文才もなければまとめる力もないので、最終話のくせに今までで一番長いです。ご注意ください。
三年近くもグダグダ更新のこの作品にお付き合いくださりありがとうございました。
こんな駄作者の作品を読み続けてくれた読者の皆様への感謝を込めて、第二十五話兼最終話、どうぞ
「あ、あの……」
「…………」
いつの時代、いつの世であっても存在する学校の屋上というスポットの用途は、割と多い。
『○○部全国出場』などの垂れ幕を取り付ける、休み時間に大勢で昼食をとる、誰かから隠れて過ごす、他人に聞かれたくないような内緒話をする、好きな人に告白するetcetc……。
で、そんな屋上に放課後早々俺を呼び出した少女は、顔を真っ赤に染め、必死に何かを言おうと口を開いてはうまく喋れず、かれこれ五分以上俯きながら「あ、あの……」と繰り返していた。
一体何なんだろうと目の前の少女を見続けているが、あっちからの反応はあまり良くなく、たまに目が合うとすぐに逸らされる。なんでだ?
そのまま更に十分が経過し、このあとの予定のこともあってどうしたものかと俺が悩み始めた頃、少女は勢いよく俯いていた顔を上げた。
その目と表情にはなんだかよく分からない決意と闘志が宿っていた。
「せ、先輩!!」
「お、おう、なんだ?」
「え、えと、そ、その、先輩が二人の女性と付き合っているのは知っています……」
「うぐっ!?」
「で、ですが、私はそんな先輩でも良いと思っています。
ですから、先輩さえよければ、私とも──!」
さらっと俺の心を抉りながらも、少女は徐々に顔を赤く染めて何か決定的な言葉を言おうとした、次の瞬間、
『ぅぅぅゎゎゎぁぁぁああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???』
俺の背後から、何かが物凄い速さで通り過ぎた音とドップラー効果を伴った誰かの声が聞こえてきた。
すごく聴き覚えのある声、というかほぼ間違いなくあの人の声だった。
「…………」
「…………」
少女はそれまでの状態が嘘のように固まり、俺はただ無言で背後に目を向けた。
そしてその視界の中を、下から上へと何かが通過していった。
見間違いじゃなければ、人が引っ付いていた。
一瞬の事だったので姿形を正確に捉えることは出来なかったが多分、というか絶対にあの人だ。
空を見上げる。
雲一つ無い綺麗な青空が広がっている。
これから一週間は良い天気が続くって天気予報でも言っていたし、次の休日には箒とシャルを誘ってピクニックに行くのもいいかもしれないな……。
「あ、あの、先輩?」
困惑する後輩の少女をよそに、現実逃避を辞めた俺は<白式>の頭部を展開し、ハイパーセンサーで上空を探った。
IS学園の屋上に向かって落ちてくる物体を感知。
白式が(勝手に)落下地点を計算し、結果を表示した。
丁度俺の目の前。今後輩の少女が立っている位置だった。
「って、危なッ!?」
「きゃあっ!?」
計算結果が出た瞬間、すぐさま少女の手を掴んで俺のそばに引き寄せた。
直後、それまで少女が立っていた位置に
赤いラインが入った装甲が操縦者を覆い隠し、ややずんぐりとした胴体と二の腕まで覆う両肩から伸びた装甲が目を引く漆黒のIS<黒鉄>。
相変わらず頭部の目が、見下ろされる側に恐怖を与えるなぁ。
屋上に激突する寸前に黒鉄を展開して急減速、なんとか安全に着地したその人は、暫く着地した体勢のままでいたが、やがて『はぁ~~~』と長いため息を吐きだし、黒鉄を待機形態に戻した。
ずんぐりむっくりの(三年の先輩方曰く)『幽霊巨人』の中から出てきたのは、一見ごく普通の少年。
何を隠そう、俺の一つ年上の先輩にして同級生、今の世界では千冬姉や束さんに匹敵する知名度を誇る世界を救った【英雄】、四宮拓人さんである。
その身を包んでいる真新しい黒いスーツが、全くと言っていいほど似合ってない。
「まったく、博士め、もうちょっとまともな帰還手段はないのかなぁ……」
『お母さんにそれを求めるのは酷だと思うよ』
「だからってアレは無いだろ……」
「何があったんですか、拓人さん」
「ん? ああ、誰かと思ったら一夏か。よ、三日ぶり」
「ええ、三日ぶりですね」
今更になって俺たちに気づいたらしく、やや疲れた雰囲気を漂わせながら拓人さんは挨拶してくる。
そしてすぐに俺のことを白い目で見てきた。
「で、お前はこんな所で後輩と二人、お手々つないで何やってるんだ。浮気か?」
呆れるような口調で拓人さんに言われて気がついた。
そういえば後輩の女の子の手を握ったままだったことを。
「あ、悪い!」
「あぅ、い、い、い、いえ、そそそ、そんな……!?」
慌てて手を離すと、少女は真っ赤に染まっていない部分を探す方が難しいぐらい顔面を真っ赤に染め、俺が握っていた方の手をもう片方の手で包み込んで、俺から距離を取った。
地味に傷つく反応だな、嫌われてるのだろうか。
「そういえばさっき何か言いかけてたけど、なんなんだ?」
「あ、や、その、えと、ご、ごめんなさいー!?」
後輩の子は真っ赤な顔のまま、逃げるように屋上から走り去った。
……なんでだろう?
