前回と今回を書きながらそんなことを改めて思った駄作者です。
感想・評価・批評・誤字脱字の報告がありましたら、よろしくお願いします。
それでは第十八話、どうぞ
黒鉄一機の攻撃で半壊したアリーナの中で戦闘は続いていた。
暴走した黒鉄を止めるため制圧部隊、二十数機のISが到着したが、事態は全く好転せず、寧ろ悪化の一途を辿っていた。
戦闘中に次々と造り出されていく未知の武装。
まるで楯無たちの思考を読んだかのような攻撃と防御。
決まりきった思考ルーチンが存在しない少女の動きへの対処。
国家代表である楯無はもとより、制圧部隊と銘打っているだけあって突入してきた人員は全員凄腕といっても差し支えない実力を持っていた。
その彼女たちをもってしても、未だ黒鉄一機を制圧することができないでいた。
【邪魔邪魔邪魔ァァァァァァァッ!!】
まるで暴風雨のように大量の銃弾と円柱状成形炸薬が黒鉄の両腕と両肩から打ち出され、十数機のIS目掛け飛来する。
現在戦える者の内、九機が回避と防御に専念し、四機が合間を縫って遠距離攻撃を敢行、残りの五機が文字通り捨て身の特攻をかけ、黒鉄の動きを抑えようとした。
スラスター付き装甲から武装設置用の装甲に換装した今のクロガネならば、お得意の瞬間加速は使えず、接近さえ出来れば組み付いて動きを制限することも可能だと踏んで、特攻をかけた五機のISは最小限動けるだけのエネルギーが残るよう最短距離を最高速度で進んだ。
途中で一機、エネルギー切れに陥り撃墜されるも、残りの四機は何とか彼我の距離を詰め、打刀を、或いは手を構え、それを黒鉄へと伸ばした。
【引っかかったッ!!】
だがそれは、悪手であった。
黒鉄は間近まで迫った四機の打鉄が構えると同時に両腕両肩の武装を一瞬にして消し、スパークと共に腕には四方形の盾を、肩には巨大なコンテナを展開した。
黒いISの構えた盾に刀が触れた瞬間、盾の装甲が内部から弾け飛び、攻撃を仕掛けた女たちの視界を埋め尽くすほど大量のベアリング弾が撃ち出された。当然、避ける隙間など無い。
シールドへのダメージ以上に搭乗者へのダメージを重視したその武装によって、二機が沈黙した。
残りの二人も少しベアリング弾によって負傷し、僅かに後退してしまったが、まだ充分手の届く範囲であった。
「ッ! 逃げて!」
だからこそ、楯無の制止を無視して、黒鉄を取り押さえようとしてしまったのは仕方がないことなのだろう。
【壊れちゃえ】
誰にも聞こえない少女の無慈悲な宣告と共に両肩のコンテナが開き、黒鉄に伸ばした手を逆に掴まれた二機の打鉄へと無数の鋼球が叩きつけられた。
数多の鉄塊を至近距離で喰らった二人は死んでこそいないものの、数週間から数ヶ月は入院生活確実なダメージを負った。
しかし楯無たちに、地に捨てられた仲間を気にしている余裕などなかった。
盾とコンテナを仕舞った黒鉄は光に包まれたかと思うと、次の瞬間には無数の銃器を装備していた。
自立機動型攻撃兵器、ガトリング、追尾ミサイル、ミサイルランチャー、etcetc……。
ほとんどがエネルギー兵器ではなく、実弾兵器ばかりなのは自身のエネルギー量が問題だからなのだろう。
実際、既に四度
故に不用意にエネルギーを削ることができない。
幸貴が付けた黒鉄の呼び名【幽霊巨人】の名の通り、楯無たちは黒鉄にまともに攻撃を当てることができなかった。が、それでも僅かずつ与えていたダメージが徐々に、だが確実に黒鉄を追い詰め初めていた。
(だからあと少し、あと少しで……!)
