【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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2nd.Take heed of the snake in the grass.
第一話『アメリア・デイズ』


第一話『アメリア・デイズ』

 

 ロンドンの貧民街。その一角には年季の入ったボロアパートがある。その中の一室が私のねぐらだ。

 私の棲家の実情を知っているハーマイオニーが家に招待してくれようとしたけど、慎んで辞退した。

 一年振りの我が家はホコリまみれになっていた。

 

「……掃除するか」

 

 泥棒に入られた形跡はない。当たり前だ。ここに金目の物なんて置いてない。

 私が日越の金を持たない主義になったのも、余計な財産は面倒な輩の目を引くだけだからだ。

 カバンから買っておいた掃除用具を取り出して、掃除を始める。折角、超能力が魔法に昇華されたって言うのに、ホグワーツの外での魔法行使を禁止されたせいで、実にアナログな掃除をする羽目になった。

 丸一日掛けて掃除を終えると、いつものように壁に背を預ける。簡素なベッドはあるが、あれはこの部屋の元々の主が使っていた商売道具だ。捨てる気にはならないが、とてもじゃないが、使う気にもなれない。

 

「エミー。私、魔法使いだったよ」

 

 ホグワーツで過ごした一年は、話し始めると止まらなかった。

 

「クィディッチって、スポーツがあってさ。信じられるか? 箒に乗るんだぜ?」

 

 昔はエミーと、よく肩を並べて話をしたものだ。

 住んでいた家を飛び出して、途方に暮れていた私を拾った娼婦の女。

 寂しがり屋な上に、甘えん坊なヤツだった。

 その癖、私が巻き上げた金品は受け取らなかった。自分が体を使って稼いだ金で私に食べ物を恵む癖に、変な拘りを持っていた。

 

 ――――わたし、ママになりたかったの……。

 

 死に際のエミーの言葉が脳裏を過ぎる。

 十五歳の女の死に際のセリフとしては、正直言って、どうかと思う。

 

「だったら……、名前で呼ばせろよ」

 

 エミリア・ストーンズって名前は、アイツが商売で使っていたものだ。本当の名前は知らない。聞く気にもなれなかった。十五の女が子供を産めない体になって、性病で死ぬような生活を送る理由に触れたくなんて無かった。

 少し、後悔している。

 もっと、踏み込めば良かった。アイツがそう望むなら、ママって呼んでも構わなかった。

 

「お前にも見せたかったよ。ホグワーツは本当にスゲーところだったんだ。お前、動物好きだったろ? ケルベロスとか、ヒッポグリフなんて見たら、感激のあまり小便漏らしてたかもな」

 

 どんなに熱意を篭めて喋っても、返ってくるのは沈黙のみ。

 それでも、口が止まらない。

 

「……ほっとけないヤツがいたんだ。なんか、昔の私みたいなヤツでさ」

 

 柄にもなく、涙を流していた。

 

 ――――アメリアは聞き上手だよね。

 

 お前は聞き下手だよな。

 

 ――――えへへ、新しい料理を覚えたんだよ!

 

 未来の旦那の為に頑張ってた癖に、結局、食べたの私だけじゃねーか。

 

 ――――困ってる人がいたら、助けてあげなきゃダメだよ?

 

 ああ、言いつけは守るようにしてる。

 

「エミー。私、お前の事が思ってた以上に好きだったみたいだ」

 

 ホグワーツで一年を過ごして、よーく分かった。

 友達が出来て、仲間が出来て、アルブスアーラと出会って、よーく実感した。

 私の生き方は、お前に教えてもらった生き方だ。

 

「エミー」

 

 道すがらで買ったタバコを咥える。軽く吸いながら火を点ける。

 これはエミーがよく買っていた銘柄だ。初恋の相手が吸っていたものらしい。苦くて不味い。アイツも吸う度に涙目になっていた。

 

「まじぃ……」

 

 火を付けたばかりのタバコをエミーが使っていた灰皿に押し付けて、そのまま瞼を閉じた。

 

 ◇

 

