短編集・こんなISは嫌だ!   作:ジベた

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柔らかソフトタッチ

 IS学園は多くの者にとって憧れの場所である。

 しかし何事にも例外は存在するもので望まぬままIS学園への入学を強制された者もいる。

 世界で唯一の男性操縦者である織斑一夏。彼は偶々ISを動かしてしまったことから急遽IS学園への入学が決定した。当然、その準備などできているはずもなく、IS学園に憧れもなかった彼はその境遇を煩わしいとすら思っていた。

 織斑一夏は特異ケースである。故に周囲の人間と心構えが違って当たり前だった。

 

「はぁ……」

 

 窓際の一番前の席に座る少女が2つ隣の席に座る一夏を物憂げに見つめて溜め息を漏らす。

 彼女の名前は篠ノ之箒。彼女もまた一夏と同じく望まぬままIS学園に入学させられた生徒である。

 理由は箒が篠ノ之束の妹であるから。

 表向きには身の安全を確保するためとなっているがそれだけではないと箒は考えている。国連のIS委員会を始めとする上層部は箒を人質にしているようなものだ。束に対する牽制にはなっていないがお偉いさんの気休めにはなっているのだろうと箒は勝手に納得している。

 

「どうした、箒? 元気無さそうだな」

 

 箒がボーッとしている間に授業が終わり一夏が箒の元へやってきていた。

 まだ4月に入って日が浅い。一夏からはまだ場違いな感覚が抜けておらず、必然的に顔馴染みである箒を頼ってくる。

 箒としてもISへの熱意にクラスメイトとのギャップがあるため溶け込めてはいないのだがそのような機微を一夏に察しろという方が無理というもの。

 ……どうせ一夏は女子という括りでしか見ていない。

 

「そ、そんなことはないぞ?」

 

 箒は無理をして笑みを作る。不器用すぎて頬がひきつっていた。

 一夏が真顔になる。失敗したなと箒は内心で後悔しているが作り笑いを隠さぬまま続けた。

 

「もう今日の授業は終わりだ。寮に戻るとしようか」

 

 そうして2人だけの帰り道。未だ一夏は天然記念物扱いになっていて廊下を歩いていても校舎の外に出ても注目の的であった。

 一夏への想いを胸に秘めている箒にとって彼の隣を歩くこと自体は嬉しい。しかし現在、悪目立ちをしているのも事実で、敵意が混ざっているのも視線に敏感な箒は察せてしまっていた。

 

「そういや、箒。ずっと気になってたんだけどさ」

「な、なんだ?」

「剣道はどうしたんだ? 部活とかやらないのか?」

 

 暗い顔をしていた箒へ明るい話題を振ったつもりだったのだろう。

 だがそれは藪蛇。箒の目は瞬時に鋭くなる。

 

「やれるわけがないだろう……」

 

 目つきとは裏腹に語尾は尻すぼんでいく。反射的に頭をガードしていた一夏はいつまでたっても衝撃が来ないことに困惑を隠せなかった。

 

「本当にどうしたんだ? 俺、何か悪いことしたか?」

 

 手が早い箒のこと。一夏が失礼な発言をする度に過激なツッコミが入っていたはず。だというのにIS学園で再会してから一度も箒は拳を振るっていない。

 本来ならばこれも成長だと受け入れるべきである。しかし良い方向であるにもかかわらず一夏は物足りなさを感じてしまっている。目の前にいるのは箒であるはずなのにまるで違う人間になってしまっているかのように錯覚し、勝手に孤独感を覚えて不安になっていた。

 一夏は思わず箒の両肩を掴んでしまう。抵抗はなかった。箒はただ黙って目を逸らす。目を合わせてくれないのにも構わず一夏は思いの丈を吐き出した。

 

「こんなの箒らしくない。俺の知ってる箒は少々過激だけど人一倍元気で明るい奴だった」

「人は変わるんだ、一夏。自らの意志のときもあれば、周囲の影響で変わることもある。この6年間、色々とあったのだ」

 

 一夏には箒の6年間を知る由もない。箒の名前があるかもしれないと思い、中学生剣道の大会を虱潰しにチェックしていたというのに一度も見かけなかった。

 自分の知っている彼女とはすっかり変わってしまっている。

 一夏には2つの道がある。

 今の彼女を受け入れること。もう一つは――

 

 一夏は箒の体を抱き寄せた。

 

「なっ――」

 

 大胆すぎるスキンシップに箒は瞬間的に頬を紅潮させる。

 対する一夏は困惑気味。これで今度こそ殴られると身構えていたが箒はすこぶる大人しい。

 もう取り返しがつかないのだろうか。いや、そんなことはない。

 面倒くさがりの一夏の内心に悔しさが募り、徐々にアクティブな思考が支配していく。

 思いついたことをそのまま口にした。

 

「いい匂いだ」

 

 恥ずかしさゲージが一気に振り切れた。箒の右手が思考の制御から抜け出して一夏の鳩尾めがけて拳を繰り出す。

 一夏はわかっていて受け入れる。少しばかりの変態の汚名を被っても、自分の知ってる箒の方が居心地が良い。その証明に正面から立ち向かう。

 しかし――

 

 

 ポヨン。

 

 