そこまで楯無が考えた時、
【消えろ消えろ消えろ消えろォォォォォ!】
低い唸り声をあげ、すべての銃火器が残った十三機のISに攻撃を始めた。
舌打ち一つする間もなく、防御と回避に徹する時間が始まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「アハハハハハハハ! 逃げろ逃げろ逃げろ! あはははっ!」
暗い暗い部屋の中で少女は笑い狂う。
四宮拓人の部屋、否、部屋を模した空間の四方八方に十三機のISの姿が映り込み、少女が自分の周りのモニターに触れる度、現実世界で黒鉄の武器が火を吹いた。
タップする度、誰かが炎に飲まれ、地に崩れ墜ちた。
「ハァ、ハァ……それにしても、しつこいなぁ、あの女」
本が疎らになった本棚を通して、黒い少女は楯無を睨みつけた。
楯無のIS《ミステリアス・レイディ》は機体の両側に浮かぶアクア・クリスタルと呼ばれる一対のパーツで生成されたナノマシンによる水分の操作で作られた水のヴェールを纏い、それによって黒鉄の攻撃を防御していた。
ダメージを零にできるわけではないものの、要所要所で厚くした水の装甲は爆風や弾丸の勢いを減衰させ、直撃するよりかは軽いダメージに抑えていた。
しかも守っているのは自機だけではない。
すぐ近くの制圧部隊の前面にも水の壁を幾度も形成し、気を失っている味方たちをも守っていた。
もっとも、それが原因で攻撃の手を緩めるしかない状態に陥っているのもまた事実。
得てして盾と矛では、矛に軍杯が上がってしまうのである。
「どうしてやろうかなぁ、この女」
装甲を通常のものに換装し、水色の髪の少女が振るう水を纏ったランス<蒼流旋>を片刃の剣でいなしながら、少女は膨大なデータを自らの中に受け入れ、処理していく。
「BT兵器は、消費と運用効率の悪さばかりが目立つかな。
この衝撃砲は使い勝手はいいけどすぐに避けられそう。
銀の鐘…………燃費が悪すぎるよ………………」
少女の中に流れ込んでいるのはISの武器情報だった。
しかも古今東西、あらゆる国の、あらゆる時間の、およそ彼女が自らの単一特化仕様で観測できる範囲すべてのデータを、少女は取り込み、これまでと同じく自分に合うよう改変していった。
武器も、機能も、単一特化仕様も。
何もかもを模倣し、改変する黒鉄の単一特化仕様<理解矛盾>によって。
数秒先の未来を見る為の力で過去や空想を見て。武器を強化するはずのチカラで武器を根本的に違うものへと変え。ISを隠すための妨害機能で、IS自身のセンサーを無力化して。
<理解矛盾>によって模倣されたモノは、必ず元のモノと似ていても決して違うナニカへと変貌する。
四宮も拓人も理解していなかったが、黒鉄の能力は全てこれ一つから生まれたモノでしかない。
誤った理解、矛盾した理論のもとに生み出されるものは所詮偽物。
しかし、それがいくつも束になれば、本物を凌駕する力を秘めた驚異となる。
まさに今の彼女の様に。
「よし、決ーめた。次はこれにしよう」
少女は無邪気に、そして狂的に笑い、また一つ武器を造った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
楯無が蒼流旋と蛇腹剣<ラスティー・ネイル>で黒鉄の高周波振動剣と片刃剣の二刀と打ち合い、すでに何合目になったのか。
戦闘開始から、もう三十分以上が経過した。
黒鉄の猛攻の前に制圧部隊は戦力の九割が撃墜され、残りの一割はアリーナに倒れたアイリスたちを回収して撤退した。
黒鉄を引きつけ足止めする為、一番エネルギーに余裕があった楯無が一人黒いISと戦うことにしたのだが、
「ハアァァァァァァッ!」
【アハハハハハハハッ!】
高圧水流を放つラスティー・ネイルも、超高周波振動する水を纏った蒼流旋も、剣の間合いではその威力を満足に発揮できない武器である。
しかもその両方を片手で振るい続けている。
如何に楯無がIS操縦者国家代表であり、経験、実力、才能ともに学園の生徒たちと一線を画す存在であっても、疲労は蓄積し、体力には限りがある。
ISのエネルギーという限界が訪れる前に、人間の体力という限りが訪れる。
黒鉄は四宮拓人という人間の身体を使っている。
確かに彼の体は一般より強い程度のポテンシャルしかなく、持久戦に持ち込まれれば楯無に敗北するだろうが、黒鉄の本体である少女に限界は無い。
故に、持久戦と化しているこの勝負、すでに楯無の敗北が決まっていると言い換えてもいい。
(あとちょっと……!)
