翌日は青空が広がり絶好のスポーツ日和で、一部のスポーツ青年達を落胆させた。
日向順平も、恨めしく思いつつ《S.A.U.L》のトレーニングフロアから外を見ていた。
今日、連休中日を利用して、以前の事件で入手した奇妙な錠前――ロックシードと、『ArmoredRider』ユニットの起動装置と言うべき戦極ドライバーの検査の為に、事件の際にそれを使用した面子を呼び出し、起動実験を行う事になった。
東京在住で、何度か出頭して検査を繰り返している順平はともかく――実家住みだが、過去滝和也に救われ彼の庇護下にいた時期があった為、『滝家の子供』カウントに入っている所為か、順平には警察側から割とよく要請が来ていた事実がある――、他の生徒達は移動その他の要素もあって、今まで集まって貰う事が出来なかった。
今回は、全員予定を揃える事が出来た為、やっと順平以外の使用者による戦極ドライバーのテストを行う事が出来ると言う事だ。
順平が実験して判った事だが、どうやら戦極ドライバーは汎用性があるものと、使用者が限定されるものがあるようで、洛山の実渕玲央と海常の黄瀬涼太が使用したものが汎用型らしく順平でも問題なく起動したが、陽泉の氷室辰也、桐皇の諏佐佳典が使用したドライバーは起動してもスーツを短時間しか維持出来ず、半ば弾かれるように変身解除した。
その為に、五人集めての起動実験である。汎用型を使っていた実渕と黄瀬も、改めて他のドライバーを使えるかの実験の為呼び出したのだ。
それを順平に教えたのは、《S.A.U.L》のオペレーターである都鳥論巡査部長だ。
彼は《S.A.U.L》の職員の中でも、本音恭一郎警部補――そろそろ昇進するらしい――と共に最古参に数えられる警官で、海斗、空を始めとする仮面ライダー達とも顔馴染みだ。
「ああ、いい天気だな」
「あら、そうなの?」
半ば不貞腐れたようにそうボヤいた順平に、実渕が反応し窓辺に近付き外を見る。
今、このトレーニングフロアには、待機中の面々がいる。暇潰しを兼ねて、トレーニングマシンを使っていた氷室と須佐も近付き窓から五月晴れの空を見上げ、それぞれ溜息を吐いた。
現在は黄瀬が実験中で、彼の起動実験が終了したら、全員であの時回収されたロックシードの起動実験を行う事になっていた。
そんな状況でのストバス日和に、思わず恨み言が出そうになる。
その時だった。
壁掛け型のインターフォンが、けたたましい音を立てた。
驚く面子の中で、動いたのは順平だ。まあ単純に、ここに何度も来ているので、取るのに躊躇が無かっただけだが。
「はい、日向です」
『あ、日向君、すまない、皆下に降りて来てくれないか!?』
掛けて来たのは、都鳥巡査部長だった。
向こう側がざわついているのに不穏なものを感じ、順平は大きく眉を顰めつつ問返していた。
「何事ですか? 何か騒がしいみたいですが、何かトラブルですか?」
『ああ、それが』
少し言い淀んだものの、奥で響いた上官――本音警部補の声だ――に押されるように都鳥が告げた事。それを聞いて、順平達は慌ててルームから駆け出す事になった。
『黄瀬君が、パニックを起こして、実験格闘室から飛び出して行ったんだ。
実験前から何だか憔悴した感じだったけど、本人がやるって言ってきかなかったから前回使ったドライバーを試して貰ったんだけど、その、起動しなくてね。
起動しなかった事に驚いて、ドライバーを掴んでたら、急に叫び出して、職員を振り切って飛び出しちゃったんだ』
ほぼ同じ頃、灰崎祥吾は愛車で警視庁の近くを走っていた。
最初は、母と姦しい友人達に付き合う予定だったが、急な会議が入ったとの事で中止になったのだ。
恐らく、昨日のキバ――黛千尋の負傷で、対策会議になったのだろう。母も、薬品部門で会議とかで休日出勤となり、暇を持て余す事になった祥吾は、取り敢えず静岡では手軽に買えない――学校から専門店が遠いのと、品揃えが今一だった――バイク用品を買いに行き、その帰りに《S.A.U.L》に顔を出そうとしていた。
「しっかし、戦略兵器ねえ。何処の軍隊だよ?
