IS one years ago   作:工藤

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理路整然と纏められたプロットがあるわけではないので書いてて、これ大丈夫なのか? と迷いそうになる今日この頃。


感想・評価・批評・誤字脱字の報告がありましたら、よろしくお願いします。
それでは第十話、どうぞ。


四宮家での……

 十二時を過ぎ、他の場所に行こうとする人が行き交う駅の改札口。

 人がごった返すその場所で目的の人物たちを発見して、拓人は手を振った。

 

「やっほー、久しぶり、タク!」

「よ、久しぶりだな、歌穂」

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは夏休みに入る前に遡る。

 

 

 

 

 

 

「星見?」

「うん」

 

 七月の半ば、あと一週間で夏期休暇が始まるというその日。

 いつものように、四人+一人で昼食を食べている時に、幸貴は拓人を星を見に行かないかと誘った。

 

「いつ頃行くんだ?」

「八月七日。歌穂と友美と楯無はもう参加することが決まっている」

「ふーん。場所は?」

 

 幸貴が告げた場所は、まさに田舎という言葉がピッタリな地域で、都市部のように人工的な光に邪魔されない絶好の星見スポットであった。

 

「星、か……」

「……拓人くん?」

 

 一瞬、陰りのある笑みを浮かべたかと思ったら拓人はすぐにいつもの顔に戻り、一昨日、陽子に伝えられていた予定と照らし合わせてから星見を了承した。

 楯無だけは拓人が浮かべた表情を見逃さなかったが、他の三人は何も見ていないらしく、そのまま詳しいことを話し始めた。

 

「しかし、当日にその距離を移動か。IS学園からじゃ相当時間が掛かるんじゃないのか?」

「電車とバスを乗り継いで、片道六時間ぐらいは」

「うへぇ、大丈夫か?」

 

 都心の近くにあるIS学園から目的地に着くまでの時間を聞いて拓人は顔を顰めた。

 拓人の家は都市部から離れており、目的地に着くまでおよそ三時間といったところだろう。それぐらいなら何の問題もなく耐えられる。しかし、目の前の少女たちは片道六時間の距離を一気に移動する気のようだ。

 男である拓人が遠慮したいと思うようなことに、十代の少女たちが耐え切れるのだろうか。

 

「……多分」

 

 僅かに視線をそらして幸貴は白米を口に含んだ。

 他の三人も引き攣った苦笑いだったり、頬を掻きながらあらぬ方向を向いたりと少々大丈夫ではないようだ。

 拓人はどうしたものかと暫らく考えてから、

 

「あ。そうすればいいか」

「なにか思いついたの、拓人くん」

「ちょっと手間になるけど、行きは一日目に三時間移動して、二日目に三時間移動すればいいんじゃないのか?」

「確かにみんな時間は有るから悪い手ではないけど、泊まれるような所がないわよ?」

「なら家に来ればいい」

「…………え?」

 

 ポリポリと沢庵をひと切れ齧ってから、拓人はなんでもないことのように目の前の友人たちに改めて言った。

 

「だから、一日目は俺の家に泊まればいい」

「「「「……えぇぇぇぇぇぇ~~~~!!??」」」」

 

 一学期最大の爆弾発言を。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 そもそもがである。

 僕の家はそれなりに大きいのだけれど、普段家主たちは仕事漬けの毎日を送っているせいで使われている部屋が圧倒的に少なかったりする。内、何部屋かは僕が勝手に荷物置きにしているほどだ。

 だから他人の三人や四人泊まったところで別段問題はない。

 人一倍(どころか百倍くらい)色欲が薄い僕にとっては一つ屋根の下に異性が居るという状況はなんでもないことだ。

 寧ろIS学園の寮生活の方がキツイぐらいである。放課後なんて、みんな平然と下着同然の格好(というか下着姿)で立ち歩いたりするからな。

 

「だからと言ってそんな提案をするのは非常識だと思うのだが」

(非常識筆頭が何を言うか)

 

 口には出さず、心の中だけで隣を歩く石動にツッコミを入れた。

 

 駅で楯無たちと合流したあと、バスに乗って大体三十分。

 僕の家に向かう道すがら、僕を探していたらしい石動と出くわし、なんで楯無たちが居るのか聞かれたので今に至るまで経緯をざっと説明したところ、先のように言われたのだ。

 中学時代に一番騒動を起こしていた奴が言うなとツッコんでも悪くはないはずだ。

 

「今回は完全に拓人くんの方が変よ」

「うんうん」

 

 楯無と歌穂は石動の意見に同意している。隣を見てみると友美と幸貴も頷いている。

 なんで?

