第3話 見舞いの朧
大きなカーテンの隙間から朝日が差し込む。
光が私の顔を照らし、私は長い眠りから覚めた…ような気がする。
「……いてて」
まだ腹がキリキリ痛む。
そういえば潮に撃たれたんだ。
あれから気を失ってずっと眠っていたようだが…
私はベッドの上に寝ていた。ズボンはそのままだったが、上半身は制服を脱がされ包帯でぐるぐる巻きにされていた。雑だとも思ったが、誰がやったのか。
体をゆっくり起こす。
ふと周りを見渡すが、潮も漣も逵馬もいない。
しかし見知らぬ娘が1人、ベッドの横に置かれた椅子の上でスースー寝ている。茶髪の少女は漣や潮と同じ制服を着ており同型艦らしい。
まずこの娘に事情を聞いたらよさそうだ。太ももをチョンチョンとつついてみる。
「……スー………うー……うぅ?」
よかった。
またびっくりさせてしまうかなと思っていたが普通に起きてくれた。
「えーっと、君は誰かな?」
とりあえず名前を聞いてみる。
その娘は私の顔をぼーっと眺めるとはっと思い出して喋り出す。
「あっとえーっと、あたし、綾波型駆逐艦7番艦の朧(おぼろ)っていいます。えっと、朧寝ちゃってましたか」
朧は照れくさそうにニコッと笑う。
「うん、よろしく朧。…で、あれから私はどうなったの?漣たちは?」
朧はさっきの笑顔から少し申し訳なさそうな顔になる。
「あぁ…うん…提督は全身痣だらけの状態でたぶんしばらく動くことができないと思います。すみません、こうなることはなんとなく予測できたのに」
ペコッと頭を下げる。
「あぁっ!いいって!私と漣が悪いから!」
「本当にすみません」
私は慌てて朧の顔を上げさせる。まだ朧は申し訳なさそうな顔で目を逸らす。始めの笑顔とはうらはらに暗い顔になる。
「だって…この鎮守府初の殉職者出すところでしたから…」
体が凍りつく。え…殉職者?
「提督は12.7cm連装砲の発煙弾食らったんですよ?いくら貫通力が無くても威力は恐ろしいくらいにありますから…」
あぁ…あれはやっぱり12.7cm連装砲だったか。見た目は小さかったが威力は同等なようだ。
しかし12.7cm砲を食らったら人間なんて木っ端微塵だ。なぜ私はこんな痣程度で済んだか。
「包帯は朧が巻きました。救急箱一式持ってますから怪我とかの対応も朧がします…朧も演習でよく怪我しちゃって…」
よく見ると朧の頬にも絆創膏が付いている。私を重傷へと追い込む駆逐艦の一撃も朧にとっては絆創膏程度の傷かと考えると駆逐艦娘の恐ろしさが分かる。
「あと漣と潮と逵馬提督は曙(あけぼの)から説教を受けています。たぶん…今も…」
「曙って?」
「あっ提督はまだ会ってなかったですね。曙も綾波型駆逐艦の娘で、私、曙、漣、潮で第七駆逐隊を編成しています。曙のことは本人から自己紹介してもらってください」
「そうか…」
曙か。これで漣たち第七駆逐隊の全員を知ることになるが。
そういえばあれほどまでの大事故を起こしておきながらベッドの横には朧しかいない。潮の叫び声を聞かれたら、やっぱりまずかったのではないか。
「朧。潮の叫び声はみんな聞いたか?」
「はい。よく響いてましたよ」
「私のこと、なんか言われなかったか?」
「えーっと、『さっそくやらかしやがったな』とか『ヘンタイ提督』との声がチラホラ」
あー…やっぱりやっちまってたか。
まだ会っていない艦娘たちに会う前から信頼を失ってしまったのか。
「提督、落ち込む必要はないですよ」
朧は苦笑いする。
「もともと提督のような軍人さんが朧たちのような小さい娘たちの相手をして、ヘンタイと呼ばれないほうが難しいですよ。それにヘンタイと呼ばれたからって嫌われるわけじゃなくてむしろいい方ですよ」
「そ…そうなのか」
予想外のことを言われ驚く。
ヘンタイと呼ばれる男がいても大丈夫とは、なんて艦娘は心が広いんだ。いや、もしかしたら前世が艦艇であったがためかもしれない。
