IS one years ago   作:工藤

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どこまでが狂っているのか、何を以て壊れていると言うのか、未だに理解できていない駄作者です。
なので、自分なりの狂いを入れてみました。


感想・評価・批評・誤字脱字の報告がありましたら、よろしくお願いします。
それでは第十六話、どうぞ


狂振

 

「ねえ、何か様子がおかしくない?」

「なんで四宮くんは自分のパートナーを?」

 

 突如起きた同士討ちに観客席の生徒たちは皆困惑し、そこかしこでどよめきが起きていた。

 

 それは管制室でも同じこと。

 今回も許可を貰い、四人の試合を観戦しようしとていた友美と楯無、そして管制官の織斑千冬と山田麻耶も多かれ少なかれ、彼の狂行に疑問を抱いていた。

 普段の彼を知る者であれば、目の前で起きている光景が普通のものではないと思うであろう。

 

 それに味方を自分の手で戦闘不能にしたこと以外は何もおかしい部分は無いのだが、それが唯の狂行だとは言い切れないとほぼ全ての人間が感じていた。

 

「更識、お前はどう見る」

「現時点ではなんとも」

 

 実のところ、試合開始前から彼の様子が変だとは感じていたものの、何が変であるかを指摘することは千冬にも楯無にもできなかった。

 試合を止めようにも、明確な理由などありはしない。

 

 ブリュンヒルデと呼ばれていた者の直感。

 裏の世界を生きる人間の経験。

 何れもが意味を成していない状況の中、アリーナ内の一人と一組の戦闘は状況を変えていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

(強い……!)

 

 黒鉄はラファール・リヴァイヴのアサルトライフルのフルオート射撃を風車のように高速回転させた十字槍で防ぎながら、背後の打鉄に牽制のガトリング砲を速射。

 アサルトライフルの弾幕が切れると同時に彼我の攻撃と守備が逆転し、マガジンの交換をさせないとばかりに黒鉄が幸貴へと突っ込む。

 幸貴は左手に持った空マガジンを捨て、アサルトライフルを持つ手とは逆の手にショットガンを呼び出し、十分に近づいてきた時に発射。

 しかし一瞬で視界からその黒い影は消え、ハイパーセンサーではなく己の直感に従い後ろへと下がった彼女のアサルトライフルを、チェーンソウのような刀身が掠めていった。

 

「たあぁぁぁ!」

 

 攻撃後の僅かな隙を狙い、瞬時加速で背後から追いかけた歌穂が突きの構えを取り、下から斬り上げてラファールのアサルトライフルを切り裂いた直後の黒鉄を急襲した。

 が、黒鉄はその場で縦に一回転するように動く鋸刃の大剣を振り、攻撃を防ぎ、その刀身に大きな傷を付けた。

 刃の欠けた刀を見て歌穂は顔を引きつらせ、追撃を避けようと慌てて距離をとった。

 それを何もせずただ眺めている黒鉄。

 

「まいったなー、今のは決まったと思ったんだけど」

「仕方ないよ。あそこまでは予想外だもの」

 

 予備の刀に換装しつつ秘匿通信で幸貴と話す歌穂。

 まだ五分も経っていないのに、二人は確実に追い詰められていると感じていた。

 二対一という数の差を物ともせず、徐々にダメージを蓄積している二人とは対照的に、黒いISは一切のダメージを負っていなかった。

 

「まるで幽霊かなにかと戦っているみたいだよ」

「あながち間違いじゃないかも。幽霊巨人だし」

「その愛称、シャレになってないよ」

 

 今の黒鉄には、一次移行した時に幸貴が付けた”幽霊巨人”という愛称がこれ以上ないほどに合っていた。

 あらゆる攻撃が無意味であり、ただ一方的にこちらの精神に負担をかけ続ける厄介な敵。

 今二人が向き合っているのは、そういう存在だった。

 

「次の策はある?」

「もう無い」

「そっかー。二十以上あった攻撃策、全部使い切っちゃったか」

 

 それじゃあ私が特攻して囮にでもなるしかないかなと気楽そうな言葉とは裏腹に、歌穂の表情は険しい。

 かれこれ二十三回、短い時間のあいだに攻勢に出たがその尽くにおいて、黒鉄は逆に彼女たちへとダメージを負わせた。

 普段の四宮拓人とは違う動き、戦い方に対応しきれず、予想以上にラファールと打鉄のエネルギーは減っている。

 

