彼が全部の事情を知っているわけではないですから当然のことなんですけどね。
感想・評価・批評・誤字脱字の報告がありましたら、よろしくお願いします。
それでは第十三話、どうぞ。
走る。走る。走る。
「四宮くんは!?」
「こっちには居なかった! そっちは!?」
「影も形もなし!!」
人種、国籍、性格、能力問わず、
ミーハー根性、とでも言えばいいのかな?
取り敢えずそんな感じのものを全開にした一年の女子生徒が、僕とペアを組もうと暴徒化するかもと危機感を抱いて逃げ出したのだが、逃げてから五分と経たず、案の定女子生徒たちに追い掛け回されることとなった。ここまで予想通り過ぎるとなんだか悲しくなってくるな。ため息以外何も出てこない。
そんな訳で、今も物陰や空き部屋を転々としながら逃げ回っているのだが、
「A班は三年、B班は二年、C班は一年教室! D~F班は部室棟を捜索! 後はバラけて! 発見したら連絡を寄越しなさい!!」
『了解!!』
何時の間にやら変態、じゃなかった、編隊が組まれているんだよね。無駄に結束力高いな。どんだけ僕を確保したいんだよ。
変態が 編隊組んで 襲い来る by四宮拓人
……シャレにならないな、うん。
と言うか全員部活動はどうした。サボったのか。
人のことは言えた義理じゃないけど、ちゃんと部活ぐらい行けよ。
「て言ってる場合じゃないかな、誰か来たみたいだ。
……よし、向こうに行った」
遠ざかって行く足音を聞き、僕は移動を開始した。
あまり疲れるようなことは勘弁して欲しいんだけどな……。
調理室。
そこでは、文化祭に出す料理を決めるために、料理クラブに所属している生徒たちが和気藹々と料理を作っていた。
まさに平穏。まさに平和。
それ以外に表現不可能な空間が、其処には出来上がっていた。
しかし、その空間は一瞬にして壊された。
「すいません!! 匿って下さい!!!」
必死の形相。
まさに今、命を掛けているかのような表情で、調理室に響くほど大きな音を立てて扉を開けた拓人によって。
ある生徒は野菜を洗いながら、ある生徒は肉を切り分けながら、またある生徒は魚を煮つけながら突然現れた彼を見て固まった。
「……あ、あの、みなさん?」
「…………一体何の用だい、四宮くん?」
「って、そうだった! すいません、ちょっとの間匿って下さい!!」
その体勢のまま、一切微動だにしない料理クラブの生徒たち。
流石に何かやらかしたかも、と思って、拓人が恐る恐る声を掛けると、部長の
拓人は問いかけられるとハッとして、現れた時と同じように匿って欲しいと言った。
料理クラブの部員一同、訳が分からないという表情を作ったが、取り敢えずは彼を匿うという意見で一致し、入口からは死角となっているテーブルの下に隠れさせた。
……その際、焼いていた肉や、煮付けていた魚が焦げかけていたのはどうでもいい事だろうか。
「四宮くん見ませんでしたか!?」
「彼なら来ていないよ。
ああ、いや、そういえばあっちに走っていったかな」
「ありがとうございます!」
彼を隠した直後、彼が現れた時よりも大きな音を立てて現れた一年生たちに若干の驚きを見せながらも、秋田谷は冷静に少女たちを間違った方向を指し示した。
お礼の言葉もそこそこに、象の大群を思わせるような轟音を立てて移動する生徒たち。
暫くして、音が聞こえなくなってから拓人はテーブルの下から姿を出した。
「はぁー、冗談抜きで死ぬかと思った……」
「色々と言いたいことがあるけど、どうしてこうなったのか、キッチリ説明はしてくれるかな?」
「一応聞いておきますけど拒否権は?」
「ない」
「ですよねー」
清々しいくらいに怖い、完璧な笑顔で断言されて、拓人は本日何度目かわからないため息をついたのだった。
──ただ今説明中──
「今に始まったことではないけれど、君も大変だな。……どうだい、その煮付けの味は?」
「いや、もう、慣れちゃいましたよ。……ちょっと醤油の味が効きすぎてますね」
「ふむ、慣れたと言うよりも、諦めが付くようになっただけではないのか? ……ならこっちの照り焼きは?」
「とんでもない! 俺は諦めるっていうのが大嫌いなんですよ。……もう一摘み砂糖を入れれば、もっと味に纏まりができると思います」
「……あの、部長、拓人君。話すのか食べるのか、どっちかにしませんか?」
拓人は事情説明と雑談をする傍ら、部員たちが作った料理を品評していく。
