新西暦と呼ばれる時代。
西暦末期に起こった第三次世界大戦を経て、人類は初の統一政府―地球連邦を設立し、戦後の傷を癒すと共に新たな1歩を踏み出した。
それから20年が経過した新西暦20年代、大戦以前から存在したテロ組織・イスダルンが活動を再開。これに対し連邦は新型機動兵器「
そして新西暦30年、オーストラリア上空に時空の壁が崩壊する現象―時空崩壊が発生、異世界から巨大な物体が転移してくる。これによってオーストラリアは壊滅、以後転移してきた巨大物体は「大陸」と呼称される。
この大陸に対し、連邦は調査隊を数回派遣するものの、未帰還者が相次いだことにより新西暦60年の57回目の派遣を最後に調査を打ち切る。これに前後して、連邦からの分離・独立をはじめとするさまざまな目的を持った勢力が大陸に進出、監視の目が行き届かない事実上の無法地帯と化す。
一方、大陸からもたらされた超技術「
こうして各地のテロや大陸での勢力争いといった火種、散発的に起こる時空崩壊による災害という不安を抱えながらも、人類は束の間の平和を謳歌していた。
しかし新西暦76年、突如出現した謎の勢力―鬼が世界各地を襲撃、甚大な被害をもたらす。これに対し連邦は、鬼対策部隊・ファナティカーズ、及び非政府組織・ヴァルキリーズを組織し対応に当たらせる。しかし、鬼殲滅におけるファナティカーズの非人道的な作戦が民衆からの反感を呼び、ついには連邦軍内部にも離反者を招いてしまう。
そして新西暦78年、離反した連邦軍とアフリカを中心に一大勢力を築いたイスダルン改めイスダルン国を中心に各地の反連邦勢力を糾合した軍事組織―
開戦当初からDCは、大戦時代から存在する「
しかし新西暦80年、鬼に続いて現れた未知の存在―ゴーストの出現により、各地に甚大な被害がもたらされる。さらに、戦争の隙を突いて鬼の勢力圏が拡大してしまう。ここに至り、連邦とDCは停戦協定を結び、共に人類共通の脅威に対処していくことを誓う。この際、懐柔政策によってDCの大部分は連邦に帰属、事実上崩壊することになる。
しかし、それをよしとしない者たちがDC残党として独自に活動を開始。DC内の一大勢力であったイスダルン国をはじめとする各組織もこれに賛同せず、再び独自勢力として活動していくこととなる。
こうして鬼やゴーストといった未知の存在、DC残党やイスダルン国とはじめとする連邦以外の勢力、戦争によって世界中に流出した兵器を用いたテロ、依然散発する時空災害など、さまざまな脅威を抱えながらも、人類はそれでも前に進み続けるのだった。
そして停戦から数カ月が経った新西暦80年4月現在。
とある少年と少女の出会いにより、事態は再び動き出そうとしていた。
「…………」
深い闇の中に沈んでいた意識が徐々に浮かび上がり、まだ重く感じる瞼をゆっくりと開ける。
(…………何処だ?)
目の前に広がる見覚えの無い天井に、恭弥は再起して間もない頭でそんなことを思う。
と、
「パワードー……第三次…………アーマー……新西暦…………」
「…………?」
何処からか声が聞こえ、恭弥は声がする方―左に顔を向けると、黒いスーツを着た男が丸椅子に腰を下ろし、携帯端末らしき物を見ながらぶつぶつ言っているのを見る。
(……この人、誰だ?)
徐々に調子を取り戻しつつある頭でそう思うと、恭弥は男を観察する。
黒髪に黄色い肌という自分と同じ黄色系の特徴を備え、整った顔にはわずかだが幼さが残っている。
(僕と同い歳くらいか?……)
と、恭弥の視線に気付いたのか、男がこちらに顔を向ける。
「あ、気が付きました?ちょっと待っててくださいね」
言うと男は端末を上着にしまい、速足で部屋から出ていく。
少しして戻ってくると、恭弥の許に歩み寄り、
「起きられますか?」
と、上体を起こすのを手伝ってくれる。
そこでようやく恭弥は、自分がTシャツ姿でベッドに寝かされていることに気付く。
「……あの、ここは?」
「連邦軍横浜基地内の病院です」
部屋を見まわしながらの恭弥の問いに、男は丸椅子に座りながら答える。
「連邦軍?……あの、何がどうなってるんですか?」
「落ち着いて。今俺の上官を呼びましたから、詳しことはその人が話してくれますよ。そうだ、紹介がまだでしたね。俺は織斑一夏。連邦軍でパイロットやってます」
「……桂木、恭弥です。東高の、もうすぐ2年です」
落ち着いた雰囲気で話す男―一夏に、恭弥も混乱しそうな頭をなんとか冷ましながら返す。
「2年ってことは、俺より1つ年上ですか」
「え?」
「俺、今16歳です」
「……それなら。確かに僕はもうすぐ17ですが……というか、16歳で軍に?しかもパイロットなんて……」
「いろいろと訳ありでして。ただ、軍に入ったのは最近です」
驚く恭弥に、一夏は困った様に笑いながら応じる。
と、部屋のドアがノックされる。
「あ、来た」
一夏が言った直後にドアが開き、黒いスーツにメガネを掛けた男が入ってくる。
「気が付いたようで。気分はどうです?」
言いながら、男は恭弥に歩み寄ってくる。
歳は自分より少し上くらいだろうか。真ん中で分けそろえた髪型に骨格のしっかりとした顔付きであり、左耳にイヤホン型の通信機らしき物をはめ、厚いレンズに拡大されて目が大きく見える。
「えぇ、まぁ……いいです」
「それはよかった……と、忘れるところだった。
答えに困りながら質問に応じると、男は懐から出した名刺を差し出してくる。
「……『アマチュア作家
「あ!間違えた!」
恭弥が受け取った名刺を読み上げるや、男は慌ててそれを盗って懐に戻す。
「光秋さん、作家なんですか?」
「いや、前に遊びで作った名刺だ。気にしないでくれ……!あったあった。こっちでした」
真顔で訊いてくる一夏に、光秋は懐を探りながら応じると、別の名刺を再び差し出してくる。
「『非常事態特殊対策部隊(仮)主任 加藤 光秋 大尉』?」
「はい。よろしくお願いします」
再び名刺を読み上げると、男―光秋は軽く頭を下げて応じる。
「あぁ、これはご丁寧に……僕は―」
「桂木恭弥さん、ですね」
「え?」
言葉を遮る様に光秋の口から出た自分の名前に、恭弥は面食らう。
「さっき財布の中身を確認させてもらいまいた。東高の新年度から2年生で合ってますね?」
「あ、はい……」
一夏に譲ってもらった椅子に座りながらの光秋の説明、そして確認に、恭弥は頷いて応じる。
「さて、紹介も済んだことだし、ちょっと事情を聞かせてもらいますよ」
言うと光秋は、上着のポケットからボールペンと手帳を取り出す。
「事情……といいますと?」
「あの白銀の機体に乗った経緯について教えてください」
「機体…………!」
その言葉に、寝起きで鈍っていた恭弥の頭がようやく回転を始める。
そしてそれは同時に、被弾したリオンが友達の許へ墜ちていく光景を思い出させる。
「ジーナス先輩!……バニングス、速水……」
