遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~   作:久本誠一

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どうでもいいですがタイトルの読みは「かぜ」です。
空牙団、なーんで純風属性のテーマじゃないんですかね。
ちなみにあれが完全な属性統一テーマだった場合、現段階での判明分だけでも無理やりデッキとしての形を整えて使わせてた可能性が高かったです。架空デュエル界最速(多分)の空牙団使いって称号にはちょっと憧れる。

前回のあらすじ:VS葵ちゃん。


ターン121 百鬼の疾風と虚無の仮面

『アカデミアの皆さん、校長の鮫島です。生徒の皆さん、そして教師の皆さんも卒業デュエル及びその関連作業に忙しいとは思いますが、一時デュエルを中断してください』

 

 葵ちゃんとのティータイムを終えたところで、突然室内のスピーカーからかすかな環境音が鳴る。普段は授業も何もあったもんじゃないこの元教室のスピーカーが動いたということは、恐らく全校に向けてあらゆる場所のスピーカーを一斉にオンにしたのだろう。

 ややあって鮫島校長の声が部屋中に、いやこの様子だと恐らくこの島中に響いた。このタイミングでの緊急放送、それもデュエルアカデミアでは大抵の事よりも優先されるはずのデュエルを中断させてまで話すこととなれば、それはもう目下一番の問題事であるダークネス関連しかありえない。

 

「デュエルの中断……?」

 

 デュエルを中断、という言葉の異常性に、葵ちゃんがいぶかしげに呟く。それにしても三沢も、鮫島校長を利用しての全校放送とはうまい手を考えたものだ。確かにこの方法なら、校長自らがデュエルを中断させるという最初の掴みの強さも手伝ってこの島のどこにいようと話を聞き逃す心配は一切ない。少なくとも、僕なら絶対そんなことまで気が回らなかっただろう。スピーカーの方に視線を向けたままさっき出したクッキーをもう1枚つまもうとしたが、袋のあるはずの場所まで手を伸ばしても指先には何も触れない。どうなっているのかとテーブルの上に視線を戻すと、クッキーの袋を自分の手元に抱えて今日一番のジト目で探るような視線を向けてくる葵ちゃんと目が合った。

 

「……何?あとおやつ返して」

「私まだ2枚しか食べてないんですけど。それはそれとして先輩、何か知ってますね?」

「ほう。その根拠は?」

「いくつかありますが、一番わかりやすかったのは今の返しですね。もし本当に何も知らないのなら、先輩はもう少しわかりやすいリアクションをするはずですから」

「鎌かけたっての?」

 

 わかりやすい誘導に引っかかったことに今更気づき、顔をしかめる。今のは僕の不注意も大きかったけど、本当に油断も隙もない。

 

「……まあ、いいや。それなりに真剣な話だから、葵ちゃんもしっかり聞いときなよ」

「どうやらそのようですね。そうさせていただきます」

 

 珍しく言い返さない僕の態度から何かを感じ取ったのか、いつもの毒吐きや軽口も叩かず神妙に耳を澄ませる葵ちゃん。かたずをのんで見守る中、再びスピーカー越しに若干くぐもった鮫島校長の声が聞こえてきた。

 

『全校の皆さん、これよりアカデミアでは避難訓練を開始します。校舎で大規模な火災が発生した前提で、かつて本校で三幻魔事件が発生した際に建設されたコロッセオに生徒及び教師の皆さんには集合してもらいます。防火扉はすべて閉鎖しますので、各階の非常口より外に出てコロッセオにて集合してください。またこの避難訓練が終了し学内の全生徒の安全が確認されるまではいかなる理由に置いても単独行動は禁止しますので、最低でも2人以上のグループを組んで行動するようお願いします。それでは、質問等は現地で改めてお受けしますので』

 

 なんだか無茶苦茶な内容を話すだけ話して、始まった時と同じように唐突に放送が切れる。え、避難訓練?どゆこと?訳が分からず完全にフリーズしているところに、すかさず葵ちゃんの言葉が突き刺さる。

 

「先輩。なーにがカッコつけて『それなりに真剣な話』なんですか?」

「ちょちょちょ、ちょっと待って!え、ええ?あれ?」

 

 いったい僕の知らないところで、何が起きているんだ。混乱するあまりいっぱいいっぱいになって言葉に詰まる僕に追い打ちをかけるかのように、ポケットに突っ込んであったPDFが着信音をけたたましくわめきたて始めた。

 

「え、ええ!?なんなのさ、もう……!」

「いや先輩、今のは冗談ですよ。何かしらあるのは察しがつきましたから、テンパってないで出てあげればいいじゃないですか」

 

 冷静な葵ちゃんにたしなめられて落としそうになりながらも着信を知らせるそれをどうにか引っ張り出し、着信相手も見ずに通話ボタンを押す。なんでこの間の悪い時に電話してきやがるんだとの怒りを込め、画面に何か映るより先にヤケクソ気味に怒鳴りつけた。

 

「はいもしもし遊野です!」

『俺だ、三沢だ。今の放送は聞いたな?よく聞いてくれ、少し頼みたいことがある。細かいことは後で説明するから、今すぐ廃寮に向かってくれ。到着したら連絡を頼む』

 

 じゃあな、との言葉を最後に、それだけ言って通話が切れてしまう。

 ……まるで意味が分からない。でも三沢があそこまで説明不足な状態で人に指図せざるを得ないということは、なにかそうせざるを得ない理由があるんだろう。それにこのわけのわからない状況の中、問題を先延ばしにしただけとはいえ当面の目標がはっきりしたのはありがたい。少し落ち着きを取り戻してPDFをポケットに再び突っ込んだタイミングを見計らい、葵ちゃんが席を立った。

 

「私には、何がどうなっているのかまるでわかりません。わかりませんが、先輩と他に何名かが何か大掛かりなことを始めようとしていることだけはわかりました」

 

 言いながらカウンターの後ろに素早く回り込み、さっとかがんで持ってきていたらしい彼女のカバンを持ち上げる。そのまま部屋を出て行こうとしてドアまですたすたと歩き、途中でぴたりと足を止めた。振り返って僕と目を合わせ穏やかに、でも力強く語りかけてくる。

 

「何を企んでいるのかは知りませんが、先輩がやろうとしているのならば私はその判断を信じますよ。だから、私からは何も言いませんし聞きません。先輩のことですから、失敗するとも思いません。ですが、せめて一声ぐらいは掛けさせてもらいます……ご武運を、先輩」

