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それでは第七話、どうぞ。
IS学園のグラウンドを走る。
このグラウンドは、一周約五kmと無駄に大きい。学園漫画なんかでよくあるグラウンド五週や十週なんて罰を与えられたら、間違いなく途中で倒れてしまうだろう。
数多の部活の練習場所になるからこれぐらい広くないといけないのだろうか?
三週間前に行われたクラス対抗戦エキシビションマッチの際、ブルートンのIS<アルストロメリア>の振動剣(後から知ったことである)で付けられた怪我で、つい一週間前までは激しい運動は禁止だと言われてしまい昨日までは様子見も兼ねて走ることを止められていたが、昨日漸く走ってもOKだと言われたので、久しぶりに趣味のランニングをしている。
現在時刻はおよそ五時。大体の人間は未だにベッドの中で寝ているだろう。
「フ~ン、フフフ~ン、フフフ~ン、フフフ~ン」
鼻歌を歌いながら、若干姿を現した太陽で照らされた地面を走る。六月の半ばにまでなると、こんな時間でもなかなかに暖かく、気を抜けば立ったまま寝てしまいそうだ。もう少しすれば、ジャージを着る必要もなくなるかもしれない。
八年前、なんとなく始めた早朝に走るという行為を続けているうちに、それはいつの間にか習慣になり、一年経つ頃にはもはや機械いじりの合間の趣味の領域にまで昇華され、今や走るという行為に無駄な力を割くようなことはなくなってしまった。
生来の才能というやつは全くないので走る速度自体はそこまで速くはないが、今なら本を読みながらでも一時間以上走り続ける自信すらある。
「って言って、石動たちには呆れられたっけ」
大和屋にはよく転けねえな、槇島からはなんやそのギャグ、石動には死ぬなよ、なんて言われたな。あのときの皆の顔は傑作だった。
中学時代の友人たちとの会話を思い出してちょっとだけ苦笑する。
その間も地面を踏んで、蹴る、という動作を休むことなく行い続ける。
別に走っていて爽快な気分になるわけではないし、何か目標を持っているわけでもない。肺は苦しくなるし、足は重くなる。限界を超えて走り続ければ、次の日の行動に支障をきたす可能性すらある。
それでも、この動作を止めるわけにはいかない。
僕は、居なくなってしまった妹の分まで走り続けなければならない。
そう、心の何処かで自分を縛り付けているからだ。ハッキリ言って僕は狂っているのだろう。こんな行動に精神の安らぎを求めてしまっているのだから。
それでも、やめることはできない。
やめようとすれば、多分僕は僕で無くなってしまう。
それから三十分、およそ五時半になるまで走り続けた。
特に苦しくもなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ、おはよう拓人君」
「拓人くん、おはよう」
「タク、おはよう」
「おはよう拓人くん」
「うぃーっす」
一年一組の教室に入って何人かに挨拶する。
ブルートンとの試合の後、一組のクラスメートたちは、何故か僕のことを名前で呼ぶようになっていた。
理由を聞いてみても適当にはぐらかされて分からずじまい。まあ良いんだけどね。
自分の席に座り、携帯を取り出してとあるサイトを開く。
「さてさて、今日は何が起きてるのやら……うげ! また汚職か…………」
「なに見てるの?」
「電子新聞」
IT技術が発達した今の世の中、携帯電話ひとつで新聞すら見ることができる。
本来ならば紙媒体の新聞を読みたいところであるが、生憎とIS学園では図書館でしか新聞を読むことができない。その為、毎朝新聞を読みたい人(そんな酔狂な学生は僕くらいだろうが)は自分の携帯などから、データ化された新聞を読むのだ。
