IS one years ago   作:工藤

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ここまでに何人の読者様が離れたのか、そしてこれからどれくらいの読者様が離れるのか。
数えるのが怖いです、はい。


感想・評価・批評・誤字脱字の報告、その他諸々がありましたら、よろしくお願いします。
それでは第二十二話、どうぞ


兄妹

 

 

 

 

 

 ちょ、ちょっと待って、死ぬのが僕の運命って、どういうこと?

 

「混乱するよね?」

「当たり前だ! 突然自分の死期を告げられて、はいそうですかって、納得できるわけ無いだろ!?」

「うん。まあ、それが普通の反応だよね……ッ」

 

 少女はまた声もなく苦しみだした。

 先ほどよりも症状が重いのか、今度は床に手を付くことすら出来ず、床の上に倒れてしまった。

 僅かに見える顔の半面には大量の汗が浮かんでいる。

 

「……残された時間は、もう少ない、かな。そんなに、干渉されたくないのか」

 

 僅かな身じろぎもせず、ボソボソと何かをつぶやいた少女は不意にガバッと身体を起こした。

 何も握ってない方の袖で顔面の汗を拭った少女は今までの陰鬱そうな雰囲気を霧散させ、何かを決意した目

 

をしていた。

 

「さっき私は、貴方が選ばされる未来が死だけだって言ったわよね。あれには理由があるの。

 私が観測した世界、貴方の居た世界は軽く見積もっても五百は超えてる。その中で貴方の運命が覆った事は、一度もない」

 

 語りながら一歩、また一歩と僕に歩み寄る度に目に見えて疲弊していく少女は、しかし足を止めることなく僕に近づいてくる。

 

「どんな人間も歩む人生、選ぶ道筋、人間性には何かしらの差異が出るはずなの。

 織斑弟くんを例に挙げると彼は”異性を妙に引き付けるくせに誰にもなびく事がない女の敵とも言うべき人物”であることが殆どだけど、その理由が”ただ一人の女を想い続け、その一人以外の人を尽くフってた”だったり、”生まれ持った鈍感ゆえに女性から寄せられる好意に気づかない”だったり、”過去のトラウマからくる女性全般への猜疑心”だったりするの。

 だけど”四宮拓人”というラベル(名前)を付けられた人形(人間)喜劇(人生)は、大きな変化が起きない。

 七歳の時に妹が死に、人間として壊れ、中学時代の濃いメンツのおかげで人間味を完璧ではないにせよ取り戻す。そして高校生の時に死ぬ」

 

 まあ理由や状況は結構差異があるんだけど、と少女は全く嬉しくない言葉を付け足して言葉を止めた。

 と同時にベッド脇まで到達した少女は、フラリとベッド上の僕の身体へとその上半身を倒れ込ませた。

 

「クッ……!」

 

 普段は身体能力が追いつかない為に全く役立ってない動体視力が倒れ込む兆候を捉えた瞬間、間一髪倒れ込む少女と、下敷きになる自分の身体部位の間に腕を差し出して、少女の体を支えれた。

 

 ただ、どうにも重い。

 普段であれば苦にもならないような重量の少女を支え続けるのが、今の不安定な自分ではどうにも困難極まりない。

 だから何時までもこのままという訳にもいかず、ゆっくりと少女の体をベッドの上、僕の足の隣辺りに降ろした。

 

「私は、観測者になってから、四宮拓人の死を、何度も眺め続け、どうすればそれが回避できるか、考え続けた。どうすれば、神様の娯楽の駒から開放できるのか、想像し続けた」

 

 体を起こす気力もないのか、ベッドに隠れていない顔の半分から妙に強い意思の光を浮かべた眼を覗かせて少女は言葉を続ける。

 なんと言うか、中学時代にも味わったことのないレベルの、最早怨念じみた執念を感じてしまう。

 うん、ぶっちゃけ怖い。

 

「普通の方法では、絶対に無理。生きている貴方への干渉は、より大きな歪みとなって貴方を襲う。だから私は、貴方がコアネットワークの中に、私と同じ場所に来るのを、待っていた。ここなら、貴方に選択肢を与えてあげられる」

「選択肢?」

「ええ。貴方という一人の人間としての死か、拓人という存在としての生か」

 

