ただ、どうにも強引すぎた感が強い気がする……。
次に書く作品ではその辺をどうにかしたいな。
感想・評価・批評・誤字脱字の報告がありましたら、よろしくお願いします。
それでは第十四話、どうぞ。
9月1日 水曜日
今更だが、<クロガネ>について僕が知っていることを書いておこうと思う。
少々長く、その日のことを書く余裕がなくなりそうなので、複数日に分けて記しておく。
元々クロガネは、遠距離武装のデータ取り用に打鉄を改造したISである。
その為、本来の姿は今の全身装甲型ISではなく、一般に知られている打鉄を少し黒くし、細部の形状を変えたものだ。
今の姿になったそもそもの理由はクロガネ本体、つまりコアにあると博士は言っていた。当時はそれが唯の方便だろうと思い深くは追求しなかったが、今になって考えてみるととんでもない話だよな。
黒い打鉄、だから倉持技研の人たちはあのISを<黒鉄>と呼んでいたが、今のコイツはもう打鉄系列のISであった面影はどこにもなくなってしまっている。
だから僕は、自分の専用機を<クロガネ>と呼んでいる。
今日はこんなところでいいかな?
今日の放課後、何故か楯無に呼び出され何故か柔道部の道場に向かい何故か生身で彼女と格闘戦をやらされた。
内容は、打っても打っても捌かれ弾かれ、時折とんでもない威力のカウンターを喰らい続けた。
正直どっかのバカとの訓練がなければ、一撃目のカウンターをモロに喰らって動けなくなっていたと思う。
約三十分の攻防の末、最後は遂に出来てしまった決定的な隙を突かれ、顎に掌底を受けて敗北。
まあ結果から言えば、惨敗かな?
倒れたあと、楯無が「……評価を改める必要があるかな?」などと呟いていた気がするけど、一体どういうことなんだろうか?
あと、傍観していた幸貴とブルートンの「コイツ本当に人間?」みたいな視線が死ぬほど痛かった。
今日のまとめ.僕とブルートンは相性がある意味最高で最悪である
9月2日 木曜日
クロガネのコア、<■■>は独自進化を遂げたコアだとか何時かの日記に書いた記憶があるが、今日はそれについて追記しておこう。
波長が合うとでも言えばいいのか、あの子の声を聞くには何かしら特殊な条件が揃っていなければならないらしい。
博士は存在其のものが人外生命体のようなものだから声が聞こえるのだろうが、僕が声を聞けるのは偶然も偶然、生みの親もビックリな事態なのだそうな。
そう何度も声を聞いているわけではないし、あのよくわからない精神世界的な場所にもあまり行っているわけではないのでイマイチピンとこないんだけどね。
コアネットワークが繋がっていないのに、他のISと全体回線や秘匿回線で話せるのは、博士がクロガネの身体の方にそういう機能を取り付けたからで、実際それがなければ、他のISと話すことはできない。
どこまで行っても、僕の乗っているISは異常だらけだ。
幸貴にもう一度星を見に行かないかと誘われた。
あの時は僕があんな状態になった所為で、ろくに星を楽しむこともできなかった。だからもう一度、今度は純粋に楽しみたいと幸貴と、一緒に訪れた歌穂は言っていた。
参加するのが辛いなら無理して参加しなくてもいいと気遣われたが、僕は参加することにした。
前回のように、”ぼく”が現れることは恐らく無いだろうから。
メンバーは前回見に行った僕ら五名+アイリスの六名となった。
アイリスが参加することとなった経緯は簡単に言うと、僕を誘った時にその場にいて、ついでにどうだと歌穂に押し切られたからだ。
アイツ、変なところで真面目だから絶対に参加するだろうな。
今度は何も起きないだろうし、純粋に楽しめるといいな。
今日のまとめ.アイリス・ブルートンを名前で呼ぶこととなった……なんでこうなった?
