IS one years ago   作:工藤

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これは某所で投稿していた処女作を加筆・改訂したものです。
感想・評価・批判、なんでも来いです。
よろしくお願いします。


地獄のような……

 

 頭上には、冬の寒気を照らし続ける太陽とそれ以外何も見えない、薄い青に染まった空。

 眼下には、どこまでも続き、果ての見えない白い雲の海。

 その二つの要素が、自分のいる場所を空の上だと教えてくれる。

 

 ありえない。

 

 そんな思考が頭を掠める。

 でも、これは現実なんだと視界いっぱいに映るモノが教えてくれた。

 同時に、嬉しいという思いが心を埋め尽くす。

 どんなに頑張っても手の届かない光景が、ただの男子学生でしかない自分がどれだけ望んでも見ることの出来ない世界が今ここに、僕の視界一杯に拡がっていた。

 

「僕は、空にいる」

 

 少しずつ、自分の中にその実感が生まれてきた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 インフィニット・ストラトス。

 通称ISと呼ばれるソレは、9年前、当時中学生だった天才科学者篠ノ之束が作り上げたマルチフォーム・スーツ、いやパワード・スーツである。

 当初、宇宙開発用として発表されたISは、周りに理解できる人が居ないほどオーバーテクノロジーの塊であり、しかも発表したのが中学生であったために全く注目されていなかった。

 が、発表から1ヶ月ほど経った頃に起きた世界的事件、所謂「白騎士事件」によってその認識が180度変わってしまったのだ。

 その結果、ISは宇宙開発用のマルチフォーム・スーツではなく、現代兵器を遥かに凌駕した戦闘用パワード・スーツとして世界に受け入れられてしまった。

 各国家は、すぐさまISの開発に乗り出したのだが、ここで幾つかの問題点が発覚した。

 

 まずはISのコアの数。

 ISを動かすために必要不可欠なソレは、最終的に467という微妙な数しか製造されておらず、しかも篠ノ之束以外の人間には製造できないブラックボックスの塊であった。世界中の国家は、篠ノ之束を血眼になって探したのだが、遂に彼女を見つけることができなかったそうだ。その為、どの国がどれだけのコアを保有するかで一悶着が起きた。

 それはまだ良い(まあ良くはないけど)。問題は次の点だ。

 

 男、man、などと呼ばれる人間にはISの起動ができず、結果、ISは女にしか扱えないのだ。

 もっと言うなら、男にはISを使う上で重要になってくるIS適性の最低ランク、Fランクの人間もいない。冗談でもなんでも無く、ISは女にしか反応しないのだ。

 その所為で世界は一変してしまい、今では女性が尊重され、男性が蔑まれる女尊男卑の世界が出来上がってしまった。

 おかげで、男は大変な目にあっている。

 女に逆らえば冤罪であろうと即逮捕されたり、多くの男性軍人は職を追われたり、有力政治家の半分以上が女などetc。

 僅か10年足らずで、男の居場所は確実に減ってしまった。

 

 尤も、建設業や技術職などあまり影響されていない職だってある。

 かくいう僕も、現代社会からほとんど影響を受けてない技術者を目指していた一人だ。

 そういった職でなければ男の居場所が無くなってしまったほどに女性しか扱えない兵器の存在が与えた影響は大きかったのだ。

 いや、この言い方はおかしいかな。正確には扱えないはずだった兵器だ。

 

「皆さんはじめまして。副担任の山田 真耶です。一年間よろしくお願いします」

 

 今から二ヶ月前、”ISは女にしか扱えない”という人類共通の認識は崩れた。

 十六歳の”少年”、四宮 拓人(しのみや たくと)がISを動かしてしまった。

 

「……え、えっと、それじゃあ新木さんから自己紹介をしてください」

 

 学力は中の中から中の上。テストの順位は約100人中40位から49位の間を行ったり来たり。早い話が良くもなく、悪くもない。

 身長168cm、長くもなく短いわけでもない黒髪となんの変哲もない黒目。顔の造形は、中学時代のクラスメートに言わせれば「少年と青年の中間」という評価。つまりは平凡。

