青春をつかむまで   作:slave

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読みづらかったので全話会話文と会話文のスペースを消しました


一歩前進

 翌朝、僕たちはいつもより大分太陽が低い時間帯に神田明神の境内にいた。

横を見ると学校で見慣れた制服姿ではなく運動着を着た穂乃果達がいる。三人の雰囲気には僅かな緊張感が漂っていて練習への真剣さが読み取れる。

 

「では、練習メニューを発表します。まず怪我防止のための柔軟を行い、その後筋力トレーニングをしてから階段五往復です」

「け、結構きついね海未ちゃん……」

「私大丈夫かなあ……?」

「練習で挫けそうになってどうするのですか! これを朝晩二回行います。最初のうちは晩の練習は筋力トレーニングを抜いて柔軟と階段五往復だけにしますが」

 

思ったより練習は厳しいようだ。男の僕でも大分厳しいものなのに穂乃果達はこなせるのだろうか?

 

「まあ頑張ってみようよ。確かに辛いかもしれないけれど、ライブの時は辛くても笑顔でいなくちゃいけないんだしさ。練習の間からなるべく笑顔で頑張ろう! 僕も一緒にやって頑張るからさ」

「きょーくん……よーし! きょーくんと一緒に私も頑張るぞー!」

「私はまだちょっと不安だけど……一生懸命頑張る!」

 

拙い励ましだったと自分でも思うが、どうやら穂乃果とことりはやる気を出してくれたようだ。

それに案外基礎練習というものは記録の伸びを体感しやすいのでやっていくうちに楽しくなってくることも多い。僕も運動不足解消を兼ねて全力で取り組もう。

 

「では早速柔軟から行いましょう。まだ体が出来ていないのですから入念に行ってくださいね」

 

海未の言葉に三人で頷き柔軟を始める。といっても体育の授業で行う体操を長めに行うだけだが。

 

 柔軟を終えた後に筋力トレーニングが始まる。腕立て、腹筋、背筋、スクワットをそれぞれ五十回ずつ行うとのことだ。

仮にも男である僕にとってはさほど苦しいものではないので無駄に時間をかけたりはせず素早く行う。素早く行うと腕などを太くすることはできないと聞いたことがあるが別に構わないだろう。

 

筋力トレーニングを終え、穂乃果達を見るとまだ全然終わっていなかったので海未と会話しながら終わるのを待つことにする。

 

「弓道部も筋力トレーニングとかってあるの?」

「いえ、弓道部の部活にはあまりそういった練習はありません。ただ弓を引く動作には結構腕の筋力が必要なので自主的に鍛えてはいますが……腕だけを鍛えるのもバランスが悪いので勿論全身です」

「海未はそういうとこ真面目だよね。結構好きだよ、そういう頑張ってる人」

「なっ……そ、そんな大したことはしていません! ただ部活をやる以上手は抜きたくないというだけで……」

「ふふっ、謙虚だね」

「もー! きょーくんと海未ちゃんいちゃいちゃしないでよー! なんか集中できないじゃん!」

「私も同感かなー……」

「いちゃいちゃなどしていませんよ! と、とにかく二人とも早く終わらせてしまってください! あまり時間に余裕はないんですから!」

 

穂乃果とことりに咎められてしまう。なんでただ話してただけで咎められなきゃならないのか……疲れてる時に周りで普通に会話されてたら嫌なのかもしれないけどさ。

これ以上怒られるのも嫌なので二人の応援に回ることにする。

 

 二人の筋力トレーニングが終わると、若干の休憩を挟んで階段ダッシュに突入する。

個人的には筋力トレーニングよりもこちらの方が不安だ。とりあえず初回は穂乃果達に合わせて走ることにしよう。

 

「じゃあ僕は穂乃果とことりの走る速さに合わせるから。二人はなるべく走る速さを落とさないように走ろう。序盤だけ速く走って終盤疲れて動けなくなったら意味ないからね」

 

『うん!』

 

二人は僕の言葉に元気よく返事してくれる。この様子なら階段五往復もなんとか終えられそうかな。

 

「では私は上で記録をとります。時間も段々無くなってきたことですし始めましょうか」

 

海未の言葉を皮切りに二人は階段を降り始める。お世辞にも速いとは言えないがこの速度を維持するのは女の子にとってはかなり辛いだろう。

 

 案の定三往復目あたりからかなり二人の表情が厳しくなり始めた。

僕も結構息は上がってきているが、なんとか二人に励ましの言葉をかける。

 

