やるにゃー!」
「それもそうね。あっ、μ's独自の体操とかあるのかしら……」
反応は三者三様だけど素直に従ってくれる。結局のところ回り道をして来たって、最短距離を駆け抜けたって行き着く場所は同じなんだ。遠回りにも良い所はあるし、近道にも良い所はある。だから僕はどんな道を選んだかではなく、道を選んだこと自体を尊重したい。
僕もこの三人のように道を選べているのだろうか? 何かに追われるように道を選んでいる自分が真っ先に思い浮かんでしまい、今日二度目となる心の中での苦笑い。一回目より少し寂しげかなとどこか他人事のように考えるのだった。
更新遅れて申し訳ありません! 書く時間が全く取れませんでした……
もうちょっと文量を増やしてから投稿しようかとも思いましたが、とりあえず更新することにしました。
真姫ちゃんの誕生日記念の話も投稿できなかった……今度真姫ちゃんとの個別回とります。さすがに誕生日記念とは言えないですが……