第十七話『必殺技』
季節が移り変わり、春になった。イースターの休暇も終わり、来年の選択科目も決めた。
そして、いよいよスリザリンと戦う日が来た。
熱狂する観客達を眼下に、私は上空でドラコと睨み合った。
「……いよいよだね」
「ああ、ようやくだぜ」
剥き出しの闘志をぶつけ合う。
ドラコにはエドの事で恩義がある。だけど、それとこれは話が別だ。
私はコイツにボコボコにしてやると言った。私は一度口にした言葉を曲げない主義だ。
「お前をぶっ倒すことにワクワクしてきたぜ!」
「面白い事を言うね。試してみたまえ、返り討ちにしてあげるよ」
上級生のセドリックには競り勝った。だけど、油断は出来ない。観客席からドラコとハリーの激突を見た限り、正々堂々を信条とするセドリックとは対象的に、ドラコは狡猾な男だ。どんな手段を使ってでも、勝利を掴もうとする。
燃えるじゃないか。相手にとって不足はない。さーて、スニッチはどこだ?
「……ところで、エドが君の事を惚気けてくるんだけど、どうにかしてくれないかな?」
「は?」
一瞬、私の思考が凍結された。その瞬間、ドラコは意地の悪い笑みを浮かべて箒を走らせた。
「あっ、あの野郎!」
警戒していたのに、アッサリ先手を打たれてしまった。慌てて追いかける。だけど、追いつけない。
ドラコの乗っている箒はニンバス2001。ハリーが乗ってるニンバス2000の後継機であり、今現在の箒の中で最先端をいく逸品だ。
その性能は、私の乗っているクリーンスイープ7号とは雲泥の差だ。
「クソッ」
一秒の空白があまりにも致命的だった。手を伸ばしても届かない程、先を行かれている。
「おい、もっとスピード出せよ!!」
スニッチが急降下でもしてくれれば、度胸勝負に持ち込めるが、今回のスニッチはお利口さんだった。
ドラコが悠々とスニッチを掴み、試合を終了させる。
歯ぎしりする私にドラコは言った。
「ああ、言っておくけど、さっきのは本当だよ。君が可愛くて仕方ないってさ! どうしたら君の心を射止められるか、真剣に相談されてしまったよ」
ニヤニヤしながら言うドラコに私は顔を背けた。
「つっ、次は負けないからな!」
「残念だけど、来年からはエドも参戦する。君に勝ち目は無いよ」
「ウルセェ! 吠え面かかせてやるからな!」
「まあ、頑張りたまえ。願わくば、君があの忌々しいポッターを負かしてくれる事を祈っているよ」
そう言い残すと、ドラコは勝利の凱旋を始めた。実に忌々しい。
◇
「すまねぇ……」
頭を下げると、チームメンバーは誰も私を責めなかった。
「箒の性能差はどうにもならないッスよ。一瞬の差が絶対的なものになってしまうから……」
「俺達も翻弄されっぱなしだった。スリザリンは元々強豪だったが、全員にニンバス2001が配備された事で隙が無くなった……」
シャロンとマイケルが項垂れている。
「……クリーンスイープ7号だと、もう限界だよ」
アリスは自分の箒を見つめた。
「ポッターだって、ニンバス2000を使ってる。エレインの技術や度胸でどうにか出来るレベルじゃないよ……」
ドラコに負けた私には何も反論する事が出来なかった。
「……箒の性能か」
ボルクも難しい表情を浮かべている。
「でっ、でも、諦めたらそれこそおしまいよ!?」
チョウがみんなを鼓舞するが、誰の表情も晴れることは無かった。
「もう、伝統なんて言ってられないんじゃない?」
チサトが言った。
「クリーンスイープ7号は安定した性能が自慢。だけど、最高速度や加速力が明らかに劣っているもの」
「しかしな……。グリフィンドールとの試合もすぐだ。それに、箒は値が張るぞ」
箒を注文したとしても、今からではグリフィンドールとの試合に間に合わない。
結局、私達はクリーンスイープ7号で戦うしか無い。
私はメアリーがくれた手書きのクィディッチ戦術理論を開いた。
「……これしかない」
私はマイケルに言った。
「次の試合、絶対に勝つ」
「どうする気だ?」
「……必殺技を作るんだよ。頼む、訓練を手伝ってくれ」
マイケルは私が開いたページに書いてある文章を見て表情を歪めた。
「だけど、これは……」
「これしかない。性能で劣るなら、技を磨くしかねーよ」
「だが、一歩間違えば……」
「メアリーは……、私なら出来るかもしれないって言った」
「……エレイン」
マイケルは厳しい表情を浮かべた。
「私は勝ちたいんだ!」
「……分かった」
マイケルは重い口調で言った。
「だが、訓練で成功しなければダメだ。本番で一か八かなんて認めないからな!」
「……分かったよ」
「忙しいだろうが、メアリーに協力してもらおう」
◇
それから、グリフィンドールとの試合の日まで、私は他の活動を休んで、その技の訓練のみに時間を費やした。
就職活動を既に終えたメアリーは全力で訓練に強力してくれて、同時にいくつかのスキルも教えてくれた。
「いいですか? この技の肝は如何に相手を騙せるかに掛かっています。表面的な演技力だけでは足りません。相手はあのハリー・ポッターなのですから、視線や全身の筋肉移動まで、すべてを使って騙しなさい」
訓練は非常に厳しく、ハーマイオニー達にも助力を求めた。
訓練で大怪我を負っては本末転倒だから、リスクを避ける為だ。
何度か失敗しそうになり、その度にみんなから「止めてくれ!」と言われた。だけど、止めるわけにはいかない。
次の試合で勝てなければ、優勝が遠のいてしまう。今、最も優勢なグリフィンドールは既に二勝している。次の試合で私達が負ければ、グリフィンドールの優勝が確定してしまう。
「負けてたまるかよ!!」
競技場が使えない時は演技の練習をして過ごし、訓練ではそれなりに上手く出来るようになった。
後は本番で使い物になるかどうかだ。こればかりは使ってみないと分からない。
◇
グリフィンドールとの試合が始まる。
さすがに三度目となると観衆の声にも慣れたものだ。
私はハリーを睨みつける。
「エ、エレイン。なんか、怖いんだけど……」
「ぶっ殺す」
「ぶっこ!? ちょっ、エレイン!?」
負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。
ドラコに負けて、悔しかった。勝つって口にして負けた事が悔しかった。勝負で負ける事が悔しかった。
勝つ。負けたくない。叩き潰してやる!
