スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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10 戦女神たちの砦で 後編

 はじめに感じたのは、鼻を突く独特の匂いと柔らかなものに包まれている感触だった。

 

(この匂い…………消毒液?……布団で寝てる?…………どこかの病院なの?…………)

 

覚醒しつつある意識で漠然と周囲の状況を推測しながら、城崎ユイはゆっくりと目を開ける。

 眠気の残る目で見覚えのない天井を捉えると、自分を包む懐かしい感覚に、ずっと固まっていた意識がほぐれていく。

 

(布団なんて久しぶりだなぁ……もうちょっとだけ…………?)

 

 が、再び眠りに落ちそうになる直前、人の気配を感じて顔を左側に向ける。

 その視線に気づいたのか、ユイが寝ているベッドの横の椅子に座る黒っぽい赤毛をポニーテールにまとめた女性が語りかけてくる。

 

「……気がつきましたか。気分はどうですか?」

「あ……ちょっと頭がくらくらするけど、それ以外は……」

 

やや掠れた声で答えながら、女性に手伝ってもらって上体を起こすと、ユイは周囲を見回す。

 自分がいるのはやはりどこかの病室、それも個室であり、病床衣を着て左腕に点滴を刺した体をベッドに横たえている。窓のない部屋には自分と横の女性以外は人はおらず、女性は白地のブレザー型の制服らしき物を着て、首から「GUEST」と書かれた札を提げている。

 

(この人の雰囲気……軍人?でもあんな制服を採用してる軍は知らない。それに……)

 

女性から自分と似通った匂いを感じながらも、ユイはそれ以上に気になること――サイズが合っていない為にぶかぶかになっている胸周りにどうしても目が行ってしまう。

 

「……この服は借り物ですので、あまり気にしないでください」

「あ、はい……」

「水、飲みますか?」

 

視線を察したらしい女性の穏やかだが有無を言わせない雰囲気にユイが素直に応じると、女性はサイドテーブルの水差しを傾け、手ごろに冷えた水を差し出す。

 ちょうど喉が渇いていたので受け取り、冷たい水を流し込んで調子を整えると、ユイは目覚めてから疑問に思っていたことを問う。

 

「あの、ここは何処ですか?なんで私こんな所にいるんですか?それに、貴女は誰ですか?」

「紹介が遅れましたね。私はライカ・ミヤシロといいます。ここはある機関の病院で、貴女は気絶しているところを運ばれました。今は検査入院中です……そうそう忘れるところでした」

 

ユイの問いに一通り答えると、女性――ライカはポケットから取り出した物を差し出す。

 

「これって……」

「貴女の身元を調べる為に貸してもらいました。城崎ユイさんで間違いありませんね?」

「……はい」

 

差し出された物――自身の認識標、俗にいうドッグタグを首に掛け直しながら、ライカの確認に首肯を返す。

 

「……あの、検査入院ってどういうことですか?それに、結局ここは何処なんですか?一緒にいた部隊のみなさんは無事なんですか?」

「…………いいでしょう。いずれ知るべきことですからね」

 

 尚も質問するユイに、ライカは何かを決心した様な顔をする。

 

「最初に言っておきますが、これから話すことは全て事実です。そのつもりで聞いてください。そして、何を聞いても心を乱さないでください」

「……は、はい」

 

真剣な眼差しを向けるライカに生唾を飲みつつも、ユイは身を踏ん張らせて応じる。

 

「いいですか。今は新西暦80年。貴女がいた時代から100年近く経った未来です。貴女は時空崩壊という現象に巻き込まれて現代にタイムスリップしてきた、と私たちは推測しています。発見した際、おそらくは生身で時空崩壊を通った所為か、著しく衰弱していたので、ここ――非政府防衛組織・ヴァルキリーズの病院に緊急搬送させてもらった……こんなところでしょうか?」

「…………」

 

矢継ぎ早に出てきたライカの言葉の数々に、ユイの思考がしばし停止する。

 

「…………え?タイムスリップ?……100年後の未来って…………!?」

 

ようやく頭が回り出し、先ほど以上の疑問が溢れ出てくるものの、そもそも何から訊いていいのかわからず、ユイは結局口籠ってしまう。

 と、唐突にノックの音が響き、白地の制服に「GUEST」の札を提げた男性が、両手に大振りのビニール袋を持って入ってくる。

 

「ライカさん、頼まれた物買ってきました」

「遅かったですね一夏。お疲れ様です」

 

「一夏」と呼ばれた男性が差し出した右手の袋を受け取りながら労いの言葉をかけると、ライカはそこからあんぱんを取り出して噛りつく。

 

「売店までの道が複雑で……あ、起きたんですね」

 

 言いながら左の袋をサイドテーブルに置くと、一夏もライカから受け取ったあんぱんの袋を破ってユイと顔を合わせる。

 瞬間、

 

「!」

 

ユイの脳裏にいくつもの光景がフラッシュバックする。

 どこまでも続く闇、煙が立ち込める大地、そこへ向かって落ちていく自分、そして、

 

(髪飾りこそないけど、この顔……この目は……)「あの時の、天使……?」

「え?」

「あ!いえ!……なんでも…………」

 

思わずこぼれた夢見がちな表現に、ユイは慌てて口をつぐむ。

 

「彼は織斑一夏。私の部下で、落ちてきた貴女を助けたのですが……覚えていますか?」

「切れ切れですが、なんとか……えっと、織斑さんですね。助けていただきありがとうございます!」

「いやぁ、俺が勝手にやったことだし、人助けが仕事みたいなもんだから」

 

ライカに応じつつユイは深々と頭を下げ、それに一夏は微笑んで返す。

 と、再びノックの音が響き、黄色と黒の縞柄ツナギを着て「GUEST」の札を提げた男性と、男物の礼服を着たサイドテールの少女、ワンピースを着て周囲を不安と好奇心が入り混じった表情で見まわす少女が入ってくる。

 

