ちょくちょく、祥のお母さんと一緒に買い物に行くお姉ちゃん達が話していた事、だったと思う。
「本当に、一時はどうなるかと思ったけど」
「大丈夫よ、あの男子供好きだし、普段の言動で誤解されがちだけど、線引きには厳しいし」
「だからこそ、無自覚死にたがりだったんだろうけどねぇ。この期に及んでも、まだ本郷と一文字の事で後悔しまくってるって言うし」
「それは仕方がないでしょう? 彼の立場から言えば、あの二人犯罪被害者なんですもの」
何の話をしているのか良く判らなかったけど、お姉ちゃん達が見ていたのは、カウンターの向こうでコーヒーを入れつつ笑っている祥の父ちゃんだった。
Monologue by Taiga Kagami
01. 201X年3月11日、午後
一番広く日当たりの良い部屋が、滝家の居間兼ダイニングだ。
少ない時で六、七人、多ければ一四、五人が集まるこの部屋の、造り付けの棚の上には、一輪差しと一つの写真立てが飾られている。
そこに写っているのは、この家の家長と一〇人の二〇代半ばから後半ぐらいの男達だ。
彼らが、世に『伝説』と呼ばれる一〇人ライダー達であり、この写真はあの二〇数年前の『バダン戦役』の時に唯一全員揃った際に撮った、素顔で写った一枚っきりの写真である。
この写真に、滝家の長男は必ず食事を供え、それを下げて食べている。
『仮面ライダー』の肩書を担ぐ事になって二週間。世間はその間に、卒業シーズンを迎えていた。
火神大我は、体育館の設備点検で部活が休みになったのを利用して《S.A.U.L》で活動についての研修を終えた後、小学二年生以来かれこれ一〇年振りに、滝家を訪れた。
学業もとい、バスケットボールを優先したいと希望を出した大我に対し、周囲が名前を登録し第二級警戒時のみ出動要請が出ると言う形で登録するよう勧めた。高校生ライダーは、灰崎祥吾以外皆そうしているし、大学に進む面子も殆ど継続している。
滝家へは、以前はそれこそ週三日は泊りに来ていたが、父の海外転勤に付いて行きそこでの事件によって一種の記憶障害に苛まれていた大我は、以来ずっとこの家を訪れた事が無かったのだ。
今日は、連休で祥吾が、また大学進学で黛千尋、福井健介の二人が戻って来ている事を聞いて、懐かしくなった大我が、久方振りに滝家を訪れたのだ。
因みに、レイヴ@黒子はと言うと、黒子テツヤから布教されたマジバのバニラシェイクに嵌り込み、某社から進呈されたシェイク無料券百枚綴りを握って出掛けている。
何故かそのまま黒子を宿主に定めたレイヴと、黒子とは何時の間にか協定が出来上がったようで、ネットの使用を助ける――回線名義などを貸してやる事になったらしい――以外は基本黒子の生活を邪魔しない事になっているらしい。
相棒と怪人の二人連れを案じつつも、大我は駅三つ先の懐かしい家へと向かった。
高層マンションのエントランスに設置されている、各部屋へのインターフォンの中から滝家の物を押すと、一瞬おいて返事があった。
今日は自宅にいたらしい滝海斗に、歓迎の言葉を貰った大我は、そのままエレベーターに乗って最上階へ向かった。ここの全フロアが、滝家となっているのだ。
玄関から入って、ちょっと長めの廊下を歩いて突き当たりのドアを開くと、そこがリビングダイニングだ。
一〇年前と、殆ど変わらない室内を見回した大我は、棚の上の写真立てと一輪差しとに気が付いた。
あれはまだ、幼稚園に通っていた頃の事だ。
大我は『祥ちゃんのお父さん』が、棚の上にお菓子やおかずをおいて、少ししてから下ろして食べているのを何度も見た。
それで棚の上が気になり、ある日、居間に誰もいないのを良い事に、よじ登って見てみようとしたのだ。
ところが、元々精々耐荷重二キロ少々だった棚は、幼稚園児でも大柄な彼の体重に耐えられずあっさりと棚板が外れ、大我は足場にしたソファーに転げ落ち写真立てと一輪差しとは床に落ちた。
ガッシャンッと大きな音を立てて、割れた陶器とガラスの破片が床に散らばった。
当然、大きな音に隣の書斎で仕事をしていた、『祥ちゃんのお父さん』が慌てて飛び出して来た。
だが、『祥ちゃんのお父さん』は怒るより先に大我に動かないよう言うと、掃除機を取って来て破片を全て吸わせて花を別の花瓶に挿すと、壊れてしまった写真立てから写真を取り出した。
その間に、徹子と芽衣子の二人のお姉さんから叱られ小さくなっていた大我の頭を撫でると、写真を見せてこう笑った。
「これは、おじさんの友達の写真なんだ。
遠くに出掛けて中々帰って来ない人の為に、食べ物を供える事を『影膳』と言うんだ。