 翌日、部屋を出ると懐かしい顔が手すりに寄りかかってタバコを吸っていた。

 

「やっぱり、帰ってたんだね」

「よう、久しぶりだな」

 

 ローズという名前で通っているエミーの商売敵だ。

 派手な赤髪が目を引く。歯は娼婦にしては清潔を保っているから、初見で貧民街の商売女と気づかれる事は滅多にないらしい。

 エミーもローズの忠告で歯磨きを入念にしていたけど、ここまでキレイじゃなかったな。

 

「エミーの好きだったタバコの臭いがしたから、ひょっとしてって思ってたんだよ」

「相変わらず、良い鼻してるな」

「臭いは重要だからね。病気持ちや、ロクデナシを嗅ぎ分ける事だって出来るよ」

 

 自慢気に言うローズ。これが中々侮れない。エミーよりも長く体を売っている癖に、ローズは性病で苦しんだ事が無いという。

 それに、コイツがロクデナシと言った連中は大抵、本当にロクデナシだ。

 

「それにしても、アンタ。随分と小綺麗になったね。もしかして、家に帰ったのかい?」

「そんなわけないだろ」

「なら、身請けでもされたのかい?」

「私が売るのは喧嘩だけだ」

「そうだったね。なら、どうしたんだい?」

「住み込みのバイトだよ。忙しくて、この時期しか帰ってこれないんだ」

「ふーん。まあ、話す気が無いなら別にいいけど……、その様子じゃ、危ない目に遭ったわけでも無さそうだしね」

「まあな」

 

 ローズはタバコを地面に落として、火を踏み消した。

 

「困ったことがあったら言いな」

「……そっちもな」

 

 背中を向けて去っていくローズを見送ってから、私は買い出しに出かけた。

 

「よう、アメリア! 戻ってきたのか!」

 

 この地区で表で売れない物の売買を取り仕切っているジャレットが手を振ってきた。

 コイツはエミーの常連客で、かなり重度のロリコンだ。

 

「なんだ、ずいぶん小綺麗になったな」

 

 スケベな下心を隠そうともしない。いっそ清々しいな。

 

「言っておくが、お前に売るモノは何もないぞ」

「残念だ」

 

 ロリコンである事以外は割りと紳士的な男で、エミーの最期の恋の相手でもあった。

 こいつを殴ると、エミーが哀しみそうだから喧嘩も売らない。

 

「ガキが買いたいなら西地区にわんさかいるじゃねーか」

「分かってねーなー。ああいう、人形みたいなのは好みじゃねーんだよ」

「お前の好みとか、死ぬほどどうでもいいんだよ」

 

 西地区のガキ共は性を売り物にする術を生まれた時から教え込まれているエリート達で、強者になると赤ん坊時代から働いているヤツまでいる。

 揃って目が死んでて、中には言葉も喋れないヤツまで混ざっている。まさにどん底ってヤツで、それが西地区の当たり前ってヤツ。

 一度堕ちたら這い上がれない奈落。私も、エミーに拾われなければ、あそこに行き着いていたと思う。

 

「生活にゆとりが生まれたのなら、もう来ないほうがいいぞ」

「バーカ。ここには私の家があるんだよ」

 

 ジャレットと別れて、表通りに出る。いつも利用していた店は取り壊されていた。

 

「……仕方ない」

 

 別の店に向かうと、今度こそ目的のモノを仕入れる事が出来た。

 カセットコンロの燃料と水、それに食材。

 

「こんなもんか」

 

 店を出て、少しぶらついてみた。

 一年で、そこまで大きな変化は無くて、常用していた店が二件潰れていた以外はそのままだった。

 ホグワーツに入学して、私の人生は大きく変わったのに、世界はそんなに変わっていない。

 それを実感すると、なんだか笑いが込み上げてきた。

 

「……パスタ、久しぶりだな」

 

 塩で味を付けただけの料理とも呼べない代物。だけど、それは知識のないエミーにとって、紛れもない料理だった。

 アイツは私に誇らしげに作り方を説明して、私が食べるとキラキラした目で感想を求めてきた。

 

「美味いよ、エミー」


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