【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第二話「出会いⅡ」

 深呼吸をしてから、部屋の扉をノックする。三回目で扉が開いた。中から現れたイケメンに私は渾身のプリティスマイルを――――、

 

「……って、エドかよ」

「いきなり来て、ガッカリするのやめてくれない?」

 

 ぶつくさ文句を垂れるエドを押し退けて中に入る。キョロキョロと部屋の中を見渡したけど、肝心の相手が居ない。

 

「ウィル兄ちゃんなら居ないよ」

「なんで!?」

「友達と一緒に高級クィディッチ用品店に行ってるよ」

「……クィディ……、何だって?」

「クィディッチだよ。知らないの?」

「知らねぇ」

 

 余程驚いたのか、エドは目を丸くして私物が纏まっている場所に駆けて行った。

 戻って来た時、その手には一冊の本が乗っていた。緑色の表紙に金字で『クィディッチ今昔』と書いてある。

 

「いいかい、エレイン。クィディッチって言うのは――――」 

 

 未だかつて無い程饒舌にエドはクィディッチを語り始めた。出会ってからカレコレ一週間近くになるが、ここまで興奮した表情を浮かべるエドは初めて見た。

 どうやら、魔法界では大人気のスポーツらしい。熱心な解説にとりあえず耳を傾けるけど、私は正直そこまで興味を持てなかった。

 そもそも、箒を使うスポーツというものが想像出来ない。いや、ソレ以前に箒に跨る自分が想像出来ない……というか、したくない。

 

「……なんで、よりにもよって箒なんだ?」

「なんでって……、昔から魔法使いは箒に乗る事で空を飛んでいたんだよ」

「いや、だから、なんで箒なんだよ。掃除用具だろ……」

 

 私の質問はエドにとって、まさに青天の霹靂だったらしい。

 深く考え込み始めてしまった。

 

「……あー、いや、分からないならいいぜ。私もちょっと疑問に思っただけだし……」

「いや、でも……、ちょっと待ってて!!」

「え、おい!?」

 

 しまった……。

 ここ何日か一緒に過ごす内、私はエドが相当な凝り性である事に気付いていた。

 何か思い立ったら、自分が納得するまで止めない。

 魔法使いがどうして箒に乗るのか? そんな問いに果たして答えなどあるのだろうか……?

 

「おーい、そんな分厚い本広げてないで、外に行こうぜー?」

「後で!!」

 

 こうなると、もう梃子でも動かない。仕方がないから一人で出掛ける事にした。

 ウィルが居ない上にエドがこれでは仕方が無い。ちょっと……、ため息が出た。

 

「さて、どこに行こうかな……」

 

 学用品の類は最初にマクゴナガルと一緒に買い揃えてしまったから、これといって必要な買い物は無い。

 ダラダラとウインドウショッピングに興じる趣味も無く、腹もそんなに空いていない。

 

「暇だなぁ」

 

 マクゴナガルと出逢う前は毎日が……まあ、それなりに充実していたと思う。

 退屈を感じる余裕は少なくとも無かった。

 

「ん?」

 

 しばらくブラブラしていると、ふらつきながら歩いている女と出くわした。

 両手のかばんにはちきれんばかりの本を詰め込んでいる。相当な重量がありそうだ。

 

「あ……」

 

 ヤバイと思った瞬間、本を入れたかばんの持ち手が音を立てて千切れた。

 

「あ、ああ!?」

 

 悲鳴を上げる女。年の頃は私と同じくらいか……。

 とりあえず、散らばった本を通行人に踏まれる前にとっとと集めてしまおう。

 

「あ、え?」

 

 目を丸くしている女に私は集めた本を半分押し付けた。

 

「おい、あそこまで行くぞ」

 

 ズッシリと重い本を両手で抱え、私は直線上にあるかばん屋に向かった。

 

「あ、待って!」

 

 女がついてくる事を確認して、店の中に入る。

 ここには多種多様なかばんが揃っていて、中には魔法が掛かっている物もある。

 

「おーい!」

 

 店内はゴミゴミしていて、店員の姿が見当たらない。呼び鈴の類も見つからないから、適当に大声を出してみた。

 すると、店の奥から痩せぎすな老婆が出てきた。

 

「はいはい、ごめんなさいね。何かお求めかしら?」

「コレとそこの女が持ってる本が入るかばん有る? 出来れば軽くなる魔法が掛かってて、安いやつ」

「ああ、それなら丁度いいのがあるわ。ちょっと古いんだけど――――」

 

 老婆が持って来たのは明らかに年代物と分かる品だった。

 

「いくら?」

「古い品だから、12シックルでいいわ」

「じゃあ――――、これで」

 

 本を一旦、近くのテーブルに置いて、ポケットからガリオン金貨を取り出して老婆に渡した。

 

「はい、5シックルのお釣りね」

「サンキュー」

 

 老婆から買い取ったカバンを受け取ると、テーブルに置いて口を開いた。

 どうやら、中は空間を拡張する魔法で広げられているらしく、女が持っていた本が楽々入りそうだ。

 

「おい、そっちのも貸せよ」

「え、う、うん」

 

 女から残りの本を受け取って、中に詰める。

 持ち上げてみると、驚く程軽かった。

 

「いい感じだな。ほら、これで大丈夫だろ」

 

 女にカバンを押し付けて、私はダイアゴン横丁の散策を再開――――、

 

「ま、待ってよ!」

 

 しようとして、呼び止められた。

 

「あん?」

「あ、ごめんなさい。あの、お礼を言わせて欲しいの。助けてくれて、ありがとう。後、カバンの代金を――――」

「あー……、別にいいよ。見るに見かねただけだしな。これに懲りたら、買い過ぎには注意しとけよ。じゃあな」

 

