Sons of Skull-Rider   作:怪傑忍者猫

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急転

 夢を、見た。

 

 夜中に泣いていたら、祥ちゃんが起き出して。

 祥ちゃんに手を引かれて「父ちゃん」の部屋に行ったら、「父ちゃん」は俺達をベッドに入れてくれた。

 生きている人間の温もりと、呼吸音と心音に、俺は慰められたんだ。

 

 

……お……かお……た…かお……高尾!

 

 呼び掛ける声が、チームのエースであると気付き、高尾和成は慌てて意識を浮上させた。

 目を開けると、緑間真太郎に抱き抱えられる態勢で、一気に羞恥心で焼かれる事になった。

 

「うな!? 真ちゃん!?」

 

 そのまま起き上がろうとして、腰に引き攣れた痛みを覚え、一瞬動けなくなった。

 それに対して、やはりと言いたげに緑間は眼鏡を押し上げた。

 

「あの連中、お前を捕まえようとスタンガンを押し付けたのだよ。一応ワセリンを塗って保護したが、大丈夫か?」

「うわ、ありがとう真ちゃん」

 

 そう言いつつ、周囲を見回した和成は、自分達がいるのがどう見ても四トン位の保冷車の貨物室で、キーホルダーに付けていたミニライトで辛うじて明るくなっているのだと気付いた。

 そうして、チャリアカーを置いている高校の裏手に向かっていて、黒尽くめのサバゲーマーのような集団にいきなり囲まれた事を思い出した。取り敢えず、緑間を庇って彼らから逃げ出そうとした矢先に、腰に走った激痛で意識が飛んだのだ。

 

「ごめん、真ちゃん。俺の所為で逃げそびれたね」

 

 和成の謝罪に、眼鏡を直しながら緑間は「違う」と言った。

 

「それは違う。高尾、奴らはお前が狙いだったのだよ。

 俺がお前を放さなかったのと、騒ぎを聞きつけた学生や教師に気付いたから、奴らは俺ごとお前を誘拐したのだよ」

 

 相棒の言葉に和成が咄嗟に考えたのは、アラン・ホークアイと〈ホークアイ・ホールディングス〉へのテロ、及び身代金要求だった。

 自宅に身代金を要求しても、大した金額になる筈も無く、また単純に高校生を拉致するのに向けられた銃火器はどう考えても本物で――SPIRITS隊の装備は、何度か間近で見る機会があったから――、そんなものまで出して来て自分を襲うなら、絶対組織的なものだと思ったのだ。

 だが、そこまで考えたところで、和成は別の理由に思い当たり蒼褪めた。

 自分が、〈ホークアイ・ホールディングス〉と縁が出来たのは、救出し保護者になってくれたSPIRITS隊隊長滝和也が、会長首席秘書を務めていたから。

 そして、自分がSPIRITS隊に救出されたのは?

 

「まさか。『財団X』!?」

「高尾!?」

 

 和成の語尾が跳ねるのと同時に、ガチャンッと音を立てて閉ざされていた扉が開いた。

 

 

 誠凛高校での事件の後、バスケ部の面々は一部を除いて〈ホークアイ・ホールディングス〉から派遣された警備員達に付き添われ、自宅へと帰って行った。

 残ったのは仮面ライダーオーズこと火神大我、仮面ライダー鎧武こと日向順平、責任者として相田リコ、レイヴに付き合う形で黒子テツヤ、そして応援としてきた福井健介と、その相棒岡村建一、そしてつい先ほど仮面ライダーとして名乗りを上げたウィザードこと伊月俊だ。

 七人+αは、小料理屋『TOKIO』のロゴが入ったワゴン車に乗り込んだ。

 元々送迎用の大型ワゴンであったので、何とか収まった面々はそこに設置されている大型タブレットを使って、〈S.A.U.L〉の管制センターとの会議を始めた。

 俊の事を報告された主席オペレーターは、それこそ眩暈を覚えたように目頭を押さえていたが、軽く頭を振ると話を続けた。

 

