人により、ハンターになる動機はさまざまである。
金銭や名誉のために狩人になるものもいれば、腕試しのためにモンスターに挑む者もいる。はたまた成り行きで狩猟生活を送る羽目になったものもいるし、病気の特効薬がモンスター素材だったためやむなくハンターになった者や、親の仇を追いかけるために狩りをする者なんてのもいる。
人の数だけ動機はあるが、中でも天才的な狩猟の腕を持つ者の中には『なんとなく』やってみた狩猟で『偶然』に才能が開花したものも案外少なくない。
―――昔話をしよう。
昔々あるところに金髪碧眼の、将来美形になるであろう貴族の少年がおりました。
貴族のたしなみとして、彼は狩猟の技を日々磨いておりました。
狩猟の師について切磋琢磨する今日の彼の傍らには、同世代の綺麗な姉妹がおりました。
芯が強いながらもおしとやかな姉と、活発で自由奔放な妹。ともに金の髪の美しい少女でありました。
親同士が知り合いということで、彼らは初めて顔を合わせることになったのでした。
蝶よ花よと育てられ、日頃お屋敷の中で生活していた姉妹には少年の狩猟技はとても眩しく、新鮮に感じられました。少年はきっといつもより張り切っていたことでしょう。
そんな彼の訓練風景を見ていた妹が、こういったのです。
「私もやってみたい」
少年と、彼の師は困りました。
狩猟とは危険と隣り合わせのもの。やんごとなきお方のお嬢様に、そんなことをやらせていいものか。
しかしながら直々のご希望を無下にするわけにもいかない。いろいろと考えた末に後衛職、いわゆる遠距離武器の操作をお試しいただくことにしたのです。
「私が操作をお教えしましょう」
細身の猟銃を選んだ妹に、少年は丁寧に操作を教えていきました。
彼女はとても頭がよく、少年の指導によって瞬く間に猟銃の射撃準備を整えていきます。一を聞いて十を知るとはこのことで、拙い知識の少年にはすぐに教えることがなくなりました。
自らの無力さに打ちひしがれている少年を尻目に、彼女は猟銃を構えます。
「あとは引き金を引けばよろしいのね。えい」
火薬の炸裂音とともに、勢いよく銃口から飛び出した弾丸(練習用)はまっすぐ正面に着弾します。
正面には少年の尻。腰装備から火花が散るのがよく見えます。
「まあ、たのしい。ほかの弾も試したいわ」
彼女の口は残酷な言葉を紡ぎます。とても素人とは思えない手際の良さで弾丸を装填するかの妹に、師は戦慄を禁じ得ません。呆然としている間に再び放たれる射撃音。そして寸分たがわず少年の尻に着弾。火花とともに散る紫色の飛沫が幻想的。
「っ……くやしい、だがっ……!」
ビクンビクンと体を震わせ、体調の変化により動けなくなる少年。師はあわてて新たな弾丸(貫通弾)を装填し始めた妹を止めに入るのでした。
時は流れ、かの妹は美しい女性に成長しました。
その後偶然にもライトボウガンに天性の才能があることがわかり、これを用いた狩猟を自身の職としたのです。後の、レジェンドラスタの誕生でありました。
「最近、姉さんの様子がおかしいのよ」
とある酒場の席での会話。一人の女性が相談事を持ち掛けている。
純白の、ドレスのような鎧を着こんでいる美しい女性である。その鎧には白銀の装甲が施されており、おそらくは並の攻撃などは意に介さない防護を与えるであろう。しかしながらいくら強固であるとはいえ無骨ということはなく。光を反射し輝く姿は非常にきらびやかであるものの、装甲を装飾するシルクのレースにより過度の絢爛さは抑えられ、高貴な印象を見るものに与えている。宝石をあしらった羽根帽子もそれ単体では派手なものであるが、鎧と合わせてみると違和感などみじんもなく、彼女の美しい金の髪ともよくあっている。
しかしこの驚きの白さ、まるで直視し続けると目が痛くなる気がしてくる女性。名をティアラという。
高い機動力と、多彩な属性弾や各種属性異常弾によるサポートに長けた遠距離武器『ライトボウガン』を使いこなすレジェンドラスタである。
本来多忙であるはずのレジェンドラスタという職業であるが、彼女にとっては狩猟=趣味である。なにせもとより高貴な身分であり、金銭に困るような生活には縁が無い。さらに実家よりギルドへの口利きもあり、面倒な仕事などわざわざ回ってくることもない。本人は自由気ままに狩猟を楽しむのみである。
