もう一度ここから ~ときめき青春高校野球部アナザーストーリー~ 作:たまくろー
夏の甲子園大会、予選決勝。
ここ、パワフル市民球場は早朝からチケットの一般販売を開始。そこには長蛇の列が出来ており、チケットも発売開始から15分で完売した。
もちろん彼らのお目当てはー
絶対王者、あかつき大附属。
今ではすっかり人気チームだ。
野球好きのファンも、野球に毛ほどの興味もなかった者も、彼の魅力に惹き付けられてしまう。
常勝軍団の絶対的エース、猪狩守に。
投げては相手打線を圧倒、打っては野手顔負けのパワー、そして言語明瞭なトークに甘いマスク、とにかく人気になるのに必要な要素はすべて揃っていた。
そんな彼にはマスコミも、スカウトも注目する。
どんなに小さな試合でも、勝負が見えているようなカードでも。
だから一部では、あかつき大附属との試合は『公開処刑』と呼ばれている。
特にトーナメントの序盤。実力差が歴然にも関わらず、対戦相手があかつきであるため、記者などがこぞって報道の為の取材を行うため嫌でも目立ってしまう。
そしてその無惨な試合結果も、悪い言い方をすれば、晒されてしまう。
自分達の努力の結晶が、音を立てて崩れていく瞬間を、敗者は地面に這いつくばって味わう事となる。
ファンも、圧倒的な実力差での一方的な試合展開を望み、野球におけるその選民性のようなものを好んでいるのかもしれない。
そして今日の試合が注目を集めている理由はこれだけではない
現メンバーとなり夏、春と甲子園に出場しているあかつき。
そんな野球エリートに対するは…
創部2年目での決勝進出、地元で有名な凶悪ヤンキー校、ときめき青春高校だ。
そんなエリート集団対ならずもの軍団の決戦に、野球ファン以外にも興味、関心が寄せられている。
「みんな、ちょっといいか」
ロッカールームにて。
メンバー発表を終え、輪が解散されようかというところで春が一度声をかける。
「俺一人じゃ此処まで来れなかった、ありがとう」
まさか、新しく作った野球部で、あかつきに挑戦出来るなんて思いもしなかった。
ホントにこいつらがいなかったら…俺は野球なんてやってなかったし、やりがいのない毎日を送っていただろう。
「んだよ急によ」
「いいから聞いてくれ!」
面倒そうに頭をポリポリ掻く神宮寺。
でも…これだけは言っておきたいんだ。
「俺は…このチームが誇らしい」
「俺達はあかつきの奴らみたいなキャリアはないし、あいつら程野球に向き合ってきた訳でもないだろう」
あっちには野球留学してる奴だっている。
それだけ…他のものをかなぐり捨ててでも野球において自分を高められる環境に身をおいて、死ぬ気で練習してきた連中だ。
まともにやったらかなう道理がない。
だけど…
「俺…このチームなら負ける気しないんだ」
俺一人で立ち向かうなんて絶対に無理だった。
そんなの足がガタガタ震えて、逃げ出すにきまってる。
でも今は…共に高めあってきた、共に苦しんできた、共に立ち向かっていった、共に喜びを分かち合ったお前達がいる。
俺みたいなどうしようもない奴に、着いてきてくれたお前たちがいる。
「…勝とう」
その一言に、ときせーナインの表情も引き締まる。
「あたりめーだ」
青葉が
(コクコクッ)
大きく頷く鬼力
「ここまできて負けられっかよ!」
神宮寺が
「俺友達呼んじゃってるしー?だせーとこみせらんねーわ!」
茶来が
「待ち望んだ展開でやんす!」
矢部くんが
「気合バリバリだぜ!」
左京が
「おうよ!やってやんぜ!」
右京が
「猪狩なんか打ちのめしたるWA!」
稲田が
「自分の出来ることをする、それだけだ」
山口が
「みんな頑張ってきたんだからー!」
ミヨちゃんが
そして
「大丈夫。みんな怖じ気づいてなんかいないよ」
小山が
それを聞いて、みんなの表情を見て
俺は笑った。
ふっ、さすが、肝が座ってるな。
俺だって本当は怖いさ。
完膚なきまでに叩きのめされることを想像するとな。
でも…こいつらとなら…。俺達なら!