 珍妙な音が鳴るだけでちっとも痛くなかった。確かに箒の右手が鳩尾に入っているというのに柔らかすぎて逆に癒される新感触。

 衝撃を逃がすために箒から手を離していたというのに何もダメージがない。両手を上げた状態の一夏の頭上にはクエッションマークが立ち並ぶ。

 

「し、しまったああ!」

 

 箒は顔を覆い隠してその場にしゃがみ込む。人目もはばからず落ち込んでみせる彼女を前にして一夏はあたふたとするばかり。傍から見れば一夏が泣かせたようにも見えてしまっている。

 

「わ、悪い! ちょっとやりすぎた!」

「……一夏が謝ることじゃない」

「へ? でも俺、箒が嫌がることしただろ?」

「そ、それは別にいいのだ」

 

 一夏はひとまずの安堵を覚える。完全に嫌われたわけではなさそうだった。

 しかし逆にわけがわからない。一体、箒は何にショックを受けているのかと。

 心当たりは1つ。パンチが当たった瞬間の不思議な感触の正体だけが掴めていない。

 知らなくてはならない。そう覚悟を決めた一夏は敢えて踏み込むことにした。

 

「じゃあ、さっきの不思議なパンチの方か?」

「うぐっ――」

 

 狼狽が声に出ていた。おそらくは箒にとって知られたくない事実。

 変わってしまった原因が全てそこにある。ならば聞かなくてはならない。

 箒から話せないのならば、と一夏は思いつく可能性を挙げてみる。

 

「束さん、か」

「……そうだ。私の暴力は全て癒し系に変換されるそうだ」

「『どうやって?』なんて聞く意味はなさそうだ。束さんだし。でもどうして束さんが箒にそんなことをしたんだ?」

「一夏が……言ったから」

 

 小声でぼそぼそと呟く。聞き取れなかった一夏は「え? 何だって?」と聞き返した。

 するとムキになった箒は怒鳴るように繰り返す。

 

「一夏が『暴力キャラよりも癒し系キャラの方が好きだ』って言ったからだ!」

 

 当然のように一夏にはそんなことを言った覚えはない。そして言っていないという確信すら持っていない。自らの適当さ加減を後悔しても遅い。過去の一夏の発言をきっかけにして箒はマッドなとんちんかん博士によって摩訶不思議な能力をつけられてしまったのだった。

 剣道もできるはずがない。いくら華麗に面を決めようと竹の音でなく『ポヨン』と奇怪な音が鳴る。試合の緊張感などあるわけがなく、公式の大会になど出られるはずもない。

 

「……なんか、ごめんな。マジでごめん」

「謝るな。余計に惨めになる」

「直してもらえなかったのか?」

「こうなってしまってから一度も姉さんと連絡がつかない。きっと陰で笑っているのだろう」

 

 はははと乾いた笑いは箒の自虐。かなり気まずい空気が出来上がった。

 いたたまれなくなった一夏は何か喋らなくてはと苦心する。

 これ以上触れてやらないのが優しさだろうか。少なくとも一夏はそう考えなかった。

 

「俺はバカになんかしない。隠さずに最初から頼ってくれて良かったんだぜ?」

「出来るはずがない。私とお前は6年も会っていなかった。手紙のやりとりすら出来なかった」

「変わってるかもって思われてたのか……」

 

 一夏も人のことは言えない。箒が変わってしまったと思ったからこそ今の状況が出来上がっている。

 

「仕方ないだろう! お前は男だ。もしお前が襲ってきても私には抵抗する術がない。どれだけ拒絶してもはねのけられない。この事実を知られるのが怖かったんだ!」

 

 その恐怖を男である一夏が完全に理解することは出来ない。

 ただ、これだけは言っておかねばならなかった。

 

「俺にとって、箒のどんな暴力よりも『嫌い』の一言の方が怖いよ」

 

 物理的な拒絶はできなくても心は拒絶できる。

 一夏に最もダメージを与えるのはたった一言だけ。今の箒にも使える手段だ。

 

「だけどまあ、俺のことが怖いのには変わらないだろうな。千冬姉に部屋を変えてもらうよう頼んでみ――」

「ダメだっ!」

「そっか。俺としてもその方が気楽で嬉しいな」

 

 力強い言葉は彼女の素直な言葉の証。少なくとも嫌われていないと確信できた一夏は笑顔を見せる。

 隠し事がなくなった箒にも自然な笑みが浮かんだ。寮の部屋に戻る足取りは軽い。

 色々と望まぬ状況に放り込まれた2人だったが、このまま上手くやっていけそうだと、そう思えた。

 

 

 

 ここで一夏の携帯がメールの着信を告げた。

 差出人は不明。何の気なしにメールを開く。箒も横から画面を覗いていた。

 

【件名】束さんからの補足

【本文】箒ちゃんの『柔らかソフトタッチ』の感触は箒ちゃんのおっぱいと同期してるよ! まずは握手で試してみてね!

 

 一夏の行動は早かった。

 

「箒! 再会の握手をしよ――」

「ふざけるな、馬鹿者!」

 

 咄嗟に出たのは右手ストレート。見事に一夏の頬に命中する。

 ポヨン。

 殴られた一夏は幸せに包まれた。

 

「一夏なんて嫌いだあああ!」

 

 泣き叫んで箒は走り去る。彼女はこの日から鷹月さんの部屋に寝泊まりするようになったとさ。

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