「?……どうかしましたか?」
俯き、歯を食い縛る様に呟く恭弥に、一夏が心配そうに問う。
「あの戦闘で、僕の友達が……シェルターに飛行機みたいなロボットが墜ちて、それで……」
「シェルターに墜ちた?……いや、そんな報告聞いてませんよ。そもそも民間人の死者は出てないはずだけど?」
「…………え?」
光秋の予想外の返事に、恭弥は束の間思考が止まる。
「まだ調査の途中だから断言できませんけどね。ただ、シェルターに墜ちた機体なんて無いし、その周辺に遺体なんて無かったし。確かにシェルターのすぐ近くに墜ちたリオンはいましたけど、せいぜい大きな破片が2、3個外壁に当たっただけですよ」
「ホント、ここのシェルターって丈夫ですよね」
「もともとはDC戦争時の防空壕だからね。流れ弾にも耐えられるように造ってあるから」
感心する一夏に光秋が補足する。
「それじゃあ、みんな無事なんですか!?」
「!……とりあえず落ち着いて」
「あ、はい……」
少し驚きながらも光秋は冷静に対応し、落ち着いた恭弥は思わず身を乗り出す形になっていた体を引っ込める。
「本当のところは調べてみないとわかりませんが、後で照会しておきますよ。聞き取りが終わる頃には避難者のリストもできてるだろうし」
「お願いします!」
続けてそう言う光秋に、恭弥は深々と頭を下げる。
「じゃあ、まずはあの機体に乗った経緯について教えてください」
「はい」
光秋に応じると、恭弥は一連の経緯を話し始める。
部活仲間たちと街外れにある心霊スポットの下見に行った際、重度の時空崩壊に遭遇し、空いた穴から現れた鎧の様な姿のロボットに襲われたこと。そこに2機の白いロボットが現れて助けてくれたこと。
「そのロボットってまさか……」
「僕たちだな」
「え!?」
一夏の呟きに光秋が答え、それに恭弥は思わず声を上げる。
「2人が、あのロボットの……ちなみに、どっちがどっちですか?」
「最初に現場に着いたのは僕だな。確か鎧の攻撃から人を庇った記憶があるが。そうか、君はその時の1人か……」
「じゃあ、僕たちをシェルターの近くまで運んでくれた騎士は……」
「それは俺ですね。というか、アイツ『騎士』って呼ばれてたんだ……」
恭弥に問いに、光秋は合点がいった様に応じ、一夏は愛機の呼ばれ方に対して関心する。
「そうだったんだ……遅くなりましたが、助けていただきありがとうございます!」
理解するや恭弥は、2人に深く頭を下げる。
「どういたしまして。といっても、俺たちはそれが仕事ですから」
「一夏君の言う通り。その件についてはまた後で話しましょう。とりあえず続きを」
「あ、はい」
光秋に促されて、頭を上げた恭弥は続きを話す。
一夏にシェルター近くまで運んでもらった後、離れた所に女の子がいるのを見つけたこと。その子が何故かシェルターとは違う方向に走り出したので、慌てて追いかけたこと。
「女の子?」
そこで光秋はペンを止め、首を傾げる。
「どんな子でした?」
「長い銀髪に白いワンピースの子でした。歳は僕と同じくらいかな?ロボットが墜ちて癇癪起こしてた時に、その子と少し話して……!」
そこまで言って恭弥は、その少女と口づけしたことを思い出す。
(あれって、よく考えたら…………ファーストキス!?それもあんな唐突な!……)
目の前に迫る少女の穏やかな表情、それまで感じたことのなかった柔らかな感触が鮮明に思い出され、恭弥は若干赤くなった顔を俯ける。
「「……?」」
それを見て光秋と一夏は、「何だ?」という表情で顔を見合わせる。
「少し話して、なんです?」
「あ、いえ!なんでも……」
光秋に話しかけられてハッとすると、恭弥は気を取り直して続きを話す。
「えっと……少し話をして、気付いたらロボットのコクピットにいました。あとは、もう無我夢中で戦って、戦いが終わったと思ったら意識が遠くなって、気付いたらここで寝てました」(キスのこと、結局話さなかったな……でも、やっぱり……)
2人には悪いと思いながらも、自身の恥ずかしさを優先する恭弥であった。
「なるほど。なにを話しましたか?」
「えっと…………」
光秋の質問に、恭弥はその時の記憶を探るが、
「…………すみません。興奮してた所為か思い出せなくて。ただ、凄く大事なことを話した気がします」
「あ、そういうの俺もありますよ。大事なやり取りをした気がするんだけど、どうしても内容が思い出せないこと」
申し訳なさそうに言う恭弥に、一夏が共感する様に返す。
「うーん……それについては、時間を空けてまた考えてみますか…………その後女の子が何処に行ったかはわかりますか?」
「いいえ。その子と話したすぐ後にコクピットにいたので……その子のことも探してもらえませんか?」
「わかりました。ただ、名前がわからないと時間かかるかもなぁ……」
言いながら、光秋は聞いたことを手帳にメモしていく。
と、恭弥はあることを思い出す。
「……そういえば、僕その子をシェルターに着く前にも見た気がします」
「何処です?」
「下見に来た廃ビルのそばで」
「あそこで?……いつ?」
「時空崩壊が起こる直前に。といってもすぐいなくなっちゃったし、けっこう遠かったから……」
「うーん?……」
恭弥の答えに、光秋は首を傾げて唸り声を上げる。
「あそこからシェルターのそばまで短時間に移動した?」
「いや、それは無理でしょ」
思いつきを言う光秋に、一夏が反論する。
「途中ごたごたもあったけど、俺だってあの時けっこう飛ばして、それで3、4分くらいかかってるんですよ。仮に桂木さんに目撃されてすぐ移動したとしても、人の足で白のすぐ後くらいに着くなんて不可能ですよ。どんなに頑張っても1時間はかかります」
「ましてや戦闘が行われていれば余計遅くなるだろうな」
一夏の説明に、光秋はそう付け加える。
「ただ、足でなく他の方法で移動したとしたら?」
「他の方法って?」
「……瞬間移動、とか?」
(うわぁ、先輩たちが好きそうな話になってきた……)
一夏の訊き返しに真面目な顔で応じる光秋に、恭弥はいつも部活でジーナスたちから聞かされる話に抱く気持ち―バカバカしさをどうしても覚えてしまう。
「ま、例えばだけどね。どっちにしろ、その銀髪少女があの機体と何らかの関わりがあるは確かなようだね……」
そう締め括ると、光秋は手帳を閉じてペンと一緒に上着にしまう。
「さて、一通り教えてもらったわけだが、この後現場検証というか、実際にあの機体に乗ってみてくれませんか?体調が優れないならもう少し待ちますが」
「あ、はい。体調は問題ないんで、かまいませんよ」
光秋に応じるや、恭弥はベッドから下りて壁に掛かっていたワイシャツを羽織る。
「じゃあ、ちょっとこちらに」
言うや光秋は椅子から立ってドアへ向かい、一夏もその後に続く。
(そういえばあの機体……シルフィードか……外から見るの始めてだけど、どんななんだろう?)