今はそういう、ワクワクが止まらない。
「…出陣だぁ!!!!」
「「「おう!!!!」」」
「うっわー、人多いわねー」
「みずきちゃーん!聖ちゃーん!!こっちこっち!」
そう言って手招きをするのは、聖タチバナの桐谷翔。
スタンド観客席の場所取りをさせられていたようだ。
「ついに春くん達が上がってきたね」
「まさかここまで勝ち上がるとはねー」
「かなり手強いチームになったな」
かつて、同じ新設野球部同士、初めて戦った相手である。
「僕たちもあそこに立ちたかったね…」
「やめなさいよそういうの、あんたホントに空気読めないわね」
「次こそは私たちが勝つぞ」
聖タチバナは準々決勝で帝王実業に惜敗した。
翔のスリーランでリードする展開も、最終回で蛇島、友沢に打たれ、サヨナラ負けを喫した。
「あんなに完璧に打たれちゃ言い訳のしようもないわよ」
「その割には悔しがっていたではないか」
「ムッ、なによ!あんただって泣きやまなかったでしょう!」
そうこう言い争っていると…
「すいません、隣いいですか?」
「あっ、いいですよー、って友沢!?」
噂をすればなんとやら…。
偶然隣の席になったのは帝王実業の友沢であった。
「なによあんた!嫌がらせ!?」
「ム、なんだいきなりその言い様は」
「うるさい!こっちはあんたの顔見たくないの!あっち行って!」
「まあまあみずきちゃん、他に席空いてないんだからさ」
「そうだぞみずき、グラウンドの外では敵じゃないんだ、助け合いだぞ」
「しょうがないわねー、でも翔くん、席替わって!」
「なんなんだこいつは…」
もう、しょうかないなー、そういって立って席を替わる。
「すまないな、お前達の気に触るようなことをして」
すぐさま詫びを入れる友沢。翔にだが。
「いいよ気にしなくて!みずきちゃんだってそのくらいわかってるから!にしても、友沢くん一人で来たの?」
「ああ、他の奴らはテレビで観るらしい」
「ふむ、わざわざ球場まで見に来るなんて、さすが友沢だな」
「暇だっただけでしょ」
「ちょっと、みずきちゃん!」
「まあ、ときせーのキャプテンとは昔からの付き合いだしな」
「えっ!?春くんと知り合いなんだ!」
「何だ、お前らもあいつを知ってるのか」
「何度が練習試合をした関係だぞ。いつか公式戦でもあたってみたいものだ」
「へーんだ、今度は打たれないんだから」
何だかんだで話が盛り上がる四人。
春…。
お前が、お前達がどれ程力を付けたのか。
そして…呑まれるなよ。
それだけあいつらは…あかつきは格が違う。
今の俺達では歯が立たなかった。
お前達がどこまでやれるか、
そして春、お前がどんな結果を残すのか。
楽しみだ。
そしてグラウンド、あかつき大附属の試合前ノック。
「なんか、淡々とやってるな」
「ああ、こーゆー独特な雰囲気にも慣れてるんだろ」
スタンドは超満員。
一塁側にはあかつきの大応援団。
ときせー側には応援団はいない。
「つーかさすがにチアは欲しくね?」
「同感でやんす!いるといないじゃ大違いでやんす!」
試合前、恒例のトークである。
「おい、見てみろよ」
左京が指差す。
その先には、一塁側ブルペンだ。
「やっぱ猪狩が投げるみてぇだな」
「連投とはいえ決勝だもんな、一番いい奴持ってくるだろ」
猪狩…。
今に見てろよ…。
必ず打ってやる!!
「ラスト!」
ブルペンキャッチャーの掛け声に対し、無言で淡々と投げ込む。
そして控え部員からタオルとドリンクを受け取り一休み。
その視線の先には…
荒波春…。
ここまで来たことを誉めてあげるよ。
でもな、ここから先へは進ませない。
必ず抑え込む!!
