IS one years ago   作:工藤

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今回の話のあとに、どれくらいお気に入りが減るのか想像すると若干怖い。
拓人は初期案の頃からほとんど変えていないが、我ながらよくこんな奇天烈人間考えついたものだと思う今日この頃。


感想・評価・批評・誤字脱字の報告がありましたら、よろしくお願いします。
それでは第十七話、どうぞ


ぼくという存在

 

 制圧部隊がアリーナに到着し、楯無たちが有利になったか、と問われれば、それは違うという言葉しか返せないだろう。

 戦闘中に武器を造り換え、未知の能力を誇る複数の武器を振りかざすクロガネに対して楯無たちは奮闘している。 

 

 

「やめろよ、やめてくれよ!!」

 

 四方八方360度何処を見ても誰かがクロガネと戦い、そして墜とされていく光景しかなかった。

 未だに致命的なダメージを負った人こそいないものの、目の前の戦いは僕にとって悪夢でしかなかった。

 

 アイリスが倒され、歌穂が倒され、幸貴が倒され、しかもそれが、クロガネを装着した僕の手で行われた。

 これを悪夢と言わず、なんと言えばいいのだろうか。

 

「クソ、畜生!!」

 

 目の前の出来事を夢だと思ってしまえば幾分かは楽になるのだろうが、生憎と現実逃避ができるような精神状態ではない。

 

 怒りと恐怖、そして憎悪。

 

 僕の心を占めるのはおよそその三つだった。

 

 彼女たちを傷つけるクロガネへの怒り。

 彼女たちを失うかもしれない恐怖。

 そして、何も出来ずにただ見ていることしかできない僕自身への憎悪。

 

 もし歌穂や幸貴、アイリスのうち誰か一人でも死んでいたら僕の心を占めていたのは果てしない虚無感だったのかもしれない。あの日のように。

 

「な、やめろ……ソレはやめてくれ、クロガネ!」

 

 痺れを切らしたクロガネが、自分の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の一つで創り上げた武装を展開した。

 あの、アリーナのシールドを貫いたレーザー兵器だ。

 

 

 見ていて解ったことだが、あれは威力よりも射程に比重を置いているのだろう。

 通常兵器に比べて威力が高いのは当たり前だが、それよりも気をつけるべきなのはこの学園内のどこであろうとも有効射程範囲であるということだろう。

 言い換えればそれは、このIS学園にいる限りクロガネの攻撃から絶対に身を守れる場所は存在しないということだ。

 なにせあの兵器は、学園最硬のアリーナのシールドすら貫通できるのだから。

 

 だが、これでも威力と射程の比率が4:6だというのだから恐れ入る。

 威力のみに特化した武装を創り上げたらどうなるのだろうか。

 

 まあ、ぼく(・・)には関係ないけど。

 

 それにもうそろそろ()にネタばらししないといけないし。

 ぼくはこの空間に写していた光景を消した。

 

「なっ、き、消えた!?」

「君と二人で話すのに、あの映像があると面倒だからね」

「ッ! 誰だ!」

 

 自分以外の誰かの声を聞いたことに一瞬硬直し、慌てて僕が振り返った。切羽詰った表情をしている。

 ……うん、我ながら本当に平凡な見た目だな。

 来年現れるであろうどっかの少年が無駄にイケメンだから余計にそう思えるよ。

 って、そんなことはどうでもいいや。

 

「どうもはじめまして。それともお久しぶりかな? 今の四宮拓人」

「お前、は……ぼく?」

「そうだよ、僕」

 

 ──君の中にいる、もう一人の四宮拓人だよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の自分はどんな顔をしているんだろう?