『秀徳高校の襲撃者グループに関しては、宮地君がガジェットを車両に投げ付ける事が出来ましたので、現在警察車両が追跡中です。

 海常高校側は、現在Call№3、№4が現在も追跡中です』

「Call№って?」

「警察無線で、仮面ライダーを呼ぶ際の暗号みたいなもんだと思っとけ。

 №3が祥吾、要するに灰崎で、№4が中村だ。大体〈S.A.U.L〉に登録された順にナンバーは振られるから。あ、俺№6で、千尋が№7、清志が№8な」

 

 首を傾げた俊に、説明してやるのは健介だ。

 その横で、大我が心なしか引き攣った顔で質問する。

 

「なあ、狙われたのは高尾と黄瀬なんだよな?

 何でこの二人が狙われたんだ? 緑間じゃなくて、高尾が狙われたって事は〈ホークアイ・ホールディングス〉への嫌がらせかと思ったんだけど、黄瀬が捕まったって時点で訳が判らねえ」

『それについて、最新情報があるの。

 現在未確認事件に乱入する、赤い人型の乱入者が使用している武装が、超常能力者による脳波誘導型である可能性が出ています。

 高尾君が拉致られた理由は、彼が元々そう言う兵器の開発を行っていたセクトに、誘拐された過去がある為でしょうね。

 黄瀬涼太君に関しては、実は不確定ではあるけどSPIRITS隊にある記録が残っていたのが判ったの』

「記録?」

 

 聞き返した健介に、画面の中の弱音羽久警部補は紙製ファイルを捲りつつ言葉を続けた。

 

『ガイアゲートと言うのは皆判るかしら? HOPPERの使うガイアメモリに関連する特異自然現象なんだけど。

 現在、〈S.A.U.L〉とSPIRITS隊とが共同で管理しているゲートが三カ所程あるのだけど、今から十年前、最初に確保したガイアゲートに転落した子供がいたの。

 咄嗟に滝さんが飛び込んで、引き揚げたから大事に至らなかったんだけど。

 その、転落した子供が、黄瀬涼太君ってあるのよ』

 

 警部補の言葉に、俊とリコ、黒子@レイヴは良く判らないと言う表情になったが、残りの面々は厳しい表情を作った。

 

「確か、ガイアゲートって、中に入った存在全て分解してエネルギーに変換してしまうんじゃ」

「養父《おやじ》が完全に分解される前に引き上げたから、生還が出来たのかもな」

 

 冷や汗を拭いつつ順平が唸ると、顎をさすりつつ健介が答える。

 そして、有る事を思い付き、大我は訳が判らないとぼおっと話を聞いている相棒に目をやった。

 

「なあ、黒子、黄瀬の奴、何時からコピー出来るって言ってた?」

「え? えーっと、小学生の二年生ぐらいから色々出来るようになったって」

「もしかしてだけど、黄瀬のあのコピー能力って、ガイアゲートに接触してなんか能力が生えたって事なのかな? 時期的に大体合うし」

『それか!』

 

 急な声に、思わず全員が驚く。

 無線越しに音声回線を繋いだ、灰崎祥吾の声だった。

 

「ショウ!?」

『さっき、真也兄ぃに頼まれて『地球《ほし》の図書館』に入った時、メモリが壊れてはじき出される寸前に、こっちに向かって伸ばされる父ちゃんの手を見たんだ。

 あれが、ガイアゲートに落ちたリョータが見たものだとしたら、あいつがメモリ無しで『地球の図書館』に入り込んだ理由が判った気がする』

『もう一つ、黄瀬が襲われた理由が『地球の図書館』が関わるとしたら、やっぱり関わっているのは『財団X』って事にならないか?』

 

 同じく割り込んで来た真也の言葉に、画面の女性と古参になる健介が苦い顔になる。

 だが、それに向かって否を伝えたのは別の声だった。

 

