第十七話『ロナルド・ウィーズリーの奇妙な冒険 part.2』
少女に案内された屋敷の中は、一言で言えば
どこを見ても、埃なんて一つも落ちていない。掃除が行き届いている。それなのに、人のぬくもりを感じる事が出来ない。
僕がゴーストだから?
『ねえ、どこまで行くの?』
屋敷の中は、外から見るよりもずっと大きい。結構進んだはずなのに、一向に廊下の突き当りが見えてこない。
少女は立ち止まると、少し先に見える扉を指差した。
『そこ?』
少女は頷くと、その扉を開いた。
中は応接室だった。少女はソファーを指差している。
『座れって事? 無理だよ。僕は物に触れないんだ』
僕の言葉に、少女は首をかしげた。言っている意味が分からないのかもしれない。
僕は実演してみせる事にした。ソファーを通り抜けるところを見れば、イヤでも分かる筈。
そう思って、ソファーに触れてみると、
『あっ、あれ?』
僕の手はソファーを通り抜ける事なく、ふかふかな感触を味わった。
驚いた。この屋敷では、壁だけじゃなくてソファーにも座れるみたいだ。
僕は興奮しながらソファーに座った。座れるという事が、こんなにも嬉しい事だとは思わなかった。
『ねえ、君は何者なの!? ここは、何なの!? どうして、僕は座れるの!?』
矢継ぎ早に質問を投げかけると、少女は困ったように眉を曲げた。
『……もしかして、喋れないの?』
少女は頷いた。
『そっ、そっかー。なんか、ごめんね』
少女は微笑みながら首を横に振り、僕に背中を向けた。
『どこかに行くの?』
少女は小さく頷いた。
『……僕は、ここで待ってればいいの?』
また、少女は頷いた。
『不思議だなー。このテーブルにも触れる』
まるで、生き返ったような気分だ。ペタペタいろんな物に触っていると、少女が戻って来た。
お盆に紅茶が乗っている。
『あっ……。ごめん。僕、それを飲めないよ?』
僕の言葉を聞いていなかったのか、少女はカップをすすめてきた。
紅茶が湯気を立てている。
いくら、この屋敷の物はゴーストでも触れられるからと言って、紅茶を飲める筈がない。だけど、少女は飲むように視線で訴えてくる。
『仕方ないなー』
僕はカップに触れてみた。やっぱり、触れる。それどころか、少し熱いと感じた。
『えっ』
慌てて、カップを口元に運んだ。
ゴクリとツバを飲み込み、カップを傾ける。
口の中に熱い液体が流れ込んできた。鼻孔に紅茶の香りが広がる。
『おったまげー! なんで!? 僕、ゴーストなのに!』
少女はクスリと微笑んだ。
ドキッとする。改めて見ると、本当に綺麗だ。僕よりも、一歳か二歳くらい年上だと思う。
『……君は、何者なの?』
僕が問いかけると、少女は一冊の本を取り出した。
魔法生物に関する本だ。彼女が開いたページには、美しい少女の挿絵と共に、《シルキー》という名前があった。
説明文によれば、シルキーはゴーストが変化した存在らしい。
――――近代では、ニューカッスル近郊のヘドン・ホールの屋敷に住んでいるシルキーが最も有名であり、家事などを手伝う。その姿は美しく、ルサルーカやヴィーラのように男性の魔法使いが惚れ込んでしまう事が大変多い。屋敷しもべ妖精とは違い、主人を選り好みする傾向にある。ウェールズの片田舎に住むシルキーは気に入らない主人を追い出して、気に入った主人が現れるまで屋敷を隠してしまった。
『君って、シルキーなの?』
シルキーは頷いた。
『へー! 僕、初めて見たよ!』
シルキーは空っぽになったカップに再び紅茶を注いでくれた。
『ところで、君の主人はどこにいるの?』
つい気になって聞いてみると、シルキーは途端に哀しそうな表情を浮かべた。
『どっ、どうしたの!?』
シルキーは一枚の写真を取り出した。
そこに映っていた人物を見て、僕は思わず声を上げてしまった。
『エレインだ!』
すると、シルキーは目を大きく見開いて、僕に掴みかかってきた。
『うわっ、どうしたの!? っていうか、つかめるの!?』
シルキーは目で何かを訴えてきている。だけど、分からない。
『ちょっと、落ち着いてよ! 僕、何がなんだか分からない!』
すると、シルキーはハッとした表情を浮かべ、すごすごと元の場所に戻っていった。
『……えっと、エレインを探しているの?』
シルキーはブンブンと勢い良く頷いた。
『うーん。どうしよう。ホグワーツが休校になっちゃったから、なかなか会う機会が無いんだよね』
僕が言うと、シルキーは今にも泣きそうな顔をした。
『うわっ、待って! 分かった! オーケイ! なんとかしてみるよ! えっと、そうだ! 手紙を出して、家に招待するよ。それから、君の所に連れてくる! それで、どう?』
シルキーは考え込んだ。そして、パンッと手を叩いた。
そして、いきなり部屋から出て行ってしまった。
『えっと……、ダメだったのかな』
僕はシルキーの淹れてくれた紅茶を飲んだ。
そこまで紅茶は好きじゃなかったんだけど、すごく美味しい。
しばらく待っていると、シルキーが戻って来た。手には、大きなカバンがある。
『……えっと、君も僕の家に来るって事?』
コクコクと頷くシルキー。
特に断る理由もなかった。
『オッケー! なら、一緒に来なよ。すぐには無理かもしれないけど、なんとかエレインに会わせてあげるよ』
すると、シルキーが抱きついてきた。
尻尾があったらバタバタと振っていそうな勢いだ。
『わわっ! ちょ、ちょっと! やばい、いい匂い』
ゴーストになって、匂いなんて感じなくなった筈なのに、彼女からは甘い香りがした。
シルキーはゴーストから変化した存在らしいから、そのせいかもしれない。
『じゃあ、行こうか!』
シルキーは嬉しそうに頷くと、僕の手を掴んだ。
柔らかい。僕はドキドキした。女の子と手をつなぐなんて、妹以外だと初めてだ。
『ぼ、僕はロン。ロン・ウィーズリー。よろしくね!』