「葵ちゃん……」

「では、私はコロッセオの方に向かいますので。それと……これは、最初に約束しましたからね。先輩、ありがとうございました」

 

 すっと一礼し、部屋の外に出ていく葵ちゃん。最後のありがとうございました、というのは、元々デュエル前に言っていた僕が勝ったら3年分のお礼を言う、というあれだろう。言い出しっぺの僕ですら適当な軽口として忘れていたのに、そこをないがしろにしない辺り彼女の律義さがよくわかる。でもその背中を見送りながら、僕が噛みしめていたのはその前の発言だった。あの用心深い葵ちゃんがあえて今起きようとしていることに踏み込まず、それどころかあそこまで言い切ってくれるとは。普段の葵ちゃんがどんな性格なのかよく知っている僕だからこそ、今の発言の重みもわかる。今更ながらに、彼女が僕に寄せてくれていた信頼の強さを思い知らされた。

 

「姉上、どうせ近くにいるんでしょう?単独行動は厳禁ですからね、姉上でもいないよりはマシなのでついてきてください」

「わーい!葵ちゃんがお姉ちゃんのこと呼んでくれた~っ!」

「うわ本当にいたんですか。いい加減私も言い飽きたんですがストーカーですよそれ、やっぱついてこないでください」

「んもー葵ちゃんったら、いつでも反抗期可愛いんだからー。あ、それと清明ちゃんも!お姉ちゃんこの間清明ちゃんが依頼してくれたあれなかなか楽しかったから、また助けが必要な時はいつでも呼んでくれちゃっていいからねー!」

 

 ……明菜さん、まーたこっち来てたのか。あの人は自由だなあ。さて、僕も急がないと。

 

 

 

 

 

 ラーイエロー。推薦や繰上りが入るオベリスクブルーを別格として、一般の入学生の中でもオシリスレッド相当以上の成績を持つものが割り当てられる寮……と、かつて触れ込まれていた場所だ。3年前に入学した遊城十代、遊野清明といった規格外の筆記はからきしだが実技だけはできる勢、そして2年前に筆記実技共に高水準だが本人の強い希望により例外として入寮を認められた早乙女レイなどの存在によりもはやその組み分けは完全に形骸化してしまい、オシリスレッドとの明確な差別点が建物そのものぐらいしかないことから、今となっては寮監の樺山教諭ともども「一番地味な場所」呼ばわりされるようになって久しい。

 そんなラーイエローの一室に、三沢大地の部屋はあった。かつて彼がツバインシュタイン教授に師事しアカデミアを離れた後も、樺山教諭の計らいにより卒業するまではという期限付きで新しい入居者を迎えることなく残されていたのだ。

 しかしかつては綺麗な物であったその部屋も、今となってはその面影もない。壁といわず床といわず窓といわず、ありとあらゆるスペース全てに耳なし芳一のごとくびっしりと手書きの数式が敷き詰められているからだ。その数式の中心で、黄色い学生服を着たこの部屋の主がさらに目の前の紙に向かって図やグラフ、数式を書き込んでいく。

 

「後は清明に頼むとして……それにしてもおかしい、どういうことだ……?」

「何が、だい?」

 

 彼以外には誰もいないはずの部屋に、空虚な声が響く。顔をこわばらせて弾かれたように振り返る三沢が、侵入者の顔を見てふっと力を抜いて苦笑した。

 

「なんだ、清明(・・)か。脅かさないでくれよ」

「ははは。それで、どうしたんだい?」

 

 今三沢は確かに目の前の存在を「清明」と呼称した。だが、そんなことがあり得るだろうか?廃寮に向かったはずの男が、なぜここにいる?遊野清明という男はこうして向かい合っているだけで、背筋が寒くなってくるようなゾッとする気配を放っていただろうか?彼は元々三沢本人の頼みによりこの部屋を出て行ったのだから、その三沢が呼び出さない限りそうそう勝手に戻ってくるような真似はしないはずだ。

 考えるまでもない。ダークネスの力を使った常識の操作だ。もっとも普段の三沢であれば、かすかに感じたその違和感をより突き詰めて考え、その洗脳を打ち破ることも可能だっただろう。だが不幸なことに、今の彼にその余裕はなかった。つい先ほど童実野町に向かった十代から届いた、たった1通のメール。そこに記されていた内容が彼の思考の大部分を占め、かすかな違和感を突破口ではなく気のせいとして封殺してしまったのだ。

 だから、三沢は口にしてしまう。自分が遊野清明だと思ったその存在に、手持ちの情報を自分から開示してしまう。

 

「さっき、十代から連絡があってな。童実野町の人間は……どうやらすでに、ダークネスに飲み込まれてしまったらしい」

「ほう、それはそれは」

 

 悲痛な表情の三沢とは対照的に特に驚いた風もなく返す、目の前の「遊野清明」。だが、彼の出身はまさにその童実野町だったはずだ。ほんの少し考えれば、子供でもわかる違和感。だが、目の前の問題に気を取られた三沢はやはりそれに気づくことができない。

 

「だがおかしいんだ。俺の計算が正しければ、そんなことが起きるはずがない。そもそもダークネスがこちらの世界に侵攻するためには、まずミスターTを差し向けて人間を心の闇に取り込み、ダークネスそのものの力を増す必要がある。こんな早くからこれほどのスピードで攻めてこれるわけがないんだ」

「なるほど。例えるならば、ダムのようなものだな。貯水湖の水を増せばそこから放出される水の勢いも増していくが、それでも限界が来たらやがてダムは決壊し、一度に押し止められていた水が溢れ出る」

「ああ、そうだ。その例えに従えば、ダークネスはまだダムを壊す……つまり次元を越えて自身がこの世界にやってくるために、貯水を続けている状態のはずだ。だが、童実野町が丸々飲み込まれるところまで来ているとなると、すでに貯水どころか決壊寸前まで事態は切迫している」

「なぜだと思う?」

 

 どこか嘲るような響きを含んだその言葉に、躊躇いつつも三沢が口を開く。

 

「可能性は2つ。まず1つが、俺の計算が最初からすべて間違っていた場合だ」

「それから?」

 

 かすかに面白がるように、「遊野清明」がその先を促す。

 

「もう1つは……ダークネスに、何らかの協力者が存在するパターンだ。あちらの世界からダムを押すだけでなく、こちら側からそのダムに穴をあければその分だけ水の放出は早くなるからな。ダムの決壊を待たずとも、その穴が大きければダークネスはこちらの世界に出てこられる」

「なるほど、なかなか面白い見解だ。そして、君はやはり優秀な人間だよ。想像以上の速さで、私の語る真実(トゥルー)に近づきつつある」

「なんだと……?」

 