あかつきの試合前ノックが終わり、ウグイス嬢による両校のスターティングメンバーが発表される。
『それでは両校のメンバー紹介を行います』
今日は決勝戦。
地方局ではあるが完全生中継で試合が放送される。
それなのに球場にはこれだけの観客。
それだけの舞台ってことか。
『先攻 ときめき青春高校』
『なんと創部二年目、部員11人での決勝進出です!まさにならず者達の逆襲!!』
一番 センター 矢部
『彼が野球部創設の発起人です!俊足を活かしたプレーにも注目!』
二番 サード 小山
『柔らかいグラブ捌きとシュアなバッティングが持ち味の女性内野手です!猪狩相手に力負けせず振って欲しい!』
三番 ショート 荒波
『この荒波、猪狩とは対戦は中学時代に対戦があり、猪狩から唯一ホームランをはなった選手です!!そして今日が三年ぶりの対決!目が離せません!』
四番 ファースト 神宮寺
『ここまで打率.394!巧みなバットコントロールが武器です!』
五番 キャッチャー鬼力
『圧倒的なパワーと強肩を誇ります!リードでもチームを救う影の功労者です!』
六番 セカンド 茶来
『広い守備範囲と華麗なバット捌きが武器です!リズムに乗ると怖い選手です!』
七番 レフト 三森右
『俊足の外野手です!足を活かして猪狩攻略なるか!』
八番 ライト 三森左
『こちらも俊足の外野手!この下位二人のプレーが鍵を握るでしょう』
九番 ピッチャー 青葉
『チームの大黒柱です!彼が絶対王者相手にどこまで踏ん張るか、期待です!』
後攻 あかつき大附属
一番 センター 八嶋
『不動の一番バッターです!ここまで6盗塁!』
二番 セカンド 四条
『あかつき大附属のキャプテンです!堅実な守備とデータに基づいた頭脳明晰なプレー、注目です!』
三番 レフト 七井
『リーチを活かした打撃が武器のスラッガーです!今日も一発でるか!?』
四番 ファースト 三本松
『驚異的なパワーを誇ります!芯に当たればスタンドまで軽々持っていくでしょう!』
五番 キャッチャー二宮
『パワーと確実性を兼ね備えた攻撃的な捕手です!リードにも注目ですね!』
六番 ピッチャー 猪狩
『ご存知、あかつき大附属の絶対的エースの猪狩守!!彼は試合前、荒波にだけは打たせない、そう話していました!』
七番 ライト 九十九
『強肩がウリの外野手です!球際の強さも魅力です!』
八番 ショート 六本木
『達人的な守備で幾度となくチームを救ってきました!』
九番 サード 五十嵐
『彼があかつきの9番打者!!力強い打球を放ちます!』
あかつきのスタメン一人一人がコールされるごとに、スタンドからは拍手と歓声が巻き起こる。
すげえ人気だな、羨ましいくらいだ。
そして四人の審判がホームベースに集まり、整列!と声をかける。
「やってやろうぜ、番狂わせ」
そしてすぅっと息を吸い込み
「いくぞぉー!!!!」
「ときせーーーーファイ!!」
「「「オオォー!!!!!!!」」」
勢いよく、駆けていく。
「自分達の野球、これを忘れるな」
一列になり、キャプテンの四条が一声。
「いくぞ」
「「おう!」」
こちらは淡々と、駆けていく。
そして向かい合う。
三年ぶりにグラウンドで向き合ったある二人は、言葉は交わさず、見ることもなかった。
これから、マウンドと打席で、ぶつかり合うのだから。
『只今から、ときめき青春高校対あかつき大附属の試合を始めます。互いに、礼!!』
互いに負けられない一戦。甲子園を賭けた戦い。
『パワフルテレビをご覧の皆様、大変お待たせ致しました!午後13時。ただいまからあかつき大附属対ときめき青春高校の決勝戦、プレイボールです!』
激闘の火蓋は切って落とされた。
『一回の表、ときめき青春高校の攻撃は、一番センター矢部くん』
「矢部くん頼むぜ!」
「一発かましたれ!!」
「任せるでやんす!!」
格上相手の一戦。
何としてでも先制点を挙げて、リードする展開に持ち込みたい。
そしてそのまま逃げ切り…なんて出来たらベストだ。
ロージンを手に取り、二三度手で弾ませる。
そして無造作にぼふっと落とす。
ふぅと一息ついて、キャッチャーのサインを見つめる。
こくり、と頷く。
両腕を高々と頭上へ。右足を後ろへ。
そして左足を前に出したところでぐっ、と力を溜め込む
右足を踏み出して、少し遅れてグローブと、ムチのようにしなり、スムーズに出てくる左腕。