『残念だが、『財団X』そのものじゃなくて、奴らに技術提供を受けた自衛隊のはねっ返りらしい。

 あいつら、よっぽど未確認生命体相手にドンパチやりたいらしいな!』

『きょ、本音警部それは』

『秀徳を襲った連中の車が、自衛隊高官の私有地に入りやがった。追い掛けて入ろうとした警察車両を、武装した自衛官らしいのが威嚇しやがる』

「自衛隊高官、ですか?」

『ああ、朱堂陸将って奴の別邸だか何だかだが、何処の特別警戒箇所だってくらい自衛官らしい奴らがうろうろしてやがる』

 

 舌打ち交じりの警部の声に、高校生達は押し黙ってしまう。

 そんな中、口を開いたのは黒子に取り憑いているグリードだ。

 

『おい、その理屈で行くと、眼鏡とダジャレを狙って似たような奴らが来るんじゃねえか!?』

「「「「「!!?」」」」」

「いや、俺は高尾より範囲が狭いし、後遠視とかそんな能力は」

 

 驚く面子の中で、そう言って俊は否定しようとしたが、苦虫を噛み潰した顔で順平が「あるかもしれない」と言った。

 

「今回関わってる『財団X』ってのは、ぶっちゃけて言えば戦争商人で、兵器開発に使えると判断した技術は魔法からBADANの超技術まで、見境なく搔き集めてるところだ。

 あの当時は使えないってされた俺の能力も、多分伊月の『鷲の目』(イーグルアイ)も、兵器転用出来るようにさせるんだろう、……黄瀬の、『地球の図書館』を使ってな」

『冗談じゃない、黄瀬にそんな事させられるものか! 今だって、能力が暴走気味ですっかり弱ってるのに!』

 

 叫んだのは真也だ。

 同じく、低く唸るのは健介である。

 

「本気で何でもありだな、『財団X』ってのは。

 自衛隊のお偉いは、何でそんなのと手を結びやがった」

「自衛隊で、未確認生命体を憎む理由と言うと、一応聞いた事があるがのお」

「そうなんですか? 岡村さん」

 

 相田の疑問に、岡村の方は大きな体を可能な限り縮めて座った状態で、少し身じろぎしつつこう続けた。

 

「BADAN戦役の最初期に、黒いピラミッドっちゅうもんから現れたブラックサタンの奇怪人によって、富士演習場で自衛隊の戦車隊が壊滅した事件があっての、その時の事が遺恨になって、自衛隊が三つに割れたらしいんじゃ。

 一つは、自衛隊を辞めて遺恨を晴らす為にSPIRITS隊に入った人達。今、統合幕僚監部においでる目黒陸将補を中心にした人らじゃな。

 もう一つは、とにかく本来の任務として、難民と化した市民の保護と救助に奔走した大多数の自衛官達。

 そして、改造人間との徹底抗戦を叫んだものの、行動を取り切れなんだ人らじゃ」

「行動を取り切れなかった?『察するところ、掛け声はデカいが、腰が重くて行動を取れなかったって事か』」

 

 首を傾げた黒子に、下宿人が鼻を鳴らしつつ吐き捨てる。

 そんな二人?に、これはほとほと呆れたと言いたげに健介が零す。

 

「結構酷かったらしいんだよな。現場で走り回っている人達は、義父《おやじ》達SPIRITS隊と連携する事をむしろ歓迎してくれてたらしいんだけど、東京から移動してた統幕にいた偉いさんは、仮面ライダーごと怪人を焼き払えとか言い出す人間がいたとかさ」

「え? 俺ライダーとSPIRITS隊が、東京から避難しそびれた人達保護してたって聞いてたけど」

 

 大我の言葉に、その場にいた全員があの当時生れてなかったが、下手打つと親や身内が死んでしまったかもしれないと思い改めて血の気が引く。

 そして、本音警部から指示を出され、健介と順平、大我と俊とは神妙な面持ちで頷いた。

 

 