 人間としての死、存在としての生。

 漠然としたその言葉が、何を意味するのかはさっぱり分からないが、決して良い意味ではないのだろう。

 

「神様は、気まぐれで世界の在り方を変えることが出来るの。神様に近い存在である観測者も、また同じ。

 でも、観測者のソレは神様に比べて不完全。かつての自分の運命ならいざ知らず、私のような存在が変化させた他人の運命には、歪みが生まれ、やがてその人を飲み込んでしまう。だから、貴方の死ぬ運命を変えるには、貴方が居ないといけない」

「……この、コアネットワークの中にか」

 

 少女は僅かに首肯した。

 

 ……ちょっと整理しよう。

 

 四宮拓人()という人間は何をどうあがいても十八歳の誕生日を迎えるまでに死んでしまう運命にあり

 

、コアネットワーク(でいいのか?)の中からそれを眺め続けてきた目の前の少女は、その運命を変えたいと思っている。

 で、少女が言うには、少女は人の運命を捻じ曲げる力を持っている。

 しかしソレは不完全なものらしく、自分だけでは他人の運命を完全に変えることはできない。

 そこで当の本人の力を借りようという訳なのだとか。

 

 

「でも、その為には貴方にこのコアネットワークに留まり続けてもらう必要があるの。そうなったら、貴方は自分の友人や、大切な人たちと永遠にお別れすることになる」

「それが人間としての死、ってことか」

 

 誰とも触れ合えず、誰にも存在を認識されないモノは死んでいるのと同義。

 そういう意味ならば、彼女が先ほど言った言葉にも納得がいく。

 

 しかし少女は、いいえ、と蚊の鳴くような声で僕の言葉を否定した。

 

「肉体的には死んでいるのかもしれないけど、貴方という存在はコアネットワークに残り続ける。だからそれは、拓人という存在としての生」

「……? それじゃあ人間としての死って?」

「言葉のまま。精神、肉体の両面において死ぬ。ただそれだけ」

 

 いや、ただそれだけって言われてもな……。

 

 上手く理解できずに首を傾げる僕を見て、少女は僅かに呆れたような目を僕に向けた。

 

「簡単に言うと、貴方の精神を肉体に戻して、そのまま死ぬこと」

「ああ、成程」

 

 って、

 

「ごめん、それって、つまり此処に居る僕は、どっちにしても死ぬってこと?」

「そういうことになるわね」

「…………なんだよ、それ」

 

 生き残る道が、無い?

 死ぬしか、無い?

 

「ごめんなさい。でも、コレはもう変え様がない事実なの。

 これから先、どんな行動をとっても、どんな手段をもってしても、この世界の四宮拓人──貴方は、死ぬ」

 

 少女は静かに僕の絶対死を告げて、ノロリノロリとまるでゾンビの如く身体を起こした。

 今までの強い意志の光から一転、深い深い負に塗れた光を宿した眼で何も無い空間を睨みつける少女の姿に、僕は言葉を発する事が出来なかった。

 

「もう、来ちゃった」

 

 少女は底冷えする眼で虚空を、否、虚空の先に居る何者かを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 トレーラーの運転席に二十数発の弾丸が撃ち込まれ、運転手だったモノは真っ赤な肉片へと変わった。

 数秒遅れて爆発が起き、後部の特殊装甲性コンテナだけが(多少のスス汚れこそあるが)ほぼ無傷のままトレーラーと呼べる物体はバラバラになった。

 

「はぁ、つまんないわ」

 

 一連の様子を空中から眺めていた襲撃犯──<愛する国を憂う民の会>所属のIS操縦者は、言葉通りの退屈であるという感情がむき出しの視線をバイザーで隠しながらコンテナの傍へと降り立った。

 

 

 ロシア政府の上層部に深く食い込んでいる人員から、四宮拓人のIS学園追放の最終決定が下され、護送されるという情報が手に入ったのはつい昨日のこと。

 情報を得た<愛する国を憂う民の会>、通称<愛国会>は他の組織よりも早く彼の身柄を押さえようと、来るべき時のために日本に潜伏させていたIS操縦者を使い、彼を確保・監禁、或いは殺害・回収しようと動いたのである。