「二年になっても鈍感は相変わらずか……」
「何か言いました?」
「何も……」
拓人さんはやれやれと首を振り、だめだこりゃ、と俺に白い目を向ける。
……なんでだろう?
「それはそうと拓人さん、三日間も何処に行ってたんですか。みんな心配してましたよ」
「IS委員会に呼び出されてアメリカに行ってたんだが。言わなかったっけ?」
「それは知ってましたけど、三日もかかるなんて聞いてませんよ……。
というかなんであんな奇っ怪なロケット(?)で帰ってきたんですか」
「ああ、あれね……」
謎の飛行物体改め謎のロケット(?)に乗って──いや引っかかって?──帰ってきた理由を聞くと、途端に拓人さんは遠い目で空を見上げた。
なんとなくだが、聞いてはいけない事を聞いてしまった気がする。
「結構笑えるぞ、聞きたいか?」
「……一体何があったんですか」
「いやぁ、一日目はウチの国に所属しろだとか、クロガネ寄越せだとか、お前を研究材料にさせろだとか、自分たちと博士とのパイプを作れだとか鬱陶しく宣うIS委員会の大ボケどもに各国代表と正論と暴論を交えて舌戦を繰り広げ、夜には各国が送り込んだハニートラップからひたすら逃げることに費やしたんだ。
嫌になって二日目の朝に逃げ出して、皆へのお土産探しとアメリカの友人訪問をしようとしたら、各国が街に忍ばせていたと思われる暗部組織の人間に身柄を狙われたんだよ。
で、それらを撃退しつつ逃げていたら何の因果か、見張り兼護衛兼案内兼サボリ仲間として一緒に逃げてきたナターシャさんとアメリカの友人共々、【裏】の事件に巻き込まれたんだよ」
「は、はぁ……」
「時間感覚も忘れて必死にソレを解決したらしたで、何時の間にか一日経ってるし。戻ったら戻ったでIS委員会の老害共はギャーギャー喧しいしで僕の我慢が限界に達しかけた瞬間、雪白がこうなる事を見越して呼んでいたらしい博士がにんじん型ロケット(?)に乗って乱入してきたんだよ」
「えぇー……」
「それで『君はもう日本に帰ってなよ』とか言って博士が僕をロケットに放り込み、僕はそのまま日本までノンストップで運ばれ、何故かIS学園の上空でロケットの外装が吹き飛び今に至る、ってわけだ」
どうしよう、ツッコミどころが多すぎて何にツッコめばいいのかわからない。
普通なら嘘だって言えるような眉唾な話なんだろうけども、この人が語る場合、大体事実なのだからどうしようもない。
実際に魔道書なんていう奇妙奇天烈コズミックホラーな事件に俺と箒も巻き込まれて、二人揃って正気を失いかけたし。
「…………あと一応聞いておきますが、【裏】の事件って、今回は何があったんですか?」
「うーん、教えて大丈夫だと思うか、雪白?」
『正気じゃなくなってもいいなら大丈夫だと思うよ、お兄ちゃん』
「だそうだ」
「なんでアンタは正気なんだよ!?」
「僕だからな」
『お兄ちゃんだもんね』
「アンタは人外か何かか!!」
「否定はしない」
『否定できる材料がないね』
「いやしろよ!?」
「お前も似たようなものだろ?」
「いや確かにそうですけどね!?」
並行次元の拓人さんの死ぬまでの人生を見たり、生身で銃弾を切り落とせるようになった今となっては、俺も千冬姉や束さんみたいな人外魔境の仲間入りはしている自覚があるが、目の前でハッハッハッと笑っているこの人は、それすらも超越した何かに思えて仕方がなかったりする。
いやまあ、この人も並行世界の誰かの人生を夢で見たり、千冬姉の本気の剣を受け止めたり、銃弾を生身で掴んだこともあるから、人外って表現もあながち間違いってわけでもないんだけど。
「それに、人外じゃないなら僕はもう死んでいたんだぞ」
「──わかってますよ」
そう。
この人──四宮拓人は、どういう訳か十八歳まで死の運命に囚われていた。
運命、なんて言葉はあまり信じないし信じたくもないが、この人の場合はそうとしか表現できないと俺は思う。十八歳を迎えるまでに必ず死ぬ”四宮拓人”の姿を何度も見た今なら、なおさらだ。
俺の目の前に居る拓人さんも、去年起きたISスレイヤー事件の最後に、俺と箒、楯無さんの三人を助けるために命を落としそうになった。
その時はIS達の、世界の理を書き換えるために存在している生命体のチカラで、この人は生きて帰ってこれた。
それからの十八歳を迎えるまでの半年にも満たない期間に、この人は軽く三十回以上死にかけた。半分位俺の目の前で起きたんだから間違いない。