「失礼します。ライカさん!一夏君も!ご無事でなにより」

「恭弥さんも大丈夫そうですね……ところで、その服どうしたんです?」

「ちょうどここに知り合いがいてさ、貸してもらったんだよ」

 

一夏の問いに答えつつ、男性――恭弥は安堵の表情を浮かべる。

 

「……その2人が連絡にあった?」

「はい」

 

 ライカに応じると、恭弥は少女2人に前に出るよう促し、礼服の少女が口を開く。

 

「高槻カノンです。こっちはリグル・フォン・エルプール。来る途中で桂木さんから聞いたけど、そこで寝てるのが、私たちと同じ時空崩壊ってのから出てきた子?」

「そうです。食べながらで失礼ですが、私はライカ・ミヤシロ中尉。こちらは部下の織斑一夏曹長」

「ちゅ、中尉!?……!すみません…………」

 

改めてされたライカの自己紹介に驚嘆の声を上げ、我に返ったユイは赤らめた顔を俯ける。彼女の感覚では士官など雲の上の存在であり、それが自分のすぐそばにいることが信じられなかったのである。

 と、再度ノックが響き、私服姿の少女が2人入ってくる。

 

「どーもぉ!本日付で非特隊に合流したフィルシアと、相方のサクラです。あらあら、これまた美男美女が勢揃い!」

 

照れくさそうに周囲と目を合わせないサクラを引きずる様に入室すると、フィルシアが病院内であることを念頭に置きつつも犬の様にはしゃいでみせる。

 

「あぁ、あのIADパイロットの」

「そういう虎組ファンの君は、妖精の人だね」

「……いや、これ友達の借り物です。野球も特に興味ないし」

「あ、そう?……で、こっちの歌劇団から逃げてきた様なお二人さんが騎士の人?」

「歌劇団って……まぁ、そう見えるのかな?」

 

 興味津々に顔を寄せるフィルシアに、恭弥は苦笑いを浮かべて、カノンはどこか納得しながら応じる。

 

「それと、あんぱん食べてるぺった――」

「……」

「――美人なお姉さんと、連邦の制服着てる優男(やさおとこ)くんが、情報にあったゲシュペンストとヒュッケバインのパイロットさんだね」

 

言葉を遮る様に向けられたライカのナイフの如き視線に、フィルシアは束の間表情を凍らせながら訂正して続ける。

 と、それを聞いてカノンが目の色を変える。

 

「え?この2人が……あの、ちなみにゲシュペンストのパイロットさんは……?」

「……私ですが?」

 

あんぱん1個を完食したライカが2個目を取り出しながら応じる。

 途端にカノンは顔色も変えて――具体的には長年憧れていた人物にようやく会えた様な喜びを顔一杯に浮かべて――ライカの許にぶつかる勢いで駆け寄る。

 

「うほぉ!本物のゲシュペンスト乗り!!流石にロン毛でもなきゃ髭も生えてない、そもそも女だけど、それでも感激!!あ!握手してくださいよぉ!」

「はぁ……」

 

一気にテンションが最高潮まで達したカノンに、内心若干引きつつもポーカーフェイスを通したライカはあんぱんを持っていない方の手を差し出し、

 

「あざぁす!!」

 

と、固い握手を交わす。

 しかし戸惑っていたのも束の間、そんなカノンの様子に、ライカは自分にとって嬉しい予想を抱く。

 

「……その様子ですと、貴女もゲシュペンストが好きなんですか?」

 

もしそうなら、貴重な同志が増えることになる。平常心を装いつつも、胸躍らせずにはいられない。

 

「そりゃあ好きだよ!特に『究極!ゲシュペンストキック』!あれは(おとこ)のロマンだよねぇ~。私女だけど……よかったらこの後実演してくれません?」

「……すみません。シュルフツェンにはあのモーションは入ってなくて。それに、この後用事があって実演は無理ですね。そもそも、あの技は脚部に負担がかかるそうなので、使えるとしてもひかえた方がいいかと」

 

予想以上の喰い付きに喜びと戸惑いがない交ぜになりつつ、カノンの発言一つ一つに丁寧に応じていく。

 

「あぁ、そっか。あの型にしか入ってないんだっけ。それは残念……あ、でも、ゲシュペンストがあるってことはグルンくらいはあるのかな?それなら、本当にアトランティアにドリル付けられんじゃね?武装は……まぁライオン剣で妥協するか?……」

「「「…………」」」

 

 嬉々として、それでいて真剣に語るカノンに、病室にいる者全員は呆然と遠い目を向ける。

 

「……すみません。カノンはときどきおかしなことを言うことがあるので、あまり気にしないでください」

 

そんな自らの騎士の様子に、主たるリグルは複雑な心境で補足する。

 と、またもノックの音が響き、一夏と同じ制服に身を包んだメガネの男性と、ライカのぞれとデザインは同じだが色が茶色の制服を着た女性3人が入ってくる。

 

「みんなそろってるな。ヴェーガスのお二人もいらしたか。先ほどはどうも」

 

室内の全員を見回しながら、メガネはフィルシアとサクラに頭を下げる。

 

「こちらこそどうも。加藤大尉。エリックがよろしくってさ」

「エリック?……あぁ、ノヴァ大佐か。そっちにも挨拶に行かなきゃいけないけど……今日は無理かな……?」

 

上下関係に緩いフィルシアの気楽な返事に、メガネ――光秋は腕時計を見ながら気まずい顔をする。

 

「おいおい?子供ばっかじゃねぇかよ……」

「俺たちもいろいろあるんですよ」

「あんまり気にしないでいただけると……そちらは?」

 

茶色制服の内の1人、日焼けが目立つ女性の戸惑いを浮かべながらの感想に、一夏は曖昧に応じ、恭弥が問う。

 

