もう一度ここから ~ときめき青春高校野球部アナザーストーリー~ 作:たまくろー
「一応学校中に貼り紙を貼ったでやんすが集まるでやんすかねぇ」
声をかけるのも怖いしとりあえず貼り紙作戦に出たらしい。
そりゃそうだ。ときせーはここらじゃ有名なヤンキーの巣窟。
喧嘩や学校の備品を壊したりなんて日常茶飯事。
目をつけられるくらいならやりたいことを我慢してでもおとなしくしてるのがここでの生き方だ。
「にしても荒波君は最近学校に来てないでやんすね〜。 まぁ来てる人も屋上やら校舎裏でサボってるでやんすが」
矢部は授業中先生から貰った名簿に目を通し、野球経験者を絞り出していた。
「中学時代野球部だった人は何人かいるみたいでやんすね。でもやっぱり荒波君には入って欲しいでやんす。 明日は来るでやんすかねぇ~」
そんなこんなで授業が終わり
放課後、矢部は一人河川敷グラウンドへ向かう。
部員が一人なため学校のグラウンドは使わせて貰えないようだ。
「はぁ、一人じゃキャッチボールもできないでやんす。日が暮れるまで河原をランニングでもするでやんす…」
一人走り出す矢部。
河川敷グラウンドと学校を何度も往復し、河原に戻った時、一人の男が目に入った。
「あ、荒波君でやんすか! どーしたんでやんすか! 一緒に野球やってくれるでやんすか!!」
矢部がすぐさま荒波の元に駆け寄って鼻息荒く興奮気味に話す。
荒波は静かに口を開きはじめた。
「お前、野球で俺の事知ってるんだったな」
制服を着崩していかにもっぽい格好をしている荒波。だか矢部の知ってる荒波はこんなではない。
「オイラ荒波君の事は試合で見たでやんす!」
二年前。猪狩守率いるあかつき大付属中学対帝王実業高校中等部との試合。
矢部はスタンドで観戦していた。
7回裏ツーアウトランナー1塁。その日荒波はスタメンではなかった。
ピッチャーは猪狩守。あかつきの4番七井のツーランホームラン、帝王実業は相手のエラーとパスボールで得た1点。2対1で代打荒波の打席。
2ストライクと追い込まれ、誰もが諦めていたその時、荒波は猪狩から逆転サヨナラ2ランを放った。
高校生でも打てなかった中学2年生猪狩守のストレートを土壇場で弾き返したのだ。
その日から荒波は猪狩のライバルとして一目置かれるようになった。
その日の感動が蘇り矢部は荒波に話す。
「あの試合は凄かったでやんす!荒波くんは堅守タイプの選手だと思ってたでやんすがあそこで打つなんて凄いでやんす!」
荒波が何か重い顔をして
「本当にそう思うか?」
と問いかけた。何か訳があるようだ。
矢部はもしかしたらあの試合が野球から離れる原因かもしれないと思った。
「話して欲しいでやんす。荒波君がそんなに悲しい顔をする訳を」
「正直、あの時はすごいと思ったでやんす。でもそれ以降の試合で君を見ることはなかったでやんす。」
荒波はコイツには話せるかもしれない、この矢部なら俺にまとわりつく物を取り去ってくれるかもしれない。意識はせずともそう感じた。
だから…出会って2日目の矢部に、過去の出来事を話始めた。
誰でもいい。誰か俺を縛り付けるうざったい物をとっぱらってくれ!と言わんばかりに
「あのホームラン。まぐれだ。」
矢部は驚きはしたが次を話してくれというかのように俺を黙って見つめる。
「おもいっきり振ったバットがたまたま当たってな、だがお前も知ってのとおりおれはレギュラーではない。守備固め要員だった」
猪狩守の野球人生で初めて浴びたホームランだったらしく猪狩守最大のライバルだの持て囃されやがて大衆もおれに一目置き始めた。
しかし猪狩はその試合で肩を痛めていた。だが猪狩は記者の取材では完璧に打たれたと言った。怪我を理由にするのは己のプライドが許さなかったんだろうな
