第1話 私と艦娘 ー出会いー
ここは横須賀鎮守府。
あの悲劇の後、私はしばらく陸上の雑用に勤しむこととなった。仕事は主に各部隊の戦闘報告書をまとめること。あ まり苦しいものでもなかったが、『橙花』で過ごした日々と比べると非常につまらないものであった。
しかし他部隊の戦闘報告書は、実に興味深い。敵は何か、敵に対しどのような攻撃が有効か、我々の敗北原因は何なのか、と細かく記載されている。しかし勝利を報告する書類は今のところ確認していない。
私は軍人として、いつまでもこのような雑用をしているわけにはいかない。しかし闇雲に戦っては無意味だ。地道な研究を続けつつも日々のデスクワークに励んでいた。
私の名は『大波 剛仁郎(おおなみ ごうじろう)』階級は大佐である。以前の戦いで、私の艦『橙花』と僚艦全艦を撃沈させられ、多数の戦死者を出した無能指揮官だ。年は40代といったところ。
私は以前の戦いの対応をひどく後悔している。退艦時のことだ。私情に流され、危うく部下を道連れにするところだった。
『名誉のため死ぬ』
これが美しく聞こえるがどうかは人それぞれだ。しかしあの時点で私に名誉などあったのだろうか。客観的に考えれば『何もできないまま大打撃を食らい、自分はこの艦が好きなのだという理由で自ら死を選ぶ』
これでは名誉を残すどころか、ただの恥残しである。
私は決めた。『橙花』の沈没、部下たちの死を無駄にしないためにも、そしてこれからの犠牲者を一人でも減らすためにも、必ず敵の撃滅に貢献することを。それを果たすまでは決して死なない、生き延びるということだ。
私は横須賀鎮守府の情報管理室で、敵の目撃情報等の報告をまとめてみる。
敵の名は『深海棲艦』
どこからともなく出現するため、奴らの本拠地は海底のほうにあるのでは、と推測させてつけられた名前だ。
太平洋を中心に海域、空域を制圧し、人類を大陸ごとに分断してしまっている。よって海外への海上、航空輸送共に成功はまず無理だ。アメリカやヨーロッパ諸国も迎撃を行っているが戦果はない。
さらに日本では石油、食糧等の輸入が止まっている。これでは戦うどころか、生き延びることも時間の問題だ。一刻も早く物資輸送のための海域だけでも奪還せねばならない。
厄介なのは奴らの大きさと機動性だ。大きいものでも大型トラックほどしかなく、かつ40ノットという高速で航行する。これは地上の速度で時速約80㎞弱だ。追尾ミサイルは当てられないということでもないが、奴らの数が多すぎて対応ができない。
目撃情報が少しある人型の深海棲艦は、約2、3mの超小型な上、戦艦の火力と走行を持っているとされる。なかには空母の機能を持つ艦もいるとのことだ。
現在の『橙花』のような大型艦にこのような小型の敵を多数撃滅することは不可能だ。まず深海棲艦と同じ土俵に立とうとするなら…
「大波大佐!」
と考えてたところで、ノックの音と共に情報管理室のドアの向こうで誰かが私の名を呼んだ。
「誰だ。入れ」
「伝令です、ここで結構であります!大波剛仁郎大佐、至急横須賀鎮守府司令長官室に出頭せよ!繰り返します!至急横須賀鎮守府司令長官室に出頭せよ!以上であります!」
新兵と思われる若々しき声が情報管理室のドアを挟んで聞こえた。私以外の人も使用する情報管理室の前で大声で私を呼ぶのはどうかとも思うが、私以外に人はいないので黙認しておこう。
「了解した。伝令ご苦労」
「失礼しました!」
しかし何故わざわざ伝令を送ったのか。放送で呼び出せるものを…
私は重い腰を上げる。私が司令長官にお世話になる原因を作った記憶はないが、やはり『橙花』を沈めてしまったことか。
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司令長官室のドアの前に立つ。先ほどの情報管理室のドアとは違い、両開きの大きなドアが立ちはだかっている。ドアをノックする。
「大波剛仁郎大佐であります!」
「入れ」
「失礼します」
右側のドアを開けて部屋に入る。
目の前には大きな机と老人がいる。この老人こそ、我が横須賀鎮守府司令長官の餅川(もちかわ)大将殿である。
餅川大将は非常に優秀な司令官であり、多くの人々から尊敬されていると聞いたことがある。
そんな司令長官がわざわざ私に何の用であるのか…
「しばらく暇だったろ。まだまだ君には働いてもらわねばな。重要な仕事を与えよう」
「ありがとうございます」
「突然だが君にはこの日本の運命を左右させる秘密兵器を扱ってもらう。これは極秘任務だ」
「秘密兵器…ですか…?」
「君は深海棲艦に似た兵器が必要だろうと考えているだろう?」
「は!深海棲艦と同等に戦うためには必要不可欠なものであると考えています」
「それを君に託そう」
「深海棲艦を…ですか?」
「いや、見た目は深海棲艦と全く別物だ。しかし生まれは同じだと考えられる。実はこの頃確認された生命体で、まだ研究なのだ」
「……」
「詳細をここで話すことはできない。君を第一艦隊司令長官に任命。二階級特進で中将へ昇格。兵器の詳しいことは『横須賀鎮守府第一艦隊司令部庁舎』で直接見てくれ」
