スーパーロボット大戦H/ハーメルン   作:一条 秋

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22 日常の先の決意

 非特隊が伊豆基地に帰還した翌朝。

 恭弥をはじめとした非特隊の未成年メンバーたちは、私服に身を包んで基地近くの街に出ていた。

 

「しかし、昨日は驚いたなぁ。部屋に帰るなりシュウさん、カノンちゃんたちの服買ってこいって」

「ですよね。でも、私服とか諸々の雑貨とか、いずれ必要になりますからね」

「それはそうだけどさ……ま、お金は出してくれたからなぁ」

 

 自分の呟きに共感しながらもどこか納得もしている一夏の返答に、恭弥はズボンのポケットを叩き、そこに入っている光秋からもらった封筒、その中の買い物代を意識する。

 

「……すみません、お手数かけて……」

「ユイが謝ることじゃないって」

「そうそう。案内にかこつけてウチらもショッピング楽しめるんだし」

 

 身を縮めて言うユイに一夏は応じ、フィルシアも楽しそうに続く。

 ちなみに、私服を一切持っていないユイは現在サクラの服を借りて着ており、カノンとリグルもそれぞれフィルシアとサクラの服を借りて歩いている状態だ。

 軍服や騎士の正装ではなく、一般的な平服を着て歩く一行のその光景は、普通の高校生たちが休みに集まって遊びに出ているようにしか見えない。

 

「それはそうと、ナガイさんが来ないとはねぇ。『服なら今着てる分で充分だ』なんて言っちゃって」

「大勢でわいわいするのが好きなタイプじゃないんだろう?オレも少しだけなら気持ちはわかるけど」

 

 未成年メンバーの中で唯一この場にいないナガイとの出発前のやり取りを思い出すカノンに、元来あまり社交的とはいえないユウは若干の共感を覚えながら返す。

 その時、

 

「……ん?」

 

車道を挟んだ反対側の歩道に、恭弥は見覚えのある灰色のパーカーを着た人影を見つけ、足を止めて隣の一夏の肩を叩く。

 

「なぁ、あれって」

「なんです?……あっ」

 

 言いながら、一夏は恭弥が指さす方を見、同じく見覚えのある灰色のパーカーを捉える。

 

「やっぱり、だよな?おーい、アリアちゃーん!」

「!」

 

 一夏の反応を見て確信した恭弥の呼びかけに、パーカーは辺りを見回し、2人を捉える。

 控えめな服装とは裏腹に、遠目にも目立つ金髪のポニーテールと白い肌は、間違いなく中華街で会ったアリア・アンダーソンだ。さらによく見れば、その隣にはもう1人似た服装の、こちらはフードを被っている人影が並んでいる。

 

「恭弥!?それに一夏もか?」

 

 アリアもこちらに気づいたらしい。驚きの声を上げながら、車が来ないのを確認してこちらの歩道に渡ってくる。フードの方もそれについていく。

 

「奇遇だね、こんな所で。そっちは友達?」

「ん?あぁ。幼馴染みのシャーラだ」

 

 恭弥の問いに、アリアは傍らのフードを示しながら答える。

 と、傍らの少女――シャーラはフードを下ろし、長い金髪を蓄えた白い顔を露にする。

 

「アリア……この人たち、知り合い……?」

「あぁ、そういえばシャーラには話してなかったな。この間街を歩いてた時に会った……」

「織斑一夏です」

「桂木恭弥です。シャーラちゃんだっけ?アリアちゃんの友達?よろしく」

「…………よろしく」

 

 シャーラの問いに答えるアリア、それに続く形で一夏と恭弥は自己紹介を行い、シャーラはぽつりと返す。

 と、立ち止まっていた恭弥と一夏に気づいたカノンたちが、アリアとシャーラを含めた4人の許に引き返してくる。

 

「ちょっと2人とも、なに立ち止まって……あれ?どちらさん?」

「あぁ、ごめん」

 

 不満を浮かべながらもアリアとシャーラに気づいたカノンに詫びながら、恭弥は少女2人を一行に紹介する。

 

「この間中華街を歩いてた時に知り合ったアリアちゃんと、その友達のシャーラちゃん。アリアちゃん、シャーラちゃん、この人たちは僕の友達の……」

「高槻カノンだよ。恭弥と一夏の知り合いなんだ?」

「ユウ・ヴレイブ」

「フィルシア・ナイトウォーカーだよっ」

「城崎ユイです」

「……サクラ・ルルです」

「…………リグル・フォン・エルプールと申します」

 

 少女2人に自分たちを示す恭弥に、一行は各々自己紹介していく。

 

「……えっと、だな…………」

「…………よろしく」

「まぁ、いきなりこの人数全員覚えるのはキビシイよね」

 

 6人分の自己紹介に圧倒されるアリアと、それでもどうにか応じたシャーラに、カノンがやや同情的に応じる。

 

「ところでさ、2人はこんなとこで何してんの?」

「何をしているといわれてもな…………2人で適当に歩いていただけだ。特にこれといった目的はない」

 

 フィルシアの質問にアリアが応じると、恭弥は咄嗟に言った。

 

「じゃあ、僕たちと一緒に行かない?ちょうどカノンちゃんたちの服とか買いに行くとこなんだけど……」

 

 そこまで言うと、恭弥は思い出したように非特隊の面々を見やる。

 

「もちろん、みんなが賛成してくれればだけど…………」

 

 不安そうに一行の様子を窺う恭弥に、最初に応じたのは一夏とユウだった。

 

「俺はいいですよ。大勢の方が楽しいだろうし」

「オレも賛成。恭弥の知り合いなら、仲良くなっておきたい」

 

 そんな前向きな返事をする2人に続いて、カノンも笑顔で応じる。

 

「私もいいよ。2人ともけっこう可愛いしねぇ。これはいろいろお楽しみが――」

「カノンっ!」

 

 後半は口元が異様に緩みながら告げる女騎士に、主リグルの叱責が飛ぶ。

 

「ウチも賛成に一票」

「私も」

「…………みんなが言うなら」

 

 その光景に慣れつつあるのか、特に構うことなくフィルシアとユイも告げ、サクラも渋々といった様子で応じる。

 

「ありがとう、みんな!」

 

 全員の首肯に表情を緩ませると、恭弥は今度はアリアとシャーラを見やる。

 

「ということで、2人はどうかな?もちろん、嫌だったらいいんだけど…………」

 

 気遣いというよりも不安そうに問う恭弥に、アリアとシャーラはしばし考える。

 

「そうだな…………」

「……私は、アリアに任せる。アリアの好きな方でいい……」

「んーん…………」

 

 シャーラに判断を託されてさらに悩むアリアだが、ややあって返答を述べる。

 

「では、共に行かせてもらうとするか。折角の誘いだしな、無下にすればアンダーソンの恥だ」

「じゃあ行こうかっ」

 

 アリアの返事に恭弥は満足そうな顔を浮かべ、新たに2人加わった一行は歩みを再開する。

 

「…………えっと、アリアだっけ?なんか変わった子だね。話し方が独特というか……考え方が古風っていうか。家のこととか気にしたりしてさ」

 

 両隣に聞こえる程度の小声で、カノンはそっと呟く。

 

「まぁ、確かにな……」

「いいとこの出身なんだろう?俺の知り合いにも似たようなのがいるけど」

 

 ユウが共感を示す一方、一夏は大して気にした様子もなく返す。

 

「そういうもんかなぁ…………?」

 

 腑に落ちないながらもそう応じながら、カノンは歩き続けた。

 

 

 

 

 恭弥たちとの買い物を断ったナガイだか、必要手続きをひと通り終えた身になにかやらなければならないことがあるわけでもなく、持て余した時間を伊豆基地内をぶらつくことに費やしていた。

 光秋たちから事前に立ち入り禁止区域を聞いていたため、自ずと建屋の少ない開けた場所に足が向いていく。

 

「…………ここまで、か……」

 

 そうして宛もなく歩き続けた果てに、伊豆基地の内外を仕切る金網のフェンスに達する。

 目測でも5メートルはあろう高さは見るだけで越えようという意気を失わせ、頂に引かれた有刺鉄線はそれに拍車をかけてくる。

 

「…………」

 

 もっとも、ナガイには最初から「越えよう」などという意思はなく、壁があるなら今度はそれに沿って歩いてみようと足を進めようとする。

 その時、不意に金網の向こうからこちらを覗く黒い小さな影が目に入る。

 

「…………猫か」

 

 それが黒猫だと理解すると、ナガイはゆっくりとフェンスに歩み寄り、膝を曲げて顔を近づける。

 

「ちっちっちっちっ」

「…………」

 

 最初こそ腰を引いて警戒態勢をとっていた黒猫だが、舌を鳴らして誘ってくるナガイのなにに惹かれたのか、少しずつ距離を詰め、最後には金網の網目に顔を寄せて、指先であごを撫でられる。

 

「ゴロゴロゴロゴロ……」

「へっ、やっぱり猫はいいぜ…………」

 

 気持ちよさそうに喉を鳴らして表情を緩ませる黒猫を見て、ナガイの顔も少しずつ和らいでいく。

 それは普段浮かべている威圧感を与えるものとも、ましてや戦闘中に浮かべる狂気をチラつかせるもの異なる、この何気ない現状を心底満喫しているものだった。

 

 

 

 

 同じ頃。非特隊待機室では光秋とライカによるウォルターの必要手続きがひと通り終わり、各々部屋近くの自動販売機で買った飲み物をお供に休憩に入っていた。

 

「あと問題なのは、コバックさんの乗機をどうするかですねぇ…………」

 

 暦の上では春でもまだ寒さが残るこの時期にはちょうどいい温かい緑茶に口をつけながら、光秋は遠い目で呟く。

 こちら側にいる間は共に戦ってくれることになったウォルターだが、肝心の機体はこれから準備するのだ。

 と、それを待っていたかのように、ホットコーヒーで口を湿らせたウォルターが遠慮がちに告げる。

 