「あぁ。あたしはアキラ。こっちの2人はサヨコとミオ。ヴァルキリーズの第四分隊で、加藤大尉の道案内についてきたんだよ。よろしくな」

「あ、どうも。織斑一夏です」

「桂木恭弥です」

「サクラ・ルルです」

「フィルシア・ナイトウォーカーだよ」

「先ほど現場で一緒でした、ライカ・ミヤシロです」

 

日焼け――アキラの紹介に、非特隊のメンバーはそれぞれ応じる。

 

「……あ。あのミニ・ユニコーンに乗ってた人?えっと……ニコチンの加藤大尉だっけ」

「残念。タバコは吸わないんです。ニコイチですよ」

 

 カノンの発言に訂正を入れつつ、光秋はライカの許に歩み寄る。

 

「突然の指揮と緊急の保護活動、お疲れ様でした。彼女にはどこまで話しましたか?」

「時空崩壊の件と、現状を大雑把に」

 

労いの言葉をかけつつユイに視線を向ける光秋に、ライカは簡潔に答える。

 

「……なるほど」

 

 短く応じると、光秋はライカと入れ替わりに椅子に座り、起きてから瞬く間に賑やかになった周囲に多少戸惑っているユイを見据える。

 

「えー、城崎ユイさん、ですね?私こういう者です」

「……えっと……作家さん?早速私の取材ですか?」

「あ!また?……なんで間違えるかな…………」

 

例によって間違えた名刺を取り上げ、正しい方を渡す。

 そんな光秋に、

 

「……本当にいつもやってるんですね」

「いつも?」

「うっかりじゃなかったのかよ?」

「私もさっきやられた」

 

ライカは合点がいった顔をし、サヨコ、アキラ、ミオは病室に来る前のことを思い出して唖然とする。

 

「……あの、今のなんです?」

「名刺の渡し間違いです」

「よくやるからあんまり気にしないでください」

「……しっかりしてるようで意外とおっちょこちょいなんだね、この人」

 

サクラの疑問に恭弥と一夏が応じ、カノンは率直な感想を述べる。

 そんなやり取りを耳の端で聞きながら、ユイは改めて名刺に目を通す。

 

「……『非常事態特殊対策部隊』?」

「はい。現状、貴女の身柄を預かっている所です」

「……そこの隊長、ということですか?」

「隊長というか主任ですね。体調が優れる様なら、早速事情聴取に協力してください」

「……はい」

「では……」

 

 協力的な態度を示した方がいいと直感したユイの返答に応じると、光秋は懐からメモ帳とペンを出す。

 と、

 

「あ……隊長じゃないけど体調はいい」

「「「…………」」」

 

頬を緩ませながらの光秋の呟きに、室内がカノンの時以上に呆然となる。

 

「くすっ!……」

「ふふっ……!」

 

部屋の隅で笑いを堪えている恭弥と一夏を除いて。

 

(私、大丈夫かな…………?)

 

 そんな光景に一抹の不安を覚えつつ、ユイは光秋の質問に答えていく。

 自分の所属と大まかな経歴を語り、現代に来る前のことに話が及ぶ。

 しかし、

 

「確か、シベリアで共産勢力と戦っていて…………あれ?」

 

それまで淀みなく語っていたのが嘘の様に、急に口が詰まってしまう。

 

「どうしました?」

「……いえ、時空崩壊、ですっけ?あれに巻き込まれる前のことがどうしても思い出せなくて……記憶はその中を通ってきたところから始まっていて、その後すぐ気を失って、気づいたらここに…………」

「……記憶障害ってやつか?」

「彼女が気絶している間に一通りの検査、それこそCTスキャンなども受けましたが、多少衰弱しているくらいで目立った損傷はないとのことです」

 

首を傾げる光秋に、ライカが説明する。

 

「てことは、時空崩壊を通ってきた影響か?」

「それなら、高槻さんたちもじゃないですか?」

 

 ペンの尻を顎に当てる光秋に応じつつ、恭弥はカノンとリグルを見やる。

 

「え、私たち?……そういや、こっちに来る前何してたっけ?」

「……確か、カノンが野良ドラゴンを退治する為にアトランティアで出てたんじゃなかったかな?で、見物についていって危なくなった私をカノンが助けてくれて…………でも記憶に自信ないな……」

「……そもそも、二人は何処から来たんですか?見たことのない機体に乗ってたり、魔法みたいに一瞬で氷の壁を作ったり、挙句野良ドラゴンって……高槻さんに至っては、僕が教える前にゲシュペンストや白について知っていたり」

「白を知っていた?……そういえば、さっき『ユニコーン』って」

 

 互いに天井を向いて頼りないやり取りをする2人に、恭弥がここに来るまでに抱いた疑問をぶつけ、光秋はほんの僅かだが目を細める。

 それに対してカノンは、少し考える顔をして答える。

 

「えっと…………わかりやすく言えば、異世界かな?こっちの世界の人たちからすれば、ファンタジー小説やゲームみたいな世界から来たんだよ。それこそ剣と魔法と機動兵器の世界からね」

「い、異世界?」

「そんな漫画みたいなこと……」

「いやでも、城崎さんは過去から来たっていうくらいだし、そういうこともあるんじゃないですか?大陸だって異世界から来たって説もあるみたいですし」

「……一夏君の言うことにも一理あるかな。そもそも時空崩壊って、まだわからないことが多い現象なんでしょう?」

 

目を丸くするアキラと半信半疑のサヨコに、一夏と恭弥がどこか納得した様に応じる。

 

「……ゲシュペンストやユニコーンについては、何故か知ってるとしか。私自身、何で知ってるのか思い出せないんだよ……」

「……なるほど。城崎さんといい、時空崩壊を通ると記憶に混乱が生じるんですかね?」

 

続くカノンの説明に推測を述べつつ、光秋は一連の話もメモ帳に書き加えておく。

 

「いずれにしろ、思い出せないんじゃこれ以上続けても仕方ないか……なにか思い出したら、また教えてください」

「あ、はい……」

 

 ユイの返事を聞くと、光秋はカノンとリグルの方に体を向ける。

 