「うわぁ~、よく読めるね」
「俺の立場上、世の情勢はある程度把握しとかないと不味いからな」
そもそも、他のIS学園生と違い、僕の学生という地位は国から与えられているものだ。
発見当初の数々の事件が原因で一般人と同じように生活することはできないということは分かっていたし、かと言ってどこかの国の研究機関に所属させる=その国に属することになるという図式が成立するので、僕の処遇はだいぶ揉めた。
クロガネが(名目上)日本の倉持技研製のISであるため、データ取りは倉持技研中心で行われているが、そのデータは世界中の研究機関に送られているのだそうな。
国の、世界の心変わり一つで、僕はどこかに軟禁されるかもしれないし、妙な連中に拉致されて、最悪、
そうならない為にも、ちょっとした世の中の変化には常に気を配っておかなければならない。
”世界で唯一ISに乗れる男性”という心底いらない称号の弊害は結構大きいのだ。
「はぁ、世の中ままならないな」
「よくわからないけど、大変そうね、拓人くん」
「大変なんだよ、楯無」
楯無がいつの間にか隣の席に座っているが、何時ものことなので特にリアクションもせずに会話を続ける。この程度でいちいち驚いていたら、彼女と友人関係を続けることなどできはしないのだ。
「まあ、今の社会情勢なら、拓人くんにこれ以上の負担がかかることはないわよ」
「そう断言できる根拠は?」
「女の勘♪」
…………普通に考えれば彼女も新聞などで世界の情勢を知っているというのが理由なのだろうが、一瞬、笑顔で告げられた答えに納得してしまいそうになった。
うん、僕の反応はおかしくないよね? だって楯無だし。
「だと良いんだけどな。そういうお前は何もないのか? ロシアの国家代表なんだろ?」
からかわれたり、ISの訓練で叩きのめされたり、からかわれたり、勉強を教わったり、励まされたり、からかわれたり、からかわれたり、あとからかわれたり(からかわれてばっかだな)して忘れがちになるが、目の前の水色の髪をした少女は国家代表なのだ。当然、国に対しての奉仕だかなんだかの義務を背負っているはず。
「あら、私がそんなことを忘れるように見える?」
(デスヨネー)
僕の問いに笑みを浮かべてそれがどうしたと彼女は答える。
予想通りと言えば予想通りだが、彼女も裏で色々とやっているようだ。どこで何をしているのかなんて分かりもしないが。というか知りたくもない。
「席に着け。HRを始めるぞ」
『今の世界情勢について』という真面目くさった話題でクラスの人間と話しているうちに織斑先生が現れて、IS学園での一日が始まった。
その日、金曜日はそのまま特に大きな出来事もなく平和に過ぎていった。
なお、意外なことに歌穂を含めて十人以上が世界に対する面白い感想と見方を持っており、なかなかに有意義な会話であったことを記しておく。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そんなわけで訪れました激動の土曜日です」
『何言ってるの、拓人くん』
「気にするな」
今日は6月20日の土曜日。
本来ならば倉持技研で行われるはずのデータ取りを、何故かこのIS学園で行うことになってしまった。しかも、ロシアの方から手伝わせて欲しいとの
はぁー、今更だけど日本って立場が弱いんだったな。
「主任、まだ初めてはダメなんですか?」
『もう少し待ってくれないか。あとちょっとで準備が終わる』
「色々とやる事もあるし、さっさと終わらせたいんだけどな」
『落ち着きなさい。焦ってもどうにもならないわよ』
愚痴をこぼしたら、ラファール・リヴァイヴに身を包んだ楯無に窘められた。
……そういえばロシアはどんな意図を持って楯無をこのデータ取りに潜り込ませたのだろうか?