どれもこれも、的を得た発言ではあるものの、それ故に、目の前の少年に料理で負けたという経験を持っている乙女たちのプライドは傷つけられていった。
ある者は悔しそうに表情を歪め、ある者は両手と両膝を地面につけて項垂れ、またある者はリベンジに燃えていた。
ちなみにどうでもいいことであるが、拓人が下す品評は妙に正確で、一回も外れたことがない。
趣味のくせして、無駄に凄い無駄な技能である。
雑事は横に置いておこう。
妙に男前な女である秋田谷の提案で、休憩も兼ねて暫し調理室に留まることとなった拓人は、比較的顔見知りの多い調理室で少女たちが作った料理を味見をしながらくつろいでいた。
料理が並べられた同じテーブルを囲っているのは拓人、秋田谷、友美、副部長の
調理室に逃げてくるまでの経緯を一通り話し終えると、拓人は料理クラブの先輩たちから同情の視線を頂戴することとなった。
「まさか、このようなタイミングで争奪戦が起きるとは思ってもみなかったよ」
「だね。ボクらとしてはもうちょっと経ってから争奪戦が発生すると想定していたもんね」
「動いていたのは陸上部のみ。簡単に勝てるはずの勝負が面倒なことになった」
訂正。
同席している先輩たちは何やら物騒(拓人視点)なことを話し合い、ヤバげな視線を彼に向けていた。
ツッコむ気力も失せている拓人は視線を受け流して料理皿が片付けられたテーブルへと突っ伏した。
「俺に平穏は訪れないのか……」
「君の特異性を考える限り絶対無理」
聞き取りづらかったであろう独り言に、拓人の品評を纏めていたラングレーが律儀に
分かっていても、改めてその事実を突きつけられるのはかなり堪えるようで、拓人は微動だにしないまま、うめき声だけを上げ続けた。
「大丈夫ですか、拓人君?」
「いや、もう、色々と無理…………」
「そこまで今回の騒動を収めたいなら、早くパートナーを決めればいいのにな」
「そうそう。ウチの部活だけでも、七人は候補が居るんだから」
「あー、それはダメです」
友美を含め、料理クラブに所属する一年生は七人。
その中からトーナメント戦のペアを決めれば、確かに今回の騒動は収まるのであろう。
しかし、部長と副部長のコンビの言葉に、姿勢はそのまま、顔だけを上げて拓人はその案を却下した。
「なぜ?」
「今回のトーナメント戦では、一つだけ目標を持って戦ってみようと思っているからです」
「それってなんですか?」
「楯無に勝つこと」
「ほう」
拓人の言葉に、秋田谷はやりと笑って目を細めた。
視界の端でそれを捉えた拓人は、無性に嫌な予感がした。
「楯無?」
「IS操縦者ロシア代表の更識楯無のことだ。彼のお師匠様らしいよ」
王の疑問に拓人が答えるよりも早く、何故かニヤニヤと笑っている秋田谷が答える。
彼女の表情は、話題に挙げられている楯無が拓人を弄ろうとする直前のそれになっていた。
「いやいや、それにしても君も男の子だな。
好きな子よりも強いとアピールしたいだなんて」
「……ってちょっと待てぇい! なんでそうなるんだ!?」
如何にも楽しげな、それでいて誰が聞いてもからかう気満々な彼女の言葉に拓人は一拍子遅れてツッコンだ。咄嗟の事だったので敬語が抜けているのはご愛嬌。
「うん? 違うのかい?」
「違いますよ!! なんでそういう結論が出るんですか!?」
「そうですよ!!」
「おやおや」
拓人と一緒になって反論する友美を見て更に笑みを深くする秋田谷(+王)。
少女はしまった、という表情に変わるが時すでに遅し。
標的が一人から二人に増えてしまった。
「新木くん、必死だねえ」
「だ、だって、友達が変な誤解を受けてるんですから……」
「君にとって彼の存在は友達なんてものじゃないだろ? ん?」
「そうなのか、友美……?」
「うわぁー! 落ち込まないでください、拓人君! 私たちは友達、友達ですから!!」
「それで実際のところは好──」
「そういうことは言わないでください副部長ー!」
訂正。
標的が拓人から友美に変わってしまったようだ。
顔を真っ赤にして先輩たちの言葉を遮ったり、落ち込みそうになる拓人を励ましたりと孤軍奮闘するがどんどんと追い詰められていく。
「二人共、ストップ」
涙目になって慌てている後輩を、流石に可哀想に思ったのか、一人傍観の姿勢を貫いていたラングレーが部長・副部長のコンビを静止した。
「話が横に逸れている。尋問するのは彼の話が終わってから」
どうやら友美へのからかいを止める意思は無いようだ。あくまでも、自分の興味を満たしたいだけらしい。