『ストライーク!!』
初球は外角低めのストレート。
まだサイレンが鳴りやまないなかで、目の覚めるようなミットの音が球場へ響く。
凄いコースだ、さすがの矢部くんも手が出なかった。
キャッチャーの返球を取って、すぐさまじっとサインを見つめる。
お次は外角一杯のカーブ。
矢部くんは果敢にスイングするも打たされてボテボテのショートゴロ。
六本木の軽やかなフィールディングでワンナウト。
ベンチへと戻った矢部くんは
「思ったより腕が遅れて出てくるでやんす、それでいて、あのコース、わかってはいたけど手強いでやんすね…」
「そうか、でも完全にエンジンがかかるまでには叩きたいな」
猪狩といえども初回から完全なパフォーマンスが出来るとは限らない。
だから、なるべくエンジンがかかりきるまでに先制したい。
それに、ランナーを背負わせるだけでもリズムを狂わせられる筈。
とにかくコツコツ行くしかないんだ、今日はそれだけの相手なんだ。
二番の小山に対してもカーブ、ストレートで組み立てる。
粘りを見せるも最後はストレートに振り負けてセカンドゴロに倒れる。
そして、運命の再戦を迎える。
『三番 ショート 荒波くん』
そして俺の名前がコールされると、球場が大歓声、とは違ったいようなざわつきが起こる
『なぁ、荒波ってもしかしてあれか?猪狩から逆転ホームランぶちこんだ奴』
『そーいや中学の時に話題になったな』
『あの頃はすごいいい選手って聞いてたが…まさかこんな野球で野球をやっていたとはな』
やはり野球ファンはかすかにだが、覚えているらしい。
つくづくすげぇよ、お前の相手になるだけでこんな注目されるなんてな。
「さあ春くんの打席だよ!」
「翔くんはしゃぎすぎー」
「翔は荒波の事になると変わるな」
「い、いやだって負けて欲しくないじゃん!他校なのに仲良くしてくれてるし!」
「ふっ、それに関しては俺も同感だな。やはり顔見知りには活躍して欲しいな」
何だかんだで聖タチバナの面々と友沢は試合観戦に熱中。
春…。
いい佇まいになったな。
一年前の夏とは見違える程だ。
俺が、帝王があのグラウンドへ立っていないのは悔しいが
お前がかつてのトラウマを打ち砕く、そんな所も見てみたい。
バッターボックスへ入る。
左足で少し地面を蹴り、軸足を固める。
そして一度肩に乗せたバットを立て、投手の方へ目を向ける。
打つ…。必ず!
あの日のトラウマを終わらせて、始めるんだ、次のステージを!!!
猪狩は俺の事を見て、少し笑みを浮かべた。
さあて。お手並み拝見といこうか。
先頭二人を抑えた。今日の球は走っている。
ツーアウトランナーなし。全力で投じる場面では決してない。
とはいっても、手を抜く訳にはいかない。
キミにだけは、もう打たれる訳にはいかないからね。
「フンッ!!」
『ストライーク!』
「は、速い…!」
思わず声が出てしまった。
球速表示は147キロ。
クッソ、初回でこんな速い球放るのかよ!
どんどんいくよ。着いてこれるか?
すぐさまモーションに入る。
『ストライーク』
くっ、考えさせる暇も与えてくんねぇか…
それにコースがえげつねぇ!
外一杯にあんなストレート放られたらひとたまりもねぇな。
「よし…!追い込んだ」
猪狩も珍しく小さく声をあげる。
そして今度はキャッチャーの返球を受け取ったあと、ロージンに触れ、間を取る。
最後は…これだ!!
「なっ、甘い!!!」
投じられたのは真ん中高めのストレート。
絶好球!そう思った春は力一杯にスイング。
『ストライーク!!バッターアウト!チェンジ!!』
『空振り三振ー!!!猪狩、ストレート3つで荒波をねじ伏せたー!』
しかしバットは空を切り、二宮のミットに収まる。
猪狩は春には目もくれず、ゆっくりとベンチへ戻っていく。
「まじかよ…」
春はバッターボックスに立ち尽くす事しか出来なかった。
今の、確かに甘かった。得意なコースだった。
バットの角度もよかった筈。
「おい君、なにをしているんだね」
審判もすかさず注意する。
はは…こりゃやべぇ奴に目つけられちまったな。
あのコースすら打てる球ではないってことかよ…。
そう思いながらも…
「まだまだこれからだぜ」
そう呟いて、ベンチへと戻っていく。
そりゃいきなり攻略とはいかないよな。
だけど、俺だってまだまだこんなもんじゃないぜ。
まだ負けちゃいねぇ。
次こそは打ってやる!!
