IS one years ago   作:工藤

8 / 26
ギャグとシリアスの比率は四:六ぐらいが一番良いような気がするが調整が上手くいかない。


感想・評価・批評・誤字脱字の報告がありましたら、よろしくお願いします。
それでは第八話、どうぞ。


中学時代の……

「お前がこの子の呼んだ存在か?」

 

 夜の公園にいたのは兎。

 いや、メカメカしいウサギの耳を頭に付けて、「不思議の国のアリス」の主人公アリスを思わせるような珍妙不可思議な格好をした女の人だった。

 その人は公園に来たぼくを見るなり、冷たい視線とともにそんな言葉を投げかけてきた。

 

「あ……えと……その…………」

「早く答えろよ。呼ばれてきたの? 違うの?」

「そ、そうです……」

「ふーん」

 

 目を細めて女の人はぼくを見る。

 その目からは一切の感情が感じられなかった。

 優しい両親と芽生に囲まれ、善意と悪意の差すら見抜けない子供のぼくはその目を向けられたとき、咄嗟にこう思ってしまった。

 

 

 ──逃げなきゃ

 

 

「逃げるな」

「っ!」

 

 足を半歩後ろに下げた瞬間、ぼくの思考を読んだかのように女の人に動きを制された。

 今になって考えてみれば、子供が逃げようとするなんていうのは事前に察知することが容易いことだ。

 しかし、子供のぼくがそんなことに頭が回る訳もなく、唯々動きを読まれたということに驚き、恐怖し、逃げようという気すら起きなくなってしまった。

 

「…………」ジーッ

「あ、あの、貴女はいったい」

「黙れ」

「ヒッ!」

 

 当時、普通の七歳児と呼ぶには精神が老成していたぼくでも、何を考えているのか分からない冷たい目、容赦のない底冷えするような低い声のコンボは耐えきれるものではなく、泣き出さなかっただけ良く出来ましたと言えるものだろう。

 

「何の変哲もないただの子供か。なんでこんなのが……」

 

 ブツブツと何事かを呟き始めたかと思ったら、女の人はどこからか取り出した青い球体状の何かに視線を落とした。

 暗闇の中、だらりと下ろされた手に握られている薄らと光を放つ物体。一目見て人工物であるとわかった。

 当時から機械いじりを趣味としていた子供らしからぬ子供であったぼくは、それに目を奪われ、今の自分の状況を忘れ、それに手を伸ばし、そして触れた。

 

 

 

 ──そこに居るの?

 

 

 

「ッ!?」

 

 球体が放つ光が一瞬強くなり、ぼくを公園まで呼んでいた声が聞こえた。人間の感覚器官を通して聞こえたのではなく、直接脳の中に聴こえた。

 弾かれたかのようにぼくは伸ばしていた手を引っ込める。

 

「本当に聞こえるんだね、この子の声が」

 

 ウサギ耳を付けた女の人が向ける視線に興味の色が見え隠れした。あまり良い意味ではない興味の色が。

 

「ねえなんでこの子の声が聞こえるの? 私以外ちーちゃんもいっくんもほうきちゃんも誰も聞こえない声なんだよ? なんでお前みたいなどうでもいい人間には聞こえるの? ねえどうして? 答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ────」

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 ──待って、行かないで!

 

 豹変したように詰め寄ってくる女の人に恐怖し、ぼくは逃げ出した。

 後ろから聞こえてきた孤独を孕んだ声を無視して。

 

 

 

 

 この日、僕は生き残り、ぼくは死んだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「あの人たち誰かな?」

「気になる」

「なんで私たちはこんなことをしているんでしょうか……」

「気にしたら負けよ、友美さん」

 

 楯無たち四人は、現在物陰から拓人の様子を伺っていた。

 

 そもそもの起こりは、7月11日の土曜日に少女たちが買い物に来たのに端を発する。

 期末テストを乗り越え、臨海学校も終わり、一学期の行事は残すところ終業式のみ。しかし終業式の後は皆一様に個人の予定が入っており、遊びに行くなら今しかない! と決断し、即行動に移すことにしたのだ。