「それもそうだね。ともちゃんを弄るのは彼の話をきいてからにしよ、
「だな。で、なんで更識くんに勝ちたいんだい? お姉さんたちに教えてご覧、少年」
どうでもいいことだが秋田谷のフルネームは秋田谷司である。
一年生二人はこれ以上ないほど大きなため息をついて脱力した。
他のテーブルから二人に向けられる視線がこの上なく生暖かい。
「それはですね」
「四宮くん見つけた!!」
拓人が理由を喋ろうとした瞬間、勢いよく調理室の扉が開かれ、彼を追跡していた女子の一団が姿を現した。
この平和すぎる空間にいたことで、拓人は少々油断していたのだろう。
音もなく廊下を移動する生徒に気づかず、一箇所に留まり続けたのはまさに失策であった。
「クッ!」
辺りを見回す。
入口には女子生徒が五名。
強行突破は不可能ではないが、その間に援軍を呼ばれるのは不味い。
彼はすぐ様別の出入口を使い、逃げることを選んだ。
学園の部屋という部屋、それこそ備品室などのような極一部の例外を除いて、全ての部屋に存在する人が使う入口とは別の出入り口を。
その名は、
「ていッ!」
──窓。
開け放たれたその四角いスチールの枠から身を躍りだして室外に飛び出した。
「ちょっ、拓人君!?」
調理室が存在するのは二階。高さにしておよそ平均的男性の四人分ほど。
なんの用意もなく、飛び降りて無事でいられるような高度ではない。
突然の来訪者に驚いて呆然としていたた友美は、目の前で落ちていった彼の安否が気に掛かり、すぐさま上半身を窓から出して外の様子を伺った。
するとそこには、彼女の予想を裏切り、凄まじい速度で逃走を開始した拓人の姿があった。
「……え?」
あれ、今確かにここから落ちていったよね?
怪我を負うどころか無傷だよ?
え、どういうこと?
ていうか移動速度速すぎない?
「なるほど、ISを展開したんだね」
意味のある思考と、意味のない思考とがごちゃまぜになり動きを停止した友美を尻目に、同じく窓から拓人の様子を伺っていた王は彼が無事だった理由に気づいた。
彼女の予想通り、拓人は窓から飛び降りて地面に激突する直前、クロガネの脚部を展開し、PICで速度を殺したのだ。
「しかし残念だな。彼の話はこれからだというのに」
「確かにね。どんな理由で、あんな
無謀。
一般的に、IS学園の一般生徒と国家代表候補生の実力差は大人と子供に例えられるが、一般生徒と国家代表の実力差は兎と獅子、つまり狩るものと狩られるものに例えられている。それほどまでに力の次元が違うのだ。
いくら拓人が専用機を持ち、国家代表その人からIS操縦の手ほどきを受けたからといって、勝てる要素など一つも見当たらない。
故に秋田谷と王は、拓人が無茶無謀な望みを抱いた理由への興味があったのだが、
『G班、寮への進路を塞げ! B、D、I班は確保! 残りは退路を断て!』
『なんか人が増えてるぅ!?』
当の本人はそんな話を出来るような状況ではなくなっている。
こんなことなら部活の後輩を弄るのを後回しにして、先に彼の話を聞くべきだったかと三年生二人は後悔した。
「まあいいか。その分」
「うんそうだね。その分」
「「新木くん(ともちゃん)から根掘り葉掘り話を聞こう(か)」」
「なにとんでもないこと言ってるんですか部長たち!?」
上級生二人の発言を間近で聞いていた
周りの同級生や先輩は、誰一人として彼女を助けようとはしなかった。
それどころか、彼女たちも少女の話に興味深々といった様子である。
なんだかんだ言っても思春期真っ盛りの乙女たち。色恋沙汰は大好物なのであった。
それから数分後。
ゆでダコの様に真っ赤になった少女の姿があったとかなかったとか。
「隊長、見失いました!」
「他のところも彼の所在は分からないそうです!」
「クッ! 総員散開! なんとしても彼を捕獲するのよ!」
『了解!』
返事とともに、多くの足音が離れていった。
そのことを確認して、扉にくっつけていた耳を離した。
「…………やっと、撒いたか」
調理室を出て、女子生徒から逃げ回ること約十分。
漸く安全が確保できたらしい。
「まったく、勘弁してほしいよ……」
屋上の扉に背を預けてその場に座り込んだ。
時間が経てば経つほど相手の指揮系統が強化され、今ではリーダーまで取り決めて僕を追いかけている。
ホント、無駄によく出来た結束だこと。その結束力をなんで普段から生かさないんだろう?