 

「んで、お前は俺に何の用があるんだ?」

「ん? ああ、少し特訓に──」

「全員走れ!!」

 

 石動が言い切る前に楯無たちにそう叫び、傍に居た友美の手を掴んで走り出した。

 楯無も歌穂も幸貴も運動能力は結構良い方だ。すぐに追いついてくるだろう。

 しかし、友美はドンくさい。

 IS学園に入れるくらいだからそれなりには運動ができるはずなのだが、彼女の足は遅くはないが、決して速くもない。

 IS操縦の腕も僕らの学年では下から数えたほうがいいと言われるほどだ。

 

「わ、え、ちょっ、た、拓人君!?」

「いいから走れ! 石動に捕まったらどうなるか分かったもんじゃない!」

 

 キャリーバッグを引いたまま走るのは辛いだろうが今だけは我慢してもらわないといけない。

 友美の悲鳴なのか分からない声を無視し走り続けた。

 

 

 

 

 走ること十分。

 途中で楯無たちと合流し、そのまま家に到着した。

 そして当然といえば当然だろうけど、

 

「なんでいきなり走り出したの?」

 

 事情説明を要求(強要)された。

 目の前には腕を組んで目が笑っていない笑顔を浮かべる楯無。その少し後ろで友美が何かに悶え(首筋が真っ赤だ)、歌穂と幸貴が何かを言っているがこっちには何一つとして聞こえない。

 

「……しないとダメか?」

「当然」

 

 楯無が目線だけで早くしろと言ってくる。

 流石にこれは話さないとダメだろう。

 逃げようとしても逃げられないだろうし、確実に酷い目に遭うのが目に見えている。

 具体的に言うと一番精神的、肉体的に堪える訓練メニューとかが(武器使用可の鬼ごっことか)。

 …………思い出したくもない。

 

「あーなんと言いますか、先程の友人、石動にはちょっと変な趣味があるんですよ」

「どんな?」

「甲冑泳法を練習したり、三段突きを実践してみようとしたり、縮地法という技能を習得しようとしたり……」

「つまり?」

「謎の訓練を行うんです、はい」

 

 あのバカ──石動は武術関係の事を覚えるのに関しては一切の手を抜かない。周りを巻き込んでも、だ。

 一例として、楯無にも言った甲冑泳法を上げてみよう。

 学校が終わり、放課後に何もない場合、大抵僕を引っ張って自分の家のプールで本物の甲冑を着込んで泳ぎの練習を始める。僕の役目は石動に何かあった場合の治療役である。

 最初はそんなんだったのが、いつの間にか一緒に甲冑泳法の練習をさせられるのだ。

 

 石動の家は昔から続く武術一家であり、その為か、強くなろうとする人間には徹底的に手を貸す。

 特に強さへの貪欲さが半端なく高い石動には家族一同両手を挙げて協力している。

 石動の家族には(一応)常識はあるので、事あるごとに石動の訓練に付き合っている(三段突きの的になったり、指弾の的になったり、etc)僕らに対しての待遇はかなり良いものとなっている。

 そんな訳で邪険に扱うこともできず、二月頃まで何度も石動の訓練に付き合ってきた。

 無論、そんなものが一日、二日で終わることもなく、酷い時は三ヶ月付き合わされたことがあった。

 

 今は楯無たちが来ているのだ。

 そんなことに無駄に時間を使うのは避けたい。

 

「とまあそんな理由だ。ご理解いただけたか?」

「……苦労してるのね」

 

 楯無とその後ろで聞いていた歌穂たちからの同情の視線が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ拓人くん」

「なんだ楯無」

「石動って人はこの家の住所は知ってるの?」

「ああ、何回か(勝手に)来てるからな。それがどうした」

「逃げても家まで追ってくるんじゃない?」

「あ」

 

 

 ピンポーン

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 なんやかんやあって石動の謎訓練は回避できた。

 そしてなんやかんやあって大和屋と槇島まで僕の家に来た。

 さらに、なんやかんやあって……。

 

