私はBADAN戦役で家族を失い、そして巡り合った夫との間に子供――祥吾を得た。
でも、生まれる一月前に夫は交通事故で亡くなり――保険会社がちゃんと機能してくれて、祥吾が乳離するぐらいまでなら何とか暮らせていける程度のお金が入ったけど――一人っきりだと弱った私の元に、転がり込んで来たのは昔の同級生。
最初は、優しかった。そう、祥吾が産まれるまでは。
祥吾の泣き声が煩いと怒り、庇う私を殴る蹴るしては金を寄越せと言って来た。奴は眠っている祥吾を振り回して泣かせ、煩いと怒鳴った。
お金を渡して、遊びに行っている間は祥吾をゆっくり寝かせてやれる。そう思ってお金を渡し続け、保険金は半年が経つ頃にはもう三分の一しか残っていなかった。
そしてあの日、奴はこう言って祥吾を窓の外へ出した。
「このガキいるから貯金してんだろ? じゃあ、こいつ死ねば貯金する必要ないよな?」
嗤いながらそう言って、祥吾は窓から窓の外、地上目掛けて落とされた。ここは二階、外はアスファルト敷きの道路で、生後半年に満たない赤ん坊など、完熟トマトを落としたと同じ事になってしまう。
絶望して座り込んだ私は、だからこの部屋に向かって駆けて来る革靴の音に気付かなかった。
ドカンという音共に、「ぐはっ!?」と言う声がしたと思ったら、腕の中に柔らかいものが押し付けられた。
目を凝らせば、それは死んだと思った我が子で。声を上げて笑う祥吾を慌てて抱え直したら、横から伸びたボロボロの手袋に包まれた手が祥吾のタンポポの綿毛のような髪を撫でた。
「よおし、良い子。じゃあ、おっちゃんはこのダニ始末しとくな」
そう言ったのは、上質そうな背広をあちこち擦り切れさせ、泥と血でボロボロの姿であの男を踏み付けた、三〇歳ぐらいの男の人だった。
この人が、滝和也。
祥吾の命の恩人で、私達の救済者だった。
Monologue by Azusa Haizaki
07. 思い出の味
「ふうん、八百年前の錬金術の産物のメダル、ねえ」
「はあ」
あれから、閃@ウォルフィと大我、黒子@レイヴの三人+αは、天馬と剛共々滝和也の自宅だと言うマンションへと連れて来られた。
大我や黒子からすると、凄くこじんまりとした印象の3DKであったが、閃からこの時代では結構良いものだと教えられた。
未来から来た事は話さず、セルメダルとそれを奪われた事を話すと驚いたようだったが、あまり不審がっていない様子の滝に、大我と黒子は首を傾げる。
「あの、変な話とか思わないんですか?」
「んー、そういうのもあるんじゃないか?
ショッカーの怪人の中には、化石から復活させた三葉虫の怪人や、四千年前のエジプトのミイラとか居たからな。
八百年前くらいなら、驚く事ねえわな」
「はあ」
カラカラと笑って、狭いキッチンで何やら作業している滝の手元から、ふわりとコーヒーと暖められたミルクの香りが立つ。
少年達があっと思うと、彼はお盆にバラバラのマグカップを乗せて戻って来た。中身は、コーヒーが二つにミルクコーヒーが四つ。
驚く少年達にミルクコーヒーを渡し、閃にコーヒーを差し出した。
「カフェ・オ・レなんておしゃれなものじゃない、ただのコーヒー牛乳だ。一応砂糖は入れたが、足りなかったら角砂糖があるから足してくれ。
後、お前さんは成人らしいから、コーヒーな」
「どうも」
それぞれに配ると、青年は自身のコーヒーに角砂糖を三つ放り込んで啜った。
それを横目で見ながら、剛もミルクコーヒーを啜った。程よく甘く、でもコーヒーの味もする、そんな飲み物だった。
一気に飲んで、ほっと一息吐いた剛は、横でマグを抱えた天馬がポロポロ涙を零しているのに気付いた。
「天馬!?」