「なにやってんの、アンタ?」
「ん?」
さてこれからどうしよう、と考え始めたら誰かに声をかけられた。
辺りを見回してみるが、誰の姿もない。
はて?
「こっちよ、こっち」
再度誰かに声をかけられた。
その声が自分の真上、屋上の入口から聞こえているものだと気づき、首を上に挙げた。
「……ブルートン?」
「お久しぶり、四宮」
そこから僕の宿敵とも言える少女、アメリカ代表候補生のアイリス・ブルートンが顔だけ出してつり目気味の碧い目を向けていた。
「……なんでこんなとこに居るんだお前?」
「日向ぼっこ」
ブルートンは簡潔にそう答えたが、微かに目元が腫れていた。
日向ぼっこをするには時間と季節がアレだし、泣いていたのだろうが、その事については何も言わないほうがいいだろう。
ぶっちゃけ僕は唯のライバル(絶対に他人には言わないが)だから、コイツのプライベートに干渉する気はないし。
「で、アンタは何してんの?」
「女子生徒から逃走中」
「……なんでそんなことになってんの?」
コイツは急遽行われることになったトーナメント戦の事を知らないらしい。
──ただ今説明中──
説明し終わるとブルートンは顔面を引き攣らせ、蟀谷を指で押さえた。
「なんつーアホな事情……」
「ホントーにそうだよな……」
言って、僕はまたため息を吐いた。
確かに僕というプレミアム品を獲得するのは栄誉(名誉?)なことであるが、そんなくだらない事に時間を費やすぐらいなら、アリーナでISの操縦訓練でもすればいいのに。
「ハァッ、なんでこの学園はこうも面倒な事ばかり起きるのかしら」
「お前も一回面倒な事起こしてるけどな」
まるで自分が常識人だと言わんばかりのブルートンの言葉に、思わずそんな言葉が口を出た。
すると、彼女はムッとした表情になり反論してきた。
どうでもいいが、彼女は既に入口の上から降りて、僕の隣(二人分位隙間があるけど)に座っている。
「常に騒動の中心に位置し続けているアンタに言われたくないわよ」
「こっちこそ、国を動かしてまで喧嘩を売ってきた人間には言われたくない」
売り言葉に買い言葉、という状況にこそなっていないが、場に険悪な空気が漂い始めた。
五月の試合から、コイツとの関係は大体こんなものになっている。
最初のように口を開けば相手の罵倒が出るわけではない。
知り合いや友人と呼ぶには関係が遠く、かと言って赤の他人と呼ぶには互いを知りすぎている。
そしてどこかしらで相手と合わない部分が出て、こうして喧嘩口調が出始める。
「……まあいいわ。アンタが言ってることも事実だし」
「……だな。俺の方も否定できないし」
そして大抵の場合、発展せずに鎮火する。
我ながら、どうしてこんな関係に落ち着いたんだろうなと思う今日この頃。
「そういえば、お前髪伸ばしてるのか?」
「ああ、これ?」
五月の時はセミロングぐらいの長さであったブルートンの髪は、今や軽い三つ編みが出来るくらいまで伸びていた。
最近知ったことだが、女子は一度決めた髪型をそう簡単に変えることはなく、何かしらあった時にバッサリ切ったり、逆に思いっきり伸ばしたりするそうだ。
情報源が槇島だから、信憑性には若干不安が残るのだが。
「アンタに負けた後、
「ふーん」
そりゃまあ、国動かしてまで自信満々にド素人に喧嘩売っといて、それで思いっきり負けたんだもんな。
きっと今言った以上に苦労はあったんだろうな。
まあ謝る気は一切ないけどさ。
「私の話はどうでもいいけど、アンタは目の前の問題をどうするわけ? 何時までもあの数の生徒から逃げられるとは思わないけど」
「それを言わないでくれ……」
意図的に忘れようとしていたことを改めて言われると、実際どうする事も出来ないという思いしか浮かばない。
