もう一度ここから ~ときめき青春高校野球部アナザーストーリー~   作:たまくろー

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ものすごく時間があいてしまいましたが更新していきます。


第22話 錆

二点ビハインドのノーアウト一、二塁のチャンス。

初回とはいえ緊迫した場面。

その場面において一番の緊張、重圧を背負う者は誰か。

渾身の力で球を投じなければならない投手か、

その投手の力を己の頭脳と経験で最大限に引き出さなければならない捕手か、

それとも一つのエラーで得点を与えてしまうかもしれないというプレッシャーを背負う野手か

 

違う。

この試合、世界にひとつだけのこの空間において

一番のプレッシャーを感じているのは打者だ。

大きなチャンス、チームを背負う四番、立ち上がりから失点を許した味方投手を立ち直らせるため、地元の活気復活、そして贖罪。

他の人間には計り知れない程の重い十字架を背負った一人の男は

 

 

地に両足をつけどっしりと構え、誰にも聞かれぬような小さい一息を吐き、一度肩に置いたバットをスゥっと天にかざし

 

 

恐ろしい程に

落ち着いていた。

 

 

彼には見えていた。

投手の強ばる表情を

滴る汗を

野手一人一人の僅かな動き、仕草

試合の呼吸までもが

まるで時間が止まっているなかで

自分だけが自由を許された存在のように

 

 

そして顔色一つ変えずに

観客の声も、声援も音色も、野次までも聞こえ得ないなかで

一心に、己の信念を胸に

バットを振り抜いた。

 

そして彼の耳に入ってきたのは

青葉の生命線、迷いなく打ち取ることのみを考えて投じた白球を

弾き返した音と

 

 

その数秒後に

沸き起こる大歓声

それだけだった。

 

 

 

『いよっっっしゃあああああ!!!!』

『入ったぁぁぁぁ!!!』

『逆転だぁぁぁぁ!!!』

 

 

そして春達もまたその声援に呼び覚まされる

そのような感覚であった。

打球を追う間すら与えられず

まるで金縛りにあっていたような

 

 

そんな一瞬の勝負の後に見た

まださほど荒れていないダイヤモンドを

淡々と回る東條の背中を

ただただ見つめて立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

 

聞こえてくる大歓声、パワフル、東條コール。

一年前の帝王戦以来の経験だ。

しかし今この場にいるときめき青春高校野球部全員が感じたのは

一年前の胃を押し潰されそうなアウェー感とはまた違って

 

 

『この東條という怪物は俺達とは格が違う』

 

 

この言葉が彼らの闘志を支配した。

 

 

そしてその言葉に、先程の打席に一番の影響を受けたのは

 

 

『カキィィン!!!』

 

 

打たれた張本人だ。

いい影響か悪い影響かは

言うまでもないだろう。

 

 

 

「うおおおおお!!!」

 

 

神宮寺、茶来が懸命に飛びつくも

一二塁間を真っ二つに割るヒットを打たれた。

不用意に甘く入った初球のストレートを。

いとも簡単に、火のでるような当たりを。

 

 

「おい青葉! テメー初球から不用意に行き過ぎだろうが!!!」

「てめえ何とか言ったらどうだ!!!」

 

 

味方の呼びかけも耳には入らない。

 

 

鬼力のサインに頷いて、セットポジションについて、ボールを投げた。

ここまでは何の違和感もねぇ。

ボールをリリースした瞬間

感じたんだ。

 

 

『打たれる』と。

 

 

間違いねぇ。

東條が初めてバットを出したあの瞬間

まるで見たこともねぇ別の世界に飲み込まれたみたいに。

 

 

そうこう考えながらも試合は続く。

投げる。いつも通りに。

 

しかしパワフルの攻撃は終わらない。

 

何度か牽制球を交え、渾身のストレートを投じるも西森がうまく腕をたたみ鮮やかにセンター前へ。

 

 

ちくしょう、、、いとも簡単に、、、!!

