人が少なく落ち着いた雰囲気を放つ休日午後二時のファストフード店。混み合う時間帯と比べるとまるで別の店に来たようですらある。
そんな店の中には談笑を交わす六人の人物がいた。
「んー! やっぱり大人数で話すのも楽しいね!」
「話題が尽きないよね! 正直私達三人だけだと話すことが無くなる時もあるし……」
「幼馴染ですからね。その点は致し方ないかもしれません」
「それは良いけど……恭介は? 珍しくいないじゃない」
「いやあ、実は私女子会っていうのかな? そういうのに憧れてて……」
「音ノ木坂に通ってたら女子会じゃない時の方が珍しいような気もするのだけど……」
「それにあの、恭介さんだけ仲間外れにしてるみたいな感じになっちゃいませんか?」
無用な誤解を生むのではないかと心配する花陽。実は入店当初からそのことが気がかりだったのだが場の空気を壊すのではないかと言えずにいたのだ。
そんな彼女の言葉を受けて真姫、花陽を除いた四人は少し痛い所を突かれた気分になる。というのも東京は広いようだが学生の行動範囲というのは案外狭く、休日に女子六人の中に男子が一人いるという状況が同級生に見つかる可能性があるからだ。そうなると教室で色々といじられて面倒である。
勿論穂乃果が女子会に憧れを抱いているというのも本心ではあったが恭介を誘わない口実に使っている部分もある。
そんなわけで恭介を誘いたくとも四人はためらってしまうのだ。真姫と花陽は比較的同級生との関わりが薄いので気兼ねなく誘おうと出来る訳だが。
「やっぱり、そうだよねぇ……私にそんなつもりはなくても、そういう風に見えちゃうもんね」
穂乃果の心に生まれる言いようのない罪悪感。主観的に見ればなんとなく気恥ずかしくて誘えなかったというだけのことなのだが……こういう時にだけ客観的に物事を見ることが出来てしまう自分が恨めしいと感じる。
「正直、誘うのがなんとなく恥ずかしかったんだ。なんでなのかは分からないけど……」
「私も同じかなぁ。最近きょーくんの事ちょっと意識しちゃってるし……」
『えっ?』
静かに放たれたことりの言葉に皆が目を見開いて驚く。そんな様子を見てなおことりは平然と言葉を紡いでいく
「だってスクールアイドルやるって決めてからずっと一緒にいて、ずっと私たちの事支えてきてくれてるんだよ? 変な事じゃないと思うんだけどなあ」
他人の心の機敏を感じ取ることに長けることりは自分の変化にも敏感なのだ。今まで男子と必要以上に親密になろうとしなかったことりにとっては初めての心の動きである。だからこそ実感が湧かず平然と打ち明けることができた。
「な、なんかことりちゃんが一気に大人に見える……」
「ことりが遠くに行ってしまったような気がします……」
「かっこいいにゃー」
「す、すごいです」
「確かにすごいとは思うけど……話ずれちゃってないかしら?」
「あ、恭介君は今度から私が誘うから大丈夫だよ。別に同じクラスの人に勘違いされちゃっても大丈夫だし」
まさか口々に褒められるとは思ってもみなかったことりは恥ずかしさを誤魔化すように真姫の言葉に乗っかる。同級生から彼女認定されても満更ではないと言外に示していることに本人は気付いていない。
「むっ……ことりちゃんだけに負担をかける訳にもいかないから私も今度からちゃんと誘うよ」
「そう? じゃあ一緒に誘おっか」
「二人が誘うのでしたら私も一緒に……」
話の流れが定まれば後は楽なもので、同級生である三人の内の誰かが誘う事となった。
「じゃあこれで問題解決だね!」
「良かったです……実はお店に入った時から気になってて」
「かよちんは気配りが出来るにゃー。凛とは大違い」
「そ、そんなことないよ」
「気配りと言えば……きょーくんも気配りは出来るよね」
ことりが少々強引に恭介の話題に持っていく。この際全員の恭介に対する気持ちを確認してしまおうという魂胆のことりはなんだかんだ言ってμ'sメンバーの中で一番女の子らしいしたたかさを兼ね備えている。
「そうですね。細やかなサポートをしてくれますから。自分で新しい練習をやってから私たちに提案してくれたりしますし。他にも------」
普段人をあまり褒めたりはしない海未だが、一度褒めだすと長い。なまじ語彙力があるのでどのように良いのか伝わってきて聞いている方も感心して止めるものが居なくなってしまうのが厄介なところ。
「海未ちゃんストップ! また悪い癖出ちゃってるよ」
「あっ……申し訳ありません。つい……」
しかしさすがは幼馴染というべきか。遠慮なく海未の饒舌な喋りを妨げる。以前から海未が自分でこれを悪癖だと言っていたことも止めた理由の一つであろうが。
「それにしても海未ちゃんがきょーくんの事こんなに褒めるなんて……もしかして?」
「なぁっ……! 私はそんなことありませんよ! からかわないでください!」
「ふふっ、そういうことにしておいてあげるね」
「もう! ことり!」
顔を赤らめて抗議する海未であるが、表情に楽しげな色が浮かんでおり本人も「そういうこと」にされても良いとすら内心思っていた。
そんな海未の内心とは別に穂乃果は複雑な心境であった。自分で宣言したことりは勿論、海未も態度からして恭介の事が気になっているのは明らか。それに比べ自分はちょっと気になっていることを隠してしまっている。社交的である分穂乃果は裏表がないように振る舞いながら本音を隠す術を持ち合わせている。
