―西暦2024年3月6日―第56層・パニ
『よう、また揉めたな。』
『…エギル』
『お前と
『きっと気が合わないんだろう、な?』
『ああは言ったけど、まさか
―西暦2024年4月11日―第59層・ダナク
『何してんの…?』
『……ん?……ふぅ、アンタか…。』
『攻略組のみんなが、必死に迷宮区に挑んでいるのに、なんでアンタは……のんびり昼寝なんかしてるのよ? 幾らソロだからって、もっと真面目に…!』
『今日はアインクラッドで最高の季節の、更に最高の気象設定だ……こんな日に迷宮に潜っちゃ勿体無い……。』
『はぁ? あなたね、分かっているの? こうして1日無駄にした分、現実での私達の時間は失われていくのよ………。』
『……でも今、俺達の生きているのは……このアインクラッドだ、ほら……陽射しも風も、こんなに気持ち良い……アンタもこうして寝転がってみれば、分かるよ…………。』
『そうかしら、天気なんて何時も一緒じゃない……?』
―西暦2022年11月19日土曜日
『……帰りたい』
≪―
『帰りたいのよっ……!』
≪―
―10:53
『統一模試……今日なのに………』
『いってらっしゃいませ、お気をつけて。』
宿を出る際に、受付のNPCが見送りの挨拶をする、特に意味の無いテンプレートの台詞……他のプレイヤーなら、無視するようなことに対して彼女は一礼する。
(―
宿を出ると、扉に付いた小さなベルが音を立てる。
『まいど!』
(
黒パンをひとつ購入して少しずつ千切って食べる
(………
『隠しログアウトスポットだぁ? どーせまたガセネタだろう?』
ふと喧騒の中から気になるキーワードが耳に入る
『いやいや情報の出所は
『ほぅ? じゃあ、本当にあるのか……その、西の森とやらに?』
西の森にこのデスゲームからの出口がある?
『ああ、一番奥にいかにもな洞窟があってな……行った奴は、誰も帰って来ないってさ。』
帰れる、帰れるんだ!
『イヤイヤ、そりゃあお前モンスターに……。』
『あ、あのっ! 西の森って何処ですか!?』
『え? あぁ、名前の通りさ……西門から道なりに、一時間くらいかな。』
西門から一時間、まだ間に合うかもしれない!
『ありがとうございます』
『おいおい、あのへんはレベル3くらい要るぞ? 嬢ちゃん、外からの助けを待ってる口だろ? よしときなって、焦るこたぁない、あと何日かすれば助けが……。』
それじゃ遅いのよ!
『ダメなんです…! それじゃ、間に合わない……。』
『現実で、何か大事な用があるのか……。』
(
『はい、今日……高校入試の模試が……!』
『高校入試だってよ、姪っ子と同い年だ。』
『オイ、NPCに道聞いてるぞ。』
『……マズいかもしれんな』
―西の森最奥部
『…あった、ここね……。』
(―
…知らず喉が鳴る、緊張しているのか…。
(
『帰らなきゃ……』
(……
『何、これ……?』
目の前に何かの物体がある、触ってみるとグニャリとした奇妙な感触が返ってくる。
(……
気がつくと、身体の自由が奪われ身動きが取れない……。
『…終わったぜ』
『やあやあ、ごくろうさン! まったく、オレっちを騙ってデマ拡散たぁ、いい度胸ダ。』
『情報屋も大変だな…』
『……
『ホレ、回復POTダ飲メ。』
(
サービスだヨ、と目の前に突き出され、それを飲み干す。
『じゃ、俺は帰るよ……デマの犯人をとっちめるのは 自分でやってくれ、オレンジは嫌だ……それと例の件よろしくな、んじゃ。』
(―
『分かってるサ』
(
『落ち着いたかナ?』
『……はい、ありがとうございます……あの、情報屋って何ですか?』
『ンー……文字通りサ、情報を売買する仕事だナ……あらゆる情報を収集シ、対価に応じて提供シ……公利に適えば拡散シ、場合によっては秘匿すル………ちなみに、今の情報10コルだヨ。』
そこまで聞いて、少し可笑しく思う。
『……フフ、変なの……ゲームなのに、まるで現実みたい。』
『そりゃそうサ、今は此処が現実だからネ。』
『情報屋さん、隠しログアウト……デマ、なんですよね……?』
(―
『ごめんネ、そんなものは無いヨ………。』
(………
『じゃあ、情報を売ってください…………どうすれば、強くなれるか。』
『……それは、死なないため……かナ?』
『いいえ、もう……二度と、後悔しないですむように……。』
『ふぅン、じゃあまずはこれかナ……SAO第1層の攻略本ダ、まあ参考書……みたいなものだネ、特別に
『フレンジー・ボア、通称青イノシシは非アクティブ…? 非アクティブっていうのは… なるほど、こっちから攻撃しない限り敵対してこないのね………データの出典や前提条件が曖昧だわ、著者はきちんと検証して妥当性を
攻略本を読んでいると、その脇ではブツブツと何か聞こえる。
『攻撃方法は…と、細剣だからたぶんこれね……基本的には、フェンシングの見た感じでOK…と………初期スキルはリニアー、切っ先を意識して捻るように
(
『!?』
(
『…なぁんだ、やれば出来るじゃない……。』
『前言撤回…
『名前?