 そこまで言われてようやく、三沢の警戒心が働き始める。ダークネスが彼に自分の犯した失策を思い知らせて心の闇のつけ入る隙を作るべくわざと仕掛けていた洗脳を緩め、これまで彼が見過ごしていたいくつもの違和感が1度に浮かび上がりその脳内を駆け巡る。次の瞬間には全てを察した三沢が、すぐ横の机に飛びついていた。

 卓上に置いてあったデュエルディスクを拾い臨戦態勢を整える彼の前で、もはやその必要もなくなった「遊野清明」としての化けの皮を剥いだ闇がかりそめの人型を露わにする。デュエルディスクを取った拍子に放り投げられたPDFが床に激突し、硬質な音が立った。

 

「ミスターT!」

「そう。真実を語るもの、トゥルーマンだ。君との先ほどのデュエルは、なかなか面白い出し物だったよ。だが、もはや君は舞台から降りた人間だ。どれほどアンコールを望まれようと、おいそれと登場すべきではないと思うがね」

「何を訳の分からないことを……!」

 

 たらり、と彼の首筋を一筋の汗が伝う。

 ミスターTを名乗るこのダークネスの手先が神出鬼没なのは今に始まったことでもないし、その情報を事前に得ていた彼も当然その心構えはしてきたつもりだった。つい先ほど実際に対峙した時も、今のように不吉な気配は感じなかった。だが初めてこの闇の具現化した存在とたった1人で向かい合ったとき、所詮人間にすぎない彼のちっぽけな覚悟などすぐに打ち砕かれそうになってしまう。

 ようやく彼は理解した。先ほどの対峙の際には、この闇そのものの化身はその実力を隠していたのだ。どこまでもちっぽけな石ころのような存在でしかない自分が何かのはずみで、辺り全域に広がる深く広い闇の底へ加速をつけて転がり落ちていく……ふと脳裏をよぎったそんな不吉なビジョンを振り払おうとするも、否定しようとしてもしきれない恐怖心がいたずらに想像力を刺激する。緊張のあまりか気が付けば唇がカラカラに乾いていたが、それに構う余裕もない。

 

「訳が分からない、か。そうだろうな。ならば、もう少しわかりやすい話をしよう。君の出した仮定をあまり周りに触れ回られては、こちらとしても少々困るのだよ。知りすぎた、と言ってもいい」

「だから実力行使、というわけか?」

「そう思ってもらって構わない」

「……いいだろう。だがこの俺が、一筋縄で済むと思うなよ!」

 

 意識的に放った威勢のいい言葉に、久しぶりの帰還とは言え見慣れた部屋の中。だが彼の耳には気合を込めたはずの自分の言葉も虚しく響いて聞こえ、彼の眼には妙に寒々しく弱い光の照明が辛うじて部屋の中を照らしているように映った。

 

「ええい、始めるぞ!」

 

 冷たい空気に抵抗するかのように一際大声を出し、自らを鼓舞して向かい合う。ひとりぼっちの戦場で、世界の命運を握るための戦いが始まった。

 

「「デュエル!」」

 

「先攻は私が貰おう、このモンスターをセットする。さらにカードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 カードをセットしたのみでターンを渡すミスターT。まるで正体の掴めないそのセットモンスターが、三沢の心を占める絶対にミスや敗北は許されないという焦りによって何倍も大きな脅威に見えさせているのを彼本人も自覚していた。それ故に、彼はその恐怖を乗り越えるためにあえて正面から戦うことを選ぶ。

 

「なら、俺のターンだ。来い、牛頭鬼!」

 

 牛頭鬼 攻1700

 

 三沢の呼びかけに応えフィールドに現れたのは、巨大な木槌を得物とした2足歩行する黒牛の化け物。相方の馬頭と共に地獄の門を守るとされる、由緒正しきジャパニーズ・アンデッドの一角だ。

 

「牛頭鬼は1ターンに1度デッキから妖怪、つまりアンデット族1体を墓地に送ることができる。このターン俺は、馬頭鬼を選んで墓地に送らせてもらう」

「牛頭と対を成す馬頭か。君の地属性相当のデッキは、ジェムナイトだと記憶していたが」

「その通り、これは地属性のデッキではなく、疾きこと風の如くを貫く風の属性デッキだ。ただしひとこと言っておくが、今から吹き荒れるのはただの風じゃない。百鬼を率いるあやかしの風だ!永続魔法、竜操術を発動!」

 

 締め切られたはずの部屋に、一陣の風が吹き始める。牛頭鬼の周りを包むように渦巻くその風に乗って飛来した1匹の小型の龍が、自らの体を鍛え上げられた業物、ほのかなピンク色の柄を持つ剛槍として妖怪の手の中に委ねた。

 

「竜操術は1ターンに1度手札のドラゴン族ドラグニティを1体俺の場のモンスターに装備し、さらにドラグニティが装備されている限りそのモンスターの攻撃力を500ポイントアップさせる効果を持つ。これによりこのターン、このドラグニティ-コルセスカを牛頭鬼へと装備させてもらおう」

 

 牛頭鬼 攻1700→2200

 

「バトルだ。牛頭鬼でそのセットモンスターへと攻撃!」

 

 牛頭鬼 攻2200→??? 守800(破壊)

 

 新たなる得物を手に入れた牛頭鬼が、全て砕けろと言わんばかりの勢いでコルセスカをセットされたモンスターへ叩き込む。吸い込まれるようにその中心を貫いた穂先に1瞬だけ毛の1本も生えていない黒い体に何本もの赤い筋模様が走る4つ足の悪魔が見えたが、すぐに破壊されて消えていく。だがその存在を見て攻撃をわずかに後悔すると同時に、三沢はミスターTのデッキが前回とはまるで異なるものであることを確信した。

 

「墓地に送られたモンスターは、魔犬オクトロス。このカードの効果により、デッキからレベル8の悪魔族モンスター1体を手札に加える。私が選ぶのはこのカード、仮面魔獣マスクド・ヘルレイザーだ」

 

 ミスターTが取り出して見せたのは、かつてのバトルシティにおいて武藤遊戯と海馬瀬人のタッグチームを苦しめた通称仮面コンビの切り札の一角である青い枠のモンスター。

 