 

 自分の目の前、無表情で佇むもう一人の自分。

 七歳当時の姿をした”本物の”四宮拓人を前にそんな下らない疑問が脳裏を過ぎった。

 

 四宮拓人は二重人格者だ。

 九年前の事件の日から、四宮拓人という人間の存在を守るための自分、つまり僕が生まれた。

 その後、”ぼく”は心の奥底、僕が殻と呼んでいる場所に閉じこもった。

 

 八月に一度だけ殻の中から現れたが、それ以前に”ぼく”が表に出たことはなかった。

 いや、出たことはあったのかもしれないが、昔は”ぼく”と僕の境界線が薄く、自分を自分と認識できていなかったこともあり、ソレを成し遂げたのがどちらの自分であるのかすらも分かっていない。

 明確な境界がないがゆえにどちらも自分。どちらも四宮拓人だった。

 でも、今は違う。

 

 目の前で相対する少年は、四宮拓人であっても、僕じゃない。

 別の人間だ。

 

「うん、そうだね。今となっては、君とぼくは別の人間だね」

「……っ! お前、今……」

「この世界、この空間は僕の領域だよ? 君の心を読み取るぐらい朝飯前さ」

 

 冗談とも本気とも判別できない事を真顔で言って”ぼく”は僕に背を向け、手招きをした。

 

「来なよ。何処か話せる場所でも作るからさ」

「今はそんな場合じゃないだろ!! 楯無たちが」

「その楯無さんたちを脅かしている今の事態に関わる話だよ。聞きたくないなら別にいいよ。何時までも其処で無駄な努力をしていればいいさ。まあ、ぼくはどうでもいいんだけど」

 

 言葉の通り、僕がどんな選択をしても一切気にしないという表情で”ぼく”は歩き出した。

 選択肢など最初から有って無いようなもの。

 僕は大人しく小さな自分について行った。

 

 

 

 ”ぼく”の後に付いて歩くこと何分か。

 黒一色だった景色が突如変わり、立っていたはずの僕は何時の間にやら机の席に座っていた。

 周りは完全にどこかの家の中、いや、ここは健介さんたちの家。僕が昔住んでいた家ではないもう一つの四宮家の居間だった。

 現実での感覚は無いも同然だが、どうもこの世界の中ではそういうわけでもないらしく、五感も冷熱感も全て機能している。

 それだけに目の前で起きた事態が飲み込めず、暫し呆然としてしまった。

 一体、何が起きたんだ?

 

「自分の身に起きたことが理解出来なくてもいいよ。別に理解する必要もないし。ぶっちゃけ、そういうことが起きる世界だということだけ判っててくれればいいんだし」

 

 対面に座って真顔で言い放つ”ぼく”は特に驚いた様子もなく、平然と机の上のお茶(?)に手を伸ばした。相変わらずと言えば相変わらずな様子だ。

 コイツは何がしたいんだろうか。

 

「それについてはこれから話すから、とりあえずお茶飲みなよ」

 

 心を読まれているのについてはもう何も言うまい。

 机の上に置かれている碗には緑茶が入っていた。ちょっと熱い。

 久々の熱いという感覚はキツイ。

 

 

「さて、何が知りたいの、拓人?」

「全部だ。この場所のことも、今何が起きているのかも!」

「うーん、別にいいけど、ちょっと長くなるよ? あ、あとぼくのことは今後四宮と呼んでよ。正直区別するのが面倒だからね」

 

 面倒だという言葉が嘘のように感情の籠ってない声、微動だにしない真顔でそう前置きし”ぼく”、四宮は語り始めた。

 

「まずこの世界はクロガネの心臓、コアの中にあるブラックボックスの最深部さ。ま、君も何度かお世話になっているあの世界だよ」

「ちょっと待て、それじゃあ変だろ」

 

 ああ、確かにその可能性は考えた。だけど、それじゃあ少し変だ。

 あの世界は僕の記憶や認識などから構成された再現空間のはず。

 それなら今起こっていることを映すことなんて出来ない。

 

「うん、君の疑問ももっともだ。それじゃあこれから、その疑問を解消できるだけの情報を教えよう」

 

 勿体ぶるように言って、四宮は右腕をひと振りした。

 彼の腕が撫でた空間に一つのモニターが現れた。

 

「君は単一仕様能力というのは知っているよね?」

 

 そのモニターを指で操作(?)しながら、四宮は顔を向けずに僕に問いかけた。

 

「ああ、一応は」

「その定義は言える?」

「は? なんで?」

「いいから」

 