「お二人も、こっちに来る前のこと、可能な限り教えてください」

「……まぁ、協力するしかないよね」

「カノンがそう言うなら……」

 

2人が応じると、光秋はカノン、リグルの順に聞いたことをメモしていく。

 カノンの場合は、もともとは彼女たちがやってきた世界とはさらに違う世界に住んでいたことと、その世界は機動兵器の有無を除いてこの世界と似通っているという情報を得た以外、ユイの時と大差なくとんとんと進む。

 しかしリグルの場合は、彼女の経歴を訊いた途端、室内が騒然とする。

 

「リグル・フォン・エルプール。エルプール王国の王女です」

「「お、王女さま!?」」

「……ファンタジー世界の姫君?……マジ!?」

 

リグルの自己紹介にフィルシアとアキラが仰天し、サヨコが興味津々に彼女を見つめる。

 

「……王女でしたか。これは失礼しました。リグル殿下」

 

光秋も束の間驚いていたものの、すぐに気を取り直して口の利き方を謝罪する。

 

「『殿下』はいいです。流石に堅苦しいので」

「……では、リグル様で」

 

尊称を確認して完全に調子を取り戻すや、光秋は聴取を再開する。

 一通り聞き終わるとメモ帳とペンを上着にしまい、ユイたち3人を見回す。

 

「みなさん協力ありがとうございました。お返しと言ってはなんですが、こちらからもこの世界の情報を一通り説明しておきます」

「こっちとしては助かるよ」

「私も。正直まだ混乱していて……」

「じゃあ、三次大戦の頃から話しましょうか」

 

 カノンとユイの返事を受けると、光秋は掻い摘んだ説明をする。

 西暦末期に起こった第三次世界大戦、それを経ての地球連邦の樹立と新西暦への改歴、半世紀前の大陸の出現、それによる技術革新と混乱、4年前の鬼の出現、2年前から4カ月ほど前まで続いたDC戦争、戦争末期のゴーストの出現。

 

「あの戦争の後、そんなことが……」

「地球連邦に大陸、鬼にDC、それにゴースト?……カオスだね」

「……私たちの世界とは根本的に異なるようですね」

 

影のある顔をするユイ、出てくる情報に唖然とするカノン、本当に別世界に来てしまったと実感し不安を浮かべるリグルと、三者三様の反応を見せる。

 

「……さて、情報交換も済んだところで、3人の今後についてですが――」

「3人とも!探したわよ」

 

 別の話を始めようとする光秋を遮って別の声が響き、室内の一同が入口をみると、それぞれ赤と茶のヴァルキリーズの制服を着た栗毛の女性が2人入ってくる。

 

「ノゾミ隊長?アカネまで?」

「どうしたんですか?というかどうして私たちの居場所が?」

 

声を上げた女性――ノゾミと、その後ろをついて歩くアカネに、アキラとサヨコが目を丸くして問う。

 

「端末の信号で探したのよ。大事な話があるって……いうのに……?」

「あのお姉ちゃん、ここ病室。もう少し静かに」

「……え?えぇ、そうね……みなさんおそろいのところ失礼しました……」

 

アカネの注意を聞くまでもなく、若干の興奮で見えなくなっていた周囲の大勢の注目にようやく気づき、さらにその中の1人――自分が貸したサイズが合っていない制服を着ているライカと目が合い、ノゾミはバツが悪い様子で頭を下げる。

 

「ノゾミ?」

「あぁ。私たちと現場で共闘したノゾミ・カワシマ第四分隊長です」

「あぁ。貴女が」

 

 ライカの説明に応じると、光秋は椅子を立ってノゾミの許に歩み寄る。

 

「先ほどは部下がお世話になりました。非特隊主任の加藤大尉です」

「……貴方がミヤシロ中尉たちの上官?……あぁいえ。こちらこそ、協力に感謝します」

 

気まずさの原因になっている人、その上官が出てきたことに一瞬戸惑いつつも、すぐに調子を取り戻したノゾミは差し出された手を握り返して握手を交わす。

 

「お若いですね…………失礼ですが、お歳はいくつですか?」

「22です」

 

 一瞬迷いながらも結局訊いた光秋に、ノゾミはすぐに答えてくれる。

 

「22?その歳で分隊長ですか……あぁそういえば、そちらの方は?」

 

返答に素直に感心しつつ、光秋はアカネを見やる。

 

「私の妹で部下の、アカネ・カワシマです」

「アカネです。先ほどは部下の方たちにお世話になりました」

 

ノゾミの紹介に続いて、アカネは頭を下げる。

 

「妹さんですか。確かに、どことなく似てますね…………ただ、お姉さんが玄関を守る番犬なら、妹さんは周囲を癒す室内犬の様な方ですね」

「また光秋さんは上手いこというな……」

「……ていうか、そこだけ聞けば口説いてるみたいだね?」

 

2人から抱いた印象を表現する光秋に、一夏とフィルシアが各々感想を述べる。

 と、カノンが遠慮がちに呼びかける。

 

「あのー、加藤さん?」

「……おっと。失礼しました」

 

 応じつつ椅子に座り直すと、光秋は話を再開する。

 

「えーっと、それでですね。3人の今後についてですが、当分は我々の保護下に入ってもらいます。その間に、今後どうするか検討していきましょう」

「検討って、具体的になにすんの?」

 

カノンが問う。

 

「さっきも話に出たように、時空崩壊はまだわからないことが多い。だから、いつ元の世界や時代に戻れるかはっきりしないんです。その間こっちでどう過ごすか、それを考えていただきたい。もちろん、我々も可能な限り協力しますよ。手始めにこの後、3人の戸籍諸々を作る手配をしておくので」

「戸籍って……私はもともとこの世界の人ですよ?時代は違うけど」

「いや……それがですね…………」

 

ユイの質問に、光秋はやや表情を曇らせる。

 と、ライカが話を代わる。

 