 

 

 

 

 

 

こちらはパワフル高校ベンチ。

東條が深くに被った帽子の奥から鋭い眼光でマウンド上の青葉を見つめる。

 

そこへお調子者の奥居がネクストバッターズサークルに入る準備をしながら隣に座って気さくに話しかける。

 

「やっぱオマエはすげーよな~ 打ったのはスライダーだろ?」

「ああ。」

「かわいくないやつだな~少しは喜べよ」

やれやれと言ったような顔をしながらバッティンググローブをはめる。

 

これでも東條は奥居に対しては心を許している方だ。これでも。

 

「奥居。大振りするなよ」

「わーかってるつーの!!」

そして信頼もしている。

 

 

頼むぞ。

ここで青葉を叩いておきたい。

降板させられればベストだ。

勝つためにはおまえにも打ってもらわなければならない。

 

 

しかし野球、とりわけ投手というものは不思議なものだ。

打者がバットで投手に直接的に与えられるダメージには限りがある。

しかし間接的なダメージは計り知れない。

それは投手が未熟なほど、勝手に精神的なダメージを感じるだろう。

そんな投手に打線が襲い掛かる。

 

今、丁度崩しにかかる段階だ。

ここでしくじっては、投手が立ち直る可能性もある。

まだ初回。などと思うなよ。

 

 

「奥居、もし追い込まれる前にスライダーが来たときのみ思いっきり振れ。追い込まれていたら死んでも当てろ」

「わかってるっつーの!しっかし、あのスライダーをミートするなんてなかなか難しいぞ?」

 

「出来るさ、今の青葉なら。容易にな。」

 

一度帽子を深くかぶりなおす。

 

 

『スライダーを振り込む事が重要なんだ。』

 

 

 

「奥居、早く行け」

 

そうこうしてる間に七番の原田がフォアボールとなり1死満塁、奥居の打席となる。

 

 

「ったく、せっかくの作戦があんなら一部のやつじゃなくてみんなにも伝えればいいのによお~」

っま、あいつらしいな。

 

 

 

 

 

 

 

「神宮寺! 前にでなくでいい。二塁、一塁でゲッツーを狙おう」

満塁のピンチを迎え、春が指示を送る。

 

 

気合いいれねぇと。

いくらバックを信じたって俺が打たれちゃ意味ねえんだ。

 

振りかぶって投じたのはストレート。

決まって0-1。

 

 

一度ロージンバッグに触れ、気持ちを落ち着かせる。

そして鬼力のサインを見つめる。

 

そこで、今までバッテリーを組んできて初めて、青葉が首を横に小さく振った。

 

お前のリードが気に入らねぇわけじゃねぇ。

ただ今までの打者を見ていると何か違和感を感じるんだ。スライダーに手を出してくるし、当ててくる。

よくわからねぇし、深く考えたくもない。

だからここはリードを変えよう。

スライダーをカウント球にも使おう。

少しなら変化量を調節できる。

インコースのボールからストライクになるスライダーだ。 

仰け反らせてやる!

 

 

鬼力もうなずき、インコースに構える。

 

甘く入ったら八番とはいえまずい。

 

打ち取る!

そう念じて投じた2球目。

 

 

「うお! スライダー!!」

 

奥居は思い切りスイングする。

ボールゾーンからインコースに食い込むスライダーを左足をやや三塁方向に開き巧くバットに乗せ豪快に振り抜いた。

『カキィィン』という快音を残して。

 

 

 

火の出るような鋭いライナー性の打球が襲い掛かる。

 

 

それは瞬時のプレーだった。

 

 

『パシィィン』

 

 

自身が投じた渾身のストレートが鬼力のミットにビシっと収まったときと変わらない音が球場に響き渡る。

 

 

 

「セカンッ! 飛び出してるぞ!!!」

 

 

あまりにも凄まじい威力に体ごと持っていかれそうになったが、

その左手のグラブの中に収まった白球は決して落とさなかった。

 

 

よろけながらもなんとか反転して、二塁に送球。

 

 

ランナーが飛び出しているところに春がセカンドベースカバーに入りきっちりと送球をキャッチ。

 

 

強烈なピッチャーライナーを青葉が好捕。

そのまま飛び出したランナーを刺しダブルプレー。

これで長い一回の攻防が終わる。

 

これから戦い抜かなければならない残りのイニングへ大きな不安を残して。

 

 

「ナイスキャッチ」

「おう」

 

 

少しの言葉を交わし、ベンチへ。

どっかりと座り、帽子をとって大きめのタオルで汗を拭いそのまま頭に覆い被せる。

 

 

何故だ。

何故あいつら、スライダーに悉く手を出して来やがる

当ててきやがる!!

 

そしてスタンドまで持ってきやがった、、、!!!

曲がりか、キレか、球速か、

何が足りない。

全部か、、!!