 強制力も何もあったもんじゃない声で、目の前の子供は僕に単一仕様能力というものについての定義を言えと言ってきた。

 別に言わなくてもいい気がするが、取り敢えず自分が覚えている限りの範囲で答えてみよう。

 

 えっと、確か、

 

「ISと操縦者との相性が最高の状態に成ったときに発生するという固有の能力。基本的に二次移行(セカンド・シフト)後にしか発現せず、発現しない場合もあるあやふやな能力、じゃなかったっけ?」

「うん、大体その認識で間違ってないよ」

 

 授業で習った範囲だけど、今更そんなことを思い出させて何がしたいんだ? コイツ。

 僕の疑問もどこ吹く風。四宮はモニターの上に指を走らせ続け、やがて止めた。

 

「この世界はね、彼女の、クロガネの人格が持つ単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)一つ(・・)で構成された投影世界。そしてこの世界に投影できるのは何も記憶だけじゃない」

「それってどういうことだ?」

「ここはね、過去(きのう)現在(きょう)未来(あした)も、そして可能性(もしも)も、何もかもが映るんだよ。

 【7月7日 A13 再生開始】」

 

 僕が言葉の意味を考えるよりも早く、四宮が何かを呟きモニターに触れた。

 視界がモニターから溢れる光に塞がれ、ようやく目を開いた時には辺りの光景が一変していた。

 

「…………はっ?」

 

 僕らを挟んで存在する机と座っている椅子以外が消えて無くなり、再び360度全方位に戦いの光景が映っていた。

 しかし映っていたるのは真昼の屋内戦闘ではなく、夜が朝へと変わる瞬間、薄明の海で戦う白と銀、そして翠の三機のISの姿だった。

 姿、と言っても完全には捉えられず、時折映るエネルギー兵器の軌跡と白と銀のISがぶつかり合う瞬間に起きる光が放たれる現象以外はまともに見えない。

 やがて、銀の機体が白いISの、通常より巨大な左手に掴まれ、海面に叩き落とされた。

 その時になってチラッと白いISに乗っている人間の顔が見えた。

 その顔は、一昨日の夢に出てきた少年のものだった。

 

「なんだこれ……」

「…………」

 

 四宮は何も答えず、空中に浮かんでいるモニターを叩いた。

 視界を光が覆い尽くした。

 目を開けば、また風景が変わっていた。

 

 それは有り体に言って巨人だった。

 全長40mを超える巨体はあちこちにツギハギがあり、異常なサイズの右腕と、腕という表現を使うのが正しいのかもわからない大量の銃器が一体となっている左腕を持っていた。

 右足は膝から下が欠け、左足は反対に悪魔のような禍々しいフォルムをしている。

 何処か──目に付いた看板の文字を見る限り、恐らくは日本である──の都市上空に浮かんでいる(・・・・・・)ソレは、左の武装腕を自分の身体の周りにいる何かへと向け、大量の弾とエネルギーをそこから吐き出した。

 攻撃の雨、いや最早波と表現するべき攻撃に晒されたそれがISだと気づくのに五秒とかからなかった。

 その巨人の周りには無数のISが浮かび、それぞれに武器を構えてソレと戦っていた。

 勝ち目など見えない戦いだというのに。

 そして視界いっぱいにミサイルが映り込み、

 

 

 視界が光に覆われた。

 

 

 見知らぬ少年が駆る白いISと、侍を思わせる髪型の少女が駆る紅いISが戦っていた。

 両者は相手の名を叫びながら、血がこびり付いた刀、手にしたブレード、極光を放つ左手、自立機動で相手を攻撃するビットを動かし続ける。

 その目にも、声にも、表情にも、ただ相手を殺すという意思しか感じられず、苛烈さを増していく戦いは遂に互いの四肢を一つずつ奪い去るという結果を招き、それでもなお相手を殺すという思いだけで二人は武器を振るい、そして、

 

 

 視界が光に覆われた。

 

 