「二人とも辛いと思うけど速度落とさないで! もう半分以上終わってるんだからさ!」

 

二人は無言で頷く。僕の言葉に反応する余裕も無いのだろう。それでも速度を落とさないように必死に階段を駆け上る姿が僕にはもがきながらも成功に向かっていく姿のように見えた。 

 

 走り終わった瞬間、穂乃果とことりは倒れこんだ。

 

「も、もう走れない……」

「私この後学校行けるかなあ……」

 

消耗具合でいえばことりの方が上なように見える。元々の身体能力に多少差があるのだろう。

これから練習を続けていく事を考えると誤差といっても良い程度だとは思うが。

 

「お疲れ……二人とも……」

 

かくいう僕も運動不足気味なので息は結構上がっているし足は僅かながら震えが来ている。

後半二人を励ましながら走ったからそのせいでもあるんだろうけど。

 

「君たち」

 

海未とはまた違った声色の人物に話しかけられる。勿論息も絶え絶えな三人の声ではない。

倒れこんでいる二人に向けられていた視線を声の方向に向けると、そこには巫女服に身を包んだ副会長がいた。

 

「副会長さん? ここで何を……っていう質問はその恰好を見れば必要無いですかね」

「せやね。見ての通りここでお手伝いしてるんよ。神社はスピリチュアルな気が集まる場所やからね」

「やっぱりそうでしたか。似合ってますね、巫女服。本職の巫女さんだと言われても信じてしまいそうですよ」

「ふふっ、ありがとうな。でも君は三人にももっと気を向けるべきやね」

「え? それはどういう意味ですか?」

「あー……君はそういう種類の人間なんやね。今は良くても後々困ることになるかもしれんよ?」

「ちょっと怖いんですけど! 教えてくださいよ!」

「なんでもかんでも教わろうとするのは良くないで? 困りたくなかったらお参りしてき」

「は、はあ……」

「君たち三人もや。神社使わせていただいてるんやからお参りくらいしてき?」

 

副会長に促されてお参りをする。

将来困るのは嫌だから困らないように祈ろうかと思ったが初ライブの成功を祈ることにした。

僕の中では重要度が初ライブの方が断然上だったからだ。それに何個もお願いをするのは良くない気がする。

お参りの作法などに造詣が深い訳でもなんでも無いがそう感じる。

 

『初ライブが成功しますように!』

 

……それに、四人の声が重なればきっと神様だって聞き入れてくれるだろうから。

 

 おぼろげに聞こえる鐘の音が僕に学生の本業を放棄してしまった事を知らせる。

朝に運動をするとどうしても四時間目には眠気と戦うことになってしまう。初日はどうやら負けてしまったらしい。

 

「きょーくんご飯たべよー!」

 

先生に対するちょっとした罪悪感を感じていると穂乃果が手招きしながら僕を昼食に誘ってくる。

穂乃果の隣にはいつものように海未とことりがいる。

 

断る理由も無いし今日は四人で話したいことがあったので二つ返事で了承する。

僕の返事に穂乃果は笑顔を浮かべていた。僕が一緒に昼食をとることを了承する度に笑顔を浮かべるので女の子に好かれているみたいで妙な気分になる。

当の本人は純粋に友達とご飯を食べる事を喜んでいるだけなのだろうけど。

 

そう言えば中学校時代にもいたなあ。男子を意識させてしまう言動を自然と取ってしまう女の子。

穂乃果もそういう種類の女の子なのかもしれない。

 

「あ、そうだ。食べた後作曲してくれるかもしれない子に頼みに行ってみようと思うんだけど……穂乃果達も来る?」

「勿論行くよ! 歌うのは私達なんだから自分で頼まなきゃ駄目だもん!」

「穂乃果の言う通りですね。協力を仰ぐ以上私たちが直接会って気持ちを伝えるべきでしょう」

「私もそう思うかな。相手の人もそっちの方が嬉しいもん。 こう……必要とされてるー! って感じで」

「みんなで行くってことで決定だね。じゃあご飯はここで食べちゃおうか。中庭だと移動がちょっと面倒だし」

 

僕の提案に三人は賛同してくれた。いつもと違い教室の中という少し騒がしい空間での食事に違和感を感じたが、四人で会話をする間に違和感は消えて僕たちも教室の喧騒の中に溶け込んでいった。

 