単純な好奇心からそんなことを考えながら、恭弥も2人に続いて部屋を出る。
「……そういえば、僕らが見たことをまだ伝えていませんでしたね」
3人の先頭に立って廊下を歩く光秋が、後ろの恭弥と一夏を振り返りながら言う。
「そっちから見たこと?」
「えぇ」
恭弥に応じるつつ、光秋は歩きながら話す。
「と言っても、こっちも何が起こったのかよくわからなくてね……戦闘中、地上に光の塊みたいなのを見つけたと思ったら、次の瞬間には銀色のロボットが突っ立ってたって、それだけですが」
「もっとも、凄いプレッシャーを感じましたけどね」
「はぁ…………」
光秋の大雑把な説明と一夏の感覚的な補足に、恭弥は返事に困りながらも応じる。
「とりあえず、行く途中に対策本部に寄っていきましょう。友達とその女の子の照会をしてもらわないと……あ、そうそう。財布返す忘れてた」
「あ、どうも……お願いします」
上着から出した財布を差し出しながらの光秋の提案に、恭弥はそれを受け取りつつやや真剣な顔で応じる。
と、恭弥の右隣を歩く一夏が、
「それにしても、長い銀髪の女の子か……もしかしてその子、左右で目の色違ってました?」
と、なにかを思い出す様な顔をしながら訊いてくる。
「目の色?……いいえ。確かどっちも赤だったと思いますけけど。目の色がどうかしました?」
「いえね、俺の仲間にも銀髪の女の子がいるんですけど、そいつ左右で目の色違うんですよ。右が赤で、左が金色。特に金色に光る目が綺麗で……もっとも、そっちは普段眼帯してるからなかなか拝めるないんですけど」
「眼帯、ですか……」(目の調子が悪い人なのかな?それにしても、オッドアイって本当にいるんだな……)
一夏が誇らしく語る「仲間」に、恭弥はそんなことを考える。
そんなことを話しながら3人は病院を出、少し歩いて事務所の様な建物に入る。
中ではいくつもの電話の呼び出し音がうるさいくらいに鳴り響き、白基調の上着に黒いズボンという連邦軍の制服を着た人たちがそれに忙しく対応じている。
「すみません!避難者の照会お願いします」
「はーい!」
呼び出し音に負けない光秋に呼び声に、手の空いていた女性軍人が慌てて駆け寄ってくる。
「ほら、桂木君」
「あ、はい」
光秋に促されて、恭弥は駆け寄ってきた女性に部活仲間3人の名前を伝える。
「……それと、銀髪に白いワンピースの女の子なんですが」
「名前は?」
「それがわからないんです」
「えぇ?……」
恭弥の返答に困った顔をしながらも、女性は自分の机に戻って今教えた3人の名前を探してくれる。
恭弥たちも他の人に邪魔にならないよう注意しつつ、事務椅子に座ってパソコンを眺める女性の後ろに歩み寄る。
「東高の生徒は……あぁ、3人ともいますね。現在は事情聴取してるようです」
「!……よかったぁ!……」
女性の報告に、恭弥は胸を撫で下ろす。
「女の子の方は?」
「ちょっと待ってください…………ダメですね。外見の特徴だけでは絞れません。やっぱり名前がわからないと」
「やはりそうですか……」
一方で光秋は、予想通りの状況に嘆息を漏らす。
「わかりました。とりあえず後で、ここに候補者のリストを送ってください」
言うや光秋は手帳のページを破り、走り書きしたメモを渡す。
「今回の件の重要参考人になり得る人物なので、念入りにお願いします」
「了解です」
女性の返答を聞くと、光秋と一夏は一礼して出口へ向かう。
「あ。ありがとうございました」
恭弥も頭を下げて礼を言うと、2人の後を追って建物から出る。
出てすぐの所で待っている2人の許に歩み寄ると、
「よかったですね。みんな無事みたいで」
「はい。これでひと安心です」
一夏がかけてくれた言葉に、恭弥は心底安堵して応じる。
「後で会わせてあげる……とは簡単には言えませんがね。こっちと向こうで事情聴取の長さが違うだろうし、それに……いや、これは現場検証が済んでからにしましょう」
「?……」
光秋の曖昧な態度に、恭弥は首を傾げるが、
「さぁ、格納庫に行きましょう。えっと確か……」
声をかける前に光秋は歩きだし、一夏もそれに続く。
「あ、あの……」
その背中に呼びかけながら恭弥も2人を追う。
「ん?」
「無理に会わせようとしなくてもいいですよ。無事がわかったんだし」
「でも、直接会わなきゃやっぱり実感湧かないでしょう?」
なにかを探す様に辺りを見回している為顔こそ向けない光秋だが、若干の心配を含んだ声を寄こしてくれる。
「いや、別に……データで大丈夫ってなってたんだから大丈夫かなって思うだけですけど?それに、後でゆっくり会えるだろうし」
「んー……情報化社会って奴は……」
「?」
恭弥の返事に、光秋はどこか呆れた様な声を返す。
「それに後でって言っても……いや、それこそ後にしよう」
「?」
「……」
「さぁ行こう!」
急かす様に言うや光秋は少し速度を上げ、恭弥はまた首を傾げながら、一夏はどこか浮かない表情をしながら黙ってついていく。
しばらく歩くと、3人はT字路に差し掛かる。
「えーっと、格納庫は……どっちだったかな?」
「えぇ?」
左右を見回しながら呟く光秋に、恭弥は若干狼狽した声を漏らす。
「わからないんですか?」
「横浜は初めてでね……一夏君は知ってるだろう?白置いてきたんだから」
「いや、俺も道ちゃんと覚えられなくて……」
光秋の問いに、一夏は申し訳なさそうに応じる。
「まぁ、1回じゃ覚えられないか……適当に進んでみるか?」
「それだけはやめておいた方がいいですよ。俺もそうやってとんでもないことに巻き込まれたんですから」
「……確かに、一理あるな。それに軍の施設だし、下手に進むと危ないか……」
半ば真剣に言う一夏に、光秋もどこか納得しながら応じる。
その傍らで恭弥は、
「とんでもないことって、何があったんです?」
と、一夏に訊いてみる。
「え?……まぁ、今の桂木さんの状況に似てるかも。ただ、そのお蔭で俺のやりたいと思ってたことができるようになったし、こうして光秋さんと一緒に仕事ができるようになったんですけど」
「ふうん?」
オブラートに包んだ様な答えに、恭弥は模糊としながらも応じる。
と、
「あの、どうかしましたか?」
「「「!」」」
T字路の左側から声がかけられ、3人は「よかった」という顔を浮かべてその方を見る。
そこには連邦軍の制服を着た3人と同じ日系の特徴を備えた人が立っている。
(えー…………男?女?)
