もう一度ここから ~ときめき青春高校野球部アナザーストーリー~   作:たまくろー

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第21話 異変

一回戦、二回戦とコールドゲームで相手校を圧倒し格上相手に下剋上を続ける俺達ときめき青春高校。

その勢いは留まるところを知らず三回戦、雪国高校の粘り強い野球に攻め倦みあと一本が出ずにスコアボードに0を重ねるも九回、矢部くんのヒット、そして盗塁、最後は小山のサヨナラヒットで劇的勝利を納めた。

 

続く準々決勝は対極亜久高校戦。相手もウチと似たような層が薄く最近上がってきた高校なので山口を先発として試してみた。

相手の先発の善斗が制球に苦しみ自滅。

17-4のコールド勝ちとなった。

大量援護を受けた山口は遅球ながらも低めにボールを集め打たせてとるピッチング。

ミヨちゃんの筋トレも効果てきめん。MAX121km/hを記録。

球速は全盛期と比べれば明らかに見劣りするが3ヶ月ちょっとでこの回復力は凄いとしか言いようがない。

少し前まではキャッチャーまでやっと届くくらいだったが

やはり野球センスの塊なのだろうか、右だろうが左だろうが制球がとにかく安定している。

復帰後最長の五回を投げて勝利をもぎ取っがやはり一度打ち込まれた事を心残りにし、すぐさま反省、そして練習に打ち込んでいった。

山口のそういった野球にたいして真摯な向き合い方がきっと完全復活への近道になる筈だ。

 

青葉はここまで3試合、五回コールド2試合を含み計19イニングを投げ無失点。

かなり調子はよさそうだ。

ストレートは球速自体が上がりある程度で低め、内角外角に投げわけられるようになってきている。

あとは急角度で曲がるスライダー。

今大会はこの球がキレキレだ。

ピンチの場面で特に冴え渡る。

これでまだ未完成なんだから恐ろしい。

 

そして打線。

一、二回戦と連続で二桁得点を挙げ攻撃力を昨年と比べ大幅改善したが雪国戦では残塁の多さが目立った。

ウチは器用な打者が多いから鳴沢のような少しだけ動くボールとコントロールで勝負する軟投派には強いが、ストレートと落ちる球などでグイグイ押してくる本格派には弱い傾向がある。

ブンブンと振っていくのが神宮寺、鬼力、稲田そして意外とパンチ力のある矢部くんくらいだしな。

それ以外の殆んどの打者はあまりバットを振らず見ていくタイプだから球威に負けやすい。

ここをどう上手く遣り繰りするかだ。

 

守備に関してはすでに完成してるといえよう。

内野の守備はかなりいいだろう。

みんなミスが少ないだけでなく守備範囲が広い。

茶来の守備は堅実というよりは魅せる守備だ。

イージーミスが少なくはないがとにかく派手で見ている者を魅了する。

対照して小山は堅実だ。無理をしない。ミスをしない。的確な状況判断、申し分ない。

神宮寺も最初はミスが多かったが今大会は改善。夏休みからかなりレベルアップした。

 

外野守備に関しては恐らく大会ナンバーワンだろう。

ときせー自慢の俊足トリオ。

全員がミスを恐れず快速を飛ばしヒットをアウトに、ツーベースヒットをシングルヒットへと変えていった。

お互い守備範囲が広すぎる上に積極的なのでどちらも譲らず激突したこともあった。

試合が終わったあともずっとその事で口喧嘩してたし。

でも次の日は仲直りどころか三人で肩を組んで高笑いし、気合を入れまくり人一倍練習するんだよな。

よくわからんがこの三人がお互いを触発しあい守備力の向上に繋がっている。

 

 

今はこれらがすべてよくマッチしていると思う。

自分達から崩れて行くことがないだけに、心配は要らないだろうが相手に崩される事。

これが一番恐い。

野球というのは一人の選手が相手に絶望感を覚えさせるような事もある。

経験の少ない俺達がいかにそれを乗り切るかだ。

猪狩…。

お前と当たるまでは、、、

絶対に負けられない。

 

 

「、、、よしっ」

選手控え室で瞑想する。

今から行われようとしているのは準決勝。

 

 

ー 公立の雄 ー

 

 

パワフル高校戦だ。

 

 