 丁度その頃、お台場の海浜公園で人を待っている人物がいる。

 統合幕僚監部に所属する、目黒圭一陸将補は、自衛隊の副幕僚長の朱堂連太郎陸将に密談の為、ここへ出向くように連絡を受けたのだ。

 護衛として、制服着用した自衛官二人を控えさせ、目黒は静かに時計を見ていた。だが、呼び出した方が時間に遅れており、そろそろ予定時刻から一五分を経過しようとしていた。

 

「やれやれ、普段規則の規律のと仰る人が、ここまで遅れて来るとは」

「そうでもないさ、下準備にちょいと時間が掛かっただけさ」

 

 目黒のぼやきに、バラバラっと武装した集団を背に同じように武装した、三〇歳に届くかどうかと言う男が現れた。服装は、自衛隊と言うよりサバイバルゲーマーのような印象で、所属隠しらしい。

 男の顔を目黒は知っている様子で、眉を顰めつつ言葉を掛けた。

 

「水原三佐、これはどう言うつもりかね?

 後ろにいるのは、君の部下達のようだが、緊急配備が掛かっている筈も無いのに何をしているのかね」

「いいえ? これから緊急事態になるんですよ、この日本から、未確認生命体を一掃する為に!」

 

 制帽を目深に被った自衛官達が目黒を庇うのを見て、水原と呼ばれた男はにたりと笑う。

 この男は、成績は優良だが格下への加虐癖があり、本来なら退役か、とても三佐などと言う地位に上がるような人材では無かったのだが、朱堂陸将に気に入られ引き上げられた人物だ。

 当然、朱堂陸将の権威を笠に、同じような精神構造の者と徒党を組み、真面目に勤務している同期や後輩に嫌がらせよろしく、示威行動を日々取っているような連中だ。

 

「未確認生命体の一掃!? 自衛隊の武装で戦闘になれば、BADAN戦役と同じ事態になるだろう!」

「それがどうしました? 国家の大事ですよ? 多少の被害は目を瞑って貰えませんか?

 自分の隣りにいるのが人の振りした怪物だなんて、想像するのも恐ろしいじゃありませんか」

 

 そう言う水原と言う男は、言葉とは裏腹に手にしたライフルに頬擦りせんばかりに嗤った。

 その目に、目黒は深々とした溜息を吐いた。

 あの日、あの時、総隊長の目に、自分達はこの男のように見えたのだろうか。だとしたら、随分やるせない。

 そう思いつつ、目黒は眼鏡を押し上げた。

 

「言葉はご立派だが、私は君と同じ目をした輩を見た事があるよ。

 東北地方を、赤心寺を襲撃してきたドグマとジンドグマの改造人間。暗闇大使に操られ、破壊衝動のみに突き動かされたケダモノ共。

 君は、そいつらと何ら変わりのない、社会の敵だよ」

 

 年老いた男《目黒陸将補》の言葉に、ひくりと水原のこめかみが引き攣った。

 

「は、怪人とよろしくやって出世なさった方は言う事が違う!

 さすがは、怪人の倅をありがたがるお人だ! 自分の地位を守る為に人類を裏切っておいて、よくもまあ仰ることだ」

「……誰の事を言っている?」

 

 低くなった目黒の声に、勝ち誇ったように水原はこう言い放つ。

 

「滝和也ですよ、滝和也!

 あの男、生粋の人間じゃないって話でしょうが、その上国家反逆罪でぶち込まれた過去があるのに何故か無罪放免になり、挙句に改造人間と戦うなんてほざいてあんた達を集めて、お山の大将やってたそうじゃないですか。

 しかもあいつ、FBI辞めて親であるマミーゼネラルに保護されたんでしょうが。全く、旨い事」

 

 自衛官にあるまじき品性下劣な男は、それ以上喋る事を許されなかった。

 護衛の一人――水原と並ぶと、軽く頭一つ低く且つ細く見えた――が、一息で水原の懐に入り、ライフルを奪いその銃床で鳩尾を強かに殴り付けたのだ。

 部下達共々床に転がった水原が、怒気丸出しで顔を上げると、護衛は奪ったライフルを肩に天秤に担ぎ、被っていた制帽を脱いだ。

 それは、自衛隊の制服を着込んだ一文字空だった。

 はっと、標的の方を見た水原は、相手を庇って立つもう一人の護衛が、『滝和也の息子』であり危険人物第一位とされていた滝海斗であるのを悟ってギリッと歯軋りした。

 