拉致、殺害、篭絡。
国が指示しそうなことはこの三つだろうが、ここはIS学園のアリーナだ。観衆がいるのに最初の二つが出来るはずもないし、それらだけならば今までも機会は有った。
故に可能性からは除外しておく。
ただその上で考えると、浮かんでくる可能性は精々監視ぐらいしか思いつかない。だが、監視は普段からされている様なものだ。クラスでは隣の席だし、放課後のISの特訓では殆どの場合彼女が立ち会ってるし、食事の時も彼女は居るし。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………邪推しても仕方がないかな。どうせ僕程度にはわからないんだし。
『準備が出来ました。四宮拓人くん、更識楯無さん、二人共指定した位置に着いてください』
データ取りを担当する倉持技研の主任の声に従い移動する。
別の事を考えながらISをに乗っていたら、怪我をするどころでは済まないかもしれない。今は、目の前の事に集中しよう、うん。
「位置に着きました」
『こっちも準備できました』
『確認しました。それでは、これより黒鉄の武装の運用試験を始めます』
今日の内容はクロガネの新武装(という名の色物だったり試験的なものだったりする武装)の運用テスト。
やはりと言うべきか当たり前と言うべきか、クロガネが自分で造り上げた武装(【タイラント】、【タイフーン】、【サーペント】のこと。どうでもいいことだが、これらの命名はクロガネ内部で勝手に行われていた)だけでは限界があり、最初こそ楯無にも有効打を与えることが出来たりしたのだが、今では回避されてばかり。
クロガネの武装は、どれも実直であり、安定感がある。しかし、それ故に決定打に欠ける部分がある。
倉持の人たちが造った電磁砲【カグツチ】でなんとか補ってはいるが、限界はある。ぶっちゃけると、ブルートンの時はそれを実感する羽目になった。
一ヶ月前のデータ取りの際に倉持の技術者たちにそのことを相談したら「クロガネの
ラファール・リヴァイヴ最強にして最も使いづらい武装である【灰色の鱗殻】や、現役時代の織斑先生が使っていたIS<暮桜>の唯一の武装であり、他の追随を決して許さなかった【雪片】みたいなとんでも武装は見たところなかったが、正直どんな武装を使うことになるのか、不安で仕方ない。
『まずは【ヤタ】を呼び出して』
「はい」
「はぁぁぁっ!」
刃渡り約2mの長刀【ヤシャ】をラファールに身を包んだ楯無に振り下ろす。
この刀の能力上、刃先に触れれば確実に相手の装甲を切り裂くことが出来る。ラファールの固有装備である盾であってもその事実は変わらないだろう。
だが、楯無はその斬撃を防ぐでも避けるでもなく、左手に持つアサルトライフルの銃身で刀身の側面部(ちゃんとした名称があるのだろうが知らない)を叩き、斬撃の軌道を逸らした。
(ヤバっ、このパターンは!?)
僕は楯無の予想だにしない行動で体勢が崩れてしまい、思いっきり(IS学園の生徒レベルでは問題にならない程度だが)隙が出来てしまった。
楯無は予め右腕に展開していた盾を突き出してくる。
と、同時に盾が
第二世代IS最強クラスの威力をはじき出すその武装は、”盾殺し”という異名を持っている。
ISのシールドをもってしても衝撃を殺しきれない程の打撃力。そんなものを喰らったら、まず間違いなく絶対防御が発動する。よしんば発動しなかったとしても、リボルバー機構を備えているが故の連続打撃でシールドエネルギーをボロボロにされるのは確実。
ヤシャの届く距離に持ち込むために既に二回瞬時加速を使っているため、瞬時加速で避ける案は却下。何より相手は他ならぬ彼女だし。
今使えるベストな策、いや、ベターでも良いから何か策はないか。
(あ……)
脳裏に一つだけ手段が浮かんだ。
結構無茶な方法ではあるが、他の策を考える時間などこれっぽっちもない。
