時間は、少し遡って午後二時頃。
誠凛高校と秀徳高校の距離の、丁度真ん中ぐらいの位置にあるマジバに高尾和成は呼び出されていた。
呼び出したのは、誠凛高校新三年生伊月俊だ。
「あ、伊月さん、お待たせしました」
「ああ、大丈夫、そんなに待ってないから」
待ち合わせの五分前に店内に駆け込んだ和成に、伊月は笑ってこう答えたが、彼の前には食べ終えたハンバーガーとポテト、コーラの容器があった。
取り敢えず、自分の分を買ってきたついでに、コーラを買って渡した和成は、相手の話を聞くべく席に着いた。
「なあ、高尾、お前、宮地さんとか、他の面子の事、何時から知ってた?」
「何時からって、あー、兄ちゃん達の事が判ったのは、割と早かったですよ。
……九郎ヶ岳遺跡の事件の時、《ホークアイ・ホールディングス》は独自に救助隊を編成して、そこで『クウガ』を保護しましたから」
そう言いつつ、和成が思い出すのは膝を付いて号泣する秘書課や研究部門のお姉さん達。
『止めてよ、幾らあいつの息子だからって、あんた達が仮面ライダーになってどうするのよ!』
そう叫んだのは、秘書課の『王女』と呼ばれていた女性だったか。
でも、きっと一番取り乱すと思われたバラランガ――皆からママ・バラランガと呼ばれていた女性だけは、赤くなった目で兄二人を抱き締めた。
『あの人の、息子だものねえ。無辜の人々が危険に晒されて、黙ってられなかったのよねぇ』
その言葉で、周囲に居た人間は皆判ったのだ。
バラランガだけは、こんな日が来てしまう事を悟っていたのだと。
「祥ちゃん……灰崎が《HOPPER》メモリとロストドライバーでライダーになったのは、中二の時。福井さんや黛さんは、進学先で事件に巻き込まれたから、元々持っていたドライバーを使う事になったそうです。
宮地さんは、秀徳高校で、『ホロスコープス』って犯罪結社が生徒達を取り込もうって騒ぎを起こした時に、偶々宮地さんが簡易ドライバーに登録される形になったそうで」
「そう、なんだ」
言葉少ない、他校とは言え同じポジション、そして似た能力を持つ先輩の沈んだ様子に、和成は買って来たバーガーに手を付ける事も出来ずに座り直した。
確か、今日は実渕や氷室達、先の嘘合宿事件で『戦極ドライバー』と言う、俗に平行世界と呼ばれる世界から持ち込まれたガジェットに触ってしまった面々が集められ、実験を行う事になった筈である。
そんな事を思い出した一方、同時に昨日――黛千尋を見舞いに行った病院で、日向順平がレイヴ――あの騒ぎ以来、部員の一人に取り憑いた『グリード』と言う新たな未確認生命体と共に、火神大我が度々メダル集めを兼ねてヤミーと戦っているのを知ってアイアンクロウをかましているのを、他の面子と一緒に宥めた事を思い出した。
「えーっと、伊月さん、日向さんと何かあったんですか?」
「あ……いや、何だか、日向の奴、部活休みの度に何処かに呼び出されてるらしくて、もしかして、あいつ……」
「いや、日向さんは一応民間協力者になったって話は聞いてますけど、よっぽどの事が無い限り要請が来る事ありませんよ? ただ、実験に何度か呼び出されたって話は、中村さんや福井さんから聞きましたけど」
「そう、か」
何処となく落ち着いたような、でもまだ落ち着かないような風情の伊月に、掛ける言葉を探して和成は必死に記憶を掘り起こす。
そして思い出した事に、背筋を伸ばし対面に座る他校の先輩を見た。
「伊月さん、誤解しないで欲しいことがあります」
「え?」
「俺や日向さんが世話になった《ホークアイ・ホールディングス》の人々も、そして『SPIRITS隊』も、兄ちゃん達や先輩がライダーになった事を諸手を上げて喜んでる訳じゃありません。
滝さん、俺達を保護し、養い親になってくれた人は俺達に向かってこう言っていました。