「どうしてこうなったんだろう……」

「元気出してください、拓人君」

 

 何故か僕、楯無、歌穂、友美、幸貴、大和屋、石動、槇島、それと今日は帰って来れるらしい家主二人の計十人分の夕食を作ることとなった。

 別にそれ自体はどうでもいいことなのだが(作る量が増えたところで別段問題はない)、何故か石動と槇島も僕の家に泊まりたいと言い出したのだ。

 一応家主に確認の電話を入れてみたところ、なんとOKが出ちゃいました。

 ……何故だろうか。

 凄く嫌な予感がするんですけど。

 

「あはは、四宮のやつそんなこと言ったのかよ!」

「そうそう。タクったら女の子相手にも容赦ないんだよ」

「しのむんらしいなぁ」

 

 短い時間で随分と打ち解け合ったらしい友人たちの声が台所にまで響いてくる。

 言い忘れていたが、台所では僕と友美、それに楯無が料理を作っている。まあ鍋の具を切ったりしているだけなんだけど。今日は大和屋が提供してくれた良い鶏肉があるので、それを使って水炊き(もどき)を作る。

 

「拓人くんの友達、随分とパワフルね。なんだか驚いちゃった」

「アレがパワフルっていう言葉だけで済めばいいけどな……」

 

 中学時代の僕の失敗談を持ち出して笑っている居間の四人+場の雰囲気に呑まれながらも興味津々に話を聞いている幸貴に視線を向け、ため息を吐き出した。

 お願いだから、あまり僕をダシにしないでほしい。知られたくないようなことだってあるんだし。

 

「でも、良い人たちですよね」

「……まあな」

 

 それについては否定しない。

 なんだかんだ言って僕の唯一の友人だったんだし。

 

「じゃあ次はとっておきの、四宮が女装した時の話だ!」

「こういう部分が無ければな!」

 

 人の黒歴史(強制的)を話そうとする馬鹿を止めにお玉片手に居間に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「あ、おかえりなさい!」

 

 スープも具も準備が整い、いよいよこれからという段になって家主たちが帰ってきた。

 

「どうも」

「お邪魔させていただいてます」

「どうもー!」

「お邪魔しとりまーす!」

「いつもご贔屓にありがとうございます!」

「どうも」

「お邪魔しています」

 

 居間に二人が現れ、みんなが十人十色な挨拶をする。

 幸貴と石動は(表情も言葉も)硬い挨拶。友美は馬鹿丁寧な挨拶。槇島は妙にハイテンションな挨拶。大和屋は挨拶というよりも実家のお礼。楯無は固くもなくゆるくもない挨拶。

 かなり個性的だ。

 

「うん、いらっしゃい。知らない人もいるだろうから自己紹介しておくけど、僕の名前は四宮健介。こんな家だけどゆっくりしていってね」

 

 眼鏡を直してほほんと挨拶を返す(天然な)家主その一、|四宮健介さん。

 

「そっちの娘たちは初めまして、かな。妻の四宮陽子です」

 

 見た目はやり手の女性で、旦那とは違いしっかりと挨拶を返す(天然な)家主その二、四宮陽子さん。

 

「すぐに火入れますので健介さんも陽子さんも早く荷物置いてきてくださいよ」

「うん、分かったよ」

 

 

 

 荷物を置いてきた健介さんと陽子さんも席に着き、鍋も煮え、すぐに食べられる状態になった。

 歌穂が早く食べたいと目で訴えてくる。

 

「よし、じゃ、いただきます!」

『いただきます!』

 

 みんな箸を片手に二つ用意した鍋の具を取っていく。

 大きめのテーブルに十人が座るため、鍋は右側と左側に寄せて置いてある。

 そのため、自然と一つの鍋を五人で食べることとなった。

 僕が座る方は楯無、幸貴、健介さん、友美、それと僕とあまり飯にがっつかない人間ばかりなので平和に食が進む。

 が、もう片方の鍋を食べる歌穂たち残りの五人はというと──

 

「お肉頂きー!」

「ぬお!? 負けねえぞ!」

「この豆腐は煮えたな。……食べるか?」

「貰う貰う。あーん」

「ふ、二人共落ち着いて! もっとゆっくり食べよ!? 石動くんたちも二人を止めて!? あうぅ~……」

 