(幸い、相手が攻撃してこないから何とかなっているけど……)

 

 現時点で、黒鉄は反撃としての攻撃は行っているが、自発的に攻撃を仕掛けてくることはない。

 理由は、二人に分かるわけがない。

 ただの気まぐれなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あは、あはは、アハハハハハハハハハ!!」

 

 どこにでもあるような家、その一室。

 そこに少女の笑い声が木霊する。

 黒いワンピースを身に付け、狂ったように笑う少女の周りには、いくつもの画面が浮かび上がっており、内二つにラファールを装着した幸貴と、打鉄を装着した歌穂の姿が映っている。

 

「もう終わり? もう終わりかぁ、つまんないな! でも仕方ないよね。だって貴女たちが乗っている出来損ないさんじゃあ私に勝つことなんて出来ないもの!! アハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 狂い、壊れ、そして壮絶な笑い声が部屋に響くが、しばらくの後、声がピタリと止んだ。

 少女は表情を消し、虫けらを見る目でモニターの向こうにいる少女たちを見た。

 

「でもね、これ以上邪魔されるのはちょっと不愉快かな?

 だから、あそこで見ているだけの人間たちと一緒に消えてくれないかな!?」

 

 狂気に彩られた笑顔で、少女は空中に浮かぶモニターの一つを手でタップした。

 途端、青白い光を放っていたモニターは血のように紅い色へと変わり、そこに意味不明な文字の羅列が流れ始めた。

 

「待っててね、お兄ちゃん。

 私が全部、ぜーんぶ、終わらせるから。そこで、見ていて」

 

 抜け殻のように目から光を消し、蹲る少年を一瞥し、再び少女の顔に狂気が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに?」

 

 その変化は唐突に起きた。

 

 黒鉄の右腕に二連装ガトリングが展開されたかと思うと、ガラスが砕けるようにそれが砕け散り、スパークを発生させながら右腕に集まっていき、全く別の武器へと変化した。

 形状は二つの砲口がある長銃身のロケット砲に似ているが、大きさが二倍近い。

 元となったガトリングの面影はほぼ存在せず、物理法則や質量保存の法則を一切無視して、謎の武装が二人の前で組み上げられた。

 

 目の前で起きた現象に固まる二人を無視し、黒鉄はその武器を観客席の一角に無造作に向けた。

 武器の銃口にエネルギーが溜まり始める。

 

「ッ! 歌穂!!」

「分かってる!!」

 

 ただならぬ悪寒を感じた二人の行動は早かった。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で正面と背後から同時に接近し、右腕の武器へと銃口と剣先を向けた。

 

【あははっ、無駄無駄ァ!】

 

 が、それに対する黒鉄の対処も的確であった。

 くの字を描くように瞬間加速で歌穂の背後に周りこみ、左腕に展開したミサイルランチャーから計五発のミサイルを歌穂と、その向こうにいる幸貴へと撃ち出した。

 

「きゃっ!?」

 

 慌てて歌穂が進路を変えたため正面衝突などという事態には成らなかったものの、進路上に撃たれたミサイルを幸貴は対処できず、五発中三発をその身に浴びた。

 着弾の衝撃で身動きを一時的に制限され、煙で視界を遮られた幸貴は当てずっぽでグレネードランチャーを撃つも、当然当たるはずもなく榴弾は明後日の方向に飛んでいき、炸裂した。

 幸貴の表情にこれから起こる何かへの恐怖が浮かび上がり、それを見て黒い少女が嗤った。

 そして、黒鉄の武器にエネルギーが溜まり、今まさに観客席へと放たれようとしたその時。

 

「チェイ、サァァァァーーーーー!!」

【あうっ!?】

 

 先程までとは比べ物にならない速度で黒鉄に突進した打鉄が、胴体に両足で蹴りを入れた。

 

 空間を壁に見立てて壁蹴りをすることを得意としている歌穂は、イグニッション・ブーストの反動を利用して空間壁蹴りを行い瞬時に加速。更にイグニッション・ブーストを重ねることでさらなる加速を行い、一時的に打鉄本来のスペックをオーバーした速度を出したのだ。