おじさんの友達も、遠くに行っていて中々帰って来ないからね。彼らが旅先から無事に帰って来れるようにって、願掛けしていたんだ。
これで納得したか?」
その言葉に頷いた大我を、『祥ちゃんのお父さん』は笑って撫でてくれたのだ。
一〇年振りに見た写真は、明るい部屋に置かれていた為か、記憶より色が薄くなった様子だった。
だが、思わず手に取って見た大我は、以前は思いもしなかった事に気が付いた。
「いらっしゃい、大我。もう少しでアップルパイが出来るよ」
「あ、海斗兄ちゃん、皆は?」
「千尋と健介は、新しい服や雑貨を買いに行ったよ。祥吾は、コアボイルダーの定期整備でガレージに行ってる。
他の皆も、それぞれの理由で出てるけど、後一時間もすれば帰って来ると思うけど、どうしたの?」
手を拭きながら、居間に移動して来た三つ上の『兄』に、大我は手に持つ写真立てを差し出しこう言った。
「海斗兄ちゃん、若い頃のおじさんに似て来たな、です」
「そりゃあ、親子だもの」
「で、こっちの帽子被った小柄な人、空兄ちゃんそっくりだな、ですっと」
「え?」
『弟』の言葉に、海斗は改めて写真を覗き込んだ。
記憶を探って、その人物の名前を引っ張り出すと、海斗はこう伝えた。
「ああ、この人は一文字隼人さん。
父さんを挟んで反対側に写っている本郷猛さんと二人して、一〇人の中でも付き合いが長かったそうだよ。
それと、父さんの口ぶりじゃ、この人が一番の友達だったみたいだったよ?」
「はあ。あ、一文字と言う事は、空兄ちゃんのお父さん?」
「え? ああ、うん、そうだね」
「そっか、お父さんかあ。どおりで、兄ちゃんにじゃれてる時の空兄ちゃんと同じ顔してら」
「そうかな?」
「え、気付いてなかったの、兄ちゃん。この顔、空兄ちゃんそっくりだぜ?」
そう笑って、大我は写真を指差した。
写真の中のその人は、横に並んだ親友が大好きだと、身体全体で示そうとするように笑顔で抱き付いていた。
牛乳が足りないと言う事で、お使いを申し出た大我が手近なコンビニへ行こうと歩いているところ、ブツブツ呟きつつ歩いている黒子テツヤ@レイヴを見掛けた。
察するところ、シェイクを多く飲む為歩いて消化を促しているのだろう――恐らく、歩く体力を提供しているのはレイヴの方だ――姿を見掛け、大我は頭を掻いていた。
取り敢えず、こんなところまでシェイクを求めてほっつき歩いている二人?を呼び止めようとしたその時だった。
大我の斜め前を、五十代ぐらいの女性が歩いていたのだが、その彼女を見るからに異形が襲ったのだ。
大我は、それが何かはよく覚えていなかったが『未確認生命体』である事は解った。あの島で見掛けたどれとも違う空気のそれは、三体一組で女性を襲うや、その女性の体に次々と飛び込んだのだ。
あっと思う間に異形は消え、女性はそのままアスファルトの上に倒れた。慌てて駆け寄り、大我が抱き上げるとその女性の袖口からザラッと砂が溢れた。
「火神君!」
『おい、何だ今の奴は!』
「黒子、レイヴ!」
二人?が駆け寄って来るが、急に何かに驚いたように足を止めた。
えっと大我が思ったその背後に、それは現れた。
ファーンっと、甲高い電子音風の汽笛を立てて空中から現れた列車が、大我の背後で停車した。
振り返って、思わず固まった大我の視線の先に、朱い狼を思わせる未確認生命体《イマジン》と二十歳位の青年が降りて来た。
その青年は、大我にとって兄貴分の一人であり、《仮面ライダー電王》である香山閃だった。
弟分と、その友人+αにちょっと眉を顰めたものの、相棒である朱い狼に促され閃はカード状のものを、気を失っている女性の額に翳した。そのカードの表面に、1971/11/11と言う数字が浮かび上がった。
「1971年11月11日? こりゃ、随分昔に飛びやがったな」
『閃、急いで追わなければ。四〇年近く昔ではないか、これだけ時代が離れていると、どんな影響が出るか判らないぞ』
「判ってる。大我、すまないがその人をあそこのベンチに寝かせてやってくれ。この人はイマジンの被害者だ。俺達は、これから追跡パスを利用して追い掛ける」
焦げ茶の癖っ毛を掻き混ぜ、閃は女性を抱える弟分にこう言うと、
それを見送ろうとした大我は、その二人が乗ったのとは別の昇降口から『時の列車』に乗り込もうとしている黒子@レイヴに気付いた。慌てて見付けたベンチに女性を寝かせると、大我も二人?を追って列車に駆け込んだ。
これが、気が遠くなるほど長い一日の始まりになるなど、火神大我にも黒子テツヤにも知る由も無かったのである。
っくしょい!