「そのことなんだかな…………俺と一緒にこっちに来たあの機体、ザクを使えないか?」

「また藪から棒ですね?」

 

 言いながら、ライカは愛飲の栄養ドリンクを一口飲む。

 

「無茶は承知だ。だが俺は、アレでいくつもの修羅場を潜り抜けてきた。この世界の勝手の違う機体に乗るくらいなら、アイツに乗る方がまだ安心できる」

「その気持ちはわかります」

 

 自身すっかり旧式化したゲシュペンストに多大な愛着と絶大な信頼を寄せているライカは、迷いのない様子でそう告げるウォルターに強い共感を覚える。

 一方で、冷静な部分の訴えにも耳を貸す。

 

「もっとも、実際にやるとなると条件は厳しいでしょうね。特に補給の問題が。マシンガンの弾はしばらく保つでしょうけど、ミサイルは今装備している分しかありませんし、ザク本体に至っては予備パーツの一片もないときてます。破損した時の修理もそうですが、動かすだけで消耗していくパーツの都合をどうつけるか…………」

「俺もそれは考えていた…………」

 

 ライカの指摘に、ウォルターはコーヒーを飲みながら返す。その顔が苦々しげに歪んでいるのは、コーヒーによるものだけではないのだろう。

 

「だが俺にとっては、この世界は不確かなものばかりなんだ。そんな中で戦うことに――命を懸けることになるのなら、少しでも確かなものに寄って立ちたい」

「…………」

 

 その上でそのように告げるウォルターに、光秋は手を組んで逡巡する。

 

「…………とりあえず、パーツの件は軍と取引のあるメーカーに相談してみますか。マオ社……と、ヴァルキリーズ御用達のアカツキってとこも視野に入れておくか?パーツのデータさえ送れば、複製してくれると思いますけど」

「恩に着る」

 

 やや不安の残る様子で告げる光秋に、それでもウォルターは深く頭を下げて応じる。

 

「実際どうなるかは訊いてみるまでわかりませんけどね。コバックさんを即戦力として迎えたいこちらとしては、ある程度そちらの要望に応えようとするのが筋でしょうし…………さて、それじゃあ、ちょっと行ってきますか」

「どちらに?」

 

 言いながら背伸びついでに立ち上がった光秋に、ライカが問う。

 

「格納庫、コバックさんのザクの所ですよ。必要書類はひと通りまとめたことだし、提出がてら行って、パーツのデータが取れないか見て来ましょうや」

 

 答えつつ、光秋はあちこちを動かして座りっぱなしで固まった体をほぐしていく。

 

「…………いいですね」

 

 自身肩が凝り初めていたライカもそれに賛成すると、椅子から立ってテーブルの上の書類を束ねていく。

 

「なら俺も行こう。もともと俺のワガママが原因だしな。機体のことでわからないことがあったら訊いてくれ」

「頼りにしてます」

 

 立ち上がりながら言ったウォルターに光秋が応じると、3人は飲み終えた容器を近くのゴミ箱に捨て、それぞれ脇に書類束を抱えて歩き出す。

 

 

 

 

「ふぁーあっ、眠みぃ…………」

 

 豪快な欠伸をしながらゲッターロボを隠した森から道路に出ると、イシカワは道に沿って歩き出す。

 転移して以降ようやくとれた睡眠だったものの、その顔には多分な眠気が浮かび、未だ寝足りないことを物語っている。

 一方、のんびり寝ていられないことも重々承知していた。

 

(いい加減この世界の情報集めねぇとなぁ。またわけのわかんねぇ連中に絡まれんのも困るし…………)

 

 そこまで考えると、それまでどうにか堪えていた猛烈な空腹感が襲ってくる。

 

「……と、その前に腹ごしらえだな。スーパーに行きゃ、試食品くらい食えるだろう」

 

 道路の先に見えてきた背の高いビルや瓦の敷かれた家屋の数々、その文明的な街並みにそう目星をつけながら、イシカワは力の抜けそうになる身を鼓舞して歩き続ける。

 

 

 

 

 アリアとシャーラを加えた少年少女一行は、それからしばらく歩いて中規模の服屋に入り、カノンとリグル、ユイの私服を選んでいく。

 

「これなんてよくない?」

「というか、これはサクラちゃん向きじゃないかな?」

「な、何で私が出てくるんですか!」

 

 フィルシアの勧めた服を見て言ったカノンに、サクラは若干テンパって返す。

 そんな光景を恭弥、一夏、ユウは離れた所から眺め、その傍らにはアリアとシャーラも佇んでいる。

 

「……サクラちゃんってさぁ、基本真面目だけど、けっこう可愛いとこもあるよな」

「ですよねぇ。もう少し笑えばいいのに」

「なんて本人に言おうもんなら、余計に怒ると思うけどな」

 

 恭弥の呟きに一夏は頷きながら付け加え、ユウの一言に男子三人は深く首肯する。

 その横では、アリアが周囲の目を気にしつつ、隣に立つ恭弥にそっと耳打ちする。

 

「恭弥、少しいいか?」

「ん?……どうしたの?」

 

 声の大きさに注意しながら恭弥が応じると、アリアは若干顔を赤くしながら告げる。

 

「ここが済んでからでいいのだがな…………この辺りで美味いものを出す店があったら、連れて行ってくれないか?」

(…………アリアちゃんって、ほんと食べるの好きだよなぁ……)

 

 中華街で初めて会った時の様子を思い出しながらそう思いつつ、恭弥は微笑んで応じる。

 

「うん、わかった…………と言ってもこの辺かぁ…………」

 

 自身まだこの辺の土地勘に疎いことを思い出しながら、それでもアリアの好みに合いそうな店はないかと端末で調べてみる。

 そうしていると、ひと通り買う物を選び終えた女子一同が歩み寄ってくる。

 

「お待たせしました」

「じゃあ、レジ行こうぜ。恭弥さん、お金」

「ん?あぁ……」

 

 ユイに返しながら呼びかけた一夏に、恭弥はズボンの封筒のことを思い出し、店探しを中断してポケットに手を伸ばす。

 が、カノンとフィルシアの声がそれを止める。

 

「と!」

「その前にぃ!」

「……な、なんだ?」

 

 言うやカノンは俊敏な動きでアリアに迫り、突然のことに緊張するアリアに構わず、その右腕をガッチリと押さえる。

 

「いやぁ、実は初めて見た時から『この子だっ!』って思ってたんだよねぇ。アリアちゃんなかなかかわいいからさぁ、折角の機会だし、お姉さんたちといいことしない?てかしよう!」

「お、おい!なにをする!?」

 

 舌で唇を舐めながら邪な笑みを浮かべるカノンに恐怖しながら、拘束されたアリアは先ほどまで女子一同が使っていた試着室に連行される。

 

「シャーラ!助けてくれぇ!!」

「…………頑張って」

「シャーラァァァ!!」

 

 親友に助けを求める声も虚しく、アリアはカノンと共に試着室のカーテンの中に消えていく。

 が、直後、

 

「おーっと!誰が君は大丈夫って言ったぁ?」

「…………大ピンチ」

 

カノンとアリアのやり取りに気を取られている隙に背後に回り込んだフィルシアが、シャーラの華奢な体をそっと抱えて、アリアが連れ込まれた隣の試着室に運んでいく。

 

「や、やめろ!来るなっ!!」

「フッフッフッ。何処へ行こうというのだねぇ?」

「……お願い……やめて」

「フフーン!日本ではこういう時こう言うんだよねぇ…………よいではないか!よいではないか!」

 

 カーテンの向こうから、アリアとシャーラの震え上がった声と、カノンとフィルシアの嬉しそうな声がそれぞれ響き、それを残された一同は複雑な表情を浮かべて聞いていた。

 

「えっと……助けに行くべきでしょうか?」

「行きたければ行けばいいでしょうけど、その場合城崎さんが2人の代わりになるでしょうね」

「じゃあやめておきます」

 

 サクラの忠告に、ユイは諦める決心を固めた。

 

「あいつら…………男子と来てること完全に忘れてるな……」

「はっはっはっ…………」

「アリアちゃん、シャーラちゃん…………ごめん」

「カノン、あなたは…………」

 

 その横でユウは呆れ顔で感想を呟き、一夏は苦笑いを浮かべ、恭弥は手を合わせて頭を下げ、リグルは自身の騎士の所業に頭を抱えた。

 

 

 

 

 関係各所に書類を送ると、光秋とライカ、ウォルターはザクが置かれている格納庫を目指す。諸々の箇所を巡りながらの移動だったため、気づけば一行は伊豆基地の外縁近くを歩いていた。

 と、ウォルターがおもむろに足を止め、基地の内外を仕切るフェンスを見やる。

 

「どうかしましたか?」

「…………あれなんだが」

 

 訊ねる光秋に、ウォルターはフェンスの一点を指さす。

 

「ナガイとかいうやつじゃないか?あのデカい機体のパイロットの」

「え?何処です?」

 

 つられて光秋もウォルターの指さす辺りを注視するものの、元来視力が低いせいかそれらしい人影を捉えることができない。

 一方、

 

「…………確かに、そのようですね。恭弥たちと買い物に行ったんじゃなかったんですね?」

「…………ミヤシロさんも見えるのか……」

 

ウォルター同様にナガイらしき人影を捉えたライカに、光秋は若干羨む様な目を向ける。

 と、ライカがふと疑問を呟く。

 

「何をしてるのでしょう?あんな所で。座り込んでいるようですが…………」

「行ってみますか?もののついでに」

 

 それに答える様に告げられた光秋の提案に、ウォルターとライカは頷き、3人はフェンスの前に座り込んだナガイの許へ向かう。

 