 そこは普通の学園だった。

 さっきも見た見知らぬ少年と、少年と殺し合いをしていた少女、ツインテールの背が低い少女、中性的な容姿の金髪少女が仲良く談笑していた。

 彼らだけではない。

 僕と楯無が、歌穂や大和屋たちにからかわれ、或いは祝福されて顔を真っ赤にしていた。

 そこはIS学園などではなく、普通で平凡な学園のようで、

 

 

 視界が光に覆われた。

 

 

 巨大な偃月刀(?)を振り回すISと青いISが試合をしていた。

 青いISはビット兵器をメインとしているらしく、エネルギーライフルを合間合間に撃ちながらビットを展開し、相手を翻弄していた。

 しかし相手もさるもの。自機の周りを飛ぶISに見えない攻撃を放ち一機一機確実に落としていった。

 偃月刀を連結させ

 

 

 視界が光に覆われた。

 

 

 そこには屍の山が築き上げられていた。

 複数のラファールがなんの躊躇いもなく眼下の一般市民を射殺していく。

 そして五歳にも満たないだろう少女に銃を向けた瞬間、後ろから急接近した白いロボットに斬られ

 

 

 視界が光に覆われた

 

 

 黒いロボと銀のISが戦っている。

 無数の光弾を放つ銀色に対して、黒いロボはろくに反撃も行わず

 

 

 視界が光に覆わ

 

 

 ISとISに似たロボットが跋扈する世界

 

 

 視界が光

 

 

 女尊男卑ではなく

 

 

 視界

 

 

 無数の弾

 

 

 視

 

 

 クロ

 

 

 

「…………っ」

 

 気づけば、周りの風景が四宮家の居間に戻っていた。

 どれくらいの時間が過ぎたのか。それとも、時間は全く過ぎていなかったのかもしれない。

 

 

 色々なものを見た。

 

 狂っていく自分を幻視した。

 悲惨な結末を迎えた世界を放浪した少年の残像を垣間見た。

 救われぬ願いを抱き、そしてそれを成就させて絶望した誰かの最後を見届けた。

 

 視たもの全てが真実であり、同時に偽りでもあると理解してしまった。

 最早吐き気もない。

 

「なあ、四宮。今のって……」

「これらは既に起きた事。今この瞬間起きている事。これから先に起きる事。或いは起きるかもしれなかった事。

 そして同時にただの夢。

 君の夢、彼女の夢、更識楯無の夢、四宮芽生の夢。

 本当のことは誰にもわからない胡蝶の夢。空虚な幻さ」

 

 過去であり、現在であり、未来であり、可能性でもある。

 つまり僕が最初に見ていたのは、

 

「これから起きる出来事だとでも言うのか」

「うん、まあそんなとこだね。正確には現在進行形で起きている事だけど」

 

 現在進行形つまりはもう……。

 クソッ!

 そうだと分かっていれば阻止することもできたかもしれないのに!

 

「それならそうと言葉で説明してくれればよかったじゃないか! こんなもの見せて、僕に何を言いたかったんだよ」

「まずはこの世界がどういうものかって教えとかないと、後々になって騒がれそうだからね。一々対処したくない。あとね、今の状態じゃこの世界から抜け出ることはできないよ」

「なに、どういうことだ!?」

 

 メンドくさいとありありと告げている顔で言い、四宮はお茶を啜った。

 しかしその呟きの中に聞き流せない言葉があり、慌てて聞き返した。

 

「君がここを抜け出すことは絶対にできないよ。少なくとも、僕との会話を終えるまではね。そういう風にぼくが此処を改変した」

 

 なんでもないようにとんでもないことを言う四宮。

 何故だろう。

 自分の主人格と話しているはずなのに、篠ノ之博士と話しているように感じてしまうのは。

 時と状況を忘れ、僕は暫し呆然としてしまった。

 

「主人格、ねえ。まずは君のその勘違いを正さないといけないかな」

 

 前半部分は緩く、後半部分はどこか冷たい印象を与えてくる声と表情になって四宮は僕に目を向けた。

 見た目が七歳児なだけに、その変化がすごく異質に感じられる。

 