相手の数はおよそ百。対してこっちは一。
悲観的どころか、絶望的過ぎるよ。
「さっさとパートナーを作ればいいじゃない。そうすれば追い回されることもないでしょうに」
「理由があるんだよ、理由が」
「理由?」
「分からないか?」
「分かるわけないでしょ」
まあ普通はそうだよな。
「簡単に言うと、下心がなく、部活動に所属していない人間でないとパートナーなんてやってられないからだな」
「……どういうこと?」
下心がある人間は、どうしても僕との距離を縮めることに比重を置こうとしがちで、僕らの操縦訓練には真面目に取り組みきれない。
部活に所属している人間は、あわよくば僕を自分の部活に参加させようと色々としてくる。
今の時期的に言えば、文化祭の手伝いをしてくれとか言ってな。
あと、部活動にも行かなければならないから、当然訓練可能な日が減る。
「と、こんな理由だ」
「真っ当といえば真っ当な理由だけど、なんか今回のアンタは珍しく勝ちに拘ってない?」
「まあな。できることなら、今回は楯無に勝ってみたいんだ」
「……マジで?」
僕の言ったことがそんなに衝撃的だったのか、ブルートンは呆然とした表情となっていた。
楯無に勝ちたいというのは嘘じゃない。
寧ろ今回を逃せば次に勝てるチャンスが来るのは何時になるかもわからない。
僕の動きを先読みし、カウンターし、対処できてしまう。それが更識楯無という少女だ。
しかしそれは一対一の場合の話だ。
他の人間が加われば、不確定要素が生まれ、少なくとも一方的に敗北を喫するという事態は起こらなくなる。
幸いにも、どういう理由でか今回のトーナメント戦はタッグ戦だ。
ちゃんとしたパートナーを組めば、勝てる確率は少しだが上昇する、はず。
「ならよく一緒にいる友人と組めばいいじゃない。その方が呼吸を合わせやすいでしょ?」
「それは無理だ。彼女たちの動きや癖も楯無には知られてる」
「ふーん。アンタも大変みたいね」
他人事みたいに言いやがって。
まあ実際に他人事だけどさ。
「そっちはペアどうするんだよ」
「当日にランダムで決められるんでしょ? なら、試合前に態々決める必要もないじゃない」
「なんかやる気なさそうだな」
「まあね。今回のトーナメント戦については一切やる気ないわよ?」
「マジで?」
……ちょっと意外だ。
僕はてっきり「今度のトーナメント戦でアンタを叩き潰してやるから覚悟しなさい!」とか言って挑戦状を叩きつけてくるものかと思っていたのだが。
現に五月の試合から何度も「私と戦いなさい!」と言われたものだ。まあ全部断ったけど。
そうでなくとももうちょっとはやる気を出すものだと思うな。
僕の素朴な疑問に気づいたのか気づいてないのか、ブルートンはやる気が出ない理由を話し始めた。
「だってアンタと一対一で戦えないんでしょ? ぶっちゃけ他に戦いたい奴がいるわけでもないし、やる気が出るわけないじゃない」
「別に一対一に固執しなくても良いんじゃね?」
「そんな勝ち方に意味はないし、何より私が嫌なのよ」
……うん、ブルートンってやっぱり、
「変なところで真面目だな、お前」
「……うっさい」
悪態をつき、ブルートンは顔を赤く染めてそっぽを向いた。あ、自分の性格について自覚症状はあるのね。
「……」
「……」
そこで話題が途切れた。
元々、僕とブルートンはそこまで仲が良い間柄という訳ではない。
共通の知り合いがいるという訳でもない。
自然、一度会話が止まると、別れる時ぐらいしか会話をしなくなる。
「ハァ……」
まあ別にいいんだけど。
今はそんなことよりも、トーナメント戦のペアをどうするかだよなあ。
僕に対して下心を持っておらず、部活動に所属していない実力者。そんな人、いるのかな?