 運動能力は体力と持久力以外さして高いわけではない。スポーツテストを行えば、ギリギリC判定を貰えるレベル。

 総合すると、どこにでもいるような少年。

 にも拘らず、四宮 拓人はISを動かしてしまった。

 

 その後は、当たり前というべきか当然というべきか、世界中で大騒ぎになった。

 データを採らせてくれと科学者が現れ、我が国に来ないかなどと勧誘され、ニュースで名前と顔を公開され、挙句の果てには、解剖させてくれなどと抜かす人間や、拉致しようとする人間、命を狙ってくる人間まで現れた。

 激動の二ヶ月を紆余曲折あって切り抜けた四宮 拓人は、というか僕は────

 

「…………」ジーーー。

「…………」ジーーー。

「…………」ジーーー。

「次は四宮くんお願いします」

(逃げたい……)

 

 地獄に放り込まれてしまった。

 視線が物理的威力を有するならば、僕は確実に穴だらけだろう、いや死体も残らないかもしれない。

 などと笑えない冗談が頭の中に浮かぶほど、今の状況はキツイ。何がと問われれば精神的に。

 周りに居るのは女子、女子、女子。そこに同性の姿は微塵も存在しない。まあ当たり前と言えば当たり前なのだが。

 ここは私立IS学園。ISに関することを学ぶ場所なのだから。

 

「あのー、四宮くん?」

 

 ISは女性にしか扱えない。ならばソレを学ぶ場所に男子生徒は存在するのか? 答えはノーだ。この学び舎に男子学生は一人もいない。僕という例外を除いて。

 同性が一人もいない環境というのを嘗めていたかもしれない。

 これは、想像以上にキツイ……!

 

「四宮くん!」

「ッ!あ、はい」

 

 教壇に立つ教師(確か山田先生)に呼ばれ、慌てて返事を返す。

 現実逃避していた所為か声が少し裏返ってしまい、周りからクスクス笑いが漏れる。ちょっと恥ずかしい。

 

「お、大きな声出してごめんね。その、自己紹介が”あ”から始まって”し”まできたんだ」

「えっと、つまり俺が自己紹介する番、ってことですか」

「うん、そうなんだよ。だから……」

「あーはい、分かりました。分かりましたから」

 

 涙目はやめてくれませんか、とは言えなかった。言ったらこの人本当に泣きそうだし。

 僕の返答に山田先生はパァッ、という擬音が付きそうなほど表情を明るくした。今まで泣きそうな顔をしていたからかそれは一層際立っていた。この人、こんなのでよく教師が務まるな。

 

(うッ!)

 

 立ち上がってみると改めて自分に視線が集まっているのがわかる。これが針のむしろ(海外ではアイアンメイデンとも言ったっけ?)というものか、などと教室内の人間31人中31人が向けている視線にたじろぐ。まるで肉食獣のような視線が約9割。ハッキリ言って怖い。

 

「四宮拓人です。趣味は走ることと機械いじり。特技は料理と文字の速読。

 皆さんご存知のとおり少々面倒な立場にいますが、’俺’個人としては気にしずに友人になってもらえると嬉しいです。勉強面では何かと迷惑をかけるかと思いますが、実技では負ける気はないので。

 一年間よろしくお願いします」

 

 一礼して着席。

 さっきまでの獣のような視線は鳴りを潜め、幾分か好意的な視線を感じる。出来る限り普通の挨拶を心がけてみたが、成功したようだ。クラスに溶け込むには第一印象が重要だからな。これで女子たちによるイジメを受けることは無いはず。女子が団結すると男子よりも恐いからな。

 

「遅れてすまない、山田先生」

 

 一人心の中で安堵していると、教室の入口から凛、とした声が響いた。

 声の主(日本人、黒い女物のスーツ、当然のことながら女性)は山田先生と一言二言言葉を交わすと、腕を組みながら僕らに向き直った。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。私の役目は諸君らを一年で使い物になるよう育てることだ。私の言う事はよく聞き、よく理解しろ。

 出来ない者には出来るまで指導してやる。他の誰に逆らってもいいが私には逆らうな。いいな。いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ。私の言うことには返事をしろ」

 

 あんたは何処の鬼軍曹だ、と心の中でツッコミを入れてしまったのは決しておかしいことではないはずだ。

 