『お前達にはあったかい場所で寝起きして美味しいものを食べて、いっぱい遊んで将来の夢の為に勉強する権利がある。その為に俺達大人がいるんだ』って。滝さんは、全身全霊で犯罪者と戦って、俺や中村さん、黛さんみたいな子供を保護し、俺の叔母さんや、福井さんの祖父母とか、身内の許に送り返してくれました。そうやって、俺達の幸せを、未来を考えてくれて、会社の人達も、『SPIRITS隊』の人達も、父さん、否滝さんの考えを尊重していました。
だから、兄ちゃん達が仮面ライダーって呼ばれる立場になった時、俺達の周囲に居た大人達は皆嘆いたし、兄ちゃん達に九郎ヶ岳の遺跡発掘勧めた人達は責任感じて辞表出そうとした人まで居ましたし」
和成は辞表と言ったが、実際は自責の念から自殺しようとした面々を、ライダーとなった空と海斗が止めたのだ。
「日向さんも、その辺りは判っています。自身と周囲の人間の安全確保以外には使わないって本人も言ってましたし、だからこそ、伊月さん達に詳しい事を話してないんだと思います。
第一、前に祥ちゃん、灰崎が言ったように、《S.A.U.L》関連の情報は守秘義務があり、警察側にも厳しい情報統制が敷かれています。民間人である皆さんに、おいそれと話す事があれば、罰せられるのは日向さんですし」
「そうなのか!?」
「民間協力者だからこそ、うかつな情報漏洩は自身と周囲の危険度を上げる要因になりますから」
和成の言葉に、腑に落ちたと言う顔になった伊月がいる。
どうやら、例のドライバー関連で色々溜め込んでいたようだ。
他校の先輩が笑みを見せた事にほっとしながら、高尾和成はマジバを後にした。
自宅に帰る途中、和成は相棒を見掛けた気がして振り返った。だが、一瞬で人並みに紛れたのか見失った。
あれっと思いつつ、和成は踵を返した。
いくら何でも、緑間真太郎がおは朝以外で髪を赤く染めるとは思えなかったからだ。
翌日、滝海斗、一文字空の二人は、揃って《ホークアイ・ホールディングス》の特殊科学研究室に足を運んでいた。
ここは、《S.A.U.L》の科学班、及び『SPIRITS』隊の科学部門と共同で未確認生命体及びそれに係わる特殊な技術、事象の解析を進めている研究所であり、かつては《BADAN》に捕らわれ――或いは自ら志願し――ていた科学者とその弟子にあたる研究者が大勢所属している。
二人を呼んだのは、そんな学者の中では珍しく最初期から『SPIRITS』隊側で協力してくれていた、志度敬太郎博士である。
「ああ、二人とも、忙しいところすまなかったね」
「お久し振りです、志度博士」
「これ、うちの女性陣からの差し入れです、グループの皆さんとどうぞ」
海斗が差し出したバスケットを、博士の助手の一人が受け取り下がる。まあ、恐らくこの後、毒見だ何だと称して中身の五分の一は突き崩されて捨てられ、三分の二はスタッフの腹に収めてしまうのだ。……まあ、『マドレーヌ五百個もあれば、二つ三つは博士達に食べて貰える』と言ったのは重音徹子だったか。
出資者が出資者なので、あからさまな行動に出る者は少ないが、こう言う差し入れを一時期は調べもせずに廃棄していた時期があったので、その頃に比べればマシになったと二人は思っている。
「今回、アストロドライバーの調整が終わったと聞いたのですが」
「ああ、滝捜査官から預かった、アストロドライバーの正規版の方だよ。
アストロスイッチを四個同時使用する、これが開発者の想定していた形だろうね」
そう言いつつ、椅子から立ち上がった老博士が二人に見せたのは、保護用ケースに収められた大振りな四つのスロットとレバーの付いたドライバーだった。
このドライバーの開発者は、《ホロスコープス》の襲撃で命を落とした。その開発者の親族が、託され持って逃げたのが1スロットの簡易ドライバーと半完成状態のアストロドライバー、40個のアストロスイッチだった。『SPIRITS』隊はその人物を保護し、ドライバー達を預かった。