 

 

ちくしょう、、、。

 

 

青葉は過去の、野球から離れていて、ただやることも生き甲斐もなく脱け殻のようにフラフラと遊び歩っていた時の事を思い出す。

どんどん、後悔のページが次々と頭の中に浮かんでくる

 

 

 

 

俺じゃ通用しねぇのか、、、、!!!

 

 

 

 

「おい、ネクスト行けよ」

神宮寺が声をかける。

ヘルメットとバットを渡して。

 

 

青葉は「ああ」とだけ返しゆっくりとネクストバッターズサークルへ向かう。

 

 

「ったく、のまれてんのかあいつ」

髪の毛を整えながらぼそりと呟く。

 

 

「山口、ちょっといいか?」

春は青葉がネクストバッターズサークルに行ったのを確認してから山口をベンチの奥へ呼ぶ。

 

 

「この状況、、、どう思う?」

不運なヒットとはいえ自慢のスライダーを打たれた。

東絛には完璧に持っていかれた。

そしてそこから明らかに崩れた。

 

 

「まぁ、スライダーを打たれている時点で何かがおかしいのは確かだ。しかし青葉自体が調子が悪いとか、失投だったとかは感じられない。あくまでベンチから見ての感想だがな」

神妙な表情で語る。

 

やはりそうか。

そこは俺も同じ意見だ。

しかし東絛に打たれてからの青葉は明らかに様子が変だ。

ここから先程の回のようにズルズルといかれたらかなりまずい。

早く立ち直って貰いたい。

山口は同じ投手だ。

マウンド上では同じ血が通っている。

だから、少しでも立ち直らせる手がかりになれば、、。

 

 

「投手というのはな、マウンド上では自尊心の固まりのようなものだ。」

エースというポジションは、無理矢理でもこじつけでも、自信満々でマウンドに上がる。自分なら試合を作れる、チームを勝たせてやれるって。

そうでもしないとやっていけない。

 

「自信を持って望んだマウンドで、先制点を上げ流れを作って、さあ、裏を守ってその流れに乗ろうというところで、一振りで逆転された。相手の4番打者に、一番自信のあるボールを完璧に打たれて。」

 

「野手からすれば『それがどうした、すぐに取り返してやる、気にするな、だから立ち直れ』と思うだろう。

はた目から見ればその程度だ。しかし己の自尊心をズタズタにされてケロッとしていられる人間などいない。」

 

 

山口はこう続ける。

 

 

「確かに、まだ初回だからな、、、。

立ち直って貰いたいところだが。

場数は踏んできた青葉がああなるということは、打たれた事実以上にこれから修正していくにあたって確信めいた原因がわからず不安要素が多すぎて状態でもがいているのだろう。」

 

 

それに青葉はイップス経験者と聞く。

イップスはいつだって再発の危険性がある。

やみくもに盛り上げてもかえって彼を苦しめることにもなりかねない。

 

 

「そうか、、。しかしお前の目からしても東絛に打たれるまでの青葉の調子は悪くないってことは、一つは東絛に打たれた事が始まりと考えていいだろうな。あとは相手がやたらとスライダーに手を出してくることか」

 

 

本来なら警戒して見送っくるだろう。

それほどの威力を誇る。

 

 

「次だろうな。次の東絛の打席で抑えることが出来れば、きっと自信を取り戻し立ち直ることが出来る。」

 

 

「しかし青葉のスライダーを初見で完璧に捉えたんだ。簡単にはいかないだろ」

春がそう答えた。

 

 

「それに、、、」

言葉がでかかったところで

山口は一度口ごもる。

 

これは言うべきか、言わないべきか。

 

試合前こそ青葉に精神的負担をかけさすまいと虚勢を張っていたが

準決勝という大舞台だ。情けない話だが後ろには俺しかいない。

相手は強豪のパワフル高校。これは実質完投しなければならないと言われているようなものだ。

 

 

「どうした?山口?」

少し間が空いたので春は一度聞き返す。

 

 

いや、言うのはやめよう。

春にまで不安要素を背負わせてどうする。

とにかく見守るしかないんだ。

 

そうこう考えて、自分に言葉を投げ掛けて落ち着かせていると

 

 

「山口、準備しておいてくれ。」

 

 

正直驚いた。

負けたら終わりの大事な一戦。

かつての、右腕ならこんなことは一切思わない。

抑え込んでやると。

しかし今の変わり果てた自分ならどうなる?