しかしながら彼女は最近暇である。別に狩猟に飽きてしまったわけではない。どうも最近雇ってくれるハンターがいないのである。いや、まったくいないわけではないのだが、他のレジェンドラスタに比べて少ない気がする。ハンターと契約して狩猟の補助をするのはれっきとしたレジェンドラスタの仕事である。仕事として楽しい狩りができるのは最高である、と彼女は考えている。別に契約なしで、一人で狩猟に出てもいいし、素材集めのためにそういった狩りをすることがないわけではないが、ひとりぼっちは寂しいのだ。
「えっと、ユウェルさんのことですか?様子がおかしいっていうのはどういう……?」
相談を持ち掛けられたのはフローラであった。
いつもの酒場でご飯を食べて、さあ仕事がんばるぞ、と意気込んだとたんの出来事であった。
「姉さん、今まで休みの日に出かけることはあまりなかったのよ。お茶してたり、キッチンにこもって料理してたり」
「へぇ、そうするとよく出かけるようになったんですか。いいことだと思いますけど」
「最初のうちはね、私も姉さんの料理の試食しなくてよくなって喜んでたのだけど……」
「……とてもいいことじゃないですか。なにか問題でも?」
誤解なきように補足しておこう。
ティアラの姉、『ユウェル』もレジェンドラスタである。ティアラと同じ遠距離武器の使い手で、より火力に偏重した『へヴィボウガン』を自在に操る。性格は妹とは正反対で、穏やかでお淑やか。一歩引いて相手を立てる、東の国の言い回しを使うと、『ヤマトマデシコ』な女性である。
彼女の趣味。それは料理である。しかし、ただ料理を作るだけではない。親しい人にふるまうことに喜びを感じるのである。彼女の一番近くにいる親しい人、それはすなわち妹のティアラであり、頻繁に試食をするハメになっていた。
そう、ハメになっていたのである。聡明な方はもうお気づきであろう。彼女はいわゆる『メシマズ』なのである。彼女の使う主な食材は虫。ティアラにとって頭の上がらない姉の、期待のこもったその視線を受けて妹は断頭台に向かうかのようにナイフとフォークを動かすほかなかったのだ。
「姉さんが出かける時に持ってたバッグにね、食材が入ってたのよ」
「え、てことは誰かが犠牲……こほん。誰かにお料理を作るために?」
「可能性は高いわ。しかもその食材、お肉と芋だったのよ」
「まさかユウェルさん、伝説のお料理『ニクジャガ』を!?」
フローラには覚えがあった。
それは以前、昼食をとっていた際の日替わり定食を頼んだ時のことである。いつも変わった料理を供する店であるので、興味を持った品についてコックに説明を聞くことにしているフローラ。シンプルな見た目だが非常に食欲をそそる香りを持つ煮込み料理が出てきたので話を聞いたのだった。
―――これは女性が作ると、男性にとって特別なものになるんですよ。
曰く。この煮込み料理には、男性の味覚をダイレクトに刺激して『これを作った人は家庭的できっといいお嫁さんになるに違いない』という先入観を強制的に抱かせるナニカの成分が含まれているらしい。また、これを食べた男性は、煮込まれてなお存在感を放つ肉と、煮汁を吸って口の中でホロホロと崩れる芋、さらには口当たりの良さの割にしっかりおなかに貯まるボリューム感。これらにより胃袋を物理的に鷲掴みされてしまうという。不意に押し寄せる思考の奔流と思いがけない胃の窮屈感により混乱する男性の前に颯爽と現れて秘密の呪文を唱えることにより、ハートショットボウ(弓)で打ち抜くことが可能となるとのことだ。ちなみに呪文は『オカワリアルカライッパイタベテネ』
「やはりあなたも知っていたのね。話はエグチから?」
「はい。あんなにおいしいのに、恐ろしい料理だったなんて……」
「…ん?恐ろしい?」
「だって、女性が作ると狙われた男性の心臓を射抜くって。エグチくんがアタシに作ってって言ってましたケド、きっぱり断りましたよ。死にたいの?って」
「……この子は全く。エグチも大変ね」