(……
『ゴメン悪かった
『ねぇ、情報屋さん。』
『…ン?』
『さっきの化物……私にも、倒せるかしら……?』
―西暦2022年12月2日金曜日
迷宮区に潜って、もう何日経っただろう……肉体的な疲労からは解放されても、精神は疲弊するようで……時折意識が遠のくことがある……化物だらけの迷宮区最奥部で、注意が散漫になることが何を意味するか……当然こうなる……。
(しまった…この囲みを抜くのは……)
さすがに無理かな?
『アンタ……そんな戦い方してたら、死ぬぞ。』
(……
『どうせみんな死ぬのよ! 早いか、遅いかだけの違いなんだから……戦い抜いたその先で、せめて満足して死なせてよ…ッ』
『……別に“いのちだいじに”とか言うつもりはないさ、けど……勿体無いから、マップデータは遺していけ……死ぬならその後だ、分かったらほら起きろ。』
『くっ…』
『よし、その調子だ
『指図しないで』
『
1度だけ
空気が綺麗で、夜がちゃんと暗い町に住んでいる人には、さして珍しくもないのだろうが。
でも、とある
星など殆ど無い、
小学4年か5年生だった俺は、何か願い事をしなきゃ、と……子供らしいことを考えた……までは良いが。
あの時と、同じ色同じスピードの流星を俺は、3年或いは4年ぶりに見た。
しかし、今回は肉眼によってではないし背景もダークグレーの夜空、ではない。
ナーヴギア、世界初の全感覚投入型VRインターフェース・マシンの作り出す薄暗い、
だがよもや、二度目の流星を……。
鬼気迫るとでも形容したくなるような戦いぶりだった、レベル6
技は
(
灯りの乏しいダンジョンの薄闇を貫く純白の光芒が俺にあの日の流れ星を思い起こさせたのだ
レイピア使いは斧を連続で避けリニアーを撃ち込むパターン化された攻防を繰り返す都度に3度、このダンジョンでもかなりの強敵である武装獣人を無傷で屠ってみせた……とはいえ、決して余裕の一戦という訳でもなかったらしい。
『まさかの皆殺しですか』
(!?)