客観的に考えると、、、抑えられるはずがない。

もし、マウンドに上がって、打ちのめされてゲームが音をたてて崩れた時、彼らはどう思うだろう。

一番あとから来た、しかもよそ者に、命を懸けて望んだ試合を壊される。

僕だったら、、投手に対して言わずとも憎しみを持つだろう

 

 

「おーい、山口!聞こえなかったか?」

 

 

こんなへなちょこ左腕が、どうやって自尊心を持ちマウンドに上がればいいのか、こじつけることもできない。

 

 

 

 

 

 

「頼みがある! これは山口にしかできない!」

 

 

 

 

 

 

 

二回表ときせーの攻撃は三森右京から始まったが松田のストレートに力負けし、三者凡退に終わる。

 

 

「くそっ! あのピッチャー乗ってきたな」

「ああ、これからの失点はかなり痛いぞ」

 

 

グラウンドに散る。

ヘルメットとバットを稲田に渡し、青葉も駆け足でマウンドへ向かう。

 

 

この回、二人出さないかぎりは東絛に回らない。

一人ならいいんだ、大丈夫。やれる。

 

 

 

二回の裏、青葉は先頭の松田を三振に切ってとったものの生木が外に逃げるスライダーを見極めフォアボール、円谷が送ってツーアウト、アウトカウントを重ねるも

 

『ボール、フォア!』

外へ逃げるスライダーにアウトローへのストレート

主審の手は一度も上がることなく

続く尾崎にストレートのフォアボールを与えてしまい、東條を迎える。

 

「ちっ」

 

おかしい、調子は悪くないはずだ。

むしろ真っ直ぐは走っているし、スライダーもコントロール出来てる…

なのになぜ見極められる…

 

 

確かに、いつも通りの組み立てで抑えること自体は一応できている。

しかし、パワフル高校の攻撃の要である生木、尾崎、下位であるが奥居、そして東條。

不運な当たりもあったものの、通用していない。

それがなぜだかわからない。

 

 

「青葉君! 気にしないで!」

「ツーアウトツーアウト!」

 

 

小山、春が鼓舞する。

ここは踏ん張ってもらうしかない。

あいつを何としてでも抑えてもらわないと

 

 

『四番 サード 東條君』

 

 

 

一度屈伸をし、右手でツーアウトとバックにジェスチャーを送り、打席の方へ目をやる。

 

 

「青葉春人か、、」

打席に入り、バットを構えぼそりとつぶやく。

 

 

正直、感服している。

あそこまで完璧なホームランを打たれてなお立ち向かってくるか

 

面白い、やはりこうでなくてはな。

 

 

(鬼力、奴はスライダーに山を張ってる可能性があるが基本はストレート待ち、まずはカーブで様子見だ)

 

 

初球のひざ元へ落ちるカーブ、そしてアウトローのストレート、ともにコースギリギリを突きストライク先行、そして追い込んだ。

その後高めの釣り玉をはさみ、1-2。

 

そして四球目のサインは

 

 

(スライダー、、!)

 

 

青葉がこくりと頷く。

 

 

さっきの打席ではボールになりきらなかったスライダーをもっていかれたが今度はそうはいかねえ。

真ん中からインコースに切れ込むスライダーだ。

さすがの東條でも芯でとらえるのは厳しいはずだ。

尻もちをつかせてやる!

 

セットポジションから解き放った、渾身のスライダー。

狙った通り、インコースに切れ込む。

 

 

東條は掲げたバットを振り下ろす。

 

 

よし、手を出した!

あのコースだ、バットに当たったとしても切れる、フェアゾーンに残そうとしたら当然詰まるはずだ。

 

 

『ギンっ』

 

 

鈍い打球音が響く。

 

打ったのはボール一個分外された球威抜群のスライダー。

 

重心を前に崩されながら最後は片手になりながらのスイング。

 

 

「オーライ」

 

ライトの左京が足を止め手を挙げる。

 

 

狙い通りだ。

手を出してくれて助かった。

しかしどんづまりながらだいぶ高く上がったな、、

あのコースを外野のフェアゾーンまで飛ばすかよ

 

 

「!?」

 

一度足を止めた左京が、一歩、二歩後ろに下がる。

そして背走。

 

打球に目を切らさず、素早く追う。

 

高々と上がった打球は勢いこそないもののどんどんと伸びていく。

 

 

「左京君!意外と伸びてるでやんす! もっとうしろでやんす!!」

 

 

センターの矢部が懸命に指示を送る。

 

 

「わーてっるつーの!!!」

 

 

『ガシャン』

 