 

 目の前で恐怖する幸貴の表情に、思わず歌穂への警戒が緩んでしまった黒鉄はモロにキックを受けてしまい、発射直前だった武器の銃口を上の方へと向けてしまった。

 

 そして謎の武器からエネルギーが解き放たれた。

 大量のエネルギーは、武器内部で攻撃性の有るものへと変換、圧縮され、数百mという距離を一瞬で突き進んでいった。

 アリーナのシールドと、観客席の天井部分の一部を突き抜けて。

 

『き、キャアァァァァァァァァァァァ!!??』

 

 今何が起こったのかを理解した一部の生徒が悲鳴を上げたのを皮切りに、観客席で戦いを観戦していた人間たちが一斉にアリーナから逃げようと観客席の出入口へと殺到した。

 

 

 

 

 

 

 

「全員、速やかに避難しろ! 繰り返す、速やかに観客席(そこ)を離れるんだ!!」

 

 アリーナ全域へと、管制室からスピーカー越しに呼びかける織斑千冬の表情に余裕はない。

 

 IS同士が戦闘を行うアリーナには、当然ISの攻撃を防げるだけの特別な防御機能が存在する。

 ラファールや打鉄程度のの武器であれば、やり方にもよるが一日中攻撃され続けても壊されはしないだけの防御力を誇るシールドと、観客席を直接覆う対物シャッターの二つ。

 普段はシールドしか展開されていないが、それすらも織斑千冬が現役時代に乗っていた【暮桜】の一撃必殺の攻撃、単一仕様能力【零落白夜】をもってしても数秒は破れないように設定されている。

 だが黒鉄の使用したレーザー兵器は、まるで何の障害もないようにシールドを貫通して空の向こうまで撃ち抜いた。対IS用とはいえ、普通に振るうだけでも十分な破壊力をほこる零落白夜を凌ぐだけの威力を黒いISの武器は出していた。

 千冬の見立てでは、たとえシールドのレベルを最大まで引き上げたとしても、あの兵器の一射を防ぐことは出来ない。

 有効射程はどんなに低く見積もってもこの学園全土。

 もし先程、歌穂の攻撃で射線がずれていなければ、撃ち抜かれていたのはシールドとアリーナではなく、無辜の生徒たちだっただろう。

 

 千冬は焼け石に水をは分かっていながらも、管制室のパネルを操作してシールドのレベルを最大に引き上げ、シャッターで観客席全部を覆い隠した。

 モニターの向こうでは、歌穂と幸貴が再び黒鉄と戦い始めていた。

 

「近藤、松本、早くそいつから離れろ!」

『ダメです。今私たちが此処を離れたら、アイリスが殺されます』

『それにみんなの避難も終わってないんですよね? 少しだけでも、時間を稼ぎます』

「やめろ、近藤、松本! オイ!!」

 

 何度呼びかけても、二人からの応答はなかった。

 言いたいことだけ言って、二人は管制室との通信回線を遮断してしまった。

 

「クソッ!」

 

 歯痒かった。

 千冬は、ブリュンヒルデ、世界最強だのと呼ばれながら、何もできず、ただこの場所から眺めているだけの自分に苛立ちを覚えた。

 

「新木、更識、お前たちも早く避難しろ!」

「あ、はい!」

「…………」

 

 苛立っている担任の迫力に飲まれて友美は萎縮しながら返事をしたが、楯無は険しい表情で画面の向こうで戦っている友人二人を見、そして隣の友人を見、やがて意を決して千冬へそれを告げた。

 

「織斑先生。制圧部隊が来るまで、私も彼を抑えます」

 

 彼女がそう言った瞬間、織斑千冬も、山田麻耶も、友美も、その場に居た人間すべてが楯無へと様々な感情を込めた視線を向けた。

 

「危険すぎます!」

「な、何言ってるの楯無さん!?」

「……何を考えている、更識」

「ただ彼を止める、それだけです」

「更識、待て!」

 

 麻耶と友美が慌てて彼女を引き止めようとする中、千冬だけが努めて冷静に楯無の考えを聞いた。

 それに対する少女の返答は簡潔且つ明瞭に返し、千冬の制止を振り切って管制室を走り出た。

 

 

 

