灰色魔女のアトミックウェディング   作:氷川蛍

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空を行くには?……まず服を脱ぎます

「あのぅ……色々考えたのですが、やっぱり親しみやすい方がいいと思うんです。小林さんと呼ぶのは他人行儀な感じがして……なので、あっちゃんって呼んでいいですか?」

「やめてよ……後47人の仲間作って歌って踊ってとかしなきゃいけなくなりそうで……怖いから」

「えっ、そんなにお友達がいるんですか?」

「あんな友達がいたら嫌だし、私の顔はセンターに寄ってない」

 

 湿り気のない日差し、暑いが汗を湧かせるほどの事はなく、むしろ心地よい昼下がりの時を小林敦子は歩くより少し早く、走っているというには遅すぎる速度で進んでいた。

 病院の敷地なある古代遺跡らしい白い囲いの中で、一日でも早く魔法のブーツを履くために……いや、履けなかったという汚名を削ぐために。

あの日から三日、OLルックとパンプスという到底運動に適していない衣服で。

 敦子の後ろには、宮藤芳佳という小学生のような幼顔のセーラー、下は水着姿と……パンツまる出しのリーネが年に似合わぬ良い持ち物を揺らしながら付いてきている。

 

「ねえ、なんで私についてくるの……逃げないわよ、完治するまでは」

「一緒に訓練ですよ、ていうか完治?」

「ここ病院なんでしょ、いいのよあんた達が口止めされてる事は、わかってるから。そうここは病院なの、それ以外の場所としては認めないわ」

「病院じゃないですよ……ここは基地で」

「だからキチの病院なんでしょ」

「いいえ、基地で病院もあるというだけでぇ……」

「だからキチがたくさん住んでるでしょ」

「いえ基地はここだけで……多いってなんですか?」

 

 運動不足は自分だけではないという勘ぐり。

着いて来る二人は、朝練上がりで更に敦子について走っているわけだから足も縺れ、口も縺れるという具合に敦子はまだまだ自分は行けると変な自信で拳を固めつつも緊張していた。

体をそらし、胸をかばうように走るリーネを見ようとしない視線は朝に起こった事件を思い出して、苦く顔を歪めていた。

 

「キチで病院……私は違うから、私狂ってないから、とにかくここは……病院なのよ……これ絶対!!」

 

 自分について回る二人の子供に、言い返すこと許しませんという威圧の声色で敦子は告げる。

そうでなければこんな所で普通に振る舞うなど不可能と何度目かのシンクダウンを見せると、歯を食いしばってダッシュした。

 

 

 

 

 

 その日、事件は朝やってきた。

朝といっても目覚ましもない部屋だ、外に響く時報で薄く瞼を開け極楽気分の起床をするという日課。

何事も無ければまさに天国のこの場所に、毎日のようにライブヘルはやってくる。

今日もそうだった、そしてその出来事はブラッドプール・イン・ハーツの勢いで心臓を壊しそうな程血圧を上げた。

 その朝、目覚めのアンニュイ感をぶち壊した物は目の前、ベッドの上に用意されていた。

扶桑皇国海軍士官学校服という制服に顔を真っ赤にしていた。

上は仕立てのよい黒の詰め襟、ボタンを内側に隠す海軍予備少尉服というものらしい、曰く民間人である自分がこの基地と呼ばれる病院の中に暮らす以上この手の制服の着用は避けられないものらしいのだが……問題はその横に並んだスクール水着の存在にあった。

濃紺で……明らかに旧スクール水着に見えるそれは朝日に照らされて若々しい光沢を見せていた。

 

「ねぇ、私が何したっていうのよ……これどういうプレイなの?」

「プレイ? まだプレイ(意訳・実技演習、おもに機銃など)はしてないだろう?」

「あたり前じゃないの!! 使用済みを私に着せようと思ってたの!!」

 

 不可思議と首を傾げる黒の長髪。

眉頭で切りそろえた前髪の下で、坂本美緒は両手を上げるとベッドを挟んだ反対側で、顎に皺を寄せ首筋に苛立ち神経を脈々とさせている敦子を見た。

 