在日アメリカ軍がそんなもの持ち出すなんて事になったら、ゴードンのおっさんがまたペンタゴンで大暴れするよなあ」
素直に慕っている事を口に出せない分、滝和也(総隊長)に対して敵対的な人間にあからさまな威嚇をする事で有名な、巨漢で隻眼の元第10分隊隊員を思い出す。
彼は軍に復帰した後、見るからに頭でっかちな若い佐官が元上官(滝)を扱き下ろしたのを耳にした途端、行軍用フル装備を付けさせたその佐官を、飛び込み競技用プールの飛び込み台(もちろん一番高い分)に引きずって行って、板の端に押しやってこう言い放った。
「おう、俺の隊長を笑ったんだ、せめてフル装備でここから飛び込んで向こう岸まで泳げるくらいの根性と体力ぐらいあるんだよなあ、このうらなり野郎(Bearish)が!
改造人間と戦うってなあ、こんなもんじゃねえんだぞ、実戦も碌に知らねえ若造が俺の上司の何を笑えるんだ、言ってみろ、おら!」
エリートで、実は同期から嫌味な坊ちゃんと敬遠されていたWASPのボンボン佐官は、普段のスタイリッシュぶりから程遠い姿で飛び込み板に縋り付き、落とす為に板を踏み鳴らす万年軍曹に泣いて助けを求めていたそうだ。――同期同僚どころか、上官も三つくらい上の人間しか止めに入らなかった時点で、このボンボンの人望の無さが知れ渡った訳だが。
この騒ぎの後、ゴードンは二週間の謹慎を受けたが、これっぽっちも懲りた様子はなかったそうだ。
こう言う男だ、隊長の『息子』達に手を出す馬鹿がいたとなれば、それこそ何処ぞの「ランボー」か「コマンド―」のように、重火器担いで大暴れするのが目に見えている。
「おっさん、何だかんだ言いつつ海斗兄ちゃんにでろでろだからなあ。
兄ちゃんが悲しんでるって事になったら、他の元隊員の人達に抑えられるかどうか。……ってうわ!」
考え事をしつつコアボイルダーを走らせていた祥吾は、視界にいきなり飛び込んだ影に、慌ててフルブレーキを掛けた。
ぎりぎり寸前で停まる事が出来て、ほっと息を吐いて顔を上げた祥吾は風防(バイザー)を跳ね上げ相手を見た。
目の前に座り込んでいたのは、地味めなトレーニングスーツに眼鏡の青年だったが、その顔は祥吾の良く良く知る人物だった。
「あぶねって、お前、リョータ!?」
「あ。祥吾、君」
座り込んでいた青年――黄瀬涼太は、怯えたような、それでいて夢の中にいるような虚ろな目で祥吾を見上げ、ゆっくりと焦点が定まった。
「何やってんだよ、お前、ああ、ちょっと待て」
腰が抜けたのか、這いずるようにしながら立ち上がろうとする黄瀬を見かね、祥吾は路肩に愛車を停めると、半ば抱え上げるようにして元チームメイトを立たせた。
普段ならぎゃいぎゃい騒いで振り払うだろう相手が、大人しくされるがままになっているのを見て、ヘルメットの下で祥吾は眉を顰めた。
「あー、何やってんだよお前」
「……」
俯いて黙っている黄瀬に、どう対処したものかと思っていた祥吾の耳に、ぐうううっと大きな音が聞こえた。
うん? と思った祥吾の目の前で、真っ赤になって腹を押さえる黄瀬の姿があった。
「何だリョータ、腹減ってんのか?」
「あの、その、まだ、お昼食べてない、から」
「何だ。驚かすなよ、何があったのかと思ったぜ。
だったらうちに来るか? お前下手な店に入って、ファンに追い回されるの不味いだろ?」
黙っているのを、自分に対するあれやこれやだろうと思った祥吾は、コアボイルダーに戻り一見ヒューエルタンクのトランクから予備ヘルメットを取り出すと、きょとんとしている黄瀬に差し出した。
「え? そこ燃料タンクじゃないの!?」
「驚くとこそこかよ?」
「え、だって」
「こう言うバイク珍しくねえよ、ホンダやスズキの市販車にも普通にあるぞ、タンクがタンデムシート下に移ってるの。まあ、こいつはエンジンとエネルギーが特殊なんだけどな」
そう言いつつ、祥吾はバイクに跨り、黄瀬の方を見た。
「来いよ、美味いもの食わせてやるから。
ここにいるって事は、《S.A.U.L》の用事、終わったんだろう?」
祥吾の言葉にに一瞬びくっと身を竦め、慌ててジェットヘルを被った黄瀬は、おっかなびっくりタンデムシートに腰を下ろした。が、それに祥吾は駄目出しする。