 どうしてこんなことになったのだろう。

 一心不乱に足を前に進めながら、更識楯無はそう思わずにはいられなかった。

 

 いつものように友人たちと話し、”ただの楯無”として多くの人と接し、そして想いを寄せている少年と、恋敵たちと共に普通の友人よりほんの少し近い位置で歩き続ける。

 今日はそこに彼と戦うというアクセントが加わりこそすれ、いつもと同じそんな一日が流れるものだとばかり思っていた。

 

 だが蓋を開けてみればどうだ。

 

 多くの同級生たちが命の危機に晒され、自分がすぐには手出しできない場所で、想い人の少年と恋敵たちが自分の、或いは誰かの命を掛けて戦っている。

 IS学園に来てからも、来る前も、何度も何度も何度も味わってきた命の奪い合い。

 それが最悪の状況、最悪の相手で行われている。

 

(だめ、こんなことじゃ……!)

 

 心の内から溢れてくる暗い感情に飲まれようとしていた意識が、ただの一生徒である更識楯無から、対暗部用暗部”更識”の当主”更識楯無”へと変わっていく。

 

 そうでもしないと、自分の心が潰されてしまいそうだから。

 

「着いた!」

 

 ピットにたどり着いた楯無は、即座に専用機を展開した。

 本来ならISスーツを着てからISは展開するものであるが、拓人の黒鉄、アイリスのアルストロメリアの様に個人が所有するISの中には必ずと言っていいほどISスーツが仕舞われており、ISを展開すると自動的にISスーツへと着替えるようになっている。

 ただこの機能を使うと少々エネルギーを喰ってしまうというのが難点であり、普段は滅多なことでもない限り使用されない。

 が、今はその滅多なことが起きている。

 一秒でも早く、友人のもとに行かなければいけない楯無は、今まで数える程しか使用しなかったその機能を使い、瞬きの間に霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)を装着し終えた。

 

(お願いだから、無事でいて……!)

 

 友人の安否を気に掛けながら、ピットからアリーナへと侵入した楯無。

 そして彼女が目にしたのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『拓人君、ダメーー!?』

 

 折れた刀を手に地に倒れ伏す打鉄と、

 

【アハハハハハハハハ! ……壊れちゃえ】

 

 黒鉄の巨大な腕から発生する衝撃波で、壁に叩きつけられたラファール・リヴァイヴの無残な姿であった。

 

「……………………ぁ」

 

 幸貴の頭部から血が流れ、歌穂の脚は人体の構造上ありえない方向へと曲がっていた。

 

 心の何処かでは否定していた。

 彼が友人に酷い事をするはずがない、と。

 だから、二人を傷つけることはない、と。

 

 甘えていた。ただの希望的観測なのに。

 願っていた。そうであってほしいと。

 

 そしてその全ては、目の前で否定された。

 

 

 非情に成りきれていなかった彼女の心は、この時になって漸く、目の前の黒いISを想い人の少年ではなく、ただの敵だと認識した。

 この学園を、友人を、すべてを脅かす敵だと。

 

「……黒鉄、四宮拓人に告げる」

 

 冷たい激情が、黒い衝動が、彼女の(なか)を満たしていく。

 

「即刻、武装解除しなさい」

 

 今までも、そしてこれから先も、彼女はこの時以上に敵を憎んだことはなかっただろう。

 

「さもなくば貴方を敵とみなし、武力を以て排除する」

 

 ただの一度も学園の人間に見せたことのない表情で、彼女は黒鉄と相対した。

 

 

 

 

 

 

「あはっ」

 

 自分の前に現れた、悪鬼も羅刹も裸足で逃げ出してしまうような、静かで、それでいて問答無用に恐怖を感じさせる雰囲気を放つ少女を前にして、黒い少女は笑っていた。

 

 彼女にとって、楯無こそが今回の最重要目標であった。

 

 動かれる前に無力化したアイリス。

 ただの準備運動(・・・・)で倒した幸貴と歌穂。

 ついでに殺そうとした観客たち。

 

 全てただのオマケ。

 攻撃したのはほんの気まぐれでしかない。

 

