第七話『ヒッポグリフ』
週末になった。今日も朝から訓練かと思いきや、休みを言い渡された。前々からグリフィンドールが競技場を予約していたらしい。
今、私はハーマイオニーと、朝食の席で声を掛けたエドと共にハグリッドの小屋を目指している。
「……また、ノーバートに食べられる恐怖と戦う日々が始まるのね」
ハーマイオニーは、今日何度目になるか分からない溜息を零した。
エドもガタガタと震えている。ハーマイオニーが無駄に脅かすせいだ。
「おっ、見えてきたぜ!」
ハグリッドの小屋が目に入ると、二人は揃って青い顔になった。
まるで、首吊り台に向かう十三階段を登っている途中の死刑囚みたいだ。
「いたいた! おーい、ハグリッド!」
庭先で作業をしているハグリッドに声を掛けると、向こうも私達に気付いて手を振ってくれた。
「って、なんだこれ!? デケーな!!」
近づくと、ハグリッドの周りにやたらと大きなカボチャが並んでいる事に気がついた。
「すごい! ハグリッド、これどうしたの!?」
ハーマイオニーも目を丸くしている。
「へへへ、よぉく育っとるだろう。ハロウィンの祭り用なんだ」
「あっ、分かった! これって、《肥らせ魔法》を使ったんでしょ! ハグリッド、とっても上手よ!」
ハーマイオニーが褒め称えると、ハグリッドは照れたように頬を赤らめた。
「そうだわ! ねえ、このカボチャのお世話を私にもやらせてくれないかしら? 肥らせ魔法にも興味があるの!」
妙に必死な様子でハーマイオニーが言った。
大方、ノーバートの世話をしたくないからだろう。
ドラゴンを相手に命を掛けるより、襲い掛かってくる心配が一切ないカボチャの世話をする方がマシというわけだ。
「そ、そうか? そんなに興味があるんなら、構わんぞ!」
「ほんとう!? やったー!」
大袈裟に喜んで見せるハーマイオニーに気を良くしたハグリッドは漸くエドの存在に気がついた。
「ん? お前さんは誰だ?」
ハグリッドの巨体にあわあわ言っているエドに代わって、私が紹介する。
「エドワード・ロジャーだ。アルブスアーラを見せてやりたくて連れて来た。いいだろ?」
「エ、エドワードです」
「エレインの友達なら問題ねぇ! ただ、ヒッポグリフは気難しいからな。気をつけるんだぞ」
「おう!」
ハグリッドがハーマイオニーにカボチャの世話のいろはを教えている間に、私はエドを連れてアルブスアーラ達のいる場所へ向かった。
「おーい! アルブスアーラ!」
私が声を掛けると、白い羽毛のアルブスアーラが文字通り飛んで来た。
「うわっ!? 危ないよ、エレイン!」
悲鳴を上げるエドの口を人差し指で塞いで、降りてきたアルブスアーラを見つめる。
頭を下げると、間髪入れずにアルブスアーラも頭を下げた。
「アルブスアーラ!」
我慢出来ず、私はアルブスアーラに近づき、頭を抱き締めた。
「久しぶりだな! 元気だったか!?」
アルブスアーラはキュイと元気に応えてくれた。
「エレイン。懐かれてるんだね」
「可愛いだろ! この辺を撫でられるのが好きなんだぜ」
首の部分を撫でてやると、アルブスアーラは気持ちよさそうに目を細めた。
「エドも撫でてみるか?」
「えっ、いいの?」
エドがアルブスアーラを見つめると、アルブスアーラは少し警戒した様子を見せた。
「いいか、エド。まずはジッと相手の目を見つめるんだ。瞬きもするなよ! それから、ゆっくりと頭を下げるんだ」
「う、うん。さっき、エレインがしていたみたいに、だよね?」
エドがジッとアルブスアーラを見つめる。
「よーし、お辞儀するんだ」
「う、うん」
ゆっくりと頭を下げるエド。
ところが、アルブスアーラはエドを一睨みすると、顔を背けてしまった。
「ありゃ? おい、どうしたんだよ」
私が声を掛けると、アルブスアーラは頭を私に擦りつけてきた。
「……ヤキモチかよ、可愛いな!!」
頭をこれでもかってくらい撫でてやると、アルブスアーラは気持ちよさそうに目を細めた。
「悪いな、エド! アルブスアーラは私の事が大好き過ぎるみたいだ!」
「……みたいだね。アルブスアーラは雄なの?」
「いや、雌って聞いたぞ」
アルブスアーラは『なにか文句でもあるのか!?』と言いたげな表情を浮かべ、エドに向かって嘴を鳴らした。