「また儀式モンスターか?よほどお気に入りのようだな。だが俺も、装備状態のコルセスカの効果を使わせてもらうぞ。このカードを装備したモンスターがバトルで相手モンスターを破壊した時、デッキから装備モンスターと種族、属性が等しいレベル4以下かつ同名以外のモンスター1体を手札に加えることができる。酒呑童子をサーチし、カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 サーチを許してしまったのは痛いが、こちらも荒い手札消費をサーチ効果でカバーできたのだから、そう悪い立ち上がりではないはずだ……三沢の脳は、そう初ターンでの激突の状況を分析する。ただ同時に、儀式主体の相手は勘弁してほしかった、ともぼんやり思った。

 とはいえ彼自身も様々なタイプのデッキを操るデュエリストとして他人よりも幅広い戦術をカバーしていると自負しているし、事実儀式モンスターに関してもリトマス死の剣士を主軸としたデッキを1つ組んでみた経験がある。それでもなお前述の感想に繋がるのは、単純に経験の問題だ。そもそも儀式デッキは、メインモンスターのみで戦うデッキや融合デッキに比べその絶対数が少ない傾向にある。カード1枚1枚の効果やそこから考えられるコンボなどは全て残さず彼の頭には入っているものの、実戦を通じて得られる間合いや呼吸をまだ獲得しきれていない。清明の話によれば、それまでのミスターTは融合やダークモンスターのデッキを主に使っており儀式に手を出したのは先ほどの三沢戦が初だったという。こちらの実戦経験の少なさを承知したうえであのデッキを持ってきたとしても驚かないぞ、と自らに釘を刺した。

 

 ミスターT LP4000 手札:4

モンスター:なし

魔法・罠:1(伏せ)

 三沢 LP4000 手札:1

モンスター:牛頭鬼(攻・コルセスカ)

魔法・罠:竜操術

     ドラグニティ-コルセスカ(牛頭鬼)

     2(伏せ)

 

「私のターン、マンジュ・ゴッドを召喚。召喚時の効果によりデッキから、高等儀式術を手札に加える」

 

 マンジュ・ゴッド 攻1400

 

 オクトロスのいた場所に召喚されたのは、儀式召喚のお供とも呼ぶべき儀式に関しての万能サーチャーだった。その効果によって新たに手札に加わった儀式魔法と、先ほどサーチされたばかりの儀式モンスター。すぐさま部屋の中心に魔方陣が浮かび上がり、その中心からおどろおどろしい異形の影が蒸気の漏れるような呼吸音と共に這い上がってくる。

 それは辛うじて人型の上半身と、その首の上にあるはずの頭部を覆い隠すまるで拷問でもされているかのようにむごたらしく素肌に直接縫い付けられた仮面。だが、そんな特徴もこのモンスターを語る上ではまだマシな方だ。その下半身に至ってはもはやこれは何だ、と形容するのもおぞましい肥大した尾、としか呼びようのない不気味な肉塊と、それらすべてを支え這い回るのに適した昆虫のような太い脚。体内から直接生えてきているらしい無数の絶望、悲哀、怨嗟の感情をあらわにする面の瞳の奥に一斉に鈍い光が灯り、いくつもの視線が三沢の全身を舐めまわすようになぞる。

 

「儀式魔法、高等儀式術を発動。デッキからレベル合計が8になるよう通常モンスターを墓地に送ることで手札の儀式モンスター、レベル8の仮面魔獣マスクド・ヘルレイザーを儀式召喚する」

 

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー 攻3200

 

 そう言いながら自らのデッキに手をかけて2枚のレベル4通常モンスター、メルキド四面獣と仮面呪術師カースド・ギュラを墓地へと送り込むミスターT。その仮面モンスター2体を見て真っ先に三沢の脳裏に閃いたのは、眼前のマスクド・ヘルレイザーと対を成すもう1体の仮面魔獣の存在。目下のところ早急な対策が必要なのはこちらの仮面魔獣だが、片割れの存在を意識してのプレイングも必要になってくると頭の片隅に止めておく。

 だがまるでそんな浅い考えは筒抜けだと言わんばかりに、もう1枚のカードが発動された。

 

「さらに魔法カード、黙する死者を発動。墓地の通常モンスターであるメルキド四面獣を守備表示で特殊召喚し、このカードとマンジュ・ゴッドの2体をリリースする」

「なに、すでに手札にあったのか!」

「そういうことだ。出でよ、仮面魔獣デス・ガーディウス!」

 

 何もない空中にいきなりぼ、ぼ、ぼ、と3つの青い面がぐるぐると回りながら浮かび上がる。やがてそのうち1つを頂点としてその少し下の位置に横並びで2つが並ぶ三角形を作ったところで回転が止まり、その面の後ろから隠れていた首が、そしてその3つの首を併せ持つ本体が闇の衣を取り去って今にも消えそうなほどに弱まった照明のもとへとその全身を晒す。

 異様に長い3つの首と、その半ばほどから繋がる1つの胴。4つの鉤爪に3本指の足こそ持つものの、少なくともすぐ横のあからさまに異形とわかるマスクド・ヘルレイザーに比べればおおむね人型に近寄っているようにも見える。だがなんといっても異様なのは、その胴の中央だろう。よく見ればその腹のあたりには、人間の上半身らしき形をした人形が埋め込まれている。それも一目見ただけで嫌悪感と異様な物への恐れを覚えるであろう、全身を拘束具に縛られた状態でだ。繰り返すが、それはただの人形でしかないはずだ。誰が何のためにこの悪魔の体にそんなものを埋め込んだのか、なぜそれを強靭な悪魔の肉体のみならず拘束具まで使って縛り付けなければならなかったのか、なぜ悪魔はその爪で人形を引きはがそうとしないのか、そしてそもそもあの人形は何を意味しているのか。全てを知るものはもはや存在しないだろうし、これからも現れることはないだろう。

 

 仮面魔獣デス・ガーディウス 攻3300

 

「く……!」

「まずはこちらからだ。マスクド・ヘルレイザーで牛頭鬼を攻撃する」

「トラップ発動、針虫の巣窟!俺のデッキの上からカードを5枚墓地へ!」

 

 ヘルレイザーが手にした杖を振り回し、その先端から破壊の閃光を放つ。それがコルセスカを構える牛頭鬼に命中する前に、三沢が動いた。

 

「ランダムな墓地肥やしか。アカデミアの秀才を名乗る割には、ずいぶんと運頼みな戦術のようだが」

「そう呼ばれていたのも昔の話だがな。それに、これは運頼みなんかじゃない。ただの確率の問題だ。俺はこのデッキを組む際、手札や場を経由せず直接墓地に置かれても問題なく仕事のできるカードを中心にカードを選んだ。従ってこの針虫の巣窟は、たとえどんなカードが落ちようと9割以上の確率で何らかのアドバンテージを俺にもたらす!」