「うわ、滝さんばっちいよ!」
「お、悪い悪い、どうも何処かの誰かが噂してやがったみたいでよ」
小さな喫茶店のテーブル席で、二十歳そこそこに見える茶髪の軽いウェーブの入った髪型の青年に向かって、滝和也は小さく拝む仕草をした。
青年の方は、「タブレットに唾飛ばさないで下さいよ」と言いつつ、字面ほどは嫌がる様子もなく画面を見ている。
その二人に、カフェ・オ・レのカップを見た目不機嫌そうな青年が運んで来た。
「おう、秋山、悪いな」
「……ウェイターに何言っている」
ウェイターの男は居心地悪そうにそう言うと、そそくさと奥に引っ込んでしまった。
「照れなくていいのになあ」
滝のぼやきに、思わず向かいの青年が吹き出してしまう。
「何だよ、キドシン」
「いやいや」
(あのツンデレにそう言う事言うの、滝さんだけだよ)
タブレットPCで顔を隠しながら、城戸真司は笑っていた。
そんな姿を、ガッツリカウンターから秋山蓮に見られ、さり気なく借金を増やされていたりもしたが。
頭を掻きつつ、滝和也は目の前の青年の集めてきたデータを眺める。
「しっかし、そのミラモンって奴が、人間を攫って鏡の中に引き込んで食ってるってなあ。
俺も、実物見るまでは信じられなかったが」
滝の言葉に、城戸真司は居住まいを正す。
「俺からすれば、滝さんの方がびっくりですよ。
カードデッキ無しで変身して、俺達と一緒にミラーワールドの中に入ったんですから」
「悪いな、これに関しては、俺も手探りでな。
鏡の中に入れたのは、あくまでもお前さんに掴ってたからだと思うがな」
そう言いながら、滝は薄いショルダーバッグを持ち上げて見せる。
その中には、真っ青で玩具めいた一丁の銃が収められている。銃と言って良いのか、滝自身は悩んでいるが。
何しろマガジンは無く、銃身にカードホルダーのようなものがあり、一応光線銃のように使う事が出来るが、こいつのメインの機能はどうやら何時の間に現れたカードで、何かをする事らしいのだ。
今出来る事は、強化服らしいものを着込む事ぐらいだが、白紙(ブランク)のカードが何枚か手元にあるところから、何か別の事が出来る様子なのだ。
尤も、銃弾の補充が望めない現状、SPIRITSガン・ソードを温存する意味で滝はありがたくこの怪しい銃型ガジェット――ディエンドドライバーを活用させて貰っている。
滝和也がディエンドドライバーを手に入れたのは、事故現場に出現した裂け目――あの、時空破断装置による傷を通り抜けた先にあった、SHOCKERによく似たデザインの姿をした戦闘員がうろつく奇妙な研究室である。完成直後だったのか、起動実験の真っただ中だったのだ。
取り敢えず、そこにいた連中――所謂科学班という連中らしく、戦闘員としては成人男性よりやや強い程度(注意、滝和也視点)の白い戦闘員――を蹴散らし、そのガジェットを掴んで逃げたのだ。
敵の追跡を振り切ろうと闇雲に走り回り、気が付いた時には何処とも知れない街角に立ち尽くしていたのだ。
そうこうしているうちに、ガス欠――本当はプラグがおかしくなっていたのだが――でミニバイクを押していた城戸真司と行き会い、そのままミラーモンスターとこの世界の《仮面ライダー》とに関わる事になったのだ。
犯罪者や悪徳弁護士に駄目刑事がライダーを名乗る上に、変身する目的が誰かの安全や平和を守る、ではなく自身の欲の為と聞いて、頭が痛かったのは言うまでもない。
いや、本気で「お前ら怪人じゃねーか、ライダー名乗るな」と、滝は思ったものだ。
そんな中、「人を助けたい」という城戸と、恋人に新たな命を与えたいと言う秋山に興味を持ち、彼らと行動を共にするようになったのだ。
勿論、天然お人好しとツンツンデレ極少に手を焼いたのは言うまでもない。
だが、これでも天然浮世離れとお人好しの皮被った頑固者の世話を焼いたのは伊達ではなく、一月が経つ頃には秋山との距離を見切り彼が困らない程度に引っ張り回す事に成功していた。