「……僕、少し離れた場所で見てるね」
「それじゃあ、つまらんだろう」
エドが振り向くと、いつの間にかハグリッドが来ていた。
ハーマイオニーともう一人、赤毛の女が一緒にいる。
「おう、紹介しとくぞ。ジニーだ。ロンの妹だよ」
「ロンの? あっ、そう言えば、本屋で会ったな! 覚えてるか?」
「ええ、覚えてるわ。エレインと、エドガーよね?」
「残念、惜しいな。エドワードだ」
エドが渋い表情を浮かべている。
「あら、ごめんなさい。ロンがそう呼んでいたものだから」
「……別に気にしてないよ」
ムッツリした表情のままだと説得力がない。
「エド。私はお前に楽しんでもらうつもりで連れてきたんだぞ?」
「……ごめん」
「謝らなくていい。それより、眉間に寄せた皺を取れ」
眉間を突くと、エドは頬を赤らめながらコクコクと頷いた。
素直で可愛いヤツだ。
「そうそう。その表情の方が、私は好きだぜ」
「す、好き!? う、ぅぅ……」
やり過ぎた。エドがのぼせたみたいにウーウー言い始めてしまった。
「……あーっと、ジニーはどうしてここに? お前もヒッポグリフの世話がしたいのか?」
「いや、コイツのお目当てはハリーだ。なあ?」
「ちょ、ちょっと、ハグリッド!?」
私とエドのやりとりを興味深気に見ていたジニーは、ハグリッドの情報リークに顔を赤くした。
「なるほど、ハリーのファンか! アイツも隅に置けないな」
「ち、違うから! ハグリッドも、勝手な事を言わないでよ!」
「へいへい。そういう事にしとけばええんだろ」
「ハ・グ・リ・ッド?」
「……さーて、エドワード。お前さんも折角だからヒッポグリフと仲良くなってみろ。なにも、ヒッポグリフはアルブスアーラだけじゃないからな」
ハグリッドはジニーの視線から逃げるように柵の方で休んでいるヒッポグリフの下へ向かった。
「こいつはレゴラスってんだ。ほれ、やってみい」
「えっと……」
「やってみろよ、エド」
「う、うん」
背中を押してやると、エドは思い切った表情を浮かべてレゴラスの下へ向かった。
レゴラスはゆったりと起き上がり、 エドを見つめている。エドも負けじとレゴラスを見つめ、ゆっくりと頭を下げた。
すると、レゴラスは一鳴きした後に頭を下げた。
「いいぞ! ほれ、エドワード。レゴラスを撫でてやれ」
「う、うん!」
恐々と手を伸ばし、レゴラスの羽毛に触れた途端、エドは嬉しそうに表情を輝かせた。
「うわー、ふかふかだ!」
嬉しそうに歓声を上げるエド。
ジニーもそわそわし始めた。
「ね、ねえ、ハグリッド」
「おっ、お前さんもその気になったんか?」
「……私、あの子がいいわ。羽がとっても綺麗だもの」
ジニーが指差した先には鮮やかな藍色の羽毛を持つヒッポグリフがいた。
「ラムーンだな。あいつは気性が少し荒いぞ」
「でも、あの子がいいわ。一目で気に入っちゃったの!」
「そうか! なら、やってみるがええ。ただし、危ないようなら直ぐにさがるんだぞ」
「ええ、分かったわ」
ジニーは勇敢な笑みを浮かべ、ラムーンの前に歩み出た。
ジロリと彼女を睨むラムーン。ジニーはジッとラムーンを見つめた。
ジニーがゆっくりと頭を下げると、ラムーンは脅すように嘴を鳴らした。
「いかんな……。おい、ジニー。ゆっくりさがるんだ」
ハグリッドの言葉をジニーは受け付けなかった。
「お、おい!」
「……ラムーン」
頭を上げて、ジニーはラムーンを見つめた。
すると、ゆっくりとラムーンが頭を下げた。
「……おお、認めさせおった!」
ジニーはハグリッドの許可も得ずにラムーンへ近づき、その羽毛を撫でた。
「美しいわ、ラムーン」
ラムーンは嬉しそうに鳴いた。
「ジニーってば、ロンと比べて随分とアグレッシブね」
「だな」
しばらくヒッポグリフと戯れていると、遠くからハグリッドを呼ぶ声が聞こえた。
「ハリーだわ!」
ジニーが真っ先に気付き、何故かラムーンの影に隠れてしまった。
「……恋愛事に関しては奥手みたいだな」
「みたいね」
ハーマイオニーと一緒にニヤニヤしていると、ジニーに睨まれてしまった。
明後日の方を向いて誤魔化していると、ハリーが俯いた状態のロンを抱えてやって来た。
「ロン、どうしたの!?」