快足を飛ばした左京はポールすぐそば、フェンス手前1mにさしかかった時、そのまま勢いよくフェンスを駆け上り目一杯手を伸ばす。

 

 

 

 

 

しかし左京のグラブのわずかに上を、高々と上がったどんづまりのフライが、通りすぎる。

 

 

 

そして打球は外野芝生席最前列ににボトリ、と確かに落ちた。

 

「は、入った…」

「詰まらせたよNA?」

 

ベンチで山口と稲田が

 

 

「嘘だろ…」

青葉までもが

 

 

このワンプレーがここにいる全員の度肝を抜いた。

 

 

「よっしゃーーー!!!」

「4点差だぁぁぁ!!!」

 

 

盛り上がるベンチ、応援団。

そんな行け押せムードとは対照に、東條はゆっくりと、淡々とダイヤモンドを周る。

 

 

セカンドベースをまわったとき

 

(ん?東條のユニフォーム、右肩が汚れてる…)

 

春が気づく。

 

(まさか! 倒れ込みながらあのインコースのボール球をスタンドまで運んだのか!?)

 

 

元々東條がすごい奴だということはわかっていた。

それでも、その圧倒的な打撃を前にときせーの誰もが

 

 

 

 

 

『敗北』の二文字を意識せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「東條コノヤロー、お前はなんてやローだ!!」

 

 

ベンチでナインが出迎える。

東條はゆっくりとハイタッチをしベンチに腰をおろす。

 

(危なかった、なんとか切れずに入ってくれたか)

 

 

目を閉じる。

 

 

待っていてくれ。

あと二勝、もう少しだから…!

 

 

 

 

 

 

 

 

『パワフル高校、東條の一振りで突き放します!! 6-2!!』

 

 

とある病院のとある一室。

 

 

ベットの上でラジオに耳を澄ませながら、快晴の空を眺める。

 

 

「さすがだね」

 

そう一言呟くと、コンコンッとドアをノックする。

間髪入れずドアを開ける。

ノックした意味はあったのだろうか。

 

 

「おう、頼まれたもん買ってきたぜ」

「ありがとう、暑かっただろう?」

「なーにたいしたことねぇよ」

 

 

そういうと頭に巻いた手拭いで汗を拭く。

 

 

「あいつ、また打ったみてぇだな」

「ああ。大した奴だよ。松田も調子がいいみたいだし、奥居も急成長、これは期待しちゃうな」

 

 

少しの会話を交わし、プロテインと握力強化トレーニング器を受けとる。

 

「猛田も惜しかったね」

「言うんじゃねぇよ。まだその傷は癒えてねぇよ」

「それはすまなかった。だけどこんなところで終わる気はないだろう?」

「モチロンだ!だからテメェもモタモタしてんじゃねぇよ」

 

もう体も大分よくなってきた。

そろそろ…うずうずしてきたよ。

 

仲間が命を懸けて戦っているというのに、僕は病院でリハビリの毎日。

力になれない苛立ちときたら、僕を何度苦しめたか。

 

 

でも東條。

君が気負うことは一切ないんだ。

まぁ、忠告したところで無意味だろうけどね。

 

 

「リハビリの時間ですよー!」

 

 

「あ、はーい、悪い猛田、ゆっくりしていってもらいたかったのに」

「いいや、俺も行くとこがあっからよ」

「そうか、じゃあまた何かあったら頼むよ」

 

 

待っていてくれ。

必ず帰ってくるから。

 

 

 

「さあ、今日も頑張りましょうね!」

 

 

 

 

 

「鈴本さん!」

 

 

 

 

 

 

 

~1年前~

 

 

『カキィィン』

 

 

快音が鳴り響く。

 

 

「尾崎、いい調子だな」

「ありがとうございます」

 

 

ここはパワフル高校のグラウンド。

ただいま紅白戦の真っ最中。

 

 

稲垣 大介監督が腕を組み、グラウンドを見つめる。

 

大波監督から野球部を引き継いで10数年。

すっかり甲子園から遠ざかってしまった。

 

しかし、今年の一年はいい。

東條、鈴本は怪物だ。

これほどのスラッガーと完成度の高い本格右腕、私の手に余るほどの逸材だ。

 

それに松田に奥居。

この二人もまだ粗削りだがいいセンスをしている。

 

 

この子たちがモノになり、現有戦力とうまく噛み合えば、、、夢ではない。

 

 

「ピピー!!」

 

笛の音が鳴る。

 

