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それでは第六話、どうぞ。
懐かしい夢を見た。
僕の最初の失敗の夢。そして、最大の失敗の夢。
自分の人生を変えてしまった出来事。ごくありふれている、何処にでもある不幸の夢。
ぼくが何も出来なかった、誰も助けられなかった、たった一人の妹すらも守れなかった思い出。
後にも先にも、あの時ほどの絶望は無い。
あと少し、僕に力があれば。
あと少しでも早く、家に帰りついていれば。
そんな、意味のない
思えばIS学園に来てからは一度もこの夢を見ていなかった。だから、彼女たちは僕に忘れるなと言ってるんだろう。
僕は無力で、矮小で、何処にでも居るような何も出来ない唯の人間だと。特別なんかではないと。
そんなことは分かっている。
僕は、ISに乗れる唯一の男だからこの場所に居るんだ。その肩書きがなければ僕がここに居る意味なんて何処にもないんだ。
「お兄ちゃん。まだ、やる事があるんでしょ? なら、早く戻らないとダメだよ」
不意に誰かの声が聞こえた。
額に、誰かの手が当てられた。まるで人の手ではないかのように、冷たかった。
「またね、お兄ちゃん。無理しすぎたらダメだよ?」
心の隙間、虚ろな場所に、ズブズブと、黒くて、悲しくて、寂しい思い出が心の中に広がってきた。
これが誰の思い出なのかは分からない。
でも、この思い出の持ち主には泣いて欲しくない。
何故か、そう思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………」
「…………」
目を開けたら、幸貴の顔が視界いっぱいに広がっていた。
えーっと、何事?
「……拓人?」
「ああ」
「……起きた?」
「ああ」
「……私の名前は?」
「松本幸貴」
僕がそう言うなり、車も真っ青の速度で幸貴は部屋を出ていった。扉くらい閉めようよ。
「……痛」
体を起こそうとしたら腹部に針を刺したような鈍痛が走った。見ると、包帯が巻かれている。なんだこれ?
痛む体を無理やり起こし、夕日に照らされた部屋を見回す。
どうやら此処は保健室のようだ。楯無のIS特訓で何度もお世話になったから見間違えるはずがない。
「夕日が出ているってことは、今6時ぐらいかな?」
差し込む夕日が部屋を照らす。
茜色に照らされた部屋。
その光景は、まるで火に包まれた世界のようだった。
………………さて、状況を整理しよう。
今日は(多分)5月28日で、僕はブルートンとISの試合を行った。
相手が油断してたり、こっちの武装や機能について知らなかったから辛うじて勝てるかもしれない状態まで追い詰めれた。
そして……どうなったんだっけ?
確かブルートンに電磁砲を撃って、吹き飛ばした煙の中から彼女が姿を現して、そして剣を振りかぶって……………………分からない。
えーっと、腹を刺されて地面に叩きつけて切られて掴んで…………あ~~~~!
「あ~もう、何がどうなったんだ!」
「なにやってんの?」
一人頭を抱えていると、入口の方から声が聞こえた。
「……ブルートン?」
「私以外の誰に見えるって言うのよ」
保健室の入口には金髪碧眼の女子生徒、アイリス・ブルートンが呆れたという表情で立っていた。
いや、ちょっと待て。
「なんで此処に居る!?」
「居ちゃ悪い?」
「そういうわけじゃないが、何の用だよ」
「アンタの見舞いよ」
「は?」
今コイツ、なんて言った?
「見舞い?」
「そうよ」
「お前が? 俺の?」
「ええ。それが何か?」
…………………………………………いやいやいやいやいやいやちょっっっっと待てぇい!!
「お前が見舞いにきた!?」
「なによその反応。来ちゃ悪いって言うの?」
いや、だって、ねえ。
僕を罵倒したり、罵倒したり、罵倒したり、ついでに罵倒しかしてこなかった人間が急に見舞いに現れたら誰だってこんなを反応すると思うよ?
皆が皆、僕のような反応をすることはないだろうが、10人に7人はこんな反応をすると思うよ? ぶっちゃけ、君のキャラじゃないと思うんですけど!?