 当初は少女たちの共通の友人にして、今現在、世界で一番の有名人と言っても過言ではない”世界で唯一ISを使える男”こと四宮拓人を誘ったのだが、その日は別の用事があると言って誘いを断った。

 

 (荷物持ちがいなくなったことを)少々残念に思いながらも女子四人はそれぞれ買いたいものを探してショッピングモールを練り歩いた。

 昼食も摂り、次はどこに行こうかと相談していたら、歌穂が、拓人が見知らぬ男性二人と女性一人と歩いているのを発見し、少女たちは面白そうだという理由で人ごみに紛れて彼らを尾行し始めた。

 友美だけはやめた方がいいと止めたが、噂好きの女子高生がそんな言葉を聞くわけがなく、今に至る。

 

「う~、何を話してるのか気になるなぁ」

「でもこの距離じゃ聞こえないわよね。これ以上接近したら確実にバレるだろうし」

 

 オープンカフェのテーブルで談笑する拓人とその友人と思わしき人物たち。

 歌穂たち三人はともかく、楯無の水色の髪は人ごみに紛れていても目立つ。

 拓人の背後に位置する場所に居る現在でも、周りの通行人から視線を向けられてしまう。

 何かの拍子にあの場の誰かがこっちに視線を向けてしまえば確実に気づかれるだろう。

 

「聞く手段ならある」

「え、なになに?」

 

 ゴソゴソと肩に掛けたカバンの中から、幸貴は黒い携帯大の機械を取り出した。

 楯無はその物体がなんであるのかすぐに把握し、歌穂はそれがなんであるか分からず首を傾げ、友美だけは冷や汗を浮かべてそれを見ていた。

 

「……幸貴ちゃん、一応聞いておくけど、これは何?」

「盗聴機」

「なんでそんな物持ってるの!?」

 

 しれっと答える幸貴に友美はすぐにツッコミを入れた。

 が、言われた本人は一切答えず、その機械をカチャカチャと操作し始めた。

 

「集音マイクは既に取り付けてある」

「それじゃあ、あとは聞くだけだね」

「何を話しているのかしら」

「って、みんななんで平然としているの!?」

 

 自分以外、誰も目の前の物体へ疑問を抱いてないことにショックを受け、友美は涙を浮かべてしまった。

 

「早速聴いてみる」

「さてさて、何を話してるのかな~?」

「話が聞きたいなら、普通にあの場に混ざってしまえばいい気がするけど……」

 

 諦め気味に呟かれた友美の言葉に反応する人はいなかった。

 盗聴器から拓人とその友人たちの声が聞こえてきた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「──で、打鉄の刀ごと電動剣(チェーンソウ)で斬ったんだよ」

「うわぁ~……」

 

 僕は今、遠方からショッピングモールに買い物に来た友人と、適当なオープンカフェで話している。

 話題にしているのは、当然僕のIS学園での出来事だ。

 今はつい先日行われた、学年トーナメントの試合を話している。学年トーナメントで試作品の武装で戦った時のことをそのまま伝えたら、何故かドン引きされた。

 

「それ、絶対にやりすぎただろ」

「生きているのが不思議だな」

「その子、トラウマになったんとちゃうの?」

 

 最初に喋ったのが中学時代の友人その一、大和屋俊(やまとやすぐる)(短く切りそろえた黒髪、服装については奇抜すぎるので言及不可)。

 次に喋ったのが同じく中学時代の友人その二、石動颯(いするぎはやて)(こんな名前だが男、微妙に長い黒髪を首の後ろで縛っている。なぜか『一刀両断!!』と書かれているシャツを着ている)

 最後に関西弁(のようなもの)で話したのが、この友人たちの中で唯一の異性、槇島睦月(まきしまむつき)(生まれつき色素の薄いボブカットの髪、白いワンピース? を着用)。

 全員、中学時代に色々とあって友人になった人たちだ。

 一癖も二癖もある友人たちだが、それだけに普通とは明らかに違う人間であった僕にも平然と接することができた。

 僕にとっての恩人その二である。

 

「別にトラウマになったわけじゃないぞ?」

「そうなのか?」

「精々エンジンの駆動音を聞いたら頭を抱えてブルブル震えるようになっただけだ」

「めっちゃトラウマになってるやん!」

 

 手の甲で僕の胸を叩くような動きを見せる槇島。相変わらず大阪のツッコミ芸人みたいだな。本職はボケだけど。

 

「てかこんなの聞いて楽しいか? 別に普通の学園生活だぞ?」

「「どこがだ(や)!」」

「色々とおかしいだろ」

 

 聞く価値もないだろと聞いてみたら、全員からツッコまれた。

 なんで?