 見慣れない顔の人々が不思議そうな目線をこちらに向けてきている。

穂乃果が教師のように教卓に手を置きスクールアイドルとして一年生に自己紹介をしたことが原因だけど。

まだ全く浸透していないことが伺える反応に穂乃果は驚いているようだ。目立った活動を何一つしていないのでしょうがないと思う。

そして肝心の赤毛の女の子は教室に見当たらない。また音楽室にいるのだろうか。

音楽室に先に行ってみれば良かったなと後悔した瞬間教室前方の扉が開きその人物が入ってくる。

 

女の子は知らない四人組が教室にいることに驚いているみたいだけど、構わずに話しかける。

 

「ねえ君、この前音楽室でピアノ弾いてた子だよね? ちょっと話したいことがあるんだけど今時間大丈夫かな?」

「だ、大丈夫ですけど……ここじゃ目立っちゃうので屋上でも良いですか?」

「いいよ! じゃあ早速行こうか」

 

教室を出て屋上に向かい教室へ歩く。

すっかり穂乃果達を呼ぶのを忘れていたがすぐ近くで話を全部聞いていたので僕達二人のちょっと後ろに三人で固まって歩いている。

 

「そういえば……君の名前聞いてなかったよね。名前教えてもらってもいいかな?」

「あっ……すいません。西木野真姫です」

「西木野さんか。この前は急に話しかけちゃってごめんね」

「いえ、大丈夫ですよ渡辺さん……でしたよね?」

「そうだよ。まさか僕の名前を憶えているとは……嬉しいな」

「べ、別に……人の名前を覚えるのは割と得意ってだけです」

「それでもだよ。名前を憶えていてもらえるってのは嬉しいことだからさ」

 

西木野さんは返答してくれず髪の毛先を指で弄りながらそっぽを向いてしまった。

女の子との会話には大分慣れたと思ったんだけど……ちょっと踏み込みすぎてしまったか。これから頼みごとをするのに悪印象を与えるなんて考えが足りなかった。

 

 その後特に会話も無く屋上に辿り着く。

屋上に出ると穂乃果達が西木野さんの前に立ち、頼み始める。ちょっと脅しにかかってるみたいな構図になっちゃったが、穂乃果の言葉選びは柔らかく決して高圧的なものではなかった。

高圧的に頼むとは欠片も思っていなかったが後輩に対しても態度を一切変えずに接すことが出来るというのは美徳と言っても過言ではない。

しかし美徳が良い結果を生み出すとは限らない。

 

「お断りします!」

「お願い! あなたに作曲してもらいたいの!」

「お断りします! 第一、そこにいる渡辺さんにも頼まれて断ったんですよ!」

「それでも! どうしても学校に生徒を集めて廃校を阻止したいの!」

「興味ないです! ……それにアイドルの曲はなんだか薄っぺらくて……やりたくないんです」

 

直後西木野さんは屋上の扉を開け立ち去ってしまう。上ってきた時よりも降りてゆく足音が少し早く聞こえた。憤慨からなのか、葛藤からなのか、はたまた別の気持ちによるものなのか……僕たちにそれを知る術は無いが、屋上に少しずつ届かなくなっていく足音から意識を外すことが何故か出来なかった。

 

「お断りしますって……海未ちゃんみたい」

「あれが普通の反応です」

 

海未の言う通りで、僕たちが西木野さんの対応を非難する事は到底できない。穂乃果もそれは分かっているんだろうけど少しだけ不服そうだ。

 

「せっかく海未ちゃんが良い歌詞作ってくれたのに……」

 

穂乃果が残念そうな表情のままメモ用紙のようなものを取り出すと、海未が慌ててそれを取り上げにかかる。

 

「だ、駄目です!」

「なんで!? 歌が出来たら皆の前で歌うんだよ!?」

「それはそうですが……!」

 

穂乃果の真っ当な返しに海未も反論は出来ていないが取り上げようと伸ばされた手を下げることはしなかった。頭では分かっていても感情がそれを許さないといったところだろうか。

海未に何か言葉をかけて静めようかと思案し始めた頃扉を開く音が聞こえた。一瞬西木野さんの気が変わって戻ってきてくれたのかと思ったが風になびく金色のポニーテールを見てその考えは消える。

 

「ちょっといいかしら」

 

本来暖かい声質であろう冷たく固まった声が脳裏に嫌な予感を走らせた。

 