「馬鹿、スカート履いてる女じゃねえんだ、ちゃんと跨れ! 高速上がれねえし、スピードも出せねえよ!」
「え、だって、」
「お前みたいに無駄に手足が長いのが、そんな乗り方してたら街路樹やガードレールで足削るっての。ほら、ちゃんと乗って、そこのタンデム用フットバー起こして、足の裏の真ん中で踏んでろ!」
もたつきつつ、黄瀬が何とかフットバーを踏みしめたのを確認して、祥吾は滑るようにコアボイルダーを発進させた。
彼らが立ち去った数分後、《S.A.U.L》の施設から外に出た日向順平ら四人がやって来た。
「もう、随分掛かったわねえ」
「oh……《S.A.U.L》の施設って、意外に広かったね」
実渕玲央と氷室辰也が、施設の思わぬ広さに溜息を吐いた。
見た目は地上四階に見えるが、実際はコントロールルームやGシリーズの開発室、装着員やオペレーター達の待機室や訓練室などがある為、実際は地下三階、地上六階――窓が無い中二階、三階がある為――の建物なのだ。
民間人立ち入り禁止の方は職員が回ってくれたが、それでも結構な広さを走り回りつつ外に出て来てみたのだが。
「もしかして、タクシー拾って家に帰ったか?」
「いや、あいつ荷物預けたままの筈っす、財布とかスマホとかも、一緒に預けたでしょう?
財布のカードとか、精密機械が検査機に誤差を出す可能性があるって説明受けて、須佐さん達も預けたでしょう」
首を捻る諏佐佳典に、それは無いだろうと思い順平が否定を入れる。
それに向かって、心なしか目を輝かせながら氷室が割って入る。
「トラブルだね、誰が黄瀬を浚ったんだろう」
「もう、辰也ちゃん、不謹慎よ」
「全くだ」
物騒な事が好きらしい――通り名が『エレガントヤンキー』だ――氷室の発言に、実渕と須佐が眉を顰める。
そこへ、制服警官が四人に声を掛ける。《S.A.U.L》の所属を示す袖章が付いている。
「ああ居た居た、四人とも、実験室に来て欲しいそうだ。
黄瀬君だったかな、彼は保護されたそうだから心配いらないそうだ」
「そうなんですか?」
「ああ、連絡が入ったそうだ」
代表して受け応える順平も、周囲もほっという空気になる。――氷室も残念そうだが、無事な事は喜んだ。
それならと施設に戻ろうとして、順平は視線を感じて背後を肩越しに振り返った。
その視線の先に、白いドレスを纏った金髪の少女が立って、こちらを見ていた。
一瞬、幼馴染みの少女かと思ったが、彼女は金髪でも無ければ赤い瞳でもない。
「おい、日向、行くぞ?」
「あ、はい!」
須佐に呼ばれ、順平は歩き出したので、気付かなかった。
背後の少女が何かを呟いた後、空間に現れた裂け目(クラック)を潜って、姿を消したその事に。
丁度同じ頃、宮地清志は『みゆみゆ』のミニコンサートに来ていた。
ファンクラブ会員百人限定のイベントで、コンサートの後『みゆみゆ』を囲んでのランチパーティがある。
それ故に抽選の当落で、雑談チャンネルにスレが乱立したほどだ。
清志は、何とか抽選に引っ掛かる事が出来、弟がドン引きするほど浮かれ狂っていた。
尤も、そのイベント前日にキバ――黛千尋の負傷が起きた為に、喜びに若干水を差されたが。
大盛況の中ミニコンサートが終わり、イベントのメインであるランチパーティの会場へ移動しようと言う時に問題が起きた。
会場の外で起こっていた、未確認生命体数体と仮面ライダー電王との戦いの真横を移動せねば移動出来ない――会場へ乱入しようとしていたイマジン達を、電王が防いでいたのだ。――状況になっていたのだ。コンサートが終わった頃に、《S.A.U.L》の警官隊が到着した事もあり、彼らの護衛の下避難も兼ねて移動しようとした、その時だった。
避難誘導を買って出ていた清志は、こちらへ殺気を向ける何者かの気配を感じ、慌てて周囲に目を向けた。そして、数百メートル先のビルの屋上に、豆粒のような人影があり、それが何かを担いでいると思った。
だが、その瞬間、昨日の福井健介と千尋の話を思い出し、清志は全員に「走れ!」と叫んでいた。
「おい、危な……」
「あっちのビルの上から、こっちを狙ってる奴がいる、急げ!」
周囲を走らせようとした清志を、警官が抑えようとする。
その次の瞬間、イマジンを狙う小型ミサイルが雲霞のようにこちらに飛来し、殆どはイマジンに吸い込まれ炸裂したが、流れ弾が数発オタク達の周囲で爆発し、野太い悲鳴が幾つか上がった。