「ならば私も、そのアドバンテージのご相伴に預かるとしよう。速攻魔法、魔力の泉を発動。相手フィールドで表側の魔法、罠カードの数だけデッキからカードを引き、その後自分フィールドで表側の魔法、罠の数まで手札を捨てる。竜操術、ドラグニティ-コルセスカ、そしてその針虫の巣窟の存在により3枚を引き、魔力の泉自身の存在により1枚を捨てる」

 

 ともにカードを引くため、自らのデッキに手を掛ける。かたや引き抜いた3枚のカードから1枚を選びゆっくりと墓地に送ったのに対し、もう片方は引き抜いたデッキトップ5枚に目を走らせてすぐさま墓地に送る。その直後、閃光をまともに受けた牛頭鬼の姿が1瞬で消し飛んだ。

 

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー 攻3200→牛頭鬼 攻2200(破壊)

 三沢 LP4000→3000

 

「ぐっ……!痛い出費だが、この程度はまだ必要経費だ。墓地に送られた牛頭鬼はその効果により自身以外の墓地のアンデットを除外し、手札のアンデットを呼び出すことができる。達人キョンシーをコストとし、酒呑童子を守備表示で特殊召喚!」

 

 酒呑童子 守800

 

「戦闘ダメージを最小限に抑える算段か。だが、それも時間稼ぎに過ぎないな。デス・ガーディウスで攻撃、ダーク・デストラクション」

 

 3面の怪物が両腕を体の前に構え、手のひらから闇のエネルギー波を放出する。瓢箪を手にした小柄な鬼が、その波に飲み込まれ砂へと還っていく。

 

 仮面魔獣デス・ガーディウス 攻3300→酒呑童子 守800(破壊)

 

「やってくれる……だが、この程度ならまだリカバリーはいくらでも効く。永続トラップ発動、リビングデッドの呼び声!俺の墓地のモンスター1体を、墓地から攻撃表示で特殊召喚する。甦れ、土地鋸(つちのこ)!」

 

 牛頭鬼が倒れ、酒呑童子もまた敗れた。しかし、彼の操る妖怪デッキはその圧倒的なしぶとさが何よりの強み。何度傷ついても必ず誰かがすぐさま立ち上がる、モンスターを途切れさせない継戦能力に関しては並のデッキとは一線を画している、そう本人も自負している。

 そして次に繰り出されたのは、蛇。しかしそれはただの蛇と呼ぶには異様に全長が短く、それと反比例するかのように胴体が明らかに通常より太い大蛇だ。その蛇が体を丸めて自らの尾を口に咥え、1つの輪となって転がったかと思うとみるみるうちに加速して猛スピードで2体の仮面魔獣の周囲を回り始めた。

 

 土地鋸 攻1600

 

「土地鋸のモンスター効果発動!このカードが特殊召喚に成功した時、自身以外の特殊召喚されたモンスター全てを裏守備表示にする!」

「なるほど、それも針虫の巣窟で墓地に送ったカードか。ならばカードを伏せ、ターン終了だ」

 

 大蛇の回転が風の流れを生み、その流れがやがて小型の竜巻にまで成長する。その渦に閉じ込められた2体の仮面魔獣が、脱出することもかなわず強制的に裏側守備表示へと状態を上書きされた。

 

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー 攻3200→???

 仮面魔獣デス・ガーディウス 攻3300→???

 

「ここからは俺のターンだ!まずは墓地の馬頭鬼をゲームから除外することで、墓地のアンデット族1体を蘇生させることができる。この効果で再び牛頭鬼をフィールドに呼び戻し、自身の効果で2体目の馬頭鬼……いや、怨念の魂 業火を墓地に送る。さらに通常召喚だ、出て来い九蛇孔雀(くじゃくじゃく)!」

 

 再び地の底より蘇る牛頭鬼。その横にさらに召喚されたのは、一見緑色を基調とした羽根を持つごく普通の美しい孔雀だった。しかしその羽をパッと広げると、そこには当たり前の目玉模様はただの1つも存在せずその代わりに自由気ままにうねり舌を出し牙を見せる9匹もの蛇の影がまるで絵画のごとくくっきりと存在しており、やはりこの存在もただの鳥などではないことを物語る。

 

 九蛇孔雀 攻1200

 

「そして俺の墓地に存在する妖怪、九尾の狐の効果を発動。このカードは俺の場のモンスター2体をリリースすることで、手札または墓地から自身を特殊召喚することができる。黄泉より帰れ、九尾の狐!」

 

 土地鋸と九蛇孔雀、2体の妖怪が全く熱を発しない妖かしの炎……狐火に包まれる。そのまま音もなく燃える2つの人魂に挟まれるような格好で、黄泉帰りを行った9本もの長い尾を持つ白面金毛の狐がゆらりと飛んで着地した。

 

 九尾の狐 攻2200

 

「さらに、今リリースされた九蛇孔雀の効果を発動。このカードがリリースされたことにより、デッキまたは墓地からレベル4以下の風属性モンスター1体を手札に加えることができる。そしてこのターンの竜操術により、サーチしたドラグニティ-ブランディストックを九尾の狐に装備する!」

 

 人間ほどもある巨大な妖怪狐の、その尾と対比してあまりにも細くたおやかな胴体に巻きつくようにして緑色の幼竜が武器として鎧として装備される。竜操術により竜の力をも我がものにした傾国の大妖怪がそれを見て勝ち誇るように小さく鳴くと、それに呼応するようにしてブランディストックも満足げにクリクリした丸い眼をしばたかせた。

 

 九尾の狐 攻2200→2700

 

「バトルだ。九尾の狐でマスクド・ヘルレイザーに攻撃、九尾槍!そして自身の効果により黄泉帰りを果たした九尾の狐は、貫通能力を得る。先ほど貰ったダメージ、耳を揃えて返させてもらおうか!」

 

 九尾の狐 攻2700→??? 守1800(破壊)

 ミスターT LP4000→3100

 

 九尾の狐の持つ尾のうち1本が鋭く伸び、鋼の槍と化してセットカードを貫く。いともあっさりと仮面魔獣の片割れを下した直後、さらに別の尾がもう片方のカードめがけて伸びた。

 

「ブランディストックを装備したモンスターは、1ターンに2度の攻撃ができる。もう1度攻撃しろ、九尾槍!」

 

 九尾の狐 攻2700→??? 守2500(破壊)

 ミスターT LP3100→2900

 