 板書を取る手が止まっていたことに気が付き慌ててペンをノートに走らせる。

午後の授業は二時間とも数学だから集中しなければ……ましてや数学は苦手科目なのだから。先生の解説を聞きのがして理解できなくなりました、じゃあ情けないだろう。

普段より少し乱雑な字でノートを埋めながら生徒会長に言われた言葉を反芻する。

 

『スクールアイドルが今まで無かったこの学校で、やってみたけどやっぱり駄目でしたとなったらみんなどう思うかしら? ……私もこの学校が無くなってほしくない。本当にそう思っているから簡単に考えてほしくないの』

 

今の僕達には反論することが許されない程の正論。簡単に考えていたという訳では無いが……中途半端にアイドルとして有名になって失敗したら悪評が立って人が余計集まらなくなる可能性もある。

だからと言って座して見ていれば順当に廃校となるだけだ。生徒会長が何の策も考えていないということは無いと思うが伝統と風紀を重んじるであろうあの人が今の中学生が魅力を感じるような事を出来るとは正直思えない。そして僕もスクールアイドル以外に何か策を考えろと言われても思いつかない。昔から柔軟な発想を必要とされることは苦手だ。

 

先生が黒板に問題の解を書き終えるのを見て、廃校阻止という解を求めるための公式を誰か見つけてくれないものか。そう願わずにはいられなかった。

 

 結局いつもより集中できぬまま午後の授業が全て終わってしまった。夜の基礎練習があるから四人で福田明神まで行こうと思ってたが……穂乃果だけ教室に見当たらない。

海未とことりも何処に行ったのか分からないというのでとりあえず三人で談笑しながら待つことにした。

 

段々と人も減り教室に自分たち三人しかいなくなった頃穂乃果が嬉しそうに小走りで教室に入ってきた。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん、きょーくん! 入ってたよー!」

 

穂乃果が近づいてきながら嬉しそうに話す。手には一枚の小さな紙がある。海未が歌詞を書いたメモとは違う紙だ。

 

「もしかして……穂乃果ちゃんが持ってるのってグループ名が書かれた紙?」

「うん! さっき見てきたんだけど一枚だけ入ってたの!」

「へえ……誰が書いてくれたんだろうね。気になるところではあるけれど……とりあえず開いてみようか」

 

穂乃果が頷いて紙をゆっくりと開く。するとそこにはμ'sという字が書かれていた。

 

「ゆーず?」

 

穂乃果が自信なさげに言う。僕もμ'sを何と読めば良いのか分からない。ただユーズなんて読み方ではないと思うが……

 

「おそらくミューズと読むのだと思います」

 

海未がことりの後ろから肩に手を置き、机の上に置かれた紙を覗き込むようにして見ながら言う。

 

「ああ、石鹸?」

「違います! ……恐らく、神話に出てくる女神からつけたのではないかと思います」

 

「……いいと思う! 私は好きだな!」

「うんうん! 私も良いと思う!」

「うん。僕もこの名前がグループ名で良いと思うな。μ'sの由来になっている女神がどんな女神かは知らないけれど……海未は知ってるの?」

「いえ……私もそこまで詳細に知っている訳では無いです。調べてみましょうか?」

「お願いしても良いかな。やっぱりグループ名にする以上そのくらいは知っておかなきゃならないと思うんだ」

 

海未が高校に入ってから買ってもらったというスマートフォンを取り出して調べ出す。

まだ使い慣れていないのであろう、液晶画面をなぞる指が時折止まりつつも何とか調べ上げたようだ。

 

「どうやらギリシャ・ローマ神話における文芸、音楽、天文などの知的な活動を司る九人の女神をミューズと呼ぶようですね」

「スクールアイドルに相応しい名前だね。なおさらこの名前をグループ名にしたくなったよ」

「私もです。きっとこのグループ名を考えてくれた人は一生懸命考えて書いてくれたのでしょうね」

 

海未が嬉しさからか、わずかに頬を紅潮させながら言う。先行き不透明なスクールアイドル活動を応援してくれる人がいるという嬉しさもあるのだろう。

 

すると今まで黙っていた穂乃果が紙を上に掲げ学校の照明に透かせるように見る。そして数秒後に紙から目を離しこちらを見た穂乃果の目には決意の意志が宿っているように見えた。

その決意がどのようなものなのか僕には計り知れない。

 

「……うん! 今日から私たちはμ'sだ!」

 

それでもそう言う穂乃果の目がどんなに暗く不気味な夜道でも輝いて見えることに違いは無い。そう感じさせる程彼女の目はきらめいていた。

 