「そんな失礼な事はしないさ、新品だ。少し大きめのを揃えさせた」

「……ねぇ……何度も説明は聞いたけど……なんで下はこれじゃないとダメなのよ?」

「これと言われてもなぁ、そういうものだし」

 

 グッタリと萎れる表情、空を飛ぶことを目標にした敦子だったが飛ぶためには必要な服というものがあった。

まず、現在着ているOLルックは適さないという話しから始まり、ウィッチとしてここに駐留するために必要な事でもあるがために、このいかがわしいパンツルックをしろという事らしいのだが、パンツルックってこんなものだったけ? ホットパンツよりも卑猥度高いし中年女には厳しすぎる、涙の重みで首を傾げたいのはこっちだと言い返していた。

 

「何度も言うけど私は魔女じゃないの、失礼だわ。後さぁ……せめてユニタードのやつはないの……こんなの着られるわけないじゃないの、私今年で三十三になるのよ」

 

 どんな羞恥プレイ?

やはりキチの病院が要求する服はレベルが高いと動揺する顔。

それでも目の前にいる坂本には理解されない。

いかんともし難く不自然な姿への要求が、当たり前のように持ち出される世界。

現実の世界に夢のテイスト、おかしな混線をしている思考の輪を読む。

少しずつ与えられた状況の答えを探すしかめっ面。

ともすれば朝からテンションの高いプレイ要求にフル回転の罵声がなだれのように口から出そうだが、何度も怒鳴ったり怒ったりを見せる方が余計になんらかの疾患を持っているのかと勘ぐられるのも……大人の深慮は無駄に頑張っていた。

 そんな事知ってか知らずか、赤かったり青ざめたり、坂本は目の前でクルクルと表情を変えなんとか気持ちを沈静化に向かわせる敦子に笑顔で言った。

 

「はっはっはっ、まあ、一度着てみたらいい。これを着れば空を飛ぶときにそこそこ身を守れる。飛びたいという小林の気持ちに添えると思うから」

 

 むろんその笑いに悪意はなかったのだろう。

だが事も一線を過ぎてしまうと、笑う少女を思い出して当たり散らしたくなる。

坂本が出て行った部屋で敦子はその服を着てみた。そうスクール水着のようなものも、やらなきゃ良かったとマリアナ海溝より深いが故に見えなかった後悔に残酷な結果を目撃していた。

 

「……年月って……、私は女子プロレスラーかぁぁぁぁ!!!」

 

 鏡に映った水着姿の自分、見たくもないのに見てしまった立体裁断に合わない崩れた体格。

熟れすぎて型くずれしたトマトのみっともない果肉を自分で見てしまった感想はそれだった。

まだプロレスラーなら鍛えて作った四肢の張りがあるのだが、高校卒業以来運動を遙かに遠ざかった敦子の体には……張りという二文字は無く有るのは弛みという無駄な肉の洪水だった。

ウエストなどむざんなほどに消え、山も谷もあった人生の中で体だけが緩く平凡な道を歩んでいた事を初めて知った。

 

「この……このへんとか……もう……死にたい、ていうか天国なのに死にたいってどういう事なのよ……ここ本当は地獄なの……」

 

 太ももと水着の間、足の間に隙間も出来ない程みっちりとたるんだ肉。

Vラインなんかは、ボンレスハムの熟成に失敗した見苦しいピンクのハムに成っていた。

もう自分を見ていられない。

即座に引き裂く勢いで水着を脱ぎ捨てるとベッドで涙した。

そして決心した、走ると。

 

「ここで静養しているうちに絶対に痩せてやる!! 引き締まったナイスバディに変わってやるぅぅぅ」

 

 鼻息荒く、後ろなど見向きもせずに走っていた。

まだ道も住処も正確に把握していない基地の中を。

 

 

 

 

 

「……うーん、記憶に障害。ではないのかもしれない」

「確かに、話し方がしっかりしてる。記憶がどうのというよりも……」

 

 朝敦子に制服を渡した坂本美緒は、501のメンバーがミーティングに使う部屋で顎に手を当てて首を傾げていた。

同じようにここ何日か遠目ではあるが敦子の姿を追っていたミーナも会話の端々から感じる現実的な言葉に違和感を受け取っていた。

 