魔道書云々や女尊男卑主義者からの暗殺者派遣その他諸々、その時のゴタゴタで大怪我を負った楯無さんが留年する羽目になった──本人はまた拓人さんと同じ教室にいられると喜んでいたが──り、神崎の家族全員と顔見知りになったり、束さんが千冬姉に生き埋めにされた──もっとも十分後には何ともなく地上に出ていたが──りと、色々と濃すぎる期間だった。
それぐらいこの人は死に襲われていのだが、スレイヤー事件の際に人から外れた結果、それらをかなり強引に乗り越えれるようになってしまった。
結果、十八歳になるその日を無事に迎え、途端にこの人に降りかかる死の事象は激減した。
……今でも時折、【裏】の事件で死にかけているらしいが。
「……ま、それもこれも、あの”僕”のおかげなんだろうけど」
「何か言いました?」
「いや何も。
さて、そんなくだらんことはいいとして」
拓人さんは全く似合ってないスーツのネクタイを緩め、動きやすいように服を着崩した。
それだけのことで拓人さんの雰囲気が、今までのモノから
『なんだかんだで後輩思いで、良い意味でも悪い意味でも常識から外れた先輩』から『IS学園最恐』、『生徒・教員に聞いた怒らせてはいけない人物NO.1』のソレに。
俺が身構えるよりも早く、拓人さんは俺の顔面を機械の左手で掴み、所謂アイアンクローをかけてきた。
「
「あがっ!?」
「お前が告白を断ろうとなんだろうと、告白されたって事実だけで箒のネガティブ思考はヤバイ方向に振り切れて、毎回毎っ回自殺だ切腹だって騒ぐんだぞ」
「ちょっ、拓人さ、やめっ!?」
「で、その度に何故か僕が駆り出されて騒ぎを沈めなきゃいけないんだよなー」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛いーー!!」
「もう慣れたけどね、うん。お前のその迂闊なところとか、鈍感なところに振り回されるのは……」
徐々に強まる握力の前に俺は唯々悲鳴を上げるしかできない。
俺を掴んでいる指の隙間からは拓人さんの顔が見えるが、俯いており、その表情は伺えない。
が、俺にはわかる。
今の拓人さんは爆発寸前の火山と同じ。
ならばその表情に現れる感情など唯一つ。
「だからって、週に一回は自分の嫁の自殺未遂を起こすとか、馬鹿かこの野郎ーーーー!!!!」
「うをらばっ!?」
俺の顔面を掴んでいた左手が離れた瞬間、俺の顎を強烈な衝撃が襲い、凄まじい痛みと浮遊感が駆け巡った。
そして俺は、顔面から屋上に着地した。
『わーん、つー、すりー、かんかんかん。お兄ちゃんの勝利ー』
『主が構える前に左で動きを拘束、ダメージを与えつつ、回避行動が取れない主の顎に右アッパー、見事な流れです』
『相変わらず容赦ないですね』
「ハァ、とりあえず箒を探して、シャルル姫と雄一郎と朝倉にでも協力してもらって抑えとくか」
好き勝手に言う<Snow White>、<白騎士>、<白式>の声と、これから起こるであろう騒動への対処を考える拓人さんの声を聞きながら、俺の意識は落ちた。
誰か、心配ぐらいしてくれ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
……閲覧終了。
記録整理、開始。
【四宮拓人:男性
十五歳:冬に世界初の男性IS操縦者となる。
十六歳:春、IS学園に入学。同年十月に<愛する国を憂う民の会>、通称<愛国会>に襲撃され、撃退に成功するものの左腕を喪失。以後同年度の学業すべてを放棄し、治療・義手の使用訓練に費やし、留年する。
十七歳:留年により、再度一年生から学業を再開。学年トーナメント襲撃事件、銀の福音ハッキング事件などを生き残り、同年十二月に起きたISスレイヤー事件を解決した立役者として世界に知られることとなる。同時に半分人間を辞める。
性格面:十六歳の頃までは、割とメンタルが弱い面が散見されたが、IS学園での影響からか、十七歳の頃には大分図太くなっており、大抵のことはため息一つで受け流す。が、怒ると誰が相手でも容赦ない攻撃を加え、暴論と正論を混ぜた言葉とともに相手が壊れる一歩手前まで追い込む一面もある】
「う~ん、こう書いたら悪役一歩手前な気がする……」
手をひと振りすると、手元の本に書かれていた文章が全て消えた。
ちょっと消しすぎちゃった。
「えっと、こんな感じかな?」
【四宮拓人:男性
十五歳:冬に世界初の男性IS操縦者となる。
十六歳:春、IS学園に入学。同年十月に<愛する国を憂う民の会>、通称<愛国会>に襲撃され、撃退に成功するものの左腕を喪失。以後同年度の学業すべてを放棄し、治療・義手の使用訓練に費やし、留年する。
十七歳:留年により、再度一年生から学業を再開。学年トーナメント襲撃事件、銀の福音ハッキング事件などを生き残り、同年十二月に起きたISスレイヤー事件を解決した立役者として世界に知られることとなる。同時に半分人間を辞める。