そして、流れ弾によって破壊されたビルの看板の破片が、アイドルの少女に降りかかろうとした。
「糞が! 民間人が屯ってるところで何しやがる!」
そう叫ぶや、清志は彼の女神を守るべく地を蹴った。
向こう側で起きている、民間人達の騒ぎに仮面の下で眉を顰めつつ、香山閃は地面から身体を引き起こしていた。
恐らく、今のマイクロミサイルは、『イマジン』を狙って放たれたのだろう。
目の前で破壊活動を起こそうとした『イマジン』と、自身に憑依している『ウルフイマジン』を狙って。
咄嗟に衝撃をウォルフィが引き受けた為、閃自体はさほどでもないが、それでも殺し切れなかったダメージの為に電王も床に転がっていた。
敵の方は、大柄な猪型と彼の陰になったらしい砂漠狐型のイマジンが負傷しつつ残っていたが、穴熊型と孔雀型の二体は爆砕していた。
「ウォルフィ、ウォルフィ! 大丈夫か?」
〈だ、大丈夫、だ、取り敢えずイマジンは……〉
全然大丈夫ではない声音に溜息を吐き、それでもと閃が立ち上がったその時だった。
「ふむ。そう言えば卿は白兵戦は得意だが、狙撃は及第点がやっとだったな。
ならば、俺が代わってやろう」
「〈え?〉」
SHOOTINGFOAM!
何かが電王に飛び込んだと思った途端、赤い狼型のイマジンが弾き出された。そして、それまで携えていたハルバート型のデンガッシャーが、組み変わりスナイパーライフル型に変じた。
「お、おい!?」
「閃!?」
〈さあて、御覧じろ。……遠距離の無差別攻撃とは、卑怯者め〉
Schlag von Adler!
そう嘯きつつ放った一撃は、豆粒のような人物から何かを弾き砕いたのを見て取れた。
ライダーアイは、赤い何者かが担いでいた箱――恐らくはミサイルポッド――を撃ち抜き弾き、爆発した事を捕らえていた。
「凄い……」
「おい、用が終わったなら閃から出ろ!」
〈いやいや、これからは俺が彼と共に戦うから、卿は休むと良い〉
「え? いやちょっと待て!」
自分の中からの「声」に、閃は途惑いウォルフィはいきり立つ。
電王は、ひらひらと手を振る。どうやらウルフイマジンとは別のイマジンが憑依しているのは判るが、周囲には何が起きているのか良く判らない。
「卿は何を言っている! 閃と契約しているのは俺だぞ!」
〈何、大した支障はない、寧ろ今まで戦い続けだったのだろう? 俺が肩代わりしてやると言うのだ〉
「勝手な事を言うな!」
「ちょっと、痛いって、俺は大岡漫談の子供か!?」
二人で三人漫才よろしく大騒ぎしている『電王』を、警官隊も、そして意識が戻ったらしいオレンジ色の猪と砂漠狐のイマジンも呆れたように見ていた。
時間は少し戻り、灰崎祥吾が黄瀬涼太を連れて来たのは、大きなマンションだった。
「あ、あの、ショーゴ君、ここは?」
「俺んち。まあ、俺の家自体は今静岡だから、ここは俺の父ちゃんの家、な」
そう言って、コンシェルジュに頭を下げて真っ直ぐエレベーターに向かう祥吾を、黄瀬も慌てて追いかけた。
エレベータに乗ると、祥吾は一六階――屋上の一つ下の階数を押した。
「ショーゴ君、お父さんって、」
「うん? ああ、前に話したろ。血は繋がってねえけど、この世でたった一人、俺が尊敬してる父ちゃん、滝和也! ここは父ちゃんの家がある、《ホークアイ・ホールディングス》日本支社東京本部の幹部用社宅な。父ちゃん、会長さんの首席秘書だから」
「え? ええ?!」
黄瀬が驚いているうちに、高速エレベーターは目的の階層に着いた。
エレベーターホールから滝家の玄関まで、普通の高級マンションでも三、四件分の距離を歩いた事実に黄瀬は気が遠くなる。
これでも芸能関係の仕事に就いていて、お高いマンションやビルの中に入ったりした事はあったし、超ド級の坊ちゃんだった赤司征十郎のセッティングで中学生が入るような場所じゃないだろう店に入った事も、何度かあった。だが、そう言うのと一線を画す空気がそこにはあった。だが、祥吾はこれが当然とばかりに颯爽と歩く。
自分達が、どれだけ灰崎祥吾(かれ)について無知だったのか、否無関心だったのか改めて突き付けられている気がして、黄瀬は思わず顔を伏せたまま歩き、祥吾が止める前に扉にぶつかった。
ガツッ!