穂乃果だってただの明るい女の子ではないのだ。
「穂乃果ちゃんは? きょーくんのことどう思ってるの?」
「私たちの事手伝ってくれてるし、良い人だとは思ってるけど……気になる訳じゃあ、ないかなあ」
嘘と本当が混在していた。とっさにどっちつかずの返答をしてしまった。自分に対しても、ことりに対しても。
「そっかぁ。じゃあ一年生のみんなは?」
穂乃果はことりの優れた距離感に感心すると共に感謝した。昔から深入りしてほしくない時には絶対に深入りしてこないし、掘り下げて欲しいときには何も言わずとも掘り下げてくれるのだ。
考え込む一年生三人を眺めながら頼んでいたストロベリー味の飲み物で乾いた口を潤す。過剰なまでの甘みが一瞬だけ悩みも溶かしてくれた。
一年生が恭介に対して抱く感情は大人っぽいというものだった。特に真姫は彼との年齢差が一つであることが信じられない様子。
「一年生のみんなはきょーくんが気になってる訳ではないってことね」
「さすがにこの短い付き合いで好きになる程軽い女じゃないわよ」
「じゃあ付き合いが長くなれば好きになるかもってこと?」
「そ、そういう訳じゃない! 言葉の綾よ!」
ことりの追及が真姫をあたふたさせる。今日のことりは表情にこそ出ないもののテンションが高い。恋愛に関して吹っ切れたことが原因らしい。
「真姫ちゃん焦ってるにゃー!」
「り、凛まで! そういう凛はどうなのよ!」
「凛? 凛は恭介さんのことかっこいいと思うけど……そもそも凛なんかじゃ恭介さんと釣り合わないし。かよちんは恭介さんと相性良さそう」
意外と恋愛に関しては冷静な見方を出来る凛。幼いころから穂乃果とは違った活発さを持ち、男子にも絡まれやすかった凛は自分と相手が釣り合うのかどうかで恋愛を判断する。まだ自分側の天秤を軽くしがちな事には気付けていない。
「私? 私は恋愛とかそういうのよく分からないから……今はする気ないかな」
一方の花陽はこと恋愛に関しては臆病な気質である。相手に献身的に尽くそうという意識が強すぎて恋愛を重苦しく見すぎてしまう。どうしても軽い恋愛の存在を許容できないとでも言うべきか。
「ってことは一年生は特にきょーくんにレンアイカンジョウを持ってる訳じゃあないんだ」
話を締めるために穂乃果は言葉を発する。恋愛感情ってなんだろうと思案しつつも頭の悪い私には理解できないことなのかなと考えるのを止めようとする。
しかしそのたびにもやもやしたものが頭の中に残るのが不快でやめられない。
「じゃあ皆の考えを聞いたところで私から一つ提案なんだけど------」
唐突に発せられたことりの提案を聞き、今夜は珍しく寝付けなくなりそうだと穂乃果は思った。広がっていく頭の中のもやもやが穂乃果の本当の気持ちを見えなくしていく。
雨は嫌いだ。毎日心待ちにしている練習を無くしてしまうから。雨が止んで屋上に出てみたら再び降ってきた雨に濡らされた髪の毛をタオルで拭きながらそう考える。
家に帰ったら何しようかな。時間が出来ちゃったけど、漫画も読み飽きちゃったし特にしたいこともない。どこか適当な店に行って時間でも潰そうか。そう思った瞬間、不意にことりの言葉が蘇ってくる。
『一つ提案なんだけど……もし何人かがきょーくんの事を好きになったとして、変にお互いに遠慮するのは止めない? たまに抜け駆けは禁止だってドラマとかで聞くけど……ただ苦しいだけだと思うからさ。抜け駆け歓迎。恨みっこなし! って感じで行こうよ』
「じゃあ今日は皆でいつも行ってるお店に行こう! きょーくんも来れる?」
「まあ今日は暇だけど……皆でいつも行ってる店なんてあったっけ?」
「あっ……ごめん、きょーくんは行ったことないんだっけ」
「僕だけ仲間外れにされてた感じ……?」
「いやっ、そういうわけじゃなくてっ! その、女の子だけで話したいこともあるじゃん!」
失敗した。ちょっと恥ずかしいからって下手な芝居を入れるべきじゃなかった。本当はきょーくんが私達と一緒に行ったことないなんてこと分かり切ってたのに。凛ちゃんに見透かされるような目線を向けられて更に顔が熱くなる。
凛ちゃんの方を向けなくてきょーくんの方を向くと、きょーくんは不思議そうな顔をしながらも笑顔を私に向けて了承してくれる。
------ずるい。本当はきょーくんもしたいことがあるはずなのに嫌な顔一つしない。それどころかそんな笑顔を浮かべるだなんて。心臓の鼓動が速くなり、顔に加えて胸の部分も微かに熱を帯びる。
じゃあちょっと準備があるからと言って階段を下りていく背中を見つめ過ぎたせいで笑みを浮かべた凛ちゃんに追及を受ける。
「穂乃果さん、本当に恭介さんのこと気になってないんですか?」
「まだ自分でもよくは分かってないけど……私が抱いてる気持ちは恋愛感情、かもね?」
ちょっとおどけて答えて見せる。きょーくんの笑顔が私の心のもやもやを晴らしてくれたみたい。もうことりちゃんや海未ちゃん、他の誰にもきょーくんを譲るつもりはない。
本当は臆病な私の小さな決意と宣戦布告。もっともっと話しかけてみよう。あんまりお洒落とかは分からないけど、ことりちゃんに聞いてみたりなんかして。アイドル活動をしている時間以外はどう過ごして良いかあまり分からなくてくすんで見えたけど、これから先に訪れるその時間はちょっとだけ輝いて見えそうだ。