中村真也は、《スマートブレイン社》の起こした事故の唯一の生存者であり、彼らが回収し損ねた実験体にして『王の候補者』である。。
それは、真也が高校に進学する寸前の春休みに起きた事件だった。
同級生――と言っても、二年生の頃に一年だけ同じクラスだっただけの相手だ――の女生徒が、自殺未遂を起こした。
四階建ての校舎の屋上から飛び降りて、でも打ちどころが良かったらしく一命を取り留めていたそうだ。
尤も、部活仲間やクラス内のLineで流れてきた話によると、自殺にしては色々不自然な状況で、ついでに彼女が「助かった」事も不可解と思われていると知れた。
彼女が落ちた場所は、アスファルトに覆われた駐車場だったのだ。
もやもやを感じた二日後、真也は現在『仮面ライダー』として警視庁に出入りしている義兄二人から、自殺未遂事件について何か聞いていないかと問われ、面喰った。
苦虫を噛み潰した風の一文字空と、眉間に皺が寄っている滝海斗曰く、ネットニュースで派手に流れたにも拘らず、自殺を図った女生徒の家族がこの騒ぎを事件として扱う事を嫌って、警察の聞き込みその他を拒絶しているのだと言うのだ。
自分の子供の怪我や精神分析より、自分達の外聞や仕事が優先と言う、これが俗に言う『毒親』かと真也が頭痛を覚えていると、海斗が口元を覆いつつ唸った。
「取り敢えず、その女の子に関しては、ちょっと注意を払ってくれ。
こんな事は言いたくないが、その子はオルフェノクとして『覚醒』している可能性がある。となれば、スマートブレイン社の連中がその子を拉致しようとする恐れがある」
「え? あいつらが誘拐しようとするのは、大体小学生でも低学年の子供が多いと思うんだけど」
「あー、あいつらの探している【オルフェノクの王】って奴が、子供の中に潜んでいるって思われてる所為らしいな。
だが、同時にあいつらとしては即戦力って意味で、同族になった奴らを引き込みたいらしい。
オルフェノクも寿命は短いらしいが、力は未確認生命体の中に分類される以上、未成年一人でもそこいらの成人男性の集団を一蹴出来るからな」
真也の疑問に、頭を掻きつつ答えたのは空の方である。
あの連中のめちゃくちゃさ加減にうんざりしつつ、真也は気を付けると請け負った。
だが、その翌日に、今度は同級の女子六人が集団自殺を図ったと連絡が飛んで来た。
何でも、自殺を図ったのは女子バレー部の一軍選手だった面子で、中にはスポーツ推薦が決まっていた子もいたと言う話だった。
が、その知らせを聞いて、真也はある事を思い出した。
女子バレー部で、レギュラー選手の仲が物凄くギスギスしているので、退部者が増えている、そんな話を年末の頃に聞いた覚えがあった。
もしかすると、自分が聞いた話は外向けのソフトな表現で、実際は物凄いいじめがあったのではないか、それが原因であの女生徒は飛び降り、そして今回集団自殺()が起きたと言うのなら。
六人のうち、一人以外はほぼ即死だったらしい。
助かったのは、一軍選手だが基本ベンチスタートが多い準レギュラーだったそうだ。
いやな予感を覚えた矢先に、入院中の女生徒二人が入院先から姿を消した――一人は、もっと前から行方不明なのを、例の毒親が学校や警察を誤魔化していたらしい――と言う連絡が来た。
まさかと思い、義兄に連絡を入れてギアシステムを持って学校に向かった真也は、夕闇の迫る空の下、取り壊しのため閉鎖された旧講堂で、殺し合う鳩と鴉のオルフェノクを見出した。
鳩の方が、最初に自殺を図った女生徒で、鴉の方が集団自殺()の生き残りだった。
そして、先に覚醒していたピジョンオルフェノクよりも、凶暴さを表に出したクロウオルフェノクの力が上回り、鈎爪が鳩の胸を引き裂いた。
灰と共に硬質な羽根を撒き散らし、青い炎に包まれて女生徒が燃え尽き消えるのを、鴉の娘は嘲笑と共に見ていた。
「あははは、いい気味、やっぱりあの人が言ったとおり私は選ばれた者だった!
松浦さんでもチイちゃんでもヨシちゃんでもヤエでも葉月でも谷頭でもない、私が!