 

「たったの三日で専用機を貰い」

「乗り始めてから一ヶ月ちょっとで代表候補生を撃破」

「放課後は美人の国家代表とのマンツーマンでISの操縦訓練、夜は女の子達とキャッキャッうふふの勉強会とか」

「「「どこが普通だ(!)」」」

 

 …………冷静に考えてみればそうだった。

 異常に慣れすぎたせいで、言われるまで全く違和感を感じなかったけど、結構濃い学園生活送ってるんだったな、僕。(みんなには言ってないけど)担任がかの有名な「ブリュンヒルデ」だし、国家代表候補生やらなんやら変に地位が高い人たちばかりと知り合いになるし、オマケに週三回は気絶してるし(これでも少なくなった方)。

 つうか大和屋。お前だけ僻みにしか聞こえないぞ?

 

 

 

 

 

「確かに、拓人は濃い学園生活を送っている」

「……私たちもその原因の一端ですけどね」

 

 

 

 

 

「なんでお前だけ、何処を見ても女だけ、男は自分以外に絶対に居ないなんて楽園に居るんだよ! 羨ましすぎだろ! 俺と換われよ!!」

「とりあえず落ち着け、大和屋」

 

 本音が漏れまくってるなオイ。あと用務員のおじさんがいるから男は僕だけじゃないぞ。

 ついでに言うと、お前が言っているキャッキャッうふふの~とかマンツーマンで~とかは全部僕の疲労の主な原因だ。

 

「羨ましいとか言ってるけどさ、そこまでいいもんじゃないぞ?」

「何言ってやがんだよ、この野郎!」

 

 ふむ。

 僕が味わってきた地獄を聞かせたほうがいいな。聞いた後でどれだけ今と同じことが言えるかな?

 タノシミダナァァ。

 

「お手洗いは教員用のものしか使えないぞ」

「その程度なら」

「気軽に話せる相手はいない」

「まだそれぐらい」

「どこに行くにも他人の目が付きまとう」

「いやそれでも」

「味のしない昼食を食べる羽目になる」

「ま、まあそれぐらいなら」

「出会い頭に罵倒される」

「だ、だが、まだ」

「寮では風呂に入れずシャワーオンリー。洗濯は自室でやれ」

「うっ!」

「説教は肉体言語」

「げっ!」

「日常茶飯事で人権無視が発生」

「そ、それは……」

「新聞部に追い掛け回され、あらゆる部活に拉致されそうになったし、他にも──」

「いや分かった、分かったから! もういいから!!」

「なんだ、もうギブアップか。まだまだ半分も語ってないのに」

「どんなんだよ!?」

 

 どんなんだと言われても、ねぇ?

 

「寧ろここからが本番だが?」

「もう勘弁してください!!」

 

 すごく綺麗なジャンピング土下座をされた。

 予想通りのリアクションですねありがとうございます。

 

 

 

 

 

「……今度何か奢ってあげよう」

「……うん」

「……もうちょっと優しくしてあげようかしら」

「……そうした方が良いと思います」

 

 

 

 

 

「懐かしいな、この光景」

 

 女子の花園に抱いていた幻想を打ち砕かれ項垂れている大和屋を放っておいて、唐突に石動がそんなことを言った。

 

「何が?」

「俊が土下座することだ。昔はよくやっていただろう」

「あ~、言われてみればよくやってたな」

 

 なんだかんだで問題児が集まっているこの友人グループの中で、大和屋は大抵振り回される側にいた。

 

 石動のバカが謎の練習を始めて僕らを巻き込んだり(おかげで甲冑泳法という覚えておいて損しかない泳ぎ方を学んだ)、僕が気紛れで開発部(名前のとおり何かを作ることを目的とした部活動。なお、一部非合法)と一緒に作った物が暴走して、それを僕ら四人で止めることになったり、槇島が手に入れた出所不明の大金(+違法な白い粉)で一騒動あったり。