9月3日 金曜日
僕の身体機能に異常が出ているのは、当然ながらクロガネが原因である。
博士はそうなることを予め知っていたみたいだし、現に一度、僕を拉致していた期間中に「このままその子と接していると、君その子に飲み込まれて死ぬよ」と警告してきた。
実はその時、既に身体機能が異常をきたし始めていたから、何となくこの先自分に待ち構えている結末を予想できてしまったのだが「だからどうした」などと僕は言ってしまい、それ以降博士はその事について何も言わなくなってしまった。
今思えば、博士はなんだかんだ言って僕を助けてくれている。
理由なんて、判るわけがない。
楯無が帰ってきてから早三日。
何故か彼女からの弄りが以前に比べて酷くなっている気がする。主に薄着とか薄着とか薄着とか。
人百倍性的欲求が薄い僕であるが、それでも最近の彼女の服装にはドキッとさせられる。凄く心臓に悪い。
ハニートラップかとも考えたが、彼女の目は単純な欲に塗れた女や与えられた任務を果たそうとする人間のそれではなかった。寧ろもっとヤバイものだったような、そうじゃなかったような。
……うん、考えてもわからない。今日はもう寝る。
今日のまとめ.真剣白刃取りが成功するとは思わなかった
9月4日 土曜日
今日はクロガネの中に存在する意思、あの少女のことを、僕が理解できている範囲で書いておこうと思う。
全て推測でしかないが。
あの子は<■■>の意識が人の形を模倣したものだろう。
四月頃、夢がどうのと書いた記憶がある。
そこで自分の認識が夢の世界を形作るみたいなことを書いたような気がするが、あの少女の姿やあの世界を作り上げているのは僕の記憶、認識なのではないだろうか?
一番最初にあの子が居た公園は、博士と初めて会い、恐怖した場所。
あの場所があそこまで歪んだ形になっていたのは、僕の中に残っていた記憶が欠けていたからだろう。
確かにあの場所で起きた事は忘れることが出来ないほど僕自心に強く刻まれている。
しかしそれは発生した事を覚えているだけで、場所のことを覚えているわけではない。
ぶっちゃけあの公園の遊具の形や大きさを思い出そうとしても、詳しく思い出すことはできない。
だからあんな歪な場所として再現されたのだろう。
それ以降も何度かあの世界で別の場所を見たことがあったが、半分近くがどこかしらイカレている世界だった。
幼い自分の記憶力では、人のことを覚えているだけで精一杯だったのだろう。
少々長く書きすぎた。
キリもいいし、あの少女のことについて書くのは明日の日記にしよう。
今日のまとめ.本日のアイリスとの喧嘩回数 計17回
9月5日 日曜日
昨日の続きを書こう。
あの歪んだ公園が僕の欠けた記憶から作られたものならば、あの少女が何故芽生の姿をしているのか?
先に結論を述べてしまうと、僕の中にある人物の記憶の中で、妹の存在が他のどんな人よりも重かったからだ。
自分の存在をそれほど重要視して欲しいという願望か、僕に自分を大切にしてほしいという訴えか。
いくつも推論が立てられ、そのどれもが立証できないから何とも言えないが、あの子の世界には僕以外が存在しないのではないだろうか?
元は同じ存在だった426のコア達とは繋がれず、生みの親たる博士にはその存在を有って無いようなものとして扱われた。
その中で、僕に出会ったのは彼女にとって如何程の幸福だったのだろうか。
どんな事をしてでも、僕を手に入れたい。僕が離れることがないようにしたいとでも思ってしまったのだろう。
だから、僕が最も大切に思っていた人の姿形を真似たのだろう。
今更ながらに狂ってるとしか言い様がない。
まあそれを許容している僕も、だいぶその辺の感性というか神経が壊れているのだろうけども。
ある意味、共依存なのかもしれない。
楯無の専用機の能力はトーナメント当日まで一切謎に包まれたままであり、待機形態がどんな姿かすらも僕らは知らない。
興味本位で本人に聞いてみたが、曖昧な言葉と笑顔ではぐらかされた。
まあ大体の場合、ISの待機形態はアクセサリーの類らしいから、彼女のIS<ミステリアス・レイディ>もそういう形になっているのではないだろうか。まあほとんど存在しない防具の形をとっていたとしても驚きはしないけど。
クロガネは黒百合のペンダント、アルストロメリアは確か十字のエンブレムが刻まれた腕輪だったっけ?