それが恭弥のその人物に対する印象である。
髪こそ短く切りそろえられているのもの、幼さを残した顔はどちらかというと女性的なのである。そのくせ体つきはしっかりしている為、ますます性別の判断を迷わせてくる。
そして、それは一夏と光秋も同様である。
(小学、いや中学生……なわけないよな?でもどう見ても……)
(少尉か。ということは20近く?いや、でも見た目は……)
幼い顔つきに加えてその背丈が、2人のその人物の年齢の判断を迷わせる。光秋は襟元の階級章からかろうじて20歳前後と予測するものの、170センチ以上ある3人の胸辺りまで届くかどうかという身長が、どうしても10代始めくらいに思わせるのである。
そんなことを考えている間に、その人物は怪訝な顔をする。
「……俺の顔になにか付いてますか?」
「あぁいえ……格納庫まで行きたいのですがどう行ったらいいですか?」
問いかけられるや、光秋は気を取り直して問い返す。
と、その人物はさらに怪訝な顔をする。
「格納庫?……失礼ですが、そちらは?」
「あぁ。こういう者です」
応じると、光秋は懐から出した名刺を渡す。
「……作家、ですか?」
「あぁすいません、間違えた!……こっちでした」
再び出してしまった「一条 秋」の名刺を取り返し、正しい方の名刺を渡し直す。
「!……大尉!?」
それを見てその人物は顔色を変え、踵を合わせて直立不動の姿勢になる。
「失礼いたしました!俺……自分は当基地所属のリョウト・キサラギ少尉であります!」
(リョウト?男の名前か。てことはこの人男だな!よかった……)
よく通るその人物―リョウトの自己紹介でようやく性別がわかり、恭弥は内心安堵する。
「……失礼ですが、歳はいくつです?ずいぶん若いそうですが」
「……18です」
光秋の少し迷いながらの質問に、リョウトは溜息混じりに答える。
それに対し、光秋と一夏は、
(18か。とりあえず当たったな。しかし……)
(どうしても12、3歳くらいにしか見えねぇ……)
と、悪いとは思っていてもどうしても感じてしまう。
「……あぁ、格納庫を探していらっしゃるんですよね?案内します。こちらです」
「あ、ありがとうございます」
気まずい沈黙を破ってリョウトは歩き出し、光秋がそれに応じると、4人はT字路の右の道に進む。
「ところで、そちらの2人は?」
先頭を歩きながら、リョウトは最後尾の恭弥と一夏に視線を向ける。
「お……自分は織斑一夏曹長。こうしゅ……加藤大尉の部下です……であります!」
「僕は桂木恭弥。東高の学生です」
リョウトの視線に、一夏は慣れない軍隊調で、恭弥は普段通りに答える。
「学生?」
「先ほど所属不明機による騒動があったでしょう?その調査に協力してもらってまして」
「はぁ……」
光秋の説明に、リョウトは曖昧な返事をする。
しばらく歩くと、高さが30メートルはある胴長の建屋がいくつも並んでいる場所に出る。
「この辺り一帯が格納庫になりますが、どちらまで?」
「あ、ここまで来れば後は俺がわかります。ありがとうございました」
詳しい場所を訊こうとするリョウトに、一夏が一行の先頭に進みながら応じ、頭を下げる。
「ありがとうございました」
「!……ありがとうございました」
それに続いて礼をする光秋を見て、恭弥も慌てて頭を下げる。
「いえ。では、自分は用があるのでここで」
「用って?」
「作戦前のブリーフィングがありますので。失礼します」
光秋の問いに応じると、リョウトは来た道を引き返す。
と、
「あ、キサラギ少尉!」
「?……」
光秋に呼び止められ、リョウトは後ろを振り返る。
「作戦、頑張ってください。ご武運を。それ以上にご無事で」
言いながら光秋は敬礼し、後ろの一夏もぎこちなく右腕を上げる。
「は、はい!ありがとうございます!」
予想外のことに驚きつつも、リョウトは慌てて返礼する。
(戦果よりも俺の無事の心配か?……軍人にしちゃあ変わった人だな)
敬礼を解いて歩き出す光秋にそんな印象を覚えながら、リョウトは急ぎ足でブリーフィングが行われる建物へ向かう。
案内人を変更した一行は、一夏を先頭に建屋の合間を進む。
しばらく歩くと、
「……あ、ここですね」
と、一夏はシャッターが開け放たれている建屋の前で止まる。
「ほぉ?こうしてみるとなかなか……」
「?……」
一行の真ん中に立つ光秋が何故か面白そうな声を漏らすことを疑問に思いつつも、その右隣に立つ恭弥も格納庫の中に顔を向ける。
と、
「!…………」
目の前に広がる光景に、思わず言葉を失ってしまう。
格納庫内には、胸部に穴が空いたり、体の一部が無くなったりした鎧型のロボット―クロイツリッターの残骸が大量に運び込まれ、恭弥が呆然としている間にも作業着や白衣を着た人たちによって分解や調査が行われており、非常に賑やかな光景が広がっている。
が、恭弥の言葉を奪ったのはそれではなく、格納庫の奥に並んで佇む2機の巨人である。右には自分たちをシェルター付近まで運んでくれた白い機体―ユニコーン・白が、左には自身が乗った白銀の機体―シルフィードが立ち、それぞれ背中の翼を折り畳んでPT用の整備ハンガーに窮屈そうに体を収めているものの、白の方は真っ直ぐに、シルフィードの方は少しカーブを描きながら伸ばした額の一本角が凛々しさを損なわせないでいる。
純白と白銀の巨人が並んで佇む光景は壮観であり、芸術品の様な美しさを感じさせる。特にシルフィードは概要図しか見ていなかった為に、恭弥に一層強い印象を与えてくる。
(アレに僕が乗ったんだよな?そうして、鎧たちと……)
堂々と佇むシルフィードと周囲に転がっているクロイツリッターの残骸を見比べ、戦闘時の記憶がはっきりと浮かんでくるものの、恭弥は夢を見ている様な感覚を捨て切れずにそんなことを思う。