 モンスター越しとはいえ闇のデュエルでの2連撃をまともに受け、ミスターTの体を構成する闇がわずかに揺らぐ。だがそんなことはまるで意に介した様子もなく、デッキから1枚のカードを取り出した。

 

「見事な攻撃だった、と言いたいところだが、これからその代償を支払ってもらおう。デス・ガーディウスが破壊されたことで、場に1枚の仮面を残すことができる。その仮面は相手モンスター1体に装着され、そのコントロールを私が得る。デッキより魔法カード、遺言の仮面を発動!対象は無論、九尾の狐だ」

「そんなものは知っていたさ。だがあいにくだがミスターT、いくらダークネスの力があろうともこの俺に見えているカードの効果で不意を突こうなどとは百年早い。速攻魔法、炎王円環を発動!場の炎属性モンスター1体を破壊し、墓地から別の炎属性モンスター1体を特殊召喚する。九尾の狐を破壊することで、怨念の魂よ甦れ!」

 

 2度にわたる攻撃を終えた九尾の狐に、仮面魔獣の亡骸から放たれた最後の仮面が迫る。しかしその顔が復讐の仮面に包まれる直前、誇り高き大妖怪は自らの体に火を放つことで遺言の仮面、そしてブランディストックごとその命を炎の中へと還していった。

 しかし、それで終わりではない。音もなく燃え盛るその火柱に誘われたかのように、炎の中心がぶわっと膨らんだかと思うとそこに人の顔らしきものが浮かび上がる。

 

 怨念の魂 業火 攻2200

 

「おっと、これだけじゃないぞ。九尾の狐が破壊された時、場に2体の狐トークンを特殊召喚する」

 

 狐トークン 守500

 狐トークン 守500

 

 巨大な怨念の集結により生み出されたあやかしの炎と、その横で輝く2つの小さな狐火。3つの炎が部屋を赤く照らし、揺らめく蜃気楼の中で三沢が最後の指示を出す。

 

「続けて、業火でダイレクトアタック!」

 

 業火が一際大きく燃え上がり、その口から火炎弾を吐き出す。眼前のミスターTめがけ一直線に飛んで行ったそれが目標に狙いたがわず命中し、炎がすべてを終わらせる……はずだった。

 

「馬鹿な!」

 

 三沢がそう叫んだのも無理はない。業火の吐き出したはずの炎は命中して爆発するどころかその寸前でみるみるうちに勢いを無くし、凶悪な爪と杖……ついさっき大妖怪の手を持って直々に闇へと還されたはずの悪魔の、その一撃をもって霧散させられたのだ。

 

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー 攻3200

 仮面魔獣デス・ガーディウス 攻3300

 

「なぜ、そのモンスターが2体とも復活して……」

 

 疑問の声が、途中で絶句に変わる。違ったのだ。モンスターは、「2体」ではない。2体の仮面魔獣の全身から伸びてその動きを操る闇の糸が、その背後に隠れて見えなかった3体目のモンスターの手元へと続いている。

 

 死霊操りしパペットマスター 守0

 ミスターT LP2900→900

 

「パペットマスターだと……?だが、そのカードの召喚に成功し、なおかつ効果を発動したということは……まさかっ!」

 

 死霊操りしパペットマスター。攻守ともに0でレベル6と単体でのステータスだけを見るならば扱いにくいことこの上ない闇属性悪魔族のモンスターだが、その真価はパペットマスターの名が示す通りの特殊能力にあった。

 すなわち、アドバンス召喚に成功した際にプレイヤーの墓地から悪魔族を2体蘇生させることのできる力。プレイヤーに2000という莫大なライフコストこそ強いるものの、自らの傷つき倒れた仲間の亡骸をレベル制限や効果無効といった後々に響く枷も無く蘇生ターンの攻撃不能というだけの傀儡として再び現世に呼び戻す恐ろしい特殊能力に比肩するカードはいまだ数少ない。

 だが、待ってほしい。前述したように、パペットマスターはアドバンス召喚に成功しなければただの攻守0のバニラに過ぎないはずだ。そして九尾の狐の猛攻により、あの1瞬の間ミスターTの場にモンスターは存在しなかったはずだ。では、アドバンス召喚に必要なリリース要因をどこから調達したのか?そして何より、なぜ三沢のターンのバトルフェイズにもかかわらずアドバンス召喚が成立しているのか?何かに気が付いた三沢に答えを提示するかの如く、そのカギとなる2枚の伏せカードがミスターTの場で表側になっていた。

 

「量子猫、それにライバル・アライバル……!」

 

 発動した瞬間にモンスターとなる永続トラップ、量子猫。そして互いのターンのバトルフェイズにモンスターを召喚することが可能となる速攻魔法、ライバル・アライバル。この2枚のコンボにより、相手ターンでの不意打ち気味のアドバンス召喚……そして、2体の仮面魔獣の蘇生をやってのけたのだ。

 

「さあ、どうするかね?モンスターの数が増えたことで攻撃が巻き戻ったが、業火も牛頭鬼もいまだ攻撃の権利を残している」

「そんなことはわかっている!牛頭鬼でパペットマスターに攻撃する……!」

 

 牛頭鬼 攻1700→死霊操りしパペットマスター 守0(破壊)

 

 木槌の一撃が人形遣いを頭から叩き潰し、その衝撃で闇の糸が切れて仮面魔獣が自由になる。だが三沢にすでに手札はなく、九尾の狐の黄泉帰りも1ターンに1度しか使えない関係上これ以上はどうあがいてもターンを譲るほかはない。

 

「ターン……エンドだ……」

 

ミスターT LP900 手札:0

モンスター:仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー(攻)

      仮面魔獣デス・ガーディウス(攻)

魔法・罠:なし

 三沢 LP3000 手札:0

モンスター:牛頭鬼(攻)

      怨念の魂 業火(攻)

      狐トークン(守)

      狐トークン(守)

魔法・罠:竜操術

     リビングデッドの呼び声(対象無し)

 

「私のターンだ。牛頭鬼を、そして業火をそれぞれ攻撃する」

 

 2体ずつのの妖怪と魔獣がぶつかり合い、互いの獲物が火花を散らす……だが、勝負は最初から見えていた。すぐに牛頭鬼の木槌はマスクド・ヘルレイザーの杖の一撃で持ち主の首ごとへし折られ、その後を追うように業火の巣食う鐘もすぐにデス・ガーディウスの鉤爪によって玩具のようにあっさりと引き裂かれてしまう。