互いの理解に齟齬があるようだが、とにかくユウェルの近くに男性の影があるらしい。まるで深窓の令嬢といってもいい女性である彼女。そんな姉に唐突に沸いた謎の男。怪しい、実に怪しい。これはラヴのにおいがプンプンする。普段荒々しい狩場を駆け巡るフローラとティアラであるが、二人もやっぱり女の子。コイバナには興味津々である。
と、そこへタイミングがいいのか悪いのか。件の姉がやってきた。なぜこんな時にと思ったが、実はここはレスタ酒場。レジェンドラスタの詰所のような場所であり、仕事場でもある。こんな場所でコイバナをしていては渦中の人物と鉢合わせるのは当然である。
「あら、フローラさん。ティアラの話し相手をしてくれてたのね、ありがとう。この子ったら最近暇だ暇だとばかり言ってるのよ」
「ちょ、ちょっと姉さん!」
身内からのカミングアウトに慌てるティアラ。そんな彼女を横目に、フローラはまさに名案を思い付いたとばかりに声をかけてくる。
「あの、ユウェルさん。最近よくお出かけするって聞いたんですケド。どこに行ってるんですか?」
「フローラ!あんたちょっとストレートすぎ……」
「エグチ様の所ですわ」
「うぇ!?ちょっと姉さん!??」
思わぬところで知人の名前が出てきた。続けて「エグチくんのこと、どう思ってます?」とド直球に聞く同僚にティアラは驚愕した。
「どう、ですか……。素敵なヒトですよ。いつも突然お邪魔するのにやさしく迎えてくださいますし。前回伺った時だっていやな顔一つせずに、いつも手とり足とり丁寧にお相手してくださって。……あらティアラ、どこに行くの?」
姉の言葉を聞いて、驚き固まっていた妹が起動する。
「ちょっとあの男の所に行ってくるわ。オハナシしないと」
幽鬼のごとき足取りでふらふらと酒場を後にするティアラ。そしてそれを見送るフローラと事情がよくわかっておらずキョトンとしているユウェル。話の発端が去った後で、「ところで」と相談役であったフローラがことの真相を訊ねる。なんとなく、ティアラさんの勘違いなんだろうなーと思いながら。
「エグチ君の所では何をしてたんですか?」
「お料理を教わっていたんです。以前訪ねた時にキースさんがおいしそうに召し上がっていたもので。やっと上手に作れたので、ティアラに食べてもらおうと思って持ってきたのに……」
良かったらいかがですか?と彼女が取り出したのはポルタツムリとタルバッタ。ただし調理済みである。フローラにしてみれば割と見慣れたモノであるこの2つの素材であるが、当然食材として見たことはない。口にしたことなどあるはずもない。
しかしながら、出来立てなのか何やらいい匂いが漂ってくる。雨の日によく見かけるポルタツムリであるが、殻が外され見たところ茹でてあるようであった。大蒜とバターで炒めているのか、香りが確かに食欲をそそる。一方のタルバッタにしても、草むらで虫取り網よくにかかる緑色のボディーが見る影もないほどに真っ黒になっている。しかしながらこちらからは甘い香りがしており、見た目を無視できれば食べられなくもなさそうである。
「『ポルタツムリのガーリックバター』と『タルバッタの佃煮』だそうです。さあ」
「え、えーと。じゃあ、ちょっとだけ……」
見た目のインパクトが強すぎるので、おっかなびっくり口にするフローラ。しかし、いざ食してみるとどうだろう、案外おいしいではないか。確かに歯ごたえが独特だったりイメージが先行して口に入れるのを躊躇ったりするが、そんなことはいずれ慣れる。これは一度は食べてみる価値のある料理だとフローラは思った。
ちなみに、ユウェルの持って行った肉と芋であるが。『ニクジャガ』を作りたかったエグチが、適した芋がなかなか見つからない中、所謂良いところのお嬢様であるユウェルなら何かコネでもって手に入れられないかと相談されたらしい。料理のレシピが知りたかったユウェルは、調理法の指導と交換条件でこれらの食材を用意したそうだ。
やっぱりそんなとこだよねー、と思いながら存外の美味に『料理』への手が止まらないフローラ。彼女はのちに『食欲旺盛な』『食いしん坊』の称号を強制的に獲得させられることになる。