灰色魔女のアトミックウェディング   作:氷川蛍

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ストライクウィッチーズの世界へ転移物として。
世界をまたいで別次元に飛ばされるのは何も少年少女だけじゃない!!
特に神様のいたずらでなくたって飛ばされちゃったりするんです。
しかして、そこにいる主人公達と年の差がすごかったりしたら……どんな結果が待ち受けるのか?
そんな遊び心をいっぱい膨らまして書いてみました。
可愛らしい女の子達で編成されるウィッチーズVS夢だけ肥大化した熟年乙女の小林敦子。
世界を守るために戦う少女達の中、はた迷惑な三十路女。
面白可笑しく描けたらたらいいなーと思って頑張ります!!


夢に溺れて……浮かれて現世?

 小林敦子。

平凡極まりない名前を持ち、ベテランの称号お局間近、今年32才の彼女は遠い目で過去に飛ぶ妄想の中にいた。

子供の頃の夢は魔法少女になる事だった。

ヒラリヒラリと空を舞い、ステキなポーズで悪を倒す。

普段は普通の女の子なのに、ひとたび事件が起こると華麗に変身。

煌めきの衣装は星を飾るピンク、フレアいっぱいのスカートと宝石を飾った指先、変身によってなんだかわからないけどピンク色になった長髪を靡かせて悪を打つ。

その姿に、あこがれの男子が心をときめかせる。

 

「そう、そして私は本当の自分を言えなくて……切ない思いを抱えながらも世界の為に戦うの」

 

 給湯室の狭いスペース。

100均で買ったピンクの三角コーナーにたまる茶渋の出し殻を纏めてゴミ袋に入れた後、アンダーリムの眼鏡をかけた敦子は呟いていた。

 

「……黒のレース、もいいわね。女の魅力をかきたてる。なのに成熟には遠い少女……そう魔法少女。契約とかダークな方向は無しで、いつだって神様は正義を行う少女の味方。私はいつだって世界を守って……世界中の人に愛されるの……」

 

 正体は証せないけど、世界を愛しているの。

貴方の住む世界を守ると、悪を退治するステキな武器で。

魔法のステッキ、魔法の指輪、最近なら魔法の矢というものもある。

戦うのに必要ない華美な装飾、薔薇や花、ハートや鳥のような羽。

美しく可愛く、世界のために働く私。

妄想は実物の敦子の頭を破裂させる寸前まで膨らんでいた。

うっとりと、両手で自分の頬を可愛く支えるポーズ。

給湯室、一畳ない個室はピンクの夢がぎっしりつまった妄想アイランドと化していた。

 

「小林さーん、私先にあがりますねー、彼氏と待ち合わせしてるんでぇー」

「……お疲れ様、表の戸締まりはオッケー?」

「はいはいオッケーです、さよならー、また明日ー」

 

 V○5の過激変身スプレーを振りかけ、髪の毛をフワフワのクルクルに巻いた同僚が背中の方を過ぎていく。

膨らんでいた夢ははじけ飛んで、一気に寒々しい現実の中に落とされる。

ここは会社の中でも北側に面した、灰色壁の給湯室。

事務所の裏口に直通の風通しの良い現実社会の窓口、表の自動ドアとは落差大きな世界。

 夢に針を刺され唇を歪める敦子の後ろを行く小太りの同僚。

名を村田月下美人(むらたはにぃ)。

DOQフォーエバー、ありがとうございます。キラキラネームの豚は、餅を突き落とすような鈍くて重い足音で歩いて行く。

鼻にきつい香水を漂わせて。

中肉中背、抱き心地はいいのかも知れないが美的センスは壊滅的。

今時魚礁網でもないのに格子のデザインが入ったストッキングに、膝上10センチのタイトスカートはインチキの黒革、目の周りはいったい誰にぶん殴られたの? そう聞きたくなるような黒の隈取りと瞼の上の青いシャドー。

どこの村のキュー○ィーハニーだよ? 町ではなく村おこしのために存在するハニィか? バニーちゃんか? お前は何なんだ? そう突っ込みたくなる女を冷めた目の後ろ頭で見送る。