 そして闇のデュエルの厳格なルールは、今度は三沢に対して牙をむく。モンスターたちの激突の衝撃で壁まで吹き飛ばされた三沢がどうにか立ち上がろうとしたところで、今の戦闘中にモンスターが押さえきれなかったダメージがプレイヤーである三沢の脳へと伝わり、その刺激により彼自身が作り出した痛みが全身へと襲い掛かる。

 

「ぐわあああっ!」

 

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー 攻3200→牛頭鬼 攻1700(破壊)

 三沢 LP3000→1500

 仮面魔獣デス・ガーディウス 攻3300→怨念の魂 業火 攻2200(破壊)

 三沢 LP1500→400

 

「ぐ……はあっ……!」

 

 先の戦いでオッドアイズ・グラビティ・ドラゴンの効果により大量にライフコストを支払った時の締め付けるような苦痛とはまるで違う、もっとシンプルで原初的な痛み。このまま痛みに全身をゆだね、意識を手放し全てを諦めてしまえば楽になれるのかもしれない。

 だが、それを許せない責任感が彼にはあった。今回のダークネス戦の作戦の全ては、彼の頭の中にある。鮫島校長には多少話を通しておいたが、それでも細かいところを知るのは自分しかいない。まだやるべきことがある限り、俺が倒れるわけにはいかない。荒い息を吐きながら、全身の痛みから目を逸らして立ち上がる。

 

「さあ、ミスターT……!デュエルを続けるぞ……!」

「ほう、立ち上がるか。だがそれに何の意味がある?お前ももうじき、ダークネスに包まれることになる……ターンエンドだ」

「そんなこと、まだわからない!」

 

 会話から心の闇をこじ開け、そこから侵食を始める。ミスターTの作戦だと頭では理解しつつも、ついカッとなってその言葉に応えてしまう。閉まったと思ったころには、すでに遅かった。淡々としたミスターTの言葉が、獲物を締め付ける毒蛇のごとく三沢に絡みつく。

 

「こうしてお前1人が戦っていても、その戦いを誰が知る?誰も知りはしない、永劫に孤独な戦いだ。誰からも感謝されることもなく、そのあげくすべては失敗してあらゆるものがダークネスに取り込まれる。ならその努力に、一体何の意味があるのかね?」

「だ……黙れ!俺のターン、ドロー!」

 

 自分の心の中に入り込み、わずかなスキマをこじ開けようとするその言葉から必死で耳を逸らし、目の前のデュエルと自らのデッキに全神経を集中させてカードを引く。そんな状態の中、恐らくこれが最後のターンになるであろうこの局面で引いた1枚。それを見た瞬間、三沢の脳はフルスピードで回転を始めた。

 そしてその先に掴んだのは、勝機。いや、それはそう呼ぶにはあまりにもか細く不安定な物だった。しかし他のどのカードでもなく、このカードでなくては引き当てられなかった勝利への可能性が、ほんのわずかにだが生まれたのだ。

 

「俺のフィールドには今、アンデット族の狐トークン2体が存在する。この2体の存在を道標とし、冥界の入口より罪人への迎えが現れる!出でよ……火車!」

 

 確率的にはとても低いと言わざるを得ないその可能性に、三沢は賭ける。信じれば、デッキは答えてくれる。

 そして火車が、現世に招来した。それは、炎に包まれた車輪と共に彼岸より来たる自我を持つ冥界の車。罪人の死体を冥界の底へと持ち去り、その魂を未来永劫成仏することさえ許さない場所へ連れ去っていくと言われる伝説の妖怪である。獲物を見つけたその目が光り、車の前面にかかっていたすだれがおもむろに開く。その奥に広がっていたのは車の内部ではなく、無限に広がり中には何ひとつ存在しない完全な闇。そしてすだれが完全に上がりきると同時に、闇が見る者すべてを引き寄せる強烈な吸引力を放ち出した。明らかにサイズが違う2体の仮面魔獣の姿がねじれ、歪み、手足を振り回しての抵抗虚しくその車内へと……それどころか無差別悩みは本来味方であるはずの狐トークンですらも吸い込んでしまう。

 全ては、ほんの1瞬だった。火車の通った跡には、あれほどたくさんいたはずのモンスターはもはや1体すらも残っていない。ただ1つ、火車のみを残して。

 

「火車の特殊召喚に成功した時、火車以外の全てのモンスターは持ち主のデッキへと戻される。デス・ガーディウスが遺言の仮面を遺す条件はフィールドから墓地に送られること、よってこの方法ならばその効果も封殺される」

「だが、火車は本来自らのアンデット族とコンボで使うべきカード。もともと攻撃力が不定の火車は自身の効果でデッキに戻したアンデット族の数によってその数値が変動するが、お前が召喚条件として用意したのはデッキに戻ることのできないトークン2体。それでは攻撃力は0としかならないはずだ」

 

 火車 攻?→0

 

 そう、ミスターTの言葉は正しい。トークンはあくまでカードとして存在しない以上、デッキに戻るという現象が起こりうるはずもない。つまり火車が自らの効果でデッキバウンスに成功したのは、実質的には悪魔族である仮面魔獣2体だけでしかないのだ。

 だが、三沢の見つけた勝機はそんな浅い言葉では揺らがない。そんなもの、このカードを引いた時にはすでに理解していたのだから。

 

「わかっているさ。だが俺にはまだ、この墓地のカードがある。墓地の魔法カード、シャッフル・リボーンの効果を発動!俺の場の表側表示のカード1枚をデッキに戻すことで、デッキからカードを1枚ドローする。俺が選ぶのは、このリビングデッドの呼び声だ」

 

 土地鋸を蘇生して以降、ずっと何の効果も持たないカードとして場に留まっていたリビングデッドの呼び声。それをたった1枚のカードのみを求めて新たな手札に変換し……道が、開けた。

 

「魔法カード、ガルドスの羽根ペンを発動!」

「何?」

 

 ここで初めて、ミスターTの表情が変わる。それは、疑い。目の前の人間が、何を考えているのかわからないという疑念。このデュエルが始まってから初めて、三沢の思考がミスターTの論理を上回った瞬間だった。

 

「その様子だと解説の必要もなさそうだが、一応宣言させてもらうぞ。ガルドスの羽根ペンは俺の墓地の風属性モンスター2体をデッキに戻し、場のカード1枚を持ち主の手札に戻す。2体のドラグニティを戻し、俺が選ぶのは火車、お前だ!」

 

 翠緑の風が吹き、轟々と燃える火炎の車がまるで燃え尽きたかのように消えていく。地獄の熱気がふっと和らぎ、ついにフィールドには何もなくなった。

 