 

 

 上からの命令により休日返上でこうして襲撃を仕掛けた女は、ハッキリ言って不機嫌極まりなかった。

 実のところ、自分の所属する組織の構成員殆どが言う”崇高なる目的”とやらを女は理解しておらず、ただ

 

ISという強大な力を存分に振るえ、命を賭けた戦いを行い、多くのお金が貰えるという理由から愛国会に所

 

属しているに過ぎない。

 しかし普段は「来る日のために備えておけ」とだけ命令され、極東くんだりで待機を命じられている。

 

 勿論、定期的にISを動かす機会を与えられてはいたものの、自分たちに関する証拠を隠蔽するために派手な戦闘は避けねばならず、訓練にせよ任務にせよ、女の望んだ力を振るう機会は無かったといっても過言ではない。

 それ故、今回の任務では、襲撃目標が襲撃目標なのでISの一機や二機は居るだろうと予想し、密かに高揚感を覚えていた、のだが、

 

「なーんにも居ないのよね」

 

 ISの影も形も無く、時代遅れの武装を持った護衛が居ただけで、彼女が望んでいたような戦いの場は何処にもなかった。

 期待はずれもいいところなその光景に、落胆と怠惰の感情が女の内を満たしてゆき、女の仕事へのやる気を大幅に削ぎ落とし、それが先の一方的な蹂躙(遊び)へと繋がった。

 

 しかし、それすらも女の欲求不満を満たすことはできず、虚しさだけが女の胸中を占めるのであった。

 

「帰ったら甘いものでも食べようかしら」

 

 エージェントとしてのプライドの欠片もない女は既に今回の仕事が終わった後の事を考えながら、拓人と黒鉄の入っているコンテナへと近づいていった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「この世界で貴方に死を(もたら)す存在は、もう現れてしまっている」

 

 少女が言うと同時、拓人の周囲に幾つものモニターが浮かび上がった。

 

 どの画面にも、彼の見覚えがないISが、黒塗りの車を撃ち抜いていく様を俯瞰した映像が映されている。

 

「これに打ち勝つことは、現実の貴方の状態、ISの状態を考慮に入れて考えれば不可能と言えるわ」

 

 モニターの幾つかにIS──<黒鉄>の状態を知らせる画面と、拓人の身体状態を細部まで知らせる画面が

 

出来上がる。

 

 曰く、エネルギー残量20%未満。

 曰く、残弾四割。

 曰く、一部機能不全。

 etcetc……

 

 曰く、軽度の栄養失調。

 曰く、軽度の筋肉硬直。

 etcetc……

 

 

 軽く上げただけでも計二十項目以上のイエローゾーン、五項目以上のオレンジゾーン、そして拓人も黒鉄も一項目のレッドゾーンの不調を抱えている。

 

 絶不調一歩手前、いや半歩手前とでも表現するべきか。

 操縦者、IS共にまともに戦えないと言っても過言ではない状態である。

 

 

 

 自分の身体と専用機の異常な、端的に言ってヤバイ状態を突きつけられた拓人は、何をどうすればここまで酷くなるのか、と言葉を失い、目を見開いて画面を眺め続ける。

 

「もう、時間が無いの。だから選んで、自分の未来を」

 

 が、少年の心理状態など無視して、少女は先ほどガラクタの山から拾ってきたモノを握り続けている手を彼の眼前に突き出した。

 そして、閉じていた手を開いた。

 

「…………ッ」

 

 開かれた掌の上にあるモノを見て、拓人の目がさらに見開かれた。

 

 彼にとって全ての始まりの象徴とも言える、同時に全ての終わりの象徴とも言えるIS──黒鉄の待機形態である黒百合のペンダント、<呪い>のペンダントが、其処に在った。

 

 本来此処に在るはずのない、もう二度と見ることはないと、心の何処かで思っていた物体に少なくない衝撃を受ける拓人の前に、もう一つの手が突き出された。

 そこに握られていたのは、なんの変哲もない鍵だった。

 

「……僕に選べる未来は、IS(戦い)か、(別離)か」

「ええ。黒鉄を選べば、貴方は現実に戻れる。鍵を選べば、貴方は二度と肉体に戻ることは出来なくなる」

「それを、選べって言うのか」

「そうよ。この限られた未来を」

 