 

「あんな女のどこがいいのよ……」

 

 それでも付き合う男がいるという現実の壁の前、婚期逸脱確定コースに入りつつある敦子は黙って背中を見送っていた。

事務所に詰める野郎共の湯吞みを洗い終え、水切りをして指先をソフトに拭く。

30越えると体から水分は簡単に消えていく。

みずみずしかった指先でさえ乾き皺を増やす、だから水仕事をして少し潤った気分の手をしっかりと拭いてしまいたくない。

 気怠く緩い足取りで誰もいなくなった事務所に戻り開いていたパソコンを閉じる。

女が一人……

事務所を閉める最後の社員が、夜遅い時間の戸締まりに女一人とか……正直女扱いをされていない。

 

「夢は魔法少女になる事……魔法が使えたら……ポンッと貴方の所に飛んで……」

 

 妄想はそこで途切れ、大きなため息を落とす。

 

「三十路女が自分から会いに行くなんて……そんな事したらドン引きだよねー、やっぱこう、迎えに来て貰うぐらいの……貫禄ないと……」

 

 まだ疲れで顔が俯く時間ではないが、自分のお高い態度シミュレートに嫌気が差す。

19時、夜はこれからという時間の中で、妄想とは別の現実の思い出が頭の中をよぎる。

心がポッキリ、上半身ごと机に顔を擦りつける。

 

「私のどこがダメなのよ……あんな小太りの女に男がいるのに、私は長くつきあった貴方から逃げられそう……」

 

 逃げられそう6年付き合った彼氏、井上徹に。

年下の徹は最近敦子に会おうとしない。

出会いはスローモーション、取引先の会社から新人イラストレーターとして挨拶にやってきた彼。

端正とは遠いお笑い芸人系のライトフェイス。

だけど体格に緩みがなく、むしろ痩せすぎで心配を誘発させる大きめのTシャツに羽織られた青い果実はその時22才。

そこからエスカレーション、簡単には食べられない貧乏イラストレーターの彼のために手取り足取り腰取りで、社会人として疎すぎる部分を補い、食べられない生活を自らの薄給で支え、果ては男として一人前にまでしてやったのに……最近は電話しても、忙しいのオンパレード。

通り過ぎた脇役の女に成り下がった自分と、卑下の唇がデスクに口紅の跡を残す。

 

「こんな辛い世の中なら……儚く消えてしまいたい」

 

 縁起でもない事を口走る理由は十分にあった。

女が30を過ぎるという事には色々な重荷があるのだ。

好きな人がいるから待って……なんて親を説得させるには力の足りない遠い台詞。

見合いをしろだの、合コンで相手を見つけたらだの、何の用事もないのに電話がかかれば必ず上る話題。

父親は地元近所の青年を見つけると、自分を嫁に貰わないかと話題を振る始末だし。

母親なんかは

 

「私なんて25才で結婚したのよ……26の時にはもう貴女がお腹にいて……」

 

 自分の婚期を上げて敦子を責め立てていた。

両親の心ない結婚しろF5アタックを無視し続けたら、おきまりのお涙頂戴が炸裂した。

 

「誰だっていいから、早く結婚しておくれ。親を安心させると思って」

 

などと、のたまう始末。

着信拒否を一番設定したいのは両親だったりというこの世知がなさ。

 

「あーあ、そうだねー誰でもいいかー。こんな気持ちで結婚して、子供作って、旦那が浮気して……ダメだわ、破滅への絵図しか思い浮かばない……」

 

 掠れた色合いを引いてしまったルージュ、デスクをティッシュで拭くと、かからない電話を待つのは止めようかと立ち上がる。

今日、会えないかな?