「どんまい春くん!切り替えていこ!」
「そうだぜ、守りはきっちりやんねぇとな」
「おう!わかってる!」
前までだったら絶望して、悲観して、諦めていただろう。
だけど今は、よくわかんねぇけど…
燃えてきた。
「おい、お前わざと高めに投げたろ」
こちらはあかつきベンチ。
二宮が猪狩の隣に座り、
「わかってんのか?テメーのこだわりに俺ら付き合わせるつもりか!?」
「何を言っているんだ?打ち取れる確信があったからこそあのコースに投げたんだ」
君にはストレートで押すのがいい。
これはこだわりなんかじゃない。
確かにストレートはボクの一番の球だ。
けどわかったことがある。
奴はボクのストレートにタイミングを合わせる事すら出来ていない。
フフ、気持ちいいよ、思い通りの展開になるのは。
「とにかく!なめてかかんじゃねぇぞ!」
「わかっているさ、ボクがそんな二流のすることなどやる筈がないだろう?」
強気の二人だからこそこうやってお互い思ったことをすぐ口にする。
そうしてお互いの考えを知り、良きバッテリーへと成長した。
バッテリーを組んだ当初はとにかくウマが会わず、喧嘩ばかりしていた。
これで勝ったつもりにはならないから安心しろ。
ボクが欲しているのは
完膚なきまでに君を叩きのめして、あの忌々しい過去に蓋をすることだ!
次も、その次も!最後まで絶対に打たせない!
『一回の裏、あかつき大附属の攻撃は 一番 センター 八嶋くん』
八嶋が左バッターボックスへ入る。
いきなり嫌なやつと対戦だな。
この八嶋はとにかく足が速い。
中学時代、野球に加えてスプリンターとしても活躍していたそうだ。
そして野球の強豪校以外に、陸上部としての誘いが何校からもあったという。
そしてその足を活かすプレーは素晴らしいものがある。
大振りをしない、転がす、あえて詰まらす、といった具合に。
何より…青葉が心配だ。
パワフル戦ではっきりしたこと。
それはストレートとスライダーで腕の振りが僅かに違うこと。
強豪になるとそういったところを見抜き、突いてくる。
そしてもうひとつ。根本的な問題だ。
『キィン』
鋭い打球が三遊間を抜けていく。
外角のストレートを上手く流された。
そう、青葉の弱点とも言える。
『左打者に対して有効な球が少ない事だ』
青葉のスタイダーはとても速く、曲りが大きい。
それは青葉にとって絶対的な球種である。
右打者にはいわゆる外スラ。これがとても有効だ。
急角度で曲がりストライクからボールへ、幾多の空振りを取ってきた。たまに内角のボールからストライクになる球も使える。打者が仰け反り見逃しがとれる球だ。
しかし左打者になると、なかなか使いづらい。
ほぼ真横に曲がるスライダーであり、左打者にとっては外から内へ切り込んでくる。
言ってしまえば、外から内へ入れれば甘いコースになる。
真ん中から体側から曲げれば、見逃せばボールになる。
一流どころの左打者からすれば、腕の振りの違いも相まって打てないボールではないし、手を出さないボールである。
そのため、基本的に外のカーブと、ストレートで勝負することになるが、それだけで抑えられる相手はあかつきにいない。
もちろんスライダーが全く使えないって事はないけど、、対右打者ほど有効な球種では無くなる。
何度も牽制したが、初球を走られてしまう。
鬼力のバズーカのような送球も間一髪、八嶋の足が先にベースに触れた。
二番四条は3球目のストレートにバットを寝せる、三塁線にうまく転がし送りバント成功。ワンナウト3塁となる。
手堅いな。ゲッツーのない場面でも送ってくる。
これが明確な役割分担、あかつきの野球か。
そして次の打者は、東條と並ぶ左のスラッガー
『三番 レフト 七井くん』
苦しいな。
七井は二年生にして高校通算で40本のホームランを放っている。
チャンスでその七井、それに次は驚異的なパワーの三本松、どちらも左だ。
先制点は与えたくない。
軽打も、犠牲フライも、ボテボテの内野ゴロだって許されない。
三振が欲しい…!
「青葉!落ち着いて行け!」
「へいへーい!ねじ伏せちゃってー!」
内野陣からの激励が飛ぶ。
そして打席の七井を睨めつける。
初球は外のカーブ。
打ち気を反らす。
七井はこれを見送る。
二球目。
内のストレート。
『カキィィン』
凄まじい打球音が響く。
全員がボールを目で追う。
ボールはぐんぐんと伸び
『ファール!!!』
「あっっぶねぇ!!」
「てめーしっかり投げろコラァ!!」
ボールはライトポール僅か20センチ右に切れてファール。
さすがあかつきの三番、レベルが高い!
