【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第十八話『鷹の目』

第十八話『鷹の目』

 

 季節が春に変わり、スキャマンダーは約束を守ってくれた。

 私達が三階の禁じられた廊下に案内すると、彼はノーバートの姿を見て口笛を吹いた。

 

「素晴らしいね! ……少し窮屈そうだけど」

 

 ノーバートは早速襲い掛かってきた。相変わらず、私達を動く肉扱いしている。

 挨拶代わりのファイアー・ブレスに、スキャマンダーは嬉しそうな声を上げた。

 

「どれ……」

「なっ、おい! そこから先は危ないぞ!」

 

 いきなり結界の外へ出ようとしたスキャマンダーを慌てて止める。

 

「大丈夫だよ。なにも問題はない」

「問題大アリだろ!? 殺されるぞ!!」

「……ふむ。君達には、ノーバートが殺気立って見えるのかね?」

「え……?」

 

 戸惑う私の手をやんわりと解き、スキャマンダーは結界の外へ出てしまった。

 ハーマイオニー達が悲鳴を上げる。

 

「危ないっ!!」

 

 アランとセドリックが引き戻そうと走る。けれど、スキャマンダーは彼らを手で制した。

 

「大丈夫。なにも問題はない」

「何を言ってるんですか!?」

 

 ジェーンが叫ぶ。

 ノーバートはスキャマンダーを喰らおうと大口を開けた。

 殺されてしまう! 私は杖を取り出した。

 

「ダメだ!!」

 

 すると、スキャマンダーの鋭い声が飛んで来た。

 

「ダメッって、おい! はやく逃げろ!」

 

 ダメだ、間に合わない。

 

「……え?」

 

 ところが、想像していたスプラッターシーンはいつまで経っても来なかった。

 驚いた事に、ノーバートはスキャマンダーを舐めている。味見のつもりだろうか?

 

「……どういう事?」

 

 レネも戸惑っている。

 

「諸君。ドラゴンという生き物は実に凶暴だ。中でも、ノルウェー・リッジバックは同じドラゴンに対しても攻撃的だ。だが……、同時に頭のいい生き物なんだ」

 

 スキャマンダーは頭を垂れたノーバートの鱗を撫でている。すると、驚くべき事に、ノーバートの目がトロンとし始めた。

 呆気にとられている私達に、スキャマンダーはマイペースな講義を続ける。

 

「君達は数年に渡って彼の世話をして来た。その事に、何も感じていないわけではない。……ただ、寂しかっただけなのだよ」

「寂しかった……?」

 

 ハグリッドが呟くように言うと、スキャマンダーはすっかり眠ってしまったノーバートを撫でながら頷いた。

 

「この空間には、誰もいない。人どころか、敵になる生き物も、虫一匹さえいない。……自分に置き換えてみなさい。とても寂しくて……、時々やって来る人に、ついじゃれついてしまう気持ちも分かるだろう?」

 

 想像してみた。私達がノーバートの立場だったら、どうしていたか……。

 

「……私達、ノーバートに酷い事をしていたの?」

 

 ハーマイオニーが声を震わせた。

 

「ノーバート……」

「ドラゴンは強い生き物だ。けれど、どんな生き物でも、孤独というものは恐ろしい毒になる。みんな、恐れないであげてほしい。獰猛に見えたのは、それだけ君達を求めていたからなんだ」

「……お、俺は、そんな事にも気付かねーで」

 

 ハグリッドがよろよろとノーバートに近づいていく。結界を超えて、ノーバートの前までやって来ると、恐る恐る鱗を撫でた。

 すると、ノーバートは片目を開けて、ハグリッドに舌を伸ばした。

 ペロリと一舐めされたハグリッドは感極まって泣き出してしまった。

 

「……ノーバート」

 

 私も結界の外に出た。私だけじゃない。他のみんなも、ノーバートの傍に歩み寄る。

 すると、ノーバートは聞いたことがないくらい、嬉しそうに鳴いた。

 スキャマンダーの言葉は本当だった。

 殺気の塊だと、凶暴な肉食獣だと思っていた。だから、怖がっていた。だけど……、

 

「ノーバートはずっと……」

「結界に火を吐いていたのも、結界が邪魔で、みんなに近づけない事を嫌がったからなんだ」

 