「認識標を手掛かりに調べさせてもらったんですが、城崎さんの公式な記録が見つからなかったんです」

「……え?でも、私の名前、それに過去から来たって……」

「役所や軍の記録にはなかったんですが、通っていた学校の記録に名前がありました。それも偶然検索に掛かった様なものなんですが……とにかく、そこから城崎さんの素性を辿っていったんです。おそらく戸籍や軍籍などは、ここ数年の動乱の中で消えてしまったのではないかと」

「私の記録が……ない…………?」

「はい……」

 

 唖然とするユイに短く応じると、再び光秋と話を代わる。

 

「そうでなくても、従来の記録をそのまま使ったとしても、偽造か記入ミス扱いになる可能性が大なんです。なので、約100年分繰り上げた方がいいのですが、かまいませんか?」

「……おっしゃる通りかもしれませんね。こんなに若い外見のお婆ちゃんというのも変な感じだし……それでお願いします」

「わかりました。ちなみに今おいくつですか?」

「15歳です」

「私と同い歳じゃん」

 

カノンが話に加わる中、光秋は再び出したメモ帳に記入していく。

 

「城崎さんと高槻さんは15歳ですね。失礼ですが、リグル様は?」

「……16歳です」

「16。了解しました……と、これで言うことは言ったかな」

 

 言いながらメモ帳をしまうと、光秋は背中を伸ばして体を楽にする。

 

「……あ、そうそう。これは非特隊全員への連絡なんだが、今後あの白い特機、自称『モモタロウ』が現れた場合、ヴァルキリーズの方針に従って共同戦線、ないしは話し合いの場を設けることになったから。次現場で遭遇した場合はそのつもりで……要するに、向こうが何もしない限り、こっちも無視して普通に戦えばいいから」

「……共同戦線、ですか……お疲れ様でした」

「どうも……あ、ありがとうございます」

 

 一瞬不安を浮かべたライカの労いに応じ、差し出されたあんぱんを受け取ると、光秋はそれに噛り付く。

 

「あとこれも」

「……栄養ドリンク?」

「私のお勧めの食べ方です」

 

続けて差し出された茶色い瓶に首を傾げる光秋に、ライカは少し誇らしげに説明する。

 

「……あ、そういえばライカさん、訓練の合間に言ってましたね。あんぱんと栄養ドリンクの食べ合わせは美味いって」

「……言われてみれば……でも、食べるものちゃんと食べなきゃダメですよ。ただでさえライカさんハードな機体に乗ってるんだから」

「……わかってます」

「お前はお母さんか?」

 

恭弥に続いて思い出した一夏の注意に、ライカは少しだけムッとし、アキラが思わず突っ込む。

 と、恭弥がやや控えめに問う。

 

「ところで、シュウさん……ヴェーガスに収容されたネメシスのパイロット、ユウ・ヴレイブさんでしたっけ?彼ってこの後どうなるんですか?……やっぱり、僕みたいに選択することに?」

「いや、彼の場合、恭弥君の時よりも面倒なんだよなぁ……」

 

嘆息混じりに応じると、光秋はあんぱんを一口噛る。

 

「確かに2人の境遇は似ている。突然事件に巻き込まれて、唐突に現れたロボットに乗ってしまったところがな。でも違いもある。一番違うのは、シルフィードは完全な所属不明機で、極端な話、回収した僕たちで好きにできた。でもネメシス08は、あくまでも連邦軍の物なんだよ。それを状況が状況だったとはいえ、民間人が使うとどうなるか……」

「そんな!」

 

言葉を重ねるごとに表情が暗くなっていく光秋に、恭弥は強い憤りを覚える。

 

「……そもそも、ゴーストの被害だってどれくらい減らせたかわからない。ヴレイブさんをこんな状況に巻き込んでしまったのだって……僕にはシルフィードって大きな“力”があるのに…………僕があの時、もっと上手く戦えていれば…………」

「……そういうふうに感じるのは、君なりの優しさや責任感からなのかもしれないがな」

 

 愚痴とわかりつつも言わずにはいられなかった恭弥に、あんぱんと瓶をサイドテーブルに置いて応じると、光秋は体を向けて恭弥の目をしっかりと見据える。

 そして、

 

「自惚れもほどほどにしろよ。恭弥君」

 

怒鳴ったわけではない、しかし圧迫感を伴った声で断じる。

 

「う、自惚れって!?……僕はそんなつもりじゃ!」

「『あの時もっと上手くやれていれば』。じゃあ訊くが、君はあの時サボっていたとでもいうのか?」

「そんなことないじゃないですか!」

 

唐突で訳のわからない返答を繰り返す光秋に恭弥は苛つき、病室にいることや大勢の人がいるこも忘れて怒鳴ってしまう。

 それに対して光秋は、

 

「そうだろうな。あの戦い方は真剣だった」

 

と、深く頷いて応じる。

 

「君はあの時、今の自分にできることを精一杯やっていた。しかし、それは君一人の“力”だ」

「?」

「シルフィードがどんなに強大な“力”でも、君がそれをどれだけ上手く引き出せるようになっても、一人の“力”なんて高が知れてるんだよ。さっきの君の発言は、それを忘れたただの自惚れの自己満足だ。だからこうやってチームを作り、それぞれがそれぞれの役割を全力でこなすことで大きな脅威に対抗している」

「自己満足って!……そうなんですかね?……」

 

 矢継ぎ早に言われて頭が冷えたのか、恭弥は少し冷静になる。

 

「……確かに考えてみれば、シュウさんは会った時からそう言ってた。一人じゃ限界がある、だからチームを作るんだって……でも、ゴーストの被害に遭った人たちやヴレイブさんのことを考えると、どうしても悔しくなって……もっと何かできなかったのかって……」

「……あの、恭弥さん」

 

 気づけば両手を握り締め、歯を噛み締めて震えている恭弥に、一夏が努めて穏やかに声をかける。

 

「俺、昔誘拐されたことあるんですよ」

「「「!?」」」

 

 突然の発言に、恭弥だけでなく室内にいる光秋以外の全員が面食らう。

 