「サッカー部の皆さん! 東條君の打席です! 十分注意点してください!」

 

公立校であるパワフル高校はグラウンドを複数の部活と共同使用している。

普段は大丈夫なのだが、東條の打席ではこのように警笛を鳴らす。

怪物じみた飛距離を誇るためである。

 

 

 

「東條、打たせる気はないよ」

「望むところだ、本気で行くぞ」

 

 

切磋琢磨しあう二人の天才。

それに触発され、気合十分な部員達。

この子達に甲子園の土を踏ませてやりたい。

そのためには厳しくいかなくてはならないだろう。

でもお前達ならついてきてくれるよな。

 

 

 

 

 

 

東條、これはシートバッティングとは違う。

やはり試合での君の打席は威圧感が凄まじいよ。

味方でよかったと思う。

だからこそ、そんな君を抑えて君も僕が味方でよかったと思わせたいんだ。

 

 

鈴本、お前は球速、球種の多さ、制球力、どれをとってもずば抜けている。

そんなお前を相手に負けたくないから俺もここまで成長できたと思う。

感謝している。

だから、お前の想いに俺も応えたい!!

 

 

「いくぞ!!!」

「…来いっ!!!」

 

 

鈴本が投じた全力のストレートを、東條は全力で弾き返す。

 

 

 

 

 

その打球は快音ともに唸りをあげ

 

 

 

 

 

鈴本の膝に直撃した。

 

 

「鈴本!!」

 

 

鈍い音を立て倒れ込む鈴本。

駆け寄るチームメイト。

 

 

 

「鈴本!しっかりしろ!!」

「奥居! 救急車だ!!!」

「は、はい!!」

 

 

 

ドクンドクンと心臓の鼓動が突き刺さる。

倒れ込む鈴本が担架で運ばれる。

俺は、俺は何て事を…

目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

「全治一年だそうだ」

病院の待合室で部員全員が受け入れがたい事実を監督の口から知らされた。

 

 

「そんな…あいつがいなきゃ俺達…」

 

 

誰もが認める絶対的エースの故障。

チームに影響がないはずがない。

 

 

「プレー中のことだ、仕方がない。」

監督はそう言うが、いつもの熱血らしさがない。

必死に部員達を落ち着かせようとするが、言葉が見つからない。

 

 

「そうっすよ! 皆さんそんな辛気くさい顔しないでくださいよ!」

「こういうときこそ俺達が頑張らなきゃダメでしょ!!」

 

 

奥居と松田が先輩達を励ます。

一緒にやって来た仲間の無念を俺達が晴らさないでどうするのだと。

 

 

「ああ、そうだな!」

「俺達が元気出さなきゃな!!鈴本はいい奴だから心配させたくねぇよな!」

 

 

「な、だからお前も元気出せよ!」

奥居が東條の肩に手をポンっと置く。

 

 

しかし東條は、、

 

 

「あ、東條! どこ行くんだ!」

 

 

計り知れない罪悪感から

立ち上がり、走って病院を出ていった。

 

 

「奥居、あいつには少し時間が必要かもしれない」

引き留めようとする奥居を監督が止める。

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ」

自分でも思う。

こんなに取り乱したのは初めてだ。

あてもなくただただ走り続ける。

外は昼間とはうってかわってどしゃ降りの雨。

それでも関係ない。

自分がこれから何をすべきかわからない。

自分がしてしまったことの大きさは痛いほどわかるのに。

 

「おい、東條じゃねえか!! 鈴本は大丈夫なのか!?」

噂を聞いて駆けつけた、すれ違う猛田にも気づかず。

 

「お、おい! 待てよ!」

ずぶ濡れの東條を引き留める。

 

「いったいどうしたってんだよ?」

傘を差し出し問いかける。

 

「あいつが、俺のせいで鈴本が…」

「もう、俺はどうしたらいいか…」

 

あいつの、パワフル高校の輝かしい未来を一瞬で奪ってしまった。

責任なんてとれるはずがない。

押し潰されそうになる。

みんなに、あいつに見せる顔も、野球部での居場所も、もうなにもかも…

 

 

「もう俺に野球をやる資格はない…」

 

 

こんな東條は初めて見た。

いつもの冷静沈着ですましてやがる奴とは全く違っていた。

心配ではあるが…イラッときた。

 

 

「詳しい事情はわからねぇけど」

 

 

猛田はすぅと息を吸い込み

「オメェのやるべきことなんてハナから一つしかねぇだろうが!!! あんまらしくねぇとこ見せんじゃねえぞ!!!」

 

「俺にやるべきことなんて、出来ることなんてない…」

気のない返事だ。

猛田はさらに声を張り上げて

 

 

「あーもうじれってぇなぁ!!! お前に出来ることなんて、グラウンドで!!バットで!!ピッチャーをねじ伏せる以外になにがあんだよ!!!」

 

 

「見舞いは改めて行く。テメェは今何をすべきか考えてろ!!」

 

 

そう言い放って、傘とタオルをおいて猛田は引き返す。

事情など知らない。

だけど、そんなお前は見たくない。

野球をやる資格がねぇだぁ?