「でも…みんな初めて会う軍人にはやっぱりどう対応したら分からなくて…それで初期秘書艦の漣と朧たち第七駆逐隊がまず提督にご挨拶に来たんですよ」
「漣が…初期秘書艦なのか…」
「あの娘わりとしっかり者ですよ?」
あいつの悪ふざけのせいでこうなったのだが…
ドアの外からドタドタ走ってくる音が聞こえる。
「ほら、噂すればやっぱり…」
ドアがガラッと開く。
だが突然突きつけるキツイその目は漣ではなかった。
「このクソ提督‼︎」
突然の暴言が私に突き刺さる。
今最大限の怒りが胸の奥から湧き上がってきたが怒鳴ることもできないこの体のため、あっという間に冷めていった。
代わりに私の目つきだけは少しキツくなる。
「漣かと思ったら曙だった。ほら、自己紹介して」
朧は曙の態度を全く気にせず自己紹介するよう促したが、曙も腰にあてた手を下ろしすんなりそれに従った。
「クソ提督の指揮下に入りました。綾波型8番艦の曙(あけぼの)です」
しっかり直立し自己紹介をしながらもその目は私を見下していた。
曙はとても長い紫色の髪を右で縛ってサイドテールにしている。縛ったところは大きな花の飾りと鈴をつけ、とてもおしゃれをしている。
しかし見た目の幼さとは反対にこの艦娘が口にする言葉はトゲばかりだ。
「初日で潮に砲撃で殺されかけたとかマヌケね。まぁ潮も潮だけど。あんたはここの新しい司令長官だってね。そんな調子で大丈夫かしら?」
潮に殺されかけた事実があるからこそ私は曙に言い返すことができなかった。曙の言う通り、私は『クソ提督』と呼ばれるのが相応しい。
奥歯を噛み締めながら私は曙を見上げるしかなかった。
「提督。曙はツンデレですからね。本当は潮の砲撃に耐えられた提督を強いくてすごいなんて思っちゃってます」
「朧!余計なこと言うな!」
朧の発言に目を尖らせる曙。
対して朧はニヤついた顔で曙を見る。
「否定はしないね」
「うっさい!」
顔を真っ赤にした曙が腕をブンブン振り回し朧を追い払う。
朧は曙の攻撃を避けるように後ろに下がると軽く私に耳打ちする。
「でも駆逐艦の砲撃で死なななかったのは本当にすごいことですから。自慢にしてもいいですからね」
「うーん、そうか…」
駆逐艦の砲撃を食らったら自慢できるか死ぬかの2択だったのかと思うと怖い。
上官とはいえ曙にもあまり歯向かえる気がしなくなった。
しかしこれで駆逐艦レベルだとしたら…
「朧…ここには巡洋艦や戦艦もいるのか?」
「はい!他にも空母とか潜水艦とかいろいろいらっしゃいます。特に空母にはベテラン空母や最新鋭空母もいますからね。あとでお見舞いついでにこの鎮守府の艦娘たちを紹介するつもりです」
となるとさっきのようなことがまたあれば私の体はもたないな…
「あっ、でも駆逐艦のトップは朧ですからね!第七駆逐隊の他の娘には負けません!いつでも頼りにしてください!」
「ありがとうな。よろしく頼むよ」
「了解です!」
ニコニコ笑う朧の横で曙は腕を組みそっぽを向いてまだふんっとした顔をしている。
「そんな提督に朗報よ。横須賀鎮守府総司令長官の餅川大将が今日の昼頃に視察に来るそうだわ」
「はっ⁉︎」
壁掛けの時計を見る。
針は7時半過ぎを指す。
「時間があまりないじゃないか!」
「『大波大佐、重長少佐は第一艦隊司令部司令長官および副司令官に就任するかの決意をはっきりとさせよ』とのことよ。昨日撃たれて大怪我を負ったこともすでに餅川大将には連絡済み。私は工廠で正座で反省させてるあのクソ提督にも連絡してくるから」
曙はそう言うとドアを開けっ放しにしたままどこかへ走り去ってしまった。
「…で、どうします?提督」
朧は苦笑いで尋ねる。
見学初日で駆逐艦の砲撃を喰らい重傷。そして潮の叫び声はこの施設中の艦娘たちにもれなく聞かれるほどの大声だった。砲撃を喰らって怪我したならともかく餅川大将殿にこの大声を聞かれて何か言われないことはない。