グループ名決定後、四人で神田明神に行こうと提案したのだが、どうやら夜の練習は一旦全員家に帰ってから神田明神に再集合するらしい。

海未は連絡していなくてすみませんと言ってきたが、穂乃果とことりはそのことをすでに知っていた。なんで僕だけに伝わっていなかったのだろうかと疑問に思っていると、その疑問をことりが察したのか三人でスマートフォンの連絡用アプリを使って連絡し合っていたということを僕に教えてくれた。正直疎外感を感じたが三人はすぐに謝りながら僕をその連絡用のグループとやらに入れてくれた。

どうも僕を誘うのが三人とも気恥ずかしかったとかなんとか言っていたが……今更だろうとも感じる。やっぱり女の子はよく分からない。

 

という訳で三人は一旦家に帰ってしまった。僕も一緒に帰ろうと誘われたのだが、用事があるからと言って断り学校内に残った。ついでに夜の練習も遅れると伝えておいた。

そしてその用事というのは西木野さんに作曲を頼むことだ。四人一緒に頼むことも考えたが人数が増えると態度は柔らかくても相手が威圧されている感じを受けかねないのでやめた。それにあの子は威圧されていると感じると反発してしまう種類の女の子に見えたし。それに歌詞を見せれば気を変えてくれるかもしれない。そう思ってこっそり歌詞の書かれたメモを穂乃果から受け取っておいた。もし歌詞を見せても気が変わらなかったら諦めよう。あまりしつこいのは僕も好きではないし、彼女も好きではないだろうから。

 

そんな最後の機会だという想いを胸にかかえて一年生教室の扉の前に立つ。しかし教室内に人影は無く、下がり始めた太陽の日差しが教室の机を照らすのみであった。

 

「しまった、もう帰ってしまったのか……」

「んにゃ?」

 

僕の独り言に反応するように後ろから穂乃果よりわずかに赤みがかった橙色の女の子が話しかけてくる。というかこれは話しかけられてるんだろうか?

ちょっと判断に困る話しかけられ方だが、西木野さんの居場所をしっていないか聞いてみることにする。

 

「君、一年生だよね? 西木野さんがどこにいるか知らないかな?」

「西木野さんなら……音楽室かなあ? かよちん、確か西木野さんって放課後はいっつも音楽室にいるよね?」

「う、うん……西木野さんはこの時間音楽室でピアノ弾いてると思うよ」

「だよね! やっぱり西木野さんは音楽室にいると思います」

「そっか! 二人ともありがとう! じゃあ僕は西木野さんに用事があるからこれで……」

 

二人に礼を言ってその場を立ち去ろうとすると、か細い声が僕を呼び止めた。

 

「あ、あの……! 先輩ってスクールアイドルをやってるっていう人たちと今日一緒に私たちの教室にいましたよね?」

「うん。一緒にいたよ。別に僕はスクールアイドルをやってる訳じゃないんだけど……お手伝いしてるって感じかな?」

「じゃ、じゃあスクールアイドルをやってる先輩方に頑張ってください、応援してますって伝えてもらっても良いですか……?」

 

不安そうに揺れる瞳をこちらに向けて彼女は僕に頼んでくる。物静かな印象を受ける彼女が纏う雰囲気までもが揺れている気がした。

 

「……勿論! しっかりと伝えておくよ!」

 

彼女の不安を打ち消せるように笑顔を浮かべ、普段より声を弾ませて返答する。

すると彼女は安心感を表情にありありと浮かべて頷く。もう雰囲気は揺れていなかった。

 

 西木野さんの演奏が終わった瞬間を見計らい音楽室に入る。

彼女はまさか自分の演奏を聴いている人物がいるとは思っていなかったのか、初めて僕が音楽室に入った時に浮かべた表情と同じ表情を浮かべている。

 

「ま、またあなたですか!? 何度も驚かせないでください!」

「ごめんね。でも今回も良い演奏だったよ。良ければもう一曲聴かせてもらっても良いかな」

「な、なによそれ……! 私の曲を聴くためにここに来たっていうの?」

「いや、僕は君に頼み事をするためにここに来た。でももう少し聴いていたくなったんだ。君の曲をね」

「……仕方ないわね。一曲だけよ?」

 

案外彼女も満更ではないようだ。彼女は気付いていないのだろうが、僕に対する敬語が取れている。それは僕に対して敬意が消えたのではなく、警戒心が消えたからだと思いたい。

