あの手紙の約束の日の夕方、優子は明久の病室に来ていた
あれから二週間近く経つが、明久は未だに眠ったままだった
だが、それは優子にとっては好都合だった
「待っててね、明久くん……今日、終わらせるから……」
優子はそう言うと、病室から退出した
この時、優子は気付いてなかった
明久の手が弱々しく、まるで呼び止めるように伸びていたことに
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、約束の時間
優子は手紙に書かれていた通りに、一人で文月学園の体育館に向かった
そして体育館に入ると、呼び出したであろう人物は既に中に居た
その人物は文月学園の男子の制服を着ており、顔には血の涙を彷彿させるペイントが描かれた仮面を着けていた
「ヤア、約束通リに来テクレテ嬉シイヨ」
目の前に居る人物はどうやら、変声機を使っているようで機械音声で語りかけてきた
「仮面取ったらどうかしら……大野くん?」
優子がそう言うと、その人物は驚いたように体をピクリと動かした
「ヤレヤレ、気付カレテタトワネ……」
相手はそう言うと、仮面を外した
そこに現れたのは、確かにFクラスの男子生徒
大野真琴だった
仮面を外した真琴は、ゆっくりと優子に近付こうとした
だが
「それ以上、近づかないで」
と言う優子の言葉と、突き付けられた黒光りする金属の塊
拳銃を見て、足を止めた
「……君みたいな素人に、当てられるかな?」
真琴が首を傾げながら聞くと、優子は拳銃の照準を真琴に合わせながら
「私でも、当てられるわよ……この距離ならね」
と言った
優子と真琴の距離は、約9m
優子は明久の部屋に寄った時に、明久の鞄が普通の鞄より大きく思いのに気付いた
そして調べた結果、二重底になっていて、底には拳銃があった
しかも、明久の筆跡で拳銃の取り扱いや諸注意が書かれたメモまで見つけた
例えば
拳銃を撃つ時は両手で持つべし。命中率が上がるよ
とか
拳銃での銃撃戦は9mが必中及び、有効射圏内
などなどだ
もちろん、安全装置のことも書いてあった
優子の構えは、明久のメモに忠実に従っていた
だが、優子の手は僅かに震えていた
理由は簡単
その手に持っているのが、人殺しのための武器だからだ
もちろんの事だが、優子は拳銃を持つなど初めてのことだ
ズシリと重い拳銃を持っているだけで、優子は息が荒くなる
自分が持っているのは、ただの一発で人を殺せると意識するだけで、手が震える
だが、目の前の敵を倒さないと自分だけでなく、明久も危ない
そう意気込んで、震えを抑えつけた
すると、大野は首を左右に振って
「君に、撃てるかな?」
と言ってきた
「撃つわ」
優子は一言そう言うと、トリガーを引こうと指を動かした
その直後、優子の視界から大野の姿が消えた
「っ!?」
優子が驚いていると、優子の左側に大野の姿があった
「くっ!」
優子は慌てて、照準を大野に合わせようとしたが、既に遅かった
「遅い」
大野は気怠げに言いながら、優子の手から拳銃を蹴り飛ばした
蹴り飛ばされた拳銃はクルクルと回り、それを大野は器用に掴み取った
「H&K社のUSPか……さすが、アイギスはいい銃を使う……」
大野はそう言うと、座り込んでいる優子に照準を合わせた
「じゃあね……木下優子さん……」
大野はそう言いながら、ゆっくりとトリガーを引こうと指を動かした
その時
「どっせい!」
という声が聞こえた
大野が声のした方向に顔を向けると、バスケットボールが視界に入った
「くっ!」
大野は慌ててバスケットボールに照準を合わせて、トリガーを引いた
軽い炸裂音の直後、弾が銃口から飛び出しバスケットボールに直撃した
その直後、バスケットボールが破裂した
しかし、同軌道上からもう一つバスケットボールが現れた
「なにっ!?」
大野は驚きながらも、トリガーを引こうとしたが、間に合わなかった
そのもう一個のバスケットボールにより、大野の手にあった拳銃は弾かれた
「っ……何者だっ!?」
大野はバスケットボールが当たった手をさすりながら、バスケットボールが飛んできた方向に大声を張り上げた
「誰だって? 僕以外に居ないでしょ?」