「こいつらっ」

 

 顔色をどす黒くした水原と、リーダーが殴られた事に動揺する一〇人を前にして、目黒は溜息と共に言葉を紡ぐ。

 

「滝和也と言う人物について、信用出来るリソースがある訳でも無く、またその人の人となりも知らないでいて良くそれだけの事を言ったものだ」

「なっ!」

「第一、滝隊長はFBIを辞めた訳では無いよ。

 あの人はICPOに出向し、〈ホークアイ・ホールディングス〉へSPIRITS隊隊長として『有事の際マミーゼネラルを抹殺』する為に、単身敵地にいたのだよ。

 財団Xから、何を吹き込まれたのか知らないが、あの人に保身なんて言葉は存在しないよ。

 国家反逆罪は濡れ衣だったし、あの人は何時も前線で戦っていた。朱堂陸将のように、現場も知らずにヒステリーを起こしたりする人じゃあないんだよ」

「貴様っ!」

 

 水原が激高し、部下達が銃を向けようとしたその時だった。

 

「良し、そこの不審者十一人、大人しく武器を捨てろ!

 自衛隊高官への傷害及び恐喝未遂の現行犯で、全員逮捕する!」

 

 鋭い声と共に、彼らを囲うように完全武装の機動隊が囲み、そしてヘルメットは着けていないがG-3Xを装備した〈S.A.U.L〉の新條勇真警部補が立っていた。

 

「ば、馬鹿な、この公園の外には、俺達の仲間が」

「不審車両なら、もちろん職務質問させて貰ったよ。誰一人身分証明出来るもの持ってなかったから、須らく近場の警察署に連行させて貰ったけどね。

 お前さん達に至っては、色々不穏な事喋ってたからなあ、警察署の取調室で、色々聞かせて貰うよ?」

 

 優しげな表情で、だがそう言い切った目は間違いなく警察官のもので、新條警部補の姿に水原は怒りで赤黒くなった顔色で自分より若輩だろう警官を睨み付ける。

 

「俺達は自衛隊員だ、警察なんぞに」

「なーに言ってんですか、犯罪犯せば自衛隊も政治家もありませんよ、大体、あんた達の持ってるそれ、現物の正式銃でしょ? その時点で銃刀法違反の現行犯ですけど?」

「だったら、そこにいる二人は自衛官じゃない、身分詐称」

「俺達に、階級章と所属章は付いてませんよ」

「そ、俺達自衛官のコスプレしてるだけだし?」

 

 足掻こうとした水原を、今の今まで黙っていた海斗と空が蹴落としに掛かる。

 言われて良く見ると、確かに二人の格好は少しずつ正式の制服ではなく、本来階級章が付く部分にはただのつるっとしたプレートがついていた。

 標的《目黒》にばかり目が行っていた為、護衛に注意を払わなかった事を今更ながら後悔する男は、最後の足掻きと、部下の銃を奪い、次善の策――陸将補暗殺――を実行しようとした。

 だが。

 

「見苦しい!」

「させねえって!」

 

 左右からの、鏡写しの回し蹴りによって再度吹っ飛んだ水原は、込められた勁もあって、再び部下達諸共を巻き込み、今度こそ昏倒した。

 軽く痙攣する水原をやるせない思いで見詰めた後、目黒は今の今まで隠れていた本来の護衛である部下達を呼んだ。そして、今まで護衛についていたライダー二人に向かい直った。

 

「手間を掛けたね」

「いいえ、こちらからの問い合わせの結果ですし」

 

 今回、こんな騒ぎになったのは『特殊科学研究室』での騒動が切っ掛けで、産業スパイをやらかした自称研究者の自衛官と、消息不明になった女性研究者について志賀博士が連絡を取り付けたからだ。