「何が目的だったのか、未だによくわからないんですけどね……一つわかっているのは、俺もあの時は悔しかった。何もできない自分の無力が、それで姉に迷惑をかけた無力な自分が……でも、だから強くなりたいって思えた。強くなって、今度こそ大事なものを守りたいって思えた……えっと、つまりその……また次、頑張りましょうよ!」

「……次?」

「一夏君の言う通りだ」

 

要領を得ない、しかし何かを伝えようと必死に語る一夏の「次」という言葉が恭弥の中に引っかかり、光秋が笑顔で同意する。

 そうして、光秋は恭弥の両拳を両手で包む様に握る。

 

「結局人間ってさ、どんなに最善を尽くしたつもりでも、思い返すといろいろ考えちゃうもんなんだよ。ここをもっとこうすればよかったって。それが悔しさなんだろうな……だから、その悔しさは次へのエネルギーに変えろ。悔しさを糧に自分を磨け。そうして、次の時は前より悔しい思いをしないようにしろ……人間ってさ、結局そうやって生きていくしかないんだよ」

「……そう、なんでしょうか?…………そうなのかも、しれませんね。人間って、そんなに便利でもなければ、強くもないから」

「その通りだ」

 

 言いながら、ようやく震えと力みが収まった恭弥に、光秋は笑顔で頷いてくれる。

 

「その時をただ一生懸命に生きる、それで悔やむ分は次にぶつける、そして、どんなに“力”が強くても、一人っきりじゃ戦えないから、時には仲間に頼る。それでいいんだよ……あと話が逸れたが、ノヴァ大佐と話した感触では、悪い様にはしないように心がけてくれているようだし、恭弥君がそこまで思い詰めることはないよ」

「……ありがとうございます」

 

 笑顔で、それでも目を離さずに語る光秋に、恭弥もようやく頬を緩ませて応じることができる。

 そんな前向きな光景に、他の者たちの間にも自然と笑みが浮かぶ。

 

「……やっぱり、興味深い人だ」

「なるほどね?お前が珍しく関心持ったわけだ」

 

ポツリと漏らすミオに、アキラはどこか納得のいった顔をする。

 

「桂木恭弥か……ユウって子にも感じたけど、なかなか熱い奴じゃん!」

 

フィルシアが一連の光景を見て感じたことを面白そうに述べる。

 そんなことを意識に隅に聞きながら、光秋は残っていたあんぱんを平らげ、それを栄養ドリンクで流し込む。

 

「……あ、甘いものを甘いもので流し込むのもいいかも……さて」

 

 口の中に広がる甘さに素直な感想を漏らすと、椅子から立ち上がって腕時計を見る。

 

「そろそろ伊豆に戻った方がいいな。ミヤシロさん」

「はい」

 

 光秋の呼びかけに、ライカは心得た様子で応じる。

 

「非特隊各自は、僕とミヤシロさんがいない間ノヴァ大佐の指示に従うこと。予定では明日の午前中には帰ってくるがね」

「「「了解」」」

 

非特隊メンバーのよく通る声が応じる。

 

「それと、パイロットは各自自分の機体のチェックをしておくこと。一夏君については、ブロックを格納庫に持ってきたから。必要に応じて使うように。恭弥君については……とりあえず様子を見るしかないな」

「了解。ありがとうございます」

「……了解」

 

追加の指示に一夏は頭を下げて、恭弥は傷だらけのシルフィードに表情を曇らせて返す。

 

「あとそうだ。リグル様と高槻さんは、この後念の為検査を受けてください。一応時空崩壊の中を通ってきたので」

「わかったよ……それとさ、加藤さん」

 

 光秋の指示に応じると、カノンはこの世界に来てから最も思い詰めた顔をする。

 

「私も、この非特隊ってのに入れてくれないかな。話聞いてたらさ、この世界にもいろんな脅威があって、それに苦しめられてる人がたくさんいて、そんな人たちを守ろうとしてる人もいるみたいだからさ。だったら、私もその“力”になりたい!私はエルプール王国の騎士、弱い者を護る為にある。ここが異世界だろうと、それは変わらないと思うから……その代わり、こっちにいる間のリグルの保護をお願したいんだけど……」

「また突然ですね……でもま、こちらとしても一緒に戦ってくれる仲間が増えるのは心強いですね。あとま、高槻さん自身の為にも……」

「私?」

「短い間にいろいろあって忘れてたけど、よく考えたら、他国の軍が連邦領内で戦闘行為をするとなにかと面倒なことに……」

「…………あ!」

 

 言われてカノンは、こちら側に来てからすでに2回の軍事行動に関わってしまったことを思い出す。

 

「……それ、やっぱ不味い?」

「それなりに……まぁ、正規軍の僕らもついてたし、ウチに入ってくれると言うならまだなんとかなるかと……少なくとも、ブレイブさんの件よりはマシ……かな?そもそも、こうも超自然的な現象が相次ぐと、何を以て“正しい判断”とするか迷うところで……」

 

若干顔色が悪くなったカノンに、光秋は努めて明るく対応する。ただし、あからさまに引きつった笑顔だが。

 

「とりあえず、参加の件は前向きに考えさせていただきます。リグル様の件はご安心を。異世界とはいえ、国家元首の子息に失礼を働くとあとあと問題が……というのもありますが、さっきも言ったように、迎えた責任もありますから」

 

言いながら、今度は普通の笑顔で言ってくれる。

 

「とにかく、検査はしっかり受けてください。僕がいない間は、ヴェーガスのノヴァ大佐の指示に従うように」

「わかったよ」

 

 カノンの返事を聞くと、光秋はライカを伴って入口へ向かう。

 

「……格納庫まで送ります」

「私も。お見送りさせてください」

「んじゃあたしも」

 

ミオの申し出にノゾミも続き、アキラも興味本位といった様子でついてくる。

 と、ライカが足を止めて振り返る。

 