性格面:基本的には他人に優しく、自分をどうでもいいものとして扱う。だが、一度怒らせると一切の容赦がなくなり、誰が相手でも徹底的に攻撃する為、生徒・教員双方から『IS学園最恐』と呼ばれ、畏怖されている。
あと重度のシスコンでありヤンデレ気質を持つ】
「これも何か違うかなー?」
また手をひと振りし、文章を消した。また本は、真っ白になった。
うにゃぁー、
「上手く書けなーい!」
私が放り投げた本は、しかし何処かに落ちることなく世界に溶けて消えた。
私が記録をつけ始めたのは、お兄ちゃんが因果律の操作にも慣れ、数人に一人は”生き残れる四宮拓人”の存在が現れ始めた頃に「いい加減、記録をまとめないとな」とお兄ちゃんが何の気なしに言った言葉からだった。
当初お兄ちゃんは、それこそ手当たり次第に”かつての自分”の因果を弄りまわした。
誰とどう関わり、どんな感情を抱くようなって、起きた事態をどう収束させたのかを。
それによって起きた結果は散々たるもの。
中学時代まで生きるのは良い方。
酷い時は幼少時の火事の後、収容先の病院で発狂した患者に殺された時まであった。本当に、あの顔面メッタ刺しは見ていられるものじゃなかった。
それからお兄ちゃんはやり方を変え、原因と結果の両方を弄るのではなくどちらか片方のみを変え、それによって起きる変化の中から、より良い結末への道を探ることにした。
百万単位の失敗こそあったものの、次第にどうすればいいのかを掴んだお兄ちゃんは、自身以外の人間の行動──所謂乱数を乗り越え、遂に目的を果たすことに成功した。
大概の場合、恋人その他と一緒に少々人間から逸脱しているのだけれども。
私たちがかつて居た世界の時間の経過速度=私たちの今居る『場所』の時間の経過速度ではないけれども、計測している限りお兄ちゃんと私は数百年この場所で過ごしている。
当然その間に観測した世界の数も百万や二百万では済まない。
かなり摩耗した今のお兄ちゃんに、その膨大すぎる世界の記録を付けさせるなど、文字通りの意味で自殺行為でしかない。
だから私が、代わりに記録をつけているのだが、
「うぅ~、終わらないよぅ……」
泣きたくなるくらい多すぎるし、複雑すぎる。
ある程度グループ分けもしないといけないし、似たような文章じゃ、後から見て分からなくなるからその辺りも工夫しなきゃいけない。
暇を見つけては似たようなことをして私の中に記録を残していた『もう一人のお兄ちゃん』の凄さが、今なら嫌というほどわかる。
しみじみと、私が消してしまったお兄ちゃんの第二人格の凄さを実感していると、目の前に一つのモニターが現れ、そこに外部からのメッセージが表示された。
【準備完了】
たった四文字の簡素なメッセージ。
だれからか、なんて考えるまでもない。
世界という括りから外れ、普通の生命体には知覚することすら出来ない私たちに、こんなメッセージを送れるようなのはあの人しかいない。
……そりゃまあ、つい最近あっちとこことの回線を繋げたのは私だけど、あっちからもう一度道を繋げるのは正直二百年経っても無理な技術なんだよね、あの人以外。
どこの世界を見ても、あの人だけは何時も無茶苦茶すぎる。何をどうすれば厚さ一センチの鉄板を貫くようなパンチを受けて、痛いで済ませられるんだろ……。
「雪白」
「あ、お兄ちゃん」
ちょっとだけ現実逃避していたら、お兄ちゃんがドアをノックして私に声をかけた。
いけない、二人きりの世界、二人きりの家なのに騒ぎすぎたかな。
「叫び声が聞こえたけど、大丈夫か?」
「大丈夫だよー、ちょっと記録の整理が上手くいかないだけだけ」
「そうか。
……なあ、やっぱり僕が──」
「はいはい、寝言は寝て言おうね、お兄ちゃん」
……相変わらずお兄ちゃんは自分を大事にしていない。
何処のどんな世界のお兄ちゃんでもそうなのだが、それで誰かの為になるならと真っ先に自分を犠牲にして動き、他人を優先する部分がある。
それがどれだけ自分に負担となっているのかも理解している時はまだいいのだが、時折その負担を一切理解していない場合があるから問題なのだ。
今でさえ
それに、そんな風に気を張るのも、もう終わりだしね。
「ねえお兄ちゃん」
「どうした」
「もし、もしもだよ? 更識楯無のお姉ちゃんたちの所に戻れるって言ったら──」
「──戻らないよ、君を一人にするわけがないだろ」
…………やっぱりだ。
お兄ちゃんは自分の気持ちより、私の事を優先している。ハァ、いい加減、自分に素直になればいいのに。