 有り体に言って大惨事というべき事態になっている。

 煮えた肉を片っ端から取ろうとする歌穂(野菜も食え)。

 箸を両手に構え、負けじと肉を取ろうとする大和屋(バカ)(その箸どこから持ってきた)。

 その隣では、我関せずと食べさせ合いなど行って、幻視できてしまうほど密度の濃い桃色空間を発生させている石動と槇島(バカップル)(今ぐらい自重しろ)。

 両陣営に挟まれた位置に座りアタフタとしている陽子さん(頑張ってください)。

 

 予想通りの食材の奪い合いが展開されているというのを驚くべきか、こんな時でもイチャつくようなバカップルに呆れるべきか、それとも自分よりも若い子共たちを抑えられない陽子さんの気の弱さに頭を抱えるべきか。僕もうツッコミを入れるのに疲れたよ。

 

 そんな訳で、取り敢えず僕らはアッチにはノータッチの方針を貫いている。

 陽子さんの悲鳴とか聞こえない。なんにも聞こえない。

 うん、平和だ。

 

「どうした友美。あんまり食が進んでいないけど、もしかして口に合わなかったか?」

「いえ、美味しいんです。美味しいから落ち込んでるんです……」

「そうね。なんで私たちよりも料理上手なのかしら……」

「素直にショック……」

 

 と思ったらこっちはこっちで落ち込んでいる人発生。

 いつも思うんだが、そんなに僕の料理は美味しいのだろうか? 何度か食べたけど、みんなの料理の方が美味しいと思うんだよね。

 友美に誘われるまま訪れた料理部で鯖の味噌煮を作って、その場に居た料理部の人たちの大半が落ち込んだりしたけど、そのあとに食べさせてもらった鯖の味噌煮の方が美味しかったし。

 男=料理ができないっていう先入観があるから、男が料理を得意とするのは意外なのかな、多分。

 言ったらみんなに睨まれるだろうから言わないけど。

 

「いいね、こういう食事も」

 

 ニコニコと平和ボケした笑顔を浮かべながら健介さんが突然そんなことを言った。

 

「どこが良いんですか? ただ騒がしいだけな気がするんですけど」

「いやいや」

 

 健介さんは僕の言葉に首を横に振り、未だにもう一つの鍋の方で四人に振り回されている陽子さんに目を向けながら相変わらずニコニコと笑う。

 

「あんなに楽しそうに食事をしている陽子さんを見るのは本当に久しぶりなんだ」

 

 楽しそうというよりも思いっきり困っている気がするけど。

 あ、泣き出した。

 

「職業がら、他人と一緒にワイワイ食事を取るなんてことも少ないし、何より若者の元気さを実感することもないからね」

 

 まあ、研究所に勤める人間の性ってやつですね、それは。

 

「今日だって、僕らだけじゃこんなに楽しい食事には絶対にならなかったと思うんだ。だからみなさん、ありがとうございます。拓人くんも、ありがとう」

 

 そう言って僕らに頭を下げる健介さん。

 向こうの四人と陽子さんは聞いていない(聞く余裕がない)から何の反応も返さないが、落ち込み状態から立ち直った楯無たちは、ちょっと照れているのか、顔を見合わせてから、こちらこそ、と頭を下げ返した。

 

 誰かとの食事、ワイワイと楽しい食事、か。

 そういえば、昔は、ほとんど僕一人で食事を作り、僕一人で食べていたな。

 IS学園に入ってからはずっと誰かと一緒に食事を摂っていたから、すっかり忘れていたよ。

 ……ダメだな。何かにつけて落ち込みそうになる。

 

「何言ってるんですか健介さん。今はそういう話は置いといて食べましょうよ」

「うん、そうだね。みなさんも食べて食べて」

「「「はい」」」

 

 僕らは、賑やかな陽子さん側と、和やかな健介さん側に別れ、鍋を食べ進めた。

 いつも以上に美味しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月6日 木曜日

 