そして、未完成のドライバーと幾つかのスイッチが、滝と『SPIRITS』隊の名前で志度博士のグループに託されたのだ。
その形に、空が目を見張る。
「結構デカいっすね」
「君達のものと、然程変わりはないがね。
ドライバーの、基本的なところは完成されていたからね、私達が手を入れたのは中の基板の完成と、スイッチスロットの矛盾の無い接続だったよ。
いやはや、これを一から個人が研究していたとは。……ヘンリー博士がご存命であれば、驚かれ喜ばれただろうにねえ」
『伝説』と称される仮面ライダー達の中で、純戦闘用ではなかったのは宇宙開発用改造人間である仮面ライダースーパー1だ。――深海開発用改造人間であるカイゾークこと仮面ライダーXも本来は戦闘用ではなかったものの、神啓太郎博士が『GOD』との徹底抗戦の為に手を加えたらしい。勿論、最初は息子にそれを使う事など考えもしなかっただろうが。――
その開発者であったヘンリー博士は、当然ながら宇宙進出と開発を主眼に置いた研究者だった。
宇宙の力「コズミックエナジー」の存在を知れば、きっと研究者に援助の手を伸ばしたに違いないのだ。
ギミックなどが結構好きな空が、色々と博士に質問している横で、ある事に気付いた海斗が声を掛けて来た。
「博士、三井博士がいらっしゃらないようですが」
「ああ、三井さんか。彼女は、先月付でここを辞めたんだよ」
「三井って、あのざっくりショートに眼鏡の? 確かライダーマンギミックの研究してた」
三井女史は、BADANに攫われ殺害された父を持つ、女性研究者である。大学進学中に《ホークアイ・ホールディングス》が主催する奨学金制度に応募し、卒業と共に特殊科学研究室に入った人物だ。
海斗、空とも顔馴染みで、二人が来たのを知れば、自身のデスクを離れ、二人に会いにわざわざ来ていた女性だ。
優秀だった彼女は、入って二年で学費を返済し終わっている為、ここを辞めて何処に転職しようと、特に問題は無い。
だが、ライダーマンのアームを熱心に研究していた姿を知っている海斗と空は、些かの違和感を感じた。
「三井博士、もう研究を終わられたんですか?」
「先月の頭に会った時は、オペレーションアーム相手に唸ってた気がするんだけど」
二人の問いに、志度博士は深くなった皺に更に縦皺を加えつつ、二人に頼みを告げた。
「研究は終わってはいないが、他の者に引き継ぎを行っていたよ。
だが、ここを辞めて以来彼女と連絡が付かなくなってね。どうにも不穏でならないから、少し彼女の身辺を調べるよう、ホークアイ会長に伝えて」
「そんな、プライバシーに踏み込むような事、してどうするんですか!」
志度博士の言葉を、若い男の金切り声が遮った。
研究者と言うより、体育会系DQNと言った風情の人物に、海斗の眉が顰められた。
正直、父親である滝和也が事故に巻き込まれて消息不明になる以前、それこそここが設立されてから度々、消息不明になってからは父の名代として月一回必ずここに来ている海斗と空は、当然ながら研究者達の顔を見て覚えている。彼らから向けられる感情も、嫌と言うほど感じ取り、理解している。
だからこそ、海斗は静かに志度博士に問うた。
「博士、あの人は新人ですか? もしかして、三井博士の後任ですか?」
「あ、ああ、後任の南原君だ。自衛隊の科学開発科からの転職で」
「自衛隊?」
「俺の事は関係ないじゃないですか! ちっ、これだから怪人と共生してる怪物は」
そう吐き捨てた男を、頭一つ背の低い空が一本背負いで床に叩き付けた。
リノリウムに叩き付けられた衝撃を、何とかしのいだらしい男の耳元に、ガンっとバイクブーツが踏み込んだ。
「よう、兄ちゃん、世渡り下手とか言われねえ? 馬鹿正直が過ぎるとか?