そうメールしたのは朝一だったのに、今の今までメールもない。

 

「かかってくるわけないよねー、ですよねー、30過ぎのおばさんが何やってるんだか……」

 

 女が30過ぎて相手もいない人生。

引っ詰めていた黒髪を解き、鼻筋からずれた眼鏡をかけ直す。

携帯にぎって一人で鼓動の波高めてるなんて、波乗り出来ない丘サーファーだよと首を振る。

目を付けた若い燕より、断絶早く古く鄙びていく女……別れは必然?

 

「死んじゃおうかな……」

「一緒に死んでくれ!!!」

 

 半ば夢うつつの独り言に飛び込んだ、硬い石のような声。

滝打つような荒い息づかいが目の前に、包丁持って立っている。

 

「……わっ、私と一緒にって事ですか?」

「おおおおおおう、あんたと」

 

 鈍く光る包丁は穴あきだった。

刺しても切れ味鈍らずすぐに抜けて、連続刺しが無理なく可能なタイプに目が踊る。

なんで、どうして、知らないオヤジがここにいる?

考えるまでもない、裏口は人が出たらオートで閉まるタイプ。だったら表の自動ドアから冴えない半ハゲ頭の中年男は包丁片手に来店したという事だ。

小デブのハニィが戸締まりをおこたった結果はここにある。

しかし、烈火の怒りを顔にだそうものならば速攻刺されそうな危険な距離。

自分のデスクの向かい側に、手を奮わせて立つ灰色ジャンパーで腹の出たオヤジ。

 

「いや、あの、私は、ほら、30女だし家にペットのハムちゃんが待ってるし……一緒に逝くには向いてないと」

「もおぉぉお、誰だっていいんだよぉぉぉ!!!」

「誰だって……良く無いですよぉ!! 良く吟味してくださいよ、一生の問題だから」

 

 思わず言い返して後ずさり、結婚だって誰だっていいわけではないが、死ぬのを一緒にするのだって誰だって言い訳でもない。

当然のことだが一緒に墓に入るのなら好きな人と決まっている、ここで見知らぬオヤジと心中なんてまっぴらゴメンと手を振るが。

狂気の相棒を片手に持った半ハゲオヤジには通じていない。

 

「誰だっていいんだ。もう生きていても辛いばかりなんだ、死にたいんだ、一緒に逝ってくれ」

「いやですよ。私だって辛い事いっぱいなのに生きてるのに、見ず知らずの貴方と死ぬなんて無理絶対」

「うるさいぃぃぃぃ!!! 俺は決めたんだ!! 今日死ぬんだ!!」

「私の人生に、特別今日死ぬ予定はないんですけど」

「一緒に逝くんだ。死にたいと言ってたじゃないかー」

「聞いてたんですかぁ……いやいやいやいや、違うんです、そうじゃないんです、もっともっともっと先の話なんです。ほら私まだ結婚もしてないのに……死ねないですよ」

「うるさい!! おれだって結婚してないよぉぉぉぉ!!! 結婚に夢みてんじゃねーよ!!」

「夢見たっていいじゃないですか!! 夢見た罰がこれなのぉ?」

 

 話しながらデスクに乗り上げ這い蹲って迫るオヤジの脅威は、すでに目の前に迫っていた。

振りかぶったままズルズルと挙動不審塊と化したオヤジ。

恐怖から口が何回転も空回りして、何かを話そうとするがまったくうまくいかない敦子。

手を両方前に出して、制止のポーズを見せると。

 

「ねえ、明日は良いことあるかもしれないじゃないですかぁ……」

「良いことあるなら今すぐじゃなきゃ、いやなんだよぉぉぉぉぉ!!!」

「……今すぐ、包丁捨てたらきっとハッピー……二人共ハッピーになれますよぉ」

「五月蠅い!! すぐに幸せになる魔法をかけろよ!! じゃなきゃ死ね!!」

「そんな理不尽!!」

 

 落とされる凶刃、真っ直ぐに自分の胸を突く痛みは深く体にめり込んで、真っ赤な花を咲かせていた。

次ぎに訪れる闇の中、閉じた目の中に星が広がりその闇に落ちていく。

流星の逆流れ、深い闇に真っ直ぐに吸い込まれる意識が世界から離されていく。

痛みはもうなく、血も見えない。

抑えた胸の手を呆然と見つめたまま敦子は呟いていた。

 