 もとより、狂的な拓人への依存心こそが彼女を突き動かすモノ。

 幸貴も歌穂も友美もアイリスも、みなただ一人だけでは彼を突き動かすものとは成りえない。

 つまり、消す必要性すら感じない、道端の石ころと同じだった。

 しかし、楯無の存在は、ただそれだけで拓人が動こうとする程、彼の中で大きな存在となっている。

 

 それが、黒い少女には気に入らない。

 

「それが貴女の本当の姿なんだね」

 

 無邪気故の純粋な邪悪さがにじみ出ている目で、少女は楯無を見つめる。

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 一方の楯無も、自分を射抜く無機質な機械の目を見つめて、そこに自らを害しようとする意思を感じた。

 四宮拓人程度(・・)の人間が放つことなどできない、刺すような殺意。

 それに反比例するぐらい純粋な、凶気。

 そしてそれらすべてを凌駕するほどの、不快感。

 

 

 ISを使う者と、IS其の者。

 自ら上り詰めて強くなった人と、そこにあるだけで人外である存在。

 自らを押さえつけている女と、己を律することを知らない少女。

 

 根源からその在り方まで、何もかもが正反対の二人が唯一同じくしているモノ。

 

 それは四宮拓人という一人の少年への執着心。

 誰にも渡したくない。

 自分だけを見て欲しい。

 

 方向性こそ違えど、思いの形を同じくする者同士、相手のやり方、彼を手に入れようとする手段が酷く気に入らない。

 

「そう、そういうこと……」

【うん、やっぱり貴女はいらない】

 

 楯無は、黒鉄の中に”いる”拓人に執着するなにかの存在を感じ取り、

 黒い少女は、更識楯無という少女が改めて自分にとって邪魔な存在だと認識し、

 互いに、自らの得物を構えた。

 

「なら」

【だから】

 

「貴方を」

【貴女を】

 

 

「ここで倒す」

【ここで壊す】

 

 

 

 此処に、戦いの幕は上がった。

 このあとに待つ結末を知る者は、誰も居ない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 目が覚めると、拓人の前には闇が広がっていた。

 

「四月もこんなことあったような気が…………」

 

 どこにも光が無い空間で、何故か自分の姿を認識できていることを不思議に思いながら彼は体を起こした。

 ここは何処だとか、なんで自分は倒れているんだとか色々と言いたいことや疑問は尽きなかったが、とりあえず可能な限り状況を把握しようと、彼は自分の記憶を辿った。

 

「えーっと…………気絶したのかな?」

 

 彼の脳裏に残っているのは身体中を襲う強烈な疲労感。頭の頂辺から爪先まで一切自由に動かせないほどの激痛と呼吸不全に陥ったこと。

 そして、

 

「クロガネ、かな」

 

 ここ最近全く聞いていなかった黒い少女の声を聞いたことだった。

 

「……………………アレ?」

 

 しかしそこまで思い出してから、拓人は躓いた。

 意識が途切れる直前に訊いた言葉がなんであったのか、頭の中からすっぽり抜け落ちていたのだ。

 しばらくの間、首を傾げてうんうんと唸っていたが、やがて思い出すのを諦め、いい加減現実を直視しようと周りに目を向けた。

 

「とは言ってもこれじゃあね……」

 

 何も無い。現状はそう表現することしかできない。

 五ヶ月の間に彼が黒鉄のコアの中(便宜的にそう表現する)に入った回数はそれなりにあるが、何れにおいてもそこは拓人の記憶から構成された現実世界の模倣がほとんどであり、そうでなければそもそも自分の姿も何も見えはしなかった。

 自分以外何も存在しない世界など、彼には想像することも出来はしない。

 

 自分の手元にある情報はあまりにも少なく、故に此処がどこであるかわからない。

 

「八方手詰まりだな…………ん?」

 

 現状把握を諦めかけたその時、彼は少し離れた場所に光源を見つけた。

 流石に謎すぎる場所に居るため、直ぐに駆け出すという事はしなかったものの、心なし早足で彼はそこへと近づいた。

 光源の正体は空中に浮かんだ真っ白のモニターであった。

 

「…………何コレ?」

 

 空中にモニターが浮かんでいることに関しては今更すぎるのでなんとも思わないのだが、露骨に怪しいソレ(・・)に対してどういう反応をするべきかわからず、およそ一分間、何もせずに眺め続けた。

 

「何もせずにいる、って訳にはいかないよな」

 