うん、すごくどうでもいい。
今日のまとめ.改めてアイリスの出鱈目っぷりを見た
9月6日 月曜日
クロガネに関して一通り書き終わったと思う。
なので、僕の身体状況について書いておこう。
嗅覚、冷熱感は完全にクロガネに取り込まれた。
触覚は辛うじて機能しているが、触れているという感覚を伝えるので精一杯。
今は痛覚と味覚が無くなり始めている。
正直ここまで取り込まれるペースが遅かったのは今となっては嬉しい誤算であるが、それでも一歩一歩死への階段を上っている感覚はキツイ。
なにせ今の僕は生への欲求が強くなり始めている。
出来ることなら一分一秒でも長く生きたいと望んでいる。
楯無たちと、もっと長く学園生活を過ごしたいと願っている。
だからか、今は眠るという行為がこれ以上ないほど怖い。
明日、目を覚ますことができるのか。目を覚ますことができても、彼女たちの姿を、声を、存在を感じ取れるのか。
常にそんな恐怖が付きまとっている。
今日久しぶりに楯無から鉄扇突きを喰らった。
なんだかんだ言って、僕がプレゼントした扇子二つを使ってくれているらしい。
それはそれとして、約一週間後の文化祭での我がクラスの出し物は平凡(?)にメイド喫茶となった。
当初、僕は客寄せパンダ(平凡な見た目の僕がそんな役割を果たせるとは思えない)にされそうになったが、その段になって僕ほど料理ができる人材がいないことに気がついたクラス委員長の楯無に料理長に任命された。
一組の生徒全員が僕の料理の腕について知っていたので、不承不承といった様子ながら全員に承認された。
もっとも、僕が学園祭当日に動けるかどうかわからないんだけど。護衛する為だとか言って寮に軟禁されそう。
今日のまとめ.前途洋々且つ多難
◇◆◇◆◇◆◇◆
「こんな風景、あったんだな……」
「どう? ここの夜空も馬鹿にしたものじゃないでしょ?」
IS学園女子寮(と言っても、本来なら女子しかいないのだから呼称は唯の寮でも問題ないが)の屋上から、拓人と楯無の二人は星空を見上げていた。
その風景は、弱々しい星々の光は人工的な光に打ち消され八月に見た満天の星空とまではいかないが、少なくとも都会の真っ只中で暮らしていては絶対に見られる世界ではなかった。
彼らがこの場所に来た発端は数分前に遡る。
コンッ、コンッ
「(ん? 誰だ?)はーい」
二時間ほど前にアイリスと別れ、一人部屋に篭り、先ほど何となく思いついた機械の設計図をノートに書いていたら、誰かが部屋のドアをノックした。
扉を開けようと腰を浮かせたら、僕が動くより早く訪ねてきた人物が自分が誰かを言った。
「拓人くん、私だけど」
「なんだ楯無か。勝手に入って」
彼女が僕の部屋に来ることは今更驚く事でもないし、入室を拒む相手でもない。
楯無だって、僕の部屋は勝手知ったるなんとやらだろう。
テキトーな返事の通り、音もなく部屋の扉を開け、部屋の中央に配置した机の傍に座り込んだ。
よかった。今日は普通の格好だ。
「こんばんは、拓人くん」
「ああ、こんばんは。何の用だ、今日は勉強会も何もないはずだけど?」
「それとは別の用事よ。今、時間は大丈夫?」
「有るからこんなことやってるんだけどね」
ヒラヒラと書きかけのノートを振ってみせる。
「何書いてるの?」
「新しい設計図。ついさっき思いついたばかりだから、ラフ画だけでも仕上げたくてな」
「明日はタッグトーナメントだっていうのに、随分と余裕そうね」
「どんな時でも余裕を持てなきゃ、本番で普段通りに動けやしないさ」
「それもそうね」
互いに顔を見合わせ苦笑い。
うん、やっぱりこういう風に話せる相手いいな。
事あるごとに喧嘩か掴み合いに発展しないだけで、凄く気が楽だ。
それに今日一日、彼女の様子が変だったから何かあったのかと思ったけど、全く普段通りみたいだ。うん、よかったよかった。
「で、それはそれとして、話があるみたいだけど一体なんだ?」
「あら、なんで分かったの?」
「いやなんとなく」
なんとなく彼女が僕に話があるように思えただけなんだよね。
「具体的には目の雰囲気とかが」
「……変な見分け方ね」
「言うな」
僕も自覚はある。
我ながら変な技能だとは思っているさ。
「まあ僕の変人っぷりは今に始まったことじゃないから横に置いといて。
今回の話は何?」
「その前にちょっと寮の屋上まで行ける?」
「? 別にいいけど……」
なんで態々屋上まで行くんだ?