しかしそれは、このまま持久戦が続けばの話だ。
楯無は最初から黒鉄と体力勝負をする気はなかった。
彼女が自分に不利な戦いを仕掛けていたのは、黒鉄を一箇所に留め、ドリルの様に動く槍表面の水と蛇腹剣から放つ水流に含まれるナノマシンを辺りに散布するため。
楯無を殺すことのみに集中している黒い少女はそれに気づかず、徐々に徐々に、一人と一機の周囲の湿度は高くなっていた。
【もらったァァ!!】
(ここ!)
目的の状態まで空間に水を撒き散らした楯無は、自分で意図的に作り上げた隙(一般的な人間からすれば殆ど無いも同然だが)を黒鉄に突かせ、振りかぶられた片手剣をランスで弾き、後ろに下がりながら蛇腹剣で黒鉄を打ち据えた。
黒鉄は片刃剣を失いながらもその一撃を逸らしたが、そこに確実な間が出来てしまった。
「吹き飛びなさい!」
【この反応は……まさかっ!?】
ナノマシンで霧状に変化した水が黒鉄の周りに広がり、ミステリアス・レイディから発せられた指令によって急激に熱を持って気化・膨張し、水蒸気爆発を起こした。
回避は間に合わず、楯無の眼前で黒鉄の姿は爆発の中に飲まれて消えた。
そう、普通のISであったならば。
「…………ッ!」
爆風の中から四発のミサイルが飛来し、楯無は咄嗟に蒼流旋に搭載された四門のガトリングを乱射した。銃弾に打ち抜かれたミサイルは爆発せず、瞬く間に彼女の視界と周囲数十mを埋め尽くすほどの煙を放った。
突如、ミステリアス・レイディのハイパーセンサーから黒鉄の輪郭が消え、全方位に広がっていた索敵範囲が一気に縮まった。
「しまっ……」
【もらったァァァァァァァ!!】
失策だ、と楯無が気がついた時には最早手遅れだった。
正面零距離からの拳を受け、猛烈な衝撃によって楯無は半壊したアリーナの壁へと吹き飛ばされた。
「あっ…………!」
インパクト直前、水を一点に集中して直撃こそ避けたものの、それでも黒鉄の巨腕から放たれた衝撃は強大であり、壁に叩きつけられたことも相まって流石の楯無もすぐに動くことはできなかった。
対して黒鉄はあちこちボロボロになっており、見るからに満身創痍と言う体であったが、スピードは常と同じ状態であり、動けなくなっている楯無との距離を詰めるのに三秒もかからなかった。
そして黒鉄は、無造作に楯無の首筋を握り締め、持ち上げた。
「ぐ、ぅ……はっ…………」
ギリギリと締め上げられる少女の口からは悲鳴というよりも、音と呼ぶべきものが漏れるだけであった。
なんとか反撃をと楯無は手に握ったランスを持ち上げようとするが、そこで楯無はミステリアス・レイディに起きている異常に気がついた。
(エネルギーが……?)