「あた!」
「何やってんだよ、お前」
頭を押さえる黄瀬の姿に、祥吾が慌てた声を上げると、それに応えるように扉が開いた。
「ちょっと、大丈夫? かなり痛そうな音がしたけど」
顔を出したのは、明るい茶色の髪を肩より短いショートボブで揃えた、二十歳そこそこの女性だった。
その女性に、祥吾は頭を掻きつつ挨拶した。
「あ、めーこ姉ちゃん、久し振り。今日戻るんだったんだ?」
「ああ、祥吾。そう言えばあなた、梓ママと一緒にこっちに戻ってたんだっけ。で、この子は?」
この子と言われ、黄瀬は慌てて居住まいを正し自己紹介をしようとした。が、彼が口を開く前に祥吾の方が紹介した。
「姉ちゃん、こいつ俺と同中で、真也兄ぃの後輩。
財布と携帯落として、腹空かしてたから何か食わせてやろうと思って」
「あら、だったら『TOKIO』に連れて行って上げれば良かったのに。あそこ付けてくれるし、近所の体育会系のお兄さん達が満足する量出してくれるでしょ?」
「今日は連休だから、あそこランチやってないんだよ。確か晩に商品開発部の歓送迎会が入ってるって事で、今別チーム迄呼んで仕込みやってるらしいから、賄い頼むのも悪くてさ」
祥吾の答えに、芽衣子と呼ばれた女性はそうだったのと呟き頬に手を当て、それから黄瀬に向かって頭を下げた。
「こんにちわ、私は榊芽衣子。祥吾のお姉さん代わりの一人です。いらっしゃい」
「え、あ、はい、おじゃま、します」
ぎくしゃくと黄瀬が頭を下げたその時だ。
奥の方から、女性の声が芽衣子を呼んだ。
「メーコォ、お客さん? 上がって貰えば?」
「判ってるわ。どうぞ、入って下さいな」
「え、あ、はい」
「ほれ、スリッパこっちな、うち土足禁止だから」
黄瀬に来客用のスリッパを勧め、自身は自分のものらしいジョリーロジャーの描かれた黒いスリッパを履くと、祥吾は芽衣子と共に奥へと歩き出す。その背中を、黄瀬も慌てて追いかけた。
幾つかの扉を通り過ぎ、廊下の突き当りは結構な広さのキッチンだった。
広々としたアイランド型キッチンは、四人掛けのダイニングテーブルに繋がっており、その背部には業務用と思しいオーブン付きガスコンロと並んで大きなオーブンレンジ、レンジ機能だけらしい小型のものが三つ並んでいる。
とても家庭用と思えないシンクやコンロ、大きな業務用冷蔵庫に絶句している黄瀬に声を掛けたのは、その大きなガスオーブンから大きな天板を取り出した、赤い巻き毛を三角巾で包んだ女性だ。
「ふむ、良い感じね。
ああ、いらっしゃい。そこに座ると良いわよ?