 僕は結構普通、フツウ、ふ、つう……………………ま、まあ、普通と言うにはちょっと(?)変わった中学時代を過ごしてきたのだが、その(いず)れでも、大和屋は振り回されていた。

 そして案件が解決する度に、大和屋はその時の原因に対して「もう辞めてください、お願いですから」とマジ泣き状態で土下座をしていた。

 うん。あの頃から見事な土下座を披露してくれてたな。

 

「なあなあ二人共」

 

 ハッハッハッと石動と笑っていたら、牧島が声を掛けてきた。

 

「どうした槇島」

「いや、ぐるんが土下座したんは、誰の事件の時が一番多いのか思うてな」

 

 久々に出たな、槇島の謎のアダ名。

 歌穂のあだ名は非常に単純なもの(友美→ともっち、僕→タク、楯無→たっちゃん)であるが、コイツのアダ名はどういう発想で行き着いたのかがわからない(僕はしのむん、大和屋はぐるん)。

 

 まあそれは置いといて。

 

 大和屋が誰の事件で一番土下座したか、か。

 

「槇島は一年に四回ぐらいだったから、やっぱり石動の時じゃないか?」

「四宮の時だったと思うが」

「いや、お前は一ヶ月に二回ぐらい起こしてただろ。やっぱりお前じゃないのか?」

「お前は一年のうちで二十以上トラブルを招いていたと思うが?」

「それでもお前よりは少ないって」

「いや、俺の方が少ない」

「いやいや、俺の方が」

「いや、俺の方が」

「…………」

「…………」

「あーもう、そんな下らん事で睨み合うな!」

 

 

 

 

 

「まるでブルートンさんとのやりとりね」

「ですね」

 

 

 

 

 

 槇島に仲裁され、渋々睨み合うことをやめた僕と石動。

 こんなやり取りすら、中学時代を思い出してしまう。

 

「昔は本当に色々とやったよな」

「そやね」

「そこで未だに落ち込んでいる馬鹿(やまとや)がガラの悪い高校生に絡まれて、それを追い払ったら騒動になって、最終的にはヤのつく自営業の方々が出てきたり」

「ウチが変な日本人形に付き纏われてリアル怪奇現象が起こったり」

「四宮が作った覗き撃退用マシーンの所為で一学年の男子の約9割9分が火傷を負ったりな」

「颯がしのむんたちを無理矢理連れて山篭りした時に熊一匹を狩ったりしたこともあったで」

 

 いや~、どれもこれも懐かしいな。

 

 大和屋の時は、偶々クラスにネットに詳しい奴がいたから、そいつに頼んでヤのつく自営業の人たちの悪行を警察に晒して逃げ切ったっけな。何故か求めていない情報まで手に入ってしまったから処分に困った。

 槇島の時は、髪の毛が伸びたり、夜、枕元に立ったりする呪われた人形が暴れまくり、一時は命の危機にすら立たされた。最終的には本物の陰陽師が偶然見つかったおかげで事なきを得たけど、全部終わってから体中が筋肉痛になったっけ。

 石動の時は手元の食材やら道具やら地の利やらをフルに利用したトラップで狩ったっけ。熊鍋、美味しかったな。

 

「そういえばしのむんが作った覗き撃退用マシーン、今年も使われたらしいで」

「マジか」

「ああ」

 

 修学旅行前、例年発生する(とは言っても毎回証拠不十分で大した処分も行えない)男子生徒による女子風呂の覗きを警戒した担任の教師と学年主任に頼まれるままなんとなく作ったあの『覗き撃退用熱湯発射マシーン』(読んで字のごとく五十度ぐらいの熱湯をセンサに引っかかった対象に向けて打ち出す機械。自動追尾)がまた使われたのか。

 

「今年は何人喰らったんだろ」

 

 中学当時、僕の学年のほぼ全員がそれの餌食になり(内一名は巻き添え)、頬に真っ赤な痕を作った光景が浮かぶ。やば、思い出したらまた笑えてきた。

 