 

 

 

 金網のフェンス越しに黒猫を()ではじめて、どれくらい経っただろうか。すっかりナガイに気を許したらしい黒猫は、その場に伏せてナガイに撫でられるままに身を任せている。

 もっともナガイも網目から指くらいしか出せず、大した撫で方はできないのだが、猫の方はご満悦のようだ。

 

(あぁ、やっぱり猫はいい…………)

 

 普段の強面は何処へやら、すっかり表情が緩み切ったナガイは今、この世界に来て最も寛いでいた。

 だからだろうか。背後から普通に近づいてくる人影に気づかなかった。

 

「ナガイさん?」

「!?」

 

 突然かけられた聞き覚えのある声に、ナガイはハッとしながら後ろを振り向き、予想通り非特隊の主任だか隊長だかを名乗っていた光秋と、その左右にライカとウォルターを見る。

 

「お、お前ら……何でここに……!?」

 

 猫を愛でているところを見られたかもしれない。その羞恥心に柄にもなく動揺を浮かべながら、なけなしの証拠隠蔽で黒猫を自身の陰に隠し、視線こそ鋭いものの上手く回っていない口で問う。

 

「いや、俺の用で近くまで来たら、お前が見えてな。何をして――?」

「ニャーオ」

「!お、おいっ!」

 

 返答しつつウォルターが訊き返そうとしたその時、何という気まぐれか、それまで黙っていた黒猫がナガイの陰から出てよく通る声で鳴いた。

 

「…………猫、ですか?」

 

 フェンス越しに新参3人をしげしげと眺める黒猫を見返しながら、ライカが観察の目で告げる。

 

「…………もしかして、撫でてました?」

「なっ――!!」

 

 光秋はあくまでも当てずっぽうで言っただけなのだが、図星を突かれたナガイは誤魔化しどころか否定の言葉を発することもできず、困惑を顔一杯に浮かべて固まる。

 と、

 

「…………いいんじゃないですか」

「…………?」

 

出し抜けに微笑みを浮かべながらそう告げた光秋に、ナガイは束の間理解が追いつかず、その間に目的地への移動を再開した光秋に続いてライカとウォルターも会釈してその場を後にする。

 

「…………ちっ、知ったふうに言いやがって…………」

 

 小さくなった一行の背中にそう投げかけながら、ナガイは黒猫の相手を再開しつつ、不快感や苛立ちとは違う、しかし素直に喜ぶこともできない、そんな釈然としない気分を持て余した。

 

 

 

 

「さっきのことですが……」

「はい?」

 

 格納庫への移動を再開してしばし。控えめに声をかけてきたライカに、光秋は顔を向ける。

 

「『いいんじゃないですか』……どういうことです?」

「そのままの意味ですよ。猫を撫でるなんていいんじゃないかって…………あと、ちょっと安心したってとこかな」

「安心?何にだ?」

 

 ウォルターの問いに、光秋は少しバツの悪い様子で答える。

 

「正直、ナガイさんはもっと乱暴なタイプかと思ってたんですよ。第一印象というか、大した根拠のない偏見でね。でも、あぁいう一面もあるって知ったら、それが少し和らいだというか…………ま、今でもちょっと怖いですけど」

 

 言いながら自嘲を浮かべる光秋に、ライカとウォルターは意外といった顔を向ける。

 

「…………大尉にも怖いものってあるんですね?」

「まったくだ。まだ得体が知れなかった俺の前に生身を晒した男の台詞とは思えんな」

「いやいや、僕は根っからのビビり、チキン野郎ですよ。あれはミヤシロさんって”保険”があったからこそできたことで、そうでなきゃ絶対やりませんよ~」

 

 どこかお道化た調子の光秋の返事を聞きながら、3人は目的地たる格納庫の入り口をくぐった。

 

 

 

 

 アリアとシャーラが試着室に連れ込まれてしばし。

 当初こそそれぞれ連れ込んだカノンとフィルシアに抵抗する声が漏れていたものの、今はすっかり静かになり、店の隅で4人を待つ恭弥は不安を抱いていた。

 

「いやに静かになったなぁ…………アリアちゃんとシャーラちゃん、大丈夫かな?」

「まぁ、カノンとフィルシアもそこまで無茶はしない……と思いますけど…………」

「最初が騒がしかった分、確かに気になるよなぁ」

 

 恭弥の呟きに、一夏は自信無さげに返し、ユウも心配を浮かべる。

 その時、2つの試着室のカーテンが開き、それぞれからカノンとフィルシアが出てくる。

 

「ほらっ、アリアちゃん、早く早く!」

「ま、待てっ!本当にこんな格好で人前に出るのか!?」

「ほーらシャーラ、お披露目の時間だよっ!」

「……まだ……心の準備が…………」

 

 急かす2人に対し、カーテンの奥からアリアとシャーラの躊躇った声が返ってくるものの、手を引くカノンとフィルシアに負けて、地味な印象が強かった灰色のパーカーから着替えた少女2人が顔を出す。

 

「こ、こんな短い……!どんな責め苦だ!!」

 

 そう涙目で訴えるアリアの服装は、白いワイシャツと黒のスカートだ。本人は羞恥に顔を赤くして裾を引っ張っているものの、実際にはスカートの丈は膝まであるため、言うほど露出の多い格好ではない。

 寧ろ、上下共に飾り気の無いシンプルかつ質素なデザインであり、その組み合わせが、まだあどけなさを残しながらも整った容姿を誇るアリア本人を引き立てている。

 

「…………これ……本当に似合ってるの…………?」

 

 一方、自分ではいまいち判断がつかないシャーラの服装は、銀色のワンピースだ。

 こちらも丈は長く、長袖であるため大した露出はなく、アリアとは逆に胸元や袖周りに施されたフリルが柔らかな印象を与えてくる。

 そんな見違えた、しかしどうにも自覚が無い2人に、恭弥は無意識の内に思ったことを告げた。

 

「2人とも、凄く似合ってるよ。アリアちゃんは綺麗だし、シャーラちゃんは可愛くなったっ」

「「!!」」

 

 少し熱の籠った恭弥の言葉に、少女2人、特にアリアは余計に顔を赤らめた。

 

「確かになぁ。女子ってホント、着るものが変わるとガラリと変わるよなぁ」

「オレはカノンとフィルシアを見直したよ。てっきりもっとも変なというか…………露出度の高い服を選んでくると思ってたから」

 

 恭弥に共感しながら様変わりした2人に心底感心している一夏に続いて、ユウはカノンとフィルシアに関心の目を向ける。

 

「まぁねぇ、2つともカノチンのチョイスなんだけど…………」

「いや、私もね、選ぶ時はそういうのも考えたんだよ」

「「「考えたのかよっ!!」」」

 

 男子3人の見事な異口同音(ハモリ)が成立した。

 その傍らで、サクラが恐る恐る質問をする。

 

「…………それで、結局()()()()()を却下した理由は?」

「春とはいえ、まだ肌寒いからね。私の所為でこんな可愛い子たちに風邪なんてひかせられないよ。私、これでも”紳士”ですからっ」

「本当、割り込まなくてよかった…………」

「カノン…………」

 

 胸を張って、しかしどこか怪しい笑顔で応じるカノンに、ユイは戦慄しながら数分前の自分の判断に内心感謝し、自らの騎士のそんな様子にリグルはさらに頭を抱える。

 そんな非特隊の面々の反応に、アリアは未だよそよそしさを残しながら問う。

 

「…………本当に、似合うのか?変ではないか…………?」

「全然っ。アリアちゃんもシャーラちゃんも、凄く似合ってるっ」

「そ、そうか…………」

「…………よかった…………」

 

 アリアの問いに恭弥が首を大きく横に振って答えると、それまで羞恥だけが占めていた少女2人の顔に、微かだが喜びが混ざる。

 

「…………」

 

 その光景をユイが気難しそうに眺めていると、隣に歩み寄った一夏が訊いてくる。

 

「ユイもあぁいう服買わなくていいのか?」

「い、いえ……私は別に…………」

 

 思わぬことを言われて動揺したのも束の間、ユイは改めてアリアとシャーラを見ながら、心なしか沈んだ声で応じる。

 

「買っても着る機会がないだろうし……そもそもあんな服、似合わないだろうし…………」

「そうか?アリアさんが着てるようなのなんて、ユイにも似合うと思うけど?」

「…………ありがとうございます」

 

 一夏は思ったままを言っているのだが、お洒落という分野にはいまいち自信のないユイにはどうしても社交辞令にしか聞こえず、しかしそう言ってくれることへの嬉しさに、微かな喜びを含んだ苦笑を返す。

 と、それを見ていたフィルシアが口元に両手を添えて言ってくる。

 

「ヒュー ヒュー 熱いねぇ、お二人さん!」

「フィルシア、あなた…………」

「フィ、フィルシアさんっ!!」

 

 それに対してサクラは顔をしかめ、ユイは瞬時に赤くなった顔で叫んだ。

 

 

 

 

「ふぅ……人心地ついたぜぇ……」

 

 森を抜け、街に着くや真っ先にスーパーの試食品を片っ端から食べまくったイシカワは、腹をさすりながら満足そうな顔を浮かべてそう呟いた。

 試食品を食べていた際、店員や他の客から怪訝な目を向けられていたのだが、一心不乱に食べていたイシカワの知ることではなく、知ったところでそれを止めることも、因縁をつけてどうこうしようという気も起らないのがイシカワだ。

 

(さて、腹も膨れたことだし、次は情報収集だな。とりあえず、電器屋に行ってみるか。テレビがありゃ、ニュース番組とか観れるしな)

 

 思い立ったが即行動、イシカワは周囲の建物を見回して電器屋を探す。

 

 

 

 