左手をヤシャの柄から離し、手の中に投擲刀【オニビ】を展開。
ハイパーセンサーに映る光景と自分の直感だけを頼りに、突き出された灰色の鱗殻の杭部分にオニビをぶつけた。
「…………っ!」
左手から衝撃が伝わると同時にオニビの刀身が爆発し、パイルバンカーを弾いた。
数十分前も今と同じような流れで灰色の鱗殻を喰らったんだ。二度目は勘弁して欲しいんだよ。
僕は瞬時加速を発動させ、楯無が次の行動を起こす前に急いで距離を開けようとした。
突然ではあるが、僕と楯無が戦った場合、僕が絶対に勝てない理由をいくつか挙げていこうと思う。
まずは経験不足。
彼女は数いる(僕基準。実際はそこまで多くない、のかな?)国家代表候補生の中から国家代表に選ばれるために、一体どれだけの時間ISに乗ってきたのだろうか。予想出来るだけでも二、三百時間ぽっちでないのは確実だろう。
対して、僕は精々二百時間も乗ったかどうかだ。その半分以上が博士の下での無茶苦茶な訓練だし。しかも人と戦ったことは全くなかった。楯無は間違いなくロシアで何度も対人戦をしてきた。
この時点で勝てる可能性がかなり減る。
次に武装の扱い方。
僕は武装を本来の扱い方しかできない。銃であれば撃つ、刀剣類であれば斬る、突く、といった風に。
が、楯無は違う。
銃を撃つのではなく打つ。銃身で殴ってくるのだ。しかも真芯を。
実際、前にショットガンで頭を殴りつけられた時は脳を揺らされ、さっきもヤシャの刀身をアサルトライフルの銃身で殴りつけ、攻撃を逸らされた。
狙ってやっているのか、それとも偶然なのか。まあ狙ってやっているんだと思うけど、こういう思いっきりが良い行動を臆せず実行できるメンタルとそれを実現できる技術も、僕より優れている面だ。
僕ならそんな行動を取るぐらいなら防ぐか必死に回避するだろう。失敗した時のリスクが怖いからね。
こんなんだから中学時代の友人にヘタレと呼ばれたのかな……。
で、次が一番の問題点。
彼女が僕にISの操縦を教えている人間だということだ。
入学から三日目にして彼女と勝負してから、ほぼ毎日ISに乗ってきた(何日かは検査とか検査とか養生とかで乗れなかったが)がその殆どに彼女の影があった。つまり、彼女は僕の動きや思考ルーチン、さらにはクロガネの性能、機能など、実際に乗っている僕と同等レベルまで知っているのだ。本人が言ってたんだし間違いないだろう。正直、そんなバカな事があってたまるかと言いたくなったが、実際その通りなのだから泣きたくなってくる。
無論そんな事が出来るのは経験などから裏打ちされた直感なんかのおかげである。流石国家代表だ。
さて、ここまで長々と自分が負ける要素(言ってて悲しくなってくるな)を説明して、何が言いたいのかというとだ。
僕が何かしら行動する=楯無がそれを予測し先回りする=行動を潰される又は逆手に取られる
と言うとんでもない図式が成り立つ。
という事は、である。
先程のタイミング、僕が瞬間加速で距離を取るというのは楯無に察知されており、
「逃がさない!」
こんな風に瞬時加速で追いかけられるのだ。
瞬間加速は、瞬間的なら瞬時加速にも勝る速度を出せるが、それはあくまで一瞬のこと。
すぐに速度が落ちて一方向にしか動けない瞬間加速では、一気に最高速度まで加速して動き回れる瞬時加速からは逃げきれない。
どうやら、また僕の黒星が増えるみたいだ。
ハイパーセンサーで迫り来るラファールを捕捉しながらボンヤリとそんなことを思った。
黒い装甲に杭が打ち付けられた。
『これで運用試験を終わります。四宮くん、更識さんはピットに戻ってください』
『分かりました』
「ハァ、ハァ、了、解……」
運用試験開始からどれくらい経っただろうか。
度重なる楯無との模擬戦で疲労した僕と、疲労の色を見せずケロッとしている楯無に、管制室から試験終了を告げるアナウンスが飛んできた。
声に従い、僕と楯無はそれぞれのピットに飛んで行く。