 彼女の名は織斑千冬。

 各国のIS操縦者国家代表が競い合う世界規模の大会、モンドグロッソの第一回大会に日本代表として出場し優勝した女性。「ブリュンヒルデ」の称号を持ち、今なお世界最強と言われている女性だ。

 第二回大会では決勝戦を棄権して、その後突如として国家代表を辞めて何処かに行ったと聞いていたが、IS学園で教師をしているとは。少し驚きだ。

 

「キャァァァァァーー!!」

「千冬様、本物の千冬様よ!!」

「私千冬様に会うために北海道から来ました!!」

「嗚呼、もう死んでしまっても良い!!」

 

 彼女に関する情報を記憶の中から引きずり出して内心驚いていると、周りの女子生徒たちがきゃいきゃいと騒ぎ出した。

 どうやら彼女、織斑先生は異常なまでに年下の同性に好かれるようだ。というか最後の人落ち着け。早まっちゃダメだ。

 

「何故私のクラスはこのような馬鹿共ばかりなんだ」

 

 ワイワイギャーギャーと騒ぐ生徒たちをを見て、眉間を指で抑えながら本気で嫌そうに言う織斑先生。容赦ないなぁ。確かにその通りだけど、もう少しオブラートに包んだほうがいいと思いますよ。

 

「きゃあああっ! お姉様 もっと叱って!! 罵って!!」

「でも、時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をしてー!」

 

 前言撤回。彼女たちには容赦ないぐらいがちょうどいいのかもしれない。

 クラスメートの約9割が変人(こんなの)で大丈夫なのかな。

 今から心配になってきたな、うん。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 混沌とした、或いは混迷した、もしくはカオス(どれも同じ意味な気がするが)な自己紹介が終わり、早速一時限目の授業が始まった。一般的な高校とは違い、IS学園のカリキュラムは初日から詰め込まれている。優秀な操縦者を輩出するために、平日は基本的に休みなどないのだ。

 一時限目の授業はISの座学。

 内容は、ISの仕組み、ISに関する法律などの知識と、実際の戦闘での機動、対処法などの実践の二つに分けられる。

 中学時代の変な縁と事前に渡された参考書(必読)のおかげで基礎は出来上がっていたので、知識面は特に問題はなかった。問題は実践の部分だった。

 

(えーと、なんだ、これ?)

 

 山田先生の説明を聞き、黒板(という名の電子スクリーン)の板書をする傍ら、僕は内心焦っていた。

 理由は簡単、出てくる単語の1割も分からなかった。全て基礎の範囲であるにも拘らず、だ。ざっと周りを見回してみたが、僕のように焦っている様子の人はいない。

 

(ちょっと、いや、かなりマズイかな)

 

 知識も実践も同時進行、このままでは周りに置いて行かれるかもしれない。

 

「四宮くん、何か分からないところはありますか?」

 

 説明が一段落したらしく、山田先生はそう聞いてきた。名指しで呼ばれるということは、それほどまでに僕は低く見られているみたいだ。確かにその通りだけど。

 正直に言うべき、かな。聞くは一時の恥聞かぬは末代の恥って言うし。

 

「山田先生」

「はい」

「実践の部分が全く分かりません」

「……え?」

 

 素直に答えたらなぜか驚かれた。

 

「えっと、実践の部分だけですか?」

「はい、実践の部分だけです」

 

 僕の言葉に唖然とした表情になる山田先生。どうも脳内の処理が追いついていないみたいだ。呆れているというよりも驚いているんだろうけど、実践の部分だけしか分からないことに驚いているのか、ぞれとも知識だけでも分かっていることに驚いているんだろうか?出来ることなら後者の方が良いのだが。

 

「四宮」

 

 固まってしまった山田先生を眺めていたら、それまで彫像のように授業を静観していた織斑先生が突然話し掛けてきた。

 

「なんでしょうか」

「必読と書かれた参考書は読んだか」

「一通り目を通す前に燃やされました」

 

 

 スパーンッ!