ふざけんじゃねぇ。

お前を超える事を目指して必死こいて練習してるおれがバカみてぇじゃねぇかよ。

 

 

 

しばらく雨に打たれた。

びしょ濡れになりながら真っ暗な空を眺める。

不思議と自分でも怖いくらい落ち着いていた。

状況は何一つ変わってないのに。

それでも一歩、また一歩歩き始め…

 

 

「じゃあ、また来るからな~」

 

 

病室で身の回りの整理を済まし、一言を声をかけて病室を出る奥居。

 

無理もないけど、元気がなかった。

今度ゲームでも持っていってやるか、などと考えていると

 

びしょ濡れの服。

ヘアゴムは切れ、長い緑髪からポタポタと滴り落ちる。

 

 

奥居は笑顔で

「…行ってやれよ」

 

 

コクリと頷き、病室のドアを静かに開ける。

 

 

「あ、コラー! 廊下を水浸しにして! 拭いてきないさい!」

看護師さんがお怒りの様子。奥居にだけ。

そして雑巾を渡される。

 

 

「ちょ、今オイラの見せ場だったのに~!!」

 

 

病室に入ると、鈴本もベットから上体を起こし

 

 

「東條じゃないか! 皆と一緒に来てくれなかったから少し凹んでたんだぞ!」

 

 

東條が来るといつものにこやかな表情に戻る。

心配かけまいと、空元気なのか。

 

 

正直悔しいよ。二年半しかない高校野球。

皆と野球が出来るかけがえのない時を、一年間無駄にするんだ。

高校に入って、頼もしい先輩達、明るくお調子者な同級生、そして、互いに高めあっていけるライバルに出会えて、最高の仲間達と最高の舞台を目指す最高の時間。

これから味わうであろう栄光、苦難、葛藤。

そのすべてが自分を楽しませ、成長させてくれるはずだった。

だから現実を直視すると、おかしくなりそう。

でも…

 

「鈴本…本当に…」

東條が口を開き、話始めると

 

「やめてよ。」

謝罪なら聞く気はないよ。

僕に謝罪することで東條の気が晴れるのなら素直に聞くべきだと思う。

だけどそれは僕にとってお門違いなんだ。

だって、僕は君を恨んでないし、君のせいで怪我をしたなんて思ってもいない。

 

だから、君に望むことは…

次の言葉、鈴本が願いを伝えようとすると

 

 

「俺は…もっと強くなりたい」

 

 

もっと、もっともっと強くなって、鈴本が経験できなくなってしまった数々の場面を乗り越えて、もっともっと成長して

 

「甲子園の舞台を掴み取る!!!」

 

夜の病室で、大きな声が響く。

高らかに宣言した男の表情に迷いはなかった。

 

「ああ!」

鈴本はニコッと笑った。

 

僕が君に望むこと。

それは僕が戻ってくるまでに

強敵になっていて欲しい。

味方だけど敵。

そう、切磋琢磨しあうライバルとして。

一年間は投げられないんだ。

当然、僕の力は計り知れないまでに衰えてしまうだろう。

今まで積み重ねてきたものが無に帰するかもしれない。

その現実はきっと僕に重くのし掛かるだろう。

でもそんな時

すぐ近くに、かつてとは比べようのない恐ろしいほど強大な力を持ったライバルがいたとしたら…

 

 

全力で追いつきたくなるじゃないか!!

 

 

そして成長した仲間達と甲子園のグラウンドに立つことが

僕にとって最高のモチベーションになるんだ!