 

 

 

 

「どんな中学生活よ!?」

「い、イカレてる……!」

「すごい楽しそう!!」

「なんで笑ってるの歌穂ちゃん……」

 

 

 

 

 

 女尊男卑のこの世の中、男に対して差別心を持っていない女は百万人に一人も居れば良い方だろう。

 修学旅行の時の事件だって、未遂ですんだから大したお咎めもなく注意されるだけで済んだが、もしも覗きをしたというのが立証されてしまえば覗きに参加した・してない問わず僕ら全員が停学処分か何かに処されていただろう。

 事実、去年の女子の内、何人かは隠しカメラを配置して男子がのぞきを行ったという証拠を抑えようとしていた。

 結果的に、僕の作った『覗き撃退用熱湯発射マシーン』を喰らった痕が顔に残っていたので覗きをしようとしたというのは立証されてしまったが、火傷の痛みに悶えている男子の痛ましい姿に何かをしようとする女子は居らず、先に述べたように注意だけで終わった。

 その後、男子達の謝罪もあって女子はまあいいかと許してくれた。中学の同級生が寛容な人たちで本当によかった。

 

「まあ、その話は横に置いといて」

 

 しみじみと当時のことを思い出していると、槇島が何かを持ち上げて横に移動させる動作をわざわざ行い、次の瞬間には物凄く目を輝かせてこっちを見てきた。

 

「しのむんは誰か好きな人はできた?」

 

 何を言ってくるかと思えばそんなことを聞いてきた。

 女子は甘い食べ物と恋の話に目が無いって何処かの誰か(目の前で目を輝かせている女)が言っていたけど、確かにその通りみたいだ。以前黛にも聞かれたしな。

 はぁ、なんで女子は皆こんな感じなのかね?

 

「好きな奴なんていねえよ」

「えぇ~、うっそや~」

「嘘じゃない」

「信じづらいなぁ~」

 

 如何にも、疑っていますという目つきで僕を見る槇島。嘘は言ってないんだけどなあ。

 

「大体、なんでそんなこと思うんだよ」

 

 槇島にも石動にも、僕の恋愛観というやつは中学時代に語ったはず。

 

「いやぁー、辺り一面女しかいない状況に放り込まれれば、流石のしのむんでも、そういう感情が芽生えるんじゃないか思うてな。それに学園での友人たちの事を語るとき、妙に楽しそうだし」

 

 なんだ。

 ただの思いつきじゃなくてちゃんとした理由から聞いてるんだな。意外だ。

 はぁ、恋愛感情、ねぇ?

 

「別に答えてもいいけど、つまらねえぞ?」

「それでもいいから教えてぇな」

 

 答えないとダメか。

 本当に面倒だよ。

 

「あんな極限環境の中で恋愛なんて出来るわけないだろ。そもそも、俺は恋だの愛だのって言うのがわかんねえんだよ」

 

 自分の口から出た酷く平坦な声にさしたる驚きはなかった。寧ろ、自分もこんな声が出るんだなと思ってしまった。

 

 僕は他人の恋愛感情の機微には鋭い代わりに、自分に対して向けられる恋愛感情は何も理解できない。

 中学時代、僕を好きだと言った物好きな人たちが何人かいたが、僕には最後まで彼女たちの感情が理解できなかった。

 なんで皆、僕みたいな人間を好きになるんだろう?

 理由(わけ)が分からない。

 

 それに女子しかいない、地獄といっても差し支えない環境は、ハッキリ言って辛い。

 友人と呼べる人がいるから助かっているが、それでも、精神はガリガリと削られていく。

 普通の(と呼ぶにはちょっとアレであるが)生活を送るぐらいはできるが、それ以上、恋愛までしようものなら、まず間違いなく体調を崩すだろう。

 

「さっきからちょくちょく話に出てくる友人たちはどうなんだ?」

「……多分無理だな」

 

 答えるまでに間があったこと、それに多分なんて曖昧な言葉を使ったからか、石動と槇島は訝しげに僕を見てくる(大和屋は依然落ち込み中)。

 