と、
「さてとね」
「……!」
そう呟くや光秋は2機の許へと歩き出し、一夏もそれに続いたところで気を取り直した恭弥も慌ててついていく。
2機の足元の中央には、2人の作業服がなにやら話し込んでおり、光秋はその2人と距離を詰めると、
「すみませぇん!」
と、格納庫内に響く少々耳触りな金属音に負けない声で呼びかける。
「「!」」
それで気付いた、あるいは驚いたのか、作業服の2人―一方は逞しい体つきの成人男性、もう一方は長い髪をポニーテールにした恭弥や一夏よりも歳が下くらいの少女―は、3人の方へ顔を向ける。
「ここにある機体……というか、先ほどの一件の処理を任されています、伊豆基地所属の加藤大尉です」
「その部下の織斑曹長であります」
自己紹介をしながら、2人は挨拶代わりにと敬礼をする。
「あ、これは……当基地整備班主任のアキヒロ・ヒラサカであります」
「見習いのミコト・アオイです」
返礼しつつ、男と少女はそれぞれ自己紹介する。
「で、その子は?」
「こら、ミコト!中央寄りの上官にその口のきき方はなんだ」
少し砕けた言い方をするミコトを、アキヒロはすかさず注意する。
が、
(『中央寄りの上官』……)
恭弥はその言い回しに、僅かだが棘を感じる。
「すみません、こいつ軍に入って日が浅くて」
「いえ、別にかまいませんよ。彼は桂木恭弥君。その白銀の機体に乗ってた人です」
「え!?この子が?」
アキヒロに応じながら紹介する光秋に、ミコトは驚いた顔をする。
「まぁ、そうなりますよね。とりあえず、今から現場検証というか、彼にもう一度この機体に乗ってもらいたくて。できますか?」
「え?乗るんですか?」
ミコトの反応に理解を示しながら頼む光秋に、今度はアキヒロが少し驚く。
「しかし……」
「報告は聞いています。というか、僕はその場にいたので。それを承知の上ですので、お願いします」
「……わかりました。ミコト、昇降機持ってこい」
光秋の頼みに渋々応じると、アキヒロはミコトに指示を出す。
「りょーかい」
「俺なにか手伝いましょうか?」
「いいよ。エリートさんはゆっくりしてて」
一夏の申し出をすんなり断ると、ミコトは近くにある下にキャスターが付いた昇降機を押してくる。
(……なんか、壁があるな)
常識の範囲内で肩の力を抜いた接し方をする光秋たちに対し、アキヒロは遠回しに、ミコトはやや露骨に冷たい態度を示し、それに対して恭弥はそんな印象を抱く。
その間にもミコトは昇降機をシルフィードの足元に運び、そばで声をかけるかどうか迷っている一夏に構わず台座を床に固定していく。
「……なんか、雰囲気悪いですね」
それを見て尚更居心地の悪さを感じた恭弥は、左隣に立つ光秋にこっそりと言ってしまう。
が、
「え?すみません、今なんて?」
少し戸惑った顔をして光秋は訊き返してくる。
「え?……え?」
「あぁ、言ってませんでしたね」
突然のことに面食らう恭弥に、光秋は右耳を指しながら説明する。
「生まれつき右耳が聞こえなくて。普段はそんなでもないんだけど、ここはほら……」
「……あぁ」
クロイツリッターの調査作業に視線を向ける光秋に、恭弥は煩くて今の言葉が聞こえなかったのだと察する。
「で、なにか?」
「え?……あぁいえ、大したことじゃありません!」
再び訊き返してくる光秋に、恭弥はもう一度言う程のことでもないと思って誤魔化す。
と、アキヒロの呼び声がかかる。
「加藤大尉!昇降機の用意できましたよ」
「あ、はい!」
よく通る声で応じるや光秋はその許へ向かい、恭弥もそれについていく。
先に乗った光秋に手招きされてゴンドラに乗り込み、柵をしっかり掴むと、それを確認したアキヒロが備え付けのパネルを操作して上昇する。
腹部に空いたハッチの前で止まると、光秋は暗いコクピットに入り込み、中から恭弥を手招きする。
「……」
暗いがらんどうに不安を覚えながらも中に入ると、
「ここに座って」
と、少ない光の中でやっと判別できる座席を光秋が指す。
「……」
慎重に座席に歩み寄ると、恭弥は恐る恐る腰を下ろす。
直後、
「!?」
それまで暗かったコクピット内が突然明るくなったかと思ったら、内壁全面を覆うモニターが点いて外―格納庫内の景色を映し出していることに気付く。
「そんな馬鹿な!?何をやってもうんともすんともいわなかったのに?」
「……やっぱり、このパターンか……シルフィード、ですか」
周囲の目も気にせず驚愕の声を上げるアキヒロに対し、座席の右隣に立つ光秋は外れて欲しい予想が当たってしまった様な苦い顔で冷静に呟き、小型モニターの概要図に書かれた機体名を読み上げる。
「……動かし方はわかりますか?」
「え?あ、はい」
「じゃあ、両腕を伸ばして手を開け閉めしてみてください。基本挙動というやつです」
「はい」
落ち着いた様子で指示する光秋に従って、恭弥は球形操縦桿に両手を置き、浮かんでくる情報を頼りに操作する。
指示通りシルフィードの両腕を前に伸ばし、3回程掌を開け閉めしてみせる。
「滑らかでいい動きですね……コレの動かし方はどうやって知りましたか?」
「どうやってって……頭の中から情報が浮かんでくるんです。どうこをどう操作すればいいって」
光秋の質問に、恭弥はありのままに答える。
「……一夏君と同じか……動かし方は説明できますか?どこをどうするとどうなるって。例えば、手の開け閉めは?」
「手は……あれ?……えーっと……」
小声でなにか呟きながらもさらに訊く光秋に、恭弥も答えようとするが、
「…………すみません。なんて言っていいのか……腕を伸ばすのは操縦桿を振るって説明できるんですけど、手の開け閉めは…………そう考えてできる、としか……」