「正直な所小林はどこも悪くないし、記憶に障害がある者特有の曖昧な口調がない。むしろきちんと知っていて、なのに現在を知らないという感じに見える」

「私もそう感じたわ。自分の事はしっかりとわかっている人……なのに周りの状況を夢と思い込もうとしているみたい。うんう、何か知らない世界にきたみたいな言い方をする」

「もう少し時間が必要だと思う。ただ本人は飛ぶ気があるようだし、飛べばもっと正確に何かを思い出してくれるかもしれない」

「そうねぇ、でも……彼女の足はいらなかったのでしょ」

 

 基地に詰める隊長職の坂本、基地を治める司令職のミーナは過日の騒動を思い出していた。

飛ぶ事に夢色の瞳を見せた謎多き中年女は、いざストライカーユニット装着の時、緻密にサイズを合わせて作られている穴に足は入らなかった。

必死に角度を付けたり、息を止めてみたいりと装着を試みたが、憚らぬ足の太さでしな垂れた結果を見ていた。

その様は、悪いと思いながらも笑ってしまったという顔。

 

「はっはっはっ、はいらなかったな。でも怪我の功名か訓練する気にもなってくれたわけだし」

「……でも彼女はウィッチなんでしょ。あの大きな魔方陣を出した……」

 

 小林敦子という得体の知れない女がここにやってきて一週間。内最初の三日は寝ていたわけだが、三日の観察をした率直な感想を二人は出し合っていた。

ハーフトレンチのグリーンの制服、下は……おそらく敦子が見たら絶叫のダークレッドのズボン。

大人びた顔立ち、貴賓ある一本とおりの良い鼻筋のせいでそう見えるのかもしれないが目は愛嬌良しにして涼しさを兼ね備えた賢母な佇まい。

片手に持った書類には既に考察と観察における小林敦子の事がかき込まれており、その資料の一部を対面離れたイスに座る少女は見つめていた。

 

「まだ会った事もない者の事をとやかく言いたくはないが……巨大な魔法力を持つ者と推定される人物を拘束なしに基地の中に置くのはどうだろうか?」

 

 木イスに腰掛けたのはグレーの制服に黒の蝶リボン、髪を小さく二分けにした少女だった。

可愛らしい出で立ちとは別に襟に付く徽章と、きつく尖らせた唇、冷徹さを宿らせた瞳で坂本を見る。

 

「それは大丈夫だ。バルクホルン大尉、相手はただの民間人だ」

「だがウィッチなのだろう」

「という事なんだけど……トゥルーデは見てないものね、あの大きな魔方陣を」

 

 資料の中には記録写真はなかった。

なのでミーナの記憶から念写の形で出された魔方陣の図が添付されている。

見た時の印象もあるので差異は否めないがと前置きして、並べた写真を説明する。

あの日、海に突然現れた小林敦子が作った魔法シールドの文様、外殻の一番外側大輪は二重の光線で結ばれており、箍違いに回っていた。

その内枠の文字が入る箇所、英語圏では多い古語聖句が回る部分に、何種か扶桑のものと読める字があったが、正確に読めたのは「梅花零落夜粉粉」の部分だけで後は読み切れなかったとため息を落とし、さらに内輪にある華紋は細かすぎて映し出せなかったと言った。

 

「扶桑の字だな。少佐のものとは違うのかという点を聞きたいな。後素体は一緒なのだから流派や術式を読む事は出来なかったのかという点と、私の正直な感想を言えば……この魔方陣は、どこか違う感じ、ちぐはぐな感じがする」

 

 何枚かシールドのイメージに目を通したバルクホルンは、自分のものとも違うそれを訝しそうに見ていた。

勤勉な軍人たらんとする彼女は、出された物をはいそうですかと簡単な理解を見せたりしない。

何かしら足かがりになるようなものを探すように坂本に聞いた。

 

「ああ不思議な形だ。文字が扶桑のものに似ている事はまず認めよう。外殻の数字は簡略化されていない二重式算型魔法数字として変化のためにストックされたものをわざわざ別口で四則演算をするためともみえるが、漢詩は画角の固定化で固有術式の簡略化をしているともとれる。なにしろ文字とか数字がやたらにあるのはわかるのだが、私の感じたところで言うのならば扶桑の魔方陣よりリベリオンのそれに似ている感じがする」