「ああ、一応言っとくけど彼女たちの容姿とか性格がダメっていうわけじゃないぞ」

「そうなん?」

「ああ。彼女たちには十分魅力がある。この二ヶ月ちょっと一緒に過ごした俺が保証する」

 

 歌穂は、ボーイッシュで、一緒にいるだけでこっちまで元気になるような子だ。一緒にいて飽きないし、単純な女友達とは違い、男友達と一緒に居るような気軽さもあり、時折見せる女の一面にドキッとさせられたりする。

 友美は、友人の中では比較的常識人で、あの集団の中ではオアシスのような存在だ。家庭的な面もあり、周りを支え、また支えられて頑張る子だ。可愛いものを見ると暴走するが、普段が常識人であるためか、その時の姿がまた面白かったりする。

 幸貴は、無表情で口数も少ないほうだが、的確且つ冷静。僕とは結構馬が合い、彼女との談義はかなり弾む。普段あまり表情を変えないせいで、極稀に見せる笑顔や頭を撫でた時の反応が可愛い子だ。

 楯無は、容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀、オマケに強いという完璧美少女。茶目っ気も強く、フレンドリー、それでいて優しい子だ。何を為すにも余裕を持ち続けている、僕の憧れ。偶に(理由は分からないけど)赤くなったりした時の反応はたまらなく可愛かったりする。

 

 個人名を出さずに僕から見た彼女たちの印象を二人に伝えたら、驚愕と呆れと尊敬、その他諸々を含んだ目で見られた。

 

「……昔から思うんだが、よくそんなことを素面で言えるな」

「事実だからな」

「だからってその反応はないで」

 

 そんなことを言われても、事実を言うのに一々表情を変える理由がわからん。

 

 

 

 

 

「……えっと」顔真っ赤

「……あ、あはは」顔真っ赤

「……不意打ち」顔真っ赤

「……まったく」顔真っ赤

 

 

 

 

 

 

 

「なら理由は?」

 

 普段なら無理と言えば、そうかと言って話を打ち切るはずの石動が、珍しくそう聞いてきた。

 まあいい。

 昔なら適当に理由をつけて話を終わらせていたところだが、この際だ、徹底的に僕の愚痴に付き合ってもらおう。

 

「恋だの愛だの言う前に、俺は彼女たちとどう接するべきかわからないから、な」

 

 僕の持つ肩書き、”世界で唯一ISに乗れる男性”。これのせいで、僕に近づいて取り入ろうとする女は多い。

 彼女たちが狙っていたのは”世界で唯一ISに乗れる男性”の遺伝子情報だ。

 それを手に入れることが出来れば、自分の国家内での価値は格段に上がる。それを手に入れた国の力も、間違いなく大きくなる。故に、僕に近づく同年代の女は、大体ハニートラップであると考えていた。

 

 国家代表である楯無が、国からそういう指示を出されていないとは限らないし、歌穂たちが何を思って僕の傍にいるのかは、謎のままだ(歌穂だけは友人だからとでも答えそうだけど)。

 約二ヶ月前の保健室の一件のおかげで少しだけみんなに信頼を寄せることはできるようになったが、どうしても、心を開ききれないでいる。

 

「IS学園内でも、今までに何回かハニートラップを仕掛けられたことがあるからな。

 そんな経験がある所為で、どうしても──たとえあの四人が相手でも──接し方が分からないんだよ」

「信用できないのか?」

「信用はできるよ。でも、信頼は、しきれない」

 

 手口も道具も地位も、何もかもバラバラであったが、入学一ヶ月以内にハニートラップを仕掛けてきた生徒たちに共通していたことが一つだけある。

『”世界で唯一ISに乗れる男性”の遺伝子を手に入れて、自分の社会的地位を上げる』

 下らない。

 下らなすぎて、吐き気がする。

 

 そんな経験のせいで、四人がそんな感情を持っているとは考えづらい、でも、本当にそうなのか? と疑問が鎌首をもたげてしまうことがある。

 一年以内に起こった出来事のせいで疑うことに慣れすぎたのかもしれない。

 

「気を遣わなきゃまともに接することも出来ないんじゃ、恋人になるなんて夢のまた夢。

 そもそも、今の今まで、同年代の異性の友人は槇島だけだったっていうのもあるからな。お陰で、接し方は今だって結構手探り。上手くいく時もあれば、怒られる時もある」

 