そんな訳で彼ら二人は夜空を見上げているのである。
以上、説明終了。
「態々此処まで来た理由は
「偶には良いでしょ、こういうのを見ながら話すのも」
「まあね」
よっこいしょっ、と拓人は屋上の地面に座り込み、楯無も無言でその隣に腰を下ろした。
「…………」
「…………」
無言。ひたすら無言。
楯無に話があると言われてこの場所までついてきた拓人は当然口を開かず、誘った本人も何故か何も喋ろうとはしない。
時間は過ぎていくばかり。
夜空を見上げたまま、二人の間に静寂が広がる。
「なあ楯無、話って何?」
拓人としてはこのまま何も話さなくてもいいのだが、楯無に話があると呼び出された手前、一応彼女に訊いてみた。
「うん、ちょっと、ね……」
「……?」
しかし返ってきた言葉は普段から想像ができないほど歯切れが悪く、拓人が全く要領を得ないまま楯無は僅かに俯き、彼の顔を見ようとしない。
そんな彼女の様子を不思議そう、というよりも不審そうに見つめる拓人であったが、まあいっかとすぐに空へと視線を戻した。
「これからする話は、結構重要な話?」
「ええ」
「それは僕にとって? それとも楯無にとって?」
「両方、かな」
「だから話しづらいの?」
「まあ、そうね」
互いに相手を一切見ずに話す二人。
片や空を見上げ、片や少し俯いている。
「今すぐ話せそう?」
「ちょっと……」
「なら君が話せるようになるまで、僕は隣でノンビリと待つよ。どうせ消灯まで時間はたっぷりとあるし」
「…………」
これまでにないほど歯切れが悪く、何かに迷っている様子の楯無。
表情を見ずとも雰囲気でそれを察した拓人は、のほほんと笑いながら星を眺める。
長い長い沈黙のはて、遂に意を決した楯無は拓人を見据え、口を開いた。
「拓人くん。貴方は私をどう思う?」
「ふぇ?」
予想の斜め上を行く楯無の問い掛けに奇声を発する拓人。
楯無はすぐに自分の発言がどういう風に拓人に捉えられたのかを察し、慌てて言い直した。
「あ、えっと、そんな変な意味じゃなくて拓人くんから見た私のイメージを答えてくれればそれで良くってその……」
「ああ、そう言う意味ね」
拓人は回りくどさもないある意味ストレートな友人の言葉を、一瞬告白か何かの前振りかと思ってしまった。実際彼は、中学時代に告白されたときも今の楯無の言葉と同じ言葉が前振りとなったことが数回あった。
若干顔を赤く染めて弁明(弁解?)する楯無を視界に写しながら彼は自分の思考に溺れてゆく。
およそ十秒、考えに耽った拓人は更識楯無という少女に対する自分のイメージをまとめ終え、未だに自分の発言に慌てる少女を止めようと言葉を発した。
「だからね何かアレな意味があるわけじゃなくて──」
「わかったわかった、わかったから落ち着いて。ほら、深呼吸」
普段の超然とした姿が完全に壊れている楯無は、拓人に言われて漸くマシンガントークを止め、今自分が晒した醜態──なお拓人はただ面白いなとしか思っておらず、ぶっちゃけ彼女の思い込みである──を思い出して赤面状態がより強くなった。
その後、楯無は彼に言われたとおり深呼吸を二、三度行い、なんとか落ち着きはしたものの同時に穴があったら入りたいと心理状態が軽くマイナス方向に吹っ切れてしまった。
「……………………」
体育座りになって膝頭に顔を埋める楯無。
漫画的表現をするならば、縦線を背負っている状態となった少女の姿は目に見えて落ち込んでいるというか、落ち込んでいるという言葉以外何も当てはまらないだろう。
楯無だって対暗部用暗部のリーダーや、国家代表などという物々しい肩書きを持っていても十代の乙女。
今のように落ち込む時ぐらいはあるだろうが、いざその現場を目撃した拓人は普段とのギャップから少々絶句してしまう。
「あー、僕は何も見てないから気にするな」
「……ほんと? ホントに何も見てない?」
「見てない見てない。だから元に戻れ」