「こんな事になるなら……会いに行けばよかった。貴方に会って、本当の気持ちを聞けば良かった……」

 

 一瞬よぎった素直な自分。

だけど、それで物事がすっきり解決したのかという疑問は泡のように頭から溢れ出ていた。

死に行く途中だというのに、未練に辛みが次々に頭に浮かぶ、情念の走馬燈に苦しみ以外の苦みで顔が歪む。

 

「いやよぉぉぉぉ!!! なんで私ばかり反省して、謝って、繰り返して、尽くして!!! こんなままで死にたくない!!! 絶対に嫌!!!」

 

 遠ざかった星の尾に手を伸ばして叫んだ。

 

「嫌!!! 生きたいの!! 逝きたくないの!! 愛されないまま死ねないの!!」

 

 大音響の悔恨に戦いたのか暗闇は霧を払うように消えると、真っ青な空間に敦子はいた。

ただ感覚的に体は引き続き落ちている事だけが解る場所に。

 

「天国逝きに変更? どっちも嫌……死にたくないのよ……」

 

そこで意識は軽く、モールス信号のように途切れ始めた。

コマ送りの人生……もう戻れない現世を遙か彼方に、涙の目で落下していく。

 

「私が魔法少女だったら……空も飛べたのに……」

 

 閉じた目の落下する敦子。

背中の側が暖かく輝き、大きな円陣を描いていたことなど気が付く事もなかった。

それは青空の下に広がる海に、石礫のように落ちていく敦子を守る大きな魔方陣となって広がっていた。

光のライン、回転する大きな輪は、蒼天の海を走る小さな船にも良く見えていた。

 

 

 

 

 

「ここは……どこぞ?」

 

 思わずポロリとでた訛り、湿った自分の体、落ちた体温で骨まで冷えた感覚。

痺れる手とぶれる唇、かみ合わない程に踊った歯で敦子は薄く目を開いた。

 

「気が付いたか、よかった」

「……誰、天使なの?」

 

 霞みのかかった視界、少しずつ明るさに慣れる目を何とか瞬きする。

声をかけてくれた人を見た顔が、少しこわばる。

相手が天使で無い事はすぐにわかった。普通の人間で濃紺スクール水着を着用している人で……何故か白地に青ラインの眼帯。

 

「あの……」

「いい、そのままにして。怪我はないようだが溺れていたんだ、疲れが出ているのだろう」

 

 落ち着いた物腰の語り、声は若く、絞まった顔付きに引っ詰めた長い黒髪。

前髪を切りそろえた下の顔は、本当に澄ました美しい作りなのだが……片目にかかる眼帯の有りようが不可思議で首を傾げる。

人がいるという事はあの、狂気のオヤジが振りかざした魔の手から逃れられたという事なのだが……何故に露天の空の下にいるのかは以前と謎。

 

「あの、ここどこの病院ですか? 後、今何時ですか?」

「ここは病院じゃない、だが気を大きく保っていてくれ。時間は1408(ひとよんまるはち)、昼を少し回った所だ。夕方までには基地に着く。または迎えが来るさ」

 

 軽く颯爽とした物言い。

片目の笑みは敦子の顔を見つめると大きく口を開いて笑っうと、握手の手を伸ばしていた。

 

「はっはっはっ、しかしすごいものを見せてもらった。あんな大きな魔方陣は宮藤以来のものだった。どんな修行を積んだら……ああ、自己紹介がまだだったな、私は扶桑皇国海軍坂本美緒少佐だ。坂本とでも呼んで貰えればいいが……貴殿はどこの部隊のウィッチかな?」

「ウィッチ? 私は東京都杉並区の……えーと会社勤めのOLで、魔女とかじゃないから失礼な事言わないでください。意識はしっかりしてますから」

「東京、帝都来たのか。じゃあ貴殿も扶桑の軍人なのか」

「軍人じゃないから……なんで軍人に見えるのよ。ただのか弱い女です。貴女……」

 

 どう見ても年下の少女にずけずけと言われるのは腹が立つ。

それが理由の分かる物ならばまだしも、全然身に覚えのない用語を並べた話しをされればなおさらに気が立つというもの。

敦子はこの坂本少佐と名乗る少女が不思議な物体にしか見えなかった。

だから彼女の周りにあるものから現状を少しでも把握しようと考えた。

自分にかぶせられていた白色の制服、彼女の側にある……日本刀? さらに横にある大きな鉄砲?