あ、私は重音徹子、祥ちゃんの姉代わりの一人よ」
「えあ? あ、はい、その」
「祥ちゃんが友達連れて来るのって初めてねえ」
「テト姉、何作ってんの?」
「キドニーパイの試作だよん。
キドニーパイって、日本人には馴染みが無いから、面白がって貰えるとは思うけど、後が続かないってのはお店としては問題だからね」
テーブルに着いた黄瀬と祥吾の前に、十センチ直径の丸いパイと紅茶が並べられる。
同じくテーブルに着いた芽衣子と自身の前にも同じものを並べ、徹子も座り、紅茶を一口啜った。
おずおずと、パイに手を付けた黄瀬は、そこから溢れる熱々のビーフシチューに目を白黒させた。
「あら、中身シチューにしちゃったの?」
「本場でも好き嫌いが割れるって事は、もつに対する好き嫌いだろうって思ったの。どうせなら、食べ易い方が良いと思ってね。
問題は、出す時に焼くか、時間定めて焼いておいて保温器に入れるかってとこ」
そんな事を話し合う女性陣に首を傾げた黄瀬に、ぺろりと一つ目を食べ終えた祥吾が答えて曰く。
「夏に、テト姉とメーコ姉の二人、喫茶店を始めるんだよ。」
「お店?」
「おう、祖父ちゃんの店再興するんだって」
「あはは、お祖父ちゃんみたいにコーヒーに一家言ある訳じゃないから、ケーキの方に力入れる事にしてるんだ」
「あら、バリスタの勉強してるでしょ、テト」
くすくすと笑う女性陣に、黄瀬は居心地悪げに身じろぐ。
が、そこに不意打ちにように徹子が投げ掛けた言葉に、黄瀬は飛び上がる。
「で、祥ちゃん、ちゃんと《S.A.U.L》には連絡入れてるの?」
「うん、移動中に論のあんちゃんに連絡入れといた。こいつの荷物、日向さんが持って来てくれるって」
「しょ、ショーゴ君!?」
「落ち着いてちょうだい、君の具合が悪いのを心配したから、祥ちゃんはうち迄連れて来たのよ。
客間は準備終わってるから、食べたら少し休みなさいな。さっきよりマシになったけど、顔色悪いわ、黄瀬君」
芽衣子にそう言われ、黄瀬は何も言えなくなり大人しく座り直す。そして不意に思い付く。
以前の合宿で、自分達の勘違い、否思い込みで祥吾が部活から追い出された事を、先輩である中村真也含めて関係を持っていた面々は相当怒っていた。なら、女性陣とて怒っていたのでは、と。
だが、芽衣子も徹子も、そんな事は気にした風もなく、二人は黄瀬を客間だと言う一部屋に案内すると、そのままベッドに寝かしつけた。
「あ、あの、俺」
「話したい事があるなら、まず寝なさい。体が辛いと、頭もよく動かなものよ?」
「私達は、お客さんを無碍に扱ったりしないの。例え何かしらの因縁があったとしても、祥ちゃんがお客だと言った人間に、礼を欠いたりしないわ。
寝られないと言うなら、暗くしてあげるから横になって目を閉じてなさい。それだけでもかなり楽になれるわ」
年上の女性二人にそう言われ、黄瀬は観念したように目を閉じた。
程なく漏れて来た寝息に、二人はそっと部屋から出て行った。
黄瀬が目を覚ますと、二時間ばかりが経過していた。
重い頭が幾分楽になり、体を起こそうとしたところで扉が開いた。
「あ、」
「目が覚めたようね。うん、大分顔色が良いよ。
ポカリ飲む?」
「あ、ども」
入って来たのは重音徹子だった。
差し出された、ほど良い冷たさのスポーツドリンクを受け取ると、黄瀬はペットボトルの半分ほどを一気に喉に流し込んだ。
「……ショーゴ君、は?」
「祥ちゃんは、お母さんに忘れ物を届けに出掛けたわ。大丈夫、そろそろ帰って来る筈よ。
順平君もそろそろこちらに着くと思うから、それまでゆっくりしててね」
そう笑い掛けられ、黄瀬は恐縮しきりだった。
客間から出て来た徹子を、部屋の外で待っていたのは祥吾と芽衣子、そして外出から戻って来た中村真也と、彼と途中で合流した日向順平の四人だった。
そっと部屋から離れ、居間に入ったところで、高校の先輩として真也が問い掛ける。
「徹子姉さん、黄瀬の様子は?」