 慣れた、慣れたとIS学園に入れられてから何度も言ってきたが、未だに、女子との接し方については迷ってばかりだ。

 二ヶ月前、ついつい大和屋や石動と同じ感覚で試合前に友美にチョップを入れてしまったときは、結果的に良い方向に向いてくれた(?)から助かったけど、本来は女の子にあんな事はするべきではないだろう。

 

 歌穂に勉強を教えている時も、幸貴と談義していた時も、楯無にからかわれた時の反応も。

 普通の人なら自然と出来ることが、僕には殆ど出来ない。ただ、こうするのが良いんじゃないかという考えのもと動いていた事のほうが多く、本心で動いたことが圧倒的に少ないのだ。

 

 そういった様々な理由があって、僕は恋をすることが出来ないでいる。

 

「無条件で信じるには、俺の環境は厳しすぎるんだよ」

「苦労してるんやな」

「色々と、な」

 

 鈍ければ悩まずとも済むのだろうが、生憎と僕はその手の邪な感情には鋭い。

 だから事前に相手が何かを仕掛けてくるのが手に取るように分かってしまい、結果ありとあらゆる手段を以てそういうことを仕掛けてきた女たちを撃退してきた。

 だが、未だに諦めていない人間だっている。

 これも、女尊男卑が作り上げた負の産物、なのだろうか。洒落にならないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程までは朱に染まっていた顔も、皆一様に、悲しいような、悩んでいるような、なんとも言えない表情に変わり、誰一人として、口を開かない。

 

「タクが、ずっとあんなふうに考えてたなんて……」

 

 やっと喋った歌穂の口からは悲しげな呟きが零れた。

 

【信頼しきれない】

 

 拓人が告げた言葉は、彼女たちの心を大きく抉った。

 歌穂を筆頭に、この場にいる女子は、全員が拓人への信頼を寄せていた。それこそ、一友人に寄せるには大きすぎる程に。

 だからこそ、拓人の言葉はどんな武器よりも彼女たちの心を傷つける要因となった。

 

『でもさ、みんなには本当に感謝しているんだよ』

 

 落ち込み、悩んでいる四人の耳に盗聴機から拓人のそんな言葉が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

「IS学園に入学した当初、俺は色々と面倒なことが重なったり、慣れない環境だったりで正直参っていたんだよ」

「まあ、あんな盛大な愚痴を聞けば分からんでもないが」

 

 復活した大和屋が相槌を打つ。

 当時の僕はかなり焦っていたし、相当参っていた。

 慣れていない女子だらけの空間、世界最強の担任教師、それとなんと言うか、色々とアレな同級生たち。

 ギャグのような状況ではあったが、精神的な意味で生き残れるのかが不安になっていた。自分の立場が特殊且つ異常であるがゆえに一日目にして友人ができるとは考えることもできず、それもまた不安に拍車をかけた。

 だからこそ、

 

「勉強が遅れていた、隣の席だったという偶然が重なって友人になった楯無にも、なんだか寂しそうという理由で俺に友人になって欲しいと言ってきた歌穂たちにも、感謝こそすれ、疑うようなことはするべきではないんだ」

 

 疑いたくはない。それは本心だ。

 楯無たちは、友人ができるかも怪しいあの空間の中で僕の友人になり、今では目の前の三人とほとんど変わらない存在、いや、それ以上の存在になりつつある。

 彼女たちがいたから、今の僕がある。

 大袈裟かもしれないが、そう断言できてしまうほどに。

 

「信じれないから離れようとは考えんかったんか?」

「たとえ信頼しきれなかったとしても、彼女たちは俺にとって大切な人たちなんだ。離れたいなんて、思うわけ無いだろ」

「……やっぱ変わったなあ、しのむん」

「そうか?」

「ああ。昔のお前なら、信頼できないなら無視するとか言うだけだったと思うがな」

「たしかに、そうかもな」

 