 買う物を決めて会計を済ませると、非特隊の少年少女たちは手に手に袋を提げて服屋を出る。

 その中に混ざったアリアとシャーラの手にも袋が提げられ、それを嬉しくも気まずそうに一見したアリアが隣の恭弥に顔を向ける。

 

「本当によかったのか?買ってもらって」

「いいよ。アリアちゃんたちが欲しそうにしてたっていうか……まぁ、僕の”男”を立てると思ってさ」

 

 アリアとシャーラの心境を察して意識的に冗談半分な調子で応じながら、恭弥は試着後の2人が悩ましげにそれぞれの服を見ていたことを思い出す。

 そんな中、隣に寄って来たカノンが恭弥にしか聞こえない声で言ってくる。

 

「にしても意外だね。シュウさんからお金もらってるのに、アリアちゃんとシャーラちゃんの分は自分の財布から出すなんて?」

「まぁ、カノンちゃんたちの分ならそれでいいんだろうけど……もともとその為のお金だしね……ただ、アリアちゃんたちに関しては流石に適用範囲外だろうからね。お嬢様かと思ってたけど――あるいはだからなのか――お小遣いが限られてるのか、服一着買うのにかなり渋ってて。いろいろ言ってても大分気に入ってたみたいだから、できれば購入させてあげたかったけど…………だからといってそのことにこのお金を使ったとバレたら、なにかと怖いしね。それなら僕が人肌脱ぐさ」

「ヒュー♪オトコマエー」

 

 同じくらいの声で応じる恭弥に口笛を吹きながら返すと、カノンは後ろを歩く女子たちの輪に戻っていく。

 それを目で追った恭弥は、いつの間にか非特隊の女子の輪にアリアとシャーラが加わっているのに気づき、その嬉しそうな顔で買った服のことを語る2人の様子に、自然と口元が緩む。

 

(ま、よかった……かな?)

 

 その横では、一夏がユイの手持ちの袋を見ながら控えめに声をかけていた。

 

「本当に、それだけでよかったのか?」

「いいんです。どの道、今日は普段着を買うつもりで来たんだし…………」

 

 そう応じながらユイが視線を落とす袋の中には、安さと実用性に重きを置いた服しか入っておらず、遠回しに「お洒落な服を買わなくてよかったのか?」と訊いている一夏の心境を察して少しバツが悪くなる一方、そんなふうに自分を気にかけてくれることが嬉しくもなる。

 だからなのか、胸の内に湧いた小さな欲求を堪え切れず、つい小声で言ってしまう。

 

「…………もし、次のお休みの都合がよかったら……その時は、一緒に行ってくれますか?」

「いいぜ」

「…………本当に……?」

 

 余りにもあっさりと応じた一夏に、ユイはつい狼狽しながら訊き返す。

 

「あぁ。買い物くらいいくらでもつき合うさ」

「…………ありがとうございますっ」

 

 柔らかな笑みを浮かべる一夏に、ユイは若干論点がズレているような気がしながらも、頭を下げて笑い返した。

 

(…………すごいな一夏って。あんな自然に女の子と関われてさ…………オレもあんなふうにできてたら、今頃ユリと…………)

 

 そんな2人のやり取りを後ろで眺めていたユウは、ユイ同様に会話の論点に違和感こそ覚えたものの、一夏の自然体な態度にある種の羨ましさを感じ、数日前に初めてゴーストに遭遇した直前のことを思い出した。

 

(鞄2つ分……たった鞄2つ分の隙間だったんだ。あの隙間を埋めてさえいれば今も一緒に、こんなふうに買い物に行ったり…………)

 

 「鞄2つ分の隙間」に象徴される、あの時の自分の勇気の無さと、どうしてもそれに繋がっているように感じてしまう今の現実――意中の相手の死――に、ユウは思わず手を握り締める。

 と、

 

「……ユウ?どうかした?」

「!カノン……?」

 

気づいたら隣を歩いていたカノンにハッとするや、ユウはすぐに手の力を抜く。

 

「どうかって、なにが……?」

「いや、なんか険しい顔してるからさ」

「……何でもない。何でもないよ」

「……ならいいけどさ」

 

 手の方は意識していたが、顔にも出ていたらしい。言葉に合わせるように「何でもない」表情を浮かべようとするユウに、カノンも引き際を察してそれ以上追及してこなくなる。

 その時、

 

「みんな、ちょっと脇に寄って」

「「「?」」」

 

唐突にかけられた恭弥の声に、一行はその視線を追ってみると、正面から人が近づいてきていることに気づき、すぐに歩道の片側に寄って道を開ける。

 距離が迫って改めて見ると、近づいてくるのは男、それも一行とそう変わらないかやや上といった歳格好だ。鋭い目つきがどこか厳つい印象を与え、何か探しているのか周囲をキョロキョロと見回している。

 

――ちょっと怖い…………。

 

 個々に多少の差はあるものの、それが男に対する一行共通の印象だった。。

 

 

 

 

 電器屋を探して歩くことしばらく。未だ目的の店を見つけられないイシカワは、若干の苛立ちを覚えながらも根気強く探索を続けていた。

 

(たぁくっ、そこそこデケェ街のくせに、なんで電器屋の一つも()ぇんだよ…………ん?)

 

 そんな時、自分が歩いている歩道の正面から、中高生くらいの少年少女の一団が迫ってきていることに気づく。

 

(なんだぁ?ガッコの仲良しグループが昼間っから買い物かぁ?……にしてもコイツ等、邪魔くせぇなぁ)

 

 狭いわけではないものの、それでも幅に限りがある歩道を横に広がるように進む一団に、イシカワは電器屋が見つからないのとはまた違う理由で不機嫌になる。

 が、そう思った直後に一団は道の片側に寄り、こちらの気分を察したような態度に、イシカワの機嫌が少しよくなる。

 

(なんでぇ。わかってんじゃねぇかっ)

 

 その思いを表すように口元を緩めながら、イシカワは一団の横に差しかかる。

 

 

 

 

 そして、非特隊の少年少女たちと、イシカワがすれ違う。

 

「わりぃなっ」

「いえ…………」

 

 一団の面々を見渡しながら申し訳程度の微笑を浮かべたイシカワと、非特隊を代表して若干怖じけた様子の恭弥。

 短いやり取りを交わして一団の横を通り過ぎると、イシカワはふと思う。

 

(てっきり周りのことなんてお構い無しの傍迷惑な連中かと思ったが、意外といい連中じゃねぇか!……さて、電器屋は…………無ぇなぁ、チキショー…………)

 

 すれ違った一団の印象を覆すと、未だ電器屋が見つからないことに頭を掻く。

 一方、非特隊一行は。

 

「…………なんか、思ったより感じのいい人だったな。わるいなって」

「まぁな…………顔は怖かったけど……」

「確かにね。一瞬”その筋の人”かと思ったよ…………」

 

 遠くなっていくイシカワの背中を見送りながら、一夏とユウ、恭弥はすれ違った時のことを思い出しながらそれぞれ感想を溢す。

 

「なんか探してるのかな?ずっとキョロキョロしてたけど」

「でも、声をかけるのはやっぱり躊躇っちゃいますよね…………」

「……そうね。私もそう思う」

 

 首を傾げるフィルシアに、ユイは若干震え上がりながら返し、サクラが心なしか悔しそうにそれに頷く。

 

「……こちらを圧するだけの覇気を放ちながら、あれで戦士ではなく、ただの民だというのか…………?」

「…………地球連邦……恐るべし……」

 

 アリアとシャーラは声の大きさに注意を払いつつ、イシカワの独特の存在感に圧倒される。

 

「…………ところでカノン、さっきからどうしたの?難しい顔して」

「いや…………さっきの人さ、笑ったら……心の底から本気で笑ったら、なんか凄い気がするんだよね」

「…………?」

 

 真剣な顔で考えごとをするカノンの返答に、質問者たるリグルは余計に首を傾げることになる。

 

「それに…………なんか”同類”の匂いがしたような……?」

「えっ!?」

 

 はっきりしない様子で呟かれたカノンの一言に、アリサとシャーラ以外の全員が軽い驚きを抱き、代表して恭弥が傍らに近寄る。

 

「”同類”って、まさかさっきの人も異世界人?」

「いや、そういうことじゃなくて……なんて言えばいいかな…………話が合いそう、とか……?」

「「「…………?」」」

 

 声の大きさを抑えた恭弥に問いにすぐに否定を返しながらも、その後のカノンの歯切れは悪く、やっと出た返事に一行はさらに疑問を深めることになった。

 

 

 

 

 そんな奇妙な邂逅から十数分後。

 恭弥主導の下、アリアとシャーラを加えた非特隊一行は近くのファミレスに来ていた。

 テーブルを挟んで3人掛けの長椅子2つが向かい合う席、その1つに恭弥とアリア、シャーラ、ユウ、ユイ、一夏が、もう1つにカノンとリグル、サクラ、フィルシアがそれぞれ分かれて座ると、各々メニューを広げて食べたいものを選び始める。

 

「…………ハンバーグ……オムライス……フライドポテト…………?」

「あぁ、それはなかなか美味だぞ。このデミグラスソースというのが私のおすすめだっ」

 

 写真の品々を物珍しそうに眺めるシャーラに、アリアは一応抑えてこそいるものの嬉々とした顔で説明していく。

 その様子をテーブルを挟んで眺めながら、男子3人は互いに顔を寄せる。

 

「あのシャーラって子、ハンバーグに首傾げてるけど……?」

「そういう庶民的な食べ物とは縁がないくらい箱入りだったのかな?アリアさんもなんかはしゃいでるし」

 

 ユウの指摘に、一夏はとりあえずの推測を返す。実は似たような表情はリグルも浮かべていたのだが、それぞれのテーブルに座る者たちが気づくことはなかった。

 