 目黒陸将補ら元SPIRITS隊の自衛隊関係者も、未確認生命体過激派には警戒していたものの、まさかここまで露骨に動いていたのに気付けなかった事を悔やみ、以来連絡を取り合っていたのだ。

 その上、〈S.A.U.L〉から未成年誘拐を過激派達がやらかしているらしいと言う情報が入り、目黒達は揃って頭を抱えたのだ。

 そして、今回関係者――和成とその知人、真也の後輩が誘拐された事を受けて、向こうが自衛隊内のSPIRITS隊関係者への人質にするだろう目黒自身が囮になって、向こう側の人員を取り押さえる事になったのだ。

 リーダーが拘束搬送されるのを目にして、すっかり戦意を無くしたらしい不良隊員達は、大人しく警官達に促されるまま歩いて行く。

 彼らを護送しつつ、新條警部補は三人の方に向かって軽く敬礼すると、無線交信しながら公園の外へと向かった。

 

「……BADAN戦役の事を、もう少しきちんと後進達に教えるべきでした。

 二度とあってはいけない事としてだけではなく、無知と情報不足と妄信、これが現場でどれだけ自身の、ひいては部隊の足枷になるか。

 その事をはっきりと伝えなかったばかりに、現場を書類上でしか知らない朱堂さんの暴走を許し、彼の寝言に感化される若手を出してしまった」

「目黒さん」

 

 一度目を閉じ、だが海斗に向かい直った目黒はぴっと敬礼をした。

 

「自分は、これから統合幕僚監部に戻り、軽挙妄動しようとする若い者達を押さえ込みに掛かりましょう。

 どうか、連れ去られた子供達をお願いします、ライダー」

「了解です」

「後の事はお願いします」

 

 そう言うと、まるで鳥が飛び立つように二人の青年は走り出す。

 その背中に、かつて自分を救出した空飛ぶライダーと、誰よりも先陣切って走っていた総隊長の面影を見出し、万感の思いと共にかつての第九分隊隊長は敬礼を解いた。

 

 

 時間は、少しだけ巻き戻り、とあるマンションの一室はパソコン三台を六人の人間が囲んで、ちょっと変な熱気に包まれていた。

 ここにいる面子のうち、一人を除いた面子を見れば誠凛高校――特に黒子テツヤは顔を歪めたかもしれない。

 

「ち、またトラップか。ここの管理者は結構神経質だなっと」

 

 そう言いながら、無表情な青年が黙々とキーボードを叩く。

 その横で、普段は寝こけて居る念仏黒子の青年が、人類技ではない指裁きで打ち込んでいる。画面を見ると、これまた超高速で何やら英数字で文章が作られている。

 その横で、同じく人間業ではない勢いでタイピングしていた麿眉の青年がいらいらと声を掛ける。

 

「健太郎、アンチウィルスは?」

「今出来た、流すから待ってくれ」

「全く、どうせ『財団X』謹製なんだろうが、自衛隊も欠陥ぐらい理解して使えってんだ。他所の奴がトラップ起動させた後、そこがそのまま『財団X』専用リンクに代わるって事ぐらい調べておけよ」

 

 そうぼやきつつ、しかし手は全く休めず打ち込み続けている。

 そんなパソコン三台の横で、黙々とプリントアウトされるA4用紙を整理する前髪で目の隠れた青年は心なしか不機嫌そうだ。

 そして、一見するとヤンキーそのままの三白眼の青年が、そこにいる人数分の蓋つき紙コップ(某コーヒー店のような蓋を取らずに飲めるスタイル)と、手を汚さず食べられるスティック付きのミニケーキを持って、奥のキッチンからやって来た。

 

「うぃっす、糖質補給用のケーキとアントシアニン補充用のブルーベリージュース持って来たぞ、皆暇観て食ってくれ」

 