 よくよく思い出してみると、僕は自分から他人を家に招いたことがないということに気づいた。

 大和屋たちが四宮の家の所在地を知っているのは、過去にアイツ等が僕をスニーキング(?)したからというだけで、僕が教えたわけではない。

 そう考えると、彼女たちを家に招いたということが健介さんたちには驚きだったのかもしれない。あまつさえ、泊まらせて欲しいとお願いしたことも。

 あんなに快く許可を出してくれたことを不気味に思ってしまったが、僕が何かを頼んだということに舞い上がっていたのかも、なんて思ってしまう。

 あの事件の後、僕は、僕を引き取ってくれた健介さんたちに何かを望むということを殆どしなかった。倉持技研の事をお願いした程度だ。

 老成していた、と言うには幼い部分もあったが、僕は子供らしからぬ子供であり、それ故、引き取ってくれた健介さんたち、もう一つの「四宮」に甘えるということが出来なかった。

 健介さんも陽子さんも、そのことに気を揉んでいたのかもしれない。

 まあ、全部推測でしかないけど。

 

 もう少し書きたいこともあるけど、楯無たちに見つかったら面倒なことになるし、今日はここまで。

 

 

 今日のまとめ.昔の自分が寂しい子だと再認識した

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「改めまして、ようこそ、四宮の家へ。家主の四宮健介です」

「妻の四宮陽子です」

 

 夕食を食べ終わり、風呂の準備と六人分の布団の準備に拓人を駆り出した健介と陽子は、今日初めて会った、拓人のIS学園での友人たちに畏まって挨拶をした。

 

「IS学園で四宮くんの友人をさせていただいてます、更識楯無と言います」

「近藤歌穂です。タク、じゃなかった、四宮君とはIS学園での友人です」

「松本幸貴です。四宮くんとは友人です」

「同じく四宮くんの友達をしています、新木友美です」

「ははは、畏まらなくていいですよ。いつもどおりに呼んであげてください」

 

 対面に座る楯無たちも畏まって相対するが、何から何までなれているらしい楯無とは違い、他の三人の挨拶は畏まっているというよりも、硬い挨拶になった。

 そんな彼女たちに対して健介は普通でいいと笑いかけた。

 

「それで、お話とは?」

 

 夕食を食べ終わった際、健介と陽子は楯無たちに話があると言って居間に残ってもらった。

 拓人一人を布団などの準備に行かせたのは、その話を拓人に聞かれないようにという考えからでもある。拓人自身もそれを察知していた節があり「三十分程で準備が終わります」と自分が戻ってくる時間について言及していた。

 

「拓人くんの事です」

「お礼を言おうと思いまして」

「お礼?」

「はい。拓人くんの友人になって下さりありがとうございました」

 

 そう言って健介と陽子は頭を下げた。

 しかし、頭を下げられた楯無たちは困惑をあらわにした。

 

「そんな。お礼を言われることじゃないですよ」

「そうそう」

「私たちが友達になって欲しかっただけですし」

「むしろこっちの方がお礼を言いたいぐらいですよ」

「たとえそうだとしても、お礼を言わせてください」

「私たちでは成し遂げられなかったことを成し遂げたんですから」

「……どういうことですか?」

 

 成し遂げられなかったこと。

 陽子の言ったその言葉が耳につき、楯無はその意味を問うた。

 

「話す前に一つだけ約束して欲しいことがあります」

「なんですか?」

「これからお話することは彼の、四宮拓人の根幹に関わることです。トラウマと言い換えてもいいかもしれません。ですから、拓人くんの前でこの話を決して出さないで欲しいのです」

「一分待ちます。無理だと言うならばこの部屋から退室してください」

 

 一分が経過した。

 誰一人として部屋を去らなかった。

 健介はそのことを確認すると満足げに一つ頷き、それまでの柔和な笑みを消し口を開いた。

 

「まず最初に言うことがあります。私と妻は、拓人くんの実の親ではありません」

「え? それじゃあ貴方たちは一体」

「私と妻は、彼の叔父と叔母にあたります」

「拓人くんの父親、四宮和幸は私の兄なんです」

 

 陽子の説明に楯無たちは納得がいった。

 この場に居る全員、拓人が健介と陽子に接するときの態度が親子にしては妙に硬いと思っていたのだ。

 親戚である、と言うならば、あの態度も頷ける。

 しかし、同時に何故拓人は叔父夫婦の下で暮らしているのか? という疑問が鎌首をもたげる。

 そして、楯無はその理由となり得る事態に逸早く気がついてしまった。

 