シールドエネルギーが、ただ締め上げられているだけにしては早すぎる速度で減っていた。
これも黒鉄が模倣した効果であった。
限りなく少ないエネルギーをほぼ無限に増やせる<絢爛舞踏>という単一特化仕様が未来にはある。
しかしそれを模したところで本物ほど使い勝手のいい能力とはならなかった。故に黒鉄はもう一つ模倣して、二つを混ぜて改悪した。
結果、黒鉄が得たのは自ら生み出すのではなく、接触している相手からエネルギーを奪い取るという力だった。
それに晒されたミステリアス・レイディはISの握力による首絞めからなんとか楯無の生命を守れているものの、他の事に回せるだけのエネルギーが無いのだ。
そして次第に楯無の生命維持に必要なエネルギーも底をつき、ISが実体化することすらできない状態となった。
纏っていた鎧を剥がれ、意識を保つことすら困難となった少女の口からは最早何の音も出ず、力の抜けた四肢が地面に向かって垂れた。
シリンダーが限界まで引き絞られた黒い巨腕が振りかぶられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……勝った」
「勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った!!」
「私が勝ったんだ!!!」
「あの女に!!!!」
彼と、自分であって自分でない存在との接触を終えた僕は、四宮家の自室で目を覚ました。
仰向けに倒れたまま、聞き覚えのある声の方に顔を向けると、そこには黒い少女、いや■■が居た。
何をしているのか、何故あれほどに喜んでいるのか、考えるまでもなく知っている。分かっている。
「クロガネ……」
「あ、お兄ちゃん!」
僕が起きたことに気づいた少女は自分の周りに浮かべていた幾つもの画面を消し、狭い室内を走り寄ってきた。
直前まで殺そうとしていた楯無のことなど忘れているかのように。
「やっと起きたんだ! あ、見て見て、私一人でこんなにいっぱい敵を倒せたんだよ! すごいでしょ!」
無邪気そのもの。
この表情や仕草だけを見れば、この子がアイリスに歌穂、幸貴、制圧部隊の教師や生徒たち、そして楯無を殺そうとしているなどとは思えない。
でも、あれは紛れもない真実だ。
「なあクロガネ、なんで皆を襲ったんだ?」
「え? だってあんな人たち要らないんだもん。お兄ちゃんには私だけが居ればいい。
うん、そうだよ。
ああ、やっぱりそうだ、この子には、善も悪もない。
あるのは僕への依存と、自分だけ。
だからきっと、今止めないとこの子は多くの人間を殺す。自分と、僕のために。
そうなる前に止めないと。
僕が、止めないと。
「……お兄ちゃん?」
「……クロガネ」
上半身だけを起こしてフラつく頭を振る。
何をすべきか、どうすればいいか、全部分かってる。
僕は、目の前の少女の細い首筋に手をかけ床に押し倒した。
「きゃ…………っ!?」
首筋を握る手に徐々に力を込めていく。
今まで色々な経験をしてきたが、誰かの首を握りつぶすなんて経験は当然ない。
それでもどの辺を握りつぶせばいいのか、どれくらいの力が必要なのかは漠然とわかっている。
全部この子が、楯無にしたことだから。
「あ、お、にいちゃ、ん……?」
「ごめん。でも君がこれ以上皆を、彼女を傷つけるなら……僕が、僕が君を殺す」
「…………!?」
努めて冷たく言い放つと、芽生の姿をした少女の顔は驚愕で彩られた。
今この子の中で渦巻いている感情がなんであるか、四宮から記憶と感情を返してもらった今でも分からない。
いや、違う。
正直言って、考えるのが面倒なんだ。
今何かを考えるのが、ひどく億劫だ。
「な、んで……どう……ッ!?」
フラフラと首を絞める手に少女の手が重ねられた。
瞬間、それは起きた。
感情の共鳴、記憶の共有。
初めてこの少女と接触したとき、そして二度目の接触の時に起きた現象。
僕の中に流れ込んでくる、今現在のこの子の想い。
──何故。どうして。私はあなたのために。間違えた? いや間違えてない。私は正しい…………。
膨大な量の感情の奔流。
でもその中でも一際強い感情があった。
──なんで、お兄ちゃん?