「そ、それじゃあ…」
矢部は悲しそうな表情を見せる。そして恐る恐る聞いてきた。察しがついたのだろうか。
「おれは造り上げられたヒーローだ。ライバルでもなんでもない。ただ、怪我をした世代筆頭格の投手からホームランを打った。それは嬉しかった、だがおれに待っていたのは喜ばしいものではなかった。」
辺りが暗くなってゆく。
そんな時間を忘れて矢部はどうにか荒波の力になろうとただただ話を聞いた。真相を知りたいという好奇心と、なんとかしたいという言葉では言い表すことが難しい感情が交差する。
実力以上の期待を毎試合背負う。
世間の声に押されおれはレギュラー起用され続けた。
あかつきを下し全国大会に出場した俺達だったが荒波が足を引っ張りながらも準決勝まで進んだ。
「さんしーーん! 猪狩守最大のライバル荒波!三打席連続三振!」
当然の結果だった。
そしてチームは俺のタイムリーエラーが決勝点となり破れた。
「あーあ、いいよなぁライバル君は。あんだけ足引っ張っても試合に出続けてよ~」
「友沢のノーヒットノーランが一瞬にして負け試合だもんなぁ」
試合後、チームメイトからの罵声。全て聞こえていた。
折角手にした全国大会の舞台。
それを贔屓起用の、自分より下手くそな選手に試合をぶっ壊された。
真面目にやってきた奴らからすればたまったもんじゃない。
「やめろ!みっともない!」
利き腕の右手でロッカーをバン!と叩き、友沢がおれをかばう。
「春、おれは気にしていないからな。お前はバッティングに課題はあるが捕球技術はレギュラークラスだ、後一年ある。練習して本物のライバルになれ!」
友沢は気づいていたのかもしれない。あのまぐれを。
ただそんな友沢の優しさが…痛かった。
気遣いが心に刺さった。
それでも友沢の励ましでその場で聞こえる陰口や罵声を浴びつつも、なんとか立ち上がり球場を後にした。
だがその日からおれが野球をする事はなかった。
矢部に全てを話し終わった時荒波は涙を流し崩れ落ちていた。
らしくねぇ。こんなとこ見せんな、ダセェ。
そういった感情を抑えきれずに。
「おれだって、おれだってもっと野球がしたかった!」
でもそんな勇気はなかった。
大事な試合をぶち壊し、チームに不協和音をもたらした。
そんな奴がどんな顔してひょっこり帰ればいい。
どういう気持ちでプレーすればいい。
仮に復帰したとしても今度は作り上げられたライバルという肩書きが、そして猪狩との実力相応のライバルとしての認識が邪魔をするに決まってる。
わからない。どうかんがえても俺が野球なんてやる資格はない。
もう嫌だ。やめてやる…!!
そんな荒波に矢部が近づいてくる。
「オイラ、荒波君のホームランで励まされたでやんす。オイラは足が速いだけで打撃はさっぱりだったでやんす。だけどあのホームランを見てオイラは猛特訓したでやんす!補欠だろうがまぐれだろうが関係ないでやんす!少なくともあの時の荒波君は輝いてたでやんす!オイラのスーパーヒーローでやんす!」
なんとか部員にしたい。そんな気持ちではない。
今度は自分が励ましてあげたい。力になりたい!
その一心で矢部は荒波の肩を手をポンッと置き、
「荒波君が打てなかったらオイラが打つでやんす!荒波君がエラーしたならオイラがカバーするでやんす!一人の弱点は皆で埋める、一人のミスは皆で取り返す、一人で勝てないのならみんなで勝つ!それが野球でやんす!」
その言葉が、俺の胸の奥にズドンッと響いた。
その言葉を聞いて時、不思議とかつての、そして今にも夢で出てくるような迷いやトラウマの事は頭の中にはなかった。
そして夜の河川敷グラウンドで荒波は決意した。
この、ときめき青春高校で本物のヒーローになろうと。