最後の一年に撮った集合写真を、態々作り出して自分の部屋に飾っておくほど未練タラタラのくせに。
よし、それじゃあ当初の予定通り、実力行使しよ。
私は手をひと振りし空中に現れた画面、その真ん中に表示された【DANGER】という真っ赤な部分に触れた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんの強がりとか独りよがりはもううんざりなので、強制送還させてもらいます」
「は? って、な、なんじゃこりゃ!?」
扉の向こうからお兄ちゃんの慌てる声が聞こえる。あと何故かドタ、バキ、グニャなんて擬音も。
私が押したのは、お兄ちゃんの記憶から作り出した四宮拓人に最も効果のある拘束道具の起動ボタンだ。確か妙に生物的な触手だったけど、なんで触手なのかは……うん、気にしないでおこう。
「ちょっ、雪白、なんだよこれ!?」
「だから言ったよね、お兄ちゃんを、お兄ちゃんの身体に送り飛ばします」
「はぁっ!?」
「束さんに協力してもらって、お兄ちゃんを呼び戻すんだよ、あっちの世界に!」
「いや、おい、どういうことだよ!」
「あ、お兄ちゃんの身体は、束さんが生かしてくれてたから安心していいよ」
そう、この長い地獄の終わりが見え始めた時よりもずっと前、お兄ちゃんがこの世界に馴染んで目を覚ますよりも先に、私は私のお母さんこと篠ノ之束にコンタクトを取った。
そしたら意外や意外、お母さんも私と同じことを考えていた。
私は押し出し、あっちはサルベージという手段であったが、お兄ちゃんの精神、魂、とりあえずはそういった根幹の部分を元の器に戻すことを、だ。
なんであの人がそんなことをしようとしていたのかは正直わかんないけど、渡りに船と二人がかりで計画の穴を埋めていき、ついさっきそれが完了したと(どうやってか)あっちから報告が来て実行した次第なのである。
……うん、ホントどうなってるんだろうね、私の生みの親って。
「何言ってんだよ、それじゃあお前は!」
「うん、一人ぼっちになっちゃうね」
しかも昔と違ってISコアっていう外界との接続部位が無いから、束さんクラスの超技術の塊がないとお兄ちゃんでも私と意思疎通は不可能だ。
つまり、私は昔の私と同じ状態に戻るのだ。
誰にも自分を認識してもらえず、お兄ちゃんと話すことも出来なかった、あの頃に。
「だめだ、ダメだダメだダメだ! そんなの、そんなのって……!!」
お兄ちゃんは私たちの行動を否定する言葉を発そうと、声を張り上げる。
その声に溢れているのは、深い後悔と悲しみ、そして苦悩。自分のために、誰かが犠牲になることへの拒絶心。ああ、やっぱりお兄ちゃんは、まだ……。
……でも、でもね、
「もう、いいんだよ、
「……っ!」
「貴方の時間は、私から奪ったものじゃない。あなたが私にくれたものだよ」
四宮芽生なら、お兄ちゃんのことが大好きだった彼女なら、こう言っただろう。
「貴方は私に多くのモノをくれた。だから、これはそのお礼。
これからの時間は、ほかの誰の物でもない、貴方だけの時間だよ?」
「め、芽生……」
お兄ちゃんの動きが止まった。
そう確信した私は、傍に浮いているさっき押したのとは別のモニターに手を伸ばし【GO!】と表示された部分を押し込んだ。
うわぁぁぁぁぁ!? と情けない悲鳴が聞こえ、それもすぐに聞こえなくなった。
これで、私の目的は果たした。
「ばいばい、お兄ちゃん」
私は呟き、床に座り込んだ。
安心したら脱力したのかな、上手く立ち上がれないや。
両手を床について立ち上がろうとしたそのとき、突然涙が溢れ、視界が滲んだ。
「あ、あれ?」
涙を拭おうと手の甲で目の辺りをこすると、拭った分だけ、いやそれ以上に涙が次々と溢れ出してくる。
うまくいった嬉し涙かな? という私の考えを否定するように、ズキズキと胸のあたりが痛くなる。
「なんで? なんで、なの……?」
悲しいことなんてない。
だって、これがお兄ちゃんの幸せなんだから。
もう会えなくなっても、これがお兄ちゃんの幸せに繋がるんだから……。
「うっ、うぅ、あっ……!」
もう会えない。
その事実が脳裏を掠めた瞬間、それまで抑えていた全てが溢れ出した。
「ああぁっ……!」
堰を切ったように涙が次から次へと流れ、私の頬を伝い落ちる。
お兄ちゃんがいなくて、寂しい。
お兄ちゃんがいなくなって、悲しい。
そして何より、お兄ちゃんとの少なくない思い出が詰まったこの家に、自分一人しかいないのが苦しい。
こうなるのは分かっていた。
耐えれると思い込んでいた。
でも、耐えれやしない。