自衛隊でここの事どう聞いてたか知らないけど、よくまあ俺達の前でそんな事言ってくれるな? 俺や海斗が化け物ってのは、まあ百歩譲ってやるとして、ここにはSPIRITS隊からの出向者も多いんだ、言葉には気を使えよ」
「な!?」
「大体、お前さん、三井女史のデスクって隣の部屋だぜ?
わざわざここに来て喚いてるって事は、お前さん、研究進んでんの? ここって、今月はともかく来月末には研究レポート提出して貰わないと、次の三ヶ月分の研究費出せない仕組みだけど知ってる?」
立て板に水で問い質す空に、自称元自衛官は起き上がり喚き散らした。
「五月蠅い五月蠅い! 何が仮面ライダーだ、何が英雄だ! あいつら只内輪もめして人間巻き込んだただの屑じゃないか!
滝とか言う奴だってそうだ、日系だか何だか知らないがアメリカ人の癖に日本で災害広げて歩きやがって! 落ちこぼれ捜査官が上手く怪人に取り入って、英雄気取ってただけじゃねえか、くそが!」
その男に、思わず拳を固めた空の腕を、誰かが掴んだ。
空があっと思った時には、南原と言う男は警備員に囲まれ、手錠を掛けられていた。
「な、何が」
「南原光義研究者、研究物の不正持ち出し、及び身分学歴詐称でお話があります。勿論、そのまま警察へ連行させて頂きます。はっきりお伝えします、貴方には産業スパイの嫌疑が掛かっています」
警備主任の言葉に、男は色めき立ち、喚き散らした。
「産業スパイだって!? ふざけるな、お前達が情報の出し惜しみするから、俺が自衛隊に持って帰っただけじゃないか!」
「はい、自白完了っと。このまま正面に来てる、パトカーに乗せて貰って構わん。連れて行け」
「はっ」
泡を吹きつつ「くぁwせdrftgyふじこlp」と喚いている男を、警備員達が引き摺り出す。
その光景を見送りつつ、リクライニングシートに腰を落ち着けた志度博士が大きく息を吐いた。
「やれやれ、話を聞いてはいたが、本当にスパイだったとは」
「志度博士、それはどう言う事ですか?」
海斗がそう問うた時だ。のそりと現れた大猫が、構えとばかりに海斗の脛にすり寄った。
その猫は、海斗の友達――と言うより、海斗の父、滝和也の『友人』であった。
「お前、エーシュカじゃないか。……あ、まさか」
「ああ、南原君の周囲に、度々彼とその仲間が姿を見せるようになってね。
当時を覚えていた研究者が、慌てて警備に連絡して、捜査を始めたんだよ。
まさか再び、SCP-1733-RU-Jが手助けしてくれるとはねぇ」
「そっか、そう言えばお前達、そこの施設に対する復讐・侮蔑・サボタージュ・偽装・窃盗を企てている人間のところに現れるんだったね」
「いや、単にアンニャロウが、親父を常日頃からディスってたんだろよ。な?」
海斗に抱かれ、空に撫でられた大猫は、ご機嫌そうにゴロゴロと喉を鳴らした。
かつてBADAN戦役中に、SPIRITS隊に潜り込んだ工作員を大猫達が捕まえ、何処とも知れぬ場所で引きずり回した事件があったのだ。
猫を下ろしてやると、海斗は眉を顰めつつ相棒を見た。空の方も、憮然としつつ頭を掻く。
「嫌な事態になったね。
先月亡くなった弱音さんの恩師の研究室を漁った連中も、特殊訓練を積んだ人間の集団であるのは明白で、元特殊部隊かレンジャーじゃないかって話が出てた上に、事件前頻繁にかかっていた電話の相手が、どうも自衛隊の駐屯地からの発信だったって話なのに」
「三井さん、連絡付かねえんだよな、まさか自衛隊に拉致られてるとか言わねえよな?」
空の疑念に、志度博士がこう言った。