そう言いながら現れたのは、寝ているはずの明久だった
「明久くん!」
「イエス! 僕です!」
優子の嬉しそうな声を聞いて、明久は親指で自身を示した
「貴様……まだ動けるわけが!」
「一週間以上寝たきりだったんだよ? 体力は十分さ!」
大野からの問い掛けに、明久は肩をすくめながら答えた
明久の答えを聞いて、大野は顔を怒りで赤くして
「ふざけるな! それだけで、動けるものか!!」
「だったら、気合いで」
大野の怒鳴り声を聞いて、明久は飄々とした様子で答えた
「貴様……!」
大野が明久を睨むと、明久は
「それにね……好きな女の子のために、今動かないで、いつ動くっての!?」
と大声で言った
明久のその言葉を聞いて、優子は目を見開いた
「明久くん……」
明久のその答えは、優子にとってはあの告白の答えだった
「ごめんね、優子さん……返事が遅くなっちゃって」
明久は微笑みながら、そう答えた
「ううん……待ってたよ……」
優子は嬉しいからか、涙を流していた
明久はそんな優子の前に立ち、大野に視線を向けた
大野は明久が近寄ってきている間に、距離を取っていて、今の距離は大体、2m近く離れている
そして、明久は厚底の靴底からナイフを抜いた
それに合わせて、大野もナイフを抜いた
「その構え……君があの時の黒マントか」
「ああ……決着を着けるぞ!」
大野はそう言うと、ナイフを逆手持ちにして明久に切りかかった
明久は大野のナイフを自身のナイフで受け止めると、空いていた右手を振りかぶった
大野はそれをバックステップで避けると、回し蹴りを放った
明久はそれをしゃがんで避けて、足払いを放った
大野はそれを側転の要領で避けて、再び切りかかった
明久は大野のナイフをナイフの腹で受け止めると、足で押しとばしてから切りかかった
そんな激しい攻防が、数分間続いた
そして、二人の距離が離れて動きが止まった時だった
「ねぇ……あの武器は使わないの?」
と、明久が問い掛けた
「明久くん!?」
明久の言葉を聞いて、優子は驚くが、大野は無言だった
「ううん……使わないんじゃない、使えないんだよね?」
明久のその言葉に、大野の眉が動いた
「あの時、僕の返り血で見えたんだけど、あの形状はブーメランだった。透明なブーメラン」
明久が大野に構わず、語り続けた
「ガラスか特殊素材かは知らないけど、ブーメランっていうのはその形状上、投げたら戻ってくる……そして、透明なのは君にとっても同じ」
明久はそう言うと、右手で大野を指差した
「つまり、あの武器は狭い場所でしか使えないんでしょ? 戻ってきたら、君も切られちゃうから……そして、ここは体育館だから広い……」
明久の指摘は正解だった
あの時に居た補習室は横は広かったが、高さは一般的な部屋の高さでしかない
そして、明久の傷の全ては縦か斜めだった
横に投げたら、自身に戻ってきてしまうので投げられなかったのだ
なお、明久は知らなかったが、とある国では光歪曲迷彩や特殊素材を使った近接戦闘用の武器が開発されており、ファランクスはそこから盗み出していたのだ
「つまり、ここではあの武器は使えない!」
明久が大声で指摘すると、大野は棒立ちになった
「ああ……確かに、君の指摘通りだよ……ここでは、アレは使えない」
大野はそう言うと、持っていたナイフを投げ捨てた
明久は一瞬、諦めたのか? と思った
だが、その直後
「だが、これは使える!」
大野の袖の中から、小型拳銃が現れてそれを向けた
「っ!」
その銃を見た明久は、反射的に避けようとした
「避けていいのかな!?」
「え? っ、しまった!?」
大野の言葉で、明久は気づいた
自身の背後には、優子が居ることに
もし避けたら、優子に当たる
そう判断した明久は、優子の前で両手を広げた
その直後、軽い炸裂音がして、明久の体が僅かに浮き上がり、倒れた
「明久くん……?」
優子が呆然とした様子で、声をかけた
優子は気づいていなかったが、優子の顔には明久の血がかかっていた
そして、優子の言葉に明久は返事をしない
その代わりに、明久の胸部に真っ赤な染みが広がっていった
「明久くん……明久くん!!」
優子の悲壮な叫びが、体育館に木霊した