こじんまりとしたアイドル研究部の扉の前。この中にいる人物との会話次第でスクールアイドルの活動を大手を振って出来るかどうかが決まる……のだが。
「開かないよー! 鍵がかかってる!」
「どうやら不在のようですね……」
穂乃果はドアノブをガチャガチャと回しながら焦っている。それを取り巻く僕達の間に漂う空気は出直そうというものである。
「じゃあ、今日のところは諦めて練習の方を……」
「あんたたち、なにしてるのよ?」
僕の声を遮って尋ねてくるのはあまり聞きなれない声。
「あなたは……この前店で会った……えっと」
「にこよ。矢澤にこ。あと店で会ってなんかいないわよ!」
「そ、そうですか? すいません」
先輩に下手な追及をする気も無いので素直に引き下がろう。というか何故今回に限って普通に接触してきたんだろうか?
「というかあんたたちそこ退けなさいよ。部室に入れないじゃない」
『えっ?』
「何よ。私の部室なんだから別に変じゃないでしょ」
「矢澤さんがアイドル研究部の方だったんですか。では今お時間大丈夫ですか? できればアイドル研究部の方全員とお話したいのですが……」
「アイドル研究部は私一人よ。だから他の部員を待つ必要は無いの。 ……何となく話の内容の察しは付くけど、とりあえず入りなさい」
鞄から鍵を取り出し、僕達に背を向けて扉を開く矢澤さん。矢澤さんと同じ学年の人がアイドル研究部に加入しなかったから矢澤さん一人なのか、それとも他の部員が退部してしまったから矢澤さん一人なのか……表情が見えないから判断は付かない。
「ほら。開いたわよ。入りなさい。ただし部室の物に無闇に触らないで」
「分かりました。ありがとうございます」
僕の軽いお辞儀に合わせて皆もお辞儀する。こういう所はしっかりしないとね。
部室に入りまず飛び込んできたのは棚に大量に陳列されたアイドルグッズと、壁に貼り付けられたアイドルのポスター。丁寧に並べられたグッズからはアイドルに対する熱意を感じる。
「こ、これはっ……!」
突然興奮を孕んだ声が耳に入る。
「伝説のアイドル伝説DVD全巻ボックス! 持ってる人に初めて会いましたぁ……!」
「ちょ、ちょっと勝手に触るなって言ったばかりなんだけど……」
「あ、す、すみません……でも凄いです!」
「ま、まあね」
目を輝かせながら矢澤さんに詰め寄る花陽。アイドル好きなのはなんとなく察してはいたけど……海未と並んで礼儀正しそうな花陽が言いつけをすぐに破るとは思わなかったなあ。
「そんなに凄いものなの? 僕はあんまりアイドルに詳しくないから分からないんだけどさ」
「し、知らないんですか!? 伝説のアイドル伝説とは各プロダクションや事務所、学校などが限定生産を条件に歩みより古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたもので、その希少性から伝説の伝説の伝説、略してでんでんでんと呼ばれる、アイドル好きなら誰もが知ってるものなんです!」
「へ、へぇ……凄いんだねえ」
「そうです! それを二セットもお持ちになっているなんて……!」
「家にもう一セットあるわよ」
「はぁぁ……!」
もはや言葉にならない様子の花陽。どうやら矢澤さんは本当に凄い人らしい。
「……で、あんたたち何の用なのよ。そろそろ本題に入りたいんだけど」
「あっ、すみません、私のせいで……」
「別に責めてる訳じゃないわよ。とりあえず全員座りなさい」
矢澤さんの言葉に全員が席に着く。席に着くや否や穂乃果が真っ先にその本題を口にする。
「アイドル研究部さん!」
「にこよ」
「にこ先輩! 実は私達スクールアイドルをやっておりまして!」
「……知ってるわ。どうせ希あたりに部にしたいなら話しつけて来いとか言われたんでしょ?」
「おお! 話が早い! なら……」
「お断りよ」
強情さが隠し切れない様子の矢澤さん。穂乃果が言葉に詰まったので次は海未が若干諌めるように話し始める。
「私達はμ'sとして活動できる場がほしいだけで……別にアイドル研究部を廃部にしようとかいう目的がある訳ではありません。ですので……考えて、いただけませんか?」
「それでもよ。あんたたちはアイドルを汚してるの」
「でも! 今まで歌もダンスも練習してきたんです!」
「そういうことじゃないの」
矢澤さんの予想外の言葉に場に疑問の間が生まれる。そんな間を感じ取った矢澤さんはひとつ小さな溜息。
「あんたたち、ちゃんとキャラ作りしてるの? お客さんが求めるのは楽しい、夢のような時間なの! だからそれにふさわしいキャラも必要ってこと! ……よく見てなさいよ」
嘆かわしいとでも言いたげに後ろを向く矢澤さん。何を始めるんだろうか?
「にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー! 笑顔届ける矢澤にこにこー! にこにーって覚えてらぶにこ!」
……正直、僕もちょっと引いた。
矢澤さんの唐突な奇行……というと失礼かな。ともかくその行動にとっさに対応できなかった僕達は部室を追い出されてしまった。
「やっぱり追い出されたみたいやね」
「副会長……やっぱりとは?」
「……ちょっと、話が重くなっちゃうんやけど……ここで話す内容でもないからあんまり人の居ないところで話そか」
この時点でなんとなく流れは読める。他の皆もなんとなく気付いた様子だが……
心に重石を抱えて副会長に付き従う。先ほどまでは気にならなかった湿気が肌にまとわりつき、不快感を覚える。
「……恭介君? 大丈夫ですか? 表情がいささか険しいですが……」
「えっ? 険しい表情なんてしてたかな?」
「ええ。あまり見たことの無い表情でした。何を考えていたのかは聞きませんが、あまり思いつめてはいけませんよ? そこが恭介君の良い所でもありますが」
「ありがとう。なんか今の海未、お姉さんっぽかったよ」
「そ、そうですか? というか恭介君、御姉妹がいらっしゃったんですか?」
意外そうに尋ねてくる海未。小首を傾げる動作も余って今度は子供っぽく見える。
「いや、そういうことじゃあなくて……海未ってしっかり者だけどちょっとずれてるよね」
「も、もう! けなしてるんですか!?」
「ギャップがあって可愛らしいねってことだよ」
「そういうところは口が上手いんですから、まったく……」
どうやら拗ねさせてしまったようだ。ちょっとやりすぎたかな。拗ねる所も子供っぽいなんて言ったらもっと怒られちゃうから言わないけど。
「海未先輩と恭介さんって仲良いんですね」
「私はからかわれてるだけですっ」
「ほんとですかぁ?」
静かに海未をからかい始める凛。あまり下級生と話していなかった海未は心なしか嬉しそう。弓道部では尊敬の念を集めてる……もとい集めすぎてるせいであんまり話しかけられないらしいし。
「り、凛ちゃん。先輩だよっ」
「先輩後輩のスキンシップってやつにゃ。先輩も嫌がってないし」
「確かに嫌ではありませんが……不思議な気分です」
「海未ちゃん弓道部じゃ恐れられてるもんねえ。あんまりにも外さないから機械だって噂も……」
「誇張しすぎです! 第一穂乃果は弓道部員とさほど交流が無いじゃないですか!」
「冗談交じりで弓道マシンなんて言われてたの、聞いたことあるような……ソノダー、だっけ?」
「こ、ことりぃ! 今言わなくていいじゃないですか!」
静かだった廊下が一気に活気づく。いつの間にか肌にまとわりつく不快感は気にならなくなっていた。
……玄関先に着いた時、副会長がちょっとだけ話を切り出しにくそうにしてて申し訳ない気持ちにはなったけど……
まだお気に入り登録し続けてくれている方々にまずは感謝と謝罪を……
いや、忙しすぎて暇が無かったんですよ(言い訳)
今後もあまり投稿はできませんが、よろしくお願いします……