「というか一夏くん、アリアちゃんはもうさん付けで固定なんだな……」

「いやぁ、初対面で睨まれてから、なんか気安くできなくて……」

 

 一方で恭弥は素朴な疑問を呟き、それに答えながら一夏は我ながら情けないと思いつつ頭を掻く。

 その間にもアリアとシャーラは頼む物を決め、ユイと恭弥たちも各々決めると、ユウが隣のテーブルに座るカノンたちに確認の声をかける。

 

「こっちは全員決まった。そっちは?」

「こっちもいいよ」

「あ、せっかくだし、ドリンクバーも頼もうよっ」

 

 カノンの返事に続く形で、フィルシアが全員を見回しながら提案する。

 

「いいんじゃないか?」

「俺も賛成」

「ナイス!フィルち!」

 

 ユウと一夏とカノンの返事を筆頭に、残りの面々も頷く中、シャーラは不思議そうな顔でアリアを見やる。

 

「ドリンクバー……?」

「あっ、えっと……それはだな…………」

 

 先ほどのような解説を期待したらしいが、これはアリアも知らないことだったらし。が、かといって視線を向け続けるシャーラに知らないとも言えず、アリアの顔に困惑と焦りが浮かんでいく。

 それを見て、恭弥がテーブル越しにそっと身を寄せる。

 

「飲み放題のことだよ。好きな飲み物を好きな分持ってきて飲むの」

「……好きな分……?」

「うん。この店の場合は時間制みたいだけどね」

 

 メニューを確認しながらの補足も加えた恭弥の説明に、シャーラは納得した様子で頷く。

 

「そんなものがあったのか…………」

「なるほど……」

 

 その傍らでは、アリアが窮地から解放された安堵と新発見の驚きが混ざった表情を浮かべ、リグルがそっと手を打っていた。

 

「じゃあ、頼みますよ」

 

 全員賛成したのを確認すると、サクラが呼び鈴を鳴らす。少しして店員がやって来ると、恭弥と一夏、ユウ、サクラ、アリア、シャーラはオムライスセットを、カノンとフィルシアはステーキセットを、リグルはハンバーグセットをそれぞれ頼む。

 が、全員が少し早めの昼食を意識した注文をする中、ユイだけは単品のフライドポテトを頼む。

 

「本当にそれだけでいいのか?」

「はい。お腹そんなに空いてなくて……」

 

 一夏の確認に、ユイはどこか控えめに応じる。

 もちろんユイもそこそこの空腹を覚えているのだが、ただでさえ数着の服を買ってもらって、その上ご馳走になることに若干の引け目を抱いているのだ。

 

「…………そっか」

 

 そんな思いを知ってか知らずか、一夏はそこで話を切り、他のメンバーもそれ以上追及せず、全員分の注文を聞き終えた店員が奥に引っ込むと、恭弥は席を立って一行を見回す。

 

「じゃあ、ドリンクバーには僕が行ってくるよ。この人数でぞろぞろ行くと混むだろうし。みんな何が飲みたい?」

「ならオレも行くよ。恭弥だけじゃ流石に大変だろうし」

 

 そんな恭弥を見て、ユウも席を立つ。

 

「2人が行くんなら俺も……」

「いや、3人も行くと流石にさ」

「そうですか……?」

 

 一夏も続いて立とうとするが、恭弥に止められて大人しく座り直し、各々が恭弥とユウに飲みたい物を頼む。

 そんな中、一人怪しい笑みを浮かべたフィルシアが席を立つ。

 

「ウチは自分で行くよ。ちょっとやってみたいことあるしっ」

「そう?他のみんなは頼んだよな?」

「じゃあ、行ってくる」

 

 恭弥が確認し、ユウが告げると、2人はうきうきしたフィルシアを連れてドリンクバーの装置のもとへ向かう。

 3人が店の奥に消えると、ユイは再びメニューを広げ、どこか懐かしそうな顔を浮かべる。

 

「どうかしたか?」

「いえ…………こういうのは、ちょっとやそっとの時間じゃ大して変わらないんだなぁって…………」

 

 その表情が気になった一夏の問いに、ユイはハンバーグセットの写真を注視しながら答える。

 

「……ユイといったな。その口振り、最近まで違う場所にいたのか?」

「えっ?……えーっと…………」

「「「…………」」」

 

 その様子に興味を抱いたアリアの問いに、ユイは困惑を浮かべて言い淀み、他の非特隊の面々にも緊張が走る。

 ユイが言外に言おうとしていたのは、彼女がいた時代から100年経ってもということだ。

 しかしそれを一般人――少なくともユイたちはそう認識している――たるアリアやシャーラに教える訳にもいかず、その間にも答えをせがむ視線を向けてくるアリアに、一同は焦りを抱く。

 そんな時、一夏が声をかける。

 

「その、ついこの間までシベリアの方に行っててさ、最近帰ってきたんだよ。なっ」

「え?…………あ、はいっ。そうです。家の都合で行ったり来たりで」

 

 一夏の目配せを察して、ユイも努めて自然体に話を合わせる。

 

「だから、日本のファミレスなんて本当久しぶりで、変わらないメニューについ懐かしくなっちゃって…………」

 

 念を押すようにそう続けると、ユイは窺う目をアリアと、念のためシャーラにも向ける。

 

「…………そうか」

「…………」

 

 一連の説明でアリアは納得してくれたらしい。シャーラも黙ったままで何か言ってくる様子はなく、小さな危機を乗りきったユイたちはほっと胸を撫で下ろす。

 それに合わせるように、恭弥たちがドリンクバーから戻ってくる。

 

「お待たせ」

「ありがとうございます。そのお盆は?」

 

 コーラを置いた恭弥に礼を言いながら、一夏は恭弥とユウが持っている人数分のグラスを載せた盆を見る。

 

「ドリンクバーのとこに重ねて置いてあった。こういう大勢の分を運ぶためのだろう」

 

 応じつつ、ユウはカノンたちのテーブルに飲み物を置いていく。

 

「アリアちゃんはリンゴジュースだったよな。シャーラちゃんは任せるって言ったから、とりあえずコーラにしといたよ」

「悪いな」

「…………コーラ……?」

 

 恭弥もアリアたちのテーブルに飲み物を並べる傍ら、シャーラは目の前に置かれたコーラを不思議そうに眺める。

 そうして全てのグラスを配り終えて2人も席に着くと、少し遅れてフィルシアが戻ってくる。

 

「!……フィルシアさん、それ…………」

 

 その手に持っているグラスに波々と注がれた極彩色の液体に、リグルが思わず後退る。

 

「フフンッ、フィルシア・オリジナル・ドリンクだよ!」

 

 それに構わず上機嫌に応じながら、フィルシアは極彩色の液体(フィルシア・オリジナル・ドリンク)が入ったグラスを持って席に着く。

 

「一人で何やってるのかと思えば…………」

「いるよなぁ。ドリンクバーでいろいろ混ぜる奴……」

 

 調理過程を思い出してユウは呆れ、一夏は遠くを見る目で呟く。

 

「泡立ってるってことは炭酸入ってるよね。緑色はメロンソーダで、赤はトマトジュース、白っぽいのは……コーヒーに入れるミルクかな?細々浮かんでるのは……」

「何でカノン冷静に分析してるの!?」

 

 一方でカノンはグラスに顔を近づけてしげしげと眺め、場合によってはグラスの縁を扇いで匂いを嗅ぎながらしみじみと考え、その様子にリグルは極彩色の液体を初めて見た時以上に驚愕する。

 

「フィルシア、それ自分で責任持って飲みなさいよ。誰も手伝わないから」

「心配ご無用!お残し厳禁てねっ」

 

 その横でサクラが釘を指すものの、当のフィルシアは変わらず嬉々とした様子で応じる。

 それと前後して、各自が注文した料理が運ばれてくる。

 

「さて、みんな頼んだものは来たな?」

「はーい」

 

 恭弥の問いに、カノンを筆頭に返答、あるいは挙手がなされ、食事の用意が整ったことか確認される。

 

「それじゃあ。いただきます」

「「「いただきまーすっ」」」

「……いただき、ます……?」

 

 恭弥先導の下に各々食前の挨拶を告げる中、シャーラだけは見よう見真似といったぎこちない動作で周囲に続く。

 もっともすぐに食事が始まって気に留める者はおらず、各自頼んだ料理や飲み物に舌鼓を打ち、

 

「うっ……!?」

「だから…………」

 

あるいはフィルシア・オリジナル・ドリンクを飲んで顔を青くする様子をサクラに呆れられていた。

 そんな中、頼んだオムライスを吟味していた一夏は、心底感心した顔を浮かべる。

 

「んー、こっちの店も大分美味いなぁ!ユイもよかったらどうだ?一口」

「えっ?」

 

 言いながら、唐突にオムライスのひと切れが乗ったスプーンを差し出されて、それまで淡々とフライドポテトをつまんでいたユイは束の間反応に困る。

 

「……いや、でも……」

「遠慮すんなって。ほらっ」

「…………そ、それじゃあ…………」

 

 口籠るにも構わずなおも勧めてくる一夏に根負けして、ユイはそっと口を開けて差し出されたオムライスを受け入れる。

 

「…………」

 

 実際、そのオムライスは値段の割にいい味をしていたようだが、妙に強張りだした舌では充分な吟味はできなかった。

 

「おっ、やってるねぇ」

「ヒューヒュー!」

 

 それを見たカノンと、少し回復したらしいフィルシアがニヤケながら茶々を入れてくる。

 

「ッ!!」

 

 それでさっきの自分の様子を顧みたユイは途端に羞恥に顔を赤くし、フライドポテトを黙々と食べることでどうにかこの場を誤魔化そうとする。

 そんなユイに追い討ちをかけるように、一夏はあくまでも他意のない様子で言ってくる。

 