「私が勝つ。いくぞ、ハリー!!」
「……あ、ああ!」
まずは試合の流れを見守るしかない。
ハリーが速攻でスニッチを掴むから、グリフィンドールのチェイサーが入れたポイントは多くない。
問題はスリザリンだ。次のハッフルパフとの試合でドラコが勝った場合、私がハリーに勝っても、チェイサーが入れたポイントの差で負けてしまう。
セドリックならあるいは、とも思うが、箒の性能差は予想以上に大きな意味を持っている。それに、セドリック以外は雑魚もいいところだからな。おそらく、スリザリンが勝つ。
最低でも、100ポイントは取らないと、勝っても負けてしまう可能性がある。
「がんばってくれよ、みんな!」
私が叫ぶと、何故かフレッドとジョージが手を振ってきた。
イラッとするが、無視する。
途中、何度かスニッチが姿を現したが、ハリーも動かなかった。おそらく、グリフィンドールも分かっているのだ。
この試合でグリフィンドールも最低100ポイントを取らなければ、スリザリンが優勝する可能性がある事を。
試合の流れが推移していく。状況は五分。互いに点を取り合っている。チョウも奮戦していて、レイブンクローが若干優勢だ。
次にゴールが入れば、レイブンクローは最低ラインを超える。動くチャンスだ。
チサトとボルクがブラッジャーでグリフィンドールのチェイサーを撹乱している。
うまくアリスがクァッフルを奪い取り、ゴールへ向かっていく。
ところが、フレッドがブラッジャーをアリスの進行方向に向かってうちはなった。
その一瞬の隙をついて、グリフィンドールのチェイサーがアリスからクァッフルを奪い取り、ゴールを決めた。
これで同点。次にグリフィンドールがポイントを入れたら、確実にハリーが動く。
「マイケル!!」
私が叫ぶと、マイケルは表情を引き締めた。どうやら、私の考えが伝わったようだ。
ハリーが警戒心を露わにしている。むしろ、好都合だ。私は適当に飛び回り、呟いた。
「90でも十分だよな」
「え?」
ハリーが喰いついた。
私はハリーの視界を塞ぐようなカタチで急降下を開始した。
「なっ!?」
慌ててハリーが追い掛けてくる。
重要なのはここからだ。私は追ってくるハリーの視界を塞ぎ続けた。
まだ、追い抜かれるわけにはいかない。
「どけ、エレイン!!」
私の先にスニッチがあると確信したのだろう。ハリーが威勢のいい声を上げる。
後三秒。二秒……、一秒。
ここだ!
「ああ、退いてやるよ!」
「え!?」
私が旋回して急降下から急上昇に転じると、ハリーの視界には目前に迫る地面が映った。
『ウ、ウロンスキー・フェイントだ!! 信じられません!! あの技を学生が使うなんて!! っていうか、ハリーは大丈夫なのか!?』
実況がやかましいが、私は耳を澄ませた。私の人一倍鋭敏な聴覚が、瞬く間にスニッチの羽音を聞き分けた。
「そこか!」
背後を振り返る余裕はない。ハリーは間違いなく追ってくる。
完璧に成功したが、あれで勝利を確信させてくれる相手じゃない。独走態勢のまま、全力でスニッチを追いかける。
その間に、マイケルがゴールを決めた。
私の
「取った!!」
私はスニッチを掴み取った。
「クソッ!!」
すぐ背後に、悔しそうに顔を歪めるハリーがいた。
ゾットする。一瞬でも振り返っていたら、ハリーは確実に私を追い抜いていた。
「……さすがだな、ハリー」
「こっちのセリフだよ、エレイン。まんまと騙された」
あの急降下からの急上昇を専門の訓練無しでやり遂げるとはな……。
「とりあえず、私の勝ちだ」
「……次は負けない」
メラメラと燃え上がる闘志を瞳に宿して、ハリーは言った。
「次も勝つ!」
今のままじゃ、次は負ける。ウロンスキー・フェイントも、一度見せた以上、対策を練られるだろう。
もっと力が必要だ。私はハリーと睨み合った後、ニヤリと笑った。
「ワクワクして来るじゃねーか!」
「……こっちもだよ、エレイン!」
これでレイブンクローとグリフィンドールが並んだ。
残るスリザリンとハッフルパフの試合経過次第で、今年の優勝杯の行方が決まる。
眼下では、幾年ぶりかの優勝が見えてきて、レイブンクローの生徒達は喝采を上げている。
そして、ついに運命の日がやって来た。
スリザリンとハッフルパフの試合。
そして――――、