とはいえ、いい加減これはどうにかしなければと暗に一連の流れを無かったことにしようと拓人は言い、楯無は膝に顔を埋めたままでそれに賛同した。
言葉遣いが幼児退行していたことに関してはもはや何もツッコムまいと、彼女の頭を撫でながら遠い目をする拓人であった。
「…………本気でごめんなさい」
「いやもういいから」
楯無が何時もの調子に戻るのに少し時間がかかったが、二人はやっと話を再開した。未だに楯無の顔から朱が抜けてないのはご愛嬌。
「で、なんだっけ、君に対する僕のイメージ?」
「そうそれ」
言われて拓人は、先程自分の中でまとめ終えた
「容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀、オマケに家事万能。性格面さえ考慮に入れなければ、ぶっちゃけ男なら誰でも恋人に欲しいと思う完璧美少女で僕の憧れ」
「……ッ!?」
聞く人間によっては告白とも間違われかねない言葉を臆面もなく、一片の下心もなく、且つ表情一つ変えずサラッと言い切る拓人。
楯無は自分の顔が熱くなるのを感じ、真っ赤になっているであろう自分の顔が相手に見えないよう即座に別の方向を向いた。
……日常生活では全く役に立ててない動体視力で、赤くなり始めている楯無の顔を拓人が見たというのを彼女が知らないのは幸か不幸かどうでもいいことか。
「それがどうかした?」
「それがって、あなたね…………!」
自分が爆弾発言をしたことにも気づかず、また動揺している様子もない拓人に言い様のない怒りを覚える楯無であったが、まあ今更か、とすぐに堪忍袋は萎んでしまった。
それに、と楯無一個人の思考から”更識楯無”の、裏世界を生きる人間の思考に切り替わる。
「ねえ拓人くん、不思議に思ったことはない?」
「……何を?」
「私のこと。この強さも、立場も、何もかも」
拓人は明後日の方向を向いたままの少女が何を言うのか、分かっていながら聞き返した。
不思議に思ったことは、一度や二度では済まない。
中学三年間の間だけとはいえ、少なくとも普通に鍛えているだけの人間が一生に習うであろう数の格闘技を拓人は経験し、その端々を吸収してきた。
しかし楯無は異常とも言えるほど多くの格闘技を身につけていた。
どんなに才能があったとしても一つの格闘技を使えるようになるのには一ヶ月はかかるだろう。だが楯無は最低でも三十の格闘技をつい先日、拓人本人にお見舞いした。
それだけではない。(家事能力以外で)楯無が誰かに敗北するというのを、拓人はIS学園で見たことも聞いたこともなかった。
勿論ルールが決められた陸上競技などで本職の人間と戦えば、楯無が負ける可能性もグッと高くなるだろうが、少なくとも専門的な事にさえならなければ目の前の少女が敗北するのは絶対にありえない。拓人はそう確信を持てる。持ててしまう。
だからこそ、拓人は楯無を不思議に思ったことが幾度もある。
楯無だからと表面上は流しながらも、その実そのことをおかしいと考えたことがある。
”更識楯無”は文字通り完璧なのだ。完璧すぎると言い換えてもいい。
それこそ、幼少期より今まで、狂おしいまでに力への探求を行っているという自らの友人が絶対に勝てないと評した力を持つだけでも恐ろしいのに、学業面、対人間能力など、その才能は多岐にわたっている。
そこまで彼女を駆り立てたモノがなんであるのか、疑問に思わないはずがない。
普通の人間と同じ感覚を残しながら彼女をそんな形にしたものが何であるか、己の存在を狙っている人間が多いと知る彼が考えないはずがない。
それに彼女の立場、ロシアの国家代表であるということ。
それがより一層、彼女への疑念を強くする一因となっていた。
「疑ったことはあるよ、何度もね。君が本当に僕の友人なのかって」
何度も友人だから、偶々だからと誤魔化し続けてきたが、いざ本人に問われてしまえば、どうしてもその可能性を殺すことが出来なくなってしまう。
「安心して、私はあなたに危害を加える気はない。それどころか守りたいとも思っているわ」