私こそが新人類に選ばれた、本当のエリートだった!」
鴉が嗤い続ける間に、真也は燃え尽きる少女に駆け寄っていた。
ほぼ無意識の行動だったが、真也に気付いた少女は救いを求めるように手を伸ばし、だが真也がその手を掴んだ時には、一握りの灰を残して燃え尽きた。
その手の中の灰が、握り込んだ事で更に壊れ、塵となった事に言葉を失う真也に向かって、笑いながらクロウオルフェノクは鈎爪を振り上げた。
「あら、ナアニ。人が良い気分でいるのに、無粋な奴。
まアいいか、殺せばお仲間になるカモだし、私ってヤッサしい!」
「うわ!?」
格闘技とバスケットボールとで鍛えた反射神経で、咄嗟に横に転がって鈎爪からの斬撃を躱した真也は、言いようのない嫌悪と怒りと共に灰色の鴉を見上げた。
ケタケタと嗤うクロウオルフェノクの影に、青白くかつての素顔が浮かぶ。
恐らく、これまではクラスでも埋没気味で、部活でも恐らくスポーツ推薦を貰った女生徒の取り巻きAだった少女は、オルフェノクとして覚醒し、そしてその後に接触を持っただろう《スマートブレイン社》のエージェントに煽られ。
鳩を倒した事は、多分《スマートブレイン社》側としては予定外だったのだろうけど。
真也は唇を噛み締め、手にしていた保管ケースからベルト型のコアユニットと、携帯電話型のマルチデバイスを取り出した。
「ナアニ、そんなオモチャデ何する気?」
小首を傾げる鴉には答えず、デバイスに起動コードを打ち込み、頭上に掲げた。
pipipi
Standing by
「変身!」
フォトンブラッドがラインを描き、ソル・メタルの装甲が真也の身体を包む。
「ふウン? ナアニ、ヒーローごっこ? 女の子アイテニ何考えてるノ、ありエなあイ」
そう嗤い転げながら、鈎爪を閃かせ飛び掛かって来たクロウオルフェノクの爪を体裁きで躱し、伸びていた腕を逆手に掴み、そのまま投げ飛ばす。
オルフェノクになり、またそれなりにバレー部員として鍛えていたとは言え、格闘技の素養の無い元少女はそのまま講堂の床板に叩き付けられ、その衝撃に息を詰めた。
「……警察に行くぞ。オルフェノク同士の戦いだったとしても、あんたは人を一人殺したんだ」
「警察? ナンで? アイつはあタシ達を殺そうとして、松浦さんトチイちゃんトヨシちゃんとヤエト葉月が死んダ! だからワタシが敵をウッタ!」
「お前、だったら今何で俺を殺そうとした?」
真也――555の言葉に、鴉は心底不思議そうに首を捻った。
「何で? 仲間にシテアゲヨウトしたのヨ?
ダッテ、オルフェノクは選ばれタ新しい人類」
「違う! 選ばれた生命体が、長くても十年生きられるか判らないような脆い生き物なものか!
オルフェノクは『死に損ない』なんだ!」
そう叫んだ真也の脳裏に浮かんだのは、辺り一面の炎と、自分を二人で必死に抱き抱えて守って命を落とした両親、そしてその両親の遺体を『ゴミ』と呼んで投げ捨て足蹴にした、灰色の男達。
「俺は、認めない。
死んだ人間が生き返るまでは良いさ、誰だって死にたくないんだ、ズルでも何でも死を凌駕したいってのは人間誰しも持つ欲求だ。
でも、死んで蘇って、そのまま静かに暮らすならともかく、生きてる人間を殺して仲間にする?
ふざけるな! 俺はオルフェノクの仲間になるなんて御免だ。
死んだ人間をゴミ呼ばわりする化け物に、人の死に寄生しなきゃ存在出来ない様な存在に、誰がなるもんか!」
「! イワせテおけバ!!」
転がるように立ち上がったクロウオルフェノクは、バンっと音を立てて翼を広げると、そのまま講堂の天井近くまで飛び上がった。
「仲間にナルノガいヤナら、死ね! 死ねシネシネェェェえええ!!」
「この、馬鹿野郎!!」
それは、咄嗟の行動だった。
先程鴉を投げ飛ばした際に、弾みで投げ出す形になった保管ケースから小振りな懐中電灯――サバイバルゲームに詳しい者なら、ライフルに取り付けるスコープと思っただろう――に似たものが転げており、真也はそれを掴み足のソケットに取り付けた。
その後はほぼ惰性で、足を振り上げ、蹴る態勢に入った途端その装置――ポインターから赤く光る円錐形が飛び出し、鴉の胸にその切っ先が定まった。
「死んでシマエ! そシテアンタもあタしと同じにナッチャエ!」
「うわああああああ!!」
迎え撃つように飛び蹴りを放った555のボディに、ガリガリガリィっと鈎爪が傷を入れる。が、555の蹴りは、真紅の円錐ごとクロウオルフェノクの胸を貫いた。
着地し、振り返った555の視線の先で、クロウオルフェノクは青い炎に包まれていた。
「……あ」
「エ? あ、燃えル? あタシ、燃エチゃう?
