副会長が玄関の扉を開いた途端、生ぬるい風が僕達の肌を撫でる。中途半端な時間帯であるため、外に人の姿は見えない。
そのことを確認してから副会長は静かに語り始める。
「にこっちもやってたんよ、スクールアイドル。プロのアイドルと遜色ないスクールアイドルを目指すっちゅう目標をにこっちが掲げて結成したんやなかったかな。ただ、他の部員はそれを冗談交じりの目標だと捉えてしまったみたいやけど……」
少しだけ目を伏せ、長いツインテールを右手で触る。慎重に言葉選びをしているようにも見える。
「その意識のずれが原因やったんやろうね。にこっち主導の厳しい練習に部員がついて来れなくなって退部して……にこっち一人になってしまったんや」
手に持っていた淡い紫色の傘を開き、立ち去るそぶりを見せる副会長。
「伝えることは伝えたから、うちはもう行くけど……にこっちのこと、見捨てんといてや。一人ぼっちは……寂しいから」
今度こそ背を向けて歩き出す副会長。傘が水滴を滴らせ、歩みと共に儚げに揺れる。
何か言葉をかけてあげたい。ただ……なんと言葉をかければ良いのかが分からない。優しいメッキで包んだ言葉をかけるのは、あまり意味がない気がする。
副会長の背中が少しずつ離れていくのを焦りながら見る。すると不意に爽やかな風が汗のにじんだ体を通り抜けた。
「私っ! いえ、私達……絶対にこ先輩の事を見捨てたりしませんから! にこ先輩と一緒ににこ先輩の夢も、私達の夢も叶えて見せます!」
屋根のある玄関口から飛び出し、雨に濡れながら叫ぶ。
それは本心から放たれたであろう穂乃果の言葉。言うかどうか迷ったのは間違いないだろうけど、ここが僕と彼女の大きな差なのかな。漠然とした感覚でしかないけれど。
伝えたいことを伝えた穂乃果はまた濡れちゃった、なんて言いながらにっこりと顔をほころばせていた。
昼間よりも雨の勢いが弱まり、湿度も下がって少し過ごしやすくなった夜。意外と手のかかる授業中に出される課題を終え、ちょっと一段落。すると不意にスマートフォンが振動する。
ほのか:『急にごめんね! ちょっとみんなに相談があるんだけど……見たら返事ちょうだい!』
間違いなくにこ先輩についての話だろう。とりあえず返事が欲しいようなのでメッセージを送る。
恭介:『相談ってにこ先輩のこと?』
ほのか:『うん! どうやったらにこ先輩にμ'sに入ってもらえるかなと思って』
園田:『というか穂乃果、私達に相談せずに決めましたよね……いえ、決して加入に反対であるという訳ではないのですが』
ほのか:『く、口がつい勝手に動いちゃって……』
ことり:『私はそういうところも穂乃果ちゃんらしくて良いと思うな♪』
ほのか:『ことりちゃんありがとー!』
園田:『穂乃果の決断力は私も少し羨ましいです』
少しずつ話が逸れていく。これじゃあ一年生の人達が返事しづらいんじゃあ……
西木野真姫:『ちょっと、話逸れてるわよ。どうやったらμ'sに加入してもらえるか考えましょう?』
どうやら杞憂だったらしい。真姫は物怖じしないなあ。文章だけだとむしろこっちが怖い印象を受ける。面と向かって話すと言葉の節々に気を使ってる感じが出てるからそんなことないんだけど。
花陽:『返信遅れてごめんなさい! 見てます』
りん:『私も見てます!』
真姫のおかげかそうでないのか分からないが、花陽と凛もメッセージを送ってきた。凛の一人称が私なのは少し気になるけど、現実とネットで一人称を使い分けてる人なんて数えきれないくらいいるし変でもないかな。
ほのか:『じゃあ全員揃ったみたいだし始めるね! どうやったらにこ先輩にμ'sに入ってもらえるか、意見を出してください!』
ことり:『素直にお願いするだけじゃあ駄目なのかなぁ?』
園田:『今日の出来事を考えるとしっかり誠意を見せてからお願いする必要があると思います』
花陽:『歌と踊りを見てもらってから考えるのはどうでしょうか……?』
りん:『かよちんの意見に賛成です!』
お、花陽が自分から意見を出した。なんだかμ'sのメンバーに対して信頼感を抱いてくれているようで嬉しい。
真姫:『でも私達一年生組は始めたばかりだし、歌と踊りが出来るような曲はまだ無いわよ。無理にやって失敗するのが一番印象を損なってしまうんじゃない?』
花陽:『そっかぁ……ごめんなさい』
真姫:『別に怒ったりしてる訳じゃあないのよ。私の方こそ……責めるような言い方になってしまってごめんなさい』
りん:『真姫ちゃん珍しく素直! これもスマートフォンの為せる技ってやつなのかな?』
真姫:『うるさいわね! あと技じゃなくて業よ! 無理に難しい言葉使おうとするんじゃないの!』
りん:『照れてるのは否定しないんだね』
……今度は一年生組の方で話が逸れ始めた。こんな調子じゃ今日中に話がまとまらないぞ。僕も意見を出して話を戻すか。一人が意見を出せば反対意見も含めて皆が意見を出し始めるだろうし。
恭介:『部長はちょっと意固地になってるだけだと思うんだよね、僕は。部員に半ば裏切られるような形で今に至っているから当然だとは思うんだけど……でもμ'sの事を嫌っているとかそういう訳じゃないはずなんだ。だから少しくらい強引に誘って本心を引き出すのが良いと僕は思う』
文章が長くなっちゃったな。あまり長いと読みにくくなるから普段は意識して短くまとめてるんだけど……今回は仕方ない。
ほのか:『小さい頃の海未ちゃんみたいにってことだね!』
どういうことだろうか。穂乃果は小さい頃に海未を何かに誘ったのだろうか?