 

 

 

二人はそれ以上の言葉は交わさなかった。

夢叶う日は果てしなく遠い。

だが、今日の長い長い一日が

 

 

天才に火を着けた。

 

 

 

 

「あ、東條! オイラに雑巾がけ押し付けやがって!!なに清々しい顔してやがる!!」

「コラ! しっかりやりなさい!!」

「くっそ~!覚えてやがれ!!」

 

 

 

 

それからの東條は死に物狂いで野球に打ち込んだ。

内野の間を破るだけなら来た球をその球速や球種によって強度を調節してスイングすることで対応できる。

しかし本塁打を狙うなら来た球を思い切りスイングしなければならない。

本塁打に必要なのは土台となる筋力とその力を伝えるフォーム。

次にいかに試合状況や相手投手の心理を読み、狙い球を絞り、呼び込むか。

東條には恵まれた肉体はない。

だから野球勘を研ぎ澄ました。

そして血の滲むような努力をし、身体能力の壁を乗り越えて

相手投手の細かい癖、捕手のリード、心理状態を見抜く

並々ならぬ観察眼を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかしオメェよくあんな癖気がついたな~」

「ああ、苦労したがな、映像ではなく実際に見て、確信に変わった」

ベンチから青葉を見つめる。

気持ちが入りすぎているのだろうな。大舞台だ、仕方がない。

本人も、捕手も、誰もが気づいていない。

こちらとしてはラッキーだ。

 

 

 

 

「ストレートとスライダーとで腕の振りが僅かに、そして確かに違うことを」

 

 

 

 

恐らく打たれてはいけないという責任感がトーナメントを勝ち進むごとに強くなり、もっと大きく、鋭く曲げようと無意識的に腕の振りが大きくなっているのだろう。

 

そこで敢えて、ストレートを基本としながらもスライダーを捨てずに狙うことにした。

その方がダメージが大きいからだ。

青葉のスライダーは脅威だが、こちらは来るとわかっている。

これだけでも見極めて四球の確率は格段に上がる。

上位打線ならなんとか捉えることはできている。

 

確かに全投球をこちらの全選手が確実に識別できる訳ではないが、山を張られている球種を軸に一定程度抑えている青葉は大したものだ。

 

だが、こっちもやわじゃない。

なによりスライダーを当てられ、見極められ、強く振り込まれることは青葉も違和感を覚えるはず。

 

その違和感が、何とかしようとする過程が

引き出しの少なさを露呈する。

 

「あの東條ってやつマジやべぇよ」

「プロでもあんな打ち方できねぇだろ」

 

ベンチに腰を降ろす。

(クソッ!)

皆すまねぇ。

試合をぶち壊しちまってる。

スライダーを当てられる、見極められる、持っていかれる…!!

なんて情けねぇ。

 

 

後続を打ち取ったものの、痛い失点。

2回を投げて6失点。

青葉がこんなにも打たれることはチームの士気関わる。

東條の狙い通り大きなダメージとなる。

 

 

「うおっ!?」

頭からバスタオルを被る青葉の首元に、キンキンに冷えたパワリンをピトッとつける。

 

「なにしやがんだ!」

振り返ると

 

「よかった~、元気はあるみたいだね!」

ミヨちゃんだ。

その時青葉は、正直驚いた。

元気がある?当たり前だろーよ、気合いいれてかなきゃ抑えられる訳ねぇだろ。

 

そうか…打たれてうなだれてるように見えてたか。

つくづく情けねぇな。

いや、だせぇ。

 

 

「ありがとなマネージャー、ちょっと吹っ切れたぜ」

「もぉーミヨちゃんって呼んでっていってるでしょー!!」

 

 

2回以降はゼロ行進。

青葉はミヨちゃんの励ましもありヒットを許すもののホームベースは踏ませない。

試合が硬直状態にある。

このままではときせー大ピンチ。

なんとか反撃の糸口を掴みたいが

 

『ストライク! バッターアウト! チェンジ!』

「あぁ~残塁かよ~」

 

試合は5回表。2-6。

左京から始まり、青葉がヒットで出塁するも後続が力強い速球に押され無得点。

 

松田は尻上がりのナイスピッチング。

徐々に変化球も決まり始めときせー打線を封じ込める。

 

「もう一点もやれないぞ!!締まっていこう!!!」

 

春が声を張り上げ、ナインは守備につく。

そしてこの回の先頭は

『四番、サード 東條くん』

来たか。 

これ以上の失点は痛すぎる。

ここが仕掛け時だ!

 

「青葉!」

「ああ、わかってる」

 

『ときめき青春高校、選手の交代をお知らせします。レフトの三森右京くんに変わりまして』

 

 

 

 

 

 

 

『ピッチャー、山口くん』

 

 

 

 

 


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