「陽子さん。もしかして、和幸さんは……」

「はい。更識さんの考えている通り、兄は奥さんと共に死んでしまいました」

 

 楯無以外の人間が息を飲んだ。

 死という言葉は非常にありふれ、満ち溢れている。

 テレビや新聞、あらゆるマスメディアの中に、その事実は存在している。だが、それは事実を知っているだけであり、それが起きていることを身近に感じてきた訳ではない。

 拓人はそれを知っている。身近な者の死という形で。

 

「九年前、当時騒がれていた連続放火魔がいました。兄さんの四宮家は、偶々その放火魔に狙われ、火を放たれました。しかし、拓人くん一人だけが生き残ったんです」

「親兄弟を亡くした拓人くんを私たちは引き取ったんです。それが、拓人くんがこの家にいる理由です」

「……お話は、それだけですか?」

「いえ、ここからが私たちの話したいことです」

 

 イキナリの重たい話に、特殊な家の関係上慣れている楯無以外は皆顔色を悪くしていた。

 それでも、これから話されるという四宮拓人の根幹については何があっても聞こうと耐えていた。

 

「拓人くんには、芽生ちゃんという双子の妹がいました。生まれた時からほとんど一緒に行動し、趣味も性格も正反対だけど、本当に仲のいい兄妹でした。

 拓人くんは、その子の死ぬ瞬間を見てしまったんです」

「そんな……」

 

 悲鳴じみた槇島の呟き。その顔色は青白い。

 それは周りの六人も同じ。荒事や他者の死に対する耐性を持つ楯無すら、自分と自分の妹をその状況に置き換えた図を思い浮かべて顔を青くしていた。

 

「知らせを受けて、私も妻も仕事を放り出して彼のもとに向かいました。幸い──と言っていいのかはわかりませんが──拓人くんは軽い一酸化炭素中毒で済み、肉体への障害が残るような怪我は負っていませんでした。

 入院してから三日が経った頃、彼は目を覚ましました」

 

 そこで健介は言葉を区切り、目を伏せ、ひどく悲しげな表情になった。

 隣に座る陽子の表情も優れない。

 

「目を覚ました時、私たちは本当に喜びました。あんな事件の中、彼一人でも生き残ってくれてよかった、と。でも、それは間違いでした。

 ”四宮拓人”は生きていましたが、拓人くんは死んでいました」

 

 拓人が死んでいたとはどういう意味なのか。話を聞いていた楯無たちは気になったが、それを口に出すことはなかった。聞かずとも、その意味を知ることができるという嫌な予感が働いていたから。

 

「拓人くんが目を覚ましたとき、私たちはその場に居ました。彼はゆっくりと辺りを見回してからこう言ったんです。

 『ぼくは死ねなかったんだな』と。

 その時の彼の目は、今でも忘れられません。希望も絶望もない。あるのは無。彼は、自分を取り巻く全てに対して、何も思えなくなっていたのです」

 

 人は自分の世界を持つ生き物だ。

 何が好きで、何が嫌いか。何が大切で、何が関心のない事か。

 七歳の子供にとって、家族は世界を占めるほぼ全部といっても差支えがない。

 何より、当時の拓人は他人への興味が極端に薄く、機械いじりという年齢不相応な趣味故か、友人というものを持ってすらいなかった。

 そんな人間が、自分の大切なもの(世界)を一度に失ってしまえばどうなってしまうのか。想像に難くない。

 

「それで、彼は、拓人君はどうなったんですか?」

「退院してからの彼は、怒りもしない、泣きもしない、不満も漏らさない、それでいて笑顔の絶えない、ある一面から見れば非常にできた子供になりました。

 しかし、彼が何をしていたのか、どんなことを思い動いているのか。私も妻も、知ることはできませんでした。彼は自分を相手に伝えることをしませんでした」

 

 自分の本心を打ち明けず、ただ目の前の出来事をそういうものだと受け入れ、何も言わず、何も行わず、自分を押し殺して笑う。

 感情が育ち、人としての基礎が築かれ始める小学生の時代にそんな生き方ををする、出来るのは異常以外の何者でもない。

 そんな生き方が平気だと感じてしまうほど、昔の拓人の心は異常をきたしていた。

 