「そのフライドポテトも美味そうだなぁ。一つくれよ」

「えっ?あっ…………」

 

 返事を待たずに一夏は一切れ摘まみ、ユイが使っていたケチャップの器にその先を浸けて口に入れる。

 

「ッ…………!!!」

 

 自分がさんざん使い、今や一夏も使ったケチャップの器を凝視しながら、ユイはこの後どう動くべきか顔を赤くしながら悩むことになる。

 

「…………」

 

 その傍らでは、シャーラが未だ物珍しそうな目でコーラを眺め、恐る恐る口をつけていた。

 

「!?」

「シャーラちゃんっ?」

 

 一口飲んだ途端目を丸くするシャーラに、恭弥がやや慌てて声をかける。

 

「ごめん、口に合わなかったかな……?」

「……口の中でパチパチしたのに驚いた……けど…………」

 

 申し訳なさそうに訊ねる恭弥に応じると、シャーラは再び慎重に、しかし先ほどよりも興味津々にコーラを一口飲む。

 

「この感じ……なんかいい……!……選んでくれて、ありがとう……」

「そりゃよかった。どういたしましてっ」

 

 御満悦なシャーラに、恭弥は安堵しながら返す。

 

「…………」

 

 そんな2組のやり取りを横で見ていたユウは、胸の内に服屋を出た後に抱いた思いが再び湧き上がってくるのを感じる。

 

(……鞄2つ分さえ埋めておけば、オレだって……)

 

 ユウ自身、今更であることは充分承知しているものの、胸に巣食った悔いはなかなか消える気配はない。

 と、

 

「どうしたユウ?食べないのか?」

「!……あ、あぁ……」

 

食事の手を止めたアリアの声に軽く驚きながら、ユウは我に返る。

 

「食べないのなら、お前の分も私がもらうが?」

「……いや、食べる食べ……る……?」

 

 戸惑いながらも応じた時、ユウは食事開始から3分と経っていないにも関わらずすでに7割方空いたアリアの皿に、思わず目を見張る。同時に一時的ではあるものの、胸中の悔いも引っ込んでくれた。

 

「えっと……アリアだっけ?食べるの速いんだな……?」

「む?そうか?……まぁ確かに、このオムライスは美味だからな。つい次々口に運んでしまっているかもしれないが……」

 

 感じたことを真っ先に言葉にするユウに応じる間にも、アリアのスプーンは皿と口を往復していく。

 

「……奢った甲斐がある、ってことかな?僕のも少しどう?」

「うむっ。ありがたくいただこう」

 

 その食べっぷりに恭弥も唖然としながらも、口元に薄ら笑みを浮かべて自分のオムライスを差し出し、アリアはそれにも嬉々としてスプーンを入れる。

 一方、恭弥たちの隣のテーブルでは。

 

「ねぇ、カノちん――」

「あ、ゴメン。ソレ(フィルシア・オリジナル・ドリンク)は無理」

 

 いよいよ顔色がおかしくなってきたフィリシアの呼びかけを、カノンが取り付く島もなく突っぱねていた。

 

「ちょっと!いつもならおふざけの一つ二つ加えてくるじゃん。何でガチで断るのっ?」

「いやいやフィルち。ソレ、ガチで断なきゃいけないヤツでしょ」

「そこをなんとかっ!もう無理っ!!」

「自業自得よ……」

「……これが、ドリンクバーというものですか」

 

 平時においては珍しく真剣な顔するカノンになおも食い下がるフィルシアを見て、サクラ呆れ、リグルは戦慄する。

 そんなにぎやかな、あるいはやかましい光景を繰り広げながら、少年少女たちの早めの昼食は過ぎていく。

 

 

 

 

 昼食を終えると、恭弥が全員分の会計を済ませ、一行はファミレスをあとにする。

 

「本当によかったのか?私とシャーラの分まで」

「…………」

「もともと全員分払うつもりだったし、お金は買い物代として知り合いに出してもらったものだからね。気にしなくていいよ」

 

 隣を歩くシャーラの分も含めて不安そうに問うアリアに、恭弥は知り合い――光秋の顔を浮かべながら応じる。

 その後ろでは、

 

「うぅぅぅ…………」

「フィルちー?生きてるー?」

 

すっかり顔色が悪くなったフィルシアに、カノンが事務的に声をかけていた。

 

「……フィルシアのやつ、大丈夫かな?」

「さぁ……」

「やっぱり、ドリンクバーは普通に飲むのが一番ってことか」

「そうですね……」

 

 その様子をさらに後ろから眺める一夏の呟きに、横を歩くユイは淡々と返す。

 一夏としては半分独り言のつもりなので特に思うことはなかったが、ユイとしては気の利いた応対一つできない自分に少し腹が立った。

 

(あぁ、もうっ。せっかく一夏さんが話題振ってくれてるのに…………)

 

 そんなユイの心境を知ってか知らずか、一夏はさらに話し続ける。

 

「それはそうと、あの店のオムライス美味かったなぁ」

「!そ、そうですね。わざわざ分けていただいて、ありがとうございましたっ」

 

 自省の矢先にめぐってきた機会に、ユイはやや力みながら礼を兼ねて相槌を打つ。

 

「ユイからもらったフライドポテトも美味かったしなぁ…………今度作ってみようかな……」

「えっ?一夏さん、料理とかするんですか?」

「そこそこな」

「へぇ……」

 

 応対への苛立ちこそ相変わらずな一方、一夏の知らなかった一面を知れて、ユイは少し嬉しくなる。

 

「その……台所に立つ男の人って、格好いいですね?」

「まぁ、俺の場合、必要に迫られてっていうかな。両親いなかったし、歳の離れた姉はずっと外で働いてたから」

「あっ……そう、でしたね……」

 

 一夏の方は特に感慨なく告げるものの、ユイとしては意図せずに相手のデリケートな部分に触れてしまった気がして、罪悪感から高揚しつつあった気分が急に萎えていく。

 

「……どうかしたか?」

「いえ、その……すみません……」

 

 突然俯いたユイを心配して一夏は声をかけるものの、ユイにはか細い声で謝罪を告げるのが精一杯だ。

 

「なんで謝るんだ?」

「だって、変なこと言っちゃって…………」

「…………あぁ」

 

 言い辛そうなユイの説明を聞いて少し、一夏は元気がなくなった理由を察する。

 

「そんなに気にしなくていいって。俺にとってはそれが当たり前だったんだし」

「それは……そうでしょうけど……」

 

 一応の返事はしつつも、ユイの顔から罪悪感が消える様子はない。

 

「それに恭弥さんも、小さい頃にお父さん亡くしてるらしいし」

「えっ?」

 

 藪から棒に一夏が告げたことに、ユイは思わずハッとする。

 

「本当は、本人以外があんまりこういうこと言うべきじゃないんだろうけど……初めて会った頃、今みたいに家族の話題になってさ、その時教えてくれたんだ」

「はい……?」

 

 いまいち一夏の意図を図りかねながらも、ユイはとりあえず相槌を打つ。

 

「そんなふうに、家族に関する事情は人それぞれだろう?もっと言うと、非特隊のメンバーってワケありな奴ばっかりじゃん。ユイだってさ」

「……そうですね」

 

 タイムスリップのことを言っているのだと察して、静かに首肯する。

 

「だからさ、ワケあり同士、あんまり気にすんなよっ」

「っ!!」

 

 言いながら、一夏はユイの頭をくしゃくしゃと撫で、唐突なスキンシップにユイの頭からは気まずさも罪悪感も吹っ飛んで真っ白になる。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「ほれほれぇ~!」

「わ、わかりました!気にしません!わかりましたからッ!」

 

 途中から明らかに面白がり始めた一夏に慌てて応じながら、ユイは撫でられから抜け出す。

 

「…………」

 

 自分から抜け出たものの、その顔にはなぜか名残惜しさが浮かんだ。

 と、突然アリアとシャーラがそろって足を止め、他の面々もそれに倣って2人を見やる。

 

「私たちはそろそろ戻らなければいけない。名残惜しいが、ここでお別れだ」

「そっか……」

 

 そう告げるアリアに、恭弥は微かに寂しさを覚える。

 

「…………あっ」

 

 が、直後になにか思いつくと、すぐにズボンのポケットを探り、取り出した携帯電話をアリアとシャーラに示す。

 

「せっかくだし、連絡先交換しない?」

「いいんじゃないか」

「お!美少女2人のメアド追加できんの?ラッキーッ!」

 

 恭弥の提案にユウとカノンが反応すると、非特隊の面々から次々と賛同の声が挙がる。

 

「いや、それは……」

「こうやって何度も会うのもなんかの縁だろうし、連絡先がわかればまた会う約束とかできるじゃん。ね?」

 

 それを見ながらも返事を渋るアリアに恭弥はさらに畳みかけるが、そこでふと思う。

 

「……もしかして、迷惑だったかな?」

「い、いや、そんなことではない」

「じゃあ、携帯持ってないとか?」

「いやいや恭弥、今どきそんな人――」

「……私、それ持ってない……」

「――いたね」

 

 恭弥の心配にフィルシアがツッコミを入れようとした矢先、そっと手を挙げたシャーラに、フィルシアは言い切る前に前言を撤回する。

 申し訳なさそうに手を挙げるシャーラを見ると、恭弥はアリアに視線を移す。

 

「もしかして、アリアちゃんも……?」

「いや、私は持っているが……」

「!?」

 

 言いながらアリアはポケットからそっと携帯電話を出し、それを見たシャーラは驚きを浮かべて顔を寄せる。

 

「アリア、なんでそんなの持ってるの?」

「て、偵察の一環だっ。こっちの者の多くが持っていたのでな。なにか特別な装置かと思って…………」

 

 互いに非特隊一行に聞こえないように声の大きさに注意して言葉を交わす中、アリアは好奇心に駆られて買ってしまい、今日まですっかり持て余していたことを知られまいと内心緊張する。