今回の武装の運用試験はキツイという一言に尽きた。
クロガネ製の武装を強化・発展させた武装×三に始まり、無音長距離狙撃銃にカグツチの後継型である小型電磁砲、物体に命中するか遠隔操作で爆発させることができる投擲刀、挙げ句の果てにはアルストロメリアの超振動剣と同じ技術で作られている超振動刀や試型
熟練者であっても難しいのに、素人が一度も使用したことがない複数の武装を使うなど、難しいとかいう次元の話ではない。その上、楯無との模擬戦はECMの使用こそ許可されたが、試験武装のみで戦うという風に決められており、最初のうちは彼女を追い詰めることもできたのだが、次第に武装の特徴を把握され、時間が経てばいつものように
やっぱり僕には近接武器を扱う才能は無いのだろう。
次からは遠距離武装だけ造ってもらおう、そうしよう。
「オーライオーライ。もうちょいコッチ。はい、ストップ。そこで黒鉄を脱いで」
心の中で一人落ち込んでいるうちにピットに着いた。
倉持から来た技術者の誘導に従い、クロガネの装着を解除する。
「ふぅー」
頭部から装甲が消え、或いは変形していき、下半身の装甲まで全て外れるたのを確認してからクロガネから降りた。
普段のように待機状態にするのではなく、直接ISを脱ぐという感覚はどうにも慣れない。全身装甲だからか脱いだ直後は思いっきり涼しくなるし。
「これ、そこに貼り付けて!」
「比較用のデータは何処だ!」
「これは破棄! そっちのパーツ持ってきて!」
「…………」
「お疲れ様、拓人君」
「あ、主任」
目の前で技術者と研究者にあちこち弄られているクロガネと作業中の彼らを眺め、自分もあそこに加わりたいなと内心ウズウズしていると、背後から倉持技研研究班主任の
170cm越えの身長に(不規則な生活を送っているのに)綺麗な黒のロングヘアー。見た目はまさにやり手の人である。
「どう、君好みの武装は有った?」
「幾つかは。ただ、」
「ただ?」
「近距離武装は駄目ですね」
「そうかしら? なかなか良い武装も有ったと思うけど」
確かにそうなんだよね。
超振動で敵の防御だとかを無視して斬ることが可能な長リーチの刀【ヤシャ】に、同じく長リーチの十文字槍【イッカク】だとか使いこなせれば強力な武器はいくつもあった。
でも問題は武器の方じゃない。
「楯無曰く、俺が近距離武器を使うのは自殺行為に等しいんだそうです」
「そうなの? そこまで酷くはなかったと思うけど」
「いいえ。実際、近距離武器を使っていたらゼロ距離武装の灰色の鱗殻まで喰らいましたし……」
「えっと、彼女は国家代表だったんだし、仕方ないんじゃない?」
「実戦じゃ、そんなのは唯の言い訳にしか成らないですよ」
自分の力が及ばないのは今更な話だ。
その及ばない力をどうやって埋めるのかが弱者に求められる力だと思う。僕は、遠距離武器ならともかく、近距離武器に限定されると、どうしても動きが単調になってしまう。何度もどうにかしようとはしたが、どうしても上手くいかない。才能が有る人間なら、直感的にしろ、思考的にしろ、奇抜な動きや策を思いつくのだろう。
が、生憎と僕はそんな策を都合よく思いつきはしない。
楯無が言った才能が無いってのは、こういう部分なのかもしれない。
「で、でも、アメリカの代表候補生には勝ったんだし、もっと自信を持っても良いと思うよ?」
「あれは対戦相手のアイリス・ブルートンが油断していて、尚且つ
「え、え~と、その、」
「慰めの言葉は別にいいですよ。今更ですし」
「あ、あうぅ~……」
陽子さんは、冷たくあしらわれた事にショックを受けて肩を落とした。話しているうちに、だいぶ陽子さんの地が出てきたみたいだ。
この人は、結構ヘタレた部分がある(僕も人のことは言えないけど)。
美人で優しい人ではあるし、仕事はキッチリとこなすのだが、それに反比例するかのようにヘタレているという言葉がピッタリな発言や行動を取ってしまうことがあるのだ。