「二人だけで考えず、時には倉持技研の仲間たちに協力を仰いでありとあらゆる手を施しました。しかし、ちょっとした感情の変化こそ見られましたが、彼が心から感情を剥き出しにしたことは終ぞありませんでした。彼が友と呼べる存在を作ることもありませんでした」

 

 普通。ありきたり。無個性。どこにでもいる。

 一見してみれば、世界中に一番多い人種と同じような存在。

 しかし、それは特別な何かになろうとして、結局何にもなれなかった人間の行き着く先。子供が、本来親離れも出来ていないような小学生が意図してなるようなものではない。

 

「そんな……そんなのって…………」

 

 悲鳴に近い声を出す歌穂。

 声に出さないだけで、この場に居る誰もが歌穂と同じような感情を抱えていた。

 特に中学時代からの友人であった大和屋たちは、最初に会った時の拓斗から感じた、此処に居るのに此処に居ない、まるで亡霊を相手にしているような奇妙な感覚の正体を知り、より複雑な思いを抱えていた。 

 

「でも、中学生になってから、正確には大和屋くんたちと出会ってから拓人くんに変化が見られました」

 

 沈んでいた表情から一転、微笑みをたたえた陽子が口を開いた。

 

「最初は倉持技研を訪れる回数が減った程度の変化でしたが、次第にそれまではなかった好き嫌いの意思表示や、不平不満を口にするようになったんです」

 

 それは、本当に些細な変化だった。

 一般的な人間にとっては当たり前の行動をほとんど取らなかった拓人が、作り笑いでない笑顔を見せたり、へそを曲げたり、落ち込んだり。

 それまでの人形に近い拓人を見てきた健介たちには新鮮で、嬉しいことであった。

 

「それから友達ができたり、何処かに遊びに行ったり、嘗ての姿からは想像もできないほど拓人くんは楽しそうでした。今だって、IS学園の事を話すときは笑うことが多いです」

 

 だからありがとう。健介と陽子は再び頭を下げた。

 七歳で家族を全員失った拓人には、家族の分まで幸せになって欲しい。常々そう思っていた健介と陽子にとって、目の前の年端もいかぬ少年少女たちは恩人以外の何者でもない。

 しかし打算もなく(一部例外あり)拓人との友人付き合いをしてきた七人にしてみれば、その言葉は恥ずかしくもあり、また申し訳なくもあり、どうしようかと一同無言で顔を見合わせてしまう。

 そんな彼らの行動に四宮夫妻は苦笑した。

 

「そんなに考え込まなくてもいいですよ。今回はあくまで私たちがお礼を言いたかっただけですし」

 

 そこまで喋ってから二人はお茶に手を伸ばして一息ついた。

 

「これからも、彼のこと、よろしくお願いします」

「お願いします」

 

 あまりにも簡単で、それゆえどんな言葉よりも彼を想っていることが伺える言葉に、全員返事を返した。

 

「そんなの当然っすよ」

 

 けらけらと笑いながら大和屋が。

 

「今まで色々とお世話になってきたんやし」

 

 頬を掻いて苦笑いしながら槇島が。

 

「今更切ろうとして切れるような縁でもないです」

 

 肩を竦めながら石動が。

 

「まだまだ教わらなきゃいけないこともありますから」

 

 ちょっと涙を流しながら友美が。

 

「友達をやめろって言われてもやめる気なんてないですよ」

 

 元気に笑いながら歌穂が。

 

「拓人と一緒に居たいから」

 

 ちょっと赤くなりながら幸貴が。

 

「あんなにからかいがいのある友人、絶対に捨てませんよ」

 

 ちょっと冗談めかして楯無が。

 

 

 七人の言葉に泣きそうになりながら、健介と陽子はもう一度頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても拓人くんも本当に幸せ者ですね」

「ええ」

「「四人も恋人候補がいるなんて」」

「「「「ぶっ!」」」」

 

 話が終わり、出されたお茶を飲んでいた楯無たち──IS学園組は健介と陽子の台詞に思わずお茶を吹き出した。

 幸いほとんどが喉を通った後だったために居間は大惨事にならなかったが、少女たちはみな息を詰まらせ、平静の状態に戻るのに一分の時間を要した。

 顔を赤くした少女たちは、十五分後、準備を終えた拓人が居間に戻ってくるまで四宮夫妻の天然ながら核心を付いてくるという非常にやりづらい会話に振り回されるのであった。

 

 




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