 そんな2人に怪訝な顔を浮かべたのも束の間、多少強引とは思いつつも、恭弥はさらに畳みかける。

 

「だったらさ、せめてアリアちゃんとだけでも。その……中華街で別れてそれっきりだと思ってたのがさ、こうしてまた会えたわけで…………僕としても、なかなか面白い縁だからさ、このまま終わらせるのは、なんか惜しいっていうか…………」

「ん、んー…………そういう、ことなら…………」

 

 若干照れ臭そうに告げる恭弥に何かを感じたらしい。多少の迷いを残しながらも、アリアは手の中の携帯電話を差し出してくる。

 

「!ありがと――」

「ただし、教えてもらうのは恭弥の番号だけだ」

 

 それを見て恭弥がほっとした顔を浮かべたのも数舜、すぐにアリアは制す声で付け足してくる。

 

「えー!なんで?カワイイ子の連絡先が増えると思ったのに!!」

 

 それに対してカノンが顔一杯に不満を浮かべるものの、アリアは構わず続ける。

 

「携帯を持っていない所為もあるが、シャーラは皆の連絡先を知りようがないのだ。そこに私だけが全員の連絡先を知っては、不公平だろう。一方で、縁を大切にしたいという恭弥の話にも一理ある。だから妥協点として、私と恭弥、二人だけが連絡先を交換する」

「いや、不公平って…………」

 

 あくまでも言い切った顔をするアリアに、しかしカノンの不満は収まる様子がない。

 

「まーまー、本人がここまで言ってる以上、無理強いするのもなんだろう?」

「それに恭弥に連絡が行けば、自然とオレたちにも報告されるし、不便はないだろう」

「それはそうだけど…………」

 

 一夏とユウに説得されて、カノンはしばし逡巡する。

 

「……わかったよ。アリアちゃん困らせるのも嫌だしね。今回はやめとくよ」

「諦める気はないのね……」

 

 それでようやく納得したカノンの返答に、リグルが呆れ顔を浮かべた。

 

「じゃあ、さっそく」

「う、うむっ」

 

 そんな様子を傍らに、恭弥は携帯電話を差し出し、アリアも若干の緊張を浮かべながら互いの連絡先を交換する。

 

「よし、ちゃんと来てる」

「こっちもだ」

 

 そして互いに新たな連絡先が追加されているのを確認すると、アリアは改めて告げる。

 

「ではな…………また機会があれば連絡する」

「……それじゃあ……」

 

 それにシャーラも続くと、2人は一行から離れて建物の陰に消えてしまう。

 

「……行っちゃいましたね」

「うん……でも、今回は“次の機会”を作れた」

 

 おそらく、中華街での別れ際の時を思い出しているのだろう。どこか寂しそうに呟く一夏に、自分も同じ感慨を抱いていた恭弥は頷きながらも、新しい連絡先が追加された携帯電話に微笑みを溢す。

 

「ヒューヒュー!よかったねぇ恭弥、カワイ子ちゃんの連絡先教えてもらって……爆発しろっ!」

「ホントホント!よっ!色男!!」

「…………いろいろと誤解招くからやめて……あとカノンちゃん、今にも血を流しそうな目でこっち見ないで……」

 

 その光景を見て、若干嫉妬しているカノンと心底面白そうにしているフィルシアがはやし立ててきて、恭弥は対応に困りながら携帯電話をしまう。

 

「…………オレたちも帰るか?必要な物はそろえたし」

「それがいいかもしれないわね。遅くならない内に」

 

 ユウの提案にサクラが応じると、他の面々も頷いたり相槌を打ったりして返し、誰ともなしに伊豆基地へ向かっていった。

 

 

 

 

 伊豆基地に戻ると、少年少女たちは各々の荷物を片づけ、光秋に帰ってきた報告をしようと非特隊の待機室へ向かう。

 恭弥と一夏だけは制服に着替える手間から一行より少し遅れて向かうと、いくらも進まない所でユイと会う。

 

「あ、一夏さん。恭弥さんも」

「ユイちゃん?」

「こんな所にいて大丈夫か?誰かに見られたら怒られるんじゃ……」

 

 思わぬ所での対面に恭弥は不思議がり、一夏は心配そうに周囲を見回す。

 現在非特隊預かりのユイであるが、扱い上はあくまで「保護した民間人」となっており、基地内での行動には大きく制限が掛かっているのだ。

 

「その、実はお願いがありまして…………私を非特隊の待機室まで連れて行ってくれませんか?今後のことで、加藤さんと相談がしたいので」

「「…………」」

 

 「今後」という表現と、それ以上に何かを決心した様子の目に、恭弥と一夏は一瞬目配せする。

 

「…………わかった。こっちだ」

 

 ひとまず一夏がそう応じると、ユイを加えた一行も待機室へ赴く。

 しばらく歩いて部屋に入ると、室内には先に行った少年少女たち、光秋、ライカ、ウォルター、ナガイと、ヴェーガスのクルーを除いた非特隊のほとんどが集まっていた。

 

「光秋さん、今戻りました」

「ん。それと、もう『加藤大尉』と呼ぶべき場面だぞ」

 

 後から来た3人を代表して告げる一夏に、光秋はユイを注視しながら応じる。

 

「すみません……それで、ユイが話があるって」

 

 言いながら一夏はユイを見やり、ユイは若干緊張した足取りで光秋のもとへ歩み寄る。

 

「……」

 

 そのただならぬ様子に光秋をはじめ室内の全員が注目する中、ユイは光秋の目を真っ直ぐに捉えながら告げる。

 

「私の今後についてお話があります…………私を……私を連邦軍に――できることなら非特隊に入れてくださいっ!」

 

 一気に言い切ると同時に、上半身を直角に曲げて深々と頭を下げる。

 

「「「…………」」」

 

 話があるといわれた時から皆薄々予感し、実際に告げられたその言葉に室内が静まり返る中、光秋も深く下げられたユイの頭を見ながらゆっくりと口を開く。

 

「まず、頭を上げてください」

「はい……」

 

 応じると、ユイはゆっくりと頭を上げる。大勢の前で大きな声を出したせいか、その顔は薄っすら赤くなっていた。

 

「随分と唐突ですね。訳を訊きたいけど……まぁ、とりあえず座って」

「はいはーい、こっちねー」

 

 言いながら光秋が近くの椅子に手を伸ばすと、それを見計らったようにフィルシアが2つ持ってきたので、それぞれその椅子に腰を下ろす。

 

「まず、何でそんな結論に至ったのか説明してもらえますか」

「はい……」

 

 緊張しつつも光秋に向かい合うユイの脳裏には、今日一日のことが浮かんでいた。

 

「ご存知の通り、私は第三次世界大戦の時代から飛ばされてきました。みなさんにとっては百年前の『歴史』でしかないかもしれないけど、私にとっては()()()()()()()()です。そんな私から見て、この時代はすごく豊かに思えるものでした。今日実際に街の中を歩いてみて、ますますそう思いました…………でも」

 

 それまで生き生きとしていた声音に、僅かに陰が差す。

 

「その豊かさ――平和は酷く脆いものです。私がいた時代でもそうでした。今でもそう……ふと耳を傾ければ、何処かで武装蜂起事件が起こった、どこそこで小競り合いがあった、そんなニュースが一日一回は必ず聞こえてきます。その一回の事件で今日見た平和は簡単に崩れてしまいます。それにこの時代では人だけじゃなくて、鬼とかゴーストとか、ルミエイラとか、人かどうかも怪しい勢力までそういう事態を招こうとしている。それに対して、非特隊のみなさんは一生懸命足掻いて、今日見た光景が明日も続くように頑張ってるっ。私もその中に加わりたい。あの時代から今という時にやって来てしまった私だからこそ、そんなみなさんの力になりたい!…………と、いうのが理由です…………」

 

 途中から単なる説明にしては声に熱が籠り出し、最後には思いの丈を言い切ると、そんな自分を振り返って照れたのか、ユイは少し小さくなる。

 

「なるほどねぇ…………」

 

 そんなユイを眺めながら、光秋はあごを撫でてしばし思案する。

 

「「「…………」」」

 

 この中で最高の意思決定者の沈黙に、少年少女はたちは多かれ少なかれ緊張を浮かべ、緊迫感には慣れているはずのライカもポーカーフェイスを浮かべながらもわずかに体を強張らせる。プレッシャーには無縁なナガイでさえ、硬い静けさに居心地悪そうに微かに眉をひそめる。

 その時、

 

「ちょっといいか?」

 

それまで部屋の隅で事態を静観していたウォルターが、光秋とユイのもとに歩み寄ってくる。

 

「今の自分の立場は充分理解しているつもりだ。人事に口を挟める立場でないこともな。その上で、敢えて口を挟みたいんだが……」

「どうぞ」

 

 若干恐る恐る申し出るウォルターに、光秋は手を前に出して発言を促す。

 

「感謝する……確か、ユイといったな?」

「は、はいっ」

 

 突如交代した話し相手に、ユイは背筋を伸ばしながら応じる。

 

「自分がどういう道に進もうとしているのか、ちゃんと理解しているか?」

「……一応、そのつもりです。私にとっては2回目の志願入隊ですから」

「そうか…………では、他の道に進むことも考えたか?俺もお前さんに関してはコーシュー大尉から聞いた凡そのことしか知らないが、少なくとも命拾いをしたことだけは理解している。そして、お前さんはまだ若い。今から学校に入り直して、この時代で新しい人生を始めてもいいんじゃないか?それこそ、平和な時代だからこそ必要とされるような仕事に就けるような人生を……それはそれで大変で、今ここでこいつらと一緒に戦うことと同じくらい大切なことだと思うが?」

「…………」

 