「自衛隊全体が取っている動きとは思えんよ、統合幕僚監部には元『SPIRITS』隊の目黒君もいる。彼以外にも、『SPIRITS』隊から自衛隊に戻って上層部に入った隊員はいるし、彼らの薫陶を受けた人間も一定数居る。
今回の事に関しては、私の方から目黒君に連絡を取ってみようと思う。
《S.A.U.L》やアラン会長からの連絡では警戒されるかもしれないが、私が個人で目黒君に連絡するなら、あちら側も大して警戒しないないだろうからね」
二五年前の『BADAN戦役』を乗り切った老博士の言葉に、二人の『仮面ライダー』は深く頭を垂れ、感謝を示した。
事件が起きたのは、その日の午後三時頃。
再開発の為に建物の取り壊しが進む場所に、銀行強盗を計ったドーパントとヤミー――ヤミーの宿主がガイアメモリを使ったらしい――が逃げ込んだのだ。
解体が始まりがらんどうになった大きな倉庫の中に、縺れるように逃げ込んだ二体を追って来たのは、丁度東京に戻っていた『対ドーパント専任捜査官』の肩書を持つ灰崎祥吾こと仮面ライダーHOPPER、そしてたまたま祥吾と一緒にいてヤミーがいるからとついて来た火神大我こと仮面ライダーオーズに、彼にくっついて来たグリードレイヴ@黒子テツヤだ。
《S.A.U.L》の方は、犯人達が途中大型車両が入れない細い路地を何度も縫うようにして逃走した為に、まだ辿り着けていない状態だった。
「こら、オーズ、何でテツヤ連れて来てんだよ!」
停車するなりのHOPPERの怒声に、頭が痛いとこめかみの辺りを押さえつつオーズは返して曰く。
「黒子って言うよりレイヴが付いて来てんだよ、メダルが手に入るって」
「すみません、彼『うるせえな。ほれ、ヤミーがいるだろうが、さっさと倒せ!』ああもう!」
赤いメッシュの入った水色の髪と言う、目立つ事極まりない姿の少年が、そのまま物陰に消える――グリードの特殊能力かと言うとさに非ず、黒子テツヤの特技である。
さっさと身を隠した未確認生命体に嘆息しつつ、オーズはトラクロウを構え、HOPPERは腰を落とし拳法の構えを取る。
「こんなところで捕まってたまるかあ! 行け、カミキリヤミー!!」
巨大な恐竜の頭部を模した怪人――ティーレックスドーパントが喚くと、天牛(かみきりむし)型の未確認生命体が一声吠えてオーズへと飛び掛かった。
長い触覚――傍目にも固そうな、蛇腹状に伸び縮みする難物だ――の一本を、オーズは左腕のクロウで受け止め、もう一本を右腕で弾く。
その陰から、文字通りバッタの脚力で飛び上がったHOPPERが、結構な高さまで吹き抜けになった倉庫の天井迄飛び上がる。そのままスレート屋根を支える鉄骨を蹴った反動で、HOPPERは札束の詰まったボストンバッグを抱え、一人逃げようとする怪獣の頭を狙う。
デカすぎる頭部と、ここまで走って来たが故のスタミナ切れでよろけたが為に、HOPPERが必殺を期して放ったハイキックは、ティーレックスドーパントの鼻先を削るだけに留まった。
が、その掠った程度でも鼻先の装甲が削れ、ドーパントは弾かれた反動でゴロゴロっと五メートルほど転がった。
「ち、無駄に硬いぜ、《古生物の記憶》は」
「ひいイイイイ! 来るなくるなクルナア!!」
攻撃を受けた事で、そしてダメージを受けた事に怯えたドーパントが、咆哮と共に衝撃波を放とうとする。
「オーズ、飛べ!」
「うわたたっ!」
が、事前に察したHOPPERの声で飛び上がり、同心円状に放射された広範囲衝撃波を躱したオーズは、宿主の攻撃で棒立ちになったヤミーに狙いを定め、バックルにスキャナを滑らせた。
ScanningCharge!!