「そうそう、忘れるところでした。一夏」

「はい?」

「あのパワードスーツ、白式と言いましたか?補助機能を全てカットしたアレを着て、私たちに宛がわれた格納庫を10周するように。恭弥にはその監視を命じます。誤魔化したのがわかったら、連帯責任で伊豆基地のグラウンド50周ですよ」

「「えぇ!?」」

 

突然の懲罰命令に、一夏と恭弥は驚愕の声を上げる。

 特に当事者である一夏は、思わず食ってかかる。

 

「またどうして?」

「作戦中、貴方は命令を無視して城崎さんを救出しました。それ自体は立派なことでしょうが、命令違反を犯した以上、落とし前はつけてもらいます」

「それは……了解です……」

 

ライカの説明に、一夏は一瞬言い返そうとするものの、結局観念して素直に応じる。

 

「……とにかく、後のことはよろしくな。行ってくる」

「あ、はい。行ってらっしゃい」

「帰りをお待ちしてます」

 

 一夏と恭弥の返事を聞くと、光秋一行は部屋を出ていく。

 

「じゃあ、私はリグルさん、じゃない、リグル様と高槻さんの案内をしますね。ついてきてください」

「わかった。リグル、行こう」

「……うん」

 

 アカネの申し出にカノンが応じると、不安そうな顔をしたリグルを連れて検査へ向かう。

 

「私たちもそろそろ戻った方がいいかな。整備は一通り終わった頃だろうけど、最終チェックは私たちの仕事だし。加藤大尉の命令だしね」

「そうね」

 

 フィルシアの提案にサクラが頷き、2人はヴェーガスに戻る。

 これで室内に残っているのは、恭弥と一夏、患者のユイ、ヴァルキリーズのサヨコだけである。

 

「……一気に静かになりましたねぇ」

「今までが賑やか過ぎたんだよ……」

 

 数瞬前と打って変わって静かになった病室に、一夏がぼんやりと呟き、恭弥もぼーっと応じる。

 

「……さて、ぼーっとしてても仕方なし。とりあえず罰を片づけちゃおう。僕もグラウンド50周は避けたいし……」

「……やるしかないかぁ……了解です」

「あの……すみません。私の所為で……」

 

 恭弥の呼びかけにげんなりしつつも腹を決めて応じる一夏に、ユイが心底申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「別にいいですよ。さっきも言ったけど俺が好きでやったことだし。人が落ちてきたら助けるでしょ?」

「……人が落ちてくるところを見たことがないのでなんとも……」

 

当然のことの様に応じる一夏に、記憶の上ではその様な事態に遭遇したことがないユイは返事に困る。

 そんな様子を見ながら、サヨコは恭弥たちに興味を覚える。

 

(ふぅん?男義の織斑君、熱い桂木君、冷静な加藤大尉か……男装の騎士少女に緑髪の陽気っ()、若いベテランさんに生真面目なピンク髪、お姫さま……はあんまりいじっちゃいけないんだろうけど……とにかく、面白そうな人がいっぱいいるわね)「……それなら、私が格納庫まで送りますよ?」

「じゃあ、お願します」

「あ、ちょっと待ってください」

 

 サヨコの申し出に恭弥が応じるや、一夏はサイドテーブルの上に置いてそのままだったもう一つのビニール袋を漁る。

 

「なに買っていいかわからなかったから、とりあえず昔からある物を思って……」

 

 言いながら、袋から取り出したものをユイに差し出す。

 

「?……!」

 

 受け取った棒状の袋に入った栄養食品――ヘルスフレンド・いちじく味に、ユイは記憶上数日前に交わした仲間たちとの他愛無い会話を思い出す。

 同時に、それが遠くなってしまったのだと理解し、堪え切れず目頭が熱くなる。

 

「売店に売って味は一通り買ってきたんで、他にもありま――!?あの、どうかしました?」

 

大粒の涙を流しているユイに気づくや、袋を漁っていた一夏は狼狽する。

 

「もしかして、この味嫌いでした?」

「というか、検査入院なら食事制限とかあるんじゃいか?」

「あ!そうか……」

「ちょっと織斑君!女の子を泣かせるなんて感心しないわよ?」

「いや、そんなつもりは……」

 

恭弥とサヨコに指摘され、一夏はますますうろたえる。

 そんな一夏を見ていると、ユイは不思議と泣き止み、彼からどこか懐かしい感じを覚える。

 

(この感覚……隊長たちから感じたものに似てる?)

 

 無論、目の前の一夏と記憶の中の仲間たちとは、心身共に似ても似つかないだろう。しかし彼から感じるもの――そばにいると無条件に安心できる雰囲気とでもいうのもに、荒立っていた心が自然と凪いでいく。

 

(……これを買ってきてくれたのは、単に私の時代からあったからで、いちじく味を選んだのも偶然なんだろう。でも、そういうことが自然とできる…………優しい人なんだ)

 

 そんな言葉が浮かんでくると勝手に頬が緩み、未だあたふたしている一夏に笑みを含んだ声をかける。

 

「すみません。いろいろ思い出しちゃって。もう大丈夫です。いちじく味大好きですよ。ありがとうございます」

「……あ、そう?……ならよかった。それと……やっと笑ってくれましたね」

 

狼狽から立ち直って笑顔で応じる一夏に、ユイもますます頬が緩む。

 そんな様子を横から眺める恭弥とサヨコは、どこか居心地の悪さを覚える。

 

「……とりあえず、一件落着したんなら早く行きません?」

「そうですね。早く済ませた方がいいし。一夏君」

「あぁ、すみません……じゃあ、俺行きますね。落ち着いたらまた来ます」

「はい。頑張ってください」

 

 ユイが笑顔で応じると、サヨコと恭弥は逃げる様に、一夏はそんな2人に首を傾げながら部屋を出ていく。

 3人がドアの陰に消えると、一人残ったユイは手の中のヘルスフレンドを改めて見やる。

 