僕はダラダラと、ブルートンはボーッと青空を眺め、それぞれ気ままに過ごした。
やがて彼女は立ち上がり言った。
「じゃ、私はそろそろ帰るわ」
「ん? 部活動には行かないのか?」
まだ五時にもなっていないだろうし、どの部活も活動時間だと思うけど。
「私は帰宅部よ。ほら、そこ退いて」
「ああ悪い悪い……」
扉の前から退こうと立ち上がった瞬間、頭の中に一つの案が閃いた。
現状を解決し、楯無に十分対抗出来るだけの案が。
僕はすぐさま帰ろうとしているブルートンに向き直り、その案が通るかどうか確認した。
「なあブルートン。お前は帰宅部で放課後は基本的に暇なんだよな」
「ええ、そうね。国から何か言われない限りは基本的に何もないわよ」
「で、今回のトーナメントでは僕と戦う気はゼロだと」
「だって無意味だし」
……よし。
よしよしよし!
「じゃあさ、一つ提案があるんだけど」
「なによ?」
「今度のトーナメント戦、俺とペアを組まないか?」
「……………………は?」
8月31日 月曜日
自国の国家代表候補生の力を見せつけようと国が動いたのか、はたまた別の理由からか。よくは判らんが、突然タッグトーナメントが行われることとなってしまった。
で、僕というプレミア品を手に入れようと一年女子生徒の過半数に追い回された。
まあそれ自体はいい。
良くないけど別にいい。
問題は僕がペアを組んだのが、あのアイリス・ブルートンだという点だ。
以前から薄らと持っていた、楯無に勝ちたいという願望を叶えるのにはこれ以上ないほどの適任だと思ってペアを組んだのだが、おかげでかなりめんどくさいことになった。
僕とブルートンの仲の悪さ、というか喧嘩ばかりしているという話(一部脚色アリ)は学校中に広まっていたらしく、その所為でブルートンとペアを組んだと言ったら、何故か話を色恋沙汰に繋げられた。
否定しても否定しても否定してもそっち方向にばかり話を繋げられ、鬱陶しいことこの上なかった。
と言うかだ。
僕とブルートンが付き合うわけ無いだろ!!!
誰が好き好んで怨敵と恋人関係なんか形成するか!!
……紙面上で怒鳴っても仕方がないか。
ブルートンは部活にも入らず、僕に対して下心も持たず、尚且つ実力者であると僕が求めていたペアの条件にピッタリだった。
当初こそ「なんか嫌だ」と断られたが、交換条件としてトーナメント戦が終わってから一対一で戦ってやると言ったらあっさり承諾してもらえた。ちょろいな。
それはそれとして、かなり面倒なことが起きてしまった。
ああ、憂鬱だ。
今日のまとめ.楯無が専用機持ちになった
◇◆◇◆◇◆◇◆
更識楯無は今、恋をしている。
年頃の少年少女は(一部例外もいるが)大体がこういう人間と付き合いたいという理想像のようなものを持っている。
それは大和屋やアイリス、無論楯無とて持っている。
楯無の理想は自分と並び立てる人。
心が強く、口先だけではない、逆境でこそ実力を発揮できる人間。
自分を、守ってくれる男性。
しかし、現実で彼女が好きになった異性は、理想からかけ離れた人間だった。
楯無が好きになった少年、今現在世界で一番有名な男である四宮拓人はハッキリ言うと弱い。
一人称を変えたり、別の人格を作ってまで心の弱さを隠し。
ISの操縦では、未だに専用機の能力に振り回されて。
生身での戦闘能力は未知数だが、おそらくは普通の人間よりも多少はマシな程度。
それが楯無の中での拓人の評価だ。
これでは並び立ち守られるどころか、自分が彼を守らなければならない。
なのに少女は、少年を好きになった。好きになってしまった。
一目惚れ、に近かったのだろう。
拓人と初めて戦った時、彼の弱さ──実際は彼の実力ではなく、少々複雑かつ面倒な事情があったのだが──に意味もない苛立ちを覚えたのはそれが理由だったのだろう。
理想と現実の差、無意識の内にそれを感じ取っていたのだろう。
今は違う。
”人を好きになるのに理由はいらない”と”恋はするものではない。気づいたら落ちているものだ”という言葉は使い古された陳腐な言葉である。
だがしかし、現在進行形で恋をしている乙女からすれば、その言葉はこれ以上ないくらいの真理だと思えてしまうのだ。
「ふふっ」
IS学園に向かうモノレールの中、何の気なしに少年のことを思い浮かべていた楯無も、その一人であった。
彼が少しずつ変わっていった五ヶ月の間に、彼女もまた、少しだけ変わっていた。
「だーかーらー、なんでそこで攻めようとするんだお前は!?」
「アンタの策は守備に回りすぎなのよ! それじゃあ勝てるものも勝てないわよ!!」
「多少慎重になるくらいじゃないとすぐに相手のペースに巻き込まれるんだってなんで判らない!?」
「相手のペースになる前にこっちのペースにすればいいのよ! アンタこそそれぐらい気づきなさい!!」
「……何これ?」
更識楯無は今、混乱している。
IS学園に帰ってきて夕食を食べようと食堂に顔を出したら、想い人の少年と、アメリカ代表候補生の少女が言い争いをしていた。
それ自体は別段驚くに値しない。二人の言い争いは今に始まったことではないからだ。
問題は二人の状況ではなく、状態にあった。
(あの二人が、同じテーブルで食事を、しかも二人きりで食べているですって!?)