 意を決し、拓人はモニターへと手を伸ばし、そして指先が白い画面へと触れた瞬間、辺り一面光に包まれ、突然のことに目を開け続けることが出来なくなった彼は、腕と目蓋で眼球を隠した。

 

「~~、なんだって言うんだ、よ?」

 

 視界を遮っていた腕と目蓋を取り払い、周りに目を向けた拓人は絶句する。

 

 なぜなら其処には、

 

『遅すぎる! 何やってたのよバカ宮!!』

 

 怒鳴るアイリスの顔と、見慣れたアリーナの風景が広がっていたからだ。

 よく見れば、打鉄とラファールを身に着けた歌穂と幸貴の姿もある。

 

「あー、あと、ん、んー?」

 

 場面転換が急すぎて、混乱の極みに陥った拓人の口から漏れる言葉はまともな言語の形を成していない。

 

「あれ、まさか、これはクロガネの視界? あ、いや、でも、僕は気絶しているんだし。そもそもクロガネを展開していないし。あれー?」

 

 疑問が今見ている風景がなんであるのか一度は当たりをつけた拓人だが、直様それが自分の現状的に可笑しいと気づき、ならばこれが何であるのかと疑問が浮かび上がった。

 彼がそうこうする間にも、見える光景は進んで行き、遂に試合開始五秒前まで来た。

 

「って言っても、選手である僕は気絶しているんだけどなぁ?」

 

 幻覚か何かかな? と、拓人が目の前の光景が現実のものであるとは思えなくなった瞬間、

 其れは起きた。

 

 突如、アリーナ全体に向けられていた視界がアルストロメリアに身を包んだアイリス一人に絞られ、黒鉄の右腕に装着された巨大な腕型武器の突起が後ろに引き絞られるのと同時に、アイリスとの距離がほぼゼロになった。

 

 そして、アイリスの無防備な背に右腕が打ち込まれ、突起が沈み、白いISをアリーナの壁まで吹き飛ばした。

 

「なっ!?」

 

 それだけに留まらず、吹き飛ばされていくアイリスの後を追うように瞬時加速した黒鉄は、

 

「アイリスッ!」

 

 少女が構えた盾をものともしないように、再び右腕を叩きつけ、その意識を狩り取った

 衝撃で少女の腕があらぬ方向に曲がっており、盾も砕けている。

 

「な、なんだよ……これ」

 

 拓人の口から出た声は震えていた。

 自分はタチの悪い夢でも見ているんじゃないかと彼は一瞬思ったが、あまりにも生々しく、そして唯の夢と言うことを自らの直感が違うと言っていた。

 

「……何やってんだよ、クロガネ」

 

 混乱する彼をよそに場面は進んでいく。

 またも自分が知らぬ武装を呼び出した黒鉄が無造作に観客席を攻撃しようとして、歌穂に阻止され。

 邪魔されたことに怒る黒鉄に、歌穂が地面に叩きつけられ、脚を砕かれる。

 

「……やめろ」

 

 痛みに泣き叫ぶ歌穂を盾に幸貴へと突貫した黒鉄は、彼女に歌穂をぶつけ、歌穂諸共右腕に装着した巨大な腕で吹き飛ばした。

 

「…………やめて、くれ」

 

 地面に叩きつけられた歌穂はそのまま気を失い、辛うじて意識がある幸貴はうめき声を上げながら近くに落ちているショットガンに手を伸ばし、手が届く前に黒鉄に首を掴まれ持ち上げられた。

 幸貴の華奢な首を掴む手に力が込められていく。

 あらゆる攻撃から操縦者を守るはずのシールドバリアも、衝撃や圧力までは完全に殺しきれない。

 幸貴の口から声となっていない空気が漏れて、そして徐々にそれもなくなっていく。

 

「やめろ」

 

 振り上げられた右腕の武器のシリンダーは既に引き絞られており、何の躊躇いも、容赦もなく、幸貴の腹部へと打ち込まれた。

 

「やめろォォォォッ!!」

 

 

 

 

 彼の地獄は、始まった。

 何も理解できず、拓人はその闇に呑まれていく。

 

 

 




彼の世界はまだまだ歪みます。
それでもいいという方は、次も彼の地獄にお付き合いください。
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