大将殿は机上の地図を指差す。
「第一艦隊ですか⁉︎」
ただスラスラと話を進める大将殿に私はなかなかついていけない。
「そうだ。いずれ第一艦隊が深海棲艦を殲滅するメインの艦隊となるのだからな。大幅な人員の変更を行った。よし、君に第一艦隊の司令」
ここで私の声が中将の声を遮る。
「待ってください。もう少し考えさせてください」
「…何故だ」
「そのような重要な役割が私でいいのでありますか。私はこの前の戦いで『橙花』と乗組員を無駄死ににさせています」
「君以上に優秀な士官は皆死んだ。君は経験も豊富で、私が最も期待する人物だ。……考える時間くらいは与えてやろう。しかし明日までには決めろ。以上だ」
「ありがとうございます。失礼します」
私はそそくさと部屋を出た。
妙に興奮していた。第一艦隊司令長官に任命されることよりも、我々人類に希望の光が見えたということだ。
「ふんっ、断りやがって…」
気がつくとドアの向かいに一人髭を生やした男がいる。
「なんだ貴様か、『逵馬』」
こいつの名は『重長 逵馬(しげなが きば)』少佐。以前『橙花』の副長を務めていた私の親しい友人だ。人前では階級で呼び合うが、普段は名前で呼び合うような仲だ。
「俺は副司令官を頼まれた。二階級特進もあるし、地位と仕事が貰えるならと遠慮はしなかったが…何故お前は断った」
鋭い目で私を見る。
「断ったつもりはない。どういう兵器なのか見てから決めるつもりだ」
「なら今からでも第一艦隊司令部庁舎に行こう。俺も見てみたいのだ」
「まぁ、いいだろう」
私は廊下の窓から外を見る。横須賀鎮守府庁舎から約100mほど離れたところに見える赤煉瓦の建物。あれが第一艦隊司令部庁舎であるらしい。
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仕事のない士官に、送り迎えの車などない。私と逵馬はまるで散歩でもしているかのように赤煉瓦の建物に向かって歩いていた。
正面の門を衛兵二人が警備している。私たちは身分証明書を衛兵に提示すると、
「ご苦労様であります!」
と敬礼した。
私は軽く会釈し、逵馬と共に門の中へと入っていった。
目の前にそびえ立つ赤煉瓦の建物。それは旧呉鎮守府庁舎を連想させるような建物であり、第一艦隊司令部庁舎と呼ぶに十分相応しい建造物であった。
この建物の中から一人、私たちに向かって走ってくる人影が見えた。影はとても小さく、私も逵馬も見覚えがなかった。はっきりと見えた時、私は我が目を疑った。
少女であった。
ピンクっぽい色のピッグテール、そしてセーラー服を身にまとった間違いなく少女であった。
ポカンとしているうちに、少女は私たちの元に駆け寄りニッコリと挨拶した。
「お帰りなさいませ。ご主人様♪」
さっそく堪忍袋の尾が切れた。
「貴様っ‼︎誰の許しで侵入したのかっ!失せろ!失せやがれ‼︎」
「ひゃう!」
私の怒鳴り声は少女を吹き飛ばす。
第一艦隊司令部庁舎はもとより、そもそも海軍の施設内に少女がいることがおかしい。私は我を失い日頃のストレスも重なって大声で怒鳴り散らした。
「おい、子供相手にムキになんじゃねぇよ剛仁郎」
落ち着いて逵馬が私を取り押さえる。
門の警備をしていた衛兵の一人もまた騒ぎを聞きつけ駆けつけた。
「おい貴様!いくら大佐であろうと小さな女の子に暴力なんて!」
この声でやっと私は正気に戻った。
「はっ、あっ、いやっ、すまぬ、すまぬ!怪我はないか⁉︎」
「いてて…」
すぐに少女に駆け寄る。
少女は頭をかきながら、ゆっくり体を起こした。
「俺の友人が面倒なことしてすまんな。大丈夫か」
逵馬は少女の目線の高さに合わせてしゃがんだが、少女は俯いたまま頭をかいていた。
「だっ大丈夫ですっ。衛兵さん、もう大丈夫です」
「ほんとか?異常があったらすぐに俺たちを呼べ。いいな」
衛兵も少し心配そうではあったが、少女がそう言うのならと門の警備に戻っていった。私を少し睨んでいたが。
「それよりも…ご主人様がここの新しい司令官、大波剛仁郎大佐ですね?」
少女はバッと顔を上げ、私に向けた。大きくパッチリとした目で私を見つめた。
ただでさえ暑苦しい男たちの鎮守府で暮らしていたせいで、こういうのには慣れてない。この歳で…
少女は私の返答も聞かず、今度は逵馬の方を向いた。
「で、ご主人様のお友達様が重長逵馬少佐ですね。横須賀鎮守府の一番上のご主人様に話はお伺いしております」
鎮守府の1番上のご主人様とは餅川大将殿のことだろうか。
「あぁ、そうだが」
逵馬は慣れているのか、さらっと答えた。
「それで、お前は何者だ?何故俺たちの名前を知ってる?」
逵馬がついでに尋ねる。
すると少女はスカートについた砂を手で払いながら立ち上がった。そしてすごい満面の笑みで少女は私たちに向かってビシッと敬礼した。
「これからお世話になります!特型駆逐艦、綾波型九番艦の漣(さざなみ)です!ご主人様♪」
私たちはまたポカンとして、目を点にした。
私たちはこの時、思いもよらなかった。
この少女こそが昔の艦艇の魂を受け継ぐ者。
そして人類に残された秘密兵器。
『艦娘』であることを。