二人はお互い相手を毛嫌いしているわけではないが、少なくとも食事の席を共にするのは絶対に、ぜっっったいに拒否する間柄だ。
実際二、三度その機会が訪れたが、二人は露骨に嫌そうな顔をして相手から離れていった。
何度か普通に話している光景も見たが、それでも同じテーブルで食事を、しかも二人きりで食べるなどということはまずありえない。
自分が専用機を受け取りに行っていた間に何があったのかと楯無はある種の戦慄をおぼえ、同時に恋する乙女としての危機感が募り始めた。
「お、たっちゃん、お帰り!」
「ッ! た、ただいま」
帰ってきて早々に見せられた衝撃的な光景が原因で視野狭窄状態に陥っていた楯無に、そうとは知らず歌穂が声をかけた。
若干慌てて返事をし、彼女は友人に向き直った。
そこではいつものメンバー(-1)と一組生徒数名が夕食をとっていた。
「お帰り、楯無」
「ただいま、幸貴。帰ってきて早々にこんな質問をするのもなんだけど、
アレと言われ、その場の全員が未だに言い争いを続けている二人を少しだけ見て、同時に嘆息した。
その光景が余計に楯無の混乱を助長する。
「えーっと……」
「話せば長いことながら……」
「……取り敢えずみんなが知っていること、全部教えてちょうだい」
『…………』
誰が説明する?
私は嫌だよ。
少女たちが目で語り合った声なき言葉が、楯無には何故か聞こえてしまったのだった。
──本日起こったことを説明しています──
「私に勝ちたいがために、ね」
友人とクラスメートが述べた簡単な説明を聞いて納得の感情と、そこまでやるのかという呆れの感情、アイリスへの羨望の感情などが
一方、当の本人たちは先程までと別の話題で喧嘩している。
「確かにその心意気は認めてもいいけど……」
「拓人君とブルートンさんは、色んな意味でコンビにしちゃダメなんじゃないでしょうか」
『うんうん』
接近戦においては、自分のISの力を十二分に発揮できているアイリス。
遠距離戦においては、楯無たちとの訓練と模擬戦での経験と武装の豊富さで能力の低さを補っている拓人。
理想の形といえば理想の形であるタッグを二人は組んでいる。
だからこそ二人が結束すれば、間違いなく指折りのコンビになる。
そう、結束できれば、であるが。
「ああもう、そういう時はアンタがビシッと決めなさいよ! 男でしょ!?」
「知るか! 俺に死ねって言ってるのかお前は!?」
怒鳴り合いながら机を挟んで二人は相手に掴みかかり、相手の手を握り潰さんばかりに握り締め、MK5(マジでキスする五秒前)ならぬMB5(マジでぶつかる五Cm前)の状態まで顔を近づけていた。
最早なんの話題で言い争ってるのかすら外野のメンバーには見当がつかなくなっているが、この場に居る生徒たち全員が思ったことが一つだけある。
(あの二人が仲良くなんて出来るわけがないだろうな……)
大なり小なり少年のことを好いている少女たちの複雑な心境を置き去りにして、少年と少女の言い争いは続くのであった。
いかがでしたか?
よろしければ、次も彼の物語にお付き合いください。