「?……」
「なるほど……この辺は僕と同じか」
要領を得ない恭弥の説明に、アキヒロは眉を寄せて首を傾げ、光秋は呟きながら納得した顔をする。
「とりあえず、腕はもう下ろしてください……こりゃあいよいよか」
「?……はい」
観念した様に呟く光秋を気にしつつも、恭弥は両腕を下ろす。
と、光秋は座席の前に移動し、少し体を屈めて恭弥と目線を合わせる。
「……」
こちらを真っ直ぐに見据えてくる真剣な眼差しに、恭弥は思わず強張ってしまう。
「桂木君、今から大事なことを言います。よく聞いてください」
「は、はい!」
大真面目な顔で話す光秋に、恭弥は姿勢を正す。
「このロボット……シルフィードですか?コレは君にしか動かせません」
「……え?」
一瞬言われたことの意味がわからず、思わず声を上げる。
「……どういう、ことです?」
「そのままの意味です。シルフィードは君しか認識しないようだ」
やっと動かせるようになった口で問うと、光秋は落ち着いた様子で返し、さらに続ける。
「戦闘が終わった後、シルフィードは糸が切れた様に地上に下りましてね、ハッチが開いたんです。そこで操縦席の上で気絶している君を見つけて、さっきの病院に運びました。その後でシルフィードも動かして運ぼうとしたんですが、誰が乗っても全く反応しなかった。おそらく生体認証かなにかによる制限がかかったんでしょう。仕方なく一夏君の白にここまで運んでもらって、さっきまで外からわかることを調べてもらってたんですが……そんな
「面倒なこと?……」
苦しそうな表情を浮かべながら光秋は言い、恭弥は生唾を飲みながら繰り返す。
「僕は連邦軍の軍人として、君を拘束しなければなりません」
「!?…………」
真正面から言い切られた光秋の言葉に、恭弥は絶句してしまう。
「…………どうして」
少しして、ようやくそれだけ口にする。
「1つは、君は民間人でありながら兵器を用いて戦闘に介入した。これは如何なる理由があっても許されない犯罪行為なんです」
「そんな!?あの時は僕もなにがなんだか―」
「もちろん、情状酌量の余地はあります。場合によってはそのように手配するつもりでした」
半ば取り乱して言う恭弥を制し、光秋はあくまでも落ち着いた様子で続ける。
「問題はもう1つの方。この機体が君にしか動かせないということです。何処からともなく現れて未確認機数機を撃墜した、そんな未知の、それでいて強力な“力”を唯一使うことができる人間を、野放しにするわけにはいかないんです」
「力って……」
終始真剣な顔で言う光秋に威圧感を覚え、恭弥はなんとなしに視線を逸らす。
と、
「……!」
今まで意識の外に置いていたクロイツリッターの残骸、その内の体の中央から真っ二つになった1機が目に入り、恭弥の中で戦っていた時の記憶が鮮明に甦る。
「…………」
自身の腕にも手応えを感じながら1機を斬り裂いたこと。1機をビームで撃ち墜としたこと。最後に残った1機に激怒しながら剣を突き刺して爆散させたこと。
(僕が、倒した?あの鎧たちを?アレに乗ってた人は…………!)
そこまで考えが及んだ途端、猛烈な吐き気に襲われる。
「ヒラサカさん。なにか袋持ってますか?」
「え?いえ、俺はなにも……」
「仕方ない」
アキヒロの答えを聞くや、光秋は上着を脱いで恭弥の前に出す。
「こんな物ですみませんが」
「……いえ、大丈夫です」
それを恭弥は手で制し、吐き気を覚えても出す物が無くてどうしようもない体を操縦席に縮こめる。
「僕、人を殺して……」
「あぁ。アレは全部無人機でしたよ」
「……え?」
絞り出すように言った自分の呟きに光秋があっさりと返し、その言葉に恭弥は吐き気も忘れて拍子抜けしてしまう。
「無人機?」
「はい。そうですよね?ヒラサカさん」
「え?……えぇ。比較的破損が少ない機体を調べた結果、操縦席や搭乗者の遺体の類は見当たらず、代わりに戦闘用AIらしきものが発見されました。もっとも、これについてはまだ解析中ですが」
確認する光秋に、アキヒロは脇に挟んでいたパッドを見ながら答える。
「しかし、よく無人機だってわかりましたね。この情報が上がってきたのは大尉たちが来る少し前なんですが」
「確信したのは今ですけどね。動きを見てそうかなって。いい動きなんですけど、パターンが少ない気がしまして。あと、僕や織斑曹長の機体にはそういうことがある程度わかるようになってるんですよ」
「「?……」」
アキヒロの質問に光秋は答えるものの、最後の方に対して恭弥とアキヒロは首を傾げてしまう。
それにかまわず、光秋は話を続ける。
「だから、君は人を殺したわけじゃありません。寧ろ大勢の人の命を危険にさらした物たちを撃退したんです。そのことについては誇ってもいい。だからこそ、僕の方から提案があるんです」
「提案?」
やっと吐き気が治まってきた恭弥は訊き返す。
「それについては場所を改めてゆっくり話したいんです。凄く大事な話なので親御さんとも一緒に」
「親御さんって……」
「ちょっと待ってくださいね」
言うと光秋はゴンドラの上に出て、左耳の通信機に手を当てる。
(なんだろう?)
なにか話している様子ではあるが、周囲の音でよく聞こえないこと、なによりも光秋は背を向けている為に口の動きが読めないことから、恭弥には会話の内容がわからない。
少しして光秋は振り返ると、恭弥の許に歩み寄る。
「病室に来る少し前にお母さんに迎えを出してもらったんですが、それがさっき着いたようです。別の場所に待たせてあるのでそっちに移動しますね」
「母さんが?……わかりました」
少し驚きながら応じると、恭弥は操縦席を立って光秋に続いてゴンドラに移る。
(母さん……それにしても、話ってなんだろう?)