今だって僕を慰めようとして逆効果な発言をした。まあ、僕は別にどうでもいいんだけど。本人に悪気がないのはわかっているし。
とは言え、うじうじされてても困るし、取り敢えず立ち直って貰おう。
「あはは、ごめんね、拓人君」
「いえ、別にいいですよ。普段お世話になっていますし」
陽子さんを立ち直らせるのに五分ほど費やしちょっと疲労が溜まった。
苦労したなという感情が表情に出ないように必死に苦笑いを作り、肩を竦めた。
「それじゃあ着替えてきます。ミーティングは何分後にしますか?」
「最後まで休み無しで運用試験をしたから休憩も兼ねて三十分後にしようと思うんだけど、良いかな?」
「俺はそれで良いですよ」
「それじゃあ三十分後にここに集合」
「はい」
陽子さんと別れ、ピットから出て行く。
今僕がいるアリーナはデータ取りの名目のもと生徒及び教師の立ち入りを止められ、更衣室に行くまでの道中には、当然ながら誰も居ない。楯無は反対のピットに行ったから当然あっち側の更衣室を使っているだろう。つまり、今の僕は傍に誰も居ない、完全に一人だ。
IS学園に入ってから、なんと言うか、独りきりの時間とでもいうべきものが圧倒的に減った。
食事をするときは学友たちがひしめく食堂か、歌穂たちを招いて自分の部屋で食べる。
授業の合間の休み時間は、大体誰かに話しかけられるか、幸貴と謎の談義をするかで終わる。
放課後は、ほぼ毎日楯無とISの操縦訓練。そうでなければ料理部で友美と何かを作っていることが多い。
寮に帰れば週四回は自室で勉強会(最近回数が増えた)。
どこもかしこも他人、他人、他人。
昔なら、朝起きても家人は誰も居らず、偶に作られている朝食を食べて、或いは食べずに登校。
学校に着いてからは一部の人間を除いて基本無視。ずっと技術書を読み、昼食は出来る限り人目につかない場所で食べていた。
放課後は、半分位が友人の家にある道場で人目につかずに謎の稽古をするか、家で機械いじり。
家人は二人共働きに出ており、しかも泊まり込みが多いので基本自分一人。
常に好きなように過ごせていた。
そう考えてみると、こうして誰も居ない、誰の注目も浴びることのない時間というやつは貴重なのかもしれないな。
などと、アホなことを考えているうちに男子更衣室に着いた。
男子更衣室と銘打たれているものの、そもそも今は僕以外に此処を使う人間はいないので、実質僕専用の更衣室になっている。
まあ、そもそも僕はイレギュラーな存在だから、この更衣室も去年までは女子が使っていたんだろう。……こんな事実をアイツ等が知ったらなんて言うだろうか。
「多分変なボケをかましてくるか、血の涙でも流しながら襲いかかってくるだろうな……」
「誰がそんなことをするの?」
「そりゃ勿論、中学時代の友……人……」
何故だろう。
聞こえるはずがない人の声が聞こえるんですけど。
居るはず、ないよね。
いくら彼女が悪戯好きで僕をからかう為だけに動くことも少なくなくてこの前なんか恐ろしい薄着で抱きついてきたりするほど僕をからかうためには手段を選ばないけど流石に更衣室にまで入ってくるなんてことはないよね?
陽子さんのことを言えないほど、内心ヘタレ全開の状態で後ろを振り返る。
案の定、そこには水色の髪を持つ女子、更識楯無の姿があった。
毎度の事だけど、忍者みたいに何処からともなく現れないで欲しい。
まあそれは置いておこう。良くはないけど横に置いておこう。
「なんで此処に居るんだよ……」
「タオルとスポーツドリンクを渡そうかと思って」
「あー、うん、そうか。ありが──」
「別に拓人くんが一人でブツブツと何かを言っているんじゃないかとか、何かからかうネタが見つかるかもとかは全く考えていないわよ?」
「たくねえ! 何をしようとしてたんだお前は!?」
笑顔で何言ってるんだこの痴女もどきは!?
