【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第二話『怪物』

第二話『怪物』

 

 その日、日刊預言者新聞には二つの記事が掲載されていた。

 一つは、ホグワーツに上がった闇の印。もう一つは、アズカバンの集団脱獄。

 戦々恐々となる魔法界。人々は確信した。ヴォルデモート卿の復活を……。

 

「――――さてさてさーて、革命を始めようか」

 

 ヴォルデモート卿は数多の死喰い人達を従え、ビッグベンの屋根に姿を現した。

 黄金の髪を靡かせて、彼は言う。

 

「これより、魔法省を支配下に置く。邪魔する者は一人も生かすな。手心を加える事も、遊ぶ事も許さない」

「おっ、お待ち下さ――――」

「口答えも許さない。アバダ・ケダブラ」

 

 死喰い人達は恐怖した。嘗てのヴォルデモート卿も残忍な気性だったが、ここまで冷酷ではなかった。

 配下に対して、彼は虫でも見るかのような眼差しを向けている。

 そもそも、目の前の存在は本当に我等の主なのか? 姿形も彼らの知るものとは大きくかけ離れている。疑念を募らせ、つい口を開けてしまった者が、また死んだ。

 

「まったく、仕方のないヤツラだね。まあいい。さあ、悪霊の火を打ち込むよ。全員で!」

 

 朗らかに、恐ろしい事を口にした。

 悪霊の火はアバダ・ケダブラに次ぐ最大級の闇の魔法だ。

 何もかも焼き尽くす極大の呪詛。そんなものを複数人で打ち込めば、多大な犠牲者が出る。

 幾人もの人間を拷問、殺害して来た極悪人でさえ、その提案に躊躇いを覚える所業。

 死喰い人達はうろたえ始めた。

 

「さっさと準備をしろよ、ノロマ」

 

 また一人死んだ。何の躊躇いもなく、何の感慨も抱かず、無造作に……。

 

「なに? みんなも死にたいの?」

 

 死喰い人達は考えた。ここで取り囲み、この男を殺すべきだと。けれど、出来なかった。

 この男は黄泉の世界から蘇った。ここで殺しても、再び復活する。その時、彼は今度こそ自分達を殺すだろう。

 不死の怪物。殺人を全く厭わず、配下すら虫けらのように扱う悪魔。

 その恐怖に耐え切れず、錯乱した者が殺され、悲鳴を上げた者が殺され、後に残された者達は体を震わせながら杖を掲げた。

 

「さあ、一斉にいくよ」

 

 幾重もの悪霊の火が解き放たれる。それは巨大な柱となり、道行くマグルを巻き添えに、ロンドンの大地を溶かしていく。

 遥か地下に存在する魔法省の人間が異変に気付いた時、すでに悪霊の火は最上部の天井に到達していた。

 事件の処理に追われ、執務室で仕事をしていた魔法省大臣のコーネリウス・ファッジは逃げる間もなく呑み込まれ、次官達も一人残らず焼き尽くされた。

 対処に動いた闇祓い達が悪霊の火を鎮火させた時、既に地下三階の魔法事故惨事部までが溶かされ、見上げれば空が見える有り様だった。

 高官達の死によって指揮系統が混乱した魔法省にヴォルデモートは配下と共に降り立つ。

 

「やあ、諸君。久方ぶりだね」

 

 闇の印がロンドン上空に浮かび上がる。

 闇祓い達は恐怖を噛み殺しながら杖を構えた。

 

「僕だ。ヴォルデモート卿だ。今日は君達を支配する為に来た。従うならば良し。拒絶するなら死んでもらう」

「戯けた事を抜かすな! 総員、掛かれ!」

 

 闇祓い局局長ルーファス・スクリムジョールの掛け声と共に赤い閃光が飛び出した。

 

「ダメダメダメダメ」 

 

 楽しそうに人差し指を降りながら、ヴォルデモートは近くの死喰い人を赤い閃光の群れに投げつけた。

 

「なっ、なにを!?」

 

 死喰い人は無数の失神呪文を受けて吹き飛ばされた。

 

「そら、反撃だ。アバダ・ケダブラ」

 