心の中で絶賛混乱中の僕の反応にブルートンは肩を竦め、そして少しだけ視線を逸らした。
「……アンタのお腹の怪我、私の所為だし」
申し訳なさそうに彼女は言った。
むぅ、
「今日は妙に大人しいな。普段の罵倒はどうした」
「むしろこっちが素よ。誰が好き好んで他人を罵倒するかっての」
意外なことが発覚した。
理由はわからないが、あの罵倒キャラは作ったものだったようだ。まるで今の僕みたいだな。
「なんでそんなことを」
「二十以上いる代表候補生の中で生き残るには、あれぐらいの人間じゃないといけないのよ」
疲れ気味にブルートンは吐き捨てた。よくわからないが、彼女も結構苦労しているようだ。
にしても、妙にしんみりしちゃって、なんだか調子狂うなぁ。
「お腹の傷、大丈夫?」
「気にすんなって。こんな傷すぐに治るだろ」
「そういう訳にもいかないわよ。その傷がもう少し深ければ、下手すれば死んでいたかもしれないのよ」
「……マジで?」
「マジもマジ、大マジよ」
衝撃の事実、僕は九死に一生を得たんだそうな。
でも、
「そうであっても俺は気にしないんだがな」
「アンタが気にしてなくても、私が気にするのよ」
そう言って睨まれた。
いやはや、生真面目と言うか頑固と言うか。
いつも罵倒しかされてなかったし、財閥の人間ということしか知らなかったから良いとこ上がりのお嬢さんとしか思っていなかったが、普通に良い娘なんだな、コイツ。
まあそれは置いといて、場の空気がすごく重たいな。こういうの、僕は苦手なんだけど。
彼女は何か罰を受けたがっているように見えるけど、ぶっちゃけ、この程度の傷で相手に何かする気はないんだよね。
さて、どうしたものか。
「ならこうしよう」
「……?」
「今日の試合、俺が思い出せない部分に何が起きたのかを教えてくれ。それで怪我のことはチャラだ」
「な、何言ってんのよ! そんなことで済むわけないじゃないの!?」
「別に良いだろ。俺がそれで良いって言ってるんだから」
「アンタねえ!」
ギャーギャーとブルートンが文句を言ってくるが、全部無視する。
やがて何の反応も返さない僕に諦めたのか、ブルートンは近くの椅子に座って試合のことを語り始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「チッ!」
咄嗟に、大上段から放たれた斬撃に対して両手に抱えている電磁砲を盾にする。
だが、ブルートンの片手剣はまるでバターを切るかのように電磁砲を切り裂き、クロガネの胸部装甲に縦一文字の傷を作り上げた。
同時に視界の片隅に映るシールドエネルギーの残量が、遂に100を下回った。
次の一撃を放とうとブルートンは剣を右手に持ち替えるが、僕は切られた体勢のまま動けなかった。
戦闘とは、戦おうとする心と勝利への貪欲さ、それを成すための屈強な肉体がないと成り立たない。
僕は心が折れかかっていた。
負ける。
一番考えたくない事が、考えてはいけない事が、僕を押し潰そうとしていたからだ。
目の前でブルートンが腰だめに剣を構え、突きの姿勢をとっていた。あの一撃をもろに喰らえば、多分それで終わりだろう。
突きを放とうとする動作が、酷くゆっくりに見えた。まるで、ビデオのスロー再生のようだった。
(負けたくないな……)
後ろに下がってもすぐに追い詰められる。右や左に避けても切り払われる。上や下に逃げるのも効果はないと言っていい。
武装はいくつか破壊され、残っている武装は、どれもこれも残弾がほとんど底を尽いている。
有り体に言って、手詰まりだ。
もう、何も打つ手はない。
結局勝てなかった。
アレだけ大見得切っておきながら、情けないな。楯無たちに合わす顔がないよ。
「終わりよ!」
終わり?
ここで、こんな、こんな中途半端なところで?
……るな。
『たくと…………今まで、ありがとう…………さよなら』
巫山戯るな!!!!!