その横に並ぶ大きな筒二つ。白地に半分緑、裱の部分に日の丸のデザインを付けた筒?

 全体を見た感想としては、嘘くさいコスプレではなく現実っぽいが、どこか違う。現代日本人だろうに軍人なんて軽く口にでるのもおかしい。

自衛隊の人にしても若い……考えながら出された手を握ると坂本に尋ねる。

 

「私は小林敦子。えーっと扶桑って……三菱関係の人なの? 貴女?」

「あっはっはっ、九六式は昔使っていたが、三菱の人間ではない。扶桑軍人だ。君も帝都からきたというのならば扶桑の者という事だろう」

「扶桑って……日本のどこの事ですか?」

「扶桑は扶桑だ」

 

 重ねて返される扶桑という国? 地域名? 苛立ちは力にもなる、小舟の中でゆられながら寝そべっていた体を起こす。

敦子の質問に、目を丸くしている坂本の顔が写り、その後は周りの景色を目が写す。

小さな安息地の周りを見回して大きなため息が落ちる。

寝ていた所が小さな船の上と知って、広すぎて果てのない青い海に心が折れそうになりながら。

 

「ねぇじゃあ、ここどこなの? 私は早くうちに帰りたいのだけど」

「ここは地中海、もう少しいくとロマーニャが見える。はっはっはっ、ここから扶桑に帰るのは不可能だぞ、小林はひょっとして脱走してきたのか?」

「ち……地中海? なんで、私東京にいたのに……天国って別名地中海だったの? ていうか、脱走じゃなくて脱出してきたの、危ないオヤジに殺されそうになって……」

「殺されそうに……そうか、だから貴殿は魔方陣を使って自分を護り海に落ちたという事か」

 

 混線? 脱線?

自分の言い分が上手く伝わっていない事に眉をしかめるが、次ぎに口を塞いで俯いた。

敦子は自分が気を失っている時に、魔法少女妄想を寝言で口走ったのではと勘ぐった。

だからこの坂本という女の子が、自分を魔女だの、その手の魔方陣を使っただのと言いかがっているのだと思った。

游ぐ目と赤くなった耳のまま、背けた顔で小さく聞く。

 

「あの……私、寝てる時に何か言ったかしら?」

「うん? 何も。ああ歯軋りはしていた」

 

 絶句する……というかむせる。

恥ずかしいと更に顔赤くして、この年下の小娘に大人をからかうのはいい加減にしろと声を挙げようとしたその時、坂本は立ち上がっていた。

 

「いかん、小型のタイプが残っていたのか」

 

 立ち上がろうとしていた敦子の黒髪を抑えた手で振り返えった坂本は尖った目で言った。

 

「ネウロイが残っていた。小林も追われたものだろう。……しかしながら現状魔法力を使いきってしまった私は、すぐには飛べない……どうやり過ごすか」

「あの、何言ってるのかわからないんだけど。何が来るの、またオヤジが来る……」

 

 頭を抑える坂本の手を払って、彼女がきつく尖らせた目を向ける空を見た敦子は目が大きく開いたまま言葉を失っていた。

空に浮く黒い昆虫、ダンゴムシが所々を赤色に発色させた歪なる姿に。

 

「息を潜めて……ここを過ぎてくれるのを待つしかない。小林もストライクユニットを失っている今の状態では戦えないだろう」

 

 惚けてしまった敦子を小舟の床に擦りつけるように抑える手。

されるがまま、目だけが空に浮かぶ塊を見続けて聞いた。

 