「冗談よ冗談」
「なんだ冗談かよ。脅かすんじゃ」
「四割くらいは」
「半分以上本気じゃねえか!」
「冗談だってば」
「……ホントか?」
「ええ、冗談よ。……四割冗談だっていうことが」
「もうヤダこいつ!!」
何時もの事ながら楯無に弄られるのだけは未だに慣れない。疲れている時ぐらい、そっとしといて欲しいです、はい。
頭を抱えて叫ぶ僕を見て、楯無はクスクスと可笑しそうに笑う。
「ごめんなさい、ついつい」
「ついついで済まさないでくれ、お願いだから」
「ごめんなさい」
何が彼女の琴線に触れたのかは分からないが、なおも彼女は笑った。作り笑顔でもなく、何かを企んでいるわけでもない自然な笑顔で。
彼女がこんな風に笑うのは見慣れたことではない。
彼女は、更識楯無は僕らに何かを隠している。多分、国家代表の仕事以外の何かであることぐらいしか分からないが、少なくとも真っ当なことではないだろう。
だから、だろうか。
僕の知る限り、彼女は今のように自然に笑う事が殆ど無い。大体が友好的な仮面の笑顔か僕らをからかう時に見せる満面の笑み(最近は僕にばかり向けられている気がしないでもないが)だ。
その所為で、今のような笑顔を向けられると何も言えなくなってしまう。
「まあいいや。それで、何の用だ?」
「タオルとスポーツドリンクを渡そうかと思って」
あ、それは本当なのね。
言って、(何処から出したのか)真っ白なタオルとスポドリが入っていると思わしきボトルを渡してくれた。
ボトルの中に入っていたのは、健康に気を遣ってか、少し温めのスポドリだった。
6月20日 土曜日
本日の戦績、17戦0勝17敗。累計戦績、83戦1勝82敗。
こうやって数字に表してみると、負けてばかりだというのを改めて実感してしまう。
自分が弱いという事実は今に始まったことではないが、それでもこの数字は洒落にならない気がする。唯一の勝ち星がブルートンとの試合のまぐれ勝ちだけだし。
今日も楯無から指摘されたとおり、近距離武器の扱いに関しては完全に諦めるしかないが、その分、遠距離武器の習熟に努めよう。時間だけならたっぷりとあるし。
それと、クロガネの扱い方についても、もう少し研究してみよう
そういえば、今日伝えられた運用試験のスケジュールが正しければ、臨海学校には行けないみたいだ。丁度、重要な運用試験が臨海学校に重なっていたし。
十年前に父さんたちと行ったきり、一度も行っていなかったから少しだけ楽しみにしていたんだけどな。
いや、この場合は、楯無にからかわれる機会が減ったことを喜ぶべきかな?
どうにも、楯無にからかわれるのは慣れない。槇島や大和屋にからかわれた時は大体の場合、適当に受け流すか言い負かすことが出来たのだけど。
良くも悪くも、人生経験の差、なのかな。
今日のまとめ.努力じゃどうにもならない事もある
「そもそもヤシャの強みは通常の近距離武器よりもリーチが長いことにあるのに、あそこまで近寄ったら宝の持ち腐れよ」
「はい、仰る通りです……」
「友美、こんな感じ?」
「(ズーッ)もうちょっとお塩を足して」
「ねえ、まだ出来ないのー?」
拓人は楯無に今日のことで長々と反省点を指摘され、拓人が持ち込んだ調理器具で友美と幸貴が料理を作り、部活動で疲れた歌穂が机の上で垂れていた。使われてないベッドが撤去され、表面積が圧倒的に増えた拓人の部屋は、今日も今日とて、集まった少女たちで姦しい事この上ない。
(でも、これが平穏、だよな)
拓人は、自身の友人にして訓練監督である少女に色々と言われながらそんなことを思った。
いかがでしたか?
よろしければ、次も彼の物語にお付き合いください。