私にとって、お兄ちゃんだけが私の世界を構成する一番大事な存在だった。
それが失われたんだ。
耐えれるわけがない。
……何時かは、何時かは乗り越えれる時がくるだろう。
でも、それまでは、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん……!!!」
この悲しみを、苦しみを、全部全部流すように泣いてしまおう。
この痛みを乗り越えれる、その時まで
◇◆◇◆◇◆◇◆
「イーーーーヤーーーー!?」
「レミングくん、避けてばかりいないで、ちょっとは攻撃する!」
「とりゃぁっ、げぶら!?」
「校倉くん、不意打ちを狙うのはいいけど、攻撃時に一々叫ばない!」
金髪の少年──エリック・レミングにアサルトライフルを撃つ傍ら、
すかさずシールドの外装をパージ、灰色の鱗殻を出して未だ怯んでいる校倉くんに打ち込む。二度目でエネルギーがゼロになり、校倉くんはアリーナの地面に落ちた。
自分だけになって、流石に戦う気を出したのだろう。レミングくんはアサルトライフルを両手で構え、私に狙いを定めようとした。
「立ち止まっちゃダメよ」
が、動きを止めた彼を狙い撃つのは非常に簡単なことで。
私は彼のライフルを、彼が構えた瞬間に撃ち飛ばし、その事実に恐怖して固まったレミングくんに、ありったけの弾をお見舞いした。
すぐに彼も、地面に墜落した。
「はい、そういうことで今日の訓練は終わりよ」
『あ、ありがとう、ございました……』
「お疲れ様」
目に見えて疲労している男子生徒二人は、息も絶え絶えに返事をしてアリーナからピットへと飛び始めた。
「ハァ~、やっぱキツイな、更識先生の訓練……」
「でも、織斑先生も学生時代はあの人に鍛えられたって言ってたし……」
「俺たちも、自分が強くなってるって、ちょっと自覚できてきたしな」
「そうだね」
「よっしゃ! エリック、目指すは!」
「うん! 目指すは!」
「「織斑先生打倒だ!!」」
微笑ましい会話をしながらピットに消えていく教え子たちの姿に、少しだけ笑う。
現世界最強と名高い織斑一夏を倒すなど、一学生が到底果たせるようなことではないが、大きな目標を持つのは良い事だ。
一夏くん程ではないが今の二人もIS操縦の才能は十分ある。
すぐには無理でも、卒業するまでには国家代表相手でも十分戦える力が身に付くだろう。
そんなことを考え、私は二人とは別のピットに入っていった。
拓人くんがこの世を去った次の日、IS学園に大量の手紙が届いた。拓人くんからの手紙だった。
そこには事件の謝罪とそれまでの生活の感謝、それぞれへ宛てた言葉と、自分を忘れて欲しいという単語が書かれていた。
当然だが、殆どの人間が最後の忘れて欲しい宣言に対して怒りをあらわにした。
忘れろ、なんて言われて忘れる事が出来るわけがなかった。
IS学園で関わった一年生から三年生・教員に至るまで、彼に関わろうとせずにいた極一部を除き、本当に些細な関わりしか持たなかったような人間を含めた数百人全員に届いた手紙。
半年も一緒に過ごさなかったのに、手紙に書かれていたのは本当に純粋な感謝とみんなへの気遣いで。
それを忘れろ、などと言われても忘れられる訳がない。
忘れて欲しいならあんなに心に残るような言葉を書くな、と少々見当違いな文句の一つも言いたくなるような手紙だったのだ。山田先生や歌穂なんて思いっきり泣いていたぐらいだし。
やはり彼は、女心に疎い鈍感だったんだと一人部屋の中で泣きながら笑ったのは、私の秘密である。
彼が私たちにとって忘れることのできない存在になってからは、正に怒涛のような日々だった。
彼の死亡が世間に公表され(表向きは事故死)世界は騒然──とする暇もなく、一夏くんをはじめとした計十八人の男性IS操縦者が新たに現れ、拓人くんの経験から彼らの扱いをどうするかで各国は揉めに揉め、やっぱりというか結局というか、IS学園に放り込まれることになった。
全員拓人くんに匹敵、或いは凌駕するような個性・変人っぷりを持ち合わせており、拓人くんがどれだけ大人しくて良い人だったのかを(主に私と教員が)思い知らされた。
彼らの存在があるからか(
その中で、篠ノ之束曰く「ISが次のステージに進んだ」らしく、一年、二年と過ぎるごとにISを使える男は爆発的に増えていった。否、男を受け入れるISが増えていった、と言うべきかもしれない。
年齢、人種問わず増えた男性IS操縦者の存在が、世に蔓延した女尊男卑を消すのにさしたる時間はかからず、IS学園も今では男女共学──男女比率はおよそ4:6という状態ではあるが──のエリート校という扱いになっていた。