「ねえ、あの虫は何?」

「貴殿……記憶に障害か?」

 

 きつく口を絞め、悠々と空を行くネウロイを目で追いながら坂本美緒はかみ合わない会話の謎を自分なりに解析していた。

扶桑の人間と思われる彼女が、扶桑がどこかわからない、だが帝都出身という自称はしている。

地中海は知っているが、そこに数多現れるネウロイを知らない。

おそらく戦闘中の記憶障害を残しているのではという結論に、敦子の口を押さえると、必要な事だけを教えた。

 

「いつものネウロイだ。我々の敵である。だが今は戦う手立てがない、静かに過ぎるのを待とう。やっとわかったよ小林は先ほどの戦闘で記憶が混濁しているのだろう、だが安心してくれ、今は静かに事が収まるまでを待ってく……」

「いい加減にしてよ!!! 私は正常なの!! なんなのよ、さっきから私の事田舎者の勉強出来ない子ちゃんみたいに言って!! あんた失礼でしょ!!」

 

 敦子、怒りの仁王立ち。

坂本美緒にして時は止まっていた。

この非常事態に、声を荒げ自分を怒鳴る者がこの世にまだいたという事に対する仄かな悦と、その後ろウィッチの気配に気が付いて赤い発光部分に光源を集中させ始めたネウロイの姿に。

 

「はっはっはっ、勢いは買うが後ろのをどうするか考えていたのか?」

「笑ってるんじゃないわよ!! 大人をバカにして!! 後ろがなんだっていうのよ!!」

 

 そしてクルリとターン。

先ほどより距離を詰め、禍々しく赤色のパネルを輝かせるフライングダンゴムシと目が合う。

首をならすように左右に、気怠く傾げた顔は驚いてはいなかった。

むしろウンウンと頷き、ここが現実と違うのならばとことん遊んでも良いだろうと珍妙な覚悟を決めていた。

 

「はーあ、わかってるわよ、こんなの夢よ。だって私は今大学病院の集中治療室にいるのよ。息も絶え絶えで夢と現の間をフラフラしていて、オペ室の隣では両親が泣いてるのよ!! この迫ってくる黒いのは私に刃物を刺したオヤジを抽象化したものでしょ。もう頭にきたわ、許し難いわ、かかってきなさいよ!! 引っぱたいてやるわ!!」

 

 笑う坂本の顔に、敦子の癪のピークは峠を越してダッシュしていた。

立ち上がり両手を腰にしていた敦子は、空から覆い被さらんとするダンゴムシに手を向けると。

 

「さあ、この夢の中で魔法爆発よ!! 美と愛の女神の力を借りてただいま参上魔法少女アイリーンの前に跪きなさい!!」

 

 向けた掌から大きく広がる真円の魔方陣。

同じく水面に広がる魔方陣。

巨大観覧車が突然海に生えたような大きさに、坂本は片目を大きく広げて感嘆の声を挙げていた。

 

「すごい、この大きさ……この強さ……」

「あんたより大人の魔法少女に敬意を払いなさい!! 小娘!!」

 

 トンチンカンな説教を飛ばしながらも、敦子は昔憧れだった魔法少女の名前とともに絶好調の気分に乗っていた。

自分の言葉で発現した光の円陣。

クルクルと忙しなく回るそれ、魔術陣の構成交換、ならびに属性のエレメントを循環させる図は子供の頃テレビで見た力そのものだった。

 

「あはははははははは、楽しい!!! 魔法少女最高!!」

 

 もう後ろに坂本がいる事なんてどうだって良くなっていた。

敦子にとって此は夢でしかないのだから、何を叫んでも何を行っても恥ずかしいなんて事はなくなっていた。

同じぐらい自分の頭に生えたハムスターの耳と、臀部違和感である尻尾にも気が付かなかった。

広げられた円陣に、ダンゴムシ型のネウロイからの光線が飛ばされるが、ラインをへし折り、鏡返しのように次々と弾いていく。

 