「君は早く此処を抜け出したいみたいだからさっさと話を進めるよ。

 まず一つ目だ。君はぼくをどんな存在だと思っている」

「それは…………芽生たちが死んだ日に感じた苦しみや悲しみを持って第二人格である僕の中に閉じこもった本当の四宮拓人だ」

「その認識は半分正解、半分間違いだ」

 

 僕の回答をそう断じて無機質極まりない、それでいて僕を憐れむような視線を四宮は僕に寄越した。

 そして発した。

 

「ぼくは君を生み出した人格じゃない」

「は? それじゃあ君は一体なんなんだ?」

「君自身が心を守るために生み出したもうひとつの人格。謂わば第二人格だ」

 

 四宮拓人という人間の大前提を覆すとんでもない言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも大前提がおかしかったのだ。

 なぜ守らねばならない存在に、辛い記憶やそれにまつわる感情の大部分を押し付けてしまうのか。耐性の無い人間(人格)にそんなことをすれば壊れてしまうのは目に見えているというのに。

 普通であれば逆のはずだ。

 壊れてもいい人格を作り、そちらに負担を押し付けるのが普通であろう。

 

 尤も、そもそもそんなことをする時点で普通ではないが。

 

「ちょっと待てよ。だって、僕は……」

「拓人の認識ではぼくが主人格で、自分が第二人格、だろ?

 でもさ、真実は違うんだよ。

 ぼくが偽物で、君が本物だ」

 

 何か、自分という存在を成り立たせている柱が壊れていく。

 四宮の宣告を大人しく聞きながら、拓人はそんな感覚に陥っていた。

 彼の心の変化を感じ取りながら、四宮は容赦なく言葉を続ける。

 

「そもそもなんでそんな認識の差異が出たのか、それは簡単な話なんだよ。

 記憶と違って、感情は一度消せば無くなるものじゃない。時が経てば、別の形になって蘇る可能性もあるんだよ。君も体験したよね?」

「……何の話だ」

「わからない? 一次移行したときも、その後も、君は彼女から彼女自身の感情を流し込まれたよね」

「っ!」

 

 心当たりがあった。

 拓人は何度か黒い少女と接触してきたが、その度に何かが自分の中に流れ込んでいるような気がしていた。

 そしてそれが、芽生を失った時の絶望のようだと何度も感じていた。

 実感はしていた。

 でも、理解していなかっただけだ。

 

「だからね、君はその感情の実感を失わせるためにそれが自分のものではない別の誰かの感情だって思い込むことにしたんだよ。七歳児のくせして狂ってるよねー」

 

 まあそれも無駄に終わったけど、とどうでもいいことのように軽く言う四宮。

 彼の表情に反比例するように、拓人はどんどん顔色を悪くしていく。

 

「じゃ、じゃあお前の目的は何なんだよ。なんで楯無たちに嘘を教えたりしたんだよ!」

 

 八月七日の日、星を見上げたその時、内から現れた四宮は、拓人の思い込みをそのまま少女たちに伝えた。

 しかし彼の口ぶりから察するに、彼はその段階で既に四宮拓人という人間の狂った内面、認識を正確に把握していただろう。

 

 その拓人の問いかけに、四宮はつまらなさそうに鼻を鳴らし、

 

「君はバカか?

 ぼくは外界に対して然したる興味もないんだよ?

 そのぼくが、態々どうでもいい(・・・・・・)人間に真実を伝えるわけがないじゃないか。

 あの時のあれは、ただのサービスさ。君がより生きやすい環境を作るためのね」

 

 主人格である拓人がより生きやすい環境、より過ごし易い友人関係の形成につながるのであれば、たとえそれが誤った情報であっても躊躇わず伝える。

 四宮にとって、それは当たり前の帰結だった。

 

 なぜなら彼が生み出された理由は拓人を守るため。

 それ以外の何かを持つはずがないのだ。

 

 確かに彼は感情がわからない。

 しかし彼は感情で動いたわけではない。

 彼を突き動かしてきたのは義務感。

 束縛された存在理由こそが、彼の動く唯一無二のわけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 僕自身の真実を告げられただけであるのに、酷く頭の中がゴチャゴチャしていた。