自分が出ると同時に暗くなったコクピットを眺めながら、恭弥は不安そうに考えてみる。
その間にもゴンドラは降下を始め、3人を地上へと運んでいく。
恭弥がコクピットに入った頃。
シルフィードの足元では、一夏とミコトが上がり切ったゴンドラを見上げていた。
「嘘!動き出した!?」
「やっぱりこうなるか……」
起動を始めたシルフィードを見て、ミコトは驚愕し、一夏は諦めた様に呟く。
「桂木さん、俺みたいなことになっちゃうのかな?」
「?……どういうこと?」
一夏の嘆息混じりの呟きに、ミコトは少しだけ興味を持つ。
「俺もね、面倒なことに巻き込まれて、いろいろあったんですよ。ま、悪いことばかりじゃなかったからいいけど」
「ふーん?エリートさんも大変なんだ」
「俺はエリートなんかじゃないですよ。軍に入ったのだってついこの間なんだし」
「え!?それでもうあんな試作機だかワンオフ機だかに乗ってんの?それに曹長って?」
「いろいろあるんですよ。詳しくは言えないけど……それとほら、機動兵器乗りは最低でも曹長の階級が必要って決まりがあったでしょう」
驚きながら白と一夏を見比べて言うミコトに、一夏は苦笑いしながら応じる。
「それもそうだけど……にしてもさぁ、あの機体デザイン綺麗だよね?ヒュッケバインっぽいけど」
「ユニコーン・白。俺の頼れる相棒です」
気まずくなりそうな雰囲気を変えたいこともあって、格納庫に白とシルフィードが運び込まれた時から思っていたことを言うミコトに、一夏は誇らしげな顔で白を見ながら応じる。
(……リョウトとは違うんだ。あいつはセラフィムのこと嫌ってるみたいだし)
その表情は、ミコトの知り合いのPDパイロット―先ほど一夏たちが会ったリョウトのことを逆連想させ、そんなことを思わせる。
と、
「あ、現場検証終わったみたいですね」
「え?」
一夏に言われて気を取り直すや、ミコトは下りてくるゴンドラを見る。
ゴンドラが台座の上に完全に止まると、光秋、恭弥、アキヒロの順に降りてくる。
「どうでした?」
「見ての通り、一番外れて欲しい結果だったよ」
「そっか……」
少し暗い顔で答える光秋につられる様に、一夏の表情にも僅かだが影が射す。
「とりあえず手はず通り、親御さんも呼んで説明するから、移動しよう」
「はい」
暗さを払う様にはっきりとした声で言う光秋に、一夏は真っ直ぐ前を向いて応じる。
一方、
「ミコト、昇降機片づけろ」
「了解」
アキヒロの指示に、ミコトは手近な固定を外し始める。
と、
「今度は俺も手伝いますよ。女の子ばっかりにこんなことさせられないし」
用意する時は呆然としていたツケを取り返す様に、一夏も反対側の固定を外し始める。
「え?いいよ。私の仕事なんだし」
「そう言わず。いる時くらいやらせてくださいよ」
話す間にも2人は全ての固定を外し終え、ほぼ同時に昇降機を押し始める。
「ホントいいって。パイロットの仕事じゃないよ」
「俺がやりたくてやってるんですよ。気にしないでください」
「……変なところで強引だなぁ」
ミコトが半ば呆れる様に言いながら、2人は昇降機を元あった場所に戻して光秋たちの許に速足で戻る。
2人が戻ってきたのを見ると、
「ありがとうございました。引き続き調査の方お願いします」
と、光秋はアキヒロとミコトに頭を下げる。
「あぁいえ……こちらこそ、御苦労さまです!」
その行為に多少狼狽しつつ、アキヒロは敬礼で返す。
「じゃあ僕らはこれで。桂木君、こっちです」
「あ、はい」
光秋に手招きに、恭弥は不安を浮かべた顔でついていく。
「それじゃ」
一夏も頭を下げると、2人の後を追って格納庫を出る。
そんな3人の背中を見ながら、アキヒロは呟く様に言う。
「なんか、不思議な奴だな、あの若造大尉。中央寄りのくせに威張らないし、横暴でもない」
「部下の子も変わった奴だったよ。整備士の手伝いなんかしてさ。ま、向こうもいろいろ苦労してるみたいだけど」
同じく3人の背中、特に一夏の背中を注視しながら、ミコトは先ほどの会話を思い出す。
「お前が機械以外に興味を持つなんて珍しいな?……惚れたか?あの小僧、顔はよかったしな」
「な!そんなんじゃないよ!」
ニヤケた顔で言うアキヒロに怒鳴って返すと、ミコトはクロイツリッターの解析作業を再開する。
格納庫を出ると、恭弥は先を行く光秋の後を追って別の建物へ向かう。
(僕、これからどうなるんだろう?)
光秋の背中を見ながら、不安な気持ちを口の中で転がす。
「……桂木さん、顔色悪いけど大丈夫ですか?」
「えぇ。大丈夫ですよ……」
左隣を歩く一夏が心配そうに声をかけ、恭弥はそれに努めて明るく応じる。
「……どんなことになるのか俺は正直わからないけど、光秋さんは最善を尽くしてくれる人だから。悪いことにはならないと思いますよ」
「そう……なんですか……」(この人が、ね……)
元気づける様に言う一夏に応じながら、恭弥は半信半疑といった目で光秋の背中に目を向ける。
その間にも3人は敷地内を進み、3階建ての小さめの建物に入ると、少し歩いた先にあるドアの前で止まる。
「失礼します」
光秋がノックしてドアを開けると、折り畳みのテーブルを挟んで3つのパイプイスが並ぶ部屋が目に入り、イスの1つに腰掛けている初老程の女性が3人の方に顔を向ける。
直後、
「恭弥!」
女性はイスから立ち上がるやドアの方へ駆け寄り、恭弥を抱き締める。
「ちょ!母さん!人前で……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!あなたが戦闘に巻き込まれたって聞いて、どれだけ心配したか」
照れる恭弥に怒りつつも、なんとか落ち着いた恭弥の母は体を離し、光秋と一夏を見る。
「この子が戦闘に参加したって聞きましたが、本当なんですか?」
「えぇ。とりあえず座ってください。その辺の事情も説明しますので」
「……わかりました」
光秋に応じると、恭弥の母は座っていたイスに戻り、その左隣に恭弥が、テーブルを挟んで向かいに光秋が座り、光秋の左後ろに一夏が控える様に立つ。
「あぁ、申し遅れました。
言いながら光秋は懐から名刺を出し、恭弥の母に差し出す。
「……作家さん、なんですか?」
「え?あ!また間違えた!……こっちでした」
(……この人、わざとやってるんじゃないだろうか?)
またもや名刺を取り換える光秋を見ながら、恭弥は半ば本気でそう思う。が、
(いや、ただの天然か?)