「あーもー、衣装も替わってよねー、盛り上がらないじゃない!! ピンクのフリフリとか、黒のレースとか!!」

 

 OLルックのまま、踵のへたったパンプスで魔法少女なんてと愚痴る敦子の後ろ、坂本は目を輝かせて攻防を見ていた。

そしてこのまま大声で笑ってしまいたいという感情を堪えつつ、展開された巨大な魔方陣の後ろで攻撃のための機銃を構えた。

 

「すごいぞ!! 小林。これなら私も迎え撃てる!!」

 

 号砲の反撃、魔方陣に守られた坂本美緒の激射に迫るも攻撃するも弾かれ続けて足をすくめていたネウロイは、黒い殻がガラス窓のように割れていく。

外殻を打ち壊し、白い破片を飛ばし、ついには中身の宝石である真紅のコアを露出させる程にダンゴムシの山は切り崩されていた。

 

「ちょっとちょっと!! 銃器使うなんてどっかの契約済み片思い魔法少女みたいな事しないでよ!! 品がない……」

 

 自分の後ろで懸命に機銃の振動を抑え撃ち続けていた坂本に注意の声をかけたとき。

目の前にいたフライングダンゴムシは塩の柱のように真っ白に変わっていた。

耳の中で鐘を突かれる号砲の後で。

粉々に砕け海に落ちていく氷みたいに、一瞬綺麗に咲いて雪の結晶のように姿をクリアにしたネウロイはあっという間に崩れ消えていった。

 

「間に合ったか……助かった、リーネ」

 

 方向一直線の遠距離射撃は僅かに輝いた赤石を見事に粉砕し、坂本達を守ったていた。

雲に白い軌跡を引いて、ストライカーユニットを穿く魔女達。

インカムに届く仲間達の声に、無事を知らせる坂本の前で敦子は虚脱していた。

見失った悪者の姿、奮い立っていた気が抜けた瞬間に肩にかかったウエイトはドラム缶を担がされるイメージ、重度の疲労だった。

甲子園のマウンドに敗北の膝を着く投手のように、ガクンと体が折れる。

 

「あーぁぁああ? 何、もう……なんか……落ちそう……」

「魔法力を消耗していたところでのもう一働きだったからな、休んでくれ小林、よくやってくれた」

「あんたね……年上を呼び捨てにするもんじゃあないですよ……礼儀ってものがないの……まあいいわ、毎月保険料8840円×2払ってるんだから……ベッドはふかふかの一等室で個人部屋の病室に……してちょうだい……」

 

 混濁し、重く瞼を下げて目を閉じた顔でそれだけ言うと敦子は気を失った。坂本に支えられ、その膝に頭を押しつけるように前のめりに倒れて。

 

「美緒? 今の魔方陣は何?」

 

 敦子を支え、上空を飛ぶ仲間に手を振った坂本美緒は、ミーナ隊長の驚く声に声高く笑って見せた。

 

「はっはっはっはっはっ、凄いウィッチがいたものだ。世界は広いな、ミーナ」

「ええ? 何が? 怪我はないの、無事なの」

「ああ、無事だ。心までウキウキする程に無事だよ」

 

 その声には希望があった。

歳を取ることで失うハズの魔法力、それを自分より年上にして遙かに持ち合わせている存在と出会う奇蹟に。

儚い花が、根を張る大樹に変われるきっかけがあるかもしれない。

自分の手を開き、強く閉じた坂本美緒は疲労困憊に倒れた敦子の背中に言った。

 

「色々と教えて貰うぞ、小林。とりあえず注文どおり寝心地のいいベッドの仕度は任せておけ」

 

 そして敦子がこの世界を現実と認識してパニックを起こし、さらにウィッチとして活動を期待される事で、思わぬ屈辱を味わう事になるはこの三日後、目を覚ましてしまった時に始まるのであった。

 




あっちフラフラこっちフラフラで小説書いてます。
この作品も短く纏めて4話ぐらいでおわろうと考えています。
少しの間一緒に楽しんで頂けたら嬉しいです。

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