 少年は俯く。

 戦いを選んだところで、今の状態では敵ISに勝つ手段など無いに等しい。

 戦闘という体すらなさずに殺される未来が待ち構えているだろう。

 

 しかし、別離を選ぶのは今の彼にとってどんな苦痛にも勝る拷問だろう。

 やっと分かった彼女(・・)への思いを告げることもできず、誰にも別れを言えず、友人や叔父夫婦、自分に関わってきた人たちと永遠の別れとなるという現実が、あの日、あの時のように、彼の心を砕こうとする。

 

 だが、どんな選択を選んだところで、別れは避けられないと少女は言う。

 その後に自分が存在しているか、完全に死んでいるか。それだけの差だと拓人にとって残酷な事実のみを述べる。

 

「鍵を選べば、少なくとも自分を失うことはなくなるし、貴方の人生は意味の無い人生ではなくなるよ。もう

 

、戦わなくてもいい。苦しまなくてもいい。それに、ね? この世界の雪白が起こした事件のせいで、もう、外の世界に貴方の居場所は無いに等しい状態なんだよ」

 

 だから、だからね? と少女は優しく言葉を紡ぎ、現実を突きつけ、拓人に選択を迫る。

 俯く彼には見えない、暗い喜びを湛えた笑顔らしき表情で少年に鍵を選べと暗に告げる。

 

 ゆっくりと、拓人の手が伸びていく。

 

「もうこの世界で生きることは、彼女たちとの再会は、諦めて(・・・)?」

「…………ッ!」

 

 諦めて。

 

 その一言が拓人の耳に届き、脳が認識した瞬間、拓人の手が黒百合のペンダントを少女の手から奪い取った。

 あまりの早業、直前までの彼の様子からは想像できない行動に少女は呆気にとられてしまう。

 

「……あ、え、えっと、鍵はこっちだよ」

「……それは、要らない」

「え……?」

「僕は、戦う」

 

 少女の頬が僅かに引き攣り、笑顔らしき表情が崩れた。

 絶望に沈み切る手前まで堕ちていた──と少女は思っていた──はずの拓人が戦うことを選んだことが信じられず、少女は慌てて彼に詰め寄った。

 

「自分が何を言ってるのか分かってるの!? 今の状態じゃ、貴方の実力じゃ何をしたって──」

「諦めたくないんだよ!!」

「っ!?」

 

 詰め寄った少女に逆に掴みかかり、少年は──恐らく生涯初の──憎しみが篭った目を眼前の少女へ、世界そのものへと向けた。

 

「絶対に勝てないから諦めろ? 無理だから諦めろ? ふざけんな!

 僕はどんなモノより、出来事より、人間より、諦めろって言葉が大嫌いなんだよ!!」

「クッ……そ、そんな理由で死を選ぶって言うの!?」

「僕は諦めて、妹を見捨てたんだよ!!!」

「え?」

「炎に包まれた部屋で、床に這いつくばって動けない妹を、僕は助けられないって諦めて、見捨てたんだよ……!」

 

 少女のIS学園制服の襟元を掴んでいた手に込められる力は言葉とともに強くなり、反比例するように拓人の声は弱々しく、悲しみと後悔に満ちたものとなっていく。

 しかしその迫力に少女は気圧され、まともに言葉を返せない。

 

「僕はもう、諦めたくないんだ。やってもいないのに、諦めるのは嫌なんだ……」

 

 語尾は震え、今にも泣きそうな顔になって、それでも手に込められた力は一切弱くならない。

 

(……本気、なんだね)

「うわっ!?」

 

 驚愕を顔面に張り付かせていた少女は拓人の腹部に強めの掌底を打ち込む。まさか攻撃されるとは思っていなかった彼は、突然の痛みと衝撃によって少女の襟元から手を離した。

 

 再びベッドの上に横たわった拓人の視界の外で少女は何故か嬉しそうに、しかしどこか寂しそうに少年を見つめた。

 

「なら、今すぐ貴方の心を、肉体の方に送り返すよ」

 

 少女の言葉と共に、白い部屋にそれまで存在しなかった扉が出現した。

 腹部を押さえて横たわる拓人の視界上、つまり天井に。

 