「うあぁァァァァァァァァァ!!!」
「なッ!?」
二つに分かれた電磁砲を捨て、瞬間加速でブルートンに突進した。
剣がかすり、頭部の装甲が切り裂かれるが、予想外の行動に意表を突かれたブルートンは、タックルを腹部に受けて怯んだ。
一瞬だけできたその隙に、剣を保持している右腕と首筋を掴み、アリーナの壁まで加速する。
「クッ!」
右腕を掴まれて剣が振れないと分かるやいなや、ブルートンは剣を一度格納し、左手に再展開した。
そして逆手に持ったソレを、クロガネの腹部装甲に突き立てた。と、同時にブルートンはアリーナの壁に叩きつけられた。
「がはッ!」
「……ッゥ!!」
右脇腹から激痛が走った。ISを装着している限り絶対に無いはずの、鋭い痛みだった。
でも、そんなことは瑣末な出来事でしかない。
今の自分にとって重要なのは、目の前の相手に勝つことのみ。
「ッらぁ!」
首筋を掴んでいた右腕を引き、叩きつけられたダメージで動きが鈍っているブルートンをもう一度アリーナの壁に叩きつけた。
二度に渡る叩きつけの衝撃で怯んだブルートンの首筋と右腕を掴んだまま、壁に押し付けながらアリーナの天井(という表現が正しいのかわからないが、早い話が一番高い場所)を目指して上昇する。観客席とアリーナを遮る特殊なシールドに押し付けられたアルストロメリアの装甲がギャリギャリと異音を上げる。
「この!」
二回目の叩きつけで左手を片手剣から離してしまったらしいブルートンは、僕の脇腹に突き刺さったままの剣に手を伸ばした。
そうはさせるか。
「────ッ!!」
「アゥッ!?」
上昇しながら左方向に瞬間加速する。慣性のせいで剣を掴みかけていたブルートンの左手は何も掴めずに空を切った。
だけど、僕もタダでは済まなかった。
一瞬だが視界がブレた。限界が近いみたいだ。早くケリをつけないと、ISより先に僕が動けなくなってしまう。
「こんにゃろぉッ!」
僕はアリーナの上昇限界まで昇ると、Uターンして地面に向かって急降下した。
「まさか!?」
(そのまさかだ!)
正真正銘、僕の最後の攻撃。
それはアリーナの高さ分の位置エネルギーをそのまま運動エネルギーに変換+クロガネの加速で後押しした地面への叩きつけだ。
クロガネは重装甲と言うべき見た目だが、その実、加速型のISである。最高速度は通常のISの比ではない。
アリーナの高さに加速型ISの全力加速。
これだけの要素が揃えば、絶対防御(通常の防御能力をさらに強力にしたもの。致命的な攻撃を確実に防ぐ代わりにエネルギーの消費も馬鹿にならない)の発動くらいは容易にできる、はず。
僕の企みに気づいたブルートンは、再度片手剣に手を伸ばし、柄を掴むと腹部装甲に刺さったままのソレを引き抜いた。
「グゥッ!」
再び脇腹に激痛が走り、呻く。だが、その程度で僕は、僕とクロガネは止まらない。
背中から地面に向かって落ちているという不安定極まりない体勢から、ブルートンはもう一度クロガネに剣を突き立てようと振りかぶった。
でも、もう、たった一度も攻撃をさせはしない。
(墜ちろ……!)
僕は背中と両肩のスラスターから一斉にエネルギーを噴出させた。
両肩と背中、三箇所に付いているスラスターの内一つからエネルギーを噴出させて瞬間的に最高速以上の速度を出すのが瞬間加速だ。なら、三つのうち一つではなく、三つ全てからエネルギーを放出したら、どれだけの加速ができるのか。そんなことは、僕にも分からない。
それに一つですら肉体への負担が有るのに、三つで加速したらどうなるかなんて分かったものじゃない。
でも、もう止まらない。止まる気は、ない。
(────ッぁ)
今まで感じたことのないGが前面から体を押し潰し、視界がブラックアウトする。しかし、そのことを明確に認識する前に大きな衝撃が襲いかかった。
ブルートンを掴んでいた手が離れ、何度も身体に衝撃が走る。
ブルートンを地面に叩きつけるのと同時に地面に投げ出されたみたいだ。そして、ボールのように地面を跳ねたのだろう。
ボンヤリと、恐らく仰向けになった状態で、冷静にそんな事を考えてしまった。