 

 

 正直に答えたら出席簿で頭を叩かれた。い、痛い……。

 

「真面目に答えろ、馬鹿者」

 

 いえ、真面目に答えたんですが。

 

「再発行してやる。1週間以内に暗記しろ。今は隣の生徒に聞け。

 山田先生、続きを」

 

 痛みに悶えている僕を無視して、織斑先生はまた彫像の様に授業を静観しだした。

 酷い……。

 というかあのバカみたいな量(電話帳一冊と比べても遜色ない厚さ)を1週間で覚えろと?半分は頭に入っているけど、それでも無理があると思うんですけど。でもやらなきゃまた叩かれるんだよな。僕に叩かれて喜ぶような特殊な趣味は無いからな。

 

「勘弁して欲しいよ」

「叩かれたいようだな、四宮」

「滅相もございません!」

 

 小声で行ったはずなのになぜ聞き取れる織斑千冬!

 その後は特に問題もなく(隣の席の生徒には何度も質問をしたが)授業が進んだ。

 ちなみに、隣の席の少女は更識という名前だということが分かった。ついでに友だちにもなれた。

 織斑先生への恐怖とこれからの憂鬱、新しい友達その1を手にして一時限目は終了した。

 先行きが不安でならないが、友人ができたことだけは幸いだったと思っておこう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 休み時間。

 それは本来ならば、次の授業の準備をしたり、少ない時間で各々の用事を済ませる時間であるはずなんだ。そう、そのはずなんだ。

 なら、

 

「あれが噂の男の子か。ちょっと良いかも」

「あなた話しかけなさいよ」

「えぇ~、でも男でしょ? 怖いわよ」

「創作意欲が沸くわ! これで今年の夏は貰った!」

 

 なんで教室の外に女子生徒(クラス、学年問わず)が溢れ返っているんだ? 皆どれだけ暇なんだ? そして最後の人、僕を題材に何を書こうとしているんだ!? 何故か悪寒が走ったよ!?

 

「大変ね、四宮くん」

(ああまったくだよ更識さん、君の言うとおりだよ)

 

 声からして(おそらく)苦笑しているだろう更識さんの言葉に心の中で同意する。苦笑するぐらいならこの状況をどうにかして欲しいです。

 

「ねえ四宮」

 

 教室外の女子生徒に戦慄しながら窓の外(ちなみに僕の席は窓側の席の一番後ろ)を見ていると、誰かが話し掛けてきた。

 声の主に顔を向けると、三人の女子生徒が立っていた。

 

「誰だ、お前ら?」

「あははー、まあ分からなくても仕方ないか。あれだけテンパっていたんだし」

 

 対して、三人のリーダー格と思わしき生徒(ショートの黒髪、日焼けした肌、制服越しからでも分かるほど無駄な脂肪が付いていない体躯)は特に気にする様子もなく笑い飛ばした。

 

「あたしの名前は近藤歌穂(こんどうかほ)。好きなことはスポーツ。特技は運動全般ならなんでもできること。四宮と同じ一年一組所属だよ。よろしく。

 で、こっちが私の友人の」

「新木友美(あらきともみ)といいます。趣味はお菓子作りです。歌穂ちゃんと同じく一年一組所属です。よろしくお願いします、四宮くん」

「松本幸貴(まつもとさき)。趣味はネットサーフィンと読書。右に同じく一年一組所属。よろしく」

 

 よく通る声で自己紹介してくる近藤さんに続いて二人の女子生徒(三つ編みにした茶髪とのほほんとした顔つきに眼鏡を掛けて笑顔を浮かべた少女、色素の薄い黒髪をセミロングにした無表情の少女)が自己紹介してきた。

 えっと、

 

「何の用だ?」

「私たちと友人になって欲しくてね!」

 

 僕の問いに対して近藤さんは非常にストレートかつ元気な回答をくれた。うん、ストレートすぎて周りの人たち(新木さんと松本さん除く)が固まっているな。当然僕も固まっているけど。

 

「ん?どしたの?」

 

 疑問の声を出す近藤さんに、眼鏡の少女──新木さんが苦笑を交えて答える。

 

「落ち着いて歌穂ちゃん。四宮くんが驚いちゃってるよ?」

「補足するならばこの場にいる人間全てが驚いている」

 

 無表情の少女──松本さんに言われ、近藤さんは周りを見回し、ケラケラと笑い出した。

 