本来彼女はあまり上下関係を好まないのだろう。屋上でのやり取りと今のやり取りを通してそう感じた。

 

そして彼女が曲を演奏しはじめ、その曲に自分の歌声を乗せていく。歌声は会話をする時の声よりも優しく柔らかい声だった。

僕にはその声が誰にも言えない彼女の本音を語っているような気がしてならなかった。

 

 演奏が終わり、拍手をする。僕には素晴らしい演奏に思えたが、西木野さんはどこか不満気だ。

 

「ちょっと失敗しちゃったわ……あなたが見てたせいよ!」

「失敗した部分なんてあったの? 僕には良い演奏にしか聞こえなかったけど……」

「もう! 鈍いのよ! この部分よこの部分!」

 

西木野さんが僕に楽譜を見せながら主張する。生憎僕は音楽には疎いのでさっぱり分からない。

 

「ごめん。全然分からないや……そういえばその楽譜手書きみたいだけど……西木野さんが作った曲なの?」

「そうよ。だから失敗したくなかったの」

「ふふっ、本当に好きなんだね、音楽の事」

「……ええ。音楽は好きよ」

「じゃあさ、改めてお願いなんだけど……スクールアイドルのために作曲してくれないかな?」

「やっぱりそのお願いなのね……お断りよ」

「じゃあせめて歌詞を見てから考えてくれないかな? それに誰かのために音楽を作るというのも良いと思うよ。きっと……いや、必ず西木野さんの曲で人が喜ぶと思うんだ」

「……家で考えさせて」

「勿論いいよ。あと朝と夕方から夜にかけて福田明神で基礎練習やってるから。良かったら見に来てよ」

「……」

 

西木野さんはメモ用紙を僕の手から取り、音楽室から立ち去ってしまう。考えてくれるだけでもありがたい。福田明神に来てくれると嬉しいのだけど。

少しだけ開いたままの音楽室の扉を眺め、それが彼女の心を示していることを願わずにはいられなかった。

 

 翌日、朝練を終えて四人で学校に着くと校門前に西木野さんが立っているのが見えた。

僕の姿を西木野さんが捉えると彼女は少し慌てながら鞄から何やら包装されているものを取り出し僕に近づき、それを差し出してくる。

 

「……これ、作ったから」

「これ?」

「曲よ! 昨日あなたが頼んできたじゃない!」

「えっ!? もう作ってきたの!?」

「そうよ! 私がやろうと思えば一日でできるんだから!」

「あ、ありがとう! ほら、三人もお礼言って!」

 

あまりにも唐突な出来事に三人は未だ戸惑っている様子だったが、曲を作ってきてくれたことを理解すると三人とも表情を緩ませて思いつく限りの感謝の言葉を述べていた。

西木野さんは照れたのか素っ気ない態度をとって立ち去ってしまう。それでもわざわざ校門前で待っていてくれたことに彼女の優しさを感じる。

 

「じゃあ迷惑にならないように屋上で聴こうか」

 

彼女達は嬉しさで頬を紅潮させたまま頷いた。

 

 僕達四人は緊張の面持ちでCDを穂乃果の友人から借りたポータブルCDプレイヤーに挿入する。

再生ボタンを押すと数瞬の後に曲と西木野さんの歌声が流れはじめる。その歌声は屋上に流れる暖かい風に乗ってどこまでも飛んでいきそうだった。

そして曲が流れている間、誰も声を上げなかった。

 

 曲が終わり四人で喜んでいると穂乃果の鞄から音が聞こえた。穂乃果が確認してみると、いつの間にやら穂乃果が登録していたスクールアイドルのランキングサイトでμ'sに票が入ったことを知らせる通知だった。

 

「票が入った……?」

「そのようですね……」

「ふふっ、誰が投票してくれたのなあ?」

「本当に……誰が投票してくれたんだろうね」

 

皆きっと分かっているのだろうが全員口に出すことはしなかった。なんだか彼女はそれを望んでいないような気がしたから。

強気なようで大人しい彼女の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。やっぱり君の歌は人を喜ばせるよ。今度会ったらそう伝えよう。

 

 




更新遅れて大変申し訳ありませんでした
もうちょっと早いペースで更新できるように頑張ります

そして今回の話でようやくアニメ第二話が終わりました
先は長いですがとりあえず一年生組加入を目標に書いていきます
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