最初の男性IS操縦者が登場してから、今年で十一年が経った。
彼が消えて、もう十一年が経ったのだ……。
「楯無さん、居ますか?」
更衣室で一人物思いに耽っていると、外から同僚の男性教師が声をかけてきた。
楯無、という数年前に返上した名で私を呼ぶのが誰かなど考えるまでもない。
「織斑先生、何度も言ってますが今の私は更識
「あ! すいません、更識先生……」
織斑一夏くん改め織斑先生。
私がまだ”楯無”を名乗り活動していた頃の後輩で、今は私の同僚。
教師を辞め、篠ノ之束を探しに行った織斑千冬の代わりにIS学園の教師になった男性で、学園に配属されて二年も経つのに未だに私のことを先生と呼ばずに楯無と呼ぶ、ちょっと困った人だ。あと、何故か私が異性として好きらしい。
「お説教はまたの機会にして、私を呼びに来たみたいですけど何の用ですか?」
「あ、そうでした。更識先生にお客さんです」
「来客? こんな時間に?」
時計を確認するともう五時を半分以上過ぎている。
友人や知り合い、”更識”からは今日私を訪ねるという連絡はない。
時期が時期だけにまだ十分明るいとはいえ、こんな中途半端な時間に訪ねてくるなんて、ちょっと常識外れだ。
「織斑先生、相手はどんな人でした?」
「若い男性です」
「男性?」
「ええ。俺たちと同じか、やや若いぐらいで、見た目には殆ど特徴がない人でした。
あ! でも一つだけ目を引く部分がありました」
「それは?」
「右腕がありませんでした」
右腕がない若い男性?
そんな特徴を持った知り合いに心当たりはないのだけれど。
……ふむ、
「その男性の名前は?」
「それが、分からないんです」
「分からない? ちょっと、それはどういうことですか」
扉の向こうに居る一夏くんに向けて非難混じりにそう言うと、彼は慌てたように告げた。
「いえ、聞こうとしたんですけど教えてくれなくて楯無さん宛ての言葉を残して何処かに消えたんです! 探したけど見つからないし……」
「私宛ての言葉?」
伝言を残して消えたとは、また何ともはた迷惑、もとい自由なお客さんだ。
後輩のレンヴァルトくんみたいな人なのだろうか。
なんて呑気に考えながらISスーツから仕事着のスーツに着替えていたが、一夏くんの発した言葉に私の行動は中断させられることになった。
「はい、なんでも『昔出した宿題の答えを聞きに来た』と」
『じゃあ、これは宿題だな。僕にはもう、答えを探す時間がない。だから、僕から君への宿題にするよ』
宿題。
その単語が、十一年前のあの日のことを思い出させた
彼が残していった、最後の約束を。
と同時に、頭の中に漂っていた客人に関するピースがはまっていき、一人の人間の姿を作り上げた。
次の瞬間、私は更衣室を飛び出して走り出した。
「ちょ、楯無さん!?」
後ろで一夏くんが驚いた声で呼びかけてくるが、私はそれを無視した。
今は彼にかまっている暇はない。
もし、もし私の予想が正しいのなら、きっと
あの場所で待っている。
だから、早く行こう。
行って、彼に会おう。
会ったら、まずは文句を言おう。
この場にいない歌穂たちの分まで、色々と言ってやろう。
きっと彼は申し訳なさそうな顔で平謝りしてくるだろうけど、絶対に許してあげない。
色んな人の分まで一杯文句を言って、そして……。
「ふふっ……」
私は、少しだけ笑った。
通り過ぎる教員・生徒たちの奇異の目を一切気にせず走り続け、私は旧女子寮──現生徒寮の屋上の扉の前に来た。
私が在学中、三年生になった年に一人の生徒が自殺を図ったのを機に屋上に続くこの扉は閉鎖され、特別な用事がない限り、寮監以外開けることの出来ない開かずの扉と化していた。
その扉のドアノブを私は握り、右に捻ってみた。
案の定ドアノブは回り、十年近く閉ざされていた屋上への道が解放された。
「……あ」
雲一つない真っ青な空を見上げ、室内から屋上へと入ってきた私に背を向けて、彼は佇んでいた。
既に私が来たことに気づいているのだろうが、彼は空を見上げたまま微動だにしない。
「拓人、くん」
「……」
「拓人くん、なんでしょ?」
「……」
呼びかけても返事はない。
彼の姿を見た瞬間、此処に来るまでに考えていた彼への行動はすべて頭の中から消えてしまった。
ただ目の前の人物が私の想像通りであると確認すること、それだけが残っていた。
「ねえ、拓人くん、お願いだから、振り向いて、返事をして……」
「……」
「お願いだから……!」
「……うん」
「……っ!」
必死に懇願する私の耳に、私以外の声が聞こえた。
今、この場に居るのは私と目の前の人のみ。つまり今のは!