「せいっやあああー!」
走り込みつつのジャンピングキックによって、カミキリヤミーは数十枚のメダルをばら撒きつつ爆散した。
己の攻撃で、味方であり盾であった筈のヤミーが敵の攻撃の餌食になったのを見て、焦った男はビッグ体になろうとした。
「おっと、それはさせられねえかな!」
HOPPER! MAXIMUMDRIVE!
ガイアメモリが過剰起動している為に、生体コネクタがある部分が発光している。
光っている男の左肩を目掛け、ライトグリーンの輝きを纏った神速の回し蹴りが叩き込まれた。
コネクタから弾き出されたメモリが、二重の負荷に耐え切れずに砕け散り、その反動で気絶した強盗犯はそのままずるずると床に伏せた。
急いで男に駆け寄ったHOPPERが、息と脈を確かめる。
物陰から出て来て、メダルをかき集める相棒+αに頭を押さえつつ、変身を解いた大我は、同じく変身を解いてウェストポーチから取り出した、所謂結束バンドで男を後ろ手で拘束している祥吾を見た。
「そんなの持ってるんだ?」
「おう、流石に手錠とか預かってないし、前に針金で固定したら犯人(ホシ)が手首千切りそうになっちまって。
だから、結束バンドで親指を固めるだけにしてるんだ」
「へえ」
「さてと、流石にそろそろ警官隊も追い付いて良い筈なんだが」
男が動けないだろう事を確認し、祥吾が立ち上がったその時だった。
ガチンっと、金属音がした。
「あ、やっとき……何だこいつ」
祥吾の声につられて扉の取り払われた倉庫の入り口に目をやった大我は、そこに建つ赤い人影に一瞬悩んだ。
一瞬だったのは、人影の手に大口径重火器が握られており、それが彼らの後ろでまだメダルを拾っている相棒に向けられているのを悟ったからだ。
「黒子、レイヴ、逃げろ!」
「かが『うわ!?』」
ドンっと、発砲され思わず三人?は左右に散った。
物陰に逃げ込んだ祥吾は、大型火器を構える相手を窺った。
マスクと特殊素材だろう全身スーツに身を包んだ相手は、何故か大我と黒子の二人を追い回す。
すぐ横のコンクリ柱に隠れた祥吾の横を通り過ぎ、まるで猫が獲物をなぶるように逃げる大我と黒子の足元を狙って、つづけさまに大型ショットガンをぶっ放したのだ。
先程祥吾が拘束した銀行強盗が床に転がったまま、銃声に泣き叫ぶのにも一切関心を示さないまま、赤い人物は二人?ばかりを追う。
「何だ? 何で大我とテツヤばかり」
――それはどうかな、なんか、俺と千尋が恣意的に狙われた気がする
――不自然な気がするんだよな、未確認とケンとヒロにだけ当たって、警官隊に流れなかったって言うのが
一昨日、黛千尋を見舞った際の会話が脳裏に蘇る。
そして、昨日の事件でも、攻撃を受けたのはイマジンと『イマジンを憑依させていた電王』だけ。
「もしかして、テツヤに憑いてるグリードと、大我の中のメダルの力を狙ってるのか!?」
そう思い至ると、祥吾は横合いから赤い存在に殴り掛かった。
動くものに銃口を向けたものの、全身真っ赤な――黒いラインが幾つか走ってはいるが、頭部のフルフェイスマスク以外はさほど固くはなさそうな印象の相手は、だが何かに驚いたように動きを止め、殴られるままになった。
そして、その身体はびっくりするほど固い手応えだった。
ゴッ
「いてえ!?」
「ショウ!?」
思わず拳を押さえた祥吾の姿に、逃げ回っていた大我の動きが止まる。