青葉の140キロ半ばの重いストレートを引っ張って、あそこまで持ってきやがった!
インコースは危険すぎる。
かといって七井はアウトコースの球を流してスタンドへ持っていく技術も兼ね備えている。
三振を取れる絶対的な球種は…使えない。
愚策だっか…。
時間はあった。
何故俺は、対策を講じなかったのか。
青葉を、青葉のスライダーを信じすぎていたのかもしれない。
それだけの大投手だが、全能って訳ではない。
わかってた、わかってたのに!
ここに来て彼らの武器の1つである、信頼。
その弊害が生まれ始めていた。
「おい、あいつやばいんやないKAー!?」
動揺する稲田に対し、無言で試合を見つめる山口。
それでも青葉は淡々としている。
いつも通りセットポジションに入り、モーションに入る。
投じたのは、インコース、高さは真ん中。
まずい!!
さっきより高い!
あのコースは持ってかれる!!
勿論七井がこれを見逃す訳がない。
タイミングばっちりで、物凄いスピードでスイング。
しかしバットにボールが当たることはなく、ワンバウンドで鬼力のミットに収まった。
そして鬼力がゆっくりタッチ。
強打者七井を三振に切って取った。
「い、今のって…」
打者の手前で、急角度で、『落ちた』
『ストライーク!!バッターアウト!チェンジ!!』
『青葉!ホームを踏ませない!素晴らしいピッチングです!!』
青葉は続く三本松、そして右打者の二宮をスライダーで三振に切って取った。
ゆっくりとベンチへ。
「青葉!七井と三本松を打ち取った球って…!」
「ああ、お前らには言ってなかったな」
☆
「おい、こりゃなんの真似だ」
前日の事。
「これねー、ミヨちゃんが作ってみたのー!」
部室にて、ミヨちゃんが青葉に手渡したのは
手書きで記された、いくつかの変化球の握り、投げ方ついての冊子だった。
かわいいイラストまでついており、なおかつとても丁寧に記されていた。
体術について精通しているミヨちゃんならではの画期的な練習資料だ。
「色々調べたんだよー!でねー、特にこれなんか青葉くんにぴったりだと思うのー」
嬉しそうに語るミヨちゃん。
その言葉を遮るように
ドンッと壁を拳で殴りつける。
「何の真似だって聞いてんだよ…」
徐々に表情が険しくなっていく。
「ほ、ほら前の試合東條くんに打たれちゃったでしょー?それにー、前から左の人には投げづらそうだったからー」
嬉しそうに資料を渡した時の表情はもうない。
それでも、青葉の力になろうと、
「だからねー、新しい変化球が投げられれば青葉くんはもっと凄いピッチャーになれると思うのー」
他意はない。
ただ…青葉の、チームの為に。
その想いでいっぱいだった。
それを聞いた青葉は
「俺に足りないのは…これじゃねぇ」
「お前…何もわかってねぇよ」
そう言い残して部室を出ていってしまう。
「違うのー!そうじゃなくてミヨちゃんはー」
後を追うように部室を飛び出すも
「ごめん、ごめんね青葉くん」
その目には涙が浮かんでいた。
「クソッ!!!」
河川敷グラウンドにて。
青葉はフェンスに向かって投げ込みをしていた。
「ちくしょう…!!」
わかっていた。
俺のスライダーが上のレベルでは通用してねぇって!
痛てぇ程にわからされた。
腕の振りだって、どうしても緩むし、倒しちまう。
でも俺は…他の変化球を覚えたくねぇ。
それは自分の武器がつかいもんにならなくなったって言われてるみてぇだ。
そうはなりたくねぇ!
このスライダーを覚えんのに死ぬほど努力したんだ。
こんな事でコイツを終わらせられっかよ!!