パワフル高校の近くに古くからあるパワフル商店街をはじめとしそこらで育った男女問わず誰もが野球に触れ、野球と共に様々なものを培ってきた。

 

そんな商店街で育った者の多くが進学するパワフル高校、嘗ては黄金時代を築き唯一あかつき大附属に立ち向かえる相手であった。

部員は今も昔も変わらず全員が地元出身者だ。

生粋のパワフルっ子のみで構成されている。

しかし近年は私立校の台頭や有望中学生の引き抜き、あかつき大附属一強など陽の目を見ることはなく甲子園から遠ざかっている。

それに呼応するように商店街も時代の波に抗えず活気を失い、閉店、移住していくものも増えていった。

 

共生という言葉がピッタリだろう。

商店街の大人達は野球というスポーツを心から愛し自身の子供、幼い少年少女達に推進してきた。

決して強制されることなく野球を続けてきた彼らは、野球を通して様々な物を見てきた。

自分達が幼かったとき、地元の少年野球チームで活躍すると、両親や近所の住人達はまるで自分のことのように喜んでくれた。

そして大人達は『俺達も頑張るぞ』

その姿を見て子供達は別の喜びを分かち合う。

そして高校生となった今、している球技は変わらない。

しかし商店街は変わり果ててしまった。

以前よりお店は減った、引っ越した友達も何人も見てきた、もう大人達は心底疲れはてて野球など考える暇もないほどの財政難に陥っていた。

息子が強豪野球部の誘いを蹴りパワフル高校へと進学するといえば10年前なら飛んで喜んでくれはずなのに、今ではそんなバカを言うんじゃないと叱られる。

なんで喜んでくれないんだ!昔はあんなに、、、。息子はそう思うに違いない。

まだ活気があった頃の商店街を知る最後の世代の彼らにはこの実情を見てきて自然とこういった想いが強くなってゆく。

 

『パワフル高校を復活させることで一度は消えてしまった商店街の活気をいつまでも、消えることなく灯し続けたい』

 

時代の波を航海し続け疲れ果て、自身も変わり果ててしまった大人達と変わりゆく過程を共に見てきた子供達。

時を隔てて想いが再びひとつになった。

年月と、今や高校生となった嘗て野球少年達が気づかせてくれたのだろう。

 

地元民にとってパワフル高校の復活は誰もが渇望しており、近年の不況すらふっ飛ばす希望の星であるということに。

 

 

 

 

 

『行けェーーー!!! パワフル高校!!!!』

『東條くん今日も一発頼むよー!!!!』

『奥居ーー!! 秘密兵器の力、今こそ見せるときだぞー!!!!』

 

 

 

 

 

「すっげぇ人数だな。向こうの応援」

一歩グラウンドへと踏み出すと地鳴りのような声援が耳へと突き刺さる。

力強く大太鼓が叩かれブラスバンドによるこれも大きな音楽が奏でられている。

 

「うお! 向こうチアもめっちゃいるじゃねぇか!」

「ムム! 左の最前列の子かわいいでやんす! いきなり恋の予感でやんす!」

「はあ? お前よく見えんな」

「つーかマネージャー可愛くね?」

「青葉くんはどんな子がタイプなのー?」

「知るかよ」

 

だからと言って気後れはしない。

こっちも話の内容は突っかかるものがあるがリラックスできてるようだ。

パワフルが背負ってきた期待そして重圧。

それらはもちろん理解しているしその中でも毎年ベスト4には入り込むんだ大したもんだ。

でもな。だからってそんなものじゃ俺達に冷や汗1つかかせらんねーぜ。

俺達だって背負ってるモンくれーあるんだ。

悪ガキなりによ。

 

 

両校スターティングメンバーが発表される。

 

先攻 ときめき青春高校

 

一番 センター 矢部

 

 

二番 サード 小山

 

 

三番 ショート 荒波

 

 

四番 ファースト 神宮寺

 

 

五番 キャッチャー 鬼力

 

 

六番 セカンド 茶来

 

 

七番 レフト 三森右

 

 

八番 ライト 三森左

 

 

九番 ピッチャー 青葉

 

 

ウチは前回と一緒だ。

今大会はこの打線で点が取れているし変に弄る必要はないだろう。

 

 

後攻 パワフル高校

 

 

一番 ライト 生木

 

 

