心臓が、どくどくと波打つ。
艤装を身につけて海に足を踏み入れる瞬間は、いつも緊張する。
海に浮かぶ力を持つ艦娘に備えられている足の艤装は、持つものは持つ魚雷と、基本の推進装置だ。
海に浮かぶ装置は備え付けられていない。
だから、自分が負けた時。装備に助けてもらうことは出来ない。
「天龍!水雷戦隊、出撃だ!」
ザァッと先行する天龍に遅れないよう、氷の上を滑るように走り出す。
ああ、今回も生き残れるだろうか。
「………………」
後ろを見る。
無口な駆逐艦達が自分についてきている。
彼女たちはきっと、自分よりも緊張しているのだろう。
「大丈夫?緊張してる~?」
「だっ、誰も緊張なんてしてないわ!」
「…………少し、緊張してる」
「大丈夫!私にた、頼ってもいいのよ!」
心臓の痛みをこらえながら、駆逐艦達を怖がらせないよう笑顔で龍田はそう言った。
返ってくる声は三者三様、とりあえず緊張していることは分かった。
だが。
「………………なのです」
電だけが、読み取れなかった。
極度に緊張しているのか、それとも別の何かだろうか。
「天龍ちゃん~」
「ん?どうした龍田」
「駆逐艦の子達、守ってあげてね~?」
「ま、初出撃の奴もいるしな。少しくらい手ぇ貸してやるか」
「うん~……」
「あと、龍田」
「え?何~?」
「お前も無理するなよ。天龍様に任せとけ」
「…………天龍ちゃん……」
ふわっと。今にも沈みそうになっていた重い体が、いつもの調子を取り戻した。
にまーっと、口角が上がってしまう。
「うん~。じゃー天龍ちゃんにいーっぱい頑張ってもらおっかな~?」
「だぁ!抱きつくな危ねぇなあ!あと胸揉むな!!」
「うふふ~怖いか~?」
「怖ぇよ!転覆する!!」
ばっしゃばっしゃとじゃれ合う二人に続いて、第六駆逐隊の四人が走る。
この中で、出撃経験があるのは響、雷の二人。
電はそもそもとして、暁も最近の着任だった為、出撃経験は無かった。
「……3人とも」
航行しながら、響が声を上げた。
「私と雷は少しだけど、経験がある。危なくなったら任せて欲しい」
「ええ!たっ、たた、頼ってくれていいわよ!」
完全に震え声な雷を見て、守るのは3人か、と響は考える。
とはいっても、相手にしたことがあるのは軽巡洋艦クラスまで。
そしてどれも不意打ちや連携で沈めてきた。
あくまで、今までの出撃での響は守られる側だった。
(…………やれるかどうかじゃない。守るんだ。私が)
ガチャッと艤装の確認をする。すると、
「…………」
同じタイミングで、後ろにいた電が艤装の確認を始めた。
別に気にするようなことではないのだが、電の様子が変なのには気づいている。
緊張とはちょっと違うように思える。何なのだろう。
「大丈夫よ!一人前のレディーなんだから、暁だってやれるわ!」
暁が声をあげた。
そうは言われても、航行の姿勢の荒さや索敵を全く行っていないことから、暁が恐らく一番危ういであろうことが読み取れる。
だが、言っても聞かないだろう。暁はそういう子だ。
「そうかい。じゃあ、私たちが危ないときは、頼むよ」
「え、ええ!もちろん!」
「おーい。そろそろいいかー手前らー」
龍田の抱きつきを振りほどいた天龍が後ろを見ないまま声をかける。
5人の視線が天龍に集まる。
「ちょっとお前らがどこまでやれるか見たいからな。まず4人で何とかしてみろ」
「……手助けは、してくれないってことかい?」
「流石に危なくなったら助けてやるよ。簡単なテストみたいなもんだ。いいか?龍田」
「天龍ちゃんがそう言うなら~」
「良し」
ぴくっと、響の体の何かが。いうなれば直感が働いた。
「え、ええ!?まだ何をしていいのかも……!」
「そ、そうよ!暁なんて敵の見た目も分からないのよ!?」
「あー、だからそれも含めてのテストだっつの。それに……」
ぞわぞわと、背筋をなでられるようなこの感覚。しかも、その感覚には『方向』すらある。
『前』だ。
「言ってる暇はねぇぞ。やれるだけやってみな」
「皆!!左右に散るんだ!!!」
すいっと横によけた天龍の影。距離にして100メートルほどだろうか。
水面の黒い影が、水しぶきを上げて飛び出した。