 ウォルターの問い掛けに、ユイはしばし逡巡する。

 

「…………コバックさん、でしたよね?あなたの言うことも正しと思います。むしろ、あの戦争の記憶を後世に語り継ぐことを目標に戦ってきた私には、その方が理屈に合ってるのかもしれません…………それでもっ」

 

 それまで俯き気味だった顔を上げ、ユイはウォルターの目を注視する。

 

「それでも私は、今、ここで戦っているみなさんの力になりたいっ。それもできるだけ()()()()()に。だから、私の気持ちは変わりません」

「…………そうか……わかった」

 

 ウォルターの方もその視線と返答を受け止めると、静かに頷いて部屋の隅に戻る。

 それを見届けると、光秋は改めて口を開く。

 

「コバックさんのお陰で、城崎さんの言いたいことはだいたいわかりました。ありがとうございます」

 

 言いながら、部屋の隅のウォルターに一礼する。

 

「城崎さんも、その歳でそこまで強く自分のことを主張できるとは大した者だ。度胸も据わってるし。率直に言って、好きになれそうだよ」

「あ、ありがとうございます……」

「いや、大尉。その言い方は……」

「おまわりさーん、こっちです」

 

 真顔で言ってくる光秋にユイは戸惑いながらも応じ、そのやり取りに感じるところがあったのか、あるいは独特の緊張感にいよいよ耐えられなくなってきたのか、困り顔を浮かべるサクラに続いてカノンが明後日の方を向いて呟く。

 

「別に変な意味じゃないからな。我が道を行く――そういう気質の奴には好感を抱くってことだよ。それが難しい道であればなおのこと」

 

 そんな少女たちに訂正を入れて、光秋は再度ユイに向き直る。

 

「まぁとにかく……自分から志願してくれるのは、こちらとしても正直ありがたい。人手は多いに越したことはないんでね…………その上で、最後にもう一度だけ訊きますが…………本当に、いいんですね?連邦軍に――非特隊に入る、ということで?」

「はいっ」

 

 メガネのレンズ越しに目を見据え、念を押すようにゆっくりと問い掛ける光秋に、ユイは深く頷きながら明瞭な声で応じた。

 

「……承知しました……また机仕事が増えるなぁ……」

 

 それに対して光秋も深く頷くと、やや鬱屈そうに呟く。ただ、言葉とは裏腹にその表情はどこか嬉しそうで、同時にわずかながら後ろめたさのようなものも浮かんでいた。

 もっともそんな顔をしていたのも数舜のことで、すぐに椅子から立ち上がって室内の一同を見回す。

 

「さてと、帰りの報告はこれで終了だ。各自解散して、食事なり休息なりとるように。明日からまた訓練の毎日だから、そのつもりで」

「「「了解っ」」」

 

 光秋の言葉に少年少女たちは声をそろえて応じ、固まるように部屋から出ていく。

 ユイもそれに続こうと椅子から立ち上がるが、すぐに光秋に呼び止められる。

 

「城崎さん。入隊についてだけど、明日中を目途に準備して、またこっちから連絡するから。それまでは今まで通り保護扱いで」

「わかりました。よろしくお願いしますっ」

 

 腰を深く曲げて応じると、ユイは振り返って駆け出し、先を行く少年少女たちに追いつく。

 

「お疲れさん」

「どうも……」

 

 一夏の労いに応じながら、独自の重圧から解放された顔には一気に疲労が浮かぶ。

 

「ということは、これでユイも晴れて私たちのお仲間ってわけかっ」

「加藤大尉じゃないけど、賑やかになるのはウチらとしても嬉しいよ。これからよろしく!」

「よ、よろしくお願いします……」

 

 何かを噛み締める様に、そしてそれ以上に嬉しそうな様子でカノンは呟き、それに続く形で肩に手を回してきたフィルシアに、疲労感もあってかユイはたじろぎながら返す。

 

「フンッ。せいぜい犬死しないようにしろよ」

「ナガイさんっ!」

 

 そう告げながら一足先に食堂へ向かうナガイの背中に、サクラが非難の声をかける。

 

「でも、なんか意外だなぁ」

 

 そんな光景を横に見ながら、恭弥は傍らを歩く一夏とユウだけに聞こえる大きさの声で呟く。

 

「何が?」

「一夏くんがユイちゃんの入隊止めなかったこと。てっきりコバックさんみたいなこと言うかと思ってさ」

「いや、まぁ……確かにちょっとはそんなことも思ったけど……」

 

 ユウの問いに恭弥はさらに続け、それに対して一夏は未だにカノンとフィルシアに絡まれているユイを眺めながら応じる。

 

「それでも、ユイ自身が一生懸命考えて決めたことなら、俺がどうこう言うことでもないかなぁって。光秋さんが言ってたように人手不足の問題もあるし……それに、あんな真剣な目で来られたら、突き返すわけにもいかなかったし」

「確かに、あの時は思わず身構えたなぁ」

 

 一夏の言葉を受けて、光秋のもとへの道案内を頼まれた時を思い出した恭弥は深々と頷く。

 

「もっとも、いろいろ心配なのは今も一緒ですよ。その上で俺がユイにしてあげられることといったら、あいつの思いが実現できるように協力してやるくらいですけどね。微力ながら」

 

 苦笑いを浮かべながら告げると、一夏は再びユイの方へ顔を向ける。

 ちょうどその時、カノンとフィルシアから脱したユイが3人のもとへ逃げるように駆け寄ってきた。

 

「もう、あの2人は……」

「大変だな、ユイも」

「今後はあのコンビに要注意だね」

 

 先ほどまでとは違う意味で疲労困憊気味なユイに、ユウは軽い労いの言葉をかけ、恭弥は未だ元気があり余っている様子のカノンとフィルシアに苦笑を浮かべる。

 

「まぁとにかく、これで正式に仲間になるんだ。よろしく頼むぜ」

「!……は、はいっ。不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」

 

 自身諸々の不安はあれど、少なくとも今はその決意を温かく迎えようと微笑みを浮かべる一夏に、ユイは一瞬心臓を跳ね上げながら、今日一番の深い深い一礼をした。

 

 

 

 

 少年少女たちが部屋から出ていくのを見届けると、それまで隅の方で一連の流れを見守っていたライカは、やや疲れを浮かべて椅子に背中を預けている光秋のもとへ歩み寄る。

 

「……今更かもしれませんが、よかったのでしょうか?承諾してしまって」

「まぁ、正直今でも少し迷ってはいますが…………」

 

 言いながら背筋を伸ばすと、光秋はライカに顔を向ける。

 

「さっきも言ったように、自分から入りたいと言ってくれるのはこちらとしてもありがたい。それに確か、三次大戦時代の軍人はみんなPDの基礎操縦技術を覚えた上で戦っていたんでしょう?前にそんな話を聞いた気がするんですが」

「えぇ、まぁ……当時最先端兵器だったパワードールの迅速な配備、場合によっては敵機を鹵獲してすぐに利用する為に、陣営を問わず全ての軍人はこれの基礎技術を修めた上で作戦行動に就いていたといわれています。それが確かなら、城崎さんも今すぐPDを『動かす』くらいはできるでしょうが…………」

 

 歴史かなにかで聞いた雑学を思い出して応じながら、ライカは自分に向けられた光秋の目を見返す。

 メガネのレンズで拡大されたその目には、ほんのわずかだが後ろめたさが浮かんでいた。

 

「短い訓練で即戦力として期待できるのは理解できます。他の機種に比べて相対的に性能低下が指摘されるPDも、装備を工夫し、援護に徹すれば、サポート役として充分な活躍ができるかもしれません……問題は、城崎さんを使うと決めた大尉の心境ですが……」

 

 自身若干言葉に詰まりながらも気になっていたことを投げかけると、光秋は目をつむり、しばし考える顔を浮かべる。

 

「まぁねぇ…………罪悪感というか、引っかかるものが何もないわけじゃないですよ。それこそその心情を無視して嫌われるようなことになっても、コバックさんが示したような道を歩ませようとするのが大人として正解だったかもしれない」

「俺は別に、そこまでのつもりで言ったんじゃ……」

 

 半ば自分を責める口調で語る光秋に、話題に挙げられてしまったウォルターは気まずさを感じる。

 

「いや、そこまで強い意味で言ったんじゃないんですが……とにかく、僕は大人としての正解よりも、さっき挙げたような彼女の即戦力性を取った。なにより、自分からやって来てくれた人を追い返せるほど、我々非特隊に人的な余裕はありませんからね。それこそ、目的達成の為なら何でも利用しようとする――そういう意味での“鬼”にならなければいけない。それが今の我々――少なくとも僕の立場ですから…………だいたい、城崎さんが志願してくれる前から、すでに訳ありとはいえ何人もの青少年を戦力として使ってるんですから、今更でしょう?」

「…………そうですね」

 

 最後の方は自虐的な笑みを浮かべて告げる光秋に、ライカは静かに首肯を返した。

 

「その意味では、こちらの勝手に彼女を巻き込んだと言われても仕方ないわけだけど…………そう思うのなら、こちらもいずれ、彼女の勝手に一つくらいは付き合わないとねっ」

 

 そう告げるや、光秋は跳ねるように席を立ち、ドアへゆっくりと歩き出す。

 

「取り急ぎ、まずは必要書類の作成ですね。昼間からの机仕事でバテてるかもしれませんが、もうひと頑張りお願いします」

「……了解しました」

 

 すでに気持ちを切り替えた――少なくとも迷いを心の隅に退かした様子の光秋に応じると、ライカもわだかまりを一旦忘れてそれに続く。

 

「大したことはできないかもしれないが、俺も手伝おう」

「「ありがとうございます」」

 

 言いながらついてくるウォルターに2人同時に応じると、一行はユイを迎える準備を整えるために部屋から出ていった。


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