「えっ、ちょっ、うわぁ!?」

 

 扉が開き、そこから機械のアーム(のようなもの)が数本伸びてきて、彼の体に巻き付く。絶妙な締め付け方で、全く動けないのに痛くはない。

 突然の腹部への打撃から始まった一連の流れに慌てる拓人は、何のことやらと少女の方を見る。

 

 が、そこに少女の姿はなかった。

 

「……え、消えた?」

『慌てないで。ただこの世界に干渉する力が弱くなったから、貴方に私の姿が見えなくなっただけよ』

「いやまあそれはいいけどさ、このアームは何!?」

『ソレがその扉の向こう、貴方の肉体のもとに連れて行ってくれるわ』

 

 姿は見えず、それでも少女の声はどこからか届いている。

 姿形の一切が見えないのに声だけは響いてくる少女を、まるで昔遭遇した幽霊のようだな、と少年が頭の片隅で下らない事を考えた矢先、機械の触手はゆっくりと扉の中へと消えていく。

 

 なんだか何時ぞやの怪生物にでも捕食されている気分だなと拓人の頬が引き攣った。

 

「色々と気を使ってもらったのに、ごめん!」

『別にイイよ。コレは私のワガママで、お節介なんだから』

 

 扉に引きずり込まれながら謝る拓人に、苦笑気味の声が返ってくる。

 

 短い付き合いのはずなのに、拓人は少女が苦笑いしている表情がありありと想像できてしまった。

 泣きながら笑っている、少女の姿が。

 

『ちょっとだけ助っ人も用意しておいたから、頑張って』

「ああ、最後まで色々と済まない。

 そういえば最後に聞いていいかな? 君の、人間だった君の名前はなんていうんだ!」

『それは秘密。

 さようなら、拓人お兄ちゃん(・・・・・)

「え?」

 

 少年が疑問の声を上げたのと、彼の姿が扉の向こうに消えるのは同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が消えると、空間に変化が起きた。

 彼の寝ていたベッド、技術書と勉強ノート、技術書が詰め込まれた本棚、拓人が作り上げた機械の山、摩訶不思議な品々が消え、真っ白だった空間は真反対の真っ黒な世界に姿を変えた。

 あとには少女と、一枚の写真だけが置かれた卓袱台が残っている。

 

 少女はその写真を拾い上た。

 そこに写るのは拓人とその友人達──

 

「……みんな、元気かな」

 

 ではなく、少女と、この世界の拓人の友人であったIS学園生徒たちだった。

 何人かは拓人の見知らぬ生徒もいるが、そこには、拓人がアイリスとの試合の日に1組生徒全員で撮った写真と瓜二つの光景が写りこんでいた。

 

「やっぱり、これが正しい状態なのかな」

 

 四宮芽生。

 九年前に起きた放火事件で、本来なら双子の兄に助けられ生き残るはずだった”四宮芽生(自分)”という存在の命を犠牲に、あらゆる平行世界、あらゆる手段をもって兄を助けようとし続けている少女は、自嘲するように呟いた。

 

 双子、という特別強い繋がり()を利用して、四宮芽生(自分)が生きるはずだった何十年もの時間を、兄に与えようとした。

 結果、絶対に消えないトラウマを兄に植え付け、血は繋がっていても他人である私の干渉によって生まれた歪みが十八歳までに死ぬ運命を与えてしまった。

 

 もはや、捻じ曲がりすぎた自分の運命は修復不可能。

 それは転じて、拓人の死が不可避となったことも意味している。

 

 

「こんなつもりじゃ、なかったのに」

 

 

 そもそも、自分は本当に兄を助けたくてこんな事をやっているのか?

 

 

 本当は、この孤独な観測者の居場所に、別の誰かが欲しくてやっているのではないか?

 孤独ではなくなる。

 原初の望みから外れた欲望が成就するという可能性に喜んでいたから、あんな、絶望している(と思い込んでいた)この世界の兄の姿に暗い喜びを覚えたのではないか?

 

 長い永い時間は、確実に自分を摩耗させ、そして最後には誰にも看取られず、壊れて消える。

 人間から大きく外れた、しかしISコアの人格とも言えない何処かの世界の芽生()は、そんな結末が嫌で、こんなことをしてきたのだろうか?