「火車は、自分フィールドにアンデット族が存在しない限り何の役にも立たないカード。そんなものを手札に抱え、何をするつもりだ?」

「いいや、違うさ。俺がやりたかったのは火車を手札に戻すことじゃない、これで俺のフィールドにモンスターはいなくなった!墓地のトラップ、もののけの巣くう祠の効果を発動!このカードをゲームから除外することで、墓地のアンデット族1体を効果を無効にして特殊召喚する……もう1度黄泉より帰れ、九尾の狐!」

 

 九尾の狐 攻2200

 

「今度こそ最後のバトルだな、ミスターT。九尾の狐でダイレクトアタック、九尾槍!」

 

 再び現世に復活した白面金毛の大妖怪が、尾の一撃を飛ばす。ミスターTの宗元に吸い込まれるように打ち込まれたそれが、その闇の体を串刺しにした。

 

 九尾の狐 攻2200→ミスターT(直接攻撃)

 ミスターT LP900→0

 

 

 

 

 

「よく考えてみるがいい。こうして私を倒したところで、その活躍を誰が知る?勝とうが負けようが誰も知りようがない、誰も見ていない。それでもその戦いを続ける意味があるのかね?」

 

 ライフをすべて失ったミスターTの体が、捨て台詞と共に薄れて消えていく。どうにか撃退に成功した安心感も相まって、考えてはいけないと思いつつもつい思考がミスターTの発言の方へと延びる。誰からも知られない、ならばそこに何の意味があるのか、か。

 

「もうこんな時間か……」

 

 これ以上考えると本格的に危険な方に傾きそうな思考を誤魔化すために壁にかかっていた時計の方を見て、わざわざ小さく口に出してつぶやく。気が付けば、ミスターTとのデュエル開始から30分が経過していた。そろそろ鮫島校長は皆にこの危機を、そしてこれから始まる作戦を伝えることができただろうか。そう思う彼の注意を、床に転がったままのPDFの着信音が引いた。拾い上げて通信相手の名を確認し、通話ボタンを押す。

 

「天上院君、どうし……」

『残念だったね、吹雪だ。今明日香からPDFを借りてね、いつの間に妹のアドレスなんて手に入れていたんだい?もっとお堅いタイプだと思っていたが、なかなか隅に置けないところもあるじゃないか』

「いや、これはセブンスターズの時に……それよりどうしたんですか、俺相手に」

 

 通話相手……天上院吹雪の非常事態とは思えない第一声に、返す言葉も思わず呆れ声になっているのを自覚する。とはいえ当の本人も本気ではなかったらしく、すぐに真面目な表情と声色に切り替えた。

 

『鮫島校長から、今コロッセオで発表があったよ。ダークネスの話は知っていたが、まさかこの学園にここまで深く入り込んでいたとはね。正直、今の段階でもここに全校生徒がいるとは思えない。すでに何十人単位で向こうの世界に引き込まれている、そう考えるのが妥当だろう』

「……すみません、俺の判断が遅れたせいで」

 

 何十人単位、という言葉が、三沢の胸に重くのしかかった。計算に間違いがあったのかダークネスに力を貸す第3者が存在するのかは依然わからないままだが、一足早く手を打つためにこうしてアカデミアに戻ってきたのにもかかわらず後手後手に回らざるを得ず、完全に被害を防ぎきることができなかった後悔に包まれる。

 

『いや、責めているわけじゃない。君がこうして警告してくれたから、まだ無事な生徒もたくさんいるんだ。それよりも君の立てたという作戦だが、その……』

 

 珍しく言いよどむ吹雪に、思わず笑いかける。もっともな反応だ、と思った。俺だってツバインシュタイン博士の下で学んだ次元世界に関する理論や、覇王の異世界で得たこの次元での常識など通用しない様々な知識がなければこんな話、到底信じられるものではなかっただろう。

 

『確かに、光がある限りその裏側には必ず闇もある。それ故にダークネスは不滅で、消し去ることは不可能だ。そのことは、他ならぬダークネスの力に取り込まれていた僕がよくわかっている。となれば、君の言う作戦は確かに奴に対して数少ない有効な対抗手段となり得るだろう。だが、本当にそんなことが可能なのか?』

 

 本当に、そんなことが可能なのか。それは彼自身、この段階に至るまでの間に何度も自分に問いてきたことだった。だが、いや、だからこそ、彼はその返事をすることに迷わない。そう問われて迷いや躊躇いを生じるような段階は、とうの昔に自分の手で通り過ぎたのだから。

 

『……いや、すまないね。君のことを信用していないわけじゃないんだが、そうとられてもおかしくない発言だった。必ずこの作戦、成功させよう。僕たちも陰ながら、できる事がないか探ってみるよ』

「はい、お願いします。では」

 

 通話を切り、再び机に向かう。想定外のスピードのせいで多少計算が狂ってしまっているため、その修正を行わなければならない。気が付けば、心の中のもやもやした気分は消えていた。そうだ、俺のやることにはちゃんとした意味がある。これが、この戦いでの俺の役目だ。

 このタイミングで電話をしてきたということはもしかしたら、あの人は自分の心が揺らぎそうになっていたことを察知していたのかもしれない。ふと、そんな考えが頭をよぎる。一時的にとはいえダークネスの力を手に入れていたあの人ならば、ダークネスがまず自分に手を出そうとしてきたことに気が付けてもおかしくないだろう。だとしてもそれはそれでいいじゃないか、今の会話のおかげで俺は自分の気持ちを新たにすることができたのだから。

 再び猛烈な勢いで、紙の上をペンが走り始めた。




というわけで、これまでにも散々書く書く言っていた妖怪デッキです。直前になっていまだ出していなかった風の属性デッキのことも思い出し、無理に2つを混ぜた結果よくわからないことになりました。
なので妖怪デッキに関してはきちんとしたものをもう1度どこかで書き直してリベンジしたい気持ちもありますが、もうさすがに三沢の出番は作れないんですよね…また何か考えます。
あ、わざわざ羽根ペン挟まなくても最初からシャッフル・リボーンで火車対象にしとけばよかったことには書き終わってから気が付きました。あれ挟まないとただでさえうっすい風属性要素がますます薄くなるしまあいいか、ということで直しませんが。

……どうしよう、なんか凄くネガティブな後書きになってしまった。今ちょっとリアルの関係で私自身精神状態が不安定なので、多分そのせいだと思っておいてください。まあそんなもん表に出すな、と言われると反論のしようもありませんが。

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