 テーブルに置いたそれを、其々が手を伸ばし、各々食べ始める。

 そうしておいて、ヤンキー、否山崎弘はジュースを彼らとは別のテーブルでタブレットをいじっている青年へと運んだ。

 そこでタブレットを睨んでいたのは、仮面ライダー電王こと香山閃だ。

 今、閃は高校の後輩である霧崎第一高校バスケ部の協力の下、『財団X』からの情報の流れを辿る形で自衛隊過激派の動きを探っている真っただ中だった。

 止むを得ずとはいえ、後輩を使う事を閃は謝ったが、寧ろ花宮真は

 

「頼って貰えなかったら、泣くところでした」

 

と、真顔で返していた。

 実際問題として、閃は霧崎第一高校の卒業生であり、一年間とはいえ花宮達の上級生――先輩であったのは事実だ。

 だが、『悪童』と綽名された花宮真が、閃を慕うのは別の理由がある。

 

 花宮真は、中学三年から『ライアーキッドイマジン』に取り憑かれていた。

 花宮には、幼い頃可愛がってくれた叔父がいた。

 生真面目で、善良な正義感の強い彼は、『素晴らしき青空の会』のファンガイアハンターの若手として活動していた。

 だが、花宮が五歳の時、叔父は殺人犯として逮捕された。

 叔父が殺したのは、花宮の知らなかった叔母。

 ファンガイアの貴族と駆け落ちした、一族でみそっかすと冷遇されていた女性。

 叔父は、これまでにもファンガイアと関係を持ったと見做した人間を何人も殺しており、実の姉も殺害したのだ。『人類の裏切り者』と、相手を罵りつつ。

 だが、司法から自分のやった事が単なる殺人でしかなかったと突き付けられた時、叔父は現実を受け入れる事に耐えられず、自殺した。

 姉を、人々の命を奪った銀製の矢じりを付けたボウガンで、己の心臓を貫いて。

 それまで叔父を褒めちぎっていた親族は、彼が逮捕されるや掌を返して罵った。

 そして、幼い花宮の前で、叔父のようになるな、善悪を取り違うなと言い続けた。

 そんな事を言った親族達は、花宮が知らないところで「恥を知れ!」と、金色の鎧を着込んだ人間に薙ぎ倒されていたが。

 大人達の矛盾と圧力に、彼らの望む「いい子」を演じていた花宮はだんだん追い詰められていた。中学生になって、自分をいじってくる『先輩』に出会って、少しだけ息を吐く事が出来ていた状態だった。

 だが、その先輩が卒業し、高校進学が目前になって親族達からの過干渉がまた始まり、花宮は追い詰められていった。

 そして、帝光中に負けたあの日、『ライアーキッドイマジン』が現れたのだ。

 

「望みを言いな、一つだけ叶えてやるよ?」

「……じゃあ、『いい子』を止めたい」

 

 花宮の応えに、砂の塊はにたりと笑い。

 『ライアーキッドイマジン』は花宮に取り憑き、そして周囲が知る花宮真となったのだ。

 このイマジンは、普通のイマジン達よりも我が強いのか、他のイマジンのようにゴールデンライオンイマジンの指示に従うのではなく、自身の欲に忠実に動き回る存在だった。

 結果、高校一年にして霧崎第一高校バスケ部を掌握した花宮――否『ライアーキッドイマジン』は、ラフプレーによって周囲を傷付け、『いい子ちゃん』を突き落として笑い飛ばし、大人達の前で優等生を演じて舌を出した。

 そうやって、誰も彼もを傷付けていたイマジンを倒したのが、香山閃こと仮面ライダー電王だった。

 『未確認生命体対策班』こと〈S.A.U.L〉に、一般協力者と言う肩書で協力する事になった閃は、校外の騒動で東奔西走する羽目になっていた為、自身の学校にイマジンがいる事に気付くのに時間が掛かったのだ。

 イマジンが倒された後、自暴自棄に陥り泣き喚く花宮を前に、閃はじっとその支離滅裂な話を聞き続けた。そして、喚き疲れて肩で息をする花宮に向かってこう告げた。

 