二番 セカンド 円谷

 

 

三番 ショート 尾崎

 

 

四番 サード 東條

 

 

五番 ファースト 握里

 

 

六番 レフト 西森

 

 

七番 キャッチャー 原田

 

 

八番 センター 奥居

 

 

九番 ピッチャー 松田

 

 

パワフルもオーダーは変えて来なかったか。

やはり上位打線は要注意だ。

巧守巧打の生木円谷の一二番コンビ。

三番、状況に応じたバッティングとガッツ溢れるプレイでチームを引っ張る尾崎。

五番 右の大砲、巨漢握里

そしてもっとも警戒すべきが四番東條。

スラッとした細身の体型からは想像がつかないほどのパワーヒッター。

それでいてアベレージも残せるもっとも恐い打者だ。

 

一方で投手陣は松田が中心である。

調子のいいときは150km/hをも超える直球を繰り出す豪腕だ。

しかし変化球は殆んど投げない。

なんとなく見た目でもわかるけどな。

その他の主な投手は

一年生の手塚。

今大会はあまり出番はないが中学時代から名をあげたいい投手だ。

しかし悪く言えば投手は松田に頼りきりと言ったところか。

今大会はほぼほぼ松田一人で投げ抜いている。

松田以降の投手となるとレベルがガクッと落ちるのは事実。

公立校にとってはありがち?な悩みかもしれないが主戦投手を一枚しか確立出来ておらず松田がもし崩れた場合にはかなりの痛手となるだろう。

 

 

「おいおい東條~ オメェの予想した通りにときせーと当たっちまったなぁ~」

ベンチで軽い水分補給をするパワフルナイン。

気さくでお調子者の奥居はこうやって試合前にチームメイトに声をかけ、和ませている。

当の本人に全くそのつもりはないようだが。

 

商店街に活気を取り戻すという重圧がある。

しかし彼らにとってそれは言わずもがな。

逐一そういったことを言って鼓舞する必要などない。

ただ己の野球への情熱がそういった結果に繋がると胸に刻んでいる。

 

「ときせーが上がってくることは容易に想定出来た。 奥居、ミスするなよ」

「な、なんだと~!! オイラが趣味の釣りにゲームにラジコンまで封印したんだぞ~!! 」

「功を奏すといいがな、、、。とにかく毎月1日にラジコンパーツの発売日を知らせる為だけに電話してくるのはやめろよ」

「まさかオメェ買ってなかったのか!? 後で後悔しても知らないぜ~?」

 

腕を組み、半分はからかい、もう半分は危惧の意でそう答えた。

 

奥居の努力を認めていない事はない。

下位打線だがパワフル高校のレギュラーを勝ち取ったのは事実。

だが東條が小さな1つのミスを危惧するほど、ときせーのレベルは格段に上がっていた。

 

ときせーの試合を最後に観たのは一年前の帝王戦だ。

あのときの正直な感想は、、、

拙守拙攻。

この一言に尽きる。

だが一年後の現在はどうか、

東條には予測ができない。

お互いのチームカラーや得意分野はまるで違う。

つまりはこういうことだ、

運や流れと言った形の無いものは東條自身、信じたくはない。

だがそのような無形なもので勝利の女神が少しでも傾いてしまうほど実力は均衡している。

 

 

(あいつが戻って来るまであと一ヶ月、、。それまでに俺があいつにできること。それは1つしかない。)

パワフル高校に敗北は許されない。

それはパワフルナインの誰もが胸に刻んでいる。

しかしこの東條は人一倍、並々ならぬ想いで望む。

盟友が帰ってくるまで。

 

あいつの輝かしいこれからの未来を粉々に砕いてしまった罪はどうやっても償うことは出来ない。

そんなことで思い悩んでいてもあいつがそれを望むはずがない。

 

だから

罪滅ぼしとは言わない。

男として、けじめとして

あいつが復帰する時、その時にはあいつが夢見ていた最高の舞台を整える。それが今自分達に出来る、あいつにとっても最高の特効薬。

 

スゥっと目を閉じる。

試合前、こうやって精神統一をするのはもうパワフルナインにとっては周知の東條のルーティーンだ。

 

甲子園まであと二勝。

負けるわけにはいかない。

どんなにカッコ悪い勝ち方でもいいんだ。

やるしかないんだ。

 