 スキャマンダーの言葉に涙が溢れた。

 一方的に怖がって、警戒して、ずっと寂しい思いをさせていた。

 

「……ごめんな、ノーバート」

 

 私達はその日、ずっとノーバートと一緒にいた。

 ノーバートは決して私達を傷つけなかった。

 むかし、ハグリッドの小屋から離れた場所に棲家を用意していた時は、何度も燃やされかけ、食べられかけたのに、今はすごく大人しい。

 

「……私はノーバートを生息域に連れて行こうと思う。ここはあまりに……、窮屈過ぎる」

 

 スキャマンダーの言葉に反対出来るヤツは誰もいなかった。

 

 ◇

 

 それから数ヶ月。私達は出来る限りノーバートの世話に時間を費やした。結界を超えて、ノーバートに触れながら、餌を与え、一緒に遊んだ。

 学期末には、生息域へ移される事が正式に決まり、少しでも思い出を作りたかった。これまで恐れて、遠巻きにしていた分まで……。

 

「……何してんだ、あいつら」

 

 今日もクィディッチの訓練が無いから、ノーバートの世話をしようと思って、エドを誘いにスリザリンの席へ向かうと、そこではチームの新メンバーであり、ビーターのマイクがスリザリンのゴリラ共とポージング対決をしていた。

 ドラコとエドがなんとも言えない表情を浮かべている。

 

「よう、エド」

「やあ、エレイン!」

 

 声を掛けるなり、エドは嬉しそうに笑顔を見せてくれた。

 頬が緩む。

 

「ドラコもオッス!」

「……やあ、エレイン。あの筋肉をどっかにやってくれないか? いきなり クラッブとゴイルに挑んできて、妙な対決を始めてしまったんだ……」

「そういや、前にポージング対決をしたいとか言ってたな」

「……目の毒だ」

 

 そう言いながら対決を律儀に見守っているドラコに私は苦笑した。

 

「暇なら付き合わないか? これからクラブの活動なんだ」

「活動? ああ、エドがいつも話しているヤツか」

 

 ドラコは筋肉達を見つめた。

 

「……まあ、あれを見続けるよりはマシか」

 

 迸る筋肉、弾ける汗。ドラコはゲンナリした表情でエドの背中を叩いた。

 

「行こう。これ以上見てたら頭がおかしくなりそうだ」

「あはは……、そうだね」

 

 ドラコと一緒にハグリッドの小屋へ向かう。すると、そこにはハリーとジニーの姿があった。

 ドラコはハリーを見るなり舌を打ち、ハリーもドラコを見るなり吐き気を催したような表情を浮かべた。

 

「お前ら、仲いいな」

「どこが!?」

「全然だ!」

 

 息ぴったりじゃねーか。

 

「ここに何の用だ、マルフォイ!」

「ハッ、君に言う必要があるのかい? ポッター!」

 

 タイミングが悪かったな。二人は喧嘩を始めてしまった。

 

「……それで、具体的にマルフォイは何をしに来たの?」

「私達とクラブ活動をしに来ただけだ」

 

 私が言うと、ジニーはビックリしたように目を見開いた。

 

「なんだか意外ね」

 

 その後、二人の喧嘩はどんどんヒートアップしていった。

 このままだと活動どころじゃない。どうしたものかと考えていると、私の脳裏にグッドなアイデアが浮かんだ。

 

「おーい、二人共。ファイア・ボルトに乗りたくないか?」

「えっ!?」

「ファイア・ボルト!?」

 

 同時にこっちを向くトム&ジェリー。

 やっぱり息ピッタリじゃねーか!

 

「喧嘩をやめて、大人しく活動するなら、明日、ファイア・ボルトに乗せてやるぜ?」

 

 効果はてきめんだった。二人はスッと背筋を伸ばし、互いを一睨みすると、「一時停戦だ!」と喧嘩を止めた。

 さすがファイア・ボルト。泣く子も黙るぜ。

 

「……僕はエレインの為に買ったのに」

 

 拗ねてしまったエドをキスで黙らせて、私達はノーバートの下へ向かった。

 

「……君達は正気か?」

 

 さすがに、初心者で結界の外は難しかったようだ。ドラコは結界の向こうから餌をノーバートに投げつけた。

 