「どうした、熱かったか!?」
天馬の様子に気付いて、滝も水を汲もうと立ち上がろうとする。だが、それに向かって天馬は首を振った。
「違うんです、これ、初めて飲んだのに、凄く懐かしくって、俺、」
そう言って、涙を零す天馬の頭を、閃@ウォルフィは黙って撫でる。
天馬の様子を横目で見ていた大我は、渡されたミルクコーヒーを一口飲んで、理解した。
それは、まだまだ小学生低学年で、灰崎祥吾と転げ回って遊んでいた頃。兄達と一緒におやつ時に出された、ミルクコーヒーと同じ味だった。その時、『祥ちゃんのお父さん』は、やっぱり真っ黒なコーヒーに角砂糖を三つ入れて飲んでいた。
やっぱり、剛と天馬は兄弟分かなあと思っていると、彼の隣りに座る相棒+αがこう宣った。曰く。
「『バニラシェイクが良かった』」
「この時代にゃねーよ」
(注、1971年7月には、マジバのモデルであるマクドナルドの日本一号店である銀座三越店は開業しており、マックシェイクもあったようですが高校生達は知りません)
声を揃えた二人?にデコピンと言う名の釘を差し、大我は残りのミルクコーヒーを啜った。
そこへ、コンコンコンっと、玄関からノック音がした。
不意の事に驚いた子供達が腰を浮かせるが、続いた声に全員顔を見合わせた。曰く、
『ターキー、置きっぱなしだったバイク持ってきたぞー』
「おう、隼人、済まねえな!」
そう答えて、滝が短い廊下の先にある玄関へ出る。
思わず、居間の入り口から玄関を伺うと、そこに二人の青年が立っていた
一人は、淡紅色のスーツの、巻毛と濃い眉が印象的な青年、もう一人は茶色い上下を着込んでいた連れや滝よりやや背の低い青年だった。
その小柄な青年の顔を見て、大我は目を丸くし、閃の方も目を見開いた。
「空兄ちゃん?」
「ん?」
大我の声を聞いて顔を向けた青年の方は、そこに立っている大我の背の高さに驚いていた。
室内の、見知らぬ顔に眉を顰めているもう一人の青年に向かって、滝が簡単に五人を紹介する。
「本郷、隼人、この子達はさっきの騒ぎの関係者だ。取り敢えず、話しがてらコーヒー飲ませてたんだ」
「そうか。俺は一文字隼人、滝の友達のフリーカメラマンだ。で、こっちは」
「本郷猛。研究者だ。滝とは、バイクレースで知り合ったんだ」
「俺の事情を知ってて協力してくれてる。だから、何も怖がるこたねえよ」
見知らぬ顔に、警戒心を剥き出しにした中学生二人に向かって笑い掛けると、滝は青年達と小声で何やら話し始めた。
小柄な青年の言葉を聞いて、大我は納得した。彼は、一文字空の父親の若い頃の姿だと。
閃の方は、本郷と一文字に目礼しつつ、頭の中で考える。
(恐らく、先程の戦闘で剛達を助け、他にいただろう怪人を片付けてくれたのはこの人達だよなあ。
……うぇーい、どんどん事態が大事になってるよなあ。収集し切れるのか、俺)
〔閃、大丈夫か?〕
(何とかするよ、うん)
小声で何やら話していた三人は、決着が付いたようだった。
二人は、家に上がらずこのまま帰るようだ。
「じゃあ、ショッカーの奴らが彷徨いていないか、俺達で街を流してくるよ」
「見付けたら知らせるから、そのつもりでな」
「おう、すまねえな」
そう言って帰って行く二人に、大我と黒子@レイヴは揃って頭を下げる。誠凛高校バスケ部は基本的に真面目な為、目上に挨拶をするのが当然である。
二人に釣られるように、慌てて中学生二人組も頭を下げ、閃も丁寧なお辞儀をした。
玄関の扉が閉じられると、滝は五人に向き直った。
「ところで、お前さん達、今晩どうするんだ? 家が遠いみたいに言ってなかったか?
まあ、雑魚寝になってしまって良いなら、この家に泊まって行けば?