「混ざってる……そんな事があるのか、移民が増えれば当然そういう魔方陣も産まれるのだろうが……それにしてもあの女は三十越えているのだろう」

「先史的なものなのかもね、もう少し本人が落ち着いてくれたら私が話しをしに行けるけど……明日は、予定が正しければネウロイが発現する可能性が高い。明日以降でもう一度考えてみましょう」

 

 基地に詰める年長組には戸惑いがあった。

坂本美緒は性格的に相手が年上だろうが、たいして顔色も態度も変えたりはしないが、他の二人は中年女に対してどういうふうに接したらいいものかと考えあぐねていた。

それ程にウィッチの世界は若い。

若く無ければ力を存分に使えない魔力の期限があるからこそ今を頑張っている。

二人は突然舞い込んだこの問題の最初の部分にまだ足を踏み入れる気持ちにはなれなかった。

それが不安でもあった。

 

「坂本少佐……その、まだ不明な要因が多い人物に宮藤やリネット軍曹を付けるのはどうだろう……危なくないのか?」

 

 伏せた目で本気を隠すように聞く。

妹の姿と重なる少女が、得体の知れない中年女に付き添わされているというのがバルクホルンにとってもっとも気を揉ませる事になっていた。

 

「はっはっはっ、大丈夫だ。小林は宮藤をどうこうできるようなヤツじゃない、リーネ共々仲良くやってくれている」

「いやしかし、相手は、いつコの手の魔方陣を出すのかも解らないんだぞ」

「大尉がいなかった間でも仲良くやって来ている。むしろ私達がやたらに話し込みにいくより和気藹々とする事だろう」

「だが……」

「心配よね、お姉さんは」

 

 坂本の言葉に納得を示さない顔。

それに口元を抑えたミーナの柔らかな笑みが重なり、バルクホルンは顔を真っ赤にしていた。

 

「ちっ違う!! だから、宮藤のように隙の多いヤツは……その相手の魔女にやり込められてしまうかもしれないという事をだなぁ!!」

「はっはっはっ、バルクホルン大尉。その点は安心しろ、小林自身、人を利用出来る程周りが見えてない。……そんなに心配ならば大尉が会ってみるか?」

「いや、いい……とにかく問題がなければいい」

 

 耳まで赤くしたバルクホルン。

苦笑いのミーナ。

坂本は資料から離れ窓の外を見ていた顔に笑みを見せると、心配を隠せないパルクホルン大尉を見て言った。

 

「ちょうど下に来ている。ここから少し見てみたらどうだ?」

 

 鉄枠の窓の下、下といっても遙かに下にある滑走路に指された坂本の指、バルクホルンは慌てているのを見られないように、しかし少しばかり前のめりの姿勢で窓に顔を寄せた。

引っ詰め髪の眼鏡、見るからに年上の女の姿に。

 

「あれが例の女か……それはわかったが、シャーリーは何をするつもりなんだ?」

 

 基地から海に向かうゲートの前、噂の女になった小林敦子の前に水着なのか下着なのか? 赤味を入れた栗色髪を潮風に靡かせたシャーロット・E・イェーガーが仁王立ちしている。

とてつもなく珍妙な出会い頭を司令室の窓から三人は見つけていた。

 

「お手並み拝見だな。小林を一気にこちら側に引っ張り込む秘策があるらしいから」

「そんなの、あったの?」

 

 ガラスに顔を寄せたミーナは坂本の緩んだ口元に怪訝な顔を見せる。

 

「はっはっは、あったのだろう? だから今から試すのだし」

 

 中身は知らない、だがそんな事は簡単さと言い切ったシャーリーのやり方を見学しようという笑みに、ミーナとバルクホルンは問題が起こらなければ良いがと眉を顰め、事の成り行きを見守るにした。

 

 

 

 

 

 

「……ハレンチ学園リターンズ……」

 

 小林敦子は走りすぎて道に迷っていた所で目の前、フレンドリーに挨拶をする二人を見て目を背けていた。

それを凝視してしまったら、心の箍が外れてしまう。

そのぐらいに心臓は激しくドラムを乱れ打っていた。

眼帯少女の坂本の水着。宮藤芳佳のセーラーと水着。リーネの白パンツ。

どれも度肝を抜く出で立ちで、それでも少しは自分を抑えて来られたと思っていたが目の前の二人はもっと、斜め上に何かがほとばしっていた。

 