「見た目より怖くないんだよ、ドラコ!」

 

 エドが言っても、ドラコは終始疑い続けた。

 

 翌日、私達は競技場にいた。今日はどこも訓練をしていない。

 ドラコだけじゃなくて、ハリーとジニーまでファイア・ボルトに乗りたがった。

 空を好き放題飛び回った後、ドラコとハリーは揃って地団駄を踏んだ。

 

「こんなのずるい!」

「勝てるか! 反則だ!」

「はっはっは」

 

 ファイア・ボルトの性能のあまりの素晴らしさに、ドラコはエドの肩を掴んで揺さぶった。

 

「エドワード・ロジャー!! 贈り物はもう少し考えて選べ!! スリザリンだろ、君は!!」

「だ、だって、エレインがほしそうだったから……」

「貢ぐんじゃなくて貢がせろ! 男なら!」

「そ、そんな事言われても……」

 

 笑うしかない光景だ。

 

「まあ、次の試合はもらったな」

「ちくしょう! クィディッチが箒の性能だけで決まると思うなよ!」

「ニンバスの力を見せてやる!」

 

 燃え上がる二人のライバルに「おう、がんばれよ!」と言うと、二人は更に燃え上がった。

 

 その一ヶ月後、いよいよスリザリン戦が始まった。

 去年は負けたが、今年はファイア・ボルトがある。それに、厳しい訓練で技も磨いた。

 負ける可能性はこれっぽっちもない!

 

「今年は勝たせてもらうぜ、ドラコ!」

「ッハ! よく見るんだね!」

「……って、お前が乗ってる箒は!」

 

 ドラコの跨っている箒。それは、見間違いようがなかった。ファイア・ボルトだ!

 

「おまっ、それ!」

「ふふふ、君に勝つために、父に買ってもらったよ!」

 

 まさか、この一ヶ月の間にファイア・ボルトを用意してくるとは予想外だった。

 

「そんなに気軽に買えるもんじゃないだろ!」

「ッハ! 君を倒すためなら安い買い物さ!」

 

 条件が五分になってしまった。それでも負ける気など微塵も無いが、慢心してる場合じゃなくなった。

 

「どこだ、スニッチ!」

 

 観客席のそばに、スニッチを見つけた。

 

「先手必勝!!」

「なっ!? もう、見つけたのか!?」

 

 一瞬だが、私の方がはやくスタートした。

 箒の性能が同じなら、これで勝負アリだ。

 

「舐めてくれるなよ、エレイン!」

 

 ところが、スニッチが観客席に紛れ込んだ事で勝負の行方が判らなくなった。

 悲鳴を上げる観客達をすり抜けながらスニッチを追うのは難度が高く、どうしても最高速度を出し続ける事が出来なかった。

 

「負けるか! 負けるか! 負けてたまるか!」

「勝つ! 勝つ! 勝つ!!」

 

 スニッチが観客席から飛び出すと、私とドラコは横並びになっていた。速度はほぼ同じ。

 必死になって手を伸ばすが、手の長さはドラコに分があった。

 

「クソッ、こんな筈じゃ!」

 

 結果を分けたのはリーチの差だった。

 私はまたしてもドラコにスニッチを奪われた。

 

「これが格の違いというものだよ、エレイン!」

「クソッ、クソッ、クソッタレ!!」

 

 あまりの悔しさに頭がおかしくなりそうだ。

 勝てる筈だった。それなのに、負けた。

 私にはファイア・ボルトがある。そう思って、油断していた。

 

「……来年だ。来年は絶対に勝つ!!」

「悪いが、来年も僕が勝つ!!」

 

 二戦目が終了した時点で、寮対抗トーナメントの勝敗はまったく読めないものとなった。

 グリフィンドールはスリザリンに勝利して、ハッフルパフに敗北した。セドリックが意地を見せたようだ。

 スリザリンは私達に勝ち、私達はハッフルパフに勝利している。

 全寮が一勝一敗。次の試合の結果次第では、どこが勝ってもおかしくない。

 一進一退の攻防の行方に、ホグワーツはどこまでもヒートアップしていった。

 

 ハロウィンの日に侵入したシリウス・ブラックの事は、ほとんど忘れ去られていた……。

 

 ◆

 