 なんでもない事の筈なのに、彼の告げた真実が苦しかった。

 嘘だと思い込むこともできたが、四宮の目は嘘を語る人間のそれではない。

 

 頭で理解できなくても、心がわかってしまった。

 

「なんで、そんな、僕は……」

「さあ? 四宮拓人という人間の心が複雑奇怪に捻れているのは今に始まったことじゃないからね、知ったこっちゃないよ」

 

 言い、四宮は湯呑からお茶を飲んだ。

 言葉の通り、彼は自分の生まれた詳しい理由については無関心のようだった。

 僕にだってわからない。理解(わか)るわけがない。

 

「まあ原因究明(そういうの)は横に置いておこうよ。めんどくさいし」

「ッ! めんどくさいってお前な──」

「めんどくさいものはめんどくさいよ。

 一々変なとこがあったらその原因を追求解明しようとするのは、技術者的思考の君に任せるよ、拓人。僕はそういうのパス。

 そもそもそれを言ったら、五感が無くなってるのに平然とそれを誤魔化せる君の心の方が僕にとっては変だ。何でそんなに自分に無関心なのかな、君は」

 

 自分に、無関、心?

 そんなことはない。

 僕は傷つくのは嫌だし、人並みに体調管理には気を配っている。

 五感が無くなって平然としているわけじゃないし、楯無たちの目を欺くのは思った以上に負担が大きい行動だ。

 無関心なのにこんなことはしない。

 

「それは嘘だね、君は自分に無関心だよ。

 だって君は石動颯との異常な訓練の時も、中学時代の数々の事件の時も、どこの誰だかわからない女に襲われた時も、クロガネの過負荷を受けて更識楯無と戦っていた時も、アイリス・ブルートンとの試合でお腹を刺された時も、君は自分が重度のダメージを負うかもしれない時、決まってそれから発生するかもしれない死を意識しなかったよね?

 ああ、間違えた。君は自分が生きていることに無関心だったんだね」

 

 ……ああ、そうだ。

 僕は自分が生きていることを理解できていない。九年前に芽生が目の前で死んだその時から、実感が無くなっていた。

 

 確かに自分は笑っているのだろう。

 確かに自分は怒っているのだろう。

 確かに自分は悲しんでいるのだろう。

 確かに自分は楽しんでいるのだろう。

 

 でも、だからなんだ?

 それが、なんだというのだ?

 喜怒哀楽が有るなら、自分は其処に在るのか?

 そんなの嘘だ。

 

 我思う故に我在り、なんて有り得ない。

 思っているのが自分の中に居る自分ではない誰かなら、其処に自分はいない。

 

 何故生きるのか、何の為に生きているのか。

 そんな事を考えている時点で、人は狂っているのだろう。

 生きることに意味を求めてしまうのは、死のうとする人間か、そうしなくては生きることもできないほど精神が壊れてしまった人間だけだ。

 

「うん、そうだね。君の場合は後者かな。

 自分だけ生きていることに何度も疑問を持っていたっけ?」

 

 ああ、そうだ。

 父さんも、母さんも、芽生も、何もかもを失った自分が生きているのに意味はあるのか。

 なんで生きているのか、小学生の頃は理由を求め続けていた。

 芽生を、血を分けた双子の妹を失ってまで生きている意味があるのか疑問に思っていた。

 それがおかしいとも気づけなかった。

 

「そしてその疑問が解消されることは終ぞなかった」

 

 そもそも答えがあるわけがないんだ。

 

「それまでは普通の人間として生きてきた君に」

 

 何かを背負って生まれてきたわけじゃない僕に、

 

「「生きている理由があるはずがない」」

 

 僕が僕の生に無関心なのは当然のことだった。

 自分が生きている理由を求めているのに、それが無いと気づいていたから。

 理由のある生も、理由のある死も僕らには無いと分かったから。

 

「だけど君はそれを知らないふりしてきた」

 

 だから僕は、ずっと芽生の影に依存し、嘘と欺瞞で塗り固めた自分で生きてきたのだ。

 嘘は気づいていた。だって自分でそうしたのだから。

 欺瞞は気づけなかった。だってそれは、自分を誤魔化すためだから。

 