「よー!! 初めまして。小林……亜子さん? 待ってたよー!!」

「違うよぉーシャーリー、顎さんだよぉ」

「どっちも違うわよ!!」

 

 背中を向けながら思わずいきむ。

亜子と間違うのは有りそうだが、猪木でもないのに顎呼ばわりは勘弁ならぬと顔だけ横に、目だけ二人に向いて。

 

「小林敦子よ……」

「うーっ、そうだー、芳佳そう言ってたしぃー、あっちゃんだ」

「おー、あっちゃん。よろしく!!」

「あっちゃん……もうどうだっていいわ。ところで何の用事で私を待ってたの?」

 

 アイドル集団の一員のように呼ばれるのは年甲斐もない恥ずかしさだったが、そんな事より目の前のハレンチ指数がメーター振り切りなのが気になって仕方がない。

 

「ねぇ……あんた寒くないの……」

 

 目だけの抗議はシャーリーと呼ばれた少女の姿に釘付けだった。

激しくローライズな下着に、トップスはお揃いのブラ。

フリルで飾ったパステルピンク、ハーフカットのカップからはあふれ出しそうな柔らかな果実が二つ。

質問をしておきながら敦子は手を打っていた。

 

「あっ、そっか、グラビア撮影していたとすれば問題なし。えーと私は小林敦子。小林さんでいいわ」

 

 切り返しは早かったが、やはり気持ちの重荷までは動かないのか? 棒読みな挨拶。

そして正面で見るシャーリーの姿は思いの外眩しかった。

見せて恥ずかしくない肢体というものに、ハレンチどーよ? という思いと、グラマラス万歳の嫉妬が頭の中で回る。

 

「ここ良い所だもんねー、うんうん写真撮るに向いてる……」

 

 なんとか自分を保たせようとする敦子の前に、もう一人の少女の姿に心が割れる。

なんとか保っていた脳天に景気良く五寸釘が刺さる。ダメだろうこれ、縞パン見えてる……

あどけなくいたずらっ子特有の嬉し目、息吹の若草を反映した瞳と白いリボンも可愛らしく跳ねるツーテール。

どうみても小学生少女、その下半身露出に耐えられる大人がいるのならば、それはアウターゾーンに消えて欲しいロリコンだ。

敦子の心は少しずつ沈むと、耐えられない羞恥に背中を向けてトボトボと歩き出した。

いくら坂本に、そういう制服なんだと説明されていても、はいそうですかと受け入れる柔らかさがまだ敦子にはなかった。

 

「ねえねえ、あっちゃん!! わたしルッキーニね。こっちはシャーリー。よろしくー!!」

 

 なのに一人反省している敦子の前にルッキーニは飛び出していた。

元気いっぱいの顔で。

 

「あーそぉ!!! ルッキーニさんね!! なんで下穿いてないの!!」

 

 受け入れ体勢はいまだ覚束ない敦子だったが、ここから逃げられない覚悟はしていた。

もうこうやって飛び出してくるのならば一人ずつでも聞くしかないと、自分の前に迫った子猫を捕まえた。

 

「ねえ!! どうしてなの!! どうしてスカート穿かないのよ!! 女の子は下半身を簡単に見せるものじゃないし!! 冷えたらお腹壊すでしょ!!」

 

 いきなり捕まったルーキーには顔を固まらせていた。

改めてこんな事を聞かれるのは初めてのうえに、大人の女に歯を食いしばって迫られるのはご機嫌に良く無い事だと直感で理解していた。

 

「あっちゃん怖いょぉ!! いーだ!!」

 

 捕まえられた手を解き、遠目に立っているシャーリーの胸にUターンで飛び込んだ。

白い果実の柔らかい谷間に。

揺れる若々しいそれにさえ、腹に心棒が入る程立ち上がる嫌気を任せて敦子は迫っていた。

 