(恭弥さん、だっけ?確かに食事制限あるかもしれないから、今はやめておこうかな)

 

先ほどの会話を思い出し、それをサイドテーブルに置く。

 

「……不思議だな。知らない所に独り放り出されたのに、何故か安心してる」

 

我ながら可笑しいと思いながら、誰に言うでもなく独り呟く。

 

 

 

 

 格納庫に移動すると、光秋はそのまま、ライカはパイロットスーツに着替えてそれぞれニコイチとシュルフツェンに乗り込み、足元で見送りをしてくれているノゾミたちに頭部を向ける。

 

『案内ありがとうございました』

『私たちがいない間、恭弥たちを頼みます』

 

光秋、ライカの順に拡声器越しに呼びかけると、2機は地上へ繋がるエレベーターへ向かう。

 

「お気をつけて!」

「「!」」

 

 応じつつノゾミは敬礼を送り、ミオとアキラもそれに続くと、2機は地上へと消えていく。

 その直後、サヨコに案内された恭弥と一夏が格納庫に入ってくる。

 

「今出ていったのって……」

「シュウさんとライカさんだね。入れ違いになったか」

 

 一夏と恭弥がエレベーターの方を見ながら呟いている間に、サヨコはノゾミたちの許へ歩み寄る。

 

「ところで隊長。大事な話ってなんだったんですか?」

「……!そうそう!非特隊の人たち、さっきの病室の子……高槻さんだったかしら?彼女の具合がよくなるまで極東支部(ここ)に留まるから。粗相の無いようにね」

「へー、あいつらしばらくいるんだ」

 

 ノゾミの説明に、アキラが一夏と恭弥を興味の目で見ながら呟く。

 

「私からはそれだけ。各自次の出撃に備えて、しっかり休んでおいて」

「「「了解」」」

 

ノゾミの指示に第四分隊の3人が応じると、そのまま解散となる。

 

「じゃあね、2人とも。織斑君は10周頑張って」

「はい……」

 

 すれ違いざまのサヨコの励ましに、一夏は苦笑いで応じる。

 第四分隊一行が格納庫を出ていくのを見送ると、一夏は気を取り直して表情を引き締める。

 

「それじゃあ、とっととやっちゃいますか」

 

言うやその周囲が光の粒子に包まれ、パワードスーツ・白式を纏った体を床に着ける。

 

「うっ!」

 

補助機能を全て停止すると、それまで意識していなかったアーマーの重さが全身に襲いかかる。

 

「……大丈夫?」

「……なんとか」

「じゃあ、僕が何周したか数えるから、一夏君はとにかく歩くことに集中して」

「わかりました……じゃあ、行きます!」

 

 恭弥に応じ、気合いを入れると、一夏は重い一歩を踏み出す。

 その傍らでシルフィードの左脚、否、各部にできた傷が、時間を巻き戻す様にゆっくりとふさがっていく様子に、ついに誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 伊豆基地に戻った光秋とライカは、一度機体を降りて各自の自室へ戻ると、出撃前に作っておいた大陸への荷物を取ってくる。

 

(今度は制服の予備も持ったし……またあんなことにはなりませんね)

 

 極東支部での気まずい――というよりも苦い経験を思い出しながら、荷物の入った鞄を提げたライカは格納庫へ向かう。

 格納庫につくと、先に来ていた光秋が鞄片手に隅っこで待っており、ライカはその許に歩み寄る。

 

「お待たせしました」

「いえいえ。僕も少し前に来たところですから。それにもう1人がまだ……」

「もう1人?」

 

言いながら辺りを窺う光秋に、ライカは首を傾げる。

 と、伊豆に来た当日以来ご無沙汰だった声が背後から聞こえてくる。

 

「ふん!……はぁー……ふん!……はぁー……詰め込みすぎたかしら?」

「!?……」

 

 まさかと思って声のした辺りを振り返ると、自分より少し小さいくらいの旅行用鞄を悪戦苦闘して運んでくるメイシールを見る。

 

「……クリスタス少佐も行かれるのですか?」

「えぇ。もしもの時はシュルフツェンの整備してもらわなきゃならないし……あれ?言ってませんでしたっけ?」

「聞いてません」

「あ、じゃあ、やっちゃったかな……すみません」

 

 自分のミスを素直に詫びると、光秋はろくに進めていないメイシールの許へ歩み寄る。

 

「少佐。持ちましょうか?」

「これくらい自分でできるわよ!」

「……そうですか?」

 

噛みつく様に光秋の申し出を断ると、メイシールはなにかの訓練の様な前進を再開し、突っぱねられた光秋は横でその様子を見守る様に立ち竦む。

 

(年寄り扱いされたくない年長者…………というより、ムキになっている子供とその保護者みたいですね…………)

 

 離れた所からその光景を見てそんな感想を抱きつつ、声が漏れないようにライカはしっかりと口にチャックをする。僅かでもこんなことがメイシールの耳に入ればどうなるか、それは初対面の時の様子から簡単に予想できる。

 

(……いずれにしろ、面倒な所に面倒な人と行くことになるとは……)

 

 伊豆に来たその日に険悪な雰囲気で分かれて以降、再び会うのはこれが初めてなのだと思い出し、ライカはメイシールに気づかれない程度の溜息を吐く。

 

 

 

 

「ほぉ?非特隊は分かれるのか」

 

 水晶玉に映る光秋たちを乗せたレイディバードを眺めながら、グリムは楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「しかし、隊の戦力そのものは増強された。それに、彼ら以外にも僕たちに対抗する者がいるのは厄介だな……」

 

 水晶玉の映像が切り替わり、蛇型ゴーストと市街戦を繰り広げるネメシスタイプやアトランティアを、鬼やクロイツリッターを迎え撃つ戦機人やモモタロウを映し出す。

 

「……とりあえずは、鬼の方々への協力により力を入れるか。あとは…………」

 

 趣味に没頭する者の笑顔で、グリムは広い神殿の片隅で独り呟き続けるのだった。

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