ついさっきまで剣が刺さっていた脇腹が妙に痛む。
完全に集中力が切れてしまったらしい。現に、さっきまで聞こえなかった観客席の歓声が聞こえている。
『試合終了』
スピーカー越しに織斑先生の声が聞こえた。
なぜか、その声が遠かった。
『勝者────』
一番聞きたい部分が聞こえようとした時、意識が急激に遠のいていった。
(疲れたなぁ……)
最後に聞こえたのは観客席からの歓声だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうだ、思い出したぞ……」
ブルートンが覚えている限りの事を話し、おかげでバラバラになっていた記憶がピッタリとくっついた。
「何を頭抱えてんのよ」
「いや、ちょっとした自己嫌悪が……」
「はぁ?」
大分無茶したな、僕。
勝つ為とはいえ、色々とやりすぎだ。僕もブルートンもよく無事で済んだな。
何言ってのコイツみたいなブルートンの視線が痛い。
「で、肝心の試合結果はどうなったんだ?」
「僅差でアンタの勝ちよ。おめでとう」
「……そいつはどうも」
「勝ったのに全く嬉しそうじゃないわね」
「ああ。なんでかな、全く嬉しくないんだ」
試合前はあれほど勝利に拘っていたのに、いざ勝ったら、嬉しいという感情以上に虚しさが心を埋め尽くしただけだった。
友人の名誉を守れたのは嬉しい。
でも、それ以外には何も感じない。何も思えない。
唯々、虚しかった。
「あ~あ。達成感、まるで無いな」
脱力して、ベッドに倒れ込む。
ふと、ホンの数ヶ月前のことを思い出した。
ISに乗ることができれば、空を飛ぶことができる。でも、その向こう、成層圏の彼方にはどうやっても行くことが出来ない。許されない。
あの日、ISに触れてしまったあの日。
空を飛び、自分が憧れていたものを見て、今なら何でも出来ると勘違いして。でも、現実はそう上手くはいかなくて。夢を達成できるだけの力を手にしたのに、僕個人の力は矮小なものでそれを許されずに……。
あの時も、今みたいな虚しさを感じたっけ。
「空に憧れる者ほど、空から離れてしまう、か」
「……? 何か言った?」
「いや、何も言ってない」
勝利を求めるものほど、その勝利は手に入らない。つまりはそういう事なんだろ。
互いに何も喋らず、沈黙が保健室に広がった。
「もう何も話すこともないし、私は帰らせてもらうわ。しっかりと寝ておくのよ」
僕を心配する言葉をかけて、ブルートンは立ち上がった。
言葉の通りそのまま帰るかと思ったら、彼女は僕を指さした。
なんだ?
「四宮。一つだけ宣言しておくわ。次は負けないから。油断も慢心も捨てて、絶対にアンタに勝つ」
真剣そのものな表情でブルートンは宣戦布告してきた。
こういう時は、言い返すべき、だよな?
「望むところだ。次も俺が勝たせてもらう」
(次戦う機会があるのかは分からないけどね)
僕もブルートンも、好戦的な笑みを相手に向けた、その時。
パシャッ!
僅かに開いていた保健室の出入り口からカメラのシャッターを切る音が聞こえた。
嫌な予感を抱えてそちらに顔を向けたら、カメラを構えた一年生の姿があった。しかも見覚えがある顔だ。
「……何してんだ黛」
コイツは黛薫子(まゆずみ かおるこ)。同じ一年一組の生徒で、新聞部に所属している。あと、一組の中ではまあまあ仲のいい生徒である。
「う~ん、良い
そして根っからのパパラッチ体質である。
「あのなあ黛、音もなく現れるなよ」
「夕日をバックにライバル宣言。これは記事の捏造しがいがあるわぁ~、フッフッフッ」
「話を聞け……」
絶対に今の写真を学生新聞(新聞部発行)に載せる気だろうな、コイツ。記事を捏造するとか言っちゃってるし。あとライバル宣言はしてないぞ。
「一応聞いとくが、具体的にはどういう風に捏造する気で?」
「ベタな恋愛小説風にブルートンさんが四宮くんを好きになったという方向で」
「うぉい……」
今の言葉から察するに、試合に負けたブルートンが、彼女を負かした僕に惚れただとか書くんだろうな。写真もあるんだし記事の捏造は簡単なのだろう。ブルートンの人権無視してないか?