「あ?テメー何やってんだ?」
そこに通りかかったのは
灰凶高校の鳴沢怜人。
いつものように互いに愛想のない会話をして、鳴沢がその場をたとうとすると
「ちょっと待て、聞きたいことがある」
躊躇いながらも、勇気を出して口にする。
「お前、新しく変化球覚えるとき、どーゆう気分だ?」
鳴沢は立ち止まり、二三秒考える。
「これでもっと強くなれる」
鳴沢の武器は制球力と球種の多さだ。
鳴沢にとって、軸になる絶対的な一つの球種など存在しない。
自分が生き抜くために、活路を見いだしたのが球種の多さだ。
新しく覚えるにあたって、『今までの球はもう使えないから』とか『本当に自分の弱点と向き合えてない』とかの感情は一切沸いてこない。
今の球種じゃ抑えられない。
だから、新しく変化球を覚える。
強くなるために。
これが鳴沢だ。
そこには自分の今までの武器が役に立たない場面があるという悔しさも、その球種へのこだわりもない。
「俺はテメェのお陰で目ぇ醒ましたからな、テメェにも塩送ってやるよ」
鳴沢はわかっていた。青葉の葛藤を。
何せ、あのときせー対パワフル戦を観ていたからだ。
そして青葉が何故打ち込まれたか、それについても熟知していた。
「最後に東條打ち取ったのは野郎が勝手に舞い上がってただけだ」
「テメェの望み通りスライダー磨くのは結構だよ。でもな、新しい球種覚えんのは『逃げ』じゃねぇ」
俺はテメェみたいにバケモンみてぇな変化球はなげらんねぇ。無理だ。
気にいんねぇし、悔しいわ。
でもな、俺には俺のやり方ってもんがある。
別に無理強いはしねぇ。
でもな、俺のやり方を邪道みたいに考えてんならただじゃおかねぇ。
「俺から言えんのはこれだけだ。これで借りはチャラな。首洗って待ってやがれクソピッチャー」
そう言いつつも鳴沢はふっと笑って、ロードワークに戻る。
青葉は暫く考えた。
河川敷グラウンドのマウンドに座り込み、暗くなるまで。
そして何かを思い立ち、立ち上がり、走り出す。
「はぁ…」
散らかった部室を掃除するミヨちゃん。
だめ。気分が上がらない。
青葉くんにとって、スライダーがどういうボールなのかなんて簡単に予想がついたのに。
私…なんてことしちゃったんだろう…。
それでも、あの練習資料を作った。
機械が苦手で、手書きで書いた。
実際に他の高校のピッチャーやプロの選手の映像、打者が空振りした時、どうして振ったのか、なんで当たらなかったのか、とにかく調べあげた。
躊躇いもあった。
去年から、青葉が完璧なスライダーを完成させるために死ぬ気で努力していたことを知っていたから。
スライダーにこだわりがあって、青葉の代名詞であることを知っていたから。
でも、新しい変化球を覚えることを勧めた。
それは…もう青葉が打たれる姿を見たくなかったから。
青葉が三振を奪う、そして小さく吠える。
そして内野のボール回しがあって、最後に青葉にボールが渡って、また鋭い眼光で打者に向かっていく。
その姿が大好きだったから。
バッグの中から手書きの練習資料を取り出す
「もうこれはいらないよね…」
そう言って、何枚にも束ねられた紙を、自らの手で、二つに、少しずつ破っていく。
その時、ばたん!と部室のドアが勢いよく開く。
「ハァハァ…」
そこには息を荒くする青葉の姿が。
「青葉くん!?」
ミヨちゃんはとっさに冊子を自分の後ろに隠す。
少しの静寂が訪れる。
青葉は膝に手を付いて息を整える。
ミヨちゃんがどうしたの?そう聞こうとすると青葉は顔を上げて
「悪かった」
しっかり、真っ直ぐミヨちゃんの目を見て
そして頭を下げた。
「逃げてんのは俺だった。何もわかってねぇのは俺だった。」
去年の夏休みから取り組んできたスライダーの完成。
これは間に合わなかった。
そして、一流どころには通用しなかった。
その事実に直面して、青葉は腹を立てた。
自分に、そして気遣ってくれたマネージャーに。
ガキみたいに不貞腐れて、でも結局それが無意味だってことに気付いた。
「その手に持ってる紙、見せてくれよ」
「教えてくれ、新しい変化球」
「…うん!」
青葉の真っ直ぐな目を見て、
ミヨちゃんは目に涙を浮かべながら
少しだけ亀裂の入った冊子を青葉に手渡した。
青葉は練習資料に目を通す。
数種類の変化球の握り、フォーム、有効なコースとても丁寧に記されていた。
そして最後のページには…
『青葉くんのスライダーは絶対に完成する、誰にも打てないボールになるって、ミヨちゃん信じてるよー!でもたまにはこういう息抜きもしないとねっ!』
「ミヨちゃん、鬼力くん呼んでくるねー!」
その時見せた笑顔は、とても眩しかった。
そして振り返って、部室を出ようとした時、青葉がミヨちゃんの手を掴む。
「えっ!?どうしたの~!?」
「いや、ありがとな…」
礼を言ったあと、口ごもる。
何を言おうとしたのか、その時ミヨちゃんはすぐに勘づいた。
「いいよ、まだ呼んでくれなくても」
いつか、青葉が本当に心から自分に向き合ってくれた時。
その時にはきっと呼んでほしい。
私の名前を。
「決めた」
ミヨちゃんの手を放して、真っ直ぐ目を見る
「えっ?嘘!?ほんとにー!?」
やばい、嘘!?