「よーし、よしよし。抑えろ……、抑えるんだ」

 

 ホグワーツの熱狂に、吸魂鬼達を抑える事が難しくなって来ている。

 

「次だ。次の試合の時、お前たちに自由を与える。食べ放題だ! 嬉しいだろ?」

 

 それにしても、さっきの試合は見事だった。

 最新の箒はとにかく速く、二人のシーカーも勝利に貪欲で実に素晴らしい。

 

「……それにしても、あの少女。エレイン・ロットだったね。どこかで見た記憶が……」

 

 いや、そんな筈はない。オリジナルは確かにトラバースへ命じた。赤子を含めて、一人も逃すなと。

 あの一族の眼は実に厄介だ。《鷹の目》とも言われる特殊な眼力は、千里を見通し、如何なるペテンも暴く。道具になるなら生かしておいたが、奴等は一族揃って僕に牙を剥いた。

 生き残りは一人もいない筈だ。

 

「まあいい。それより、今はムーディの抹殺が先決だ。次の試合で、吸魂鬼に襲撃を行わせる。そこで、僕はハリーを守りきる。信頼を得ると同時に、教師達の力を削ぐ。完璧な作戦だ」

 

 ◇

 

 一月後、学年末試験が終わると、いよいよ最終戦が始まった。

 グリフィンドール対レイブンクロー。試合はまさに一進一退。

 上空では、ハリー・ポッターとエレイン・ロットがスニッチを探してグルグルと旋回している。

 いよいよだ。雨が降り始め、視界が悪くなる中、無数の影が競技場を取り囲んだ。

 ハリーとエレインは気付いたようだが、二人は守護霊の呪文を使う事が出来ない。あれはとても高度な呪文だから、よほどの適正がないと、呪文を知っていても発動させる事が出来ないのだ。

 観客席の人間が気付き始めた頃には、すでに吸魂鬼が競技場内に入り込んできていた。

 悲鳴が上がる中、観客席から守護霊が飛び出した。不死鳥や狼、猫、トラ、ライオンが吸魂鬼を蹴散らしていく。

 教師以外にも守護霊を使えるものがいたようだ。少し驚きだが、このままではまずい。僕は劇的にハリー救出を演出しなければいけないのだ。

 

「ハリー!!」

 

 作戦変更。吸魂鬼を蹴散らす役割は彼らに任せよう。

 僕は観客席から飛び出した。

 競技場の中に入ると、ハリーが箒から落下して、落ちてくる。以前もハリーは気を失っていたから、吸魂鬼に近づかれたら同じ事が起こると確信していた。

 落下減衰呪文を唱えて、ハリーの落下速度を緩める。そのままキャッチしようと走ると、降下してきたエレイン・ロットに先を越された。

 彼女も以前、気を失ったと聞いたが、今回は無事だったようだ。舌を打ちながら二人に近づいていく。

 あまりうまく行かなかったが、そこまで致命的というわけでもない。僕はただ、みんなからハリーの善き友人であると認められればそれでいい。

 

「ハリー! 大丈夫かい!?」

 

 降りてきたハリーに駆け寄ると、教師達も集まってきた。

 僕は少し大袈裟に気絶中のハリーに縋り付いた。

 完璧だ。元々、ロナルド・ウィーズリーはハリーの親友として周囲から認識されている。最近、少し距離を置いていたが、これで再び僕の立ち位置を認めてもらえた筈だ。

 吸魂鬼に襲われ、気を失い、死にかけたハリー。ダンブルドア達はハリーに対して、これまで以上に過保護になる筈だ。その時、僕はどうどうとハリーの隣にいる事が出来る。

 油断した愚か者共を始末出来る間合いに入り込む事が出来る。

 ムーディを墜とせば、芋づる式にルーピンを墜とす事も容易い。そして、二人を使えばダンブルドアにも手が届く。

 完璧だ。これで、条件はすべてクリアされる。

 覚悟しろ、ダンブルドア。貴様がいなければ、僕の勝利は確定する!

 

「……オイ」

 

 ハリーに縋り付いていると、妙に刺々しい声が降ってきた。

 友を失いかけた悲劇の主人公に対して、相応しくない声色だ。

 顔をあげると、そこには琥珀色の瞳があった。

 

「お前は誰だ?」


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