「もう、いい加減本当の事言いなさいよ……なんであんた達は下穿かないのか!! 教えなさいよ!!」

「ふっ、ふっふっふっふっ、あっちゃん。その質問に答えるために私はやってきた!! 私の名前はシャーロット・E・イェーガー、ここに立つウィッチだ!!」

 

 戻って来たルッキーニを抱き、片手で敦子を指差したシャーリー。

不敵な笑みは足先から指先までを角度良くポージングして見せると右手で髪を掻き揚げて言った。

 

「下を穿かない理由、それはウィッチが美しくあるための基本だからさ!!!」

 

 語尾のさの字がリフレイン。

頭の中に直通する言葉は、シャーリーの自信満々な立ち姿にもおされ力を持っていた。

下を穿くといってもスカートの文化が著しく低いここでは論議のしようがない。

ならば、これはこうであると事が全てであると決めて意義と意味を強制的に植え付けてしまえば良い。それがシャーリーのごり押し作戦だった。

そして敦子の脳は限りなく夢見主義で、強い押しに圧倒的に弱かった。

恥ずかしいという事など顔のどこにも出ていない相手の言葉に半ば呑まれながら聞き返した。

シャーリーは人差し指を余裕綽々で揺らす。

 

「まっ……魔女は美しくあるために……スカート穿かない」

「ちっちっ、違うぜあっちゃん。美しい者にとって服を着て肌を隠す事は罪に等しい。ましてや世界を守るために戦うウィッチを名乗る者が足を隠すなどもってのほかだ。美しい者は美しい姿を見せて空を舞う。そうであるべきなのだよ」

「美しい姿を見せて戦う……」

 

 不敵に顎をあげ、天を指すような遠い視線。

自分にここまで酔えるものなのか、それさえ余裕なのか、自慢気な顔のシャーリーにルッキーニは抱きつき賞賛の言葉を甲高く叫んでいた。

 

「かっくーいー!! さすがシャーリー!!」

 

 だが上で成り行きを見つめる二人と敦子と坂本以外は固まっていた。

 

「あっはっはっはっはっ、そうかー、それはいい、ウィッチはそうでいとなー」

「そんなごり押しが通用するか……バカリベリアン……」

「あー……余計に話しにくく成りそう……」

 

 上で坂本美緒は大笑い、バルクホルン歯がみして顔をそらし、ミーナは額に手を当てていた。

やっとこの場に追いついた宮藤とリーネもまた言葉なく、微妙な空気が漂う場に固まっていた。

誰もがこの壮大な失敗劇に次の言葉を失っている中で、敦子の思考は夢の方向に舵を切っていた。

心を動かす言葉があったのだ。

 

「美しく……戦う……、そうよ、魔法少女は変身すると美しくなる。場合によっちゃ髪の色も量も変わって美しく可憐になる……そういう事だったの……」

 

 変身する少女の心を持つ敦子に響いた言葉。

美しく舞うために肌を見せている。

それは度合いというものを遙かに逸脱していたが、変身のそれと同じではないのかというステキな考えに一直線に繋がっていた。

 

「そう……だったら……理解できるわ」

 

 周囲には思わぬ言葉だったが、敦子にはレインボー必然がごとく脳に花が咲いていた。

魔法少女は変身する、変身シーンはいつだって脱衣である。

脱ぐのだ、自分を脱ぎ捨てて悪と戦うバディーへと生まれ変わる。

花色虹色に囲まれてフワリと脱衣、そして悪と立ち向かうためのパステルカラーの衣装を纏う。

 

「つまり……脱ぐのね、脱ぐことが第一歩なのね……」

 

 膝からがっくりと前のめりに倒れ、石畳に手を付いた敦子は風に晒されるプリンのように全身を震わせて顔を上げた。

その輝く瞳にウィッチ達に衝撃が走っていた。

 

「だったら!!!!」

 

 碧い稲妻は走っている。

宮藤とリーネの前、敦子はスカートを脱いでいた。

体の弛みは隠せないが大人の女であるからして、金のかかった黒と薔薇の下着は見せて恥ずかしいものではなかった。

ラ・ペルラのブラックシルク、透けて地の部分が少なくともしっかりとしたホールド感を持つ高級下着セットは毎回ボーナスで買っている自慢の一品。

少ない給料の中でも頑張って買いそろえ、三十代になるとブラとショーツの色違いを許すほどルーズになる者が多いがそれを許さず一揃えを続けたからこそ、見せてしかるべきとスカートどころか上着も脱ぎ捨て走っていた。