今!?やばい嬉しい!!
ミヨちゃん今変な顔してないかなー?
だめ、やっぱ顔が緩んじゃうー!!
「これにする!」
そう言って青葉は、練習資料のあるページを指差す。
「待ってまだ心の準備がー!…ってえっ?」
「心の準備?何の話だ?」
だよね…。
こんなに簡単にいくわけないよね。
でもそれだから、
そういう所もやっぱり…
「ミヨちゃんもねーそれがいいと思ってたのー!」
「そうか!じゃあ早速やんぞ!!」
大きな青葉の背中を追いかけるように、後ろから寄り添う。
そして二人で肩を並べてグラウンドへ。
青葉くんがいつかその気になってくれたら。
それでいいから。それまでずっと待ってるから。
今度は違う関係で、こうして二人で歩きたい。
そう思うミヨちゃんであった。
☆
「それで一晩でフォークを覚えたのか、すげぇな!」
「ああ、鬼力もよく捕れるようになってくれたぜ」
春と青葉の会話を聞いて、嬉しそうにニコニコと笑うミヨちゃん。
「青葉、まだまだ甘いコースだったぞ」
的確に助言をするのは山口。
「そっか!フォークならうちには大先生がいるもんな!」
「あ、ああ」
その時青葉の表情が一瞬曇る。
春がどうしたんだ?と聞き返す。
青葉は昨日の事を思い返す。
「だめだ!!腕を外に逃がすように投げるんだ!それにまだ腕の振りが緩んでるぞ!そんなんじゃ空振りは取れない!」
「青葉くんー!もうちょっと腰を捻る感じでやらないと力が伝わらないよー!」
「高い!低めに落とさないと意味がないぞ!やり直し!」
「あいつ、いやあいつら。組んだらやべぇぞ」
あの青葉ですらこんな表情するのか!
ていうかどんだけ猛練習だったんだよ…
まさかあの青葉が悲鳴を挙げるほどの練習だったとは、むしろ見てみたい。
「青葉、まだ5割ってところだ、付け焼き刃だって事を忘れるなよ」
あ、絶対スパルタだわこの人。
そう確信した春であった。
でも一日で覚えさせる指導力はたいしたもんだな。
青葉のセンスにも頭が上がらないぜ。
にしても、これで守りの不安要素が一つの消えた。
「こっちは新兵器見せたんだ、こっからだな」
「ああ、気張ってこーぜ!!」
仲間の助けもあり、進化を遂げたエース。
大丈夫、通用してる。渡り合えてる!!
この調子でとことんしがみついてやる!
「今のはフォークか?」
「ああ、なかなかいい球だったナ」
あかつきベンチで話しているのは四条と七井。
スコアブックを確認している。
「ふっ、データにない隠し球か」
「猪狩、これは思った以上に手強い相手だ、実績がないからって油断するなよ」
猪狩はドリンクを一杯口に含み
「何度も言わせるな、ボクはそんな事はしない」
そう言ってグラウンドへかけていく。
面白い。こうでなくっちゃ楽しくない。
荒波…。いいチームじゃないか。
確かな実力がそこにはあって、勝ち上がってきた勢いが後押ししてる。
『二回の表 ときめき青春高校の攻撃は 四番 ファースト 神宮寺くん』
『さあ、初回のピンチを乗りきって、勢いに乗りたいときめき青春高校!!』
そういうチームとは幾度となく対戦してきた。
そして、叩きのめしてきた。
ボクは好きだ。
『ストライーク!!バッターアウト!』
勢いに乗っているチームを、自らの手で完膚なきまでに抑え込み、絶望の淵に叩き落とすのがな!!!