ハーマイオニーが駆け寄ると、ロンはうめき声と共に口から巨大なナメクジを吐き出した。
「……おいおい、なんてもの口に入れてんだよ」
「違うんだ、エレイン。その……、ドラコに呪いを掛けようとしたら呪文が逆噴射しちゃったんだ」
「ドラコを呪おうとしたって!? どういう事だよ!!」
聞き捨てならないとばかりにエドが怒鳴り声を上げた。
「事情があるんだ! とにかく、ハグリッド! ロンをなんとかしてあげてよ!」
「お、おう。とりあえず、見せてみろ」
エドの様子に戸惑いながら、ハグリッドはロンの容態を診始めた。
「いい気味だ。ドラコに呪いなんて……」
「エド。それ、妹の前で言う事か?」
エドは黙りこくった。
「おい、ハリー。とりあえず、事情を説明しろよ」
「そうね。いくらなんでも、呪いをかけるなんて……。何があったの?」
ハリーは私とハーマイオニーを見つめた後、観念したように話し始めた。
「グリフィンドールチームの練習中にスリザリンチームが割り込んできたんだ」
「たしか、予約してたのはグリフィンドールだよな?」
そう、マイケルからは聞いている。
「うん。だけど、スネイプが許可を出したとか言って……。それで、口論になってね。段々、ヒートアップしちゃってさ」
「それで杖を抜いたというの? でも、どうしてロンが?」
「練習を見に来ていたんだ。マルフォイが一年の時の僕の墜落事故を揶揄したら、ロンが怒って……、それで……」
ハリーは複雑そうな表情を浮かべた。
「ロンは僕の為に怒ってくれたんだ」
「……それでも、挑発に乗って杖を抜くべきでは無かったわ。呪いが逆噴射して、むしろ助かったと思う」
「ちょっと、それどういう意味?」
ハーマイオニーの言葉にジニーが怒りを滲ませた。
「もし、マルフォイに呪いを掛けてしまったら、それこそ大変な事になっていた筈よ。下手をしたら、罰則では済まなかったかも……。なにしろ、ハリーとロンは初日からやらかしているもの」
「うっ……」
ハリーは痛いところを突かれたようだ。
「けど、なんで逆噴射なんてしたんだ? そんな難しい呪文を使おうとしたのか?」
「違うんだ。ロンの杖は真っ二つに折れちゃったんだよ。セロテープで止めてるだけだから、上手く呪文が使えないんだ」
「真っ二つの杖なんて使っていたの!? ちょっと、それはダメよ! 杖はとても繊細なの! 新しい杖を用意するべきだわ! じゃなきゃ、今にもっと恐ろしい事故が起きるわよ!?」
「……む、無茶言わないでよ。オエー」
ロンがバケツにナメクジを吐きながら言った。
「空飛ぶ車の事で、もう散々オエー。この上、杖なん……オエッ、折れたって言っても、オエエェェ、買ってくれるわけないよ」
「……とりあえず、お前さんは大人しく吐いとれ」
ハグリッドがロンの背中を優しく撫でている。
「……私から頼んでみる」
「ジニー……、ウォエエエェェェェ」
「ロン。とりあえず、大人しく吐いてて」
ジニーは呆れたような溜息を零した。
「……ジニー」
ハリーはジニーを見つめた。ジニーが頬を赤らめた。
なんて分かりやすいんだ。
「どうか、頼むよ。元はと言えば、僕にも責任があるんだ」
「は、ハリーは何も悪くなんて……。ま、任せておいて」
「ああ、頼むよ。ありがとう」
ジニーは耐えきれないとばかりにラムーンの影へ逃げ込んだ。
ラムーンはそんなジニーの姿がおかしいのか、楽しそうに鳴いている。
「ハ、ハリー。き、君は親友だけゴエェェェェ、い、妹はやらなオエェェェェ」
「分かった。分かったから、とりあえず大人しく吐いててよ、ロン」
いったい、どんな呪いだったんだろう。
ナメクジがバケツに入り切らなくなっている。
ヌメヌメしていて実に気持ちが悪い。
「ロンがこの調子じゃ、今日はノーバートの所へ行けんな……」
ションボリした様子でハグリッドが言うと、途端にハリーとハーマイオニーの表情が一変した。
「そうだね! ロンをこのまま放っておく事なんて、僕には出来ないよ!」
「そうよそうよ! ロンは大切な友達だもの! ね!」
ハリーとハーマイオニーの心の声が聞こえてくる。
この機を逃してなるものか、という声が……。
「……お、お前さん達」
素直に感動している純朴なハグリッド。
こいつ、いつか詐欺に引っ掛かりそうだな。