まあ僕の人権は最初から有って無いようなものだから、何を書かれても驚かないけど。
「って、現れて早々何言ってんのよアンタは!!!」
今の今まで固まっていたブルートンが復活して、黛に向かって吠えた。
そういえば黛は僕らの会話をどこから聞いていたんだろうか。場合によっては口止めしとかないと。
「だってこんなに美味しいネタを逃すわけ無いじゃない!!」
「胸を張って言うな!!」
静かにしてほしいなぁ。一応病み上がりの人間がいるのに二人共騒ぎすぎだ。
一瞬にして蚊帳の外に置かれたなぁ~、と二人のやり取りを傍観していたら、出入り口の方から慌ただしい足音が聞こえた。しかも複数。
そして、足音の主たちは凄い速度で保健室に入ってきた。
「タク!」
「拓人君!」
「四宮くん起きたって!」
「大丈夫!?」
「生きてる!?」
「お腹の怪我大丈夫!?」
保健室に入ってきたのは、なんと一年一組の生徒達だった。ざっと数えてみたところ28人居る。
彼女たちは入ってくるなり僕の側まで近寄り、口々に安否を確かめる言葉を掛けながら詰め寄ってきた。
「ちょっ、落ち着け! 何言ってるのか分からないから一遍に喋るな!」
どこぞの聖徳太子じゃあるまいし、僕に28人の言葉を一度に聞き取る能力などない。
僕の言葉に少しだけ冷静になった皆は喋るのを辞めて、ベッドから離れた。
「何が言いたいのかはわかってるから一応言っとくぞ。
見ての通り俺は無事だし、生きてるよ。腹の怪我も特に問題ない、いたって健康体だ」
ガシガシと頭を掻きながらそう言うと、殆どの人が安堵のため息をついた。
安堵のため息をついてない人、歌穂と友美、幸貴は、俯いて肩を震わせているかと思うと僕に向かって突っ込んできて、抱きついてきた。
「よ゛か゛った゛れ゛す゛ぅ゛~~!」
「うぉっ!?」
何事かと思ったら、三人とも思いっきり泣いていた。ガン泣きだ。
え、なんで?
「お腹から血を流して。織斑先生は大丈夫だって、言ってたけど、何時までも起きないから、心配したんだよぉッ」
「う、ぐすっ、うぅぅっ……」
ああ、なるほどね。
確かに、単純計算で二時間以上は寝ていたもんな。彼女たちの不安を煽るには十分すぎる要素だっただろうな。
「ごめんごめん。心配してくれてありがとさん」
泣くほど心配してくれた三人に感謝しつつ謝罪の言葉を述べたら、余計に泣き始めた。思わず苦笑してしまう。
そんな僕たちに一組の生徒はみんなして温かい視線を送ってくる。地味にくすぐったい。
「というか、倒れるのは何時もの事だろ。今更そんなに驚くなよ」
『え?』
「それとこれとは別た゛よ゛ぉ゛~~~~!!」
苦笑しながら普段の訓練でお約束となっていることを告げたら、泣いている三人以外が僕らに暖かい視線を向けたまま固まった。
一体どうした?
「……アンタ、普段から倒れてるの?」
「倒れているとは失礼な。楯無との訓練が終わるとほぼ毎回気絶してるだけだ」
「で、その度に私が保健室まで運ぶのよ」
「……参考までに聞くけど、どんな訓練してるの」
「一歩間違えれば死ぬぐらいの訓練だ」
「あら失礼ね。これでも血反吐を吐くか吐かないかのギリギリの訓練量よ」
「…………」
「ははは、それは初耳だな」
「あら、そうだったかしら?」
「間違いなくな」
「それは失礼しました」
「まあそれは別にいいけどよ、いつの間に現れたんだ楯無さんや」
「それは内緒」
ブルートンと話していたら、黛と同じく音もなく楯無登場。貴様らは忍者か何かか。
気配もなく一組女子の一団に混じっていた楯無にみんなは驚くが、コイツならこれぐらいやりそうだなとある種の悟りを開いている僕は気にせず楯無と会話をする。
「元気そうね」
「見ての通りな」
「そう、それは良かった」
そう言って楯無は肩を竦めた。
僕に泣き付いている三人を僕から引き離して、楯無は目を細めた。
「拓人くん、なんであんな無茶な行動をしたの」
「勝つためだ」
問いかけというにはあまりにも強い楯無の言葉に、短く且つ簡潔に答えた。
それだけで、楯無の纏う雰囲気が攻撃色を孕んだものに変わった。
「あの時の行動、下手すれば大怪我を負っていたかもしれないって分かってたの?」
今更ながら気付いたのだが、僕を問い詰める楯無は、一ヶ月ちょっと前に見た顔をしていた。
技術者兼研究者(の卵)上がりだった僕は、深夜以降も動き続けることに慣れていた。
IS学園入学当初こそ精神的な疲労の問題で早く寝ていたのだが、慣れてしまうと案外どうということはなかった。その所為か、中学時代と同じような朝3時に寝て6時に起き普通に登校して授業を受ける、という友人たちから、呆れるを通り越して逸そ尊敬するなどと言われた生活を送っていた。