 

『整列!!!』

 

 

号令がかかる。

こちらはときせーベンチ。

もうこの雰囲気にも慣れたな。

少しは経験が積めたって事かな。

一年の頃は足がブルブル震えて止まんなかったっつーのに。

 

「只今からときめき青春高校対パワフル高校の試合を始めます。互いに、礼!!!」

 

今は

 

これから始まるであろうバチバチの闘いが楽しみ仕方がない。

 

 

「一回の表、ときめき青春高校の攻撃は 一番 センター矢部くん」

 

 

矢部くんが静かにバッターボックスに入る。

トントンっと軸足を軽く硬め、バットを投手の方へ向ける。

そして一度肩へ乗せ、スタンダードにバットを構える。

相変わらずウチの高校は誰一人応援に来てくれないな…。

こっちの攻撃なのに静まり返ってる。

ちょっと寂しいけど、これはこれでなかなか貴重な体験かもしれない。

 

松田はキャッチャーのサインをじっと見つめ、小さくうなずき、モーションに入る。

腕を大きく引くダイナミックなモーションから放たれる。

 

「うおおおおおお!!!」

 

コースはやや甘いが目が覚めるような直球がミットに収まる。

「ひゃ、150…」

スコアブックを書くボールペンを落としてしまったと共に思わず言葉を漏らすミヨちゃん。

それと同時にパワフル側スタンドからは大歓声が巻き起こる。

「いいねー松田!!」

「キャー!! 松田くーん!!」

 

「おいおい、俺達150km/hなんて打ったことあったっけ?」

「黄色い声援が羨まし… じゃなくて、マシンですら145km/hくらいしか打ったことねーぞ」

神宮寺の問いかけに対し俺がそう返す。

小山は少しムスっとしながらも手を叩き

「大丈夫だよ!! コントロールは甘いみたいだし球種も少ないし、何よりあんなに練習した皆の努力は裏切らないよ!!」

大きな声で、鼓舞する。

それを聞いて皆も思わず笑みをこぼす。

 

「それと春くん、あーゆー声援が欲しかったんだ?」

「い、いやぁ? てかはやくネクストサークル行けって」

 

「…お二人さんまだまだ若いNA」

「まったく、見ていて歯痒いよ」

稲田と山口は何をいってるんだろう?

まあいっか。

そうこうしてるうちにテンポよく放たれた直球が決まり0-2。

「矢部の奴なにやってんだ?」

「らしくねぇな、ファーストストライクもそうだがあいつが2球も見逃すなんてよ」

確かに言えてる。

矢部くんはあんまり粘れる打者ではないが比較的選球眼はよく、甘い球ならガンガンふっていく筈だ。

 

松田が振りかぶり放った三球目、これまたストレート。

 

「… そこだぁぁぁ!でやんす!!」

思い出したかのようにバットを出す。

やや高めに浮いた151km/hのストレートを言葉通りぶっ叩いた。

 

快音と共にいきのいいスタートを切る。

打球は松田の股下を鋭く抜ける。

 

「矢部ー! ナイスバッチ!! 」

俺達は一心に声を上げる。

 

「うおおお!!でやんす!!」

 

雄叫びを上げ、こちらのベンチめがけ拳を掲げる

矢部くん。

「クックック、これでおいらの美技に酔いしれた向こうの応援団の子が…ムフフ…」

どこまでモテたいんだ矢部くん…

とにかく頼りになるぜ!さすがウチのリードオフマン!

 

 

『二番 サード 小山さん』

さあ頼むぜ、この回矢部くんをホームへ還そう。

 

監督は…寝てはいないな。

取り敢えず采配は俺に任されてるし、どうしようか、

まだ初回ノーアウトだし、自由に打ってもさほど問題はないだろう。

すかさずサインを送り、小山も頷く。

 

パワ高バッテリーは矢部くんの盗塁を警戒し牽制球を入れながら2球とも外した後に外角一杯のストレートを打ちに行きファール。これで2-1

 