『
止めのソードスキルにぶち抜かれ、モンスターが爆発四散すると……既に質量を無くした筈の粒子によろめき通路の壁に背中をぶつけ、そのままズルズルと座り込み……荒い呼吸を繰り返しているようだ。
もっとも、この世界での呼吸は必然性が無いので現実世界での癖のようなものだが。
見も蓋もない話をすれば、息をどんなに長く止めても窒息などのバッドステータスは存在しないのでHPは減らないし死ぬこともない、逆にどんなに深呼吸しようともHPが回復したりもないし過呼吸にも陥らない。
脳がそのように、条件反射的に……現実と同じ作業を繰り返しているに過ぎないのだから、そこまで考えて……ばかばかしいと思考を停止させる。
今俺達プレイヤーが生きているのはこのデスゲーム、ソードアートオンライン………アインクラッドの中なのだ、仮にこの世界で呼吸によるシステム的ロジックが存在しないのだとしても………それはSAOから脱出した後に必ず影響を及ぼす。
自発呼吸を必要としなくなったと判断した脳が、呼吸しろという命令を出さなくなれば……空恐ろしいことになる、約一万人のプレイヤーが機械の助け無しには現実で生活……生きていけないのだから。
しかし創造主である茅場晶彦は、SAOの中での死が現実での死と結び付いたものであると宣言した、故にそういった細かい部分を省略し簡略化することなく……現実を忠実に模した異世界を作り出した、それだけに茅場の目指した世界観は俺達を魅了し今此処に囚われている。
これが呼吸も食事も睡眠も風呂も必要とせず、只ひたすらにモンスターとの戦闘だけを繰り返す
極力必要以上には他のプレイヤーとの接触を控え、自分自身の獲物を探すのが……普段の俺の行動規範だ、
唯一の例外が
下半身は
頭から
『……さっきのはオーバーキル過ぎるよ』
これがクエストNPCなら、今俺の目の前の
返答が無いことから、言葉の意味が正確に伝わっていないのだろう、俺は少し噛み砕いて説明することを自分自身に強要することにした。
人との会話は苦手だ、だけどそれを省いて通り過ぎてしまえば、いずれこのプレイヤーは無謀な戦闘の果てにHPを全損させて2つの世界から永久退場することになるだろう。
『オーバーキルっていうのは……モンスターの残りHPに対して与えるダメージが過剰って意味だ、ドット単位で2~3……それだけのHP残量なら、止めの攻撃は無理にソードスキルを発動させず軽い通常技で充分だった筈だ。』
『…………どうして』
その後に続く筈の言葉はしかし紡がれることは無かった、どうして放っておいてくれないの、どうしてあの時助けたの、そんな言葉を予想は出来たが………しかし、所詮は推測に過ぎない。
『どこで有終の美を飾るかは自由だけどさ、言ったろマップデータが惜しいって………拒否しても良いけど、まあアンタが此処で休息を取るのなら熟睡はしないことだな……寝ている間は例え圏内でも、相手の全てを自由に出来る。』
『…ッ!!』
『そういきり立つなよ、俺が欲しいのはアンタの身体でも金でもアイテムでも無い、マップデータだけだ。』
次の瞬間、俺の目の前にオブジェクト化された羊皮紙がリニアーもかくやという速度で飛んでくる、なんとかそれが激突する直前にキャッチすることに成功する。
……まあ激突したところで、攻撃力の皆無なアイテムではダメージは無いのと同じなのだが。
その時、鐘の音に呼応する形で空腹を告げる大自然の歌が響く。
『まずは腹拵えするか、
『要らないわよ食べなくても死ぬ訳じゃないし』
『まあまあ、マップデータの代金と思えば良いさ、あとこれ単純に
『……あなた味覚おかしいんじゃないの?
『まあ、ちょっと工夫はするけど……物は試しで。』
小さな素焼きのツボを取り出して差し出す、指先で蓋をタップするのを確認して俺も同じようにタップする、それでツボは耐久値を全損させて消滅する。
『クリーム……?』
『いっこ前の村で受けられる、逆襲の雌牛ってクエストの報酬、やるならコツを教えるよ。』
『……いい、美味しい物を食べるために……生き残ってる訳じゃないもの。』
『…
『私が、私で居るため……最初の宿屋に閉じ籠って、ゆっくり腐っていくくらいなら………最期の瞬間まで自分のままで居たい……………たとえ怪物に負けて死んでも、このゲーム…………………この世界には負けたくない、どうしても。』
『……
『…?』
『そろそろ行こうか、第2層に。』
俺達は攻略会議が行われる此処、迷宮区近くの町トールバーナに来ていた。
『随分頑張ってるそうじゃないカ、ウワサは聞いてるヨー赤頭巾ちゃん、気になるカレの氏素性をお望みとあらバ……オレっちとしては対価をいただければ提供するに吝かではないヨ?』
『結構です! 別にあんな人興味ありませんっ』
………そうカ、そりゃ良かっタ。
(―
『妙な女だよナ………すぐにでも死にそうなのに死なナイ、どう見てもネトゲ素人なのに技は恐ろしく切れル、何者なのかネ?』
鼠のアルゴ、いつの間にか俺の背後には俺よりも頭一つ以上低い、こんな格好でなければ妹キャラで人気が出そうな少女がそこには居た。
簡単に説明すると妖怪アニメの守銭奴として有名な、ねずみ男だが、目の前に居る鼠はれっきとした女性プレイヤーである。
語尾に特徴のある鼻声をつけ、決してその素顔を知る者は居ない。
軽い雑談と交渉をしたあと、俺は下宿先に戻ることにした、のだが………一つ問題がある。
(―
事前に取り決めた合図、アルゴだ。
『よ…よう、珍しいな……わざわざ部屋まで来るなんて。』
『ヤッ、アーちゃんは居るかイ…?』
まずい………………
『いや………途中まで一緒だだったけど』
『まあいいカ
(―
『いいいいいいいやああああああああああああああああああああああああっっ』
その後の記憶はない
『お…お見事…今のが、スイッチを使った連携戦闘の流れだ。』
(Congratulations!!)