「そうね、少なくてもここ一週間ぐらいはまともに寝てなかったんだと思うわ。
多分、市販の導眠剤や眠気覚ましをがぶ飲みして胡麻化してたんでしょうね。かなり胃も荒れてたようだしね」
徹子の答えに、眼鏡越しでも真也の眉が顰められる。
彼女の左手首に巻かれているのは、一見すると大振りな腕時計のようなギミックだ。これは、ガイアメモリに内包されているガジェットを行使する為の、簡易ドライバーだ。
これと《Doctor》のメモリで、徹子は黄瀬の検診を行ったのだ。この簡易ドライバーでは、応急手当程度の治療と痛みを和らげる以外には、病状確認ほどしか出来ない仕様だ。ロストドライバーやガイアドライバー(メモリ中毒のリスクを考えないなら生体コネクタ)を使えば、四肢切断クラスの大怪我でも治療が可能になる。
手首から外した簡易ドライバーとメモリを祥吾に返すと、大きく首を回しつつ徹子はソファーに腰を下ろした。
「うーん、何度使っても慣れないわね。祥ちゃん、良く平気ねぇ」
「あー俺、何かメモリに対して耐久性があるとかないとか、研究室のあんちゃん達に言われたけど、良く判んねぇ。まあ、簡易ドライバーは出来る事限られるし、動きにくいから俺も《Book》にしか使わなくなってるからなあ」
受け取った物をしまい込む祥吾を横目に、芽衣子は真也に話を振った。
実は真也は、イベントホール近辺で起きた未確認襲撃事件の応援に向かったのだ。ただ、途中で収束と宮地清志の負傷を知らされ、取り敢えず清志の様子を見に行ったのだ。
「真君、清君の怪我の方は?」
「酷いのは、接地した時女の子を庇って打ち付けた肩と鎖骨の骨折で、後は降って来た破片を浴びた時の打撲だけだそうだ。ただなあ」
「宮地さん、どうしたんだ」
順平の問いに、「何と言ったものか」と言いたげに真也は頭を掻いた。
「いや、今日はイベントだったろう? ついでに言えば、清志さんが庇ったのは、彼の推しメンな訳で。
彼女に感謝されてキスされて、清志さん血圧爆上げして倒れちゃったそうで。
ついでにファンクラブ有志から、貢物よろしく見舞いの品がガンガン持ち込まれてる状態で。搬送されたのが普通の救急病院だから、病院関係者はともかく俺や他の面子も近付けないぐらい人間がごった返してる状態で、《S.A.U.L》の方も事情聴取がままならないって嘆いてました」
「……あー」
「まあ、宮地さんだからなあ」
宮地清志のドルオタぶりは、バスケ仲間内でも有名ではあったが、聞けばファンクラブ内でも顔役に近い状態だったのが、今回の『雄姿』により勇名を確たるものにしてしまったらしい。
「まあ、それだけ人間が多いなら、無理に病院から抜け出して、と言うのは出来ないでしょうからからそう言う意味では安心だけど。
問題はこっちよねえ」
溜息吐きつつ芽衣子が視線を向けた先に男達も目を向け、一様に疲れた顔になった。
二〇畳近い広い居間の向こう側、作り付けのカウンターバーのところで騒いでいる面々がいる。
「だあかあらあ、何でお前達まで来てるんだ!」
「いえ、その、場の勢いと言いますか」
「いや、お前らにくっついてたら何も言われなかったし」
「はっはっは、世話になるぞ、【特異点】」
カウンターのスツールに座り、頭を抱えている香山閃を庇うように紅い狼型イマジンが立っている。その正面には、オレンジ色の猪型イマジンと砂漠狐型イマジン、そして同じくスツールに優雅に座った黒い鷲型イマジンとがいる。
「何だか、増えちゃったわね」
「何でも、戦闘中にまた戦略兵器の攻撃を受けた時のどさくさであの黒いのと契約しちゃって、そのまま後の二人もくっついて来ちゃったって」
「……閃の部屋に、三段ベッドでも入れなきゃいけないかしら」
「テト姉、そうじゃないよ」
芽衣子が首を傾げるのに、真也が説明を入れる。
それに対してなんかずれた事を呟く徹子に対して、俗に言うチベットスナギツネのような顔で祥吾がツッコミを入れる。
そして順平は、増えてしまった悩み事に頭を押さえつつ、黄瀬に荷物を渡してやるべく立ち上がった。