少ししたら楯無に露見し、今と同じような表情と声色で説教された。
そのおかげ(というのもアレであるが)で今は普通の生活リズムに戻っている。
彼女はその時と同じ顔になっていた。
「そんなこと、行動に移す前から分かっていたさ。その上でアレが一番いい手だと思ったんだよ」
瞬間加速は、本来スラスターを一つだけ使い行うものだ。それをスラスター三つを使い行う場合、単純に考えて推力は三倍だし、僕への負担も三倍だ。短期決戦ならともかく、二十分も戦い続けている状況で使うものではない。それまでの負担と合わせて確実に倒れる。
そのことについては分かっていた。けど、その程度で勝てるなら、安いものだと思った。だから実行した。
「…………」
「それに俺が傷ついたって誰も悲しまないだろ」
「本当に、そう思ってるの?」
「ああ」
パァンッ!!
「ふざけないで」
悲しみと、それを覆い隠すほどの怒りが感じられる声で、楯無は呟いた。
その言葉に端を発したかのように、威圧感と言ってもいいかもしれないぐらいの怒りが彼女から伝わってきた。
「ふざけてなんかいない」
「あなたは勝つことができたから良いかもしれないけれどね、貴女の無茶の所為で、悲しむ人や心配する人が居るのよ。それが分からないの?」
「誰が心配するって言うんだよ。所詮、俺は”世界で唯一ISを扱える男”っていう肩書きのせいで珍しがられているだけの人間だろ。何の下心も無く、純粋に心配する奴なんて何処にも居ない──」
「そんなことない!!」
何処にも居ないだろという僕の言葉を遮り、誰かが叫んだ。
保健室にいる人間全員が叫んだ子に視線を向けた。
叫んだのは楯無でも、歌穂でも、友美でも、黛でもない。
「幸貴?」
一番口数が少なく、大きな声を上げるという行動自体見たことがない少女、幸貴だった。
「私は、心配した。拓人が、このまま起きないんじゃないかって、しんぱい、したんだから」
ボロボロと涙を流して泣きながら、幸貴は精一杯自分が心配していたことを伝えてきた。
幸貴が嘘をつくのを嫌うのはこの一ヶ月ちょっとでよく分かっている。
つまり、彼女は倒れた僕のことを打算も何もなしに心配していたことになる。
「私、だけじゃない。かほも、ともみも、みんなだってしんぱいした」
ハッとして、保健室にいる一組生徒を見回した。歌穂や友美、何人ものクラスメートが目を赤くしていた。まるで、泣いた後のように。
何が、誰も心配しないだ。皆、心配してくれてるじゃないか。
今だって、歌穂たちが泣いているじゃないか。
思えば僕は、この学園で起きる事柄に対して、心の何処かで疑いを持っていた。
歌穂が僕と友達に成りたいといった時も。
クロガネが僕の専用機として扱われるようになった時も。
楯無との訓練も、四人との勉強会だってそうだ。
何を信じて何を疑えばいいのかなんて、たった15歳の子供に判断できることではない。だから、全てに疑いを持って接していた。だから、みんなが本気なのかそうでないのかも分からなくなっていたんだ。
ハハッ、ダメダメだな、僕。
「みんなの気持ちも知らず、誰も悲しまないなんて言って、ごめん」
彼女たちに謝るには何をすればいいか。全く分からない。
だから、頭を下げた。
それ以外に誠意を伝える方法を知らなかったから。
「よし、許す」
「はい、許します」
「許す」
歌穂、友美、幸貴の三人がそう言ったのを皮切りに、みんなは口々に、別にいいよ、や、許す、と言ってくれた。ただ一人、楯無を除いて。
彼女だけ黙り込んで何かを考えていた。
やがて二、三回頷き、口を開いた。
「私も許してもいいけど、一つだけ罰を受けてもらうわよ、拓人くん」
「まあ、それくらいは甘んじて受けるさ」
「うん、それを聞いて安心したわ」
そう言って、彼女はとてもイイ笑みを浮かべた。それはそれは、とても綺麗な笑顔だった。見ていて寒気がするほどに輝いている作り笑顔だ。
ああ、ヤバイ。スイッチが入った……。
彼女が腕をひと振りすると、彼女の両手の中に計八本の油性マジックが現れた。何処から出した。君はマジシャンか何かか。
「…………一応聞いておくけど、それで何をするつもりだ」
「拓人くんに落書きするのよ」
楯無さんは口では許すだのなんだの言っていても、実際はまだまだ怒ってらっしゃるようだ。
目が全く笑ってない。
素直に謝ったにも拘らず、彼女の怒りは全く収まっていないご様子だ。
「ペンはあと七本余ってるけど、他の人も書く?」
「あ、私書きたい」
おい歌穂ォォォ!?