園田:『今は関係ないでしょう! 恥ずかしいので小さい頃の話を引き合いに出さないでください!』
ほのか:『え~っ!? 一緒だよ! 小さい頃恥ずかしがって私とことりちゃんが遊んでるところに入って来れなかった海未ちゃんと、今のにこ先輩は一緒!』
園田:『そんな事記憶にありません!』
ことり:『海未ちゃん嘘は駄目だよ~ 私はしっかり覚えてるもんね。海未ちゃんも覚えてると思うけど』
ありありとその情景が思い浮かぶ。最初は海未が恥ずかしがって輪に入っていけなかったんだろうなあ。積極的に輪に入れに行く穂乃果も想像できるし、小さい頃から関係が今も続いてるんだろう。
園田:『もう! どちらでも良いです! 仮に一緒だとして穂乃果はどうやって加入してもらおうと考えているのですか!』
ほのか:『副会長さんに部室の鍵を借りて、ドッキリみたいな感じで行こうかなって!』
園田:『大丈夫でしょうか? 失敗したら取り返しがつかないですよ、その方法……』
ほのか:『そこまでやって駄目なら、きっとにこ先輩は何をやっても揺らがないなって思う。その時はきっぱり諦めて別の方法でμ'sとして活動しようよ』
ことり:『私は賛成かな。本当はアイドルとして活動したいならきっとその気持ちを打ち明けてくれるかなって思う』
花陽:『私も賛成です。でんでんでんを三本も持っている程の方ですから……アイドルに対する熱意は疑いようがないです』
りん:『やるなら思いっきりやりましょう!』
真姫:『いいわね。私達の本気を見せてあげましょう』
文章を見る限り真姫が一番やる気満々な気がする。本気ってなんだろう。ドッキリがメインにならないことを願う。
園田:『分かりました。では明日の放課後決行しましょう。鍵は私が借りておきます。皆さんは帰りのホームルームが終わり次第アイドル研究部前に集合してください』
ほのか:『海未ちゃんありがとー! 他の皆もいろんな意見出してくれてありがとう!』
ことり:『全然大丈夫だよ! じゃあ私は宿題やるからばいばい!』
園田:『私も眠る支度をしますので、これで。ではまた明日。穂乃果は宿題を必ずやっておくように』
ほのか:『うっ……分かりましたぁ……』
花陽:『みなさんお疲れ様でした。おやすみなさい』
りん:『おやすみなさい! ついでにかよちん、明日英語の宿題見せて!』
真姫:『自分でやりなさいよ……今日のは割と簡単でしょう?』
りん:『真姫ちゃんにとってはね! 私にとっては難しいの!』
真姫:『じゃあ明日私が教えてあげるから、せめて自分でやりなさい。英語は午後だから間に合うはずよ」
りん:『ほんと!? ありがとう! じゃあ明日はよろしく! おやすみなさい!』
真姫:『おやすみなさい』
今更だが、女子の話をこういう形で目にするのって新鮮だな。ほんの少し違う一面を目にすることが出来るし。もっとも僕はほとんど会話に参加していないが。穂乃果の会議を進める力が強すぎて出る幕が無い。最後位何か一言言ってから寝よう。
恭介:『みんなお疲れ様。おやすみなさい』
なんて送ろうか迷った挙句にこれだ。上手い言葉が思いつかない。文章だけの会話って気楽なんだか難しいんだかよく分からない。
スマートフォンをスリープモードにしてそっと机の上に置く。これから勉強する気にもならないし今日は少し早目に寝るかな。
布団を整え、部屋の電気を消そうと電灯から伸びる紐に手を伸ばす。紐を掴んで引っ張ろうとした瞬間に再び机の上に置いた物が振動する。
上に伸ばした手を下ろし届いたメッセージを見る。
ほのか:『宿題全然分かんない! 海未ちゃんに怒られちゃうから写真撮って送って!』
全員での話し合いで見せた統率力は凄かったんだけど……しまらないなあ。そこに親しみやすさを感じる部分はあるんだけど。
穂乃果へ明日教えるから写真は送らないという旨のメッセージを送る。若干の不満と海未への恐れを感じさせる文章が帰って来る。
それでも不満なのかと苦笑いしながら、今度こそ部屋の電気を消した。
タイトルが思いつかなくて適当感が否めないですね。
あと今回随所に私の妄想が散りばめられてます。ラインの名前とか、凛ちゃんがラインでは標準語とか……好みが分かれそうで少し怖いですが。