小山は二番打者の典型だと思う。

特に苦手なコースはなく、選球眼もチーム随一だ。

今大会長打は未だにない。

打率も特別言い訳じゃない。

だがこの粘りこそが小山の最大の持ち味。

簡単には終わらない。

とにかく厳しいコースはファールにする。

これは矢部くんが一塁に居た場合更に真価を発揮する。

ランナーは俊足の矢部くん。一球投じるたびにスタートの素振りを見せる。

バッターは厳しいコースでは勝負させてくれない小山。

ピッチャーとしてはランナーを度外視するわけにはいかない。

対戦するだけで面倒なコンビだ。

そして松田はどんどん追い詰められていく。

変化球を投げては矢部に走られてしまう。

ウエストしていくうちにカウントが悪くなっていく。

直球をコーナーに投げる制球力はあるがファールにされてしまう。

 

カウントは2-2。

松田が左足を上げたその時矢部がついにスタートを切る。

読まれていたか、パワ高バッテリーはボールを外した。

 

「へへ、ざまあみろ!!」

キャッチャー原田はウエストされたボールをきっちり捕球し素早く二塁に送球。

 

 

原田はこの時何を思っただろう。

 

 

『…セーフ!!!』

二塁塁審が大きく両手を広げた。

 

 

松田のクイックは完璧。スタートを読み140km/h台の直球をウエストさせた。

捕球も送球も完璧。

盗塁を阻止するための条件は全て揃っていた。

だがタッチの差でセーフ。

キャッチャーにとってこれ程の屈辱はない。

 

 

矢部は単に足が早いだけじゃない。

単純な直線走だったら三森兄弟の方が僅かに早い。

しかし野球は違う。

走塁では打球を瞬時に判断してスタートを切ること、ベースを通過するときいかに減速しないか。

外野守備では前後左右の瞬発力、打球勘を加えて素早く落下点へ入る事が求められる。

他にもポイントはたくさんあるが

野球における走力。

つまり持ち前の脚力をいかに野球に活かせるかが重要となる。

 

 

盗塁における技術。

投手の癖、モーションを盗み塁間を駆け巡る。

牽制球やウエストだってある。

常にベストなスタートを切る必要がある。

そしていかに減速を小さくスライディングするか。

これらの技術からなる盗塁という一点において矢部の右に出るものはいない。

 

 

一朝一夕に身に付くものではない。

もちろん矢部も例外ではない。

元々備わっていた訳ではない。

対戦相手が決まると相手投手のセットポジションからの投球モーションを録画したものを目に穴が開く程見て研究する。

そして自宅のやや狭い部屋で映像に合わせてスタートを切る練習をする。

途中で熱が入りすぎてしまい大きな棚に飾ってあるフィギュアがバタバタ落ちてしまっては発狂することも多々あった。

何より矢部に備わっていたもの。

それは意欲だ。

自分のアピールポイントを考察し、ひたすら磨いてゆく。

決して物怖じず思いきりのいいスタートを切る。

そういった気概が相手投手の第1動作を盗む技術に繋がる。

 

 

『キンッ』

 

 

ランナー二塁フルカウントとなり

松田が投じたのは外角のストレート。

小山は多少強引に引っ張りセカンドゴロ。

その間に矢部くんは三塁に到達。

 

 

松田の球威に負けてボールの上を叩いてしまってアウトを1つ献上。

だがランナーを三塁に進めた。

これでいいんだ。

これが小山にとっての及第点だ。

 

 

ヒットを打つ必要がない訳ではない。

ただ、凡退しようともランナーを進めること。

それが小山の信条だ。

目立たなくていい。

自分は主役でなくていい。

ただ自分は後ろに控える仲間を信じて、お膳を立てる脇役でいい。

そう小山がそう割りきっている事が

俺達の勝率を格段に上げている。

 

 

『三番 ショート 荒波くん』

 

 

ウグイス嬢のコールと共に打席へと向かう。

さてどうしたものか。

 

 

『スパーーンッ!!』

 

 

1球目はストライク。

149km/hの直球がビシッと決まり0-1

いざ打席に立ってみるとすげぇストレートだ

目の覚めるような、見ていて気持ちいいくらいだぜ。

矢部くんよくあんなきれいに弾き返したな。

 

 

ここまでほぼストレートのごり押し。

松田の調子はいいと見た。

初回にも関わらずこれだけの球速、ストレートの走り、そして頻度がそれを物語っている。

この回はストレートで押してくるだろう。

 

 

「うおっ!」

 

 

2球目はフォーク。

低めから落とされバットが空を切る。

こいつ…ストレートだけじゃねぇ。

大きな落差のフォーク。

そして速い!