「あははー、まあ気にしない気にしない。

 それで四宮、友人になってくれるの、くれないの!?」

 

 周りなどどこ吹く風でそう言って、座っている僕の目の前まで顔を近づけてくる近藤さん。なんというか、元気の塊みたいな子だな。

 それは置いといて、友達になるかどうか、ね。

 

「……良いよ」

「お?」

 

 苦笑しながら僕が言った言葉に目を輝かせる近藤さん。

 正直言うと、彼女たちがどこかの国の回し者じゃないかと少しだけ疑いはした。が、この余りにも子供っぽい反応や佇まいなどから、その線はまずないと考えた。二ヶ月間、プロに護衛された経験がこんなところで役に立つとは思わなかったな。

 僕としても友人と呼べる人間は一人でも多くいてほしいと思う。

 なので、

 

「友だちになろう」

「やったーー!! 友達ゲット!!」

 

 彼女の期待通りの言葉を告げると、即座に彼女は喜びの声を上げ、はしゃぎ出した。そのあまりにも年齢不相応な行動に、後ろの二人と顔を見合わせて苦笑する。

 廊下から「先越された!?」「まだよ、まだチャンスはあるわ!」とか聞こえるけど無視無視。

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

「あ、鐘鳴っちゃった。それじゃね四宮」

 

 授業開始の鐘が鳴ると近藤さんはすごい速さで自分の席に戻っていった。新木さんと松本さんは軽く会釈してきたので軽く手を振っておいた。

 

「良かったじゃない、四宮くん」

「ああ、そうだな」

 

 隣で傍観していた更識の言葉に頷く。

 少しだけど気が楽になったし、一気に友人が四人もできたのは嬉しい限りだ。

 

「授業を始めるぞ」

 

 さてと、頑張るか!

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 放課後。

 IS学園の施設を一通り見て回り、その中で部活に勧誘されたり、アリーナでISの訓練中だった上級生の訓練風景を見たりと濃い一日が終わり、手渡された鍵で寮(当たり前だが男は僕だけ)の自室に入る。

 部屋は、窓から差し込む夕日に照らされ、

 後ろ手に扉を閉め、明かりも点けずにベッドの上に倒れ込む。

 

 制服着たままだな、着替えないと。もう日が落ち始めているな、明かり点けないと。夕食、食べに行かないと。荷物、片付けないと。

 

 頭の中にやらなければならない事、体の求めている欲求が浮かんでは消え、また浮かぶ。

 休み時間の度に訪れる視線地獄、同じ苦しみを分かち合える同性の友人が居ない空間。慣れない環境が齎した精神的疲労は思いの外大きく、当たり前の行動を取る気力すら湧かない。

 

「…………」

 

 今はただ休息が欲しい。

 その欲求に身を任せ目を閉じると、すぐに意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 目を開ける。

 差し込む夕日が無くなり完全に闇に閉ざされた部屋の中、体を起こし、手探りですぐ傍に放ってあるはずの学生カバンを探す。

 

「あった」

 

 カバンからからケータイを取り出し、時間を確認する。

 

「ハハッ……」

 

 電子的な数字が示したのは8時過ぎ。単純計算で二時間以上寝ていたことになる。そんなに疲れていたのかと乾いた笑いが溢れる。同時に、身体が空腹を訴えてきた。

 

(もう食堂は閉まっているだろうな。今日はもう諦めよう)

 

 そう自分に言い聞かせ、そこまで来てふと気づいた。

 

「明かり、点けないとな」

 

 部屋が暗いままであることに今更気付いて、入口近くのスイッチを押す。

 

「……眩しい」

 

 視界が一時的に白一色になる。同時に、寝起きの頭に降り注ぐ人工的な光に軽い頭痛を感じる。

 数秒後、目を開き、回復した視界に映ったのは一人で使うには広すぎる部屋と、着替えと技術書が入ったダンボール二つだった。

 

「あー、そうだ、荷物……」

 

 ボーッとしている頭、動くのを拒否しようとする身体を無理やり動かす。

 僅か二つしかないダンボールを開封して中に有る物を取り出してはクローゼットか棚に仕舞う。

 

「これで最後だな」

 

 緩慢にしか動かない自分の身体に鞭打ち、荷物を片付け終わる。時間を確認すると10時前。

 