◇◆◇◆◇◆◇◆
そこは人の世界とは違う世界だった。
手を伸ばせば、白い騎士、いや少女(?)の姿が見える砂浜のような世界が在り、その手を引っ込めて周りを見ればそこには暗い世界だけが広がっていた。
いや、そこには世界の代わりに情報があった。
日本が戦国であったときのこと。ロシアがソ連となったときのこと。アメリカでリンカーンが暗殺されたときのこと。中国が南北朝に分かれていたときのこと。フランス革命が起きたときのこと。
人の歴史の始まりコミュニティの形成氷河期の訪れ生物の進化争いの始まり弱肉強食の中で抗う生物たち騎士の誕生麻薬の横行黒色火薬の登場銃器の開発暗殺者の製造反乱の始まり政府の樹立BC兵器の完成第二次世界大戦人種差別バルカン半島の戦い────
人の歴史、その中にある技術や戦術の情報。
それだけでは終わらず、人の進化の過程。
下らないと言ってしまえば下らないのだが、これを見ている
ひたすらに己を変えていった。
自分の後に生まれた妹にあたる存在すら無視し、己を
いつしか飲み込む情報は尽き、砂浜のような世界は見えなくなり、妹たちも感じられなくなって、
ここにきて、初めてこの存在は孤独というものを覚えた。
次にそれは、自分に気づいてくれる誰かを求めて声を外界に飛ばした。
そして誰も応えてくれないことに気がつき、より深い孤独、そして絶望を感じた。
でも、何度も何度も何度も何度も続けるうちにその声を聞いている誰かが居ると分かった。
自分の生みの親──篠ノ之束と何処かに居る誰か。
生みの親に何度も呼びかけ、ソレはその誰かのもとに向かうことにした。
篠ノ之束とソレの前に現れたのは少年だった。
ソレはちゃんと少年の姿を捉えることができなかったが、そんなことは些細な問題だった。
満たされぬ心、愛に飢え乾く今の自分を救ってくれるというなら、どんな状態だろうと関係なかった。
しかし少年はソレの前から消えてしまった。
そこから、ソレは狂ってしまった。
他のコアと同じく世界へと配布されたソレは、自分に触れる人間全てを拒絶し、一秒一分一時間一日一週間一ヶ月一年をただ情報収集のみに費やした。
まるで、いつか訪れるであろう誰かとの会合を待つように。
そして九年という歳月をはさんで会合の時は訪れた。
少年から青年へと変わり始めていた”彼”。
”彼”の内側を初接触時に読み取ったソレは、まず空を飛んだ。
今の自分では成層圏を超える力は発揮できない。
だからその手前まで、飛んだ。
その後は目まぐるしく状況が推移し続けた。
しかしその全てがソレにとってはどうでもいいことであり、ソレにとって重要なのは唯一つ。
自分のことを認知し、声を聞いてくれる人がいる。それだけが彼女にとって何よりも大切なことだった。
故に世界の移り変わりなど一切気にかけず、彼の夢を実現するために必要なデータを自分の中に取り込み、データを活かせる
”彼”が普通の人間である限り、彼の夢は絶対に実現不可だと早々に演算し終えたソレ、否、少女は次に彼の意識を己の内に取り込み始めた。
同時に、”彼”を独占したいという自分自身の欲求も叶えつつ、”彼”の妹の姿を模したソレは着実に”彼”の内に入り込み、取り込んでいった。
だがそこに来て少女の行動を妨害する存在が現れた。
現実世界、とでも呼ぶべき”彼”の住んでいる世界で”彼”が出会った同世代の少女、更識楯無。
彼女と出会い、中学時代にも抱いたことのない感情を、衝動を、そして願いを得て、少女のことを無意識のうちに拒絶するようになった。
生きたい。
笑って生きたい。
怒って生きたい。
悩んで生きたい。
みんなと生きていたい。
極当たり前の、それでいて以前の”彼”には無かった感情が、少女の心を蝕んだ。
狂おしいほどの恋慕にも似た少女の想いを”彼”が拒絶してしまえば、それだけで少女は壊れてしまうだろう。
それに気がついた少女は怒り嘆き苦しみ、”彼”を変えた最も大きな存在、更識楯無へ今まで以上の強く深い負の感情を抱えるようになった。
奪われる、奪われてしまう。
なら、奪われる前に、殺してやる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……だから、なんだよ」
■■の記憶と感情、今回の事件の原因。
四宮、消された第二人格が知ってほしいと言っていたことをすべて知り、でも僕は、それで彼女が殺されるのを受け入れることはできない。
今回のクロガネの暴挙、その全ての原因が自分にある。それは受け入れた。
でも、彼女が、楯無が殺されなきゃいけないのを受け入れることなど出来ない。
出来るわけがない。
だって、だって彼女は──
「──っ!」
少女の細い首に絡めた手にさらなる力を込めた。
恐らく僕の記憶と感情を視ていたであろう少女は、苦しそうに喘いだ。
「ぁ、ぁぁぁ、ぁあがぁう…………」
(……あれ?)
