第十四話『邪悪』
ホグワーツは蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。
指名手配犯の重罪人、シリウス・ブラックが吸魂鬼の警戒網を乗り越えて校内に侵入してきたのだから無理もない。
各寮の生徒達が大広間に集められ、寝袋を渡された。
「……面白くなって来たね」
僕の胸元で震えているネズミを服の上からポンポン叩き、思考を巡らせる。
十二人のマグルと、彼を追い詰めた魔法使いを惨殺したとして投獄されたシリウス・ブラック。実のところ、彼は無実だ。彼は、ある男の罪を背負わされただけの被害者に過ぎない。
真犯人は僕の手元で震えている。このネズミこそ、大量殺人犯であり、ブラックに罪を着せた罪人が姿を変えた存在だ。名前はピーター・ペティグリュー。
「ふふふ……」
この状況は、僕にとって非常に都合がいい。なぜなら、彼は素晴らしいスケープゴートになってくれるからだ。ここで僕が何をしても、罪はすべて彼が被ってくれる。
その為に、まずは彼の身柄を確保しておきたい。
「とりあえず、明日だね」
この状況では、さすがに動きづらい。ブラックの目的はピーターだろうから、しばらくは付近に潜んでいるはずだ。
◇
ブラックが如何にしてアズカバンから脱獄したのか、その答えはピーターの記憶にあった。
ブラックは未登録の
僕も試しに取得してみた。変身後の姿は選べないみたいだけど、予想していた通り、蛇になった。これが中々に便利で、人間の姿では入り込めない場所にも悠々と入り込めるから重宝している。
「……っと、ここだね」
ブラックの潜伏場所も、ピーターの記憶を見たおかげで簡単に突き止める事が出来た。
校舎の裏手に植えられている暴れ柳。その下にある隠し通路の先。ホグズミード村にある観光名所、叫びの屋敷。
蛇の姿で忍び寄ると、ブラックはぶつぶつとピーターに対する恨み言を呟いていた。
静かに変身を解き、ブラックの背中に杖を向ける。
「アバダ・ケダブラ」
崩れ落ちるブラックの体を呪文で羽ペンに変える。
「君の死体は有効活用させてもらうよ、ブラック」
これで、大分準備が整ってきた。けれど、まだ十分じゃない。
僕にとって、唯一にして絶対的な障害。アルバス・ダンブルドアの抹殺。その為には、あと数手必要だ。
ルーピンを無力化させる方法は簡単だ。満月の晩、奴が脱狼薬を飲めないように仕向けてやればいい。出来れば、ムーディを手中に収め、ヤツに脱狼薬と見せかけた別の薬を飲ませる事が出来たら最高だ。
「……まずはムーディだ。あの義眼は厄介だし、ヤツ自身も相当な手練だから、慎重に事を運ばなければいけないね」
面白くなってきた。
頭が良いだけの人間は力と技で仕留めればいい。
技と力が優れている者は知識でハメ殺す。
頭脳と肉体、全てに秀でている者はさて……、どうやって倒せばいい?
「簡単だ。人間的魅力で籠絡し、隙を作ってやればいい」
その為の準備も着々と進んでいる。グリフィンドールの寮内で、僕は一定の地位を築く事が出来た。
正直、ハリーの隣をジニーに奪われた事は想定外の事だったが、仕方がない。
ロナルド・ウィーズリーという男はハリーにとって特別だ。なにせ、魔法界に入ったばかりの頃、右も左も分からない状態の時に手を伸ばして導いてくれた存在だ。
おまけに、ハリーはそれまで友達がいなかった。家族からも蔑ろにされていた。それまでの反動で、ハリーは少々重たい感情をロナルド少年に向けていた。
ジニーという恋人を得た今でさえ、時折、寂しげな視線を僕に向けてくる辺り、相当なものだ。
だからこそ、僕は安心して他の人間の籠絡に時間を費やす事が出来た。
「ムーディは警戒心の強い男だ。生徒が相手でも、安々と心を開いたりはしないだろう。だからこそ、長期戦を覚悟しないといけないね」
リスクは少なく、リターンは大きく。策略とは、そういうものであるべきだ。
「……さて、妹を親友に取られると同時に、親友を妹に取られた少年の複雑な心境を演じてみるとしよう」
面倒くさい設定だが、だからこそ、実に人間臭い。
まずはムーディに、僕を警戒する必要のない存在だとアピールする。踏み込むのはその後だ。
イベントも考えておかないといけない。
「折角だ。吸魂鬼にも協力してもらおう」
例えば、クィディッチの試合で彼らをけしかける。
そして、墜落するハリー。僕は血相を変えて彼のために吸魂鬼を退け、助ける。
多少、ハリーに怪我を負わせた方がいいかもしれない。自責の念に駆られ、追い詰められている少年を演じるのだ。これは、中々に同情を買えそうだ。
「よし、これでいこう」
僕は鼻歌混じりに叫びの屋敷を後にした。もちろん、羽ペンに変えたブラックの死体をポケットに仕舞い込んでからね。