 

「飛んでやるぅ!!! 私は魔法少女なのよ!!」

 

 クロスアウトが第一歩なのは昔からわかっていた。

何十回何百回と魔法少女のアニメを見続けた。脱皮して自分以外のものになる事が必要なのはわかっていた事だったが、いざ現実と照らし合わせたら羞恥心が前に立って飛べなかった。

それが当たり前の現世から来た敦子の常識だったが、あろう事かシャーリーの作戦がぶち壊していた。

そしてまっしぐらに基地から伸びる滑走路の突堤を走って行く。

後ろを宮藤とリーネが追いかける。

 

「待ってください!! あっちゃーん!!」

「そっちは海ですぅ!!」

 

 陽気に囃し立てるルッキーニをよそに、シャーリーも目を開いた顔で。

 

「すげー、やっぱり扶桑の魔女って違うなー、記憶無く立って飛べるんだ?」

「ねえねえシャーリー、で? 何で飛ぶの?」

「あっ……」

 

 素足のまま駆け出す敦子。

何で飛ぶんだ? ストライカーユニットも何もない状態で雄叫びを上げている後ろ姿にシャーリーは口を開けたまま呆然としていた。

 

「普通は止まるだろ……止まる……はず」

「止めろぉぉぉぉ!!!」

 

 上から響くバルクホルンの声。

それに反するように大笑いをしている坂本の声。

手を伸ばすが絶対に届かない宮藤とリーネ、ワクワクで飛び跳ねているルッキーニと後の祭りをどうしようかと額を抑えたシャーリー。

そして一心の期待に応えて敦子は飛んでいた。

 

「美しく!! 華麗に舞って!! ただいま参上ぉ……おー!!!」

 

 考えなくても解る結果、突堤の先をポンと飛び出した敦子の体は一瞬で急降下に入り、後ろで見ている者達の視界から消えていた。

後につづく、おー、の残響と共に。

 

「美緒……ちょっと……笑ってないで助けに行かないと!!!」

 

 司令部に詰めていたミーナとバルクホルンは騒然とし、下で事態を見た者達も声がなかった。

いくらウィッチはいえ突堤のあの高さから落ちたら無傷ではいられない。

とんでもないショッキング映像のライブ放送をウィッチーズ達は目の当たりにしていた。

 

 

 

 

「……落ちてるぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 そして飛んだ中年は、足が地面から離れたところで現実に意識が引き戻されていた。

当然のことなのだが手をばたつかせたからといって体が浮くわけでもない、真正面は遺蹟の柱が林立する海、青い空と真っ赤に立ち上る意識と冷えた肝。

 

「なんで……飛ばないのよぉぉぉぉぉ」

 

 瓦礫に突っ込んだから痛いどころではないだろう、それだけが怒りとなって声を挙げていた。

 

「痛いのはもう嫌なのにぃぃぃぃぃぃ!! 止まりなさぁぁぁぁい!!」

 

 

 

 

 

 誰もが息を呑み、冷や汗で止まった時間の中に碧い輝きは一気に広がっていた。

水面の並を弾かせて、青と白、太陽の輝きでも街灯の光でもない軌跡のラインは大きな円を一瞬にして花開き、基地を覆うほどの魔方陣が発生していた。

 

「はっはっはっはっ!!! あはっはっはっはっ!! 凄い!!」

 

 笑う坂本のとなりミーナは書類を落として呆然と目の前に広がった魔方陣を見ていた。

同じように、窓から身を乗り出していたバルクホルンも呼吸の音だけを響かせて目を丸く見開いている。

 突堤の先を円の中心にして広がった光のライン。

ウィッチが持つ魔法力を示す基礎魔方陣の図に基地に詰める全ての者達が言葉を無くしていた。

 

「あっちゃーん!!! あっちゃーん!! 大丈夫!!!」

 