楯無の言葉に真っ先に反応したのは友人だった。
そして、彼女を皮切りにクラスのみんなの内、何人かが立候補して、アッと言う間に僕は処刑用の槍(たぶん水性ペン。なお黒赤青の三色)を構えた死刑執行人(クラスメート)に囲まれ、十字架に磔にされてしまった(ベッドの上から移動することができません)。
「あー、まあ頑張りなさい四宮」
唯一何をするわけでもなく保健室に留まっていた最後の良心(ブルートン)はそう言って居なくなってしまった。
うん、この状況はアレだ。
王手金銀飛車角取りだ。どう足掻いても絶望だ。進めば虎、退けば獅子だ。どの選択肢を選んでもバットエンドっていう状況だ。
まあ早い話、
「オワタ……」
「者共、かかれぇぇ!」
『おぉぉー!』
「うわあぁぁぁぁぁぁーーー!!!???」
その後どうなったかって?
僕が起きたことを聞いた織斑先生たちが現れるまで、顔中に落書きされて黛に写真を撮られまくったよ。
織斑先生が笑いを堪える顔なんて初めて見たね。
博士辺りに写真を見せたら狂喜乱舞しそうなほど珍しい顔だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
5月28日木曜日
今日は初めての公式試合があった。対戦相手はアイリス・ブルートン。アメリカの代表候補生だ。
綱渡りどころか、細長い糸の上を渡るような勝負だったが、辛うじて勝ちを拾うことができた。
ただ、その時の行動は今思い返してみてもやりすぎだったと反省してしまう。
いくらISに絶対防御があると言っても、衝撃までは防ぎきれない。
もしあの時、背中からではなく、首から地面に叩きつけられていたら、ブルートンは死んでいただろう。正直、背骨に損傷が出てなかったのが奇跡だと考えてしまう。
僕は腹部に刺し傷ができ、傷が開くかもしれないので二週間ISに乗るなと言われたが、それ以外には特に何もないのだそうな。よかったよかった。
ただ、危険すぎる行動だとかで織斑先生と山田先生にお説教を頂いた。出席簿二連撃は痛かったです。あと、音もなく現れないでください。流行っているんですか、その登場方法。
織斑先生と山田先生からのお説教も終わった後、歌穂と楯無に半ば拉致される形で、
「更識さんのトーナメント優勝祝い&拓人くんの勝利祝い」
という名目での宴会に参加させられた。なんで僕の呼び方だけ名前呼び? まあいいけど。
何故か一組だけでなく二組や三組の生徒まで混じっていたが、それなりに楽しかったので気にしないでおこう。
食堂での宴会自体は、黛を始めとした新聞部に取材を受けたり、僕が気紛れで作った料理を食べた人みんなが落ち込んだり、例によって例のごとく一般生徒からの質問攻め(主にプライベート)に遭ったりと色々とカオスと言うべきか混沌と言うべきか糠味噌と言うべきか。何を書いてるんだ僕はと自分で自分にツッコミを入れたくなるが、とりあえず、かなり騒々しかったとだけは記しておこう。
僕の隣で終始胡乱げな表情をしていたブルートンが印象的だった(どうも、寮で同室だった生徒に無理やり連れてこられたようだ。ご愁傷様)。
最後には一組生徒みんなで集合写真を撮った。写真は後日全員に配られるらしいので楽しみだ。
今日のまとめ.祝! 初勝利!