 IS学園での出来事は良い事ばかりではなかった。

 辛いし、苦しいし、少しでも手を抜くことは許されない、切羽詰った状況に追い込まれることも未だに有る。

 でも、それらは全部僕という人間を構成する一部となっていた。

 誰がなんと言おうと、それだけは変わらない、絶対に。

 

「悪いな。俺の愚痴聞かせちまって」

「気にすんなよ。俺たちは友人だろ」

「……おう」

 

 少しだけ笑った。

 お人好しすぎる友人たちへの感謝と、彼らを騙している自分への嘲りを含めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月11日 土曜日

 

 今日は久しぶりに中学時代の友人と会った。みんな相変わらず、昔のままだった。

 大和屋は未だに二人に振り回されているらしく、少し生傷が増えていた。頑張れ。

 石動は今も変わらず、剣道と謎の訓練を行っているらしく、大和屋が物理的な回避能力を大きく向上させたらしい。お前は自重しろ。

 槇島は今でも石動とラヴラヴ状態らしく、二人を一つの部屋に押し込んどくだけで、一時間後にはゲッソリとした石動と妙にツヤツヤした槇島が出来上がるのだとか。大和屋の奴、何を試しているんだか。

 買い物に付き合って貰っただけじゃなく、ちょっと愚痴にも付き合わせてしまったが、それでもみんなは僕のことを友人と呼んでくれた。嬉しい限りだな。

 帰り際に大和屋に言われた、お前いつか友人に刺されるぞという不吉すぎる予言が耳を離れないが、なんでだろう?

 

 寮に帰ったら、歌穂たちが僕のことを見るなり顔を赤くして逃げてった。なんで?

 楯無に相談しようとしたら、ジト目で睨まれた。こっちも顔を赤くして。本当になんで?

 

 

 今日のまとめ.世の中悪いことばかりじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい」

「……なにこれ?」

 

 何時ものように拓人の部屋で寛いでいるなか、拓人は今日買ってきた物を四人に配っていた。

 サイズも重量も包装の仕方も全部バラバラ。

 

「日頃の感謝の証とでも思っといてくれ」

「開けていい?」

「どうぞどうぞ」

 

 受け取った楯無たちは包装を解いて、その内にある物を取り出した。

 

「リストバンド?」

「…………」

「うわぁ~、ぬいぐるみです!」

「扇子かしら」

 

 歌穂には青いリストバンド。幸貴には大量の本。友美にはクマのぬいぐるみ。楯無には白い無地の扇子(木と鉄製)が渡された。

 

「あ、これってもしかして」

「前に欲しいとか言ってただろ、そのリストバンド。石動とお前のイメージを話し合ってその色にしたんだ」

「…………おぉー」

「気に入ったか、それ。偶々大和屋の実家が入手した貴重な本らしいけど」

「これ、”やる気ないクマ”のレアなぬいぐるみですよね!」

「そうなのか? 槇島に相談して買ったんだが」

 

 キラキラと、無邪気な子供のように目を輝かせてリストバンドを手首にはめる歌穂。

 ほとんど表情を変えていないが、それでも目に見えて喜びながら本の一冊をめくり続ける幸貴。

 暴走一歩手前の状態で、脱力感溢れるクマのぬいぐるみを抱きしめる友美。

 彼女たちの隣で、楯無だけが微妙な表情で手の中の扇子を開いたり閉じたりしている。

 

「ねえ拓人くん」

「なんだ楯無」

「なんで扇子?」

「……怒らないか?」

「怒らないから言って?」

 

 目が笑ってない笑顔を浮かべて拓人を詰問する楯無。

 拓人はダラダラと汗を掻きながら扇子を送った理由を説明し始めた。

 

「実のところ他の三人と違って、楯無へのプレゼントだけ中々決まらなかったんですよ」

「ふんふん」

「それで楯無に贈るものは何がいいかってのを友人たちと話し合ったところ、何故か扇子に行き着いたんだよ」

「…………」

「ちょっ、突きはやめて!?」

 

 拓人の語るあまりにもあんまりな理由に、楯無は無言で扇子による突きを放った。

 鉄扇を用いての突きは、当たり所によっては痛いじゃすまない場合もある。

 自分の世界に浸る三人の横で、女心の分からない拓人は今日も命懸けの事態に陥るのであった。

 




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