 

 

この原田のリードはよくわからねぇな。

なぜこんないいフォークをカウント球で使うんだ?

クソッ、読みずれぇ。

しかしこれで追い込まれた。

ワンアウトで矢部くんが三塁にいる。

犠牲フライも避けたい場面だ。

内野はかなりの前進守備のシフトを敷いている。

俺を打ち取り三塁ランナーを刺すつもりか。

内野ゴロを狙ってくる筈だ。

となると俺が投手だったら一番自信のあるボールで勝負する。

そして一番詰まりやすい、、、

ストレートに賭ける!

 

 

「うおおおおお!!」

テンポよく放たれた三球目。

ストレート来い!いくら速いっつってもさすがにヤマが当たれば俺でも打てる筈だ。

前進守備の分ヒットゾーンは広い!!

 

 

「…くっ!」

 

 

『キンッ!!』

 

タイミングをやや崩されながらもバットに乗っけるように素早く、軽くスイング。

結果は三遊間を破るヒット。

矢部くんは悠々ホームイン。

タイムリーのシングルヒットとなり一点を先制。

危なかった。

いきなり中に入るシュートが来たから一瞬びびっちまったぜ。

何とか左足に体重を残して上手く軸を作れたから良かったがなぜあの球が決め玉だったのか。

威力のあるストレートかもしくはフォークで来ると思ったが

俺は基本リードを読んで打つタイプの打者だけに読みが外れるときついな。こういった特に決め玉を設定しないキャッチャーなら尚更だ。

しかしこれ程の投手ならパワ高でもエースを張れると思うけどこいつが背番号10。

この松田よりレベルの高い投手が控えているというのか?

 

 

『四番 ファースト 神宮寺くん』

立て続けに打たれているが松田の調子はかなりいい筈だ。

頼むぜ神宮寺!

 

汗を拭いロージンバッグに二回、三回と触れ気持ちを落ち着かせる。

サインをじっくり見つめふぅ、一息吐く。

セットポジションに入り足を上げた俺が瞬間スタートを切る!

 

 

「クッ、こいつもかよ! なめんなぁ!!」

 

 

外のやや際どいボール。

俺はすかさずスタートを切る。

初めから画策していたことだ。

神宮寺は盗塁援護の空振り。

原田は素早く二塁へ送球。

 

不安定な立ち上がりから動揺は少なからずある筈だ。

それに俺だって矢部くんには遠く及ばないが

走れない訳じゃねぇんだぜ?

 

 

『…セーフッ!!!』

「よっしゃ!!」

 

 

ベース上で手を叩き喜びを露にする。

にしてもまさか俺に走られるとは思いもしなかっただろうな。

さっきは完全マークを破られ矢部くんの盗塁を許した。

キャッチャーにとっては練習に費やした時間自らが築いてきた努力からなる自信。

それらを土台から崩す程のことだろう。

矢部くんの盗塁のお陰で少なくとも原田は平常心をグラグラ揺さぶられているだろう。

そこでさほど盗塁技術のない俺にも走られる。

かなりの精神的ダメージな筈だ。

 

 

こうやってはた目じゃわからないところで相手を攻め立てる。

俺はこれでいい。

もし何か出来ることがあるなら、それを見つけた瞬間、チャレンジする。

No risk No reward精神で全力を尽くす。

俺に足りなかったもの。

野球技術は全体的に満足できるものではない。

だけどそれ以上に、試合において、自分の精神を自分で支配すること。

とにかく自分を信頼する。

今までの野球人生でなにか今一つのところで止まってしまったのは自分のこれからするであろうプレー。

例えば相手投手のどの球種を狙うか、守備での打球、送球判断など。

これらすべてのプレーに絶対の自信を持てて居なかった。

『いや、こっちのほうが』とか『でも、俺で出来るのか?』などの雑念がどこか頭の片隅から覗いていた。

確信になりきれていない憶測に支配されていた。

結果、プレーに思いきりの良さがなくなり稚拙なプレーに繋がる。

心中に巣食う不安と向き合うのが関の山であった。

だから

勘違いでもいい。

自分が考えに考え見つけ出した一つ一つのプレーを真っ直ぐに信じこむ事。

これが俺には欠如していると気付けたんだ。

 