静かに、しかし力強く断言し、少女は少年に向き直った。
その目に宿るのは”更識楯無”としての決意。そして、ただの楯無としての僅かな怯え。
「私の力の理由。今居る立場。私という存在の全て。拓人くんは知りたいとは思わない?」
「…………」
楯無が話そうとしていること。
それは”更識”という組織のこと。自分がその長であること。楯無という名前に秘められた意味。
そして、IS学園内において従者である一つ年上の少女以外知る者がいない、自分の本当の名。
誰も彼もがおいそれと知ってはいけない、裏世界に通じた話であり、それ程までに彼を信頼していると言外に伝える楯無の精一杯の告白。
伝えてしまえば、大なり小なり関係の変化が起き、今までと同じ関係でいるのは絶対に不可能になる選択。
(言わなきゃ……)
言い知れぬ不安。
存在がぼやけ、此処に居るはずの彼が、何処か遠くへと消えてしまうかのような感覚。
楯無は今日一日、ずっとそれに襲われていた。
そんなものただの予感でしかないと笑い飛ばそうともしたが、出来なかった。
だから、今日この時伝えることを決断した。
言わないと、後悔すると思ったから。
「……いや、言わなくていいよ」
「…………っ!」
だが楯無の心の内など知る由もない拓人は、何故か寂しそうな顔で彼女の秘を聞かないと言った。
「どっ……」
「君が態々こんな場所で言うのなら、それはとても大きな秘密なんだよね、きっと。
僕にはさ、それを受け止め切れるって自信がないんだよ」
どうしてと楯無が訊くより早く、彼は答えた。
それにね、と寂しそうな表情のまま笑顔のような形に顔の筋肉を動かし、彼は喋り続ける。
「正直言うとさ、怖いんだ」
「……何が?」
「今でも捨てきれずにいる夢を捨てるかもしれないってことが」
「夢?」
少年は隣の少女に向けていた視線を星空へと向けた。
「この広大な宇宙の彼方に在る景色、存在する世界を見てみたいっていう子供の夢だよ。昔は自分の目でそれを見てみたいなんて思ってたけど、それについては完全に諦めるしかなかったからね。
でも今はさ、自分の手で創り上げた何かがその世界を見せてくれるなら、それもまた良し思っているんだ。どう、結構下らないでしょ?」
「そんな、別に下らなくなんか……」
「ん。そう言ってくれるだけでも嬉しいよ」
今の四宮拓人という人間の立ち位置では、ほぼ不可能な夢。望み。願い。
されどそれは、彼にとって捨てることなど出来ぬ過去の残滓であり、現在の目標でもある。
彼が言う本物の自分と偽物の自分が唯一繋がっている形無き想い。
「でもさ、楯無が言おうとしていることを聞いたら、それを捨てることになるような気がしてならないんだ。
知ってしまえば、その世界に何かを縛られてしまう気がしてならないんだ。そうなってしまったら、今と同じように”夢”なんて見てられなくなりそうでさ。
って、こんな風に言ってもわからないかな?」
「……わかるよ、それ」
「そっか……」
影で動く組織という
普通の少女のように怒って、笑って、しかしその裏で常に警戒し、何かが起きそうになったら、すぐにでも動けるような位置に自然と立つ。
誰にも気づかせなかったし、悟らせもしなかった。
そういう人間となるべくして生きてきた楯無にとって、それは造作もないことであった。
故にその歪さをひしひしと感じていた。
特に、拓人の前では。
「僕は元々ただの一般人だったからね、ちょっと怖いんだ、理由もなく
「そう。それじゃあ仕方ないかな、理由もないんだし」
「うん。この言い方はあんまり好きじゃないけど、仕方ないんだよ、知る理由もないし」
「…………」
「…………」
「「…………ぷっ」」
「ふふふふふふふっ!」
「あははははははっ!」
何が可笑しいのか、二人は互いに相手を見ると同時に吹き出し、笑い出してしまった。
決して大声で笑っているわけではないが、彼ら以外に誰も居ない空間には二人の声が響き渡り続けた。