イヤ、いやアああア!? 死にタクない! あたシ死にたクナいいイイイイ!!」
そう叫び、取り縋ろうとした鈎爪の消えた手を、555は思わず後ろに下がって避けていた。
更に近付こうとして、その間に鴉の少女は燃え尽きてしまった。
その、燃え尽きた痕跡を声も無く見詰める真也の耳に、ぺちぺちと気の抜けた拍手が響いた。
「いやあ、流石は『偽善者』の息子。
君もこれで、立派な『人殺し』だ」
弾かれたように振り返った555の視線の先に、真っ青なワンピースを着込んだ少女、いや女性がニタニタと厭らしい――何も知らない人間なら愛くるしいと表現するのだろうが、真也には彼女の笑顔の下から溢れる禍々しさから眼を逸らす事が出来なかった――笑みを浮かべ、講堂の物置と化した舞台の端に座っていた。
凝視する555に、仮面の様に笑っている女性は、彼の心を抉ろうと言葉を続ける。
「君言ったよね、『オルフェノクであっても人一人殺した』って。そうである以上、君も『人殺し』だよね?
窓際の落ちこぼれとは言え、元FBI捜査官の養子が人殺しなんて、ねえ?」
「……!」
ぐっと歯を噛み締めた真也の様子に、にんまりと青い女性の口の端が上がる。が、その顔が急に強張った。
「は、良く言うぜ。
察するところ、煽てて持ち上げて会社に連れて行くところを、変な方向にプライド刺激しちまって回収に失敗したんだろ?」
「そして、予定していた二人を連れて帰れなくなったので、代わりにお前さん達が昔〈オルフェノクの記号〉を植え付けた真也を連れて帰ろうって心づもりらしいけど、それはさせられないかな」
「っ、一文字空、滝海斗」
顔を上げた真也は、講堂の昇降口に立つ義兄二人の姿に目を見開いた。
海斗が、真也に笑い掛ける横で、空の方は顎を上げて《スマートブレイン社》のエージェントを見た。
「真也のこれからの進退は、警察に行って決定する。
あんた達《スマートブレイン社》に、余計な気回しをされる謂れも予定も無い。
判ったら、あんたはさっさと帰って、始末書なり減給なり処分を受けるんだな」
「あら、守ってあげないの? 薄情ね」
最後の足掻きに、女は精一杯の虚勢に吐き捨てる。
それに向かって、呆れ果てたと言う顔で海斗が答えた。
「自分がやった間違いを、きちんと償うのは当然の事。
犯した罪に背を向けて、逃げ回るのを正しいなんて言うものか。償う為の手伝いは、俺達もする。
だから、あんた達《スマートブレイン社》はさっさと帰ってくれないか?」
「くっ、この、怪物と兄弟ごっこに興じるがいいわ。覚えておきなさいよ、中村真也、この裏切り者!」
そう言う海斗の背後に、武装した『SPIRITS』隊隊員が並んでいる事に気付いた女は、忌々し気に舌打ちすると、暗がりに紛れるように姿を消した。
女の気配が完全に消えたのを察して、真也と二人の肩から力が抜けた。
そして、ギア・システムを保管ケースに戻して近寄って来た真也の、この間散髪した頭を空が容赦なく撫で回した。
「わ、えわ、え?」
「馬鹿野郎! 危ない真似しやがって!」
「色々あるけど、先ずはお前が無事で良かったよ。
帰って休ませて上げたいとこだけど、事情聴取は受けて貰わないと、ね」
そう、困ったように言った義兄に頷き、真也は歩き出した。
事態を聞いて、頭を抱える警視総監と身元保証人を見る事になるのは、その三〇分後の事である。
*Shinya Nakamura