『橙花』元艦長としてこんな感じで大丈夫なはずがない。きっと失望されるだろう。死んでいった仲間にも申し訳ないくらいの情け無さだ。
どんどん落ち込んでいく私の横で朧がだんだん心配そうになって覗き込む。
「提督…今回の事件の非は漣と潮にあります。総司令長官さんもそのあたり知ってるはずですし…そこまで悩む必要は…」
「いや、私が悪い。あの場面でキッパリ言い出せず、変な流れに持っていってしまった私が悪い。そもそも君たち艦娘をナメてたところもある。あれほどの力を出せるとは思わなかった…」
「でも提督。そんなに落ち込んでも…」
「ドア開きっぱやし。失礼するで」
突然赤い服を着た少女が部屋を覗き込む。ちょうど朧がベッドに膝を乗せ、私に顔を近づけたところだった。
「おう、お取込み中やったか。こら失礼しやした」
すすーっとその少女は下がろうとしたが朧が止めた。
「ちょっと待って!…ください」
朧はすぐにその少女の元に駆け寄る。
「この際だから他の艦娘にも協力してもらいます」
「ちょ、ちょっと待てや!ウチはちょっち偵察に来ただけやで!罰ゲームかいな!」
ドアの影になって見えないが大声が聞こえた後、朧はズルズルと赤い服の少女を引っ張ってきた。その少女は嫌々そうな顔はしながらも朧に流され、しょうがないなぁといったように部屋に入ってきた。
少女が身につけている赤い服は朧たちが着ている制服とは全く違う物だ。特に持ち物は無さそうだか、頭のサイバーぽい物が気になる。明らかに艦の何かを模したように見える。
「すまないな…突然…」
「朧がこう真面目にウチを引っ張るし、キミになんか……あ……提督さんに、なんかお困りごとがあらっしゃったら、なんか、私も、手伝い、まする…」
私の顔を見ると同時に関西弁からカタコトな標準語へと喋り方が変わった。あぁ、初対面だからか。
「喋り方は気にせんでいい。私も自分の失態でこうなったわけだ。礼儀はいらん。いつも通りの調子で自己紹介してくれ」
ちょっと困惑しながらその少女はベッドの前までそろりそろり近づいてくる。
「えっと、ええんか?」
ただ偵察に来ただけなのに突然自己紹介を求められるのだ。困惑もするはずだ。その少女はとりあえずといったように頭のサイバーらしき物を指差した。
「実際はこんな艦橋した航空母艦。龍驤(りゅうじょう)や。小型空母やけど、この鎮守府の中では1番お古や。ま、よろしゅうな」
「あぁ。よろしくな」
「もう帰ってええか?」
なんだかこの変な空気から早く逃げたいと思っているようだ。それもそうだ。ここには朧と上半身包帯だけしか巻いてない私だけだ。まさか初めて会う上官にこんな形で挨拶することになるとは思わなかっただろう。私もちゃんと怪我が治って制服をちゃんと着た状態で挨拶がしたい。
「龍驤さん、ダメです。これから提督の『第一艦隊司令長官』としての威厳を回復してもらうべく、手伝ってもらいます」
帰ろうとする龍驤の腕を朧が掴んで帰そうとしない。
「なんやそれ罰ゲームやん。そもそも『第一艦隊司令長官』としてまだ仕事とかやっとらんでしょ。威厳回復っつったってあの事件だけでそんなに尊敬消えるもんやあらへんよー」
真面目な朧は私のためにどうにか餅川大将殿に働きかけようと決心してるようで龍驤の声が耳に入ってないらしい。
真面目な朧は私のために頑張ろうとしている。秘書艦らしいが秘書艦は漣だ。漣にはこれぐらいの働きっぷりを見習ってほしい。
だがそもそも『第一艦隊司令長官』の威厳の回復とはどういうことなのか。まぁ難しいことだろう。本当は私だけでどうにかせねばならぬ問題だが朧はかなりやる気になっているので止めれそうにもない。
「提督に空母の力を見せつけれるチャンスだと思ってください」
「いや…戦闘もないのにどうやって見せつけるんや…」
「心配しないでください。龍驤さんの艦載機を使用した面白い考えがあります」
朧はニヤッと笑う。
私にはまた嫌な予感しかしない。