 魔法界って所は最初こそ物珍しさに興奮を覚えたものだが、慣れてくるとヘンテコな物で溢れかえっているだけのように見えて、金の使い道が見つからなかった。

 出世払いとはいえ、一年の間に自由に使える金額の上限まで大分余裕がある。

 12シックル……およそ、360ペンスくらいでガタガタ言う気は無い。

 

「待ってよ。もしかして、貴女も今年からホグワーツ?」

「……おう。けど、どうしてわかったんだ?」

「服装よ」

 

 女はズバリと言った。

 

「貴女、マグルの出身でしょ?」

 

 マグルとは魔法使い以外の人間を指す言葉。

 普通に英語喋ってる癖に変な専門用語を作ってる魔法使いって人種は相当な暇人だな。

 非魔法使いとかでもいいと思う。

 

「ここでそういう“普通の格好”をしている人は稀だもの」

 

 まあ、ここで言う普通は私達のソレと少し違うだろうけどな。

 

「つまり、貴女はまだ魔法界に属して間もない人という事。年の頃も同じくらいだと思ったし、もしかしたらって思ったの」

「名推理だな。ポアロもびっくりだ」

「……うーん、そこはマープルって言って欲しかったわ」

「あれはババアじゃねーか……」

 

 私だったら断然ポアロが良い。

 

「と、とにかく、自己紹介をさせてちょうだい。折角、同級生になる人と会えたんだし、この出会いを大切にしたいの」

「……エレインだ。エレイン・ロット」

「私はハーマイオニー・グレンジャー。私も両親がマグルなのよ。歯医者を営んでいるわ」

「歯医者の娘の割にはアレしてないな。金属パーツの奴」

「……前歯の歯並びをヘッドギアで矯正されそうになったけど、断固拒否したわ」

 

 確かに、ちょっと出っ張り気味だな。

 

「ハーマイオニーは両親と来てるのか?」

「うん。今、二人は漏れ鍋で引率の先生の話を聞いてる最中よ」

「本人のお前は聞かなくていいのか?」

「私が聞くべき内容は全てキチンと聞いたわ。先生は両親に私が魔法界で生きる上での注意事項とか、その他諸々を語っている所よ」

 

 まあ、歯医者の娘が魔法使いになるなんて話、いきなり振られたら困るよな。

 一般的な仕事につける学歴なんて手に入らなくなるだろうし、私みたいな底辺と違って、中流階級以上の家庭なら色々と考えどころだろう。

 

「……まあ、とりあえず漏れ鍋に戻るか。私もそこの二階で寝泊まりしてるんだ」

「あら、漏れ鍋って宿泊出来るの?」

「出来るんだろうな。現に私は宿泊してる」

「そ、そうよね」

 

 漏れ鍋に向かう道すがら、ハーマイオニーが購入した本を見せてもらった。

 恐ろしくつまらなそうな物から大変興味を惹かれるものまで多種多様。

 新たな知識は歓迎すべきものだ。ハーマイオニーも知識を尊ぶ性格らしく、話していて楽しかった。

 まあ、ちょっと鈍い所はあるけど御愛嬌だろう。何れにしても、同年代の女と親しくなるのは初めてだ。少しだけ、気分が良い。

 

「――――じゃあ、私はちょっと両親と話してくる。後で部屋に伺ってもいいかしら?」

「もちろん。さっきの本を持って来てくれるなら茶を用意しておくぜ」

「了解。後でね」

「ああ」

 

 意気揚々と階段を上がり、部屋に戻ろうと扉を開けると、隣の部屋の扉が勢い良く開いた。

 

「分かったよ!」

「何が?」

 

 飛び出してきたエドは興奮した面持ちで一冊の本を見せてきた。

 

「元々、魔女の語源であるヘカテーの巫女……、俗に『産婆』と呼ばれた者達に起因するらしいんだ。その者達は名前の通り、赤子の誕生に関わる仕事をしていたみたいで、穢れを払う為の『箒』をシンボルとしていたんだよ」

「だから、箒を使って飛ぶのか」

「うん。まあ、東洋だと絨毯を使う伝統があったり、他にも別の媒体を使う国や地域もあるみたいだから、箒を使うのは伝統の一つに過ぎないみたいだよ」

 

 答えが見つかった事が余程嬉しかったのか、顔を上気させている。

 単純な奴だ。

 

「あら、お友達?」

 

 廊下で話し込んでいると、ハーマイオニーが階段を上がって来た。

 

「話は済んだのか?」

「ええ、私もしばらくここに宿泊する事にしたわ」

「はぁ? 両親はどうするんだ?」

「二人は帰るわよ。お仕事もあるしね」

「それで、お前は一人で泊まるってのか」

「そうよ。全くの未知の世界に踏み込むのだから、友人を作る機会は大切にしなきゃ。それに、色々と準備を進めたいもの」

 

 思ったよりエキセントリックな性格をしている女だ。

 

「えっと……、彼女は?」

 

 置いてけぼりにされたエドがおどおどした目でハーマイオニーを見る。

 人見知りか……?

 

「ハーマイオニーだ。ハーマイオニー・グレンジャー。さっき、知り合った」

「初めまして、ハーマイオニーよ。貴方の名前は?」

「ボ、ボクはエドワード。エドワード・ロジャーだよ」

「よろしくね」

 

 ホグワーツへの入学まで後一週間。ハーマイオニーの加入によって、私の周りは少しずつ賑やかになってきた。

 前よりも少しだけ、ホグワーツへの入学が楽しみになった。


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