 

ユニホームについた土埃をパンパンと払いながらときせーベンチを見つめる。

 

 

あいつらが自分の役割を理解し、怖れずそれを全力で全うする姿に気付かせてもらったんだけどな。

 

「おいおい、春って案外走れんだな」

「今のスタートはよかったろ、少なくともお前よりは」

「右に同じくでやんす」

「ああ!?」

「あーわりぃ核心ついちまったか」

「そうでやんすね、オイラの足元にも及ばないでやんす」

「あ? ぶっ飛ばすぞコラァ!!」

「矢部くん達なにしてるのかなー? 試合に集中しなくていいのかなー?」

「あ、はい」

「すんませんでした」

「やんす」

 

なんかクソ暑いのに悪寒が…。

ウチのベンチから凄まじい威圧感が放たれてる気がするけど…嫌な予感がするし見ないでおこう。

うん。俺は何も見ていない。

 

そして神宮寺は内角のストレートに詰まらされるもサード後方に落ちるラッキーなテキサスヒット。

これでワンアウト一三塁となり

五番鬼力はストレートを豪快に救い上げライトへの大飛球。

犠牲フライとなり更に一点を追加し2-0。

六番茶来は粘りを見せるもアウトロー145km/hの直球を見逃し三振。

矢部くんの韋駄天っぷりに初回やや崩れたが松田の投手能力は本物だ。

この二点を大事に、しっかり守っていかねぇとな。

 

 

「松田、気にするなすぐに取り返す」

「おう! すまねぇな東條」

「松田よ~三振にこだわらなくていいんたぜ~!」

「そうっスよ!打たせていきましょう!」

 

パワ高ナインは松田を励まし合う。

すげぇいい雰囲気だな。

強豪校って帝王みたいな厳格なイメージがあるけどこういった結束力がパワフルの強みなのかもな

 

「ときせー、、、か」

「ん? どうかしたのか東條?」

「いや、何でもない」

データチェックは念入りに行った。

過去の公式戦すべてのデータを目に穴が空くほど観た。

俺の予見では

おそらく何らかの不安要素を抱えていたがそんなものを言い訳に出来ない程に鳴沢を打ち崩したこと、コールドゲーム三回と打線はかなりいいようだ。

対して安定した戦力の雪国高校戦では打線が沈黙。

そしてウチの松田から初回二点を奪ったのは予想外だ。

だがこれが大きな遅れをとるかと問われれば、、、

その様なことはない。

 

「お前らミスすんなYO!!」

「青葉、バテたら後ろには俺がいるからな」

 

ベンチ要因二人と非常に層の薄い。

そしてお前たちは1つ、気づいていないことがある。

 

 

 

『一回の裏、パワフル高校の攻撃は 一番 ライト 生木くん』

 

 

誰でもいい、俺の前にランナーを溜めるんだ。

答えがでる。

 

「青葉、要注意だぞ、小柄なやつだけど東條の前にランナーを出すわけにはいかねぇ」

「わかってんよ」

 

前の試合は投げてねぇし今日は行けるとこまでいってもらいたい。

今大会の快投で青葉の評価は上がってきている。

でも有名になればなるほど相手も警戒してくる。

頼むぜ、、、。

 

プレイコールがなされ生木への初球。

内角低めのストレート。

 

『カキィィン!』

 

いきなり振ってきたが一塁線僅かに切れてファール。

いきなり青葉の直球を当ててきたか…。

小柄な体格ながら案外パンチ力あるな。

 

2球目もストレート。

ここは見逃して0-2。

先程と比べて多少甘かったがそれを見送った。

 

追い込んだ。

こうなれば伝家の宝刀が遺憾無く発揮される。

ゆっくりと振りかぶり、しっかりと、鋭く腕を振る。

 

 

『キィィィン』

 

打球は高いバウンドとなり青葉の頭上を綺麗に抜けていく。

すぐに振り返る。

 

「くっ、、、!!」

 

二塁ベース上へ向かってポンポンと跳ねていくボール、

なんとか春が捕球するも神宮寺は両手で×をつくる。

バウンドが高かった為一塁には投げられず記録は内野安打。

 