そして一頻り笑い終わったあと、目元の涙をぬぐい、二人とも何事も無かったかのように立ち上がった。
「なあ楯無、提案があるんだけど」
「奇遇ね、私もよ」
「試合に勝った方が負けた方に一つだけなんでも命令させられる」
「ただし国家機密は無し」
「「その条件で明日の試合、賭けをしない?」」
まるで示し合わせていたように二人は言い、頷き、そしてまた笑い合う。
理由がないなら作ればいいと。
「僕が勝ったら、君の話を訊かせてもらうよ」
「私が勝ったらどうしようかな?」
「変なのはやめてくれよ?」
「えぇ~、どうしようかしら」
両者とも、何かから逃げるように、あるいは見ないようにふざけ合いながら屋上の扉の前まで来て、拓人は屋内に入る前に少しだけ空を見上げた。
「また、この星空が見られるといいな」
「見られるわよ、いつだって」
僅かな不安。
首から下げているクロガネを握り締め、彼は屋上を後にした。
9月7日 火曜日
一つだけ、クロガネに関して書いていなかった事があった。
クロガネのボディ、武装、機能などの全ての権限をコアの人格、つまりあの子が握っている。
あの堅牢で無駄に厚い装甲に身を包んでいる間、僕の生殺与奪は全てあの子の思いのままだ。
とは言っても、あの子は僕に危害を加えようとはしないだろう。
僕に対する執着、依存心と言い換えてもいいのかもしれないが、それが強いのだから、僕を消そうとはしないはず。
それなら僕を取り込むのをやめてほしいところだが、多分あの子の中では僕の体を傷つける=危害を加えるなのだろうから望むべくもない。
僕は諦めてしまったのかもしれない。
死にたくないって思いながらも、もうどうすることも出来ないと。
ただ、いざそう認識すると凄く反抗したくなるというか反発したくなるというか。
ま、こんなことを考える時点で完全に諦めたわけじゃないんだから、ちょっとでも生き残れる道、模索してみようかな?
今日、嫌に鮮明な夢を見た。
僕以外の男がIS学園の生徒をしていて、世界で唯一ISに乗れる男の称号を貰っている夢。
彼のそばには昔からの知り合いらしい少女や恐らくは貴族なのであろう外国人の少女をはじめとした何人もの強い少女たちがいて。少年自身も少女たちに負けないぐらいの才能を持っていて。
それはまるで、よくできた物語のようであった。
だからこそ、気持ち悪かった。
まるで物語の主人公のような生い立ちをした少年、ヒロインのような行動をとる少女たち。
なんの冗談だと叫びたくなった。
まるで初めからそうなるように仕組まれている、いや、操られているみたいではないか。
自分の意志で動いていると思い込み、その実誰一人として自分の思うようには動けない操り人形。
なんと滑稽で、なんと哀れで、それ以上になんと残酷な姿だろうか。
その仕組まれた少年少女たちの中に楯無の姿も見受けられたのは、質の悪い話だ。
しかも僕が見た夢は、それ一つだけではなかった。
あるときは前述した少年の幼馴染らしい米系ハーフの男が、あるときは嘘みたいな身体能力を持った純日本人の男性が、またある時は博士に匹敵するだけの頭脳を持った青年が、最初の少年と一緒にIS学園に居る夢を、代わる代わる見せられた。何もかもが僕とは違う少年たちの姿を。
何かの為に。誰かの為に。そう思い、そう願い戦い続けるだれかの姿を。
その姿も、在り方も、全てが僕という存在を否定しているようであった。
なんで、こんな夢を見てしまったんだろう?
わからない。
今日のまとめ.黒百合の花言葉は”恋”と”呪い”
◇◆◇◆◇◆◇◆
楯無は知らない。
この日に感じた不安が、現実のものになることを。
拓人は知らない。
星を視るのが最後になることを。
二人は知らない。
賭けが果たされぬことを。
誰も知りはしない。
「お兄ちゃんは、渡さない。誰にも……!」
IS学園史上最悪の事件が、次の日に起きることを。
いかがでしたか?
よろしければ、次は彼の地獄にお付き合いください。