 

 

 救いたくて、やっているんじゃない。

 全部、自分のワガママ……だったのだろうか。

 

「なんて、今更だよね」

 

 

 兄を助けるためだけに、文字通り全部を捨ててきたんだ。

 今更悩むフリは止めよう。

 たとえ間違っていると言われても、自分の行いを改める気はない。

 たとえどんな犠牲を払おうと、結末において兄を助けることが出来れば良いのだ。

 

 その為なら、

 

「友達でも、捨て去ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の姿が消え、あとには誰も、何もなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「これが世界で唯一ISを動かせる男ね。

 ……ただの坊やじゃない」

 

 明かりの点いていない真っ暗闇のコンテナの中で、仰向けに倒れ込んでいる拓人の顔をハイパーセンサーで捉えた女は無遠慮かつ無警戒で彼に近づいていく。

 

 コンテナの中には拓人が寝かされていたと思わしき台が倒れており、拓人はそれの傍で倒れていた。

 しかしそこには拓人と台以外何も無く、事前情報にあった専用機<黒鉄>の姿形はない。

 

「この坊やの専用機も一緒に運んでるって話だったけど、何処にも無いわね。情報部の奴ら、しっかり仕事しなさいよね」

 

 普段だらけてばかりの自分の事を棚に上げ、帰ったら情報担当に文句を言おうと心に決め、女は倒れている少年へと手を伸ばした。

 

 伸ばされたその腕を、一瞬前まで何もなかった(・・・・・・・・・・・)筈の横合いから伸びた黒い手が掴んだ。

 

「っ!」

 

 咄嗟に──360度を捉えるハイパーセンサーが機能している関係上無駄な行動ではあるが──腕が伸びてきた空間を向いた女は、軽く悲鳴を上げそうになった。

 

 爛々と輝く紅い目でこちらを睨み、コンテナの外から僅かに差し込む光に全身を照らされた、装甲のいたる所に赤いラインが刻まれている黒い機械の巨人の姿。

 誰も居ない、何もない空間から突如として姿を現したソレは、まさに亡霊という他ないものであった。

 

 

 異常、異質、異端。

 女の中にある第六感が正体不明のソレに腕を掴まれていることに警告を発した。

 

「っ、離しなさい!」

 

 女のISの背後に浮いていた一対の非固定装備(アンロック・ユニット)が腕の形に変形し、黒い亡霊目掛けて殴りかかった。

 

 だが巨大な腕が亡霊を捉えるよりも早く、亡霊の姿はまるでコンテナ内の暗闇に消えるように掻き消えてしまった。

 

「な、何よ、今のは」

 

 突然現れ、そして突然消えてしまったソレに、女は小さくない恐怖を覚えた。

 その恐怖が、元々薄かった女の周囲への警戒心に穴を作ってしまった。

 

 倒れていた少年の、動かないはずの手が動き、亡霊が消えた場所に落ちている黒百合のペンダントを掴んだ。

 

 

 

 女の目的である四宮拓人が倒れている辺りから、光が発生した。

 それが何の光か、これ以上ないほど女は知っている。

 

 それは、ISが展開された光だ。

 

(まさかっ!?)

「…………!」

 

 コンテナ内に銃声が轟き、マズルフラッシュが暗闇を照らした。

 攻撃されたという事実から、染み付いた経験が無意識に女の身体を後方に動かし、酷いダメージを負う前に射線から退避させた。

 

 あの状況から考えれば、女の動きはこれ以上ないほど良い動きだった。が、女の顔にはある種の狼狽が見え隠れしていた。

 

「…………」

 

 警戒心も顕に、今しがた自分が出てきたコンテナの入口を睨みつけ、そしてソレは姿を現した。

 コンテナの中で女の手を掴み、亡霊のように消えたモノの正体──世界で唯一ISを動かせる男の専用機<黒鉄>と、

 

「絶対に、生き残ってやる!」

 

 黒鉄に身を包んだ搭乗者、四宮拓人が。

 

 二人は相手を視認するなり即座に銃を構え、発砲した。

 




いかがでしたか?
よろしければ、次も彼の地獄にお付き合いください。
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