『……剣?』
『そ、ウインドフルーレ……俊敏性や正確さを重視する
『コホン、後は街で強化だナー……迷宮区であれだけ暴れてたんダ、+4までの素材は充分だロ、腕の良い鍛冶屋を紹介するヨ。』
(―
『これ、+5には出来ないの?』
『第1層では必要な素材が手に入らないんダ』
『そう…ありがとうございました…』
―西暦2022年12月3日―第1層攻略戦―前夜
『クローズドβテスト当選者、千人の内……正式サービスに移行した人数は、βテスト末期のログイン状況から考えて……7~800人といったところだろウ……つまり、死亡率の推計値は40%前後……比率で言えば、ビギナーの2倍……その原因は………。』
『………正式サービス移行に伴う、変更点。』
『その通り、時折ほんのわずかな差異が現れて………β時代の知識と経験が、落とし穴に変わル。』
『……だが、ビギナーたちは……そんな事情知りようもない、明日のボス戦……………もしボスの装備やパラメータがβテスターから集めた情報と違ったら、もし対応が遅れて誰か一人でも死人を出してしまったら……。』
『………その時は、非難の矛先をオレっちに誘導してくレ……虚実織り交ぜた巧みな情報操作で、既得権益の確保と拡充に余念のない……β上がりの卑劣な情報屋、アルゴの誕生ダ。』
『いや……アンタに迷惑はかけられない、βテスターとビギナーの橋渡しを公然と行えるのは……アンタしか居ないからな……報酬を確認してくれ。』
『ン、確かニ。』
『……ところで、今回依頼した件……他に同じことを聞いてきたやつは、居るか?』
『……一人、だけネ。』
『…そうか、良かった………つまり、いざという時……俺の代役を任せられる奴が、一人は居る訳だな。』
『残念だけド、攻略組のリーダーなんて買って出るタイプじゃないヨ。』
『……リーダー、いや……その場合に求められる役回りは、たぶん………。』
―第1層ボス討伐後
『なあ、
『…言われなくてもわかってますっ』
『………公儀隠密としては……風魔の悪行を、見過ごす訳には…………行かないな。』
目の前の不埒者を懲らしめると、不意に背後から柔らかい感触が、そして意識してしまってからマズい…と強制的に思考停止させるが、時既に遅し……艶のある異性の囁き声に、状態異常
『……かっこつけすぎ…だヨ………そんなコトされると……オネーサン情報屋の、オ・キ・テ…第一条を破りそうになっちゃうじゃない……カ…。』
な…何だ……?……この状況、は…?………背中越しに、<の>の字を書かれている…?…………ど、どうしよう………コレ…。
このまま脱水症状で、HP全損して生命の碑に滑らかな横線が引かれるのでは、そんな風に考えてしまう程の焦り……現実なら、まずあり得ない……背中を滝のような汗が、SAOの中では流れることは無いが……感覚的には、その脳波信号は再現されてしまう。
今回はアスナとアルゴを主軸に据えてみました、冒頭部分はアニメ圏内事件の一部分です、本文構成弄ってるのでちぐはぐですが。