こっちも仕事としてショッカーを追っているから、力になれると思うしな」
そう笑った青年に、真っ先に「お願いします」と答えたのは剛で、その事に滝以外の皆が驚いた。
何しろ、数時間前まで閃も大我達も、天馬以外の誰も信用しないという目で見ていたのだから。
その夜、九時を過ぎたくらいに、マンションから人影が出て来た。
その人物に向かって、声を掛ける者がいる。
「滝、彼らは?」
「疲れてたんだろうな、鼾かいて良く寝てる」
声を掛けたのは、昼間に訪ねて来た本郷猛。その横に、バイクを押し掛けの姿勢で一文字隼人も居る。
出て来た滝和也も、バイクを押しつつ応える。
三台同時にエンジンを掛ければ、流石に煩かろう。と言う事で、一区画向こうまでバイクを押していくのだ。
「滝、あの子達怒るんじゃねえか?」
一文字の言葉に、これは真面目くさった顔で滝は応える。
「怒ろうが何だろうが、連れて行けねえよ。
大体な、俺は親父や五郎だって、ショッカー捜査に関わらせるの嫌だったんだ。お前らだって」
そう言い掛けて、滝は言葉を切った。
二人が、何とも言えない表情で滝を見ているからだ。もう一度嘆息すると、滝は繰り言を仕舞いこみ現状に向き合った。
「行くぞ、発信機は上手く動いてる」
「おう」
「判った」
三台のバイクが走り出すと、それを待っていたようにマンションの玄関からそっと五人の人影が出て来た。
無論、滝が眠っていると思っていた五人である。
実質丸一日走り回った大我が爆睡していた為、上手く誤魔化せた四人は、滝と本郷、一文字の三人が出掛けるのを待って家を出て来たのだ。
「俺は連れてってくれると思ったんだがなあ」
『恐らく、四人の引率と見做されたんだろう。閃、凹むな』
肩を落とす閃に、ウォルフィが慰めの言葉を掛ける。
閃としては、この時代の義父――滝和也と大差ない年齢であり、又変身して戦っている姿を見せたのだ、大我達は置いて行くとしても、自分にはお声が掛かると内心思っていたのだ。
その向こうで、黒子がレイヴと共に嘆息している。
その横には、一瞬で眠ってしまたので起こすのに手間の掛かった大我が、まだよく起きていないのかぼんやりとした顔で立っている。
「火神君、そろそろ起きて下さい」
『お前、寝穢いにも程があるだろうに』
「うっせえ、疲れてんだよ、俺は」
「済まないな、デンライナーで顔洗ってくれ」
閃の言葉に、同じく目を擦っている剛の横に立つ天馬が、確認するように問うた。
「あの電車で移動するんですか?」
「ああ、あの人のバイクに仕込んだ発信ビーコンは、デンライナーでないと拾えないし、最悪の場合、あの三人をデンライナーに投げ込んで逃げないといけないかもしれないからな」
出来れば、そんな事にならないで欲しいんだが。
そうぼやいた閃の顔は、これまでになく険しかった。
滝和也は今、とある閉鎖されたデザイナーズデザインのビルの中庭に居た。四方をガラスに囲われた、災害時にはガラスが降り注ぎそうなアレである。まあ、安全対策済みの強化ガラスだとは思うのだが。
そこで、滝は強化服を着込み『敵』を待ち構えていた。
ミラーワールドや、異次元移動可能なこのシステムの、センサーを全開で接近を探ると、斜め後ろから突っ込んでくる影一つ。
彼の周囲、二メートル半径で埋設した地雷が炸裂する。それに怯んだところを、ガラス越しに潜伏していた秋山蓮とキドシン事城戸真司、仮面ライダーナイトと龍騎とが攻撃を仕掛ける。
そして、ワームがもう一度クロックアップとか言う超加速状態に入る前に、ディエンドライバーで仕留めた。
滝和也がこう言う事を始めた理由は、ZECTがネイティブとの呉越同舟組織だったからである。
良く判らない組織だと思っていたら、人間をネイティブ化させて地球を支配するつもりだと知って、独自に戦い始めたのだ。
尤も、ネイティブより現状暴れる者が多いワームの方を相手にする事が多く、何度も使えるトラップではない為効率は悪いのだが。