 花開いた方陣の中で、唯一走って突堤の先から下をのぞき込んだ宮藤は水面に浮かび俯せに倒れている敦子に必死に声をかけていた。

魔方陣が水にぶつかる直前に開いているのだから、怪我はしていないだろう予想はできるが、何せこの高さだ、完全に無傷とはいかないだろうという心配だけで声を張り上げていた。

その張り詰めた声を耳に、敦子は怒りに打ち震えていた。

 

「なんで……なんで飛べないのよ!!!」

「あっちゃーん!!」

「何よ!!! どうして飛べないのよ!!! ちゃんと脱いだじゃない!!」

 

 返す言葉がそれしかない程、羨望の空に向かってたんこぶを作った額が目を向けて叫んでいる。

 

「ストライカーも穿かないで飛べるわけないですよー!!」

「大丈夫かー」

 

 続くリーネの声と、驚きながらも笑顔のシャーリーを睨む。

 

「脱げば飛べるんじゃなかったの? 大人騙してどういうつもりなのよぉぉぉ!!」

 

 逆鱗のだみ声は下から煽る風に乗って景気良く聞こえる。

敦子の無事をしらせるには十分過ぎる声に、落ちた姿を見ていたメンツはホッとしていた。

そして司令部で事の成り行きを見立ていたミーナは軽く目眩を起こしていた。

壁にもたれたまま長いため息を吐くと、となりで大笑いを続けている坂本を恨めしそうに見た。

 

「やっぱり……扶桑の魔女はとんでもないわ……」

「同感だ、信じられないバカ者じゃないか……」

 

 ミーナほど腰砕けにはなっていないが、飛び降りの瞬間に力が入ってしまったのか、バルクホルンが掴んでいた窓枠は大きくへし曲げられている。

だが坂本美緒は大喜びだった。

 

「見ろ大尉、それにミーナ。この大きな魔方陣を」

 

 驚きを継続させるそれは、見ろと言われなくても目に入るもの。

ミーナもバルクホルンも司令部という高い場所から故に全景の見える巨大円陣に頷いていた。

ここでは最大級のシールドを張る宮藤芳佳の基礎方陣の大きさ遙かに上回る光の円陣。

そこに溢れる魔法力の燐光を確実に感じ取っていた。

 

「確かに大きい……魔力を感じる」

「……普通じゃないわ……? 真ん中の華紋は何かしら?」

 

 驚愕に違いの顔を見合わせた二人、そして坂本だったがそのまま観賞や物事を整理する時間はなかった。

耳に鳴り響くネウロイ襲来の警報に、驚きで浮かれた心はすぐさま地面に足を下ろし、戦いに赴く重き心を抱いていた。

 

「また来襲予定がずれたな!! 全ウィッチ出撃準備!!」

 

 走るさかもとの後ろをバルクホルンが続く、司令部からミーナが全館放送を飛ばす。

ネウロイの出現に対して早さを武器に、敦子の飛び出しに惚けていたシャーリーは引っかけていた上着を肩にルッキーニを連れたハンガーに向かって走り出す。

 

「ちょっと……ちょっ、私はどうなるのよー!! 何が起こってるの!!」

 

 救助もなく少しずつ消える魔方陣の上で海に浸かり始めた敦子は上を見て怒鳴った。

 

「宮藤、リーネ、小林を救助したら後衛のミーナに従って発進しろ!!」

 

 すでにユニットを身につけ空を飛ぶ坂本、バルクホルンと叩き起こされたハルトマンも後に従って空に上がる。

それに続くようにシャーリーとルッキーニが駈けていく。

自分とは違い、軽やかにして速やかに空を昇っていく少女達を見る敦子は、海に沈みながら唸っていた。

 

「やっぱり年齢制限があるんでしょ!! 頭きたー!!! ふざけるんじゃありませんよ!!」

 

 若くないと飛べないのではという怒りで大きく拳を振るって、ネウロイという異形の敵に向かっていく背中を見送っていた。

そしてこの日、初めて冷静にネウロイと、この世界の魔法少女達が敵とする相手を見ることになる。

今は海でアップアップしている敦子に備わった固有魔法を知る事になるのだった。

 




敦子さんのズボンはユニタードにしよう。それが人の情けというものだろう。
四話では終われない感じ、全てのキャラとの絡みを書きたいし……少し長くなりそうです。

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