「別にいいんだよ、良い子じゃなくて。

 大人の身勝手に振り回されて疲れたな。良いんだよ、大人の言い分なんて、勝手なものなんだ。ちゃんとした大人なら、子供だからって決め付けないし、子供の言う事も聞いてくれる。

 そう言う事が出来ない奴は、大抵そいつ自身が出来なかった事を子供に押し付けてる奴なんだ。そんな奴、大人として敬する必要ないよ。

 お前がやった事は確かに悪い事で、非難される事で、でも、それでお前がもがいてた事実を否定して良い訳じゃ無い」

 

 閃にそう言われ、抱き締められて頭を撫でられ、花宮は今度は声を押し殺して泣いた。

 それ以来、花宮は閃に対してだけ、他の人間とは少し違う対応を取るようになった。

 傍目には他の人間と同じように、礼儀正しく対峙しているようだが、より感情を見せるようになったのだ。

 花宮を変えた――救った閃に感謝したのは、部員であり実は縁戚である山崎弘だ。

 花宮の一門の中では常識的で、また親族で唯一叔父の弁護を試みた山崎の父は、その為に縁切りされていた為、花宮は山崎が親戚である事を今まで知らなかった。

 だが、山崎の方は大人達の傍で、人形のように座らされていた花宮を知っていた。――たまたま進学先が一緒になったものの、縁切りされた人間の子供が近付けば却って花宮が迷惑すると思って距離を置こうとしたら、部活でガチ当たりした不幸体質だったりする。――

 因みにバスケ部で唯一、閃に反発したのは原一哉だったが、不良よろしく絡みに行って、ナイフを振り回すコンビニ強盗を片手でぶん投げて取り押さえた姿を目撃して以来、彼の前では大人しくしている。

 

「先輩、〈S.A.U.L〉の方はどんな感じですか?」

「あまり芳しくない、と思う。自衛隊が肝心な場所への通路を封鎖して、警察車両を通せんぼしやがるらしい。

 本音警部がぎりぎりしてるのが会話にも出てて、正直同じ現場にいなくて良かったって思っちまうよ」

 

 溜息交じりに閃がそう言えば、一仕事終えてぐっとジュースを飲み干した大仏黒子――瀬戸健太郎が画面から目を放す事無くこう言った。

 

「私有地と言うのが更に厄介な。まあ、逆を言えば、私有地に自衛官を警備に立てていると言うのは立派な公私混同だとも言える」

「公私混同するから、私怨から武力による未確認生命体撲滅なんて事を、お題目として言えるんじゃないか?」

 

 首を鳴らしつつ無表情な青年――古橋康次郎がぼやけば、めんどくさいと言う空気を隠しもせずに原一哉――目を前髪で隠した青年がこう言い放つ。

 

「ああ、もう、めんどくさい!

 香山先輩、あの異次元特急で乗り付けてやりゃいいじゃん、こんなとこで油売ってないで……イデ!」

「馬鹿野郎、そんな芸当出来てたら今苦労するか!」

 

 口の減らない同期の後頭部を叩《はた》き、花宮もずずっとジュースを飲み干す。

 原の言葉に、他の四人も何とも言えない顔になる。

 

「馬鹿だな」

「物知らず」

「デンライナーは自家用車じゃないんだって」

「イマジンが入り込んでるって言うならともかく、ただ非常線突破と言うのにデンライナーを使うのは」

 

 困ったように閃が答えた、その時だった。

 

『ふむ、要は電王が出撃する口実があれば良い訳だ。

 良かろう、その私有地とやらにイマジンを集めよう。何、特異点が居ると噂を流せば、すぐさま集まって来るだろう』

 

 第三者の声に、ぎょっとなった六人の視線の先で、何時の間にか応接セットのソファーで寛いでいた赤、黄砂色、オレンジ、黒のイマジン達がいた。

 額を押さえるウルフイマジンの横で、黒い鷲型のイマジンが優雅に手を振って見せた。

 

 


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