「今のはしゃーないよ青葉っち! プロでも捌くのは無理だしさ!」

「おう、青葉お前が先頭出すなんて珍しいな、さては緊張してんな~?」

「ちょっとやめなよ神宮寺くん! スライダーが少し甘かっただけだから!」

「とにかく不容易なボールは危険だ、次の円谷はバントもある。俺達全員で守りぬこーぜ!!」

 

しかしホントに珍しいな、、、

勝負に固執して三振を意固地になって狙うような奴ではないし大舞台経験も豊富だ、緊張するようなタマじゃねぇだろうし、、、

 

『二番、 セカンド 円谷くん』

 

にしてもさっきのスライダー、別に甘くはなかったような、、、

元々青葉にとって納得のいく、中学時代に投げていたようなスライダーは未だに完成していない。

だがそれでも容易に打てる球じゃないのは確かだ。

 

 

『ストライーク!! バッターアウト!!!』

、、、考えすぎか。

真っ直ぐ2球に、最後は外に逃げるスライダーで空振り三振に仕留めた。

いつも通りだ。

そう、なんら変わらない、いつもの。

 

 

『三番 ショート 尾崎くん』

要注意バッターの一人、尾崎が右バッターボックスに入る。

ガッツ溢れるプレーと得点圏でも強さが売りだ。

ここで切りたい、この二点は最後まで守りきっておきたい。

 

尾崎に対しての初球、

ここで初めてアウトローえ落ちるカーブを使う。

よし、バットがでた。

 

ガキィ、と鈍い音をたてて、打球はセカンド正面へ。

さすが鬼力に青葉だ。

積極的にブンブン降ってくる尾崎の打ち気を上手く反らした。

 

「へいへーい、ゲッツーもらいー!」

 

茶来がグラブを出しセカンドへ送球

しようというところでボールはぽーんと、跳ね上がり茶来の左肩付近を抜けていった。

 

「なに今の!? 聞いてねーし!」

 

完璧なゲッツーコースがまさかのイレギュラー。

ライトの左京が素早くカバーに入った為ワンアウト一二塁、進塁は最小限におさえた。

だが、、、

 

「つ、ついてねぇYO~」

「むー、青葉くん、ヒット性の当たりは打たれてないのにー」

「まぁ、しゃあないWA!」

「しかし、、、次はあいつだぞ」

 

 

『四番 サード 東條くん』

コールが成された瞬間、大きな歓声が巻き起こる。

その大きな大きな歓声、応援歌、音色は

ときせーナインに重圧をかける。

 

一度タイムを取りマウンドに集まる。

「不運なヒットやイレギュラーはしょうがない、ここだ、東條を打ち取ろう、次の握里なら青葉を打てやしない」

「ああ、お前らがくれた点をここで吐きやしねぇよ」

「おいおい頼むぜ、いつまでも緊張してねぇでいつもみたいにポンポン打ち取ってくれよなー」

「神宮寺くん! そういうこと言わないで!!」

 

 

「、、来たか」

ゆっくりとネクストサークルから打席へと向かう。

そして思った

案外この二点は近くにあったのだな。と

左バッターボックスに入り、軸足を固めて

スゥとバットを構える。

 

青葉は冷静に、一息吐き

そしてセットポジションからの第一球。

 

 

青葉春人

いい投手だ。

ブランク期があるにも関わらず

そんな悔いし過去を忘れさせるほどのレベルだ。

だが生木の打席で少しの疑問があったのではないか?

 

初球はボール、ピクリとも動かず見送った。

 

敢えて投手の嫌がるような見送りかたをしてみたが

さすがにその様な揺さぶりに動じるような投手ではないか。

 

気の抜けない戦い。

その2球目。

大きく割れるカーブ

東條はの肩はピクリとも動かずバットを出す気配がない。

見逃しストライク。

追い込まれた。

 

 

よし、追い込んだ。

セットポジションからの三球目。

追い込んで投げるボールは当然

真ん中低めからボールになるスライダー。

ほぼ横にスライドするような類をみない大きな変化。

勝った。

三振だ。

ときせーナインが、青葉ですらそう思った。

 

しかし東條はバットを出した。

まるで武士が刀を抜いくように

 

さあ、始めよう。

お前の抱いた疑問がなんであるか、修正できるか。

そしてときめき青春高校は今までの傾向を打ち破れるか。

 

 

それがこの試合の分かれ目だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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