本気で慌てている様子から、すぐに本当に間違えているのだと思い直す。
「……連邦軍の方ですか?」
「はい。まずお子さんが置かれている状況の説明からさせていただきますね」
正しい名刺を受取った恭弥の母に応じながら、光秋は先ほどの手帳を出し、メモのページを開いて話し出す。
病室で恭弥に聞いたシルフィードに乗った経緯を話し、戦闘経過を自身の見たものも含めて話したところで手帳を閉じると、先ほど格納庫で確認した恭弥とシルフィードの関係を説明する。
「現状、回収した未確認機―モニターの表示から『シルフィード』と呼んでいますが―コレを扱えるのは恭弥君だけなんです」
「そんな…………」
真剣な顔で言う光秋に、恭弥の母は唖然として応じる。
それを一見しながらも、光秋は話を続ける。
「戦闘介入の件だけならば、もともとが未確認機、つまり軍の機密に触れたわけではありませんし、状況を考えても情状酌量の余地はあったのでまだなんとかなりました。しかし、特定の人物しか動かせない機体、それを動かせる者をこのまま帰すわけにはいかないんです」
「何故ですか?」
「まず、機体を動かせないことには調査が進められないこと。強力な“力”を持つ人物を野放しにできないこと。もう1つに、あの機体を狙って何者かが暗躍した際、お子さんにも危害が及ぶ可能性があるからです」
恭弥の母の少し噛みつく様な問いに、光秋は冷静な様子で応じる。
「……この子に、危害が!?」
震える声で返すや、母は恭弥を抱き寄せる。
「母さん……」
「そこで、こちらから提案があります。恭弥君もよく聞いてください」
照れる恭弥の目を、光秋は真剣な眼差しで凝視する。
「は、はい!」
その鋭い視線に、恭弥は慌てて姿勢を正す。
手帳を上着にしまって呼吸を整えると、光秋は口を開く。
「君、連邦軍に入りませんか?」
「……え?」
「なんでそうなるんです?」
またもすぐに意味を理解できず恭弥は小さく呟き、母は不安そうな顔をする。
「まず、軍に入ってもらえば降りかかる危害から彼を守りやすくなります。周りは戦闘のプロがたくさんいるわけですからね。もう1つは、僕ら自身が戦力を求めているからなんです。先ほど渡した名刺をご覧ください」
「「?」」
光秋に言われるや、恭弥と母は名刺を出して読み返してみる。
「『非常事態特殊対策部隊』?」
「そう。通称『
恭弥が名刺に書かれていることを読み上げるや、光秋は説明を続ける。
「4年前から存在が確認されるようになった『鬼』と呼ばれる謎の武装勢力、DC戦争によって流出してしまった兵器を用いたテロ、頻発する時空崩壊とそれに関連した災害、その他ありとあらゆる脅威に柔軟に対処する為に設立された……否、設立中の部隊です」
「設立中?」
歯切れの悪い言い方に、恭弥は首を傾げる。
「えぇ。実は現時点でのメンバーは、僕と一夏君しかいないんです。各方面に声をかけて人員の増強を図っていますが、それが思うように進まなくて。本音を言えば、シルフィードの様な強力な機体、そしてそれを操れる唯一の人である君は、是非欲しい人材なんです。ただ、入隊する以上は機体の調査協力だけでなく、戦闘にも参加してもらうことになります」
「戦闘に参加って……さっきみたいなことに?」
「無論、そうなるでしょうね」
戦闘の記憶を思い出して不安な顔をする恭弥に、光秋は真っ直ぐに目を見ながら応じる。
「もちろん、戦闘訓練はきちんとやってもらった上でですが。一応断ることもできますが、その場合でも機体調査には協力してもらうことになるでしょうし、常に監視される窮屈な生活になるでしょうね。受けてくれれば戦闘介入の件は白紙にできるし、それなりに高額の給料も出る、僕らも全力で君をサポートさせていただきます。ただし、死と隣り合わせの世界に足を踏み入れる覚悟もしてもらわなければなりません。当然、お母さんとも自由に会えなくなる」
「「…………」」
過酷な宣告に、恭弥は顔を俯け、母は途方に暮れた顔をする。
「まぁ、ことがことです。すぐに決められる問題じゃないでしょう。明日の朝まで待ちます。それまでに返事をください。とりあえず僕らは部屋の外にいるので、まずは2人でゆっくり相談してください。なにかあれば呼んでくれればいいので」
そう言うと光秋は立ち上がり、一夏を引き連れてドアへ向かう。
ドアの前でいったん振り返ると、
「最後に、こんなことしかしてあげられなくて申しわけありません。でも、これが僕らの精一杯なんです」
そう言って一夏と共に深く頭を下げ、部屋から出ていく。
「「…………」」
残された恭弥と母の間には、しばらく沈黙が続く。
部屋から出て少し離れた場所にある自動販売機の所まで移動すると、光秋はその横のベンチに腰を下ろす。
「ふぅー……」
背もたれに体を預けて上を向きながら、疲れを含んだ溜息を吐く。
「大丈夫ですか?」
「なんとかね。ありがとう」
心配そうな顔で訊いてくる一夏に、光秋は差し出された紙コップのホットコーヒーを受取りながら応じる。
一口飲み、今の気持ちを表す様なほろ苦さが口の中に広がると、光秋は左隣に座って同じ物を飲む一夏に意識を向けながら言う。
「一夏君……僕は鬼だな。さっき話に出た鬼も目じゃないくらいに」
「?……どうしたんです?」
「事情があるとはいえ、あんな
コップの水面に黒く映った自分の顔を見ながら話すと、光秋はまた一口飲む。
「俺のことなら気にしなくていいですよ。怖くないと言えば嘘になるし、覚悟が充分できたかと訊かれれば返事に困るけど、少なくとも自分がどうなるかわかった上でここに来たんです。光秋さんが気に病むことじゃないですよ。それに桂木さんのことだって、さっき光秋さんが言ったように、これが俺たちの精一杯なんだから。あとは相手の判断を待ちましょうよ」
「それもそうだがね。そう言ってもらえるだけで救われた気になる」
顔を上げて応じると、光秋は一夏と一緒にコーヒーを一気に飲む。
「どの道、背に腹は代えられない。僕たちには今“力”が必要なんだ。できるだけ大きな“力”が。今目の前にある脅威に対処する為に。そして……それがいつかはわからないが、
「……」
真っ直ぐ前を向いて断じる様に言う光秋に頷くと、一夏は残りのコーヒーを飲み干した。
オマケ
光秋「今回はここで終わりですか。それじゃあ、次に備えて一休みといきますか。
え?その前になにか一言?なにか一言、そうだな……『白い犬』もよろしく!……て、ここでそういう話は不味かったかな?……」
と、いうわけで、スパロボらしく中断メッセージ風ショートストーリーを載せてみました。今後も定期的に載せていく予定ですので、こちらも楽しんでいただければと思います。
これに関連して、企画参加者のみなさんに連絡です。
みなさんからもコレのネタを募集します。思いついたら僕の方にメッセージで送ってください。載せる際は名前を書くのでそのつもりで。
よろしくお願いします!