だが、大我に銃口を向けようとした怪人物は、何かに気付いたように銃を上げ、先程ヤミーが爆散した際に壊れたコンクリスレートの壁を突き破り、その場から逃げて行った。
「え?」
「な、何が……『あいつ、逃げやがった』」
驚いた大我と、息切れを起こしている黒子@レイヴ、そして祥吾の耳に、パトカーのサイレンとG-3Xが駆るガードチェイサーの排気音が届いた。
ぽっかりと開いたスレート板の割れ目から、赤くなり始めた空が覗いていた。
時間は少しだけ戻って。
とある墓地に、中村真也は来ていた。
ここに、養父と《ホークアイ・ホールディングス》が立ててくれた、彼の両親の墓があるからだ。
用意して来た花と供え物を置き、線香を供えると真也は静かに手を合わせた。
春の彼岸の頃は学年末な事もあり、墓参りに来れなかったのでゴールデンウィークに来たのだ。……五月三日が、両親の命日でもあるので、寧ろゴールデンウェークでの墓参りを慣例としていたのもあるが。
一〇年前のゴールデンウェーク、家族で温泉バス旅行に行こうとして、起きた転落事故で真也の両親は亡くなった。
運転していたのは、《スマートブレイン》社に属するオルフェノクで、わざと事故を起こし生存した子供を拉致しようとしたのだ。
そして、その時の事故で生き残ったのは真也只一人であり、現場近くで待ち構えていた《スマートブレイン》社の工作員はおざなりな治療を行い【オルフェノクの記号】と呼ばれるものを投与し、そのまま連れ去ろうとした。
辛うじて意識がある状態の真也を保護したのは、工作員達を追っていた滝和也――SkullRiderと彼に率いられた『SPIRITS』隊だった。
あの時、真也は死んでなお自分を守ろうと抱き締めていた両親の遺体を、「進化出来なかったゴミ」と称して足蹴にした男達を見ていた。そして、そんな灰色の怪物達を薙ぎ倒し、回収した遺体一人一人に手を合わせていた滝和也の背中も、真也はずっと見ていた。
だから、真也はオルフェノクを、より正確には《スマートブレイン》社と言う会社を信じる事が出来ない。そして、養父である滝和也が信を置く相手には、警戒心が下がる傾向にある。
年末の来訪以降の事を報告すると、烏の害があるとの事で備えていたお菓子を下げて、真也は墓地を後にした。
「あれ?」
学生寮に帰ろうと、バス停のある通りまで出て来た真也は、何気なく顔を上げて目の前の光景に眉を顰めた。
結構な交通量のある片側二車線の通りの向こう側に、詰襟姿で非常に目につく緋色の髪の青年が立っている。
色合い的には、そう、弟分である火神大我と、『キセキの世代』のリーダー格である赤司征十郎の髪色を足して割って明度を上げたような感じだろうか。
まあ、それだけなら「派手な頭」で済んだのだが、そんな髪色の人物が、やはり『キセキの世代』の一人で、同じく弟分である高尾和成の相棒、緑間真太郎と瓜二つな面差しをしていれば、凝視も已む無しではなかろうか。
「緑間? にしては髪……あれ、もしかして眉毛も赤いか?」
思わず、しげしげと凝視する形になったが、それまでじっと、それこそ電柱かバス停留所の看板かとばかりに突っ立って横顔を曝していた向こうさんが、いきなりぐるっとこちらに顔を向けた。
その無機質な視線に、一瞬背筋に冷たいものが走った。
真也はそのまま、通りの向こう側に立つ存在が迎えらしい車に乗ってそこから離れるまで、動く事が出来なかった。