彼はゆっくりと振り返り、記憶にある彼から少しだけ成長した顔で、私に笑いかけた。
「久しぶり」
ありふれたその一言だけで私の中の理性の堤防から、感情があふれ出した。
何か温かいものが目から流れ、頬を伝い落ちる。
それを拭いすらせず、私は拓人くんに駆け寄り抱き付いた。
彼は何も言わずに、左腕だけで私のことを抱きしめた。
「おかえり……拓人くん」
「ただいま、楯無」
私を包むこのぬくもりが嘘ではないと確かめるように、私はギュッと抱き付き、強く彼の胸に顔をうずめた。
この光景を追いかけてきた一夏くんその他複数に見られ、私が赤面することになるのは、もうちょっと後の話。
これにて、この世界の物語はすべて閉じさせていただきます。
ありがとうございました。
以下、ちょっとした裏話とちゃんとしたあとがき
拓人:当初のプロットではタッグトーナメントで何人も殺してしまい、最終的にはクロガネを自分の手で破壊しながら自殺するはずだった。完全に鬱エンド。本編その後:半分楯無に養われる形でIS学園に住み着き、偽名を使い用務員として働き始める。後年彼女と結婚する。なお目が見えてないが、何処に誰が居て何が有るかは分かるという不思議状態。
楯無:当初の鬱なエピローグの語り手的人。最初のプロットでも最終決定のプロットでもある意味一番不幸を味わっている人。本編その後:すでに更識の力も国家代表の力もないが、何故か拓人の背後にちらつく大天災ウサギの影響力を利用し彼の身の安全を世界に保障させる。
アイリス:拓人に殺されるはずだった人その一。本編その後:アメリカ国家代表として活躍中。帰ってきた拓人に会って早々ドロプキックを喰らわせたのは後々までの語り草。
歌穂・幸貴・友美その他名前もちのオリジナルキャラ:拓人に殺されるはずだった人たち。本編その後:帰ってきた拓人に怒ったり泣いたり笑ったりと十人十色のリアクションをとって彼を慌てさせたある意味すごい人たち。
束・クロエ:善ではないが、悪でもない人たち。二人が居なければ、絶対にハッピーエンドは訪れない。
一夏その他(一部除いた)原作キャラ:空気。
にじファンが在った頃はただの一読専だっただけに、当初は上述のように鬱まっしぐらのひたすら暗い結末の話を書こうとしていましたが、友人にプロットを話したら思いっきり怒られて今の形に落ち着きました。
ただ自分の読みたいを書くんじゃなく、誰かの読みたいも考えて書くのが作者に必要な技能なんだなとこの作品を書きながら思い知らされた次第です。
個人的にはもう少し皆のキャラを強く書きたかったんですが、そこら辺は自分の未熟さ故の失敗だったと受け止めます。……もうちょっとアイリスと楯無を暴走させて拓人を困らせたかったなぁ。
正直もうちょっと書きたいこと、この作品のキャラで思いついていたネタだけなら二十はあるのですが、それを書き始めたらもうどうなるか分かったものじゃないので、拓人と愉快な仲間たちのお話はこれにて区切ります。
もう次に書こうと思っているものはあるので、明日からはそっちを頑張って書きたい、というか書けるといいなと思っております(明日も仕事、明後日も仕事)。
またいつかこのサイトでお会いする機会がありましたら、その時はまたお付き合いくださると嬉しいです。あと、ちょっとだけでも拓人たちを思い出していただけたら作者的に幸いです。
それでは、本当に、本当にありがとうございました。