 戦いが始まり、すぐにスクリムジョールは妙だと感じ始めた。

 死喰い人達は殆どが錯乱状態に陥っている。まともに戦えていない。その上、ヴォルデモートを名乗る青年が事ある毎に壁にするものだから、次々に数が減っていく。

 気づけば、残っているのはヴォルデモート一人という状況だった。

 

「……どういうつもりだ?」

「えっ? なにが?」

 

 キョトンとした表情を浮かべる彼に、スクリムジョールは警戒心を強めた。

 何を考えているのか、まったく掴む事が出来ない。

 

「貴様は……、なんだ?」

「君って記憶能力が無いのかい? ヴォルデモート卿だよ。もちろん、本物さ」

 

 闇祓いに取り囲まれ、尚も油断を崩さないヴォルデモートに、スクリムジョールは得体の知れない恐怖を感じた。

  

「まあ、今回はここまでにしておくよ。あっ、僕の復活の事、ちゃーんと記事にしてくれたまえよ? その為に、この裏切り者共を処刑する前に使ったんだから」

「裏切り者……?」

 

 スクリムジョールは倒れ伏している死喰い人達を見た。

 

「なっ……、ルシウス・マルフォイ。それに、クラッブ、ゴイル、ノット!」

 

 それは、以前の戦いの後に死喰い人の嫌疑を掛けられながら逃げ延びた者達だった。

 

「ああ、安心して」

「なに?」

「アズカバンはもう使えないでしょ? ヌルメンガードを使う手もあるけど、彼らには勿体無い」

 

 そう言うと、ヴォルデモートは倒れ伏した配下達に向かって杖を向けた。

 

「よ、止せ!!」

「君は優しい男だね」

 

 悪霊の火が、裏切り者達を燃やしていく。炎の中でもがき苦しむ死喰い人達を見て、ヴォルデモートは笑っている。

 

「さてさてさーて! 君達には選んでもらうよ。世界を僕に渡すか、みんなで仲良くあの世に行くか」

 

 炎は彼自身も呑み込んでいく。けれど、彼は燃やされながら笑い続ける。

 あまりにも壮絶な光景に、闇祓い達は恐怖した。

 十数年前とは明らかに違う。以前よりも遥かに……、得体が知れない。

 

「……ダンブルドアに指示を仰ぐぞ。我々だけでは……、到底対処する事が出来ない」

 

 スクリムジョールは悪霊の火を消し、部下に指示を飛ばした。

 一刻の猶予もない。あの怪物を止めなければ、嘗ての悲劇を超える惨劇が待っている。

 

「我々は決して屈さない! 戦うぞ!」

「……ッハ!」

 

 ◇

 

 ヨーロッパ大陸に広がる広大な森。そこに、偉大なる闇の魔法使いが築いた私設監獄がある。

 ヌルメンガード。今でこそ、イギリスの魔法省が管理運営を行っているが、嘗ては世界中の人々を恐怖に陥れた。

 そこに、ヴォルデモートは姿を現した。

 

「やあ、みんな!」

 

 アズカバンから救出した真の忠義者達にヴォルデモートは微笑みかけた。

 

「彼は元気かい?」

 

 その言葉と共に、ベラトリックス・レストレンジが一人の男を連れて来た。

 年老いた男は車椅子に凭れながら、鋭い眼差しをヴォルデモートに向ける。

 

「返事は変わらずかい?」

「……殺すがよい、ヴォルデモート。私が貴様に従う事は決して無い」

「そうかな? 君には野望があった筈だ。その野望の火は、まだ消えていない。そうだろう?」

「……私の求めていたものは、貴様の求めるものとは違う。貴様には理解出来ない話だ」

「僕はそう思わない。僕達は手を取り合える筈だよ。今の僕は思考が柔軟なんだ。もし良ければ、僕の方の考えを曲げても良い」

「……殺せ」

「話にならないね。仕方がない。部屋に戻しておいてくれ、ベラ。丁重に扱えよ? 僕達の偉大なる先輩なんだから」

「かしこまりました。我が君……」

 

 オリジナルが頭角を見せ始める以前、彼は世界で最も凶悪な魔法使いとされていた。

 彼は長い投獄生活で弱っているだけだ。きっと、嘗ての輝きを取り戻してくれる。

 そうすれば……、僕にも……。

 

「さてさてさーて! 少し模様替えをしようか」

 

 僕は杖を振るった。

 ここはあまりに味気ない。


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