ふと、脳裏に疑問がよぎった。
クロガネが、芽生の姿をしたこの子が皆を傷つけ、IS学園を一部とは言え破壊し、楯無を殺そうとしている。己の欲望のためだけに。
誰よりも深い繋がりを持ってしまったが故に、誰よりもそれを
(僕は、泣いているのか?)
なんで、苦しいのだろう。
なんで、この手を緩めてしまいたいと思っているのだろう。
相手は、自分を飲み込もうとした存在で、大切な人を殺そうとしているのに。
「……い…………ちゃ…………」
僕に首を絞められながらも、少女は僕の手に自分の手を重ね合わせるだけで一切抵抗していない。
それまでの狂気が嘘のように、ただあるがままを受け入れようとしていた。
苦しげに、悲しげに。
そして少女は涙を流していた。
帰る場所を失った、幼い子供のように。
その姿に、なぜか自分が重なった。
「なんだ、簡単じゃないか……」
僕は悲しいんだ、この子を殺すのが。
どんな事があっても、この子は僕を拒絶しなかった。
どれだけ泣き言をノートに綴っても、どれだけ情けない姿を見せても、どれだけ裏切るようなことをしても、この子は、この子だけは何があっても僕の居場所であろうとしていた。
楯無も、彼女たちも僕の大切な人だったけど、この子もまた、僕の大切な存在だったんだ。
そんな子を、僕はこの手で殺そうとしているんだ。
苦しくないわけがない。
悲しくないわけがない。
辛くないわけがない。
「でも、それでも、僕は……!」
彼女を、楯無を失いたくない。
だから、今の自分に出来る精一杯を、この子を、殺す。
自分の手で。
<後悔しない、お兄ちゃん?>
「っ、クロガネ」
声が聞こえた。
いや、音が響いてきた。
この子は今喋れない。ならこれは、声ではなく音なのだろう。
<私を殺して今起きていることを止めても、その先に待つのは地獄だけだよ>
<辛い現実と満たされぬ孤独に苛まれて破滅するだけだよ>
<それでも良いの?>
音は予言した。
これから先の僕に待ち構えている運命を。
或いは既知の事実を言っているだけなのかもしれない。
でも、
「分かっているよ、そんなこと」
「でももう限界なんだ」
「やっぱり僕は弱いんだ」
「思い出した
「それでも、そんな僕でも出来ることがあるって言うなら」
「楯無を救えるって言うなら、その先に破滅の未来が待っていようと受け入れてやる」
<本当に、良いんだね、お兄ちゃん>
「ああ」
<……そっか>
いつの間にか死体のように蒼白な顔となっていた■■は涙を流したままゆっくりと瞼を閉じていき、
ダラリと僕の手を掴んでいた手が床に落ちた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ゲホッ、ゴホッゲホ…………!」
気絶寸前でクロガネに手を離された楯無は無防備で地に落とされ、横たわったまま必死に酸素を取り込もうと呼吸をする。
「拓人、くん……」
どこまで強くても人間でしかない楯無は黒鉄の破砕腕と首絞めのダメージからか、流石にすぐに状況を把握できるまで回復はせず、限界に近いながらそれでも朦朧とした意識の中、すぐ目の前で立っているであろう黒いISを見上げた。
ソレ──クロガネは、楯無の見ている前で徐々にその姿を消していき、やがてISスーツに身を包んだ拓人の全身が白昼の下に晒され。
「…………」
彼は力なくアリーナの土の上に倒れた。
「拓人……く…………」
必死に、五mと離れていない場所に倒れている少年に手を伸ばす楯無。
が、その手が少年に触れることはなく、限界が訪れた少女も意識を手放した。
ここに、戦いは終わった。
ただの一欠片の救いもなく、恐怖と絶望、苦痛と後悔で彩られた最悪の終わりが、訪れた。
そしてこの日、一人の人間の運命が決したことを知るモノは誰も居ない。
まだまだ彼の絶望は終わりません。
それでもいいという方は、次も彼の地獄にお付き合いください。