 

 

 

 

「自分を知り終えたかい、拓人」

「……ああ、なんとなくね」

 

 何かが自分の中で砕け、そして再び違う形となって構成されていく。

 

 自らの根幹を変えず、自己同一性を否定し、今までの自分を殺す。

 そうしなければ、これから先、自分を自分と見ることができなくなってしまう。

 言葉だけは平静にしながら、僕の中身は荒れ狂っていた。

 あらゆる感情が渦を巻き、心は砕けかけ、許されるのであれば、今すぐ意識を手放したい。

 でも、それは逃げることだ。

 

 逃げてはならない。

 たとえ何が起きようとも、今この時から目を背けてはならない。

 

「うん、覚悟は決まったみたいだね。それじゃあ、次で最後だ」

 

 今までと違う声。

 どこか悲しげな響きの音を持って四宮は語り始めた。

 

「とは言っても、もう僕が語れることはないんだ」

「え?」

 

 ジジッ、とノイズが走り、四宮の輪郭が一瞬崩れた。

 

「い、今のは……」

「クロガネを、一部だけとはいえ書き換え、こうして君の意識を招き入れた。

 その所為で限界なんだよ、ぼくの存在は」

 

 徐々にノイズが酷くなり、七歳のぼくの姿が壊れていく。

 スプラッタな光景だった。

 いや、スプラッタとは違う。消えようとしている彼の姿はまるで、

 

「まるでウィルスが消されていくみたいだろ?」

 

 諦めと苦しみ、そして悲しみ。

 そのどれとも取れず、また全てとも取れる顔を、初めて見る笑った顔を僕に向け、四宮は手首から先が消えた右腕を掲げて見せた。

 

「ぼくはもうすぐ消える。彼女に消されて、一片残らず消え去る」

「な、待てよ! お前は僕の中に居る人格のはずだろ! なのになんでクロガネがお前を消せるんだよ!」

「気づいていなかったのかい? ぼくは八月七日が終わってから、いの一番に取り込まれたよ。だから君の触覚がまだ消えていないのさ」

 

 そうだ、今考えてみればおかしかった。

 八月の頭の時点で大分削れていた触覚は、辛うじてではあるが未だにその機能を残している。

 クロガネに取り込まれるのに掛かる時間は不定期すぎるので気にしてはいなかったが、そんな裏があったとは。

 

「だから今此処に居るぼくは君の第二人格じゃない。彼女に取り込まれた君の一部なんだ。そして、彼女に生殺与奪を握られているデータの塊みたいなものさ」

 

 そう言う間にも、四宮の身体はノイズが走り続け、既に半分以上が虚空へと消えていた。

 その痛々しい姿から、彼に残された時間が少ないということがわかった。

 四宮はそんな姿になっているのを気にしないかのように僕へと近寄ってきた。

 

「ぼくにできるのは、君にヒントを与えることだけ。

 君に起きていること、彼女が何を思って今みたいな暴挙に走ったのか、この世界が君をどうしようとしているのか。ここから先は、君が自分で気づいて欲しい」

 

 ほとんど消えてしまった四宮が伸ばした左手を咄嗟に掴む。

 それがきっかけとなったように、残っていた彼の身体が粒子となって弾けた。

 

「あ、あああ、ァァァァァァァァッ……!」

 

 胸に去来したのは、堪え難い悲しみだった。

 

 四宮は自分が作った偽者の自分だった。

 でも、彼は確かに僕だった。

 芽生が居なくなったあの日から、僕の中に居たもう一人のぼくだった。

 また僕は、自分の半身を失った、あの日と同じように。

 

 

 心の底から、堰を切ったように恐怖が、嘆きが、絶望が、捨て去った思いが溢れてきた。

 今まで自分の中で完全な形と成っていなかった感情が、記憶が、確かなものとなって構築されていった。

 

 

 四宮の消滅したこの時。

 僕は、彼に押し付けていた感情と、あやふやになっていた記憶を全て取り戻した。

 

 

 




まだまだ彼への責め苦は終わらせません。
それでもいいという方は、次も彼の地獄にお付き合いください。
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