【ピースをした歌穂に右から首に手を回され、左から笑っている楯無に頬を指で突かれながら苦笑を浮かべている拓人。彼らを中心に、一組生徒が思い思いのポーズで写っている写真が挟まれている】
「ふぅ……」
拓人は書き終わった日記帳を閉じ、家から持ってきた設計図などを書いたノートの中に混ぜる。
このノート郡は、楯無たちには理解ができないと言われた物ばかりが書かれている。現に四人の中では一番その手のことに精通している幸貴ですら半分も読まないうちにギブアップした。
それ以来、誰一人としてこのノート郡に手を付けようとはしない。そこに混ぜておけば、日記帳が読まれることはまず無いのだ。
自分の内面や、誰にも話していない事を赤裸々に書き記している日記帳が見られれば、間違いなく怒られるだろう。
何だかんだで面倒見の良いロシア代表の静かな怒り顔を思い浮かべて、拓人は身を震わせた。
ブゥゥーン、ブゥゥーン
「さっさと寝る、って、こんな時間に電話?」
シャープペンをしまい、ベッドに入ろうとしたら、携帯電話のバイブが着信を知らせた。
現在時刻は既に二十二時五十分を過ぎている。
拓人の携帯電話の番号を知る人間で、こんな時間に電話を掛けてくる人間は数える程しかいない。
誰からだろうとデジタル表示された文字を見てみると、そこには番号のみが表示されていた。
「
すぐに電話の相手にアタリを付け、通話ボタンを押す。
「今日はどっち?」
『黒鉄の調子はどう?』
相手があの二人のどちらかなら、余計な会話などいらない。前は四宮ですと挨拶もしていたが、それもいらないと考えるようになり、拓人は開口一番そう聞いた。
返ってきたのは彼の予想とは違う声だった。
声の主は、彼の問いかけを無視し、感情が殆ど篭ってない声で一方的にそう告げてきた。
「(博士か)問題なし、ああ、いや、若干問題はありますが大丈夫です」
『シールドの停止は不調じゃないよ』
一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐに今日の試合で起きたことを指しているのだと気づいた。
アイリスとの試合、最後の局面で、拓人は確かにアルストロメリアの剣を頭部と腹部とに受けた。
にも拘らず、黒鉄のシールドエネルギーは減衰せず、頭部装甲は斬り裂かれ、腹部には怪我を負ってしまった。
気が動転していた歌穂たちは気づいていないが、普通では絶対に起こりえないことが二度も起きていた。どちらも、戦闘中に。
「前のアレも今日のアレも、やっぱり
『そう。その子はただ君の願いを叶えただけだよ』
「願い……」
電話越しに話す相手の発した謎の言葉を口に出して反芻する。
拓人は僅かに目を伏せた。
「やっぱり、クロガネは────ですか」
『そうだよ』
「…………」
彼の携帯電話を握る手に力が入り、少しだけ軋む音がした。
予想していたこととは言え、いざその現実を突きつけられると、少し暗澹たる気持ちになってしまう。
『それで?』
「……僕にも、今のところは
『そう』
携帯電話越しの相手は相も変わらず何を思っているのか理解できない声で淡々と喋る。普通の人間であれば、気味が悪いと思うか、恐怖を感じるような声だった。
が、拓人はそんなもの
「
『うん』
「それならいいです。他に要件は?」
『無い』
「そうですか」
彼が返事をすると同時に通話が切れた。
拓人は暫し通話が切れた携帯を眺めてから何事もなかったかのようにベッドに潜り込んだ。
十分、二十分と時間が経ち、拓人はベッドから体を起こした。
「…………」
眠れなかった。
どれだけ眠ろうと努力しても、肉体がそれに応えてくれない。
目を閉じても、羊を数えてみても、何も考えずに横になっても、一切変わらなかった。
その日、彼が眠ることはなかった。
いかがでしたか?
今年の投稿はこれで終わりです。
ストックも尽きたので、次の更新は遅くなると思いますが、
よろしければ次も彼の物語にお付き合いください。