「時間、ほとんど無いな」

 

 12時には眠らないと明日の学業に支障をきたす。そうなると使える時間は後二時間程度。普段なら技術書を読むんだけど、ISの勉強でもしようかな。

 

 

 ブゥゥーン、ブゥゥーン

 

 

「電話? 誰からだろう」

 

 とりあえずはシャワーを浴びようと下着を取り出していたら、ケータイが鳴りだした。

 画面に表示されている番号は知らない番号。だからこそ、相手が誰か、すぐに分かってしまった。

 

「はい、四宮です。博士? それとも」

 

 相手が誰かは分かっているが一応相手が誰か確認する。

 

『私です』

 

 電話を通して聞こえてきたのは予想通りしていた通り、喜怒哀楽が欠如した少女の声だった。

 

「用件は?」

『■■様から伝言です。

 明後日、例のモノがそちらに届く。身体に異常が発生した場合すぐに連絡するように、と』

 

 余計な社交辞令を抜きに用件を聞くと、電話相手の少女は酷く平坦な声で答えた。

 例のモノっていうと、僕がここにいる原因を作ったアレか。喜ばしいことではあるが、同時に、面倒なことになるなとどこか人ごとのように考える。

 

「うん、分かった。それで他には?」

『いえ、■■様の伝言は以上です』

「それじゃ君の要件は?」

 

 この子が態々そんなことの為だけに電話する訳がない。この少女の用件は別にある、そう思い聞いてみた。

 

『また料理を教えてください』

 

 案の定、別の用事があった。

 

「この前教えた料理は覚えたの?」

『はい。■■様には少しでも美味しいものを食べて欲しいので』

 

 あの人間失敗博士にはもったいないぐらい健気だな、この子。

 

「それじゃあ何か希望は有る?」

『野菜料理でお願いします』

 

 ……珍しい事もあるんだな。

 普段なら”特にありません”と答える筈なのに今回は要望を出してきた。

 なんでかなと考え、はたと気づく。

 

「博士、また、野菜食べてないんだね」

『はい、■■様はなかなか野菜を食べてくれません』

 

 思いついた予想を口に出すと、どうもその通りだったみたいだ。

 博士、元から偏食の気があったけど、ちゃんとした料理を食べられるようになったせいで偏食が激しくなったみたいだな。

 

「じゃあ次のレシピは野菜料理で決まりだな。野菜も摂ってもらわないとあの人倒れるかもしれないしな」

『お願いします。もし■■様に何かあったら私は……』

 

 倒れるかも、などと冗談のつもりで言ったら、少女は声に感情らしいいものを含ませてそう返してきた。

 冗談を言ってもこの子には通じないのを忘れていた。

 

「どうでもいいけど、博士を様付けで呼ぶの、やめてあげないの?」

『はい。■■様は■■様ですから』

 

 マズイと思い話を横に逸らしてみると、一転、少女は悲哀を含ませた声から起伏を感じさせない声になった。電話の向こうの無表情を想像して苦笑する。

 ホント、博士のこととそれ以外のこととで切り替え早いな。博士思いなのは良いことだけど、それ以外には全く興味なし。ある種の依存だよなあ、コレ。

 少しだけこの子のことが心配になるよ。

 

『どうしました?』

「ううん、なんでもない」

 

 突然笑ったことに相手は疑問の声を上げるが適当に誤魔化す。

 

「それじゃあ次の時までにレシピ考えておくから、今日はこれで」

『はい、それではまた』

 

 別れの言葉と共に相手の電話との通信が切れる。

 ツー、ツーと通話が切れたことを示す電子音を聞きながらちょっと笑う。

 他の人のように自分を誤魔化す必要のない会話は気が楽だ。”俺”という一人称を使い、自分を強く持とうとする必要もないし、気の弱い自分を隠す必要もない。こんなこと気にするあたり、本当に弱いな、僕。

 

「ハハハッ!」

 

 そこまで考えてから笑う。

 自分が弱いのは昔から分かっていたことだと嗤う。

 

「今更だよな……」

 

 弱くなかったら自分を使い分けたりもしないし、昔の事を怖がったりもしない。

 もし強かったなら、IS学園に居ることもない。こんな風に、精神的責め苦を受けることもなかったんだろうな。

 

「……馬鹿らしい。やめよ」

 

 IFも、たらればも、この世にはないんだ。考えるだけ時間の無駄だ。

 願望を考え始めていた思考を打ち切る。

 

「早くシャワー浴びて勉強しよ」

 

 残り少ない活動時間でどこまで勉強出来るかなと考えながら、僕はシャワールームに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 4月7日 火曜日

 

 中学生になってから止めていたことだが、今日からまた日記を付けようと思う。

 理由としては、その日何をしたのか、翌日の自分が覚えている確証がないためだからだ。こう書くと、僕が記憶障害者か何かと捉えられてしまうかもしれないのでそれについては否定しよう。

 IS学園という未知の環境が与える影響はどの程度の物か分からない。次の日の自分が前日のことを正確に記憶しようとしない可能性があるため、確実とは言い切れないがこのような形でその日の記憶を残そうと思ったのだ。

 人間は自分の記憶しておきたいことはしっかりと記憶するくせに、嫌な記憶はすぐに忘れてしまうものだ。全ての人間がそうとは限らないが、少なくとも僕はそのタイプの人間だ。故に、こうして残しておかないと前日の事を忘れようとしてしまうかもしれない。あくまで可能性であるためなんとも言えないのだが。

 さて、こうも長々とよく分からないことを書くのはここまでにしておこう。所々同じことを書いてる気がしてならないし、何よりも不毛な気がする。

 

 

 今日は針のむしろというものを生まれて初めて味わった。男に飢えた(?)女子からの視線の凄まじいこと凄まじいこと。一歩ミスすれば、食べられてしまうかと思った。僕はライオンの群れに放り込まれた草食動物か!

 1時限目は博士の所為で燃やされた参考書の存在の大きさを実感してしまった。半分しか知識がないと、これから先の勉強について行けなくなるだろうな。明日には再発行されるらしいので急いで内容を覚えるしかない。少し欝だ。

 が、そのおかげで更識さんという友達が一人できたのは僥倖だな、きっと。

 休み時間には、近藤歌穂さん、新木友美さん、松本幸貴さんの三人と友だちになれた。

 近藤さんはゴーイングマイウェイな人、新木さんは近藤さんのストッパー、松本さんは三人の参謀(?)役だ。

 近藤さんの反応を見る限り、邪な考えからではなく、純粋に友だちになって欲しいみたいだった。人柄も悪くないし、彼女たちとは仲良くしていきたいなと思う。

 今日一日を振り返ってみると、何時如何なる時、如何なる場所でも女子からの視線が酷かったが、中でも昼休みは、とにかく酷いの一言に尽きる状態だった。

 昼食中、食堂中から浴びせられる視線のキツいこと。あまりのキツさに同席していた近藤さんたちは殆ど喋らなかった。僕も食堂から逃げるように退散した後、思いっきり疲れが出た。

 女子しかいない空間があそこまで精神にダメージを与えるものとは思わなかったよ。

 おかげで午後の授業の記憶がほとんどない。ノートが撮ってあるのを見る限り、ちゃんと授業は受けれていたようだが、こんな調子で大丈夫なのだろうか?

 

 

 明後日には、博士から”アレ”が届くようだ。

 ……あの人、変にピーキーな作りにしてないよな? 今から心配になってきたよ。

 そもそもあの人が作るものはどれもこれも極端過ぎる。

 絶対に目が覚める目覚まし時計(時間になると爆音が鳴り響き続ける)とか、回避訓練用の砲台(360°全方位攻撃可能自立起動兵器。ISと同じシールド装備)とか、挙げて言ったらキリがないんだよな。

 博士に対する不安を書き連ねたらノート1ページでは到底足らないだろうからここまでにしておこう。

 

 今日のまとめ. 女は何時如何なる場所でも恐い存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 ん? 待てよ。そういえば、

 

「どうやってラボから日本に電話したんだ?あそこには電話線も中継地点も無かったと思うけど」

 

 書き終えた日記を片付けながら、今更な疑問が鎌首